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2006年03月30日

 ■ ムーバブル・タイプ

 いつだって、物を作るというのは楽しいもんである。
 俺は鼻歌なんぞ歌いながら、嬉々としてキーボードを叩いていた。今日やっているのは、ムーバブル・タイプ……いわゆるブログCGIの導入だ。何やら難しい技術の絡んだこのシステムを、自分のサイト・スペースに形作っていく。
 詳しいことは全く知らないので、マニュアル首っ引きだ。だが、マニュアルのよく分からない用語を読み飛ばしながらシステムを構築する作業は、砂場に王国を築くのにも似て、背筋がぞくぞくしてくるほどの楽しさがある。
 ライセンスの取得。ダウンロード……アーカイヴ展開。コンフィグ・ファイルをリネームののち書き換え。CGIファイル、スタティック・ファイルのPATHを指定、DBパスをフルパスで設定し、Umaskを有効化。マニュアルと画面との間を、視線は忙しく往復し、俺の指は淀みなく正しい道順を辿っていく。
 ちょろいもんだよ。
 俺がにやりと笑った、その時。
 画面が無常なエラー・メッセージを吐き出した。俺の眉がぴくりと揺れる。平静を装いながら、俺はエラーの原因を探った。だいたいどこで間違えているかの見当はついていた。パスを指定するとき、単純なタイプミスをしたか……あるいはフルパスを誤解していたか……
 資料とマニュアルをめくりながら、俺は一字ずつ、誤りを探していく。だがどこにも、それらしいものはない。これじゃなかったか? パーミションが700じゃ足りなかっただろうか? まだ余裕のある俺は、FTPでサーバーにアクセス、rwxの羅列を凝視する。コレで足りないなら……705。エラーは直らない。755。変わらず。
 ちっ。
 俺は確かに、舌を打った。
 777。
 エラー。
 マウスをぶん投げたくなるのをなんとか堪え、パーミションを700に戻す。これじゃない。じゃあどれだ? やるべきことは全部やってあるはず。ミスがないかどうかもチェックした。さては、サーバーがデータベースに対応していなかったか? 不安を感じながら、サーバーの設定を再度チェックする。問題ない、データベースは動いている……
 じゃあ一体なんだってんだ?
 イライラする。思うように動かない。なぜ動かない? 俺はもう一度頭からチェックを始めた。チェック、グリーン。チェック、グリーン。チェック、グリーン! なのになんだ、このエラー! 苛ついた俺は、鼻の奥から、つぅーと音を立てた。俺の癖だった。怒っている時、機嫌の悪い時、イライラしている時に、鼻息を音を立てて吹き出すのだ。
「うぜえ」
 いらつきが頂点に達した俺は、キーボードとマウスを投げ出し、自分の体さえも床に転がした。
 もういいや。どうせ趣味でやってることだ。イライラしながらするほどの事じゃない。
 タイの寝大仏みたいな格好をして、俺はふて寝を始めた。何もかもどうでもよかった。だいたい、なんでムーバブル・タイプなんか導入しようと思ったんだっけ? ああそう、誰かが俺の作品読みたいとか言ってたから。今のやり方だと、特定の人間しか読めないから。誰でも読みやすいように。
 つぅー、と俺は鼻息を吹き出す。なんで読む人間のために、俺が苦労しなきゃならんのだ。知ったことか。
 ちゃぶ台の上に乗っていたチキン・ラーメンの袋が、がさりと揺れて床に落ちた。
 と。
「いくじなし」
 女の子の声が聞こえた。
 俺は横目に女の子を見上げた。セーラー服姿の、野暮ったい田舎娘。ツインテールの髪が、いかにもイモ臭い。吹けば飛びそうなくらい小さな女の子が、俺をまたいで仁王立ちになり、俺の横顔を睨み降ろしている。そのあまりに鋭い視線を見ていられなくて、俺は視線を泳がした。
「い、く、じ、な、し」
 うるせえよ。
 人差し指突きつける女の子に、俺は心の中で言い返した。
 だが……俺の心の声が聞こえないわけでもないだろうに、女の子はちっとも哀れむ様子さえ見せず、冷たい声を投げかけてくる。
「あなた、どんな顔してわたしに諦めるなって言わせるつもりなの?」
 俺は沈黙する。
「待ち望まれて嬉しかったんでしょ! しゃきっとしなさい!」
 うるせえよ!
 俺がめいっぱい叫ぶと、女の子の妄想は、雲のように揺れながら霧散した。
 短い沈黙があった。
 俺は舌打ちしながら、のそりと起きあがった。奥歯をギリギリ言わせながら、目の前のモニタを睨め付ける。自分で作った妄想の産物に、とやかく口出しされてたまるもんか。やれば文句はないんだろう、やれば!
 チェックだ。もう一度、最初から。
「……あ?」
 俺はあることに気がついた。
「ああーっ!?」
 一人住まいの1Kで叫んでいては、まるで変な人みたいだ。俺は頭を抱えながら、机の上に突っ伏せた。シャープがついている。文頭の#だ! #が頭についたコードは、「コメント」になって、無視される。そりゃ、必要なコードの前に#がついていたんじゃ、まともに動くわけがない。
 なんって単純なミス……
 頭に血が上っていたらしい。
 俺はガリガリと後頭部を掻きながら、力任せにミスを修正した。そしてテストしてみれば……ああ、動く。動く動く。問題なく動く。
 俺は今度こそ、力尽きて仰向けにぶっ倒れた。
 疲れた……
 でも、それはどこか心地の良い疲れだった。

投稿者 darkcrow : 2006年03月30日 01:19

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