AC3 ANOTHER STORY


                一章 出会い (1)

『え〜これより、第147回レイブン試験予選を開始します。受験生127名の方々は、急いでACに乗り、各自準備を行ってください。準備が終わりしだい3番ゲートに向かい、待機しておいてください』
 待合室のホール内にそう放送が流れる。放送が終わると同時に、天井の虚空を見ていた127名の受験生達は一斉に動き出した。
 もちろんカスパーもだ。しかしその表情は、緊張に引き締まった他の受験生らと反してうきうきしまくったものだった。
 だが自分の愛機の前に立った時には、カスパーの表情は戦士としての真剣さを取り戻していた。自分のAC「モア・イリア・サン」を眺めている。
 黒と銀色をうまく混ぜて塗られた機体。全体的に中量級のボディで足は二足歩行。右手に500発マシンガン(カスパーが少し改造を施し、連射力をあげたカスタムバージョン)。左手には月光(ムーンライト)。肩には多段頭ミサイル。エクステンションのマスターブースター。
「……これからがもう本番みたいなもんだ。頼むぜ相棒」
 当たり前だがACは何も答えてはくれない。だが、カスパーには、ACが大きく応じてくれた気がしていた。
 カスパーも頷く。
「いくぜ! めざすは合格レイブンだ!」
 また意気込みを吐きすて、カスパーは機体に乗り込んだ。

                    *

 3番ゲートの先は、寂れた荒野が永遠と続いていた。
 たぶん立体映像かなにかだろう。しかしよく出来ている。ACから降り、カスパーは近くにある岩に触ってみた。ちゃんと感触もあるし、温度、質量も感じられた。まるっきり本物同然である。
 原子具現化構造体ってすごいんだな……。
 すでにこれは、立体映像の領域を超えているだろう。
 技術の素晴らしさに関心してると、フィールドの丘の上からACに乗った試験官らしき奴が現れた。カスパーは慌ててACに乗り直した。
 丘の上から現れたのは、レイブンの「ロイヤルミスト」だった。アリーナNO1のエースと同格の実力を持つと言われる、この世が残した天才AC乗りだ。
 カスパーはやや驚きを隠せなかった。
 まさかこの人が今年の試験官なのか?
 だとしたら凄いことだ。
 周囲を見るとカスパーと同じ考えを抱いたのか、他のAC達もざわざわとマイク越しに小声をあげていた。
「勘違いするなルーキー」突然ロイヤルミストが喋りだした。「俺は見物に来ただけだ。つまりただの傍観者だよ」
 見物だと?
 度合いをまして周囲が騒がしくなった。あの天才が見物? なんのために? もしかしてあいつが薦める奴が今年に? なに! まさかそんな―――。
 いつのまにか、荒野に似つかわしくない、ざわついた空気があたりを埋め尽くしていた。
「嘘をつくんじゃない、ミスト」 
 鋭いよく通る声。カスパーたちが、ロイヤルミストが入ってきたのとは違う別ゲートからまたACが現れた。
 色のない、ほとんど何も装備されてない機体だ。昔乗った、練習用の機体そのまんまだと、カスパーは思った。
「まさか任務を忘れたわけではないだろうな?」
 突然現れた謎のACは、軽い口調でロイヤルミストに問うた。
 天才にため口? だがロイヤルミストの方は「わかってるさ。護衛だろ」と、こちらもため口だ。しかもなんだか親しげ。
 なんなんだ、いったい……。
「まったく……。ん? ああーすまない、ついついいつもの調子で雑談を」謎のACはなぜか器用に頭を下げ、謝る。「もう分かっていると思うが、このミストはこの試験の護衛だ。最近こおいう試験会場を襲うはぐれの逆賊どもが多いんだ。それなりに被害も被っていてね。
 でもまあ、レイブンを目指している君たちなら、そんな逆賊大したことないと思うが……まあ念のためだ」
 シーンとあたりは静まりかえっていた。
「……ん? なんで黙っているんだ? ――あ! そうか、自己紹介がまだだったな。俺は
今回の147回レイブン試験の第一試験官、名前は……コードネームではエースと名乗って
いるものだ」
 さびれた荒野に驚きの声が包まれた。

                一章 出会い(2)

 試験官の任につくと、それ専用の機体に騎乗しなければならない。現在エースが乗っているのは、全体無色のオーソドックス。武器は申し訳程度に警棒みたいなものを持っている。
 なぜこんな装備なのか? 理由は過去に起こった事件。腕のいい受験生にその時任についた試験官がバカにされ、キレて所持していたグレネードを受験生のコクピットにぶちかまして殺してしまったからだ。
 この話は有名である。カスパーもよく知っていた。当然、周りのほとんどが知っている事だろう。だから、誰も彼の今の機体を持ったりはしなかった。
「さて、いろいろごたごたしてて先進んでなかったんだけど。時間的にそろそろレイブン試験しないとな」
 悠長な態度でそう告げるエース。受験生たちからため息が漏れるのが分かった。
「まずは……予選だな、確か150人ぐらいいたっけ」しばらくの間。「あ、127か、今年少ないんだな〜」
 大丈夫なのか? この試験官……。
 一同に不安が募る。だがエースの方は淡々と話を進めていて「まず、これを見てくれ」と、空中を指差した。すると、そこから立体画面が現れた。
「予選は、私が君たちの技能を見て判断する」
 画面には近接コース、中距離コース、遠距離コース、万能コースと書かれていた。
「私が見るところは君たちの個性だ。簡単に言えば、君たちの得意分野をやってもらって、その技術が合格ラインを超えていれば、予選通過。わかったか?」
 つまり好きなコースを自分で選んで、それをうまくこなせばいい。
 受験生一同に、合点の声が上がった。
「じゃあ、先にやりたい奴、手上げてくれる?」
 一息の間。
「俺がいきます」
 自衛隊の軍服みたいな機体色で、重量級。見るからに無骨極まりない奴が手をあげた。
「コースは?」
「万能で」
 万能コースは、近接、遠距離、そして防御回避を行いながら敵を殲滅するというコースだ。はっきりいって難しい。
 カスパーは苦笑した。それにあの機体ではそれを行うのはかなり不可能に近い。どれほど難しいかは曖昧であるが、その三種をこなすにはあまりにも無理があると言っていい。乗り手は相当の自意識過剰者だとみた。
「ふーん」エースの機体からどうでもいいような声。「じゃあ、そこの転送装置に入って」
 荒野の一部が突然盛り上がる。そこに円形状のエレベータが現れた。
 自意識過剰者は泰然とした歩行でそれに乗った。
「受験生、ナンバー14、機体名「ダイナソー」ね。はいいってらっしゃい」
 ダイナソーと呼ばれた機体は、ふっと消えてしまった。万能コースへと跳んだのだ。
 コース説明を記載していた立体画面が、万能コースに跳んだダイナソーを映し出した。
 とその時、エースはぼそり呟いた。
「どのコース選んでも、合格すればいいだけなんだから……命かけることに美意識をいれるなっつーの」
 その声には、あきらかな嫌悪が混ざっていた。

