アーマードコア リグレット  斯く美しくも狂った世界


「――で? 何か言い訳はあるのか?」
薄暗いガレージの中の小さなデスク。
そこで、二人の男女が向かい合っている。
年は22〜3といったところか――その男は、淡々と、しかし厳しさを孕んだ声で言った。
「何のことです? 私にはさっぱり……」
その向かいに座っている女――これも、20代前半、ひょっとしたら10代かもしれない――は、穏やかにのたまった。
「こ、この期に及んで――まぁ、いい。なら、これは一体何なんだ?」
男はこちらも穏やかに――今にも掴みかかりたいのを必死で堪えているような、そんな穏やかさではあるが、言い、懐から一枚の紙を取り出し、女へと突き出した。
「何です? これ……」
女は極めて冷静に見えるように取り繕いながら、言った。
「この不自然な入金。オペレーターなんかが一日で稼げるような金じゃない。それが一日だけじゃない。何度もだ。で――何故かそれが、俺の報酬の入金時期と、重なってるワケだ。コレはどういうことだ?」
男は勝利を確信したかのような笑みを、なんとか押さえ込みながら、問い詰めた。

が、女は鞄から封筒を取り出し、その中身の数枚の写真を男に突き出した。

「なッ……」
それを見て、男の表情がこれでもか、とばかりに引きつる。

立場逆転

「あ、今奪っても無駄ですよ? ネガはちゃんと、私が保管してますから」
「…………」
男はその写真を手に取りながら固まっている。
「ユーリさん、これ見たらどう思いますかね?」
「……それはやめてくれ…………いや、やめて下さい」
ぼそりと、男は呟いた。
「じゃあ、これ以上私を煩わせないでくださいね。

男は呻き、そのまま苦悶の表情を浮かべて押し黙る。
「あ、そうそう。ミラージュから、依頼が一つきてましたよ」
女は言ったが、男は黙殺する。
「明日の正午に、ミラージュの室内演習施設ですからね、遅れないようにしてくださいよ。遅刻なんて、トップランカーの看板に泥を塗るようなことはもうやめて下さいね」
「ちょっとまて、ミュイ……」
「何か問題でも?」
女――ミュイ・シーゲルは冷やかに言った。
「なんでもう、その依頼受けるの確定なんだ? オイ」
「だって、試作実験機のテストへの協力だけで、300000Cですよ? 見逃す手はないじゃないですか」
「イヤ、それあからさまに怪しいだろ!! っつーか、俺のスケジュールとか、全然そういうこと考えてないだろ」
男はデスクを叩いて立ち上がり、ミュイのほうへと乗り出した。
「――いいですか?」
ミュイは呆れたように呟き、
「所詮、レイヴンとしての貴方なんて私の傀儡なんですよ? 貴方は私の言うとおりにしていればいいんです」
「んなッ――」
「社会的に抹殺されたくなければ、私の言うことを聞いていることをお勧めしますよ、ゼロフィニ」
ゼロフィニはもう何も言えない。

社会的に抹殺――どうしようもなく馬鹿げた言葉だが、この女ならば、それもできそうな気になってくる。とても逆らえるものではなかった。
「では、遅れないでくださいね」
ミュイはそう言い残しながら、ガレージから出て行った。

ゼロフィニは、呆然としてその場で立ち尽くしていた。





広い――アリーナよりもふたまわりほど大きいだろうか、ドームの中に、一機のACがぽつんと立っている。
肩にはレーダーとマイクロミサイルを積み、腕にリニアライフルとマシンガンを装備した中量2脚ACだ。

「ではレイヴン、戦闘データ採取のため、5分間、こちらの用意した試作機と戦闘してくれ。本気でやってくれなくては意味が無い。故に、報酬はそちらが勝ったとき、または5分間戦闘を続けられたときのみ払わせてもらう。では、頼んだぞ」
「了解」
通信機からミラージュのオペレーターの声が聞こえると同時に、ドームの中央付近の床がせり上がり、中から赤い、巨大なブースタらしきものを背負った機体が現れた。
見た目はACに近いが、腕部に武装らしきものは無く、各所の間接などにも不自然さが目立つ、奇妙な機体。それに一回り大きい。
肩や股間には、数字の9の形――といういより、ビリヤードの9の玉か?――をした、エンブレムらしきものがある。
「では、テストを開始する」






