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2006年08月17日

 ■ 東京怪談サンプル「真夏の墓標」

 また今年も夏が来る。
 いっそ焼き殺してくれと言いたくなるほど白熱した太陽が、俺の剥き出しの腕をジリジリと焦がした。陽炎に揺らぐ真っ黒なアスファルトの、それも急な上り坂を、俺は手荷物かかえて登っていく。
 一歩、一歩。脚は重い。時折肌を洗っていく風と、ざわめき時々刻々と形を変える木陰だけが、せめてもの救いだった。
 手荷物の中には、小さな花と、そしてビーフジャーキー。
 近所の小さな山のてっぺんに、火葬場がある。黒々とした、真新しい感じのするアスファルトの中に、突如そびえ立つ白い塔……煙突。火葬場の建物は、ただ真っ白であること以外なんら宗教的な特徴を持たなかったが、その無宗教っぽさが、かえってカルトじみた臭いを俺に感じさせる。
 その建物の裏側に、俺の目指す「墓」があった。
 火葬場に墓? と、疑問に思う人もいるだろう。もっともなことだ。
 これは人間のために作られた墓ではない。火葬場では死んだペットの火葬も引き受けてくれる。ここはそうした動物たちのための、いわば共同墓地なのだ。
 人間と犬猫を同じ場所で焼くのか、と憤る人もいる。だから墓地は建物の裏側に、ひっそりと佇んでいる……のだが。
 俺が大きな墓標の前に辿り着いた時にはもう、大勢の先客たちが残していったであろう無数のお供え物が、うずたかく積み上げられていた。
 線香、花束、ドッグフードにキャットフード、団子や饅頭お菓子の類、骨型の犬用ガム、首輪にごはん、水、牛乳、ひまわりの種、ねこじゃらし……そのほとんどは、大きな黒蟻にたかられ、むさぼり食われていた。
 ふぅっ。
 俺は溜息を吐き、墓標の前にしゃがみ込んだ。
 自分の持ってきた花とビーフジャーキーを、そっと、お供え物の山の中に加えてやる。それから両手を合わせ、じっと、太陽が首筋を灼くのも忘れて、無心にその場にうずくまっていた。
「馬鹿だよなあ、人間って」
 やがて目を開いた俺は、思わずぽつりと漏らした。
「こんなことしたって、蟻の餌になるだけなのに――」
「そんなこと、ないです」
 ぎくりとした。
 弾かれたように立ち上がった俺のわきをくぐり抜け、一人の少女がスッと墓前に進み出た。お供え物こそ持っていなかったが、少女は手を合わせ、頭を垂れて、俺よりずっと長い間、熱心に祈りを捧げていた。
 悪いことをした……と思った。この子も、きっと大切なペットを失ったんだろう。ひょっとしたら、まだその寂しささえ癒えていないかもしれない。そんな人間がそばにいることにも気付かず、俺は無神経なことを言ってしまった。
 やがて少女が顔を上げたのを見計らって、俺はおずおずと声を掛けた。
「あの……ごめん」
「ん? なーに?」
 振り返った少女は屈託のない笑顔を浮かべた。それでいくらか俺も救われる……情けない話だ。この子の方が、俺よりよほど大人じゃないか。
「ま、ホント、そーだもん。ここに置いておいても、死んじゃった犬さんが食べてくれるわけじゃないし……蟻さんが全部片付けてくれるわけじゃないし……
 知ってる? 焼き場のおじさん、夏場は毎日コレ、片付けてるの。ゴミ箱にすぽーん」
 サバサバした子だなあ、おい。
 少女はサンダルをズリズリと引きずりながら、木陰の岩の上に腰を下ろした。大きな岩だった。座ったまま脚をぶらぶらさせている少女を見つめるうちに、俺もようやく、自分が灼熱の太陽に晒されていたことを思い出し、彼女の隣に腰掛けた。
 見れば少女は、胸元にあごを埋めるようにして、気持ちよさそうに、すぅっと目を細めていた。切れ長のはっきりとした目鼻立ち。直線的で美しい顔の輪郭。少女にしては大人びているその姿が、何かに似ているように思えてならない。
 何だったっけ……
「ねね」
「ん?」
「誰か死んだの?」
 少女が、じぃっと俺の顔を覗き込みながら問う。俺は思わず視線を逸らし、
「ああ……犬がね。もう二年になる」
 岩についた俺の手の甲を、黒蟻が這い登ってきた。
「十……三歳だったかなあ。もういい年だったんだ。白内障になって、外に出たがらなくなって……今年の夏を超えられるかどうか、って、毎年言われていた。
 その頃俺は大阪に住んでてさ。盆休みには実家に帰って、顔見るつもりだった。でも……その直前に」
 黒蟻は俺の手の甲の上を念入りに探索すると、やがて興味を失い、草むらの方へと消えていく。
「朝目が覚めたら、眠るように死んでいたって……妹から電話で伝えられた」
 ふと俺は、隣の少女に視線を向けた。彼女はまだ俺の顔を覗き込み続けていた。一体俺は何を喋ってたんだろうか。それも一方的に。
「……君は?」
「わたしも、同じようなもの……大好きだった人と、お別れしなきゃいけなくなった」
 人、か。
 そういえばこの子は、さっきからペットを人間扱いしているような口ぶりで話していた。
 それは危険な優しさだと、俺には思えた。そんなふうに死者と関わっていると、死者に脚を引きずられるはめになる。俺はそのことをよく知っている。もう二度と戻ってこないものに、何時までも未練を抱くことの怖さを……
 でも。
「……理屈なんだよな、それは」
「……んー?」
「残された人間は、色んなことを思うんだ」
 俺は空を見上げる。
「小学生のころ……欲しかったゲーム、やっと買ってもらってさ。早くやりたくて仕方が無くて、散歩、適当に切り上げたりしちゃってたんだ……アイツ、もっと歩きたそうだったのにさ。
 今思えば、なんであの時もっと散歩に付き合ってやらなかったんだろう。もっとアイツのために何か出来たんじゃないのか? アイツはほんとに幸せだった……?
 仕方がないって分かっていても、そんなことばっかり考えるんだよ。死ぬってのは、そういう重たい事なんだ」
 少女は何も言わない。ただ、初めてぷいっと顔を背けた気がする。何故?
「悲しいね」
 ぽつりという少女に、俺は自嘲気味に笑う。
「仕方ないよ。生きてるものは死ぬんだ」
 ぺちっ!
 いきなり、横からチョップが飛んできた。びっくりした俺が少女の方を向くと、彼女は怒りを露わにして俺を睨んでいた。
「ばーか。なにかっこつけてんの!
 悲しいときは、泣いてもいいんだよ」
 閃光が――
 走った気がした。
 堰を切ったように、俺の奥底から、幾筋もの滴が溢れ出てくる。俺は溜まらなくなって、岩の上に膝を抱えた。今まで俺は……アイツのために泣いてやったことすらなかった。何度も墓参りに来ていながら、一度たりとも……
 大人の理屈。体裁、格好……そんなものに縛られて、俺は一度も、アイツのために涙を流さなかった。
 洗われた気がした。俺の心が。
 少女はそんな俺の背を優しく撫でながら、
「あのね……きっとその子は、すごく幸せだったと思う。
 だって、死んだあとに、こんなに思ってくれる人がいるんだもん……絶対、幸せだと思う」
 そうだろうか。
 本当にそうだろうか?
 アイツがそう思ってくれているとしたら、こんなに嬉しいことはない。今となっては確かめる術もないけど。アイツが生きていたって、言葉で聞くことはできないけど。ただ今は、少女の言葉がまるでアイツの声そのもののように、俺の心に染み渡ってくる。
 アイツは幸せだったと……そう、信じたい。
「ありがとう」
 ――え?
「そんなあなた、大好きだったよ」
 違和感を感じた俺は、弾かれたように顔を上げた。
 俺の背を撫でていたはずの少女の手の感触は、いつのまにか忽然と消え失せていた。
 少女がいない!
 俺は立ち上がり、軽い悪寒を覚えながら辺りを見回した。白い火葬場。木陰、岩。お供え物の山と、黒蟻……
 俺はしばし、呆然と立ち尽くしていた。やがて風が俺の体を洗うように吹き抜けると、現実が怒濤のように押し寄せてくる。体を焼き尽くす太陽の光や、火葬場の不気味な白い姿が……
 夢でも見ていたのか? それとも……
 どちらでもいい……か。
 小さく笑みを浮かべながら俺は、お供え物に埋もれた墓標を後にした。

