ARMORED CORE EXTENSION BEFORE
時と光の前奏曲

「興味深い……実に興味深いね」
 白衣を着たいかにも怪しい女性が道の真ん中で呟く。それも爆音響く戦場と化した街中で、だ。周りには、既に人の気配はない。恐らくシェルターにでも避難しているのだろう。だが、その女性はその周りさえ見えていないように、ある“モノ”の動きを凝視している。
「あれだけの動きをしていながら、バランスが全く崩れていないな。バランス制御プログラムは、どうなってるんだろ? 手に持った武器の反動を逃がす機構は? くぅぅ、分解してみたい!」
 警察のご厄介になりそうな、不審な挙動の女性。彼女が見てるのは、アーマード・コアと呼ばれる機動兵器。戦闘中でなければ、或いはアリーナの中継であれば、問題はなかっただろう。しかし、今は激しい戦闘、本気の殺し合いの中である。賢い人間なら、とばっちりを恐れて、真っ先に逃げ出しているところだ。
「う〜ん、ここからじゃ細部がよく見えないな……。もっと近くで見たいなぁ」
 どうやら彼女は、頭の螺子が2,3本ほど緩んでいるようだ。少し考えれば、命の危険がある、とわかりそうなものだが、全く気にせず戦場に近づいていく。


「ありゃりゃ? もうドンパチ終わっちゃったみたいだね」
 もっと動いてるところを、見ていたかったのに。
 ACのパイロットの腕がいいのか、それとも相手が弱かったのか、目と鼻の先にたどりついたときには、既に戦闘は終わって、事後処理に移っていた。戦っていた赤い人型ACもまた、輸送車に積み込まれようとしている。
「ちゃ〜んす。こういうときこそ、光学迷彩カメレオン君1号の出番!」
 怪しげな機械を作動させて、輸送車に近づいていく。


「ふぅ、これで終わりっと」
 ほとんどが旧式のMTで、ろくな武装もない、しかも乗っているのは素人同然。楽な仕事ね、ほんとに。機体に目立った傷もなし、弾薬も最低限で抑えているから、今回の収入は結構大きくなりそうだ。
 黒髪黒瞳アジア系の赤いACの女パイロットは、輸送車にACが積み込まれる様子を見ながら計算を始める。
 もう少しで、欲しかったあのマシンガンも買えるかもしれない。そうすれば、弾薬費も更に抑えられるから、収入もアップするだろう。
 思い描いてにんまりと笑う。そんなことを考えていたせいか、不審なゆらぎが、ACにへばりついたことに気づかなかった。そして、カーゴの扉が閉じる。


「ふっふっふ。さぁて分解開始〜♪」
 そんな声と何か機械をいじる音が、輸送車のカーゴの中に響く。


「おかえり、りんふぁちゃ〜ん」
「ただいま〜、エリィ。今回は楽な仕事だったわよ〜」
 赤いAC『ペンユウ』のパイロット、リンファが帰宅すると、彼女の専属メカニックであるエリィが、間延びした声で出向かえる。
「ぺんゆうはこわさなかった〜?」
「ん〜、まぁ被弾した場所もほとんどないし、いつもより整備の手間は少なくて済むと思うわよ」
 実際、爆風で飛んできた破片につけられた傷くらいしか、外装に損傷はなかったから、簡単なチェックで済ませることもできるだろう。
 リンファは、そう考えていた。もっとも、その状態であったのは、戦闘が終わった直後まで、だったのだが。
「あたしは、シャワー浴びてくるから。後お願いするわ」
「じゃあじゃあ、さっさとなおしちゃうね〜」
 そして、エリィは、ペンユウを運んできた輸送車のカーゴの扉を開ける。そして――


「んにゃぁぁぁぁぁぁ!」
 エリィの叫び声。ただならぬその声に、リンファは走って駆けつける。そこには、カーゴの扉を開けて、呆然としているエリィの姿が。
「エリィ! どうしたの!?」
「ぺんゆうが……ぺんゆうがばらばら〜〜〜」
 一瞬、時が止まる。
「なにぃぃぃぃ!」
 リンファは、そう叫ぶとカーゴの中を覗き込む。そこには……無残に分解されたペンユウの姿が! 各パーツは分離され、右腕部に至っては、もはや原型を留めないどころか、これ以上は無理、という段階まで分解されている。そして、今まさに頭部を分解しようと取り付いている不審な人影が一つ。それを見たリンファは、拳銃を手に身を隠しながら、その人影に近づいていく。