「なに、侵入者だと? 地上部隊は何をしていた!!」
基地指令、マグナス=グラードンは苛立たしげに言った。
「い、いえ。それが、地下の電力施設を経由してきたようで。セキリュティシステムも殆どが無力化されていたようです…………」
オペレーターの一人が、慌てた様にまくし立てる。
「どうしましょうか。今からでは、MT部隊では間に合いませんが――」
「何のためにレイヴンを3人も雇ったのだ。一番近いレイヴンを、そっちに向かわせろ。あと、念のためにMT一個中隊をまわせ。テストはこのまま続行する」
「は、はい!!」
全く、こんな時に。
狙いがアレだというのは間違いない。
しかし……あのルートを知っていて、なおかつセキュリティの解除キーも知っていたとなると――
「内通者――か」
マグナスは苦々しげに呟いた。





「ここまでは順調です。急いでください、もうテストは始まっているでしょう」
「了解」
近接戦闘用に特化された軽量四脚ACグリムゲルデを駆るレイヴン、パイルホースは、機械的で無機質な声で呟いた。
今までは特に妨害を受けることも無くやってこれたが、このままで終わりはしないだろう。
依頼内容は試作機の破壊とのことだが、それだけにしては報酬は破格だった。
「でも、ミラージュの人間が、ミラージュの基地への侵入を依頼するなんて……」
少々気になる。

が、そんな事を考えている暇は無い。
レイヴンに求められているのは、ただ依頼を完遂することだけだ。
企業の内情などは、どうでもいいのだ。
「時間が無い、か」
グリムゲルデは、なおも地下通路を進み続ける。




「レイヴン、ACが一機、そちらに向かっている。報酬は上乗せしよう、テストに影響の出ないよう、速やかに撃退してくれ」
「了解」
重火器を満載した中距離戦型重量2脚AC、涅槃を駆るレイヴン、グリュンロッテは、鷹揚に頷きながら言った。
――だが、上でやっている試作機のテストというのは、一体どういうものなんだ?
敵が来るかどうかすら分からないというのに、あの報酬。その上さらに報酬を追加するなど、異常極まりない。
そこまでして守りたいモノというのは、一体……

いや、止そう。
レイヴンとは、依頼を忠実にこなすだけの存在。
余計な詮索は無用だ。
そう、極端な話、企業がどうなろうと、どうでもいいのだ。
「ん? 敵か……。よし」
涅槃は、なおも地下通路を進み続ける。







「では、テストを開始する」
オペレーターが告げた途端、その赤いACは機体の各所を稼働させ、変形。凄まじいスピードで舞い上がり、大量のミサイルを撒き散らしながら飛行した。
「可変型か? チッ……!!」
ゼロフィニは、愛機インシェント・ロアを左右に振り動かしながらブーストで後退、デコイを散布。敵ACの放った垂直ミサイルを全て回避した。

同時にOBを起動させる。
その間に、ACはインシェント・ロアの背後に回り込んで元の人型に戻り、腕部のパルスキャノンを3連射してきた。
「速い……」
接近戦は危険と判断し、OBで一気にACから離れてパルスキャノンの火線から逃れ、リニアライフルとマシンガンで反撃する。

が、命中したのはマシンガン数発だけで、あとは全て、飛行形態の機動力によって回避された。

再び放たれるミサイル。

マイクロミサイルのロックを途中で諦め、デコイを散布。その後再び武装をミサイルに変更し、発射。

5発のミサイルが、ACを追尾。二発は振り切られ、ドームの外壁に接触したが、残りは命中。が、さほどのダメージは与えられなか
たのだろう。飛行形態のまま真正面から突っ込んできた。

それを迎え撃つ形で三連射したリニアライフルもギリギリでかわされ、チェインガンの掃射を受ける。

無数の弾丸が、インシェント・ロアの装甲を削る。

「クソッ、一方的じゃないか!!」

こちらの攻撃は殆ど効いている様子が無い。

しかし敵の攻撃は少しずつだがこちらに命中している。

こんなヤツが量産されでもしたら――

そう考えると、ゾッとする。


と。気がつけば、再びACは視界から消えている。
「しまっ――」
背後からパルスキャノンの斉射を食らい、激しく揺れる機体。
ブースターを噴かして飛び上がりながら旋回し、マイクロイサイルを発射。

