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2013年06月24日

 ■ 「不死者の谷」

お題:僕の暴走 必須要素:ところてん 制限時間:30分


不死者の谷

 僕はそこで、一つの生首と出会った。
 岩山を包み込むように緩やかな弧を描く、苔に覆われた石段の半ばに、彼は無造作に転がっていた。僕はぎょっとして声を挙げる。その姿は石段を枕にして寝転がっているようにも見えたが、首から下がもげ落ち失われている様子を見れば、単に寝ているのでないことは明白であろう。冷たい脂汗が体中から吹き出して、直後、不釣り合いなほど落ち着いた生首の声が僕を窘める。
「驚かせてすまない――が、ここにいる以上きみだってご同類だろう? 不死の者よ」

 確かに生首の言うとおりであった。
 僕は不死を望み、邪悪な魔女の助けによって望むものを得た。だが死なざる者など、他人の目から見れば化け物以外の何物でもない。人々は僕を捕らえた。だが殺すことはできなかった。それゆえ、腫れ物に触れるように、北の辺境に追いやったのだ。当面目に付かないところに追放してしまえば、殺したのとおおかた同じ事であったから。
 ここは不死者の國。死なざる死者の、生きざる生者の、ふきだまり。
 しかし不死者となって日の浅い僕は、目の前に転がり、あまつさえ言葉を発しさえする不気味な生首に、漠然とした恐れを抱かずには居られなかった。不快――いや、不安と言っても良い。何が不安だというのだろう。分からないのに、ただ、不安であるということだけは確かに感じる。
「あなたは――その、なぜ、こんな?」
「そりゃあ、歩いてきたからさ」
「そうではなく――」
「脚を無くしてからは這ってきた」
「はあ」
「両腕の肘を地面について、こう、胴を引きずりながらね。それはそれで楽しい旅だったけど、私の肉体のためには、あまり良い労働条件とは言えなかったようだな」
 生首は苦笑して見せた。
「なにしろ、胴と腕が連れだって私のもとから逃げ出してしまうほどだから」
 生首がジョークを言ったのだと気付いたのは、頭上で甲高い泣き声を挙げる鳶が、すっかり山の向こうに消えてしまった後のことだった。笑えば良いのだろうか? それとも同じようなジョークで応えれば? いずれにせよ、丁度良いタイミングはとうに過ぎ去ってしまったに違いない。
「それで、ここで、何を?」
「私に何ができるって?」
「失礼」
「いや、いいんだ。景色を見ている。ごらん」
 生首が目線を動かす。岸壁沿いの石段からは、連なる山々、霧に満ちた海の如き谷底が、一望できる。人の気配一つ無い雄大な景色。その中に、苔に覆われながら確かに存在する石造りの古代遺跡。佇むのは僕と、足下の生首のみ。まるで世界を独り占めしたような錯覚にさえ陥る、圧倒的な大自然の存在感――孤独。
「私はもう一歩も動けないが、そのかわり、たっぷり時間を掛けて世界を眺めることができる」
「退屈ではありませんか?」
「春があり、冬があって、風があり、雨が訪れ、鳥と、虫と、五十土が空を舞う。これ以上何が不足だというのだね?」
「そうですね。でもたぶん、僕だったらきっと退屈で死んでしまうと思うな」
「死なないよ。不死者だもの」
 生首は溜息を吐いた。
「だが、不死者とはいえ、心まで図太くなるわけではない。君の言うとおり、退屈なのかもな」
「でしょう」
「それでも、私が思ったほど世界は悪くはなかった。私はただ、こんなクズの寄せ集めみたいな人生しか遅れてないのに、死んでたまるかと思っただけなんだ。それは全く間違っていたと今では思うがね」
 生首は、視線を僕に向ける。訴えるように。
「ひとつ頼みがある」
「なんでも」
「私を、まっすぐに立ててくれないか――そろそろ、この世界をまっすぐに見つめたい気分なんだ」

THE END.

投稿者 darkcrow : 2013年06月24日 01:45

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