「ふんふんふ〜ん♪ あ、これってメインコンピュータだよね。でも、なーんか性能悪そうだなぁ」
 叫び声が響いたはずなのに、気にせず、というよりは、夢中で聞こえていない。ご機嫌でどんどん分解していく、白衣の不審女性。髪は栗色で肩で切りそろえられている。瞳は茶色、容姿は人並み以上の彼女のその手際は、鮮やかを通り越して、驚異的である。その手には、自在に形を変え、分解するために的確な道具になる、不思議なモノが握られている。
「動くな」
 その彼女の頭に、冷たくて硬いものが当たる。さすがの彼女も動きを止める。
「あんた、人のACになにしてんの?」
 冷たい響きの言葉が投げかけられる。その声に含まれる殺気は、本物だった。彼女の額に一筋の冷や汗が流れる。
 そういえば、無断で分解してたんだっけ……やっばいなぁ、あんまりにも面白いから夢中になって、忘れちゃってたよ。
 そんなことを考えながらも、未練ありげに、分解途中のACの頭部を見ている。
「えっと、面白そうな機械があったから、こっそり分解してみてたんだけど……ダメ?」
 素晴らしく直球に、正直に答えたが、普通の人間ならそんなものは信じないだろう。実際、彼女の頭に銃口を当てているリンファも、下手な嘘としかとらなかった。
「あんたねぇ、そんな嘘に騙されると思ってんの? 両手をあげてじっとして」
 リンファは、素直に両手を挙げる彼女を拘束し、カーゴから連れ出し、見た目倉庫の我が家の中に連行する。


「それで、あんたは何処の誰? 何が目的?」
 銃を突きつけたまま、リンファは彼女に尋問を始める。愛機を分解されて、腹が立っているのか、目つきも相当険悪だ。
「えっと、目的は知的好奇心の満足で、私は……」
 冷や汗たらたら、視線そらして答える彼女の言葉を聞いて、目的について、あくまで白を切り通そうとしている、と思い込んでるリンファは、眉をピクりと動かす。が、まずは名前その他を聞き出そうと思ったのか、何も言わずに続く言葉を待つ。不審な彼女は、しばらく考え込む。そして、小首を傾げて、その口から飛び出した言葉は。
「あれ? 誰だっけ?」


「記憶喪失ねぇ……」
 リンファは、頭を抱える。結局、エリィ自作の嘘発見器『うそついたらめーなのよX』まで持ち出して、尋問を続けてみたのだが、エリィ曰く「99%うそはっけんできるんだよ〜」という、その嘘発見器さえも、件の不審人物が嘘をついていないことを証明した。そして、その不審人物が、名前どころか、全ての個人的な情報―生年月日や住所などなど―を憶えていないという結論に至った。更には、身分を証明するものもない、持っていたのは、妙なケーブルと小さな箱がついたゴーグル、そして、用途不明な道具類がいくつか。他には、カード、現金の類も持ちあわせていないようで、金で解決というわけにもいかない。
 畜生、バラバラに分解されたペンユウの組み立ての手間賃と慰謝料くらいは、ふんだくってやろうと思っていたのに、バラバラにされ損じゃないか。
「はぁ……」
 ため息一つついて、バラバラになったペンユウを見やる。呆然と白くなってたエリィが言うには、徹夜で3日は、かかるとのこと。
 急ぐ仕事もあるわけでもないが、ACの組み立てに忙殺されるのは、非常に不愉快。せっかく、しばらくのんびりできると思ったのに。
「えっと、組み立て手伝おーか?」
 その言葉に、リンファは剣呑な視線を返す。
「ACどころか、MTも知らないやつが、組み立てられると思ってんの?」
 そう、件の彼女は、ACというものも、MTというものも、名前すら知らなかった。それどころか、「なんで街が壁と天井で覆われてるの?」という質問までする始末。そんな彼女が、複雑な精密機器の塊である、ACの組み立てを手伝えるとは、思えなかった。どれだけ頭が、記憶力がよくても、組み立てを行えるようになるまでには、1月はかかるだろう。そんな時間かけて教える暇もなければ、教える義理もない。
「分解したときに、構造を大体憶えたから、大丈夫」
 自信満々に、そうのたまう。そして、持っていた箱とケーブルがついてるゴーグルを被り、ケーブルを頭の、インターフェース・ジャックに接続する。
「準備かんりょー。この携帯パソコンにも、手順は記録してあるから、忘れてるところも大丈夫」
 そういって、ニコニコ笑う。どうやら、箱がパソコン本体らしい。
「って、パソコン! そんなもんあるならそっちに個人情報とか残ってないの?」
 リンファのその声に、彼女はしばし沈黙する。ついで「なるほど」というようにポンッと手を叩き。
「そっか、全然気が付かなかった」


「んで、結局分かったのは名前だけ?」
「他の情報は、ロックかけられてて、パスワードないといけないみたい。でも、憶えてないから解除できませーん」
 結局分かったのは、二つ。アリス・A・G・フォウリーという名前と、その携帯型のパソコンが、あり得ないほどの高性能を持っていることだった。下手をすれば、企業のワークステーション並であろう。名前については、パスワードを思い出せたデータファイル――ほとんどがよくわからないモノの設計図や、実験データがほとんどだった――に書かれていた、ファイルの作成者の名前である。顔写真などで証明されているわけでもなく、本名である保証もないが、とりあえず、本人曰く「うん、多分あってる」とのことで、結局その名前が使われることとなった。何も分からないも同然じゃない。リンファは、期待はずれの結果に肩を落とす。
「んじゃ、組み立て手伝ってくるね〜」
 そう言って、アリスは組み立てを既に始めているエリィのところに駆け出していく。


