« 「奴を殺してやる」 | メイン | 「アーティスト」 »

2013年01月12日

 ■ 「ソーセージが来ない」

 ソーセージが来ない。
「一体どれほど待たせるんだよ、ソーセージの盛り合わせひと皿によ」
「みっともないからよしなさいよ」
 男は苛ついたが、女は醒めたものだった。彼女は先刻から窓の外の、素敵な川の流れを頬杖突いてじっと見つめている。見るべきものは他にもあろうに――たとえば目の前の男とかだ。だが興味はとうに失われ、女はこう思っている。ああ、早く終わらないかな。
 そんな女の気持ちを、もちろん男も察している。察していればこそ焦り、必死にもなる。彼にとっての最後の希望は、何十分も前に注文したソーセージの盛り合わせだ。それはこの店の名物であり、素晴らしく旨い。少なくとも、旨いと誰もが言う。ソーセージさえくれば、きっと話題が出来る。話が弾む。彼女だって笑顔になるはずだ。
 だが来ない。ソーセージが来ないのだ。
 男は大げさな身振りで振り返った。背後に疲れ果てた給仕が足を引きずって歩く気配を感じたからだ。だが彼は粗野な男ではないから――というより、自分では粗野ではないと思っているから――スマートに指を鳴らして給仕を呼んだ。だが給仕は、眠ったような目でこちらを一瞥し、ばかみたいに口をぽかんと開けて突っ立っている。
「おい、こっちへこいよ。お前がギネス級の大馬鹿者じゃないならな」
 しぶしぶながら、給仕はこちらへ滑り寄ってきた。男は満足げに微笑み、
「残念ながらギネス記録は達成できなかったな」
 彼としては、これは途方もなくビッとしてパッとしたジョークをかましたつもりであった。だがカラ笑いは彼一人の口から出るのみで、女は相変わらず川を下る小舟を眺めるのに忙しいし、給仕はたぶん、本当にギネス級の大馬鹿者だったに違いない。
「ご用件は」
 レストランで、呼びつけられた給仕が、客に向かって、ご用件は、もないもんだ。男は顔をしかめて、
「ソーセージが来ない」
「ソーセージ?」
「ソーセージだ」
「つまり、その方とお待ち合わせなのですね」
「違う、違う、違う」
 男は首を振りまくった。
「人の名前じゃない。なんでそうなるんだよ。ソーセージだ。挽肉の腸詰め。プリッ、カリッ、ジュワッ」
「炒めたり、茹でたりする、あのソーセージ」
「そうとも、それだ」
「お待ちになっても、食材が歩いて来ることはないと思いますが?」
「ああそうだろうな。歩いてくるのはソーセージじゃない、お前だ」
「私は既に来ております」
「そうじゃない! この店のメニューにはソーセージがあるな?」
「ございますとも。ドイツ産、アメリカ産、イギリス産」
「オススメは?」
「日本産です」
「日本のソーセージは旨いのか?」
「いいえ、別段。ですが今は日本食ブームですので」
「なるほど、流行に乗るのも大切だ。早くしてくれ」
「何をです?」
「ソーセージが食いたいんだよ!」
「さようで」
 沈黙。
「なんだってお前はそこにぼうっと突っ立ってるんだ?」
「下がれとおっしゃいませんから」
「ああわかった、すまない、俺が悪かった。お前には1から10まで言わなきゃならんようだな」
「いえ、数字でしたら少なくとも999までは存じております」
「数字の話は忘れろ。俺はソーセージが食いたい。この店のメニューにはソーセージがある。そして俺は、この店のソーセージが食いたいんだ」
 沈黙。
「……つまり、ご注文なさる?」
「そう! そうだよ! ああよかった……いや違う! 注文したいんじゃない。俺は注文したんだ。もうたっぷり40分は前に……違うな、もう45分経った! それをあんたたちは、ただのソーセージの盛り合わせを持ってくるのに、45分もかけて、まだ来てなくて、そのうえとんでもない馬鹿の世界チャンピオンの相手をさせるんだ!」
「なんだってお客さまはそんなに興奮していらっしゃるのです?」
「ソーセージが来ないからだよ! あとお前がすごく馬鹿だからだ!」
「違います。ええ、それは違いますとも」
「何が違うっていうんだ!」
「あなたが興奮しているのは、目の前につれない女性がいるからです。その方の心をつかもうと必死だからで、そのうえ、とても上手くいきそうにないと思っているからです。その原因を私どもや、私どものソーセージに転化されては困ります。どのみち、ソーセージが来たって状況は改善しませんし。なにしろ――いえ、旨いことは旨いですが、所詮ただのソーセージですから。とどのつまり、お客さまの問題はお客さまご自身で解決していただくよりほかございません。もう少しこざっぱりした格好をなさり、計画性と思慮を身につけられ、あとは少々のジョークのセンスを磨いていただくのが一番かと。中でもとりわけ大切なのは、注意深さです」
「……なぜだ?」
「なぜなら、女性はとうの昔に席をお立ちですし――私どもは一度たりとも、ソーセージの注文を受けてはいないからですよ」

THE END.


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:疲れたサーブ 必須要素:ソーセージ 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年01月12日 00:42

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.dark-crow.com/cgi/mt/mt-tb.cgi/296

コメント

コメントしてください




保存しますか?