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2013年04月14日

 ■ 「己を知る者のために」

己を知る者のために


 この世でもっとも危険なものを知ってるか? それは女だ。
 やる気も能力もない僕が文化祭の責任者になった理由について、順を追って説明しよう。文化祭でクラス展示をするってのは説明は要るまい? ネタは落語だそうだ。そうだ、というのは僕自身さっぱり興味がなかったからで、準備も当日も隅っこの方で与えられた作業をそれなりにこなして参加した感だけ醸し出しておくのが僕の常套手段だったからだ。
 でも今年に限っては事情が異なっていた。クラス副委員長が、あの子であったからだ。
 美人? そうでもない。かわいい? まあまあ。スタイルは? ひかえめ。そして物腰もひかえめ。押しが弱いがために面倒な副委員長の座を押しつけられるようなタイプだ。そんな彼女だが、僕にとっては唯一無二の――別にどうということもない。去年、席が隣で、なんかちょっと意識しながら一年を過ごしているうちに、なんとなく、目が離せなくなってしまっただけだ。
 そうだよ! 好きなんだよ! 悪いか!?
 あれもこれも押しつけられて、それでもいつもにこにこしてて、一人で放課後のこってややこしい作業ばっかりしてて、見かねて僕が手伝うと、嬉しそうに、ほんとに嬉しそうにして、それでほら、そのまま一緒に帰る流れになったりとかして、でも、ろくに話も出来ないまま、家に着いてしまって――
 ほっとけないんだ。見てられないんだ。なのに僕は、喉元まででかかってる言葉を彼女に告げることもできないまま悶々としている。
 だからこれはチャンスだと思った。落語好きで我田引水気味の委員長と、面倒事引き受けマシーンみたいに扱われている副委員長が、クラス展示の運営委員を募集している。
 思ったときにはもう遅かった。僕は、立候補の手を挙げていた。
 がらにもなく――能力もないのにだ。全く、もっとも危険なものは、女。おかげで僕は、自分のペースを見失う。

 ともかくも委員長・副ふくめて5名の委員の奮闘が始まった。展示内容の企画会議。時間を定めての落語実演。そのネタの選別、台本の作成。購入すべき物資の予算見積もり、先生への稟議、それが職員会議で通るのを待っての買い物行脚。
 また委員長が、自分ではろくに動きもしないくせに口だけはやかましい。ああしろこうしろ、あれがだめこれがだめ、僕らが考えたこと、言ったこと、やろうとしたこと、全てにケチを付け非難する。
 だから僕は動いた。動いて動いて動きまくった。なぜって? 槍玉に挙げられるのがたいていあの子だったからだ! 僕は会議の場で、委員長が文句を言うのにかぶせるように、これでもかとばかり改善案を出しまくった。それにもまた物言いがつく。だが負けない。文句が出るたびに新たな案を捻り出す。

 胃がすり切れそうになる二週間が過ぎた。
 あまりにも突然に、その時はやってきた。
 委員長が季節外れのインフルエンザにかかったのである。
 突然の報告に運営委員と、それから担任の先生は騒然となった。なにしろ責任者がぶったおれたのだ。インフルだから、短く見積もっても一週間は出席停止。そしてその頃には、文化祭は僅か五日後に迫っている。とてもじゃないが、彼の復帰を待っていられる状況ではなかった。
「しょうがないな。誰かに責任者を引き継いでもらうしかない、けど?」
 と、先生は僕たちを見回した。その目が言っている。誰もやりたくないなら、不本意だが先生がやるよ、と。
 なのに。ああ、それなのに。
 日頃自分からは意見ひとつ言わないあの子が、副委員長が、おずおずと手を挙げ――しかしきっぱりと、こう囁いた。
「あの、彼が適任だと思います」
 そう言って視線を向けたのが、そう。よりにもよって、この僕だったのだ。

 それから僕の地獄が始まった。
 やるべき事は山ほどあった。いよいよクラス全体が準備にとりかかりだし、さまざまな作成物の進捗状況が、物資の不足の悲鳴が、予算オーバーの報告が、レシートと領収書の山を束ねる輪ゴムの管理が、僕のちっぽけな肩の上にどさどさと降り注いできた。僕は泣きそうになった。なぜ僕が。やる気も能力もない僕が。
 どうして、こんなことに。
 その時手伝ってくれたのは、副委員長だった。だが僕は、愚痴を言うことしかできなかったのだ。
「どうして僕を指名したんだ。僕にはそんな能力ないし」
「やる気はあるわ」
「ねえよ!!」
「――あるわ」
「ちがう! 僕はただ、きみが!」
 言いかけた僕を、彼女が手でせいする。
 全て、分かっている。目がそう言っていた。
「がんばって」
 彼女がぼくの、手を取った。
「私、知ってる。あなたなら、できるわ」

 THE END.

お題:ワイルドな誤解 必須要素:輪ゴム 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年04月14日 23:23

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