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2014年03月02日

 ■ 「逃げろ」

お題:僕が愛した結末 必須要素:志賀直哉 制限時間:30分


「逃げろ」

 逃げてはいけないと人は言う。
 曰く、逃げていては成長はないと。成長のないところに生存はないと。生きるためには血反吐はいてでも食らいつけや、と、したり顔で怒鳴りつける上役は、しかし常に安全圏から物を言っている。彼は彼なりに血反吐とやらを吐いているのだろうか。彼が取締役と毎週のように通っているゴルフ場に行けば、必死に食らいついている様子を拝むこともできるのだろうか。
 それとも、こんなふうに他人を鼻で笑っている俺のほうが、謙虚さのない人間のくずなのだろうか。

「いやです」
 と、俺は淡々と言った。取締役から命じられた異動を断ったのである。取締役があからさまな不快を顔に浮かべた。
「これは経営的判断だ。行ってくれ」
 何が経営的判断だ。単に人材に困窮して、困窮ぶりが軽いところから引っ張っていこうとしてるだけじゃないか。
 異動先の部署は通称「追い込み部屋」である。いや、この言い方は少々誤解を招きそうだ。別に会社が人を辞めさせるために作った部署、というわけではない。ただ、責任者がたいへんワンマンかつ苛烈な性格で、他人の些細なミスをほじくりだしてしかりつけることを無常の喜びとしているだけだ。ミスをしない人間には無理な量の仕事を与えてミスを創り出すし、自分のミスはもちろん他人のせいにする。「俺がミスるのは、お前らが使えなくて俺に全部仕事が来るからだ」というわけだ。「それは俺がやる」の一言ですべて自分のところに抱え込んでいくのは、ご自分なのだが。
 ともあれ、結果としてその部署の離職率は非常に高いものとなっている。
 実に、100%である。
 そう。その部署に配属されて、15ヶ月以上勤続した人間はいまだかつて一人もいない。ちなみに、11ヶ月以上勤続した人間は1人しかいない。何を隠そう、それは俺だ。

 かつて俺は、そこから逃れるために、正社員からアルバイトに格下げしてくれと懇願した。
 だが、上役がどんなに理不尽であるか、そのせいで俺の胃がいまどんな状態になっているか、それを取締役に話すことはためらわれた。完全に辞めてしまえば食っていけない。アルバイトでも働き続けなければならない。だから、余計な波風を立てたくなかった。
 そこで、母が病弱で看病する時間が必要になった、ことにした。ごめん母さん。

 それから1年が過ぎて、俺は再びあそこに呼び戻されようとしている。
 逃げて。逃げて。すべてから逃げて。でも逃げ切れないというのか。
 思い出す。かつて読んだあの本――確か主人公は、妻という重荷から逃げて、しかし――
「では、辞めます」
 俺は笑っていった。

 逃げて、何が悪い?

THE END.

投稿者 darkcrow : 2014年03月02日 01:06

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