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2008年01月11日

 ■ ACFA-NOTES:02 巨獣-Fortress-

ARMORED CORE For Answer ACFA-NOTES

ACFA-NOTES:02 巨獣-Fortress-

 この世には三種類の人類しかいない。親と、子と、呆れ顔だ。
 そしてアクファは、紛れもなくその三つ目であった。
 ソファに腰掛け、目の前の奇妙な生命体を眺めながら、アクファは溜息を吐いた。確かに、作家に正月もクリスマスもない。締め切りは刻一刻と迫っている。ましてアクファはドキュメンタリー作家であり、ネタがなければ何も書けない人種なのだ。だから、GAに努めている従兄弟から、『ナー』に遊びに来ないかと言われたときは、一も二もなく頷いた。
 何しろ、天下のGA社員である。アクファが作品のネタにしている、軍事や先端技術に関する何か……面白い話や面白い物に、出逢えるかもしれない。果たしてその予感はあたった。滅多に出来ない体験ができた。
 とはいえ。
「ポッ! キャ!」
「あ!」
 アクファは頭を掻く。
「パア!?」
「あ!」
 さっきからずーっと、こんなやりとりばかり見せられていては、いい加減うんざりしてくる。
「これ、最近のブームなんだ」
 従兄弟は嬉しそうに言った。腕の中に、一体何が楽しいのかぱたぱたと手を振り回し続ける、小さな生命体を抱えて。

