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2013年06月01日

 ■ 少女のはだか

お題:刹那のところてん 必須要素:下駄箱 制限時間:30分

少女のはだか

 もちろん昼飯はところてん1パックのみだ。
 割り箸をパチリとやっていただきますしてる私に、友達は呆れ気味の目を向ける。
「おい、まじ?」
「なにが」
「それ何キロカロリー?」
「2」
「いっぽう成人女性の平均的基礎代謝は……」
「1300っ! 差し引きじつに1298キロカロリーものダイエット効果! まさに完ッ璧! 璧をまっとうす!!」
「ま、死なない程度に頑張って……」
 教室で私はところてんをすする。すっぱしょっぱいタレと、つるつるしたのどごしがたまらない。あーうまい。実に上手い。最高だ。友人は隣の席で唐揚げを一口でぱくりとやっているが、全く羨ましくなどない。ああ、あのカボチャの煮付けの、とろとろと柔らかそうなこと、箸を立てればすッと手応えもなく半分に割れ、舌に乗せれば染みこんだ出汁がふわりと香って……羨ましくなんかない!
「……だいじょうぶ?」
 友人に声を掛けられて私はようやく気付いた。自分が異常な量のよだれでスカートを濡らしていたことに。
「おっと」
「なー、おべんと少しやろっか? いくらなんでも体に悪ィよ」
「いらん。お腹いっぱい食えるの羨ましいなんて全然思ってないんだからね! 私は今! あんたたちが泣いて羨ましがるような状況にある! んだからねっ!!」
「あーはいはい爆発しろ爆発しろ」
 呆れ果てて友人がそっぽを向くが、私は満足だ。
 夏は近い。
 彼と一緒に行く海もまた、近い。

 さて、ありていに言えば、意中の彼にコクろうかヤメようか、ウダウダやってるあいだに向こうから動きがあった。なんとまあ。付き合ってくれって。まあよかろう、てなもんだ。私は鷹揚に頷いた。無理にでも胸張ってないとどうにかなりそうだったし、そうしないと膨らみが目立たない程度の胸しかなかったからだ。
 で、私達のお付き合いというのが始まった。とはいえ、男と付き合ったことなど一度もない私は、何をどうしていいやらさっぱり分からない。ただ人づてに聞くあいまいな知識で、無闇と耳年増になっていて、どうにもその、女と男の、そう、うん、いわば、距離を詰めるということについて、いらない警戒心を抱いてしまっていたのであった。
 どうしていいか分からない。とにかく踏み込めばいいのだろうけど、踏み込んでどうなるのか知らないから恐ろしい。
 というわけで、たまに一緒に学校から帰るくらいで、これといって、付き合ってるのかどうかもよくわからないような日々がしばらく続いた。
 その末に――手を握ることも怖がる私にしびれを切らしたのだろうか、彼から大胆な申し出があったのだった。
「海に行こうよ、一緒に」
 私はもちろん、鷹揚に頷いた。王様の貫禄でだ。

 ところがここに問題があった――王様の貫禄なのは私の精神ではなく、私の腹回りであったのだ。
 その晩、風呂場ですっぱだかになった私は、自分の躰を曇った鏡に映してみる。
 うーむ。
 うーむむ……。
 これはいかん。とてもじゃないが、見せられたもんじゃない。
 なにしろ出るべきところはひっこみ、締まるべきところがぽよんとした、メリハリのない躰だ。
 私は決意した。
 夏までに、痩せる!!
 かくして、素裸を隠すべく私の戦いが始まったのだった。

 1日。2日。私はがんばった。食事は全てところてんとこんにゃく。その他諸々のローカロリー食品。筋肉を付ければ基礎代謝もあがるというので、胸筋の運動もはじめた。水2リットルを入れたPETボトルの上げ下げ運動。
 最初の3日くらいは達成感があった。確かにカロリーは減ってたし、胸や腕や腹筋に筋肉痛もあって、ああやってるって気分になれた。このまま行けば、痩せることはできたのかもしれない。
 順調にいけば。
 1週間後。
 私は教室でいきなりぶっ倒れた。
 理由は、笑うなかれ。栄養失調である。

 一日の入院。
 有無を言わさず、血管に直接ぶちこまれたグルコース水溶液。大量のカロリー。
 私の一週間の努力は、医学的な要請によって、わずか30分で無に帰した。
 一体何やってんだろ、私。
 天井を見上げ、私はただ、目を腫らす。
 と、いきなり外に足音が聞こえてきた。やってきたのは、彼だったのだ。
「だいじょうぶ!?」
 彼は慌てて私に駆けよる。
「別に」
 言う私に、彼は微笑んだ。
「よかった……」
 何やってんだろ。
 私は思わず、笑ってしまう。なんだ、これでよかったんだ。

THE END.

投稿者 darkcrow : 2013年06月01日 01:17

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