                    *

 ダイナソーは自信に満ちていた。
 どんな敵がこようとも、負ける気はしなかった。
 なぜなら彼は、今までの戦闘で一度も負けたことがないから。
 つまり、彼の自信は一度も揺らされたことはないのだ。
「予選なんて、朝飯前だ」
 ふふんと鼻を鳴らすダイナソー。
 しばらくして、具現化構造体の敵MTが現れた。数は5体だ。
 ダイナソーはブーストをふかし、猪突猛進でMTに迫った。
 MTたちがミサイルを発射してくる。ダイナソーは回避行動をとらなかった。代わりに迫撃装置のミサイルが飛ぶ。何発かのミサイルは破壊したが、数発がダイナソーを襲った。
「!!」
 直撃。ボディ、右足の装甲に損傷。
 ダイナソーは思わず、動きを止めた。
「び、びっくりした〜」
 驚くダイナソー。なぜなら彼がACに乗って初めてのダメージだから。
 ダメージに戸惑い、ダイナソーは混乱する。そうしてる間に、5体のMTは連携した動きでダイナソーを取り囲もうとしていた。
 ダイナソーがある程度冷静になった時には、すでに囲まれていた。
「う、うわ!」
 ダイナソーは慌てて右手武器のレールレーザーを放った。しかし、焦りすぎてロックオンが不完全のまま発射してしまい、レーザーはMTの肩の上を貫通していた。
 そして、
 ドガガガガガガガガガガガガ!!
 遠慮のないMT達のマシンガンの掃射。
 ダイナソーは、まるでダンスをするかのように衝撃の反動によって暴れた。
 装甲は剥げ、液体を撒き散らし、パイロットの悲鳴を濁らせながら、ダイナソーは踊る。
『そこまで』
 万能コースのフィールド内に、エースの声が響いた。
 MTの射撃が止まる。蜂の巣にされていたACダイナソーは、支える衝撃がなくなり、ずーんと煙と火花を出しながらその場に跪く。そして、濁った音声で泣き声を発生させていた。
『ACに乗って何ヶ月だ?』
「ひく……えぅ」
『レイブンなんて、金をかけた機体に乗れば簡単になれると思ったか』
「…………」
『……二度と来るな。貴様は戦場で自爆する価値すらない』
 痛烈な一言。ダイナソーは一層まして泣いた。

                一章 出会い(3)

「あのダイナソーとかいうAC、ガキが乗ってんじゃねーか?」
 立体画面にはボロボロになったACを試験の回収班が回収する姿が映っていた。ため息を吐きながら、カスパーは画面に映るものに疑問の声を漏らした。
「たぶんな」突然横からの声。「大方、調子に乗ったボンボンガキんちょが、軽い遊びのつもりでチャレンジして見事玉砕、ってところだな。この試験も年齢制を実施すれば、こんな見せしめみたいな事なくていいのに」
 カスパーは声がした方を振り向く。
「……誰?」
「……デュランだ、デュラン・マスター。もしかして、もう忘れたとかぬかすんじゃないだろうな?」
 ディスプレイにデュランの顔が映し出された。
 思い出した。
「機体乗ってるから、分かんなかった。へ〜、それがデュランの愛機?」
 全体色は派手な黄色。タイプは中量級と重量級の間ぐらい。肩に両肩ミサイル、右手にスナイパーライフルを乗せた、典型的な遠距離型の機体だ。
「これでも俺は名の知れた二つ名があるんだぜ「不可視のジャガー」ってな」
「自称だろ?」
「相変わらず口が減らねえな」
 デュランは苦笑をもらした。つられてカスパーもいっしょに笑った。
 やはり彼は良い奴だった。最初の非礼は、緊張の反面の失敗だったのだろう。喋り方に、どこか大人げない事をした、といった含みがまざっていた。
 なんだか嬉しくなる。
 その時、エースの声が耳に入った。

                    *

 試験をスムーズに進めるために、あらかじめコースを決めて、同時に行う事になった。
 近接コースは56人、中距離コースが42人、遠距離コースが27人……。
 万能コースに一人だ。
 周りが騒ぎ出す。「誰だ? 万能なんて」「まだバカがいたのか?」
「はい、静かに!」エースが怒鳴る。一同は静粛した。「別に万能コースがそんなに偉いわけじゃない、ただの特進コースみたいなもんだ、高校の」
 わけの分からない例えだが、一同は納得した。
「ところで、万能あげたのは誰だ?」
「俺っす」
 受験生一同の中心から声がした。一つの空間を作るように受験生たちが中心を開けた。
 手を上げていたのは、黒と銀色の機体、カスパーの機体だった。隣でデュランが「まじか!」と声を上げていた。
 エースがカスパーにゆっくりと歩みよる。
「お前か? 声からしてまたガキのようだな。さすがに二度も無様な戦闘を見せられると、俺も腹をえぐらなければならない」
「大丈夫だ。あんたにストレスなんて与えないよ。……それから、一つ一言」
 カスパーはびしっとエースに指を突きつけて、言った。
「ガキとか、先入観とかから素人と思うな……死ぬぜ」
「……面白い」
 エースはぷいっと振り返り、カスパーに着いてくるよう促した。
「先にお前が行け、口だけじゃないことを証明して見せろよ」
「了解」
 カスパーは頷いた。すると正面の地面が盛り上がり、転送エレベーターが現れた。
「他の受験生はこいつの見物だ。文句ある奴は手をあげろ」
 無反応。
「よし」
「……じゃあ、いってきますね」
 カスパーは転送装置に乗った。一瞬にしてその姿を消す。
 そして、立体画面に新な姿として映し出されていた。

                    *

 転送して数秒ほどたつと、先でみたMT5体が現れた。
「やっと運動できるぜ」
 戦闘を出来る喜びに、カスパーは笑みを浮かべた。
 MTたちがミサイル発射管を開いた。
「……いくぜ、イリア」
 MTがミサイルを発射した。
 カスパーは深呼吸をする。目を閉じた。
 ミサイルの接近警報が鳴る。距離残り50ヤード。
 かっと目を見開いた。
 瞬間、オーバーブーストを起動。左斜め前方に加速して、正面に接近していたミサイルを回避した。さっきまでいた場所に、激しい爆炎が舞う。
 カスパーはそのままオーバーブーストで敵に接近。MTたちはそれを確認したのか、バラバラに散開しだした。
 イリアの右手のマシンガンが火を噴いた。まず前方のMTを破壊した。
 爆煙が広がる。それに乗じて、一体のMTがマシンガンを煙ごしに撃ってきた。
 跳躍。MTのマシンガンは空を貫いた。なお撃ち続けるMTに、カスパーは空中からマシンガンを叩き込む。MTが踊る。また一機撃破した。
 しかし、まだ残り三体。カスパーは視界をずらし、レーダーを確認しながら残りを探した。
 その時、ミサイルの警報音。三体同時に放たれたと思われるミサイルが背後に接近していた。
「どこから撃ってきている……」
 ミサイルはさらに接近。
 その時レーダーに反応。右斜めに前方700ヤードに三体固まっている。
「見つけたあぁ!」
 オーバーブーストを展開、スピードでミサイルを回避する。追尾能力が間に合わず、ミサイルは空中で錐揉みしながら爆破した。
 三体のMTは一直線状に並んでこちらに対し身構えていた。
 チャンスだ。
 カスパーは地面を滑るように着地し、三体のMTに正面から突っ込んだ。MTどもはマシンガンを構え、こちらに対し発射しようとしてきていた。
 その時、カスパーは左手を後方に振りかぶりだし、そして一気に突き出した。
 左手から青白い光が現れた。月光(ムーンライト)の光だ。
 バシュッ!
 前のMTを破壊、続いてその後ろも、さらにその後ろも……。
 三体同時に、月光の串刺しになった。MTどもは火花をしばらく撒き散らし、死にかけの虫の様に蠢き、そして爆発。
 わずか数十秒。5体のMTを破壊した。機体損傷はゼロ。
「まず、いっちょあがりだ」

                一章 出会い(4)

 空中に浮かぶ立体画面を見ていた数百人の群集は、唖然とした声を上げていた。
「あ、あいつ……あんなに強かったのかよ……」
 その中の一人、デュランがやや震えた声でそう呟いた。