 従兄弟のギャス・ヴェシマーには、最近子供ができたばかりなのである。男の子で、名前はカエデ。七ヶ月。生まれたという話は聞いていた。思えば、それを聞いた時点で気付くべきだったのだ。
 要するに、ギャスが誘ってくれたのは、子供を見せたかっただけなんだと。
「抱いてみる?」
 にこにこしてギャスは、カエデを差し出した。思わずアクファは顔を引きつらす。
「い、いや、僕は……」
「何事も経験だぜ。あっくんだって、親父になるのはそう遠いことじゃないだろ」
「僕はまだ……」
 と言いかけて、アクファははたと思い当たった。そういえば、同い年の友達が、このあいだ結婚して娘が生まれたばかりなのだ。そう、アクファも気が付けばそんな歳。そろそろ結婚して、子供がいたっておかしくない年齢なのだ。
「そうだね。やってみようかな」
 思い直して、アクファは小さな謎の生命体を、恐る恐る受けとった。
 と、アクファは呻き声を漏らした。重い。思ったより遥かに重い。赤ちゃんなんて、たかが3キロ程度じゃなかったのか。腕が震えるようなこの重みからすれば、たぶん10キロはある。まるで米袋一つ分だった。
 それもそのはず、3キロなんていう体重は生まれた直後のことである。この不可思議な生命体は、生まれて僅か半年あまりで、体重を三倍以上にまで膨らましたのだ。
「重いね……」
 落としては大変だ。アクファは貧弱な腕に必死で力を込め、カエデを膝の上に座らせた。今度は太股に、ずしりと重みがのし掛かってくる。重く、そしてか弱い。アクファは少しあやしてみようと、指で狐の顔を作って、カエデ目の前に突きだして見せた。カエデは不思議そうにそれを見つめ、小さな紅葉の手で、意外に力強く狐の顔を握りしめる。
 あまりにも細い指。短い手。ガラスの花瓶よりも脆く、スポンジよりも貧弱な、奇妙な生き物。
 これが、子供。
 と、アクファの緊張が伝わったのだろうか。突然カエデがぐずりだした。おっと、とばかりにギャスが寄ってきて、
「ポッ! キャッ!」
 とさっきのやつをやってみせた。だが今度は効果がないようだった。とうとうカエデは泣き出した。アクファがびっくりしてまごまごしていると、ギャスは笑いながらカエデを抱き上げる。
「あははは! もっと楽にすればいいのに」
「いや……怖いよ」
 アクファはカエデが自分の膝から離れていったことに、正直に言って、安堵を感じていた。溜息を吐いて気付く。いつの間にか、肩に嫌な脂汗を掻いていたことに。
「怖いか」
 父の胸にぴたりと抱きつく我が子を撫でながら、ギャスは真剣な、優しい目でアクファを見下ろしていた。
「うん……怖い」
「別に噛みつきゃしないぜ」
「そういうことじゃなくて」
 ギャスはうなずいた。アクファの言葉を促すように。導かれるまま、アクファは続けた。
「……あんまりにも弱すぎて……怖い。下手に触ったら、壊れてしまいそうで……取り返しのつかない失敗をしてしまいそうで……
 命が僕の手の中にあるっていう重みが……怖いよ」
「分かるよ」
 ギャスは小さく笑った。
「俺もそうだった。今でも少しはそうだ」
「そうなの?」
「みんな考えることは一緒じゃないかねえ。でも俺は、その気持ちが、父親の第一歩なんじゃないかと思うんだ」
 ギャスはアクファの隣に腰を下ろすと、片手でカエデを抱き、もう片方の手でアクファの肩を叩いた。
「いい親父になれるぜ、あっくんは!」
「あー!」
 と、突然カエデが叫んだ。賑やかな子だ。人が話していると興味津々で聞き耳を立て、時折声を挙げては、話に割って入ろうとする。きっと成長すれば、活発な、よく喋る子になるだろう。いいことだ。なにしろ言葉は知性の素だ。言葉なくして、人は知恵を得られない。
「ところであっくん、こいつは真面目な話なんだが……」
「なに?」
 不意に声を押し殺し、ギャスはそう切り出した。カエデを見て顔をほころばせていたアクファも、思わず緊張して耳を傾ける。
「ああ……客観的に見ても――」
 ごくり。アクファはツバを飲んだ。
「本当にうちの子は可愛いな!」
「ごめんちょっとトイレ」
「呆れるなよー!」
 席を立とうとするアクファを、ギャスは力ずくで引き留めた。あ! と叫ぶ我が子をアクファの前ににゅっと突き出し、ほらほら見てみろ、と言わんばかりに押しつける。
「俺は別に親ばかで言ってるわけじゃないんだぜ!? 科学的に見てそうなんだ」
「全身全霊で親ばかだよ。」
 しかしまあ、それもいいか。
 そう思って、アクファはにこりと微笑んだ。親ばか。それは、それだけ我が子を可愛がっているということ。敢えて安っぽい言い方をすれば――愛しているということに、他ならないのだから。
 と。
 ギャスのポケットの中で、電話のアラームが鳴り出した。ギャスはカエデをアクファに預け、電話の相手と何事か話し始めた。会話の内容からして、どうやら職場からの電話らしかった。
 ギャスの顔に、一瞬、険しい色が浮かぶ。
「……分かった、10分で行くよ。先に第一種警報(ヒトケイ)出しといてくれ」
「仕事?」
 ギャスが立ち上がり、アクファと我が子を見下ろした時には、もう彼の顔は普段の優しい従兄弟にして父親に戻っていた。
「ああ。仕事は正月もクリスマスも待ってくれないや」
「気をつけて」
「おう! 悪いけど、しばらくカエデを頼む。何かあったら嫁さん起こしてくれりゃいい」
「分かった」
 そしてギャスはしゃがみ込み、あ! と叫ぶ我が子の頭を撫でた。
「行ってくるぜ、カエデ!」
「あ!」