「ほんとうにだいじょうぶなの〜?」
 いったん、組み立ての手を止めたエリィは、疑わしそうに言う。分解したはいいが、組み立てられなくなった、という話はロスト・テクノロジーだけでなく、一般人が家電を分解したときにもよくあることだ。ACを見るのが初めてだったアリスに、バラバラになったACを組み立てる技術があるとは、やはり思えない。
「まっかせてよ!」
 自信満々に言うその手には、分解していたときに握っていた、不思議な作業道具のようなものを持っている。
 あまり信用できないが、お灸を据える意味でも、バラバラになった右腕部の組み立てをやらせてよう。部品を無くしたり、壊したりしたら、どこかでバイトでもさせて金をつくらせて買い足せばいい。組み立てができなければ、少しは懲りるだろう。
 そう考えて、エリィは、アリスに声をかける。
「じゃあ、みぎうでちゃんとくみたててね。こわしたりしたらだめだよ〜」
 言い残して、他の部分の組み立て、及びチェックを始める。


 アリスは、目の前の部品類を一通り眺める。
「さてと、早速始めますか」
 腕まくりして気合を入れ、作業道具を持ち直すと、分解した手順から脳内で描き起こした組み立て手順を、HUD(ヘッド・アップ・ディスプレイ)に映し出し、部品に手を伸ばす。
「ミッション・スタートっ」
 その言葉とともに、作業道具から複数のアームが伸び、極限まで分解された右腕部の部品をを組み立て、復元していく。


「エリィちゃ〜ん」
 半日経ったころ、アリスがエリィを呼ぶ。しかし、整備できる人間が一人で普通に組み立てても、終わるような時間がたったわけでもない。諦めたのか、と顔を向けると……。エリィは、目をこすってもう一度見直す。しかし、やっぱりそこには、見事に復元された右腕部があった。
「嘘でしょ?」
 エリィは、まだ目の前の事象を信じられない。間違いや、欠けている部分がないかと探しても見たが、全てが完璧だった。あまりに驚いて『真面目エリィ』が出てきてしまったくらいだ。
「設計図もなし、知識もなしで、この短時間に、あれを復元したというの? 不可能よ。そんなことができるわけないわ……そう、夢、これは夢ね。早く起きてペンユウ直さないと……」
 半ば錯乱状態で、そんなことを口走る。組み立て時間が短縮されたのは、その優れた作業道具と、自分で描き起こした、組み立て手順のおかげである。細かく、正確な手順と、その手順を同時にこなせる複数の腕があれば、確かにおかしくない工程時間である。しかし、そのことを知らないエリィの反応は、当然とも言えよう。
「う〜ん。私、なんか変なことしたかな?」
 エリィのそんな反応を見て、アリスは首を傾げる。


 結局、エリィが現実逃避に走ってしまったため、残りの組み立ても作業用のクレーンなども駆使して、アリスが行い、驚くほどの短時間で、ペンユウは、復元されたのである。エリィが現実逃避から帰って来たのは、その一部始終を見ていたリンファに説明を受けたときであった。自分の有能さを無意識にアピールした、宿無しアリスは、その有能さを買われ、整備その他を手伝うことを条件に、記憶が戻るまで、リンファ達の家に、居候を許可されることとなる。


「う〜、これって使えないかなぁ」
 アリスの居候が決まって、3週間もしたころ、目の前のホログラフを見ながら、アリスは唸っていた。
「なになに? なにかおもしろいのみつかったぁ?」
 居候生活の中で、アリスは、一般常識でも知らないことがあるが、彼女は、研究職に就いていたと見られ、聞いたことも無い知識を披露することもあった。大体は、詳しく思い出すことができずじまいに終わる。だが、たまに携帯型パソコンの中に残っている設計図の展開用パスワードを思い出し、その設計図をもとに何かを作り出すこともあった。失敗も非常に多かったが。
 失敗だろうが、成功だろうが、その技術と設計思想は、エリィの興味を大いに引くものであったため、何かの設計図が出てくるたびに、二人で顔を突き合わせ、議論などをする光景が見られるようになった。この日も、二人だけの会議が始まろうとしていた。


「んっとね、戦車の緊急展開力、及び緊急回避力増加用の特殊兵装でね。ジェネレーターに直結した特殊ブースターで、とぉんでもない推進力で回避と突撃させよう、ってやつなの」
 ホログラフの設計図の各部分を自在に拡大縮小しながら、各部分の機能を説明していく。ちなみに、アリスは、インターフェース・ジャックから、パソコンと接続しているため、手を使って操作をする必要がない。
「アイデアとしては面白いけど、戦車ではちょっと無理があるんじゃないの?」
 こういった議論のときは、『真面目エリィ』が出てくるのも、いつもの光景となりつつある。
「うん。戦車に搭載したときは、履帯千切れて、砲塔ぶっ飛んじゃったんだよ」
 結局、戦車本体はスクラップ。採用は見送られちゃったんだよね……あれ? どこに採用されなかったんだっけ?
 そんなことを考えつつ、説明を続けていく。
「でね、ACに搭載できたら上手くいかないかな〜、て思うんだけど。どうかな?」
 ACなら、空中で発動させることができると思うし。
 想像をしながら、本当に楽しそうに、問いかける。
「ACに搭載するとなると、肩装備かしらね。でも、ジェネレーターと直結できる配線を追加しないといけないし……」
 エリィもそれにアドバイス、或いは答えを返す。同じ科学者として通じるところもあるらしい。
「じゃあ、コアに直接搭載するとか」
「そうするとしたら、コアの設計からやり直さないといけないから、時間がかかるわね」
「あ、そっか」
「出力そのものも少し抑え目にする必要もあるんじゃないかしら?
制御できない出力では、意味が無いわ」
「う〜ん、確かにそうかも……」
「それから……」
 問題点を解決すべく議論をし、実現に向けて、一歩ずつ前進させる。まさに、研究者の職場そのものである。
「ついていけない……」
 専門用語の羅列になっていく会話に、リンファは、ほとんど蚊帳の外状態であった。