「所要時間、わずか32秒か……」
 エースは一人小さく呟いた。
「統率されたMT五体に対してこの戦果は、レイブンとして一軍レベルを超えてるだろうな」
 いつのまにか、今試験の護衛の任についているロイヤルミストが隣にいた。
 エースは頷く。
「確かに……。だが、一番気になるのは―――」
「あの月光だな」
「ああ、月光はこのレイヤーで最強と自負されているブレードだ。高出力で、粒子構成能力もピカイチ。だが、あいつのさっき使ったやつは、定義されたものと明らかに形状が異なる」
「いくら急接近でブレードを突き刺しても、MT三体いっぺんに串刺しは不可能だ、ブレードのレンジ、性質上な」
「まるで、レーザーブレード式パイルバンカーだな。……いったいどんな手品を仕込んであるのやら」
 エースはクスっと笑った。
「面白い、これだからレイブンやめられないな。なあミスト」
 エースは大きく笑った。そんなエースにロイヤルミストは、
「相変わらず物好きだな、お前」
 嘆息げに呟いた。

                    *

 万能コースとは、どうやら連戦を行わなければならないらしい。
 OBの連続使用で温度の上昇した機体を休めていると、右側の空が突然揺らぎだし、そこから新な敵が現れたのだ。
 小型の戦闘機が五機、そして大型爆撃機が一機。
 さっきよりも、技術が要求される空中戦だ。カスパーは思わず舌打ちを漏らした。
「あんまり空中戦は得意じゃないんだよな……」
 そう愚痴を漏らしてる間に、敵はすでに戦闘モードに突入していた。バラバラに散開した小型戦闘機から、ミサイルが発射された。
 全機による同時発射だ。
「問答無用だな」
 カスパーは武器を多弾頭ミサイルに変更した。
「目には目を……」
 あちらのミサイルが急接近する。残り二百ヤードの地点まで接近。
 ヒットする直前、タイミングよく跳躍。目標の急な反応にミサイルは誘導慣性力を失い、すれすれで地面に激突し自爆した。
 空中を舞いながら、数機の戦闘機を射程内に入れる。
 1ロックオン、発射。
 四つに分かれたミサイルが宙を飛ぶ。
 その時、カスパーはミサイル管制装置のコンソールを叩いた。モニター画面に「目標パターンマルチ=vと表示される。
 すると、一機の戦闘機に集中的に向かっていたミサイルが、突然バラバラに散開しだした。
「ミサイルっていうのは、節約して使うもんだぜ」
 一機に一発命中、また一機に命中……。
 バラバラに散開したと思われたミサイルは、各個の敵に向かっていたのだ。
 一気に四機撃破。戦闘機は錐揉みしながら、四つの花火をあげた。
 ブーストを吹かしながら、カスパーが着地したその時、足元に弾丸はじけた。
 反射的にその場をブーストで離れる。カスパーは即座に弾丸の発射経路を読んだ。
 右斜め50度。その方向を見てカスパーは息を呑んだ。
 まだ生き残っていた一機の戦闘機が、猛スピードで突っ込んできていたのだ。
「カミカゼ特攻のパターンまで用意されてるのかよ……昔の戦争じゃないんだから」
 ほぼACの目の高さとも言える高度で、戦闘機は機銃を乱射しながら飛行していた。
「このまま避け続けても、最大全速の戦闘機を巻くのは無理だ……」
 イリアに機銃がやや命中する。
 舌打ちをもらしながら、カスパーはマシンガンを構えた。しかし、その瞬間すでに戦闘機は目の前に迫っていた。
 慌てて機体をそらす。
 視界を整え、すぐさま確認。戦闘機は空中を一回転して、また突っ込んできていた。
「カミカゼ戦闘機が、こんなにやっかいとは思わなかったな」
 機銃を発射してくる。
「……だがな」
 また低空飛行になりながら機銃を乱射。また衝突コースだ。
「所詮は戦闘機風情なんだよ!」
 左手を後方に振りかぶる。戦闘機がまじかにせまっていた。
 目をかっと見開いた。
 刹那―――
 ザンっという擬音と共に、戦闘機は真っ二つになり、空中で四散した。

                    *

「高速移動する戦闘機を、ブレードで切るとは……」
 ロイヤルミストは半笑いを浮かべながら、
「バカか、あいつは」
 と言った。
「あいつの腕なら、マシンガンで簡単に落とせただろうに。――なんだ? あれか? 男のポリシーってやつか?」
「似たようなもんだろうな。……それなりに真面目な意味もあると思うが」
「なんだそれは?」
 エースは何も言わず、黙り込んだ。
 思考を整理しているのだろう、エースはたまにこんな思いに耽る事がある。そう思い、ロイヤルミストは問い返さず、また立体画面に目を向けた。
「ここまで来て、恥を見せるなよ、かっこつけ」
 皮肉げにそう呟いた。

                    *

 残りは一機だが、これが本当にめんどうな代物だった。
 大型の爆撃機だ。
 高度1600ヤードの地点を保って飛行している。これはかなり高い。
 いくらACでも、1600ヤードの距離をブーストで飛ぶのはかなり困難だ。
 それに、いざ射程内に近づいたとしても、爆撃機の弾幕が攻撃を許さないだろう。
 スナイパーライフルでもあればいいのだが……。こんな事ならさっきデュランに借りとけばよかったと、カスパーは内心で愚痴った。
 カスパーは目を瞑り、考えた。
「……よし、少々荒っぽいが、これでいくか」
 思考の中で作戦が決まった。
 頭上を見上げる。ちょうど爆撃機が真上を通過していた。
 瞬間、爆雷の雨を降らしてきた。カスパーの周囲に粉塵が舞う。
 頭上を見上げながら、カスパーは自分の反射神経だけをあてにして、爆雷の雨を紙一重でかわしていた。粉塵や爆風が装甲を削ったが、戦闘に支障はない程度で済んでいる。
 しばらくすると、爆雷の動きが止まった。第一射目の爆雷が終わったのだ。
「いまだ!」
 叫んだ瞬間、カスパーはいきなりACを仰向けにして倒れた。その姿勢のままOBを起動。ブーストの放出で、機体はゆっくりと宙に浮かぶ。そしてブーストを全快まで作動させる。ものすごいスピードで機体は上昇した。
 しかし、OBは元々急速前進のために使用されるシステムだ。ほぼ90度の角度で寝た姿勢で飛ぶ機体に、ブーストが変調を起こしていた。安定感を失い、グラグラと揺れた。そのため、目標の爆撃機への攻撃地点から、どんどん遠ざかっていた。
 しかしカスパーはこうなる事を予測していた。マシンガンを地面に向かって発射し、その反動でバランスを整えようとしたのだ。微妙な調整のいる作業だが、カスパーは持ち前の能力でなんとかこなせると思ったのだ。
 グラグラしていた機体が、正常とは言えないが、まっすぐになった。
「意外とできるもんだな……」
 自分で自分に感慨した。
 そして、爆撃機の頭上にまで上がる。
 全長40ヤードもある巨大な爆撃機が真下にあった。
 カスパーはOBを解除する。機体の姿勢を地面の方に向け、角度を爆撃機に向けた。
 カスパーの存在に気づいて、爆撃機はやや遅れて弾幕をはってきた。
 カスパーは落下スピードをいかして、体勢を動かしながらかわした。
 左手を後方に振りかぶった。しかし、距離がせばまるほど弾幕が濃くなり、避けきれず機体に損傷が蓄積されていった。
 ここまでくれば、ほとんど捨て身状態だ。
「うおおおおおおおおおおお!」
 カスパーは叫びと共に、左手を勢いよく真下に落とした。
 そして、
 貫いた。
 さらに、そのまま横にずらす。金属が火花と共に悲鳴を上げる。
 一閃する轟音と共に、爆撃機は自壊で真っ二つにくだけちった。

 ひゅーっと風を切る音と共に、ずしゃん! と、何かが岩の地面に着地した。
 遠くの空で、大きな爆炎があがっていた。

                一章 出会い(5)