『ナー』の中にある市街地を、ギャスのセダンは疾走した。正月だというのに道に車は一台もいない。住宅街も、オフィス街も、みんなひっそりと静まりかえり、普段ひっきりなしに聞こえるはずの工事の音も、今は全く聞こえない。
 当直の社員が、一足早く第一種警報を出してくれたおかげだ。みんな危機を感じ取り、家やシェルターに逃げ込んでいる。この分なら、十分と言わず五分で職場までたどり着ける。
 連絡によれば、敵は二機だという。
 ネクストが二機。本来なら、都市一つ、師団一つの壊滅も覚悟しなければならない戦力だ。
 だが――この『ナー』は違う。
「来るなら来い」
 我が子を――家族を護るため、ギャスは『ナー』を企画し、造り上げた。
 余りにも強力すぎる力、ネクスト。
 それを扱いうる唯一の存在、選ばれし者、リンクス。
 ふざけるな。
 そんなものに、運命を左右されてたまるか。確かにギャスは、大した力もない一人の人間だ。弱く脆いたった一人の人間だ。だがそれ以上に今のギャスは夫であり、そして何より――
 小さなカエデの父親なのだ。
「俺はお前らの好きになんかさせん! 『アームズフォート』の力を思い知れっ!」

『一体こいつは何なんだ?』
 スパイトがいぶかるのも無理はなかった。砂漠の真ん中に、GAの新兵器らしきものがいる、と報告を受け、ネクストでひとっ飛び、偵察にやってきたスパイトとマリスだったが、なるほど、これは「らしきもの」としか報告できないのもよく分かる。
 巨大な――高さだけでも数百メートル、全長は恐らく5キロメートルにも達する壁のようなものが、砂漠の真ん中にそびえ立っていたのだ。しかもこの壁は、ゆっくりと……いや。スケールが違いすぎてゆっくりに見えるだけだ。凄まじいスピードで、オーメルの基地に向かって前進を続けている。
「まるで走る山だな」
『GAの大艦巨砲主義もここに極まれりだ。ハハハッ! みろよ、木偶の坊の『クエーサー』があんなに積まれてるぜ』
 なるほど、スパイトの言うとおり。あの『走る山』の上には、GAの大型自走砲『クエーサー』が十機ほども並んでいる。とするとあれは輸送機か何かだろうか? それにしては大仰すぎるし、なにより、たかが『クエーサー』十機ばかりでネクストに対抗できるわけもないのだが。
「度し難いな……スパイト、油断だけはするな」
『了解了解ィ』
 言っても無駄か。とマリスは溜息を吐く。
 と、そのとき。
《虻!》
 AMSが警告の寓意を吐き出した。マリスとスパイトは条件反射でコンソールを叩き、超音速でその場を飛び退く。二機がとっくに消え失せた後を、小型ミサイルの群が虚しく行き過ぎ、爆風で砂をもうもうと巻き上げた。
『ち! 視界を殺された! 姑息なマネしやがる』
「油断するなと言ったろう! これで奴に攻撃能力があることはハッキリした。追加報酬狙いだ、潰すぞ!」
『オーライッ!』
 あれは移動要塞か何かなのだろう。ただの移動要塞なら、所詮はネクストの敵ではない。
 そのはずなのだが――
 マリスは奇妙な不気味さを感じていた。執念と言い換えてもいい。あの『走る山』からは、何か……ただの兵器とは言えない、意志のような物が感じられる。一体、あれの正体は何だというのか。
「……やめよう。埒もない」
 彼女は小さく首を振り、コンソールから前進をコマンドした。

