ARMORED CORE 2 EXCESS

[めりぃぃぃぃぃくりぃぃぃぃっすまぁぁぁぁぁっす!!]
 ぱんっ。ぱぱぱんっ。
 コンピューターの音源が合成したクラッカーの破裂音は、がらんと開けた部屋の中に虚しくこだました。
[……あれ?]
 エリィはまん丸く目を見開いて、辺りをぐるりと見回した。大きなテーブル、いくつか置いてある椅子、テーブルの上のパソコン、開かれたままの兵器カタログ、空のペットボトル、そしてホログラフ投影機の上に一人立ちつくす自分――エリィ。
 部屋の様子はいつも通りだった。ユイリェン達の住処、その居間兼応接間兼食堂である。そこはいつも通り散らかっていて、いつも通り薄暗くて、いつも通り機能だけが追求された色気のない作りになっていた。ただひとつ、エリィ以外に誰もいないということを除いては。
[ゆーいーりぇーん。いないんですかー?
 ついでにウェインくん?]
 エリィにとって所詮ウェインなどついでである。
 それはともかく、エリィはその場に座り込んで首を捻った。まあ、ホログラフが考え込む姿をとった所で処理の邪魔以外のなにものでもないのだが、それは雰囲気作りの一環である。エリィにはできるだけ人間に近い行動をとろうとする癖がある。
 しかし、これは一体。12月24日、クリスマスイヴのこの日をせっかく二人(+おまけ)で楽しもうと思っていたのに。こんな大事な日に留守にしているなんて……
[……ま……さ……か……]
 エリィの顔から血の気が退いた。こんな恐ろしいことがあっていいわけがない。ああ、まさかまさかまさか。しかしそう考えると全てつじつまが合うしでもああそんなことあってはいけない!!
[まさか……ウェインくんと二人で出かけた、なんていうんぢゃあ……]

HOP X Merry Xmas for Lovers!

人にメリークリスマス!

 そのまさかだった。
 少し朱の混じった淡い光が幾組もの男女を優しく照らし、店の中央ではホログラフで投影されたクリスマス・ツリーがきらきらと輝いく。都市の中心にある高層ビルのレストランで、二人は真紅のワインが注がれたグラスを触れ合わせていた。
 見事な意匠が施されたクリスタルが、互いに触れ合って固く澄んだ音を立てる。きぃんという高音が煌めき、耳の中で心地よく反響する。氷のように透き通っていながら炎のように暖かい。そんな音だった。
 ユイリェンはグラスに口をつけ、少しだけ甘いワインを喉に通した。葡萄の甘酸っぱい香りが体の内側から滲みだしてくる。思わずユイリェンは両目を閉じた。どうしてそうしたのかはわからない。でもきっとそれは――体の中を流れる暖かい感触を、外に逃がしたくなかったからだろう。
 グラスから薄桃色の唇を離すと、ユイリェンははうと吐息を漏らした。
 その姿をウェインはぼぅっと眺めていた。目を離すことができなかった。見取れていた。ユイリェンの姿はいつもと少し違う。スカート丈の短いブラウンのドレスに、深緑色のストッキング、そして足には革のロングブーツ。普段は無造作に縛ってある髪もストレートに降ろしている。栗色と濡れ羽色――マロンとレイヴンの狭間の色で艶やかに輝くその美しい髪は、もしかしたら未だ非常なレイヴンになりきれない彼女の心を映し出しているのかもしれない。
 それは彼女にとって精一杯のお洒落だった。お世辞にも派手とは言えないし、着慣れているようにも見えない。しかしそれで十分だった。ユイリェンはとても美しい――いや、綺麗だった。普通の少女と同じように着飾って、普通の少女と同じように微笑むユイリェンがこんなにも綺麗だなんて。ウェインは想像もしていなかった。そして今の、夜空の星のように輝く彼女の姿に、彼は見取れていた。
「……なに?」
 気が付くとユイリェンが不思議そうに首を傾げていた。いつものように眉をひそめたり顔をしかめたりしない。ただ単にきょとんとして、じっとウェインの瞳を見つめているだけである。別に悪いことをしていたわけでもないのに、ウェインはなんだか気まずくなって、慌てて手を振った。なんだか熱い。冬だというのに。
「い、いや……なんでもないんだ。全然」
「そう」
 ユイリェンはふっと微笑むと、頬杖をついて横へ目を遣った。緩やかな弧を描くクリスタルの窓。その向こうで鮮やかに輝く10億コームの夜景。天幕のように街を包む宵闇。黒いスクリーンに映し出される一人の少女――自分。何もかもが出来すぎたように煌めいて、年に一度の夜を照らし出していた。
 その風景はあまりにも作為的だった。この夜は、こうして見つめられ、綺麗だと思われるようにできているのだ。ユイリェンは思わず苦笑した。まんまと計略にはまってしまった自分に気付いて。
「馬鹿みたい」
 頬杖のまま、ユイリェンは前に向き直った。
「私を誘って楽しいの?」
「そりゃもう!」
 ウェインは大げさな身振りで応えて見せた。ちょっと違う。ユイリェンは思った。彼は、彼とはちょっと違う。
 大分前、ユイリェンはある男に同じことを尋ねたことがあった。その時彼は、落ち着き払ってこう答えた――僕は自分が楽しもうと思って誘ったんじゃない。君を楽しませようと思ったんだ、と。その時ユイリェンは感じた。ああ、こいつは本気じゃない。私を口説くつもりではないんだ。13やそこらの子供が感じることではないと、自分ながら思うが。
 目の前の彼は、それとはちょっと違っていた。
 ユイリェンはもう一度グラスを手に取り、口許へ――
 ぶつんっ。
 その時、突然照明が消え落ちた。赤みがかった光に包まれていた空間が、一瞬にして漆黒の闇に包まれる。周囲の客達がざわざわと騒ぎはじめ、慌てて立ち上がる者もちらほら現れる。ユイリェンは天井を見上げながらグラスを置いた。
「なんだろ、停電かな?」
「妙ね」
 ユイリェンは再び窓の外を見遣った。さっきと少しも変わらない夜景。黄色や赤や白の光が、まるで地上に堕ちてきた星のごとく輝き煌めく。本物の夜空を掻き消してしまうほど明るい夜空。大地にべったりと根を張った夜空である。
「周りは大丈夫みたいだわ」
「本当だ……」
 停電なら、周囲のビル群にも少なからず影響があって然るべきである。このビルだけ照明が落ちたということは――可能性として一番大きいのは、ハッカーにシステムを乗っ取られたということ。クリスマスの日にホテルやレストランを襲うハッカーは珍しくない。むしろ毎年のように現れるくらいである。動機がなんなのかは知らないが。
 ……と。その時、二人の耳に聞き覚えのある女の声が響いてきた。
[Merry Xmas for lovers...]
 それは歌だった。ゆったりと波打つ物悲しい曲調。寂しげなピアノの旋律。初々しい二人の恋を讃える詩。よくある流行りのクリスマス・ソング――しかし誰も聞いたことのない歌。
 ユイリェンは気付いていた。この歌声の主が誰なのか。
[Though I disappear into the darkness, nothing can bother me...]
 人々は歌に聴き惚れていた。おそらくは、レストランが仕組んだ粋な演出だと勘違いして。しかしそうでないことは、店員達のあわてぶりを見れば明らかだ。こんな手の込んだことをする人を、ユイリェンは一人しか知らない。
[You brighten me. The invisible light...]
 ユイリェンは静かに両目を閉じた。耳に入ってくる心地よい音楽に全ての心を委ねる。綺麗に澄み渡った高音。まるで体が包み込まれるようだった。聞いたことがない曲のはずなのに、懐かしい。そんな気持ちになる。
[The diamond dust, the twincle bel, the white elfs surrounded Angel. This is nothing but the holy dark...]
「いい歌だな」
 目を開くと、ウェインもまた彼女と同じように曲に聴き入っていた。彼はまだ気付いていないらしい。この歌が誰のものかということに。小さく微笑むと、ユイリェンは自分に言い聞かせるように呟いた。
「そうね」
[So they say, "Merry Xmas for lovers."]
 