 爆撃機を撃墜して、地面に着地した数秒後、突然景色が歪んだ。
 カスパーは訝しげに思い、周囲を警戒した。だがそれは杞憂に終わり、歪みが消えた瞬間、目の前に見覚えのあるACが立っていた。
 エースの試験官用の機体だった。周りを見れば、同じ受験生たちの機体もいて、カスパーを凝視していた。
「あれ? もう終わりっすか?」
「だからここにいるんだろうが……」
 エースは呆れたように言った。そしてカスパーに歩みよると、
「合格だ。とりあえず、予選がな」
 淡々と告げられる。カスパーは数秒考え、あっと思い、声を出さず喜んだ。
「操縦にややムラがあるし、無茶な対処もあるが、それはレイブンになればおのずと修正されるだろう」
「ありがとうございます」
「まだ合格もしてないのに、礼なんか言うな。……それと」
 いきなり、音声コードが「プライベートモード」に変わった。こちらの通信コードは、全てあちらに教えているので、カスパーは別に慌てなかった。
「これは、一AC乗りとして聞く質問だ。言いたくなければ答えなくてもいい」
「…………はい」
「単刀直入に言う。お前のその月光はいったいなんだ?」
 なるほど。とカスパーは内心で呟いた。
「すいませんが、言えませんね」
「……そうか」
 くすっと笑い声が聞こえた気がした。
 プライベートモードが解除され、音声が外に出るようになる。
「よく言った。その態度に免じて、いつか苛めに来てやる」
「家、知ってるんっすか?」
「情報社会を舐めるなよ。俺が本気になれば……って、まだ試験の途中なんだった」
 周りを見れば、他の受験生たちがガシャガシャと音を立てながら待っていた。
「また雑談してしまった……。あーお前合格したんだからもう帰れ、それと明日はこなくていいからな」
「え? でも第二予選があるんじゃ……」
「……お前、何のために万能コース選んだんだ」また呆れた声。「万能コースを合格すれば、次の予選は免除されるって、ちゃんと書いてあっただろうが!」
「読んでません」
「もういい、さっさと帰れ……」
 エースは、出入口の方に向けて手を仰ぎ、しっしとカスパーを促した。
 やや釈然としなかったが、デュランに軽く挨拶をして、カスパーは会場をあとにした。


「聞き出せたか?」
 エースが受験生たちに指示を出していると、横からロイヤルミストが話しかけた。
「いや、きっぱり断られた」
「脅さなかったのか?」
「……お前は、俺の事どんな人間と思ってるんだ?」
「人畜無害を装って近づく、最悪最低の狂人か?」
「ミスト、冗談か本気か知らないが、口を滑らすと痛い目みるぞ」
 エースは嘆息げに怒った。だが当のロイヤルミストは、適当に誤魔化してはははと微笑を浮かべただけだった。
「しかし、あれだけ気にしてたのに、なぜ聞かない?」
「あせる必要はないさミスト。あいつは絶対上まで来る。ヘタをしたら、管理者がらみにもかかわってくるかもしれない」
「それは……早めに処分した方が―――」
 言葉の先を言おうとした時、エースはいきなり顔をロイヤルミストに急接近させた。ACの赤い双眸を目の前にした事にロイヤルミストは驚き、息を呑んだ。
「だから、あせる事はないんだミスト」
「……そうか、お前がそういうなら、そうなんだな」
 ロイヤルミストはやや強引に納得させられた。エースは「そういうことだ」と呟きながら顔をロイヤルミストから離し、受験生たちの方を見た。
「……やっぱ、あんたは狂人だよ」
 ぼそりと小さい声で呟いた。
「……違うよ」
「!!」
 本人は聞こえないように言ったつもりだったが、エースには聞こえていた。
「俺は、狂人なんて安い生き物じゃない」
 しばらくの間。
「俺は、管理者と同一の存在、神なんだよ」

                    *

 会場の前まで来ると、カスパーは時計を見た。四時三六分。まだ大丈夫な時間帯だった。
 この世界『レイヤー』は、はっきりいって治安が悪い。夜中になれば、ここ市街地でも過激な暴動が多発する。
 よって、夜中での行動はなるべく控えるべきなのだ。
 カスパーの場合、ACに乗っていれば大丈夫であろうが、街中は人で密集しているので生身で行動することが限定される。ヘタをしてACを走らせれば自警団に補導される恐れがあるので、それはできないのだ。夜道を歩き、もし人間狩りにでも出くわしたら、少数ならカスパーでもなんとかなるが、数十人ぐらいになればさすがに分が悪い。
 そういう理由から、カスパーも時間には注意しているのだ。
「時間もあるし、久々にパーツ屋にでもいくか」
 目的地が決まり、カスパーはACを走らせた。


 市街地C区画。
 ここは基本的に商業を生業とするものたちの住み家である。
 食べ物屋や、デパートなどの関連会社もあるし、ACショップや、サービス業みたいな店も並んでいる。
 消費者が集まる場所。ここはそういう所だ。
 そして、カスパーがここに来れば必ず立ち寄るのはもちろんACショップ。その中でもそれなりにカスパーから見ていい仕事をしている「デザイア」という店が、当人のお気に入りだ。
 さらに、この店のいいところは、近くにAC用の駐機場があるところだ。
 カスパーはその駐機場にイリアをとめて、デザイアまで徒歩で歩いた。
「だから、なんなんだよお前は! さっさと帰れ!」
 カスパーが店の前まで来たとき、いきなり奥から怒鳴り声が聞こえてきた。なにも知らずに近寄ったカスパーはその声にびっくりした。
「いいかげんにしないと、自警団呼ぶぞ!」
「どうしたんだよ、ケイン?」
 なぜか音を立てずに侵入して、カスパーはこの店の店長であるケイン・マイスターに後ろから声をかけた。
 ケインは「ああ!?」とかなり怖い形相でカスパーを見た。
 カスパーはにこ〜っとした顔を浮かべた。
 ケインはあっと声を上げた。
「ケイン〜、そんなに怒っちゃうと、昔の『お父さん怖いわ』の顔に戻っちゃうぞ〜〜」
 ケインは顔を真っ赤にさせた。そして小さく「……言うな」と反論した。
「で、なに怒ってんだ?」
「ああ……このガキがな」
「ガキ?」
 疑問の声を上げると、ケインは体をずらし、カスパーにそのガキを見せた。
 そこにいたのはまだ十歳前半ほどのあどけない少女だった。
 なかなかの美形だ。しかし、すぐに違和感が生まれる。その少女はボロボロの汚れた作業着に身をつつんでいたのだ。はっきりいって似合っていない。
「へぇ〜、かわいいじゃん。なに? また生んだの?」
「バカかお前! 俺の娘はまだ八歳だぞ。それに生んですぐにここまで大きくなるわけないだろうが!」
「冗談だろ。まじで怒るな。で、この子がなにしたんだ?」
「ああ、なんかいきなり店の中に入ってきて、「この子まだ壊れてる。私に治させて」て言ってきたんだ」
 ケインは少女が「この子」と呼ぶものを指でさした。
 それはACだった。
「客に修理を頼まれて、さっきレストアが完了したばかりなのに、壊れてるとこなんてあるわけないんだが……」
「違う……」
 ケインの言葉を遮るように、いきなり小さく声を出す少女。初めてきく少女の声にカスパーは思わず耳を向けた。
 綺麗な声だった。少女の幼さが残っているが、よく通る、清涼な美しさを秘めた声だ。
「この子、まだ泣いている、助けを求めてる……」
「ほら、また分けわかんないことを……。さっきからこんな感じで、カスパーがこなかったら、今頃自警団呼んでるところだったんだ」
「ふーん、ACが泣いているねぇ……」
 カスパーは少女の側まで近づき、顔を少女と同じ高さにした。
「どこが悪いか、分かるか?」
「……右足の膝関節の背中あたり。どう壊れてるかは、見てないからわからない」
 まるで、舞台セリフの棒読みみたいな喋り方だ。だがカスパーは気にせず少女に頷いた。よっと声を上げて立ち上がり、ACに目を向ける。
「ケイン、ちょっと調べてみていいか?」
「おいおいカスパー。俺の仕事にケチつけるのか?」
「そうじゃないよ、この子の言ってる事を確かめたいだけ」
「だからそれがケチつけて―――」
「子供の意見は率先して尊重するって言ったの、だれだったけな〜〜?」
「うっ……」
 ケインは胸を押さえて唸った。
「それに、物事に完璧なんてない。もしこの子が言うとおりACに欠陥でもあれば、あんたの店の信用はがた落ちだ。ま、整備の再点検と思って、見せてくれないか?」
「……勝手にしろ」
「さすがケイン」
 カスパーはニパっと笑みを浮かべ、少女の頭をなでた。少女はえっ? とびっくりしてカスパーを見た。
「お礼はないのか?」
 少女は目をパチパチさせて一瞬何事かと思考をめぐらせていた。だがすぐに理解して、
「あ、りがとう……」
 無表情で答えた。
 カスパーは頭をポリポリと掻いて、
「もう少し、笑え」
 がしっとまた少女の頭を掴んで、やや強引になでた。少女は「あ、あ、やめ」と困惑した声をあげていたが、カスパーはその反応を本気で楽しんでいた。