 ミサイルはただの牽制。砂で敵の視界を塞ぐためだけのものである。
 爆風や熱は、ネクストに対する決定打には成り得ない。敵には絶対防御膜プライマル・アーマーがあるのだ。PAを貫き、ネクストに致命傷を与える方法は、大きく分けて二つ。一つはひたすら攻撃を当て続け、PAを減衰させること。もう一つは、圧倒的な速度を持つ運動エネルギー弾ないしレーザー砲で、防ぐ暇もなくPAを貫通させること。
『ナー』の司令室に駆け込んだギャスは、練りに練った運用計画通りに前者の作戦を展開した。ミサイルと榴弾による爆風で、砂を巻き上げ敵の視界を殺す。その間に高性能レーダーで敵の位置を掴み、『ナー』側面に備えられた全78基の120mm機銃砲座から一斉射撃を加える。秒間20連射の78倍で、敵には1秒につき1560発の高速徹甲弾が降り注ぐ。
 これならいかにPAと言えど、一瞬で減衰し、霧散せざるを得ない。とはいえ――
「塔長! ダメです、当たっていません!」
 オペレータの一人が悲鳴を挙げた。ギャス塔長は頷いた。こうなることは予測していた。たとえどれだけ連射しようが、相手はクイックブーストを持つネクスト。この程度の攻撃で仕留められるとは思っていない。
「これ以上は弾の無駄です、止めましょう!」
「馬鹿言うなよ。砲撃は止めるな。一秒たりともだ」
「毎秒毎秒、車五台分も金使ってるんですよお!?」
 ふんっ、とギャスは笑い、砲撃停止を命じるどころか、
「榴弾砲座、ミサイル砲座開け。各砲座は分間3発のペースで発射。予測をかけて、タイミングをずらして撃つのを忘れるな!」
 かえって湯水のように弾薬を使わせる命令を下した。ざわめきが辺りに広がった。みんなが好き勝手に不満を口にする。
「一体何考えてるんだろう、塔長は……」
「これじゃ本社から大目玉食らうぜ」
 分かっていない。みんな分かっていない。
 GAの上層部は理解してくれた。ギャスの考えていることを。それは、彼らがそれだけネクストとリンクスを恐れているということでもあるのだろう。ギャスは冷静に物を見た。だから知っているだけなのだ。
 こちらの有利は、この圧倒的な物量、ただ一点のみなのだということを。
 試しにこの砲撃を、1秒でも止めてみるがいい。
 その瞬間、敵はこちらの懐に飛び込み、『ナー』は撃沈される。
 それがリンクス。それがネクストというものなのだ。

「……激しい!」
 マリスは珍しく焦っていた。ジェネレーターとブースターをフル稼働させ、雨のような……いや。もはや霧のようにすら見える銃弾の群を避け続ける。たしかにこの程度の弾幕、ネクストにとっては、避けるのはさほど難しくはない。とはいえ、敵はこちらの嫌なところを的確に突いてきている。
 ネクストの嫌なところ、それは弾幕である。PAの弱点の一つは、短時間に大量の攻撃を浴びると防御力を失うこと。敵はそれを嫌と言うほど知っている。
「まさか……」
 頭に浮かんだ突拍子もない答えを、マリスは慌てて打ち消した。
『マリース! こりゃ近づけんぜ! 一旦下がって長期戦を狙おう!』
「それしかないか」
 と、マリスの頭に妙な仮説が過ぎった。
「あの大きさ……」
『あんだってぇー!?』
「あの馬鹿でかい箱の中には一体何があるんだとおもう?」
 そう。マリスの仮説が正しければ――

 持ち込むがいい。長期戦に。
 戦いが長引けば長引くほど、お前達は不利になる。
 ギャスはモニタを睨みながら、司令室の様子に目を配っていた。みんな、『ナー』での戦闘は初めての体験だ。演習で何度もやったことでも、下手をすれば死ぬという緊張感の中で行えば、極度の疲労と判断ミスを産む。
 そろそろ頃合いかもしれない。ギャスはそう判断した。
「よし! みんな、順に第二勤務と交代していけ。食事と睡眠を取ってこい。
 砲座の連中にもちゃんと伝達するんだぞ!」
「はあ……でもいいんですか? 戦闘中ですよ」
「だからさ。疲れた奴に戦いはできん」
『ナー』は、ただ巨大な砲台の塊などではない。なぜ、わざわざこれほど巨大な兵器を作ったか。それは、兵器の中に町を作るためなのだ。
 ネクストの居住性は最悪だ。どれだけネクストが強かろうが、作戦が長期に及べばリンクスは疲れる。
 それに引き替え『ナー』の兵士たちは、全く疲れを知らない。常時三交代勤務ができるだけの人数が揃っており、内部には戦闘中ですら充分にくつろげる家と娯楽施設が揃い、その気になれば、24時間ずっと完全なコンディションで戦い続けることが出来る。
「敵は、疲れてきてるな……」
 モニタの動きを見つめながら、ギャスは頷いた。
「交代が完了したら第二作戦に移行する。リンクスバスター準備だ!」

