あれから1週間がすぎた。
 『メール来てるよ〜』
 ユーミルの部屋のAI・シマリス君が可愛い声でそう告げる。
 「あれ?誰だろ…」
 ユーミルがおぼつかない手つきで、メールをチェックする。
 どうやらCPUとは相性が悪いようだ。
 「依頼…ビリーからだ」
 早速再生すると、普段のビリーを知っているものが聞いたら耳を疑うようなフレンドリーな声が流れ出した。
 『やあ、ユーミル。早速だが、依頼を受けてもらいたい。内容は研究資料の奪還。場所と概要は送ったデータに説明されている。報酬の80000COMは既に君の口座に振り込んでおいた。戦闘が予想されるが、敵はせいぜいMTが数機。君の腕なら問題ないだろう。それじゃあ、よろしく頼むよ』
 ユーミルは同封の資料にざっと目を通すと、ガルドの部屋に向かった。
 「ガルド〜、仕事だよ〜」
 ガルドの部屋の前で叫ぶ。
 反応が無い。
 「いないのかな?」
 しかし、彼がメールもチェックせずに外出するなど考えられない。
 ということは、ビリーはガルドにはメールを送らなかった事になる。
 前回の会話からすれば、おかしくない事だが―――ユーミルにはそれを理解する事は出来なかった。
 「仕方ないなあ…」
 そう言って、通信端末でガルドを呼び出そうとするユーミルだが―――
 「ま、いっか。どうせMTだけだって言ってたし」
 やめた。
 この前孤児院に行っている時、気を使って呼び出さないでくれたのを思い出したのだ。
 折角出かけているのに、わざわざ呼び戻す事は無い、と考えたのだ。
 彼女なりに気を使った結果だったのだが、それが仇になってしまうとは、この時点では誰も予想していなかった。
 ユーミルは1人、ガレージへと向かった―――



 第4話「漆黒の刺客」



 作戦領域は今は使われていない工場だった。
 どうやら、そこで資料の引渡しが行われるらしい。
 「MT…かな?全部で5機かあ…」
 ユーミルは、インフィニティア・サーチャーで出撃していた。
 武装はビームマシンガンに、ビームキャノン。
 MT5機相手には、充分だ。
 資料は破壊して構わないと、ビリーは言っていた。
 なら、無駄な戦闘はせず、資料を破壊してさっさと離脱するのがいいだろう。
 「じゃ、行きますか!」
 ユーミルはOBを発動、一気にMT―――そして資料に接近した。
 通り抜け様にビームキャノンを資料に放ち、木っ端微塵に破壊する。
 「な…レイブン!?」
 MTのパイロットが驚愕の声を上げる。
 その時には既に、ユーミルはMTの射程外に離脱していた。
 「資料を破壊された!?」
 「く…レイブンめ、せめて撃破してやれ!」
 「ダメだ!こっちはMT5機、すぐにやられちまうぞ!引き揚げだ!」
 