                一章 出会い(6)

 本当はカスパーも、少女の言うことには半信半疑だった。
 いくらなんでも、ACの装甲ごしの表面を見ただけで、内部の故障を見分けるなんて……。ましてやその見分ける方法が「ACの気持ちが分かる」というお前はエスパーか? とつっこみたくなるやつだ。
 信じて、という事の方が、かなり無理な話である。
 だから、実際は遊び半分のつもりだった。
 しかし事態は予想とは反した方向に進んだ。
「冷却パイプ管の間に、コインが挟まってるだぁ〜?」
 銜えたタバコをポトリと落とし、ケインは大きく口を開けて驚いていた。
 カスパーは先ほどACから取り出したコインを親指で弾いて、ケインに渡した。慌てた手つきで、落とさないようにケインはそれを両手で掴み、まじまじと見つめていた。
「あんたの部下が、誤って落としたんじゃないか?」
「まさかそんな……俺はちゃんと点検したんだぞ!」
「疲れてて、見落としたんだろ。それより」カスパーは少女の頭を右手で掴む。「この子に言う事があるだろ」
 少女はやや眉を歪めながら、煩わしかったのか、両手でカスパーの腕をどかしてきた。だが十歳前半の少女の腕力ではカスパーの腕はぴくりとも動かすことはできない。
 ケインはオホンと咳払いをした。
「ああ、確かに。……ありがとなお嬢ちゃん、礼を言うぜ」
 ケインは丁寧に頭を下げた。
「あ、べ、別に……」
 無表情のわりに、困った声を漏らす少女。口元に手をやりながら、やや頬を朱に染めていた。戸惑っているのはよく分かった。
 カスパーはその反応を見て、嬉しげにあはははと笑った。
 だが、
 右手から感触が消える。
 次の瞬間、少女がいきなり膝から床に座り込んだ。
 そして、
 バタリ……。
 目を閉じ、横向きに倒れた。
 シーン……。
 あまりにいきなりの事にその場にいた二人は、しばらく反応しきれないでいた。
「えーと……」
 二人は顔を見合わせた。
「カスパー医者だ!」「ケイン! 救急車だ!」
 同時に奇声まじりに叫び、行動に移った。

                    *

 空中を二つのミサイルが飛んだかと思ったら、それは一瞬にして分解し、数十発のミサイルへと変化して、正面を浮遊するMTに襲い掛かっていた。
「いけー!」
 AC「デアヘルト」を駆る男、デュラン・マスターはミサイルに向かって叫んだ。
 敵MTたちは大雨のごとく迫るミサイルに成すすべなくことごとく爆炎を上げながらやられていた。
 一瞬にして数体存在していた浮遊型MTは全滅した。
 まさに、一撃必殺である。
「はあ、はあ……」
 しかし、余裕の戦いではなかった。
『よくやった。合格だ』
 天井から試験官エースの声が響いた。
 デュランはほっと息を吐いた。その瞬間周囲の空間が歪み、数秒後には会場である荒野の上に立っていた。
 エースがデュランに歩みよってくる。
「最後の両肩ミサイルが、逆転ホームランってところか。あまり武器に頼りすぎると、あとが辛いぞ」
「は、はい……」
 痛いところを突かれ、デュランはがくりとうな垂れた。
 確かに、先刻のデュランの戦いは、武器のおかげで勝てたようなものだ。前半は敵の複数によるレーザー攻撃に焦り、本来の実力がうまく引き出せていなかった。後半でやっと冷静さを取り戻したが、敵は止めとばかりにミサイルを一斉発射してきたおかげで、また混乱し、機体もかなりの損傷を負ってしまった。
 そして、最後はだめ押しとばかりに使った最終兵器の両肩ミサイルで、なんとか勝てた。
 惨めな戦闘である。
 デュランは思った。こんな調子でレイブンなんてなれるのか?
 不安を感じる。その瞬間、頭の中でフラッシュバックが起きた。映像が現れる、あの黒と銀色のAC、カスパーというまだただの少年のあの斬新で破壊的な戦闘シーンが。
 俺は、焦っているのか? それとも、恥を感じているのか? 最初ただのガキだと見下していた自分に。その自分勝手な先入観を実力という形で打ち砕いてくれた、カスパー・メルキオールに。
 恐怖、を、抱いたのか……。
 デュランはコックピット内の端末を不明瞭な目線で見つめた。

「友人の強さを見たのは、初めてなのか?」
 エースの声に、デュランはびくっと反応した。
「それとも、ただ自分の結果に不備を感じているのか?」
「あ、いえ。確かに結果に対して遺憾を感じています、それと、彼は友人ではありません」
「敬語は止めろ、ここは縦社会じゃないんだから。……で、友人じゃないとすると、なんだ?」
「知り、合いでしょ……だと思う。ここに来た時にあいつとちょっとした揉め事を起こして、それで知り合いになった……? よくわからない」
「なんだそれは?」
 エースは曖昧な答えに疑問の声を上げた。
 デュランは慌てて次の言葉を捜した。
「……雰囲気、か。あいつに合って少し会話を交わしただけ、それだけで俺はあいつの存在を許せた。信用したんだ」
「ほぉー」
「だから、こっちから友人と言うのも馴れ馴れしい感じがする。だが」
 デュランはエースの機体の目を見た。
「友人になりたいと、俺は思っている」
「……なるほど」
 エースはデュランに背中を見せた。
「お前たちの関係はわかった。つまり、お前はあのカスパーというガキのことを何も知らないんだな」
「は?」
「ならもういい。さっさとどっかに行け。そこに立たれると通行の邪魔だ」
「あ、はい! すいません」
 ……なんだ今の感じは?
 デュランは思わず、また敬語に戻っていた。
 ――悪寒……、そうととれる感覚が、ついさっきエースから感じた気がする。言葉では言っていないが、雰囲気はまるで激しく怒っているような感じがした。
 なにか、変な事を言ったか?
 内心で疑問を抱きながら、デュランはとりあえずその場を離れた。