「ねぇ、写真撮らない?」
 議論がひと段落したとき、アリスが二人に提案する。
『なんで?』
 エリィとリンファが声をハモらせて言う。
「うん、私が持ってた物の中に、カメラがあったから。動作確認を兼ねて、ね」
 本当は、それだけが理由じゃない。なんだか、思い出を形に残しておきたかった。今まで、そんなことがなかったから、内心ちょっと不安で、それでも見た目明るく二人の返事を待つ。
「まぁ、いいけどね」
「どんなかめらかきょうみあるから、えりぃもお〜け〜だよ〜」
 承諾の返事に、ちょっぴりホッとしたアリスは、早速準備に取り掛かる。
「よーし、行けぃ。重力制御式浮遊自走カメラ『撮っちゃうんです』!」
 小さなレンズつきの球体を放り投げる。それは、ある高さでピタッと静止して、レンズをこちらに向ける。
「なんだか、今、とてもすごい単語が、聞こえたような気がするんだけど……」
「えりぃもそんなきがする〜」
「気にしなーい、気にしなーい」
 二人の疑問を、ニコニコ顔でさらりとかわす。
「んじゃ、撮るからちゃんと笑ってね〜」
 3人並んで、ペンユウの足元に立つ。そして、いざ撮ろうというときに、リンファが冗談混じりに尋ねる。
「まさか、あのレンズから攻撃用レーザーが、飛び出してくるってことはないでしょうね?」
 アリスは、ちょっと考えると、爆弾発現をする。
「5回に1回くらいだよ」
 彼女の返答に、リンファとエリィは血相を変える。
「ちょ、ちょっと、そんな危ないもの使おうとしたの!?」
「ありすちゃん、じょうだんきついよぉ」
 二人の慌て様子に、ケラケラ笑いながら、
「大丈夫だよ、嘘だもん」
 その言葉に、一瞬時が止まる。
「アリスぅぅぅぅ! あんたって人はぁぁぁぁ!」
「ありすちゃん、ひどいよぉ」
 リンファがヘッドロックを仕掛け、エリィが頬を膨らませて抗議する。そして、狙ったようにその瞬間、シャッターがきられる。
「あはははは」
 アリスは、笑いながら思う。こんな時間がずっと続けばいいのに……。


 次の日。


 3人は、街のガレージ兼パーツショップ兼ジャンク屋を訪れていた。アリスが、いろいろと試作に使って、足りなくなったパーツ類を買い足すのが目的である。しかし、普段は女っ気の無い店に来た、人並み以上の容姿を持つ女性3人は、だいぶ注目を集めていた。3人とも気づいてもいないようだったが、近所では評判の、美人3人娘として有名だった。その3人に向けて、店の主人たるひげ面の男が、声をかける。
「よう、リンファちゃん、エリィちゃん、アリスちゃん。何かお探しかい?」
 すっかりアリスも、顔なじみになってしまった店の親父さんに、3人も軽く手を上げて挨拶を返す。
「そういや、ちょっといい物が入ったんだぜ。見るかい?」
 その言葉に興味をそそられた3人は。
『見る』
 と見事に声をハモらせていた。その返事を聞いて、親父さんは、「こっちに来な」というように顎で奥を指し示し、歩き始める。