 どうする――?
 考えがまとまらなくなってきていることに気付いて、マリスははっとした。敵の狙いはこれだ。爆風による視界妨害。機銃掃射による牽制。それらで時間を稼ぎ、こちらを疲れさせ、そして――
「ん……アレは何だ!?」
 ようやくマリスは気付いた。
『走る山』の天井ハッチが開き、そこから巨大な一つの砲が姿を現す。
『でかいな、おい……プラズマ砲か何かかな?』
「いや」
 マリスはすぐさま映像の拡大をコマンドし、そして気付いた。あまりのことに、思わず弾幕の回避を忘れかける。
 砲の左右を挟む巨大な金属板。伝導体。
「レールガンだ! でかいぞ!」
 マリスは顔面蒼白になった。磁気レールで砲弾を加速するレールガンは、レールが長ければ長いほど、供給される電力が大きければ大きいほど、理論上は無限に威力が上がっていく。あれほど巨大なレール、あれほど巨大な兵器の出力で放たれるレールガンの威力がどれほどの物か。
 おそらく、山一つ、街一つ程度なら軽くクレーターに変えられる。
 ましてやネクストなど。
 超高速の砲弾。それが『走る山』の切り札なのだ。それを知った瞬間、はっきりとマリスは理解した。この巨大な『走る山』の正体を。
「くそっ! 逃げろスパイト!」
『そんなこと言われたって……弾幕ですぐにすぐは』
 それはそうだ。敵はそのために、この狂気じみた弾幕を張っている。
 マリスは自分の考えの甘さに、歯が割れそうなほど強く奥歯を噛みしめた。ある程度予測していながら、まさかなんて言葉で自分の予想を封じ込め、うかつに攻撃を仕掛けたのだ。
 早くここから離脱しなければ、あのレールガンで一瞬にしてPAを貫かれる。そして仮にレールガンを避けたとしても、後から後からいくらでも対ネクスト用の武器が登場するだろう。
 そう。あの『走る山』は――ただネクストと戦うためだけに作られた、究極の対ネクスト兵器に違いない。
 圧倒的物量と弾幕でネクストの接近を阻み、一撃でネクストを仕留めうる超高速レールガンを備え、長期戦になろうとまるで堪えないシステムを構築している。ネクストの戦術、ネクストの動きを研究しつくし、その弱点を的確に突くためだけの兵器。それがあの、『走る山』なのだ!
 殺される。
 マリスが不覚にも、そう確信してしまった瞬間。
『おいマリス』
 スパイトの声が聞こえた。
『お前に一つ言っときたいことがある』
「なんだ、こんなときに!」
『好きだ!』
 マリスの脳みそが爆発した。
 一体何を言い出すんだこいつは? そうマリスがいぶかるより先に、スパイトが俊敏に行動した。彼のネクストが翼のような腕を広げ、素早く空に舞い上がる。敵の砲台のほとんどが、不穏な動きを見せたスパイトに狙いを定める。
「うかつだスパイト!」
 言いながらマリスは気付いていた――スパイトが、そのために動いたのだということに。
『生き延びろよ』
 囁き、
『うおおおおぉぉぉぉぉぉッ!!』
 スパイトは奔る。
 一直線に、『走る山』のレールガンに向かって。
「スパイトッ!」
 叫びながらも、体はAMSの寓意に従って、条件反射で後退をコマンドしていた。スパイトの乗るネクストが離れていく。永遠にマリスから離れていく。一体彼になんて言えばいい? 最期にどんな言葉をかければいい? 躊躇いが、迷いが、最後の最後になって爆発のように吹き飛んだ。
「わたしも……!」
 閃光。

