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2013年01月13日

 ■ 「アーティスト」

「つまり、全ては何らかの脳の作用として説明できるわけ。わかる……」
 と僕は言い、フレッドはグラスを磨いている。
「芸術を理解する心というのもそう。たとえば象や猿などの、充分に高い知能を持つ動物は、教えれさえすれば絵を描けることが実証されている。犬の芸なんてレヴェルじゃないよ。独創性を持って、明らかに一定の意図のもとに図形を描けるんだ」
「ほう。で、それはどうやって証明するんだね……」
 カーキ色の液体をグラスに注ぎながらフレッドは不思議そうに訊ねてきた。僕は哲学者バーにふさわしい状態――すなわち、衒学的で、理屈屋で、もちろんべろんべろんに酔っぱらっている状態――に陥って、ぺらぺらと要らないことをまくし立てる。
「簡単さ、ある図形の描き方を教える。これはある程度頭の切れる動物なら簡単に覚え込むことさ。その気になればオウムにだってできる。なにしろ、同じ動作を真似するだけだからな。ところが象や猿やイルカは、時としてその先に進むんだ。つまり、『絵を描く』というスキルを教えられたら、ある時突然、『誰にも教えられたことのない図形』を描きはじめるんだ。同じ図形を何度も描いたり、あるいは二度と描かなかったり、気まぐれなもんだ。これこそ独創性の証明でなくて、なんだっていうの……」
「まあいい、わかったよ、酔っぱらい。それで……」
「考え方は二つある。象、猿、イルカには、人間と同様の『魂』が備わっているのだ。そいつらは、人間も含めて、何か特別な生き物なのだ。という解釈。
 もう一つは、芸術性というのが、単に脳の働きによるものに過ぎない、だから動物にだってできるのだ、という解釈。僕には後者が正しく思える」
「異論はたくさんあるだろうな、主として宗教方面からな。で……」
「人間は素晴らしい脳を持っている。この脳をフル活用して、歴史にさえ記されていない太古から、少しずつ芸術的スキルを蓄積してきた。ところがだ、芸術とはつまり独創だ。するとまずいことになる。蓄積と矛盾するんだ――過去に誰かが作った物を模倣することは、真の意味で芸術とは言えないわけだ。それは単なる『技術』なわけだね。よって、芸術家たろうとすれば、あるいは人類に芸術という概念を残そうと思うならば、人類のうちの誰かは冒険しなければならない。これまで誰かが作ったことのある安定したクオリティの保証された手法を脱して、前人未踏の上手く行くかも分からないやりくちに、自分の人生を賭けねばならないわけ」
「すると金にならない」
「全くその通り。儲からないだけなら別にいいだろうな。でも散々なことを言われるんだよ。受け手のことを全く考えてないとか、何かそういう、人格を否定するようなことをね。まあ勝手に言っていろってところだろうけど、ここで肝心なのはそういうことじゃなく――創造とは即ち常識外の存在たることである、ってことだ」
 フレッドは手を止めた。
 僕は何も気付かなかった。だが彼は分かっていたに違いない。それが証拠に、彼はグラスを置いて、代わりにカウンターの下から重たいクロム貼りの鉄塊を引きずり出したのだ。僕は、そいつが六連銃身の1200BPMライフルであることに気付かなかったばかりか、途方もないあんぽんたんほどにも何も分かっていなかったのだ。
 つまり――僕の口走っていることが、一体どれほどあやういことなのかということをだ。
「常識とは《われわれ》の定めた類型、だろ。類型から出なきゃ創造じゃないだろ。なら人類には創造が許されないってことになるし、それって、僕たちの滅亡を意味するんじゃないかって――」
 瞬間、分間1200発の鉛玉が哲学者バーを引き裂いた。フレッドがぶっぱなした金属質な凶器は、彼自身の店と空間を容赦なく破壊しながら、店の外で手ぐすね引いて待っていた《われわれ》のエージェントたちを片っ端から捻り潰していった。僕は突然といえば突然のことに、何もできず、何も言えず、もちろん強かに酔っぱらっていて、蜂の巣になるカウンターの席に、ただぼんやりと座りっぱなしだったのだ。
「ヘイ、お客さん」
 弾を撃ち尽くしたフレッドがニヤリと笑う。
「じゃあ、どうするね。理解を求めるかね。それとも……」
 僕はぽつりと応えた。
「まっぴらごめんだね」

THE END.


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:誰かは冒険 必須要素:絵画 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年01月13日 02:40

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