 
 インフィニティアは、廃工場の入り口近くまで来ていた。
 「今回は簡単だったけど…何か、簡単すぎる気がするなあ…」
 ユーミルがいくらレイブンに向いていないとはいえ、この仕事が80000COMの仕事にしては難易度が低すぎると言う事は、流石に理解できた。
 「ま、いっか。これが濡れ手に泡って奴だね」
 良くないと思う。
 というよりも何故、そんな言葉を知っている?
 「あれ?レーダーに反応?1つ…2つ…3つ…こっちに来る!」
 サーチャーはレーダー範囲がかなり広い。おまけにステルスセンサーも備えている。
 よって、サーチャーが敵を見逃すと言う事は、ほとんど無いのだ。
 「相手がACだったら…ちょっと困るかも…」
 サーチャーの戦闘能力は、基本的にはそれほど高くは無い。ユーミルのパイロット能力と
機体に内蔵されている"ある装置"のおかげでMTや並みのACなら充分戦えるのだが、相手が複数のACともなると分からなかった。
 相手の腕や機体性能にもよるが―――
 「来る…そこっ!」
 ユーミルがビームマシンガンを放つ。
 それは物陰から姿を現した、"何か"に命中する。
 小さな爆発とともに、レーダーから光点が一つ、消えた。
 「え…ダミー?そんな…」
 ユーミルは流石に驚いた。
 ただのダミーであれば、そこまで驚きはしない。
 しかし、自分で動くダミーなど、見たことが無かった。
 「って言う事は…」
 レーダーの光点は、いつの間にか5つに増えていた。
 この中のどれかが敵ACで、他は全部ダミーなのだ。
 「……ひきょうもの…」
 ぼそりと呟くユーミル。
 レーダーを見ると、既に周りを囲まれている。
 隠れる場所には困らない。
 「どうしよっかな…」
 このままOBで逃げ切るか?
 しかし、いきなり狙撃されるのは困る。
 だからと言って、このまま敵になぶられるのはごめんだ。
 「よしっ!」
 ユーミルがOBを発動させようとした、その時だった。
 突然の光。遅れて衝撃がやってくる。
 刺客から放たれた攻撃だった。
 OBを発動しようとした一瞬の隙を突かれたのだ。
 「くうっ…」
 何とか機体を立て直そうとするユーミルだが、それが出来なかった。
 「え…ええええっ!?」
 いまの一撃で、ACの左足が吹き飛んでいる。
 とんでもない攻撃力だった。
 「さっきの攻撃、たった1発で…」
 直撃を食らえばただではすまない。
 しかし―――片足を失ったインフィニティアは、既に機動力を半分以上に減じている。
 (どうしよう?困ったなあ―――)
 深刻な表情の割には、あまり考えている事は深刻そうには見えないが。
 取り合えず、ビームマシンガンを構える。しかし!
 再度死角から、敵の攻撃が来た。
 今度は実弾ライフルだ。ビームマシンガンが爆発し、右腕も巻き添えに消し飛んだ。
 「きたない手使って…そんな事しないと勝てないの〜!?」
 挑発するように、外部音声で叫ぶ。
 せいぜい余裕たっぷりの声を出したつもりだが、機体がこんなでは説得力が無い。
 それに、彼女自身内心では余裕などとっくに失っていた。
 せめてサーチャーでなければ何とかなったかもしれないが―――
 どちらにせよ、分かっている事は一つ。
 このままでは、やられる。
 既に戦闘能力を失ったと思ったのか、敵はゆっくりとその姿を見せた。
 漆黒のAC。
 所々に黒ずんだ赤が入っている。
 「余裕ってわけ?」
 ユーミルは何とか機体を立て直した。片足がないので、ブースターで宙に浮いて、だが。
 左肩のビームキャノンを向ける。
 「これなら!」
 その攻撃を、漆黒のACはいともあっさり、横によける。
 しかし、それはユーミルの狙い通りだった。すでにOBは発動している!
 漆黒のACの横をすり抜ける形で、OBを発動させたインフィニティアが疾走した。
 「よし、逃げ切った…って、追っかけてきてる!?」
 インフィニティアの少し後ろから、OBを発動させた漆黒のACが迫っていた。
 「し、しつこい…」
 次の瞬間、右のOBが火を吹いた。
 「!?」
 被弾したらしい。
 インフィニティアはバランスを失い、とんでもないスピードで地面に叩き付けられた。
 「きゃああああああっ!!!」



 ゆっくりと大破したインフィニティアに歩み寄る、漆黒のAC。
 とどめを刺そうとしているのか、ゆっくりと両肩のキャノンを向ける―――
 しかし。
 「おらああっ!!」
 突然、漆黒のACめがけてグレネードの一撃が放たれた。
 後退し、その攻撃をよける漆黒のAC。
 その攻撃を放ったのは、ガルドのケイオス・マルスだった。
 「俺の相棒をやろうとはいい根性してるじゃねえか!」
 再度グレネードライフルを放つガルド。
 漆黒のACはその攻撃をよけると、ここでこれ以上戦う必要を感じなくなったのか、 そのままOBを発動させると、反対方向へ飛び去っていった。
 「ったく、黙って出て行きやがって…ユーミル、無事か?」
 だが、返事はない。
 「おい、ユーミル?ユーミル、大丈夫か!?」
 慌てて、ACから降りてくるガルド―――
 「ユーミル、無事なら降りて来い!ユーミル、聞いてるのか!」
 しかし、インフィニティアのコクピットは、いつまでたっても開かなかった―――