[えううううー……]
 暗い部屋の中、エリィは両目から滝のような涙を流しまくっていた。もちろんそれもホログラフなのだが。
「まったく……」
 その様子を腰に手を当て見下ろしているのはケンジである。その機嫌悪そうな表情もただならぬ雰囲気も、全て仕事に忙殺されたせいに他ならない。いつもならこの日は適当に女でも誘って遊びに出るのだが、さすがに仕事をほったらかして行くわけにもいかない。
 それというのもエリィがこうしてろくに働こうとしないからである。
[ゆいりぇ〜ん……わたしのゆいりぇ〜ん……]
「自分で演出しといて何言ってんだ……半世紀も昔のクリスマスソングまで持ち出して」
[ああんわたしのかわいいユイリェンがぁ……]
「だから……」
[もうだめだわ生きる気力もないわ首でもつりましょきゅうー]
 ぴくっ。わざわざロープと踏み台のホログラフまで投影するエリィに、ついにケンジのこめかみが動いた。
「あーもういいから仕事しろーッ!!」
 
「あのさ……これ」
 都市の中心部。キリスト教の聖夜に浮かれる人々であふれかえる大通り。二人は並んで、そこをとぼとぼ歩いていた。食事も終えて、今は帰路の上である。なんとなく気まずくて、お互い黙ったままだった。その静寂を破ったのが、この一言である。
 ウェインは懐から、小さな箱を取り出した。綺麗な紙とリボンで包まれた箱。思わずユイリェンは歩みを止めた。つられた彼もまた。
「きっとユイリェンに似合うと思って……その……プレゼント」
 無表情のまま、ユイリェンはその包みを受け取った。リボンを丁寧に解き、紙を少しずつ剥いでいく。出てきたのは箱だった。白く細い指が箱を開く。中から蒼い光が漏れだした。街の灯りを浴びて、それは蒼く煌めいていた。
 指輪だった。蒼い宝石がはまった小さな指輪。
 ユイリェンは人差し指を伸ばすと、徐にそこへ指輪を填め込んだ。銀色のリングが肌の上を滑る。そして蒼い光は彼女の小さな手と一つになった。目の前に手の甲を掲げ、じっと蒼を見つめる。綺麗だった。
「……ありがとう」
「えっ?」
 きっとその声は、小さすぎて誰にも聞こえなかっただろう。
 ユイリェンは再び歩き始めた。蒼く輝く右手を、自分の体の後ろへ隠すようにして。誰にも見せたくなかった。この輝きを、他の誰にも見られたくないと思った。
「行きましょ」
 肩越しに振り返ると、まだ呆然としている彼に彼女は微笑んだ。
「まだ夜は長いわ」
 

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