 奥の倉庫の扉が開き、そこにあるものが姿を現す。
「これって……!」
 それを見た瞬間、リンファが声をあげる。
「どうでぇ、なかなかのもんだろ?」
 『それ』は、数が出回ってはいるものの、高価で売れにくいため、一般のパーツショップの品揃えからは、外れているため、基本は注文となるものだった。
「でも、こんなものどうしたの?」
「仕事に失敗したレイヴンが、借金の返済のために、捨て値で置いてったんだ。動作は確認済み。パーツ自体も買った直後らしく、ほとんど新品同様だ」
 得意気に言う親父さんの言葉を聞きながら、『それ』を見つめる。
「リンファちゃん、どうだい? 今なら普通の半額にしとくよ」
 その言葉に、リンファの瞳がACのカメラアイのごとく、キュピーンと光る。
 半額ならぎりぎり買えるかも。決定力がいまいちなペンユウに付けられれば、戦力アップは、間違いなし。弾薬費もかからないからお得!
「だめだよぉ、りんふぁちゃん。そんなにつかったら、ごはんもたべられなくなっちゃうよ」
 しかし、エリィの言葉で購入を諦める。欲しかったパーツも、生活には代えられないのだ。
「……親父さん。もう少しよく見てもいいかな?」
 それまで何故か黙っていたアリスが、口を開く。その目は真剣で、雰囲気もどこか鋭かった。親父さんも、そんなアリスに気圧される。
「あ、ああ。構わないが……」
 アリスは、『それ』を仔細に調べ始める。そして、一通り調べるとこう漏らした。
「やっぱり……中核にLSU−99−MOONLIGHTが使われてる。なんでこんなところに?」
 それに反応する、エリィとリンファ。
「LSU? LSのまちがいじゃないの?」
「AC用のレーザーブレードが、ここにあっても別に不思議じゃないんじゃない?」
 エリィとリンファの言葉を聞いたアリスは、かぶりを振って、答えを返す。
「AC用のレーザーブレード?
これは、もともとそんな使い方をするものじゃない。余分な部品がついているみたいだけど、これの正式名称は、『レーザー励起ユニット・タイプ99・ムーンライト』これを円状に配置してレーザーの励起、収束を行い、干渉による大規模なレーザー照射を可能にするためのもの。もっとも、こんな粗悪なコピーだと、本来の100分の1の出力でレーザー励起をすることも、できないでしょうけどね」
 そこまで言って、アリスは我に返る。あれ、どうして、私はこんなことを知っているんだろう? いや、知っていて当然だ。だって、これは……。
「なんでそんなことを知っているの? オリジナルのムーンライトは、明らかに大破壊以前の遺跡の中から見つかった、という話よ。そして、その用途を示す文献も、データも何も残っていなかった筈なのに……」
 エリィの半ば動揺した声に、アリスの思考は途切れ、その思考は、奥深くへと沈んでいく。まるで、思い出されるのを、拒否するかのように。同時に彼女を激しい頭痛が襲う。
「なんで……だろ?」
 その一言を残して、アリスの意識は、闇に沈む。


 ムーンライトの一件の後、アリスは、自分の持つ知識に疑問を持つようになり、たまに一人で考え込むようになった。しかし、どうして知っているのか、を思い出そうとしても、霞がかかるかのように、思い出すことができない。
「私は……一体なんなの?」
 記憶の扉は、まだ開かない。


「廃墟の調査?」
 作業の手を止め、リンファに聞き返すアリス。
 今までは、仕事の話をしてもらったことはなかったのに。
 首を傾げて、先を促す。
「ちょっと違うわね。この都市からちょっと離れた場所に、正体不明の大破壊前の施設跡があるらしいんだけど、その施設跡の確保が依頼内容よ」
 正体不明か、面白そうだね。なんとなく、血が騒ぐよ。
 アリスは、その言葉に興味を抱く。
「それで、先方が、ACハンガーを牽引できる補給用の特殊車両を、足として用意してくれたんだけど、予定していたドライバーが、事故って怪我したから、こっちでなんとかしてくれ、て話なのよね」
 話の流れから予想はできるが、念のために問いかける。彼女は、車両の運転を一通りこなせることが、判明している。
「もしかして、期待されてる?」
 ちょっとの好奇心と、多大な不安をこめたその言葉に、リンファは、ニコニコしながら頷いた。


『いやぁ、助かるわ。ドライバーを雇うために、追加された前金が、丸々収入として残せるなんて、得したわ』
 車両の後ろに牽引されてる、ACで待機していたリンファは、上機嫌。しかし、不満半分好奇心半分で運転していたアリスが、聞き捨てならぬ言葉に反応する。
「そんな話、聞いてない! 黙ってたなんてひどいよっ」
 私に声かけたのは、ドライバーを雇う費用を浮かせるためか。リンファの考えを理解して、頬を膨らませて、怒りを表す。音声通信だから、相手に見えるわけではないが。
『えっと、じゃあ、その分を7:3で……』
 声から不機嫌を感じ取り、慌てて機嫌を取ろうとする。とはいえ、言っていることは、せこかったりする。
「私が、7なら許してあげるよ」
『高すぎよ! 相場だと、追加された分の6割くらいなんだから!』
 そこで、ニヤリとアリスが笑う。
「じゃあ、6:4ね♪」
 しまった、口を滑らせた。
 迂闊な一言で、墓穴を掘ったリンファは、最後の抵抗を試みる。
『で、でも、居候の代わりに、いろいろと手伝うのが、条件だったでしょうがっ』
 しかし、相手もさるもの引っ掻くもの。転んでもただでは起きない。
「整備とかは、手伝うって言ったけど、こういうのは、ただで手伝うなんて言ってないよ」
 あっさりと言い放つアリスに、リンファは、さすがに折れるしかなかった。


 その入り口は、巧妙に偽装され、そこにあることを知っているか、専用の機材でもなければ、発見することすら、不可能だっただろう。山に埋まる、いや、山をくりぬいて作られたと見られる、その施設は、強力なシールドによって、入り口を守られ、侵入者を拒んでいる。
 なんでだろう。私は、ここを知っている気がする。
 そんなアリスの思考をリンファの声がさえぎる。
『どうやら、あたし達が一番乗りみたいね』
 後は、依頼者の企業が送ってくる、調査部隊が来るまで、確保し続けるだけ。それほど長い間じゃないし、なんとかなるだろう。
 リンファは、そう考えていた。
「まだ敵さんも来ないみたいだし、ちょっと調べてくるね〜」
 そう言って、アリスは、施設入り口に近づいていく。いつもと変わらぬ様子で。だから、リンファも気軽に許可を出す。
『あんまり、夢中になりすぎないようにしなさいよ』
「はいは〜い」
 そう手を振って、入り口を開けるための何かを探す。そして、それはすぐ見つかった。
「網膜パターン式スキャンロック……?」
 まさか、開いたりはしないだろうな。だいぶ古そうだしね。
 そう思いつつも、レーザースキャナーを覗き込む。
[ザ……発室室長……リス・A・G・フォウ……認。ロック……解除]
 ノイズ交じりの機械音声と共に、シールドが消え、扉が開く。アリスの脳裏に、何かが閃く。そうだ、私は、ここを知っている。そんな確信とともに、誘われるように、中へと侵入する。