                    *

 カスパーが電話を掴んだ瞬間、ケインがちょっと待てと制止をかけた。なんだよ、とカスパーは思ったが、すぐに理解した。
 この世界で医者というものは、かなり高級な存在なのだ。
 どれぐらいかというと、入院までいけば一般労働者の二ヶ月分の給料は取られるくらいだ。原因はこの世界は医者の数が極めて少ないせいだ。大昔の戦争で、大勢の人が死んだ中の大半に医者がまざっていたのだ。
 ゆえに、医者に頼るのは最終手段の選択だ。
 少女の症状を確認したところ、息もしてるし、発作らしい傾向も見られないのでしばらくケインの部屋で様子を見ることにした。
 部屋は二階にあり、6畳ほどの広さで、寝室なのか物はあまりなく、ベッド際の小さな一つの窓から弱々しい光を漏らしている。全体は光があまり当たらないせいか暗い雰囲気を漂わせていた。
 カスパーは少女をベッドの上に寝かせようとした。しかし、途中で作業着のままじゃまずいなと考え、やや強引にボロボロの作業着を脱がせた。はたから見たら、幼女レイプ模様に見える。ケインが傍らで頭を抱えていた。
 脱がし終わる。作業着の下は、白いシャツと下着のみだった。
 脱がした作業着は、部屋にあるダストシュートみたいな穴の中に放り込んだ。これは下にある洗濯機に繋がる穴で、衣類を使い捨てで放置する輩のための設備である。
「じゃあ、ちょっと調べさせてもらうぜ」
 ケインはいきなり円形状の小さいスポンジみたいなものを数個少女の体のいたるところに貼り付けた。カスパーはなんだ? と一瞬思ったが、傍らにある機械を見て納得した。
 医療用機械だった。
 基本的に一般の住民にもそれなりに立派な医療器具は備えてる者もいる。家庭を持つケインならなおさらだ。簡単に身体、精神の状態がわかるものなら、その辺の家電よりちょっと高いぐらいの値段で買えるものなのだ。
 そして、それを使い調べた結果、
「過剰なまでに蓄積された疲れ……過労だな、これは」
 ケインは回転椅子に座った状態で、プリントアウトされた診断書をカスパーに渡した。カスパーは手に取り、窓際に体を預けながら吟味するように眺めた。
「カロリーラインがマイナス50ってなってるけど、どういうこと?」
「腹の中がスカスカって意味。胃液しかない状態の場合、そういう診断がでる」
「ん? じゃあまさか……」
「ああ、そのまさか」
 二人は顔を見合わせた。
 そして、
「あっはははははははは〜!」
 二人で腹を抱え大爆笑した。約一分間くらい。
 やっと正気に戻ったとき、ケインは医療装置のスポンジを少女からはずした。少女に毛布をかけ、立ち上がり、部屋の戸へ向かう。
「ちょっと、リファに飯作ってきてもらうよう頼んでくる」
 リファというのは、ケインの妻の事である。ちなみに娘はシンファという。
「ああ」
 ガチャンと戸が閉まる音が部屋内に響いた。
 静かな空気が流れる。
 カスパーはふと暑いなと思い、ベッド付近に設けられている小さな窓を開けようとした。
 その時、吐息まざりの唸り声があたりに響いた。
「お、悪い。起こしちまったか」
「…………」
 少女は横になった状態でカスパーの顔を朦朧とした目線で見た。
 しばらくして意識がはっきりしてきたのか、少女はキョロキョロとあたり見渡し、最後に毛布の中を覗き込んだ。そこで大きな双眸をさらに見開いた。
「ん? どうした?」
 不審に思い、少女に近づくと、少女はいきなりびっくりした顔になってがばっと毛布を全身にかぶった。しばらくすると、毛布がちょこっと小さいな顔を覗かせた。
「なんだ? なにそわそわしてんだよ」
「……あ、あの……服は?」
「服? それなら汚れていたから洗濯機に放り込んどいたぞ」
「あ……そう。――誰が脱がしてくれたの?」
「ん? 俺だけど」
 沈黙。
 そしてだんだんと少女の顔がタコみたいに赤くなった。
 その模様を見て、カスパーは理解した。
「大丈夫だ。まだまだ成長段階。いきなり襲ったりはしないぞ」
 人を安心させる最高の笑顔でそう答えた。
 瞬間、マクラみたいな物体がカスパーの顔面に命中し、彼の視界は真っ暗になった。


 ケインが部屋に入ると、すでに少女は目を開けて上体を起こしていた。しかしなんだか威容な不機嫌オーラを出してるのは気のせいか? と、ふと思った。
「おっ? やっと起きたのか」歩みよろうとした時、足に何かが当たった。「――ん? おいカスパー、なに床で寝てんだ」
「ん……、はっ! ここはどこだ? 俺はマクラ?」
「なに寝ぼけてるんだ。ほら邪魔だ、どけ」
 頭がクラッシュしているカスパーを足蹴りでどかす。カスパーは頭をぽりぽりと掻きながら上体を起こし、現状況を口で呟きながら整理していた。
 ケインはベッド脇の回転椅子に座った。そして少女を正面から見つめる。
「気分はどうだ?」
「大、丈夫です。ありがとう……」
 ぺこりと頭を下げ、会釈する。表情はあまりないが、礼儀は正しいようだ。
 ケインは感心するように頷いた。
「今下で妻が飯を作っているから、もう少し待ってくれ」
「め、し?」
 なんのこと? と言わんばかりの表情。しかし次の瞬間、部屋内にまぬけな鈍い音が響き渡った。
 少女の顔がみるみる赤くなる。限界がきたのか、赤い顔を毛布に埋めた。
 ケインはあっはははと高らかに笑った。
「君のお腹はご立腹のようだ。でも、もう少し待ってくれよ」
「…………はい」
 顔を埋めたまま、少女は頷いた。
 ケインは椅子から立ち上がり、足を戸に向ける。すると横からカスパーが思い出したように呟いた。
「ケイン、もちろん俺の飯もあるよねぇ?」
「下に来れば食わしてやるぞ。有料だがな」
「な! ――お父さんなんて嫌いだわ〜〜」
 娘声で言う。しかも似ていない。
 何かがキレる音。
 その瞬間、ケインはカスパーの顔面に渾身の一撃をかましていた。
 必殺必中。何かが爆発したような効果音を出しながら、カスパーは戦闘不能になった。

                    *

 レイブン試験会場。
 全長一キロに及ぶ巨大な建物。
 その中の第一予選会場から、外まで轟くような歓声が聞こえた。

 近距離コース、ミッション完了までかかった所要時間、13秒。
 人は凄い結果を出した相手に対して、脅威ともとれる賞賛をかける。今回がまさにそれだ。
 近距離コースの平均合格所要時間は、57秒。それと比べてみれば、この結果は脅威という言葉で終わらせるのは、いささか陳腐であろう。
 狂気、そんな感じだ。
 荒野のフィールドの一部の空間が歪む。そこから一機のACが現れた。
 右手にマシンガンを持ったフロートタイプの機体。ぱっと見、ボディ、腕、その他オプションを見て、バランスが取れた機体だと分かる。ややダーク系のさまざま着色を入れた機体は、荒野のフィールドに皮肉にもひどくマッチしていた。
 エースがACに歩みよる。
「文句なしの合格だな。それだけの腕なら、前半のブレードアホと一緒で、万能コースを選べばよかったんじゃないか?」
 少しの間。
「…………目立つのは、嫌いだ」
 周りがどよどよと騒ぎ出した。
「……バカかお前。もうすでに目立ってるんだよ」
 ため息を吐きながらエースは呆れた。くるっと振り返ると「次、早く行け」と、すでに残りの受験生たちに指示を仰いでいた。
「もう終わったんだ。さっさと帰って、明日のための整備でもしてろ」
「……一つ、いいか?」
「よくない。合格したんならさっさと帰るか。すみっこで見物」
 完全に眼中からはずして無視。
「お前に勝負で勝ったら、明日来なくていいか?」
 空気が揺れる。
 しばらくの沈黙。エースは無音の動きでゆっくりと振り返った。
「もう一度言ってくれないか。よく聞こえなかった」
「お前との勝負で勝ったら、明日来なくていいか?」
 言葉に怯みはない。どうやら本気のようだ。
「悪いが、俺の今の機体はこれだ。勝負らしい勝負はできそうもない」
 そういって、エースは両腕を広げてみせる。
「逃げるのか?」
「……なに?」
「アリーナトップの最強のエースともあろう戦士が、一介のレイブン受験生に背中を向けるのか? ……がっかりだな」
「少しいい成績だしたからって調子に乗るなよ青二才」
「俺は口だけの奴は嫌いだ。実力が全てだと理解している。だから、見せてくれないか」
 その時、
「少しおいたがすぎるんじゃないか? ルーキー」
 二人の横からロイヤルミストが歩みよってきた。
「なんなら、俺が相手になってやろうか?」
「お前にはここの護衛の任務があるだろうが」
「敵なんてこないよ、来たとしても、外の連中が退治してくれるさ。……なあエース、やらせてくれよ。ちょうど退屈してたんだ」
 エースは両手を組んでしばらく考えた。
 ロイヤルミストはACの両手を正面に合わせて、懇願した。相当やりたいらしい。
「……万能コースのフィールドを使え。エネミーは消しておくから」
「あとで一杯奢るよ」
 陽気にそう告げた。フロートACに向き直り「待たせたな」と言う。
「悪いが、手加減する気はないぜ」
「そうしてくれ。俺は口だけの奴も嫌いだが、手を抜かれるのはもっと嫌いだ」
「上等」
 ロイヤルミストはにやりと口元を上げた。
「……えーと――お前、名前なんだっけ?」
 エースはコックピットのディスプレイに受験生名簿を表示しようとした。だが、それよりも先に、フロートACは答えた。
「エグザイルだ」

