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2013年04月13日

 ■ 「伯父」


 私には伯父がひとりいた。
 私からみて、父の姉の夫にあたる。つまり私と伯父には直接の血縁はないが、家が近所ということもあって顔を合わすことは多かった。旅行やらバーベキューやら、イベントごとには親戚一同が寄り集まって派手にやるのが通例だったし、私にとっては毎日のように遊んでいる仲のいい従兄弟の父親、という存在でもあったのだ。

 ある時私は、父が経営する工場に潜り込んだ。冬には氷のように冷たく夏には焼き肉が出来そうなほど熱い、トタン貼りの壁。土が剥き出しの床。そこに備え付けられたなんだかわからない作業機械。木製のテーブルはあちらこちら焼けこげ跡とドリルの穴だらけで、その上には雑然と、図面が、鋼鉄の切れ端が、缶コーヒーの空き缶が、散らばっていた。
 トタン壁の隙間から差し込む昼の陽射し――線を引いたように鮮やかな、熱を帯びた光。それに照らされ埃が舞い踊る。私はそっと手を伸ばす。光を掴めそうな気がして。そして見つめる。陽光を浴びる濃青色塗装の作業機械を。光の中に突っこんだ手のひらを、今度は冷たい鉄に沿わせる。鉄が、奇妙に生物的な艶めかしさで、私の指に触れた。
「どうしたの、こんなところで」
 私は飛び上がった。
 背後から突然声を掛けてきたのは、他ならぬ伯父であった。伯父は父の会社の従業員だったのだ。今日は会社は休みのはずだ。誰もいないはずだ。私は家の奥の壁にかけてある工場の鍵を勝手に持ち出し、それで忍び込んだのだ。見つかる恐れなどないはずだった……私の心臓は、突如湧きだした罪悪感に激しく脈打った。
「勝手に触るとあぶねえよお」
 だが伯父は、そう言って、優しくくすくすと笑ったのだ。
 私は子供らしく、雄弁に語ることもできなくて、ただ黙って気まずそうにじっとしていた。やがて伯父は機械の電源を入れ、何かしらやり始めた。何をやっているのか? 私の背丈では、作業台の上の様子は見えない。私はうずうずして、いてもたってもいられなくなって、奥にあった木の椅子を運んできた。伯父の斜め後ろにそれを置いたところで、伯父は、ふと私に視線をくれた。
「だめだよお。それぁ弱いから」
 と指さす先には、真新しい緑のビニル貼りのパイプ椅子。
「アルミの、持っといでえ」

 私は見た。パイプ椅子の上に爪先立って、伯父の作業の一部始終を見守った。今思えば大した仕事ではない。鉄骨を、決められた形に曲げるだけの仕事だったようだ。だが、黙々と仕事をこなす伯父の手元から私は目がはなせなかった。鉄骨を掴み、セットし、安全を確認し、スイッチを入れて、モータが唸り、鋼鉄がアメのように曲がり、引き抜かれて箱に投げ入れられ、はじめに戻って繰り返す。一連の動きはおそろしく洗練され、一片の無駄もなく、素早く、正確な――そう、まるで精緻な舞いのよう。
 私は見とれていたのだ。

 伯父がもと銀行員だったというのは、その少し後で誰かから聞いた。銀行でやっていけなくなって、うちの会社に転がり込んだのだと。なるほど、確かに伯父はどんくさかった。ビジネスマンらしい厳しさ、鋭さは皆無だった。父はそんな伯父を毛嫌いし、事あるごとに苛めた。私はそのたび、何も言えず、どうしてそんなふうに言うのと父にくってかかることもできず、卑怯にも、後ろで見ていることしかできなかった。
 あれから二十年ほど経つ。
 父の会社は潰れた。伯父はどこかで立派に働いているそうだ。
 あの時と同じように、精緻に、舞うように、きっと。

THE END.

お題:マイナーなあの人 必須要素:マイナスドライバー 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年04月13日 00:51

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