[所属不明部隊確認。AC1、MT5]
「やれやれ、敵さんのお出ましね」
[AC確認。『バーストショット』。MT確認。旧ムラクモミレニアム社製『東雲』]
 どうやら、相当重要な施設らしい。相手は、重武装MT5機とAC1機の混成部隊。MTだけなら大丈夫だろうが、ACはちょっと厄介かもしれない。
「相手の武装は……武器腕グレネードで、肩にもグレネード。破壊力特化のタンク型ね」
 当たらなければ、どうということはない。硬いだろうけど、弾数も多くないだろう。弾切れまで避け続けたら勝ったも同然。まずは、MTを片付けるか。
 不敵に笑って、操縦桿を倒しペダルを踏み込む。


 通路の左右には、扉がいくつかある。だが、アリスはそれを無視して、先へと進む。まるで、行くべきところが分かっているかのように。そして、さして長くもない通路を抜けると、そこには、大型のディスプレイ、操作用のパネル、そういったものが所狭しと設置されている。埃が積もっていて、何十年も人が触れた気配のない。だが、その機能は失われていない。そう、まさに生きた遺跡とでも言うべき状態だった。
「知ってる……私は、ここを知ってる。そんなことあるはずないのに……」
 私は、ここで……。アリスの目に、1体の白骨化した死体が映る。その白衣の胸元のIDカードには、彼女自身の名前と写真。アリスの脳裏に、様々な光景が思い浮かぶ。それは、失くしていた記憶。そして、在ってはならないはずの記憶。
「なんで? 私は、ここに居るのに……」
 声が震える。そんなこと信じたくない。
「私は、ここに居ちゃいけないの? そんな、そんなの嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だぁぁぁ!」
 錯乱したように、叫ぶ。自分の存在を否定する記憶に耐え切れない。誰かにすがりたくて、自分の存在を肯定して欲しくて、通信機のスイッチを入れる。
「リンファちゃん!」


『リンファちゃん!』
 MTを全滅させたはいいが、ACの放つグレネードの弾幕と、その位置取りの上手さに苦戦しつつも、弾切れを誘うリンファの元に、突然、アリスから通信が入る。それも、切羽詰った声だ。
「アリス、何かあったの!?」
 アリスが、これほど取り乱した声を出したのは、聞いたことがない。何かに怯えるような、その声に、リンファは、不安を感じずには、入られない。
『私は……私は、ここに居るよね? ここに居てもいいんだよね!?』
 訳の分からない。それでいて、あまりに真剣なその問に、リンファは、動きを一瞬止めてしまう。それは、奇しくも施設と敵ACとの直線上。そこを狙ったように、放たれるグレネードの一斉射撃。
「しまった!」
 だが、動きが止まったのは一瞬のこと、反射的に操縦桿を倒し、ぎりぎり回避に成功する。しかし――。

『私は!』

 避けられた、グレネードの砲弾は――。

『リンファちゃんと!』

 まっすぐに、施設へと――。

『エリィちゃんと!』

 開いたままの扉に吸い込まれ――。

『ずっと一緒に……!』

 爆発。

 全てを飲み込んだ炎が、入り口から噴出る。
「アリぃぃぃぃス!」
 その声は、届かないだろうとはわかっている。だが、それでも叫ばずにはいられなかった。


























「!……あれ?」
 気がつくと、そこは見慣れた場所だった。
「夢……だったのかな?」
 私――第9期遺伝子改変型頭脳強化人類にして、地球政府特殊兵器開発室室長、アリス・A・G・フォウリー――は、日付を見て、今年が新西暦96年であることを確認する。
「?」
 違和感を感じて、頬に手をやると、微かに濡れた感触。
「なんで、あのまま居ることができなかったんだろう? 夢でも、醒めないで欲しかった」
 力なく呟いて、白衣のポケットに手を突っ込み……そして、違和感を感じて、その原因を摘み出す。それは、エリィ、リンファと共に彼女が写る、1枚の写真。それを見た瞬間、微笑みを浮かべる。
「夢じゃ……なかった!」
 そして、その裏に記してあった、その日付を見て、考え込む。
「あの日々は、未来? いや、未来と近似値を取る、平行世界なのかもしれない」
 リンファ達に、私は今、何かしてあげられないだろうか? 優しい記憶をくれた、彼女達に。その思考を誰かの声がさえぎる。
「室長、ジャスティス・システムの中核、衛星砲『ジャスティス』の1番から17番が完成しました」
 そこにいるのは、眼鏡をかけた優男風の研究員。彼女と同じく第9期遺伝子改変型頭脳強化人類である、イーノック・A・G・フェルドだった。アリスは少し慌てて、涙を拭きながら答える。
「あ、えっと、わかったわ。ところで……」
 相手の方を向くと、思いついたことがあり、問いかける。
「LSU−99−MOONLIGHTのサンプルはあったかしら?」
 それは、あの日々の中で見たもののオリジナルに当たるもの。
「確か、倉庫に1個あったと思いますが……それが何か?」
 携帯型パソコンを起動、あるデータを引っ張り出し、イーノックの端末に転送する。
「そのデータにあるように、材質を変更したコピーを中核に、部品を追加しておいて」
 確認したイーノックは、困惑の声をあげる。
「しかし、この材質では、本来の出力の100分の1にも耐えられませんが……」
 そう、それでいい。いや、そうでなくてはいけない。
「型番は、LS−99−MOONLIGHTに変更しておいてね」
 彼女の頭の中は、思いつきを実現するための手順でいっぱいであった。だから、イーノックがジャスティス・システムの構成図を見ていることに、その目に狂気が、見え隠れしていたことに気づかなかった。