                    *

 食事を取り終えると、少女はだいぶ元気になった。やはり倒れた原因は空腹にあったようだ。
 ケインとカスパー、二人は今ケインの部屋にいた。ケインは回転椅子に座り、カスパーは窓際に体を預けた状態で欠伸を、少女はベッドの上で大きく背のびをして深呼吸をしていた。
 まずケインが言葉を切り出した。
「じゃあ、落ち着いてきたところで、本題に入ろうか。いいかい?」
「あ、はい」
 ケインは妙な書類を手に取った。どうやら質問する項目をあらかじめ書いていたらしい。マメな性格である。
「まず、名前は?」
「マリナ。マリナ・タチバナです」
「ん? その名前……もしかして、東レイヤーの人間か?」
 レイヤーは大きく区分したエリアが東西南北で4っつある。東エリアは主に技術を主格としたエリアで、明晰な人間が集積した場所だ。新型ACパーツなんかも、ここでだいたいは開発されている。ちなみに、ケインたちのいるここは反対の西エリア。グローバルコーテックスの本部があり、よく戦争に巻き込まれるところだ。
「……わかんないんです」
「? どういうことだ?」
 少女は上体を俯かせて、黙っている。だがしばらくして、小さな口を開いた。
「……私、ここのE区画ってところにいたんです」
「E区画!?」
 カスパー、ケインは同時に声を上げた。
 E区画とは、別名「カタストロフ」と呼ばれていて、簡単に言えば最悪最低のスラムと言っていい場所だ。そこを塒にしている奴らは戸籍もなく、秩序なんて言葉はクソつまらん冗談と一蹴する連中ばかりだ。
 常識のある人間はE区画という言葉を聞いただけで身を震わせるほどの、それほど恐ろしい場所なのだ。
「お前、よく生きていたな。逃げてきたのか?」
 カスパーは感慨ぶかげに訊いた。
 マリナはこくりと頷いた。
「いきなり怖い人たち、いっぱい襲ってきて。すごく怖かったです」
 ケインはうんうんと頷いて、口を開いた。
「そりゃそうだろう。あそこは大の大人でも三秒といたくない場所だからな。……しかし、なんでそんな危ないところにいたんだ?」
「それが、まったく分からないんです。なぜ、あんなところで倒れていたのか、私が何者なのか……」
「ちょっと待て。……もしかして、あれか? 記憶喪失ってやつか?」
「……そうかも、しれません」
 静寂。
 まじかよ……と、カスパーは内心で呟いた。
 予想範疇外である。ただの不思議な迷子の子猫ちゃんだと思っていたら、自分が何者かも分からない謎の記憶喪失少女という事実。しかもけっこう分けありの予感。
 ――漫画じゃないんだから……。
「……これから、どうするんだ?」
 カスパーは一応聞いてみた。が、答えは返ってこない。
 はあ〜と、カスパーはため息を吐いた。ちらっとケインを見る。
「どうするんだ? ケイン」
「せっかく書いた質問表が記憶喪失でぱーだ。やってられん」
 ぐしゃっと、両手に持った書類を握りつぶす。
「……んなことはどうでもいいだろうが。この子をどうするかを聞いているんだよ」
「うーん、そうだな〜……」
 ケインはカスパーを見て、次に少女の顔を見て、もう一回カスパーを見て、顔を俯かせた。しばらくそのままの姿勢。心配になったのか、マリナが「どうしたんですか?」と声をかけた。
 瞬間、ケインはいきなり顔を上げた。マリナはびっくりした声を上げる。
「カスパー!」
 ギロっとした目線。
「な、なんだよ……」
 さすがのカスパーもこの異様な反応に戸惑う。無意識に少し後ずさりもしていた。
 だが次の瞬間、ケインはまるで福笑いの仮面みたいに表情をにっこりとさせた。
「お前、この子を養子として扶養しろ」
 目が点になる。なにを言われたのか、カスパーとその傍らのマリナは分からなかった。
「うん、これで一件落着だな」
 ケインだけ大きく首肯して、納得していた。

                一章 出会い(7)