「敵機1、撃破……敵機2は爆風で吹き飛んで……撤退したと思われます」
 しん、としばらく、司令室の中は静まりかえっていた。
 最初に戦いが終わったことを認識できたのは、一番端の席に座るオペレータだった。彼が勝ったと一言呟くと、その認識は波のように部屋中を走り、すぐさま、『ナー』の中全体を歓喜の渦に巻き込んだ。
 勝った。
 生き延びたのだ。
 ギャスは深く溜息を吐きながら、椅子に体を埋めた。家族を護りきったという安堵。それは余りにも大きすぎる不安の裏返しでもあった。
 ネクストという物がこの世にある以上、世界のどこにも、安全な場所など存在しない。だからギャスには、『ナー』を作るしかなかった。ネクストに対抗しうる兵器、『アームズフォート』を造り上げ、最も信頼できる物の中に、最も大切なものを匿うしかなかったのだ。
「ハハハッ! ネクストも大したことねーな!」
「『ナー』がありゃ、もうネクストなんて怖くないよ」
「祝杯だー! 酒あけましょう!」
「浮かれるなッ!」
 ざわつく司令室の弛緩した空気を、ギャスの一喝が一掃した。
「ダメージコントロール。被害を確認し報告」
「は……はい」
 冷徹に命令を下し、ギャスは立ち上がって、司令室の中を見渡した。誰もが熱狂の中から急に現実に引き戻され、まるで冷水を浴びせられたかのように、茫然としていた。だが言っておかねばならない。この事実、現実だけは。
「撃破した敵機はどうした」
「あ……はい。レールガンはかすっただけのようです。原形を留めたまま、『ナー』の上部に引っかかって……回収させますか」
 誰かがそう報告した。それを聞いて、頭の切れる者はもう気付いていた。一体何が起こったのかを。
「パイロットの生死を確かめろ」
「はい……」
 しばし沈黙が続き、やがてオペレータは続けた。
「死んでいます」
 何人かが安堵の溜息を零す。
「分かるか? これが現実さ」
 ギャスは体の震えを、拳を握ることで押さえ込んだ。
「敵ネクストは、『ナー』の本体に取り付いた。秒間1560発の弾幕と、ミサイル、榴弾、加えてリンクスバスターの全力射撃を浴びながら、だ。
 もし運良くリンクスが生き残っていたら、どうなっていたと思う?」
 考えるまでもない。
『ナー』の内部に踏み込んだネクストは、ほんの十数分ほどで、『ナー』の全てを破壊し尽くすだろう。たとえボロボロの機体であろうが関係ない。それを可能にするだけの力を、ネクストは持っている。
 それでも。
 たとえ相手が何であろうと。
 もはや人間の範疇を越えた、リンクスという新たなる種であろうとも。
「護ってみせる」
 カエデのそれよりずっと大きな手のひらを、ギャスは開き、再び握る。
「みんな、よく覚えといてくれ」
 大切なものを、決して放さないために。
「俺たち人類は、これだけの物を造って――ようやくリンクスと互角なんだということを」

NOTES:02 over.



※注※
 この作品は、ARMORED CORE For Answerオフィシャルサポーターに提供された資料を基に、木許慎の解釈による展開予想・設定考察・ビジュアルイメージを小説化したものです。その記述の多くは木許慎の予想・考察に基づくものであり、実際のゲーム内容とは矛盾する可能性があることをご了承ください。
 なお、全てのゲーム画像は開発中の物です。

※あとがき※
 第二弾、今回のテーマは「アームズフォート」でした。あれだけ馬鹿でかいものを造ったのはなぜなのか? そして、あれだけのものを造らざるを得なかったのはなぜなのか? そこのところを考えてみました。
 前回の更新、オフィシャルサイトの更新に合わせようと急いだのに、オフィシャルサイトが更新される前に第二回まで出来てしまうとはこれいかに!? がんばれフロム! 僕らはみんな待っている!
 次回、「NOTES:03 星炉-Star Forge-」。脅威の超音速巡航ブースター、ヴァンガードOB。リンクスはその時、星となる。

投稿者 darkcrow : 2008年01月11日 10:37

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