「ここで、大丈夫かな?」
 未来にアイザック・シティが造られるはずの場所から、少し離れた場所にカプセルを設置する。地面に潜り、時が来るまで、ステルスシステムで、その身を完全に隠すことのできる、まさにタイムカプセルとでも言うべきもの。その中には、厳重に封をされたコンテナ。リンファと、エリィに宛てたアリスからのプレゼント。このカプセルは、指定された時が訪れると、『シュヴァルベ運輸』に対する配達依頼を、電波にのせる。カプセルの位置を添付して。後は、そのときが来るまで見つからず、そしてちゃんと配達されることを祈るだけ。他の誰かに見つかったら……見つけた誰かは、不幸になるだろう。コンテナを開けるには、リンファとエリィの二人の指紋が必要となる。無理やり開けようとするなら、反物質生成装置が動作し、半径10km圏内が焼き尽くされることになる。
 どうか、時が来るまで見つかりませんように。


 新西暦106年――ジャスティス・システム設計・管制室


「遂に、ジャスティス・システムが完成するのね」
 もうすぐ衛星砲『ジャスティス』の18番が完成する。衛星砲『ジャスティス』を中核に、優れた兵器によって睨みをきかせて、紛争を抑制し、ときには、管理AIが、紛争を起こす愚か者に対する、裁きを行う。それが、ジャスティス・システムの概要である。これで、平和になるなら、悪魔と呼ばれようと構わない。アリスは、そう考えていた。だが突然、緊急事態を告げる警報が鳴る。そしてそれは、破滅の始まり。


[『ジャスティス』1番から17番、発射まで、後1200秒]
[『トール・ハンマー』『ジャスティス』初弾発射の10秒後に投下開始予定]
 全てを焼き尽くす光が、放たれようとしていた。
「そんな馬鹿な! 管理AIには、まだ接続していないはず。発射の命令は、ここからでないとできないはずなのに……」
 止まれ! 止まれ!
 アリスは、必死に止めようとする。しかし、緊急停止信号を送ろうとするも、信号送信ができない。
「どうして……?」
 その疑問の答えは、意外なところから返された。
「ククク、無駄ですよ。ここの送信用システムは、僕の手の内にある」
 そこには、おかしそうに笑う同僚の姿。
「イーノック……! どういうつもり!?」


「どうもこうも、僕達のことを認めようとしない馬鹿共を皆殺しにするだけですよ。遺伝子をほんのちょっといじっているというだけで、道具扱いするような、馬鹿な人間達をねぇ!」
 遺伝子に手を加えてるから、人間じゃない? 当たり前だ! 腐ってる無能な人間なんかと一緒にするな。僕達は、選ばれし者なんだからさぁ!
 彼の思考は、狂気に染まっている。それは、大きすぎる力に魅せられ、堕ちた者の狂気。『正義』の名を持つその力に、彼は酔っていた。
「まだ間に合うわ。今すぐ止めて」
 その言葉は、彼には届かない。だが、前のアリスならば、賛同していたかもしれない。遺伝子改変型人類は、能力の高さ故に、いわれの無い迫害を受けた歴史を持つ。彼女自身も、その辛さをわかっている。
 だが、世界が終われば、リンファちゃん達との時間も嘘になってしまうかもしれない。そんなのは許容できない。
「さぁ、もうすぐ! もうすぐ全ては終わる! そして、僕達で始めるんですよ……新しい世界を!」
[発射まで、後600秒]
 カウントダウンは、止まらない。彼の狂気も、止まらない。なら、私が止めるしかない!
 アリスは、決意する。
「あなたは、狂っている。あなたなんかに、世界を好きにさせはしない」
 リンファちゃん達のために、世界を潰させるわけにはいかない。
 その言葉に、イーノックは、憤怒の表情を浮かべ、銃を抜く。
「最後のチャンスです。僕のものになるんです! 僕は、あなたのことがずっと好きだったんだからさぁ!」
 アリスの返事は、彼女もまた、銃を抜くことだった。
「あなたなんかと一緒になるよりは、死ぬ方がまし」
 そして、双方が同時に引き金を引く。