「前から言おうと思っていたが、ケイン、あんた絶対O型でアバウト人生まっしぐらの経験ありだろ? あ、これできまりだ! とか言って直感ばかり働かせて。だから整備ミスなんかするんだよ、アホ!」
「俺も前から言おうと思っていたんだ。カスパー、お前かっこつけてるわりに優柔不断で甲斐性なしのろくでなしだろ? ここは素直に「はいわかりました、この子を扶養します」って言えバカ!」
「この家で起きた問題だ。俺には関係なんてないね」
「事件はお前が来た瞬間に起きた。これは連帯責任だ、共犯だ。……で、俺には妻も子供いるし、家も狭いから生活させるのは無理だ。だったら暇で一匹狼のカスパー君が養うのが道理に適うってもんだ」
「なに勝手にいろいろ理屈こねてんだよ……!」
「お前がはいって言わないからだろ……!」
 両者、キスしそうな至近距離での睨み合い。形相は今にも殴り合いになりそうな勢いである。
 事の発端は、もちろんケインの思いつきの発言。カスパーにマリナを養えというどこからそういうアイデアが出るのかと言いたくなるやつだ。
 カスパーは断固として拒否する。だが、ケインは意地でもこの問題を直感で考えたアイデアで終了させようとした。はっきり言って、性格からだいぶはずれた行動を今とっている。
「よーし、ならば第三者の意見を取り入れようじゃないか」はぁはぁと荒い呼吸をするケイン。
「だ、第三者?」ぜぇぜぇとこちらも似たような状態のカスパー。
「マリナ、君はどう思うんだ? このナイスな提案」
「え!?」
 マリナはいきなり振りに、目を見開いて驚いた。
 視線がマリナに集中した。
 マリナは顔を俯かせて、目前で手混ぜをしながら、えと……その、と言葉捜していた。
「えと、あの……。ところで、ちょっと関係ないんですけど。カスパーさんは何をしているんですか?」
「何って……何?」
「理解力のない奴だな。職業の事聞いてんだよ」
「ああなるほど。職業ねはいはい、俺の職業はレイブンだぜ」
 沈黙。
 あれ? と、周囲を見渡しながらカスパーは疑問の声を上げた。
「お前、もうレイブンなってたのか!?」
「ん? ……ああ、もうなったも同然」
 頭に衝撃がきた。上体が90度ぐらいに曲がった。
「なってねぇじゃねえかバカ!」
「いってぇーな。予選が楽勝だったんだ、レイブン試験なんてそんな大そうなもんじゃないって。それよりな―――」
「連れてってください」
 時が止まる。
 しばらくして、そーっとカスパーがかなりアホな顔でマリナを見た。ケインも同様である。
「……今なんと?」
「あなたと一緒に、連れてってください。お願いします」
 深々と頭を下げる。
 カスパーはマリナを見ながら目をパチパチさせた。
 状況がさっぱりつかめない、いったい何を根拠にそんな決断を下したのか。
 カスパーは少女の精神を疑った。そう思い、ある行動に出た。
「ささささ、もう一回おやすみしたほうがいいぞ。無理はよくない」
「私は本気ですよ」
「……お前、急に言葉がはっきりしてきてないか?」
 マリナはじーっとカスパーを見つめてくる。その双眸にはゆるぎない精神の力強さが宿っていた。カスパーは苦笑をもらしながら、思わず頭を掻いた。
 刹那、カスパーはいきなり首を後ろから絞められた。犯人はケインだった。右腕ががっちり食い込んでおり、身動きが取れない。ケインはそのまま無理やりカスパーを部屋の外まで運んだ。
 部屋の外まで来ると、ケインはあっさりと投げ捨てるように解放してくれた。
「げほげほっえへ、てめぇ、いきなり何しやがる!」
「カスパー、早くOKしちまえよ」
「なに言ってやがる! 絶対やだね、なんで態々ガキのお守りなんてめんどくさい事を、しかもただでしなきゃならないだ。俺はだな―――」
「メリットがあればいいんだな?」
 言葉をとめる。カスパーは息を呑んだ。仕事中以外の公の場で、珍しくケインが真剣な雰囲気を出していたからだ。
 ケインは顔のあたりでくいくいと自分に向けて右人差し指を向ける。耳をかせという合図のつもりらしい。カスパーは訝しげな表情で耳を近づけた。
「あの少女、E区画から来たと言ってたな」
「ああ、それがどうかしたのか?」
「お前、本気であんなか細い少女が、現代地獄みたいなあそこから生きて出れると思っているのか?」
「たまたま出口付近にいれば、出られるんじゃないか? ―――ん? そーいえば……」
「そう、あそこは出口には必ず見張りがいる。外からの侵入者を排除するためのな。もちろん、出口は一つしかない。そこ以外周りはACですらやぶれない鉄壁」
 カスパーは本気で焦った。いくらあの少女がもし韋駄天並みの足があったとして見張りを何人かおびきよせて巻いたとしても、出口には2,3人ぐらいは必ず待機しているやつがいるはずだ。
 つまり、あそこを出るには必ず数人と戦わないと、外には出られない。金でも持っていたら、うまく無傷で出られるかもしれないが、マリナの格好からは金品らしいものを持っていたとは、とても思えない。
「…………」
「そういうことだ。どうやって外へ出たのかは謎だが、尋常ではないやり方ではあるだろう。近くに付き添い人みたいなのがいたのかもしれない。ここを出た瞬間、そいつからお前が暗殺される可能性もある」
「マリナを人質、盾にしろと?」
「そうは言ってない。確かにマリナを守る付き添いの可能性も捨てきれないが、それ以上、逆の立場で彼女が何者かから狙われている可能性の方が俺は高いと思う」
「その場合は、俺には関係ない。なんだよケイン、何もったいぶってんだ? いいかげん本題を言えよ」
「……じゃあ言うぞ。彼女、俺の勘だと、『幻影の天使』がらみのような気がするんだ」
「!!」
 カスパーは目を見開き、思わず一歩、また一歩と後退した。途中壁にぶつかって止まる。
「幻影の天使現れるとき、千人の生血と、深紅の少女現れる……」
 ケインは詩を読むかのように、その一説を呟いた。
「幻影の天使をまともに見たものはいない、『幻影』だからな。だが大量殺戮の現場で、全身を深紅に染めた少女を見たという説がある。……E区画の問題、記憶喪失、ACの気持ちが分かる……これらを含めて、あの少女がただの少女でない事は明白だ。もしかしたら……」
「深紅の少女ではないか、か……」
 カスパーは顔を俯かせて、弱々しい声でそう呟いた。
 あの少女が……あのマリナという少女が……。
「分かったか、カスパー」
 びくっとする。
「……ああ分かったよ。彼女は俺が預かるよ」
「そうか……」
 カスパーを見て何を察したのか、ケインは寂しげにそう呟いた。


 しょぼくれた顔してると、感ずかれるぞとケインに言われ、カスパーは無理やり笑顔を取り繕った。やや不自然な顔が出来上がる。
 二人はマリナがいるベッドに向かった。
「何してたんですか?」
 疑った様子はない。マリナは普通に何をやってたのかを聞いてきていた。
「いやいや、ちょっと男同士の真剣相談」
「お前のこれからについて、話し合ってたんだ。ケインに感謝しろよ〜、お前は豪華で優雅な俺の家に住むことになったぞ」
「本当ですか?」少女はケインを見た。ケインは大きく頷いた。
 少女の顔が、まるで天使のような笑顔になる。
(天使……か)
 カスパーは内心でそう呟く。すると無意識のうちに、右拳に力を込めていた。
「ありがとうございます。よろしくお願いします、カスパーさん」
 少女はカスパーを正面にして、頭を下げた。
 拳をゆっくりと解く。
「そういえば、なんで俺といっしょに行きたかったんだ?」
「あ、それはですね……」
 しばらくの間。マリナはうーんと顎に手を当てて考えていた。言葉を取り繕っている最中らしい。せかさずカスパーは答えを待った。
「えとですね。レイブンって言葉を聞いて思い出したんです。レイブンって言えばACでしょ? 鮮明には思い出せないけど私、昔あるACと近くにいた記憶があるんです」
 言葉を告げるマリナの声は、何も知らない無垢の少女そのままだった。
 だが、次の言葉を告げた瞬間、
 カスパーは右拳を強く握りすぎて、血を流していた。

「白い、天使みたいなACと……」

 この少女が……。
 このマリナという少女が……。
 俺が必死で探していた……。
 俺の親、友達を殺した…………。
 
 仇……。


「よろしくな。マリナ」
 平静を必死で装いながらカスパーは右拳を隠し、左腕をマリナに差し出した。少し震えている。カスパーはイライラしながらその言うことを聞かない左手を睨み付けた。
 だがマリナは何も気にしたそぶりを見せずに、笑顔でその腕を掴んだ。

                    *

 空間が歪み、そこから現れたのはロイヤルミストだった。
 機体がそこら損傷していた。所持していた右腕武器がなかった。ボロボロとまではいかないが、戦闘を今すぐやれといわれれば、かなりきつい状態だ。
 エースを発見して、ロイヤルミストは彼に歩みよった。
「……何分かかった?」
「16分12秒」
「ずいぶんかかったな。こっちは二分ぐらいしか立った気がしてないんだが……」
 言葉にはやや憔悴が感じられた。
「全力を出していたからだろう。……まあ、『憑依者』相手なんだから当たり前か」
「相手が未完成でよかった。まさか相手があいつらとは、夢にも思わなかったよ」
 ロイヤルミストは、空中に浮かぶ立体画面を見た。そこには煙と火花を噴出しているACが写っていた。
「さっき回収班から連絡があったんだが、中のパイロットはいなくなっていたらしい」
「さすがに逃げたか」
「どうやって逃げたのか、俺は知りたいね」
「あいつらは、いつだって神出鬼没だろ」
 皮肉げに呟くと、ロイヤルミストは会場の入り口に向かった。機体修理に向かったのだろう。エースはロイヤルミストの機体の背中を見つめながら、内心でこう呟いた。
「管理者様に報告しないとな」