(終わり)

 木許慎復活ッ!!(砂糖水で?)

 色々忙しい時期も終わりましてー、そろそろ復活します木許慎です! もう二ヶ月たったのかよはえーなー。
 中断してる間にOMCという所に登録してしまったわけなのですが、今日はそこで使うサンプル文章を書いておりました。「東京怪談」というのは、東京を舞台にした怪談っぽい(怪談というか、メガテンや妖魔夜行やなんやかやをごちゃ混ぜにしたような雰囲気みたいですが)世界なのであります。

 ちなみに、ARMORED CORE 2 EXORの「意地を貫く槍」のクルツのエピソードの焼き直しであります。
 お前というヤツは。

投稿者 darkcrow : 2006年08月17日 23:45

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コメント

木許さんの小説、いつも楽しく読ませていただいています。
今回は幽霊ものですかー。
犬を亡くした主人公の元に、少女の姿を借りた犬が主人公に会いに来る…。
この手のジャンルの小説にはありがちな展開ですが、安定感があっていいですよね。
木許さんには及びませんが、かく言う私も過去に一度だけ幽霊ものを書いたことがあるのですが、どうにもうまくいきませんでした。奇をてらおうとすれば話が破綻するし、かと言ってありがちな話を書くのもちょっと…と。
やっぱり小説を書くのは難しいですね。一作書くだけでも難しいのに、続けて書くのは言わずもがなです。
執筆を続けるのは大変でしょうが、がんばってくださいね。応援してます/~

投稿者 自称常連 : 2006年08月18日 17:21

 ありがとうございます!

 ベタにも程がありますよね、と自分で言ってみたり。サンプル用にとワンシーンだけに縮めてみたら、ちょっと失敗してしまったような気がします。
 ほんとは、主人公が新しい犬(か、あるいは人間の恋人)ができていて、犬少女がそれに嫉妬するんだけど、最後には主人公の幸せを願って身を引いて、でも最後の最後に「私のこと、忘れないでね……」といいながら笑って消えていく。そんな話にしたかった! (じゃあしろよ)

 というわけで応援ありがとうございます! 次からは自称などと謙遜なさらず、よろしければ「真の常連(リグ・ジオール)」と名乗ってくだされ!
 読み仮名に意味はないけれど。

投稿者 木許慎 : 2006年08月18日 23:49

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