 ドサッ。
 倒れたのは――イーノック。彼の眉間には、銃痕。アリスは、ゆっくりと銃を下ろす。
「頭を狙うべきだったわね。狂う前のあなたは、嫌いじゃなかったよ」
 彼女は、胸に銃弾を受けた。即死には至らない、しかし、助かる傷でもない。気力を振り絞り、操作パネルに取り付く。専用の信号送信システムは、使えない。汎用通信システムからでは、緊急停止信号を受け付けない。もう手は無いのか……。いや、一つだけある!
「通信形式をE−330に設定! 送信対象『ジャスティス』1番から17番! 送信内容……『正義は、地に堕ちた』!」
 彼女以外は、誰も知らない特別な手段。彼女が直接手を入れた場所に設置された、反物質爆弾。それの起動コードを、全ての『ジャスティス』に送信する。『ジャスティス』が撃たれなければ、投下型殲滅反応兵器『トール・ハンマー』も落ちることはない。しかし、この方法は、時間がかかる。受信から起爆まで、3分程度かかる。発射までは、残り『3分』、ぎりぎりだ。
 間に合え! 間に合え! 間に合えぇぇ!
 出血と痛みで歪む視界、薄れ行く意識の中で、必死に祈る。


[『ジャスティス』発射]


 祈り空しく、光は放たれる。そして、次の瞬間、17機の『ジャスティス』は、内部から爆発していく。

 ――食い止められなかった。

 ――リンファちゃん……エリィちゃん。

 ――私が、世界を壊しちゃったんだね……。

 その日、世界は、光と炎に包まれる。そして、アリスの命も燃え尽きる。


























「はぁ……」
 リンファは、ため息をつく。あれから1週間。結局、施設跡は、完全に破壊されてしまっていた。中に居たアリスも、生存は絶望的。徹底的に掘り返して調べたが、遺体どころか服の切れ端一つ見つからなかった。まるで、始めから存在していなかったように、居たという痕跡すら見つからない。残ったのは、いくらかの発明品、そして3人で撮った、写真が1枚だけ。
「結局、何者だったんだろう?」
 写真を眺めながら、そう呟く。
 レイヴンなんてやってれば、いや、こんな時代だから、親しい人の一人や二人、死んでいくのは当たり前。今回は、たまたまかなり近い人だった、それだけのこと。
 そんな風に、自分を納得させる。
「りんふぁちゃん。またそれみてたの〜?」
 エリィが、いつもの調子で呼びかける。
「まぁね〜、まだ調子が出なくってね」
「そんなことじゃ、ありすちゃんにわらわれちゃうね〜」
 そんな会話をして、力なく笑いあう。
 こんっ、こんっ。
 そのとき、ノックの音が聞こえる。
「シュヴァルベ運輸です。お届け物にあがりましたぁ」
 どうやら、宅配便のようだ。気だるげにリンファは、立ち上がり、エリィもまた、扉に向かう。


「リンファさんと、エリィさんですね?」
 何故か、確認を取る宅配業者。
「そうだけど……? なんでそんなこと聞くわけ?」
 気の乗らない返事を返すリンファ。なんだか、本人であるか疑われているようで、腹も立った。
「いえ、実は、この荷物を配達するときは、必ず本人達か確認するように、という条件がつけられてまして」
 変な条件もあったものだ。まるで、そこにいるかどうかの確証がないみたいだ。住所も名前も知ってるのに、配達するときに、確認するなんて……。


 運びこまれた荷物は、それなりに大きなコンテナだった。差出人の名前は無い。開封の条件は、指紋照合式。かなり厳重に封をされている。そして、何よりだいぶ年月を経ているように見えた。見るからに怪しい。だが、エリィが調べたところ、罠らしきものも、爆発物らしき反応もない。
「じゃあ、いくわよ」
「せ〜のっ」
 そして、コンテナの扉が開く。中には、LS−99−MOONLIGHTが鎮座していた。
「一体誰が?」
「りんふぁちゃん!」
 エリィが『それ』を見つけて、声をあげる。
「これみて、これ!」
「これは……!」
 それは、風化、腐食防止のために、特殊な樹脂の中に沈められた写真。3人で撮った思い出の1枚。そして、もう1枚、アリスを中心に研究者らしき一団が写っている写真。場所は分からない。だが、その撮影年の部分を見ると、そこには“新西暦96年”と書かれている。
「あは、あははは、アリス生きてたんだ」
 おかしそうに笑いながら、リンファは呟く。
 なぜ、過去なのかは、分からない。だけど、少なくとも、何時か、どこかで生きている。それだけで十分だった。
「でも、この日付から考えると、アリスちゃんは、大破壊に巻き込まれたかもしれないわね」
 『真面目エリィ』が少し不安気に言う。大破壊は、一時的に、人類のほとんどを死に至らしめた大事件。巻き込まれたなら、生き残れる可能性は、かなり低い。
「そっか……でも、大丈夫よ。アリスならきっと、上手く生き延びてるに違いないわ」
「そうね、そうだと良いわね」 
 彼女達は、知らない。アリスが大破壊への引き金を、引いてしまった一人であることを。世界の平和を望み、その望みはかなわず、破壊を招いてしまったことを。そして、命を散らせてしまったことを。
 だが、たった一つ、未来に馳せた彼女の想いは届いた。時を越えて、友人の元へ。


THE END.