全弾直撃。
勢いづき、リニアライフルとマシンガンも発射。
OBを起動すると同時に、飛行形態になって突っ込んでくる敵AC。

降り注ぐ垂直ミサイルを、発動したOBで回避。
一発被弾したが、さして問題では無い。

少なくともテストでは。






扉を開けると同時に、目の前に迫るグレネード弾。
「――ッ!!」
ブレードから放った光波で、それを迎撃。
爆風を受け、いくらかのダメージはあるだろうが、直撃でなければ、いかに軽装甲のグリムゲルデであろうとACだ。損傷は軽微のはず。問題ない。
ブースターを噴かしてその部屋の中に飛び込み、OBを起動。部屋の中にいる重量2脚ACを飛び越え、TBで旋回。後ろをとる。
『貴様……パイルホースか!?』
相手のレイヴンの焦燥に満ちた叫び。
『だ、だが、ここはアリーナとは違う!! そんな武装で何ができる!!』
敵機も、TBを使って回転し、グリムゲルデを正面に捕捉する。

そう、グリムゲルデの装備は、TBと射突型ブレード、そしてレーザーブレードだけ。
およそ、実戦向けの装備と言える物ではなかった。
「それがどうした? 私の力量の方が勝っていれば、そんなものは何の意味も持たないだろう?」
パイルホースは嘲るように笑うと、再びOBを発動させ、涅槃へと突っ込んでいく。
「ふ、ふざけるなァ!!」
怒号とともに放たれたバズーカとガトリングガンの攻撃を、直前で強引に横に軌道を変え、回避。OBを停止し、左右に機体を振りながらブーストダッシュで敵機へと近づく。






敵ACの周囲を旋回し、撹乱する。

火線は激しいが、ただ激しいだけだ。

まともに狙いもつけていない攻撃が、このグリムゲルデに命中するはずが、無い。

機体ダメージは殆ど無いが、ぐずぐずしてもいられない。
そろそろ先に進まなくてはいけない。

OBを発動。

敵機の弾幕が消える。

弾切れか? なら都合がいい。

「さようなら」

そして、右腕にマウントされた射突型ブレードの先端が、敵ACのコアを捉え――






「クソッ、クソッ、クソッ、クソーッ!! なんで当たらない!?」
ロケット砲もバズーカもガトリングガンも、尽く回避される。
近づこうにも、機動力の差からそれすらできない。
「畜生、これがトップランカーだってのかよ!?」

真正面から、OBで突っ込んでくるグリムゲルデ。

弾薬が尽き、空回りするガトリング機構。バズーカも、トリガーを引いても一切反応がない。

「こんな――」

OBの勢いに乗せて繰り出された射突型ブレードは、涅槃の重装コアの装甲をも容易く貫き、コックピットへと到達。先端部分の孔から噴出された高温、高圧のガスの奔流に呑まれ、グリュンロッテの身体は跡形もなく消滅した。









弾切れになったマシンガンをパージし、ハンガーユニットからブレードを取り出す。
――あまり役に立つとは思えないが。
「だいたいあと1分、ってところか」

中距離から放たれるパルスライフルを回避しながら、少しずつ後退していく。

すでにこいつを倒すなんて事は諦めている。先ほどからあれだけ撃ち込んでいるのに、まったく消耗している気配が無い。

それに――これは実戦ではない。テストだ。

飛行形態で後ろに回りこまれても、無理に反撃しようとせず、回避に専念する。

「なんなんだろな……こいつは」

気がつけば、残り時間は10秒足らず。

「ふぅ……ようやく終わりか」

5分間をここまで長く感じたのは、アーカイブエリアでのクレスト主力部隊の陽動作戦の時以来か。
あの時は本気で死ぬかと思ったものだが……
そんな事を考えながら、降ってきたミサイルをデコイで誘導し、回避。

その時、


『そこのAC、それから離れろ!!』
ボイスチェンジャーを使ったとすぐに分かるような無機質で機械的な声。
見ると、ドームの外周に向かい合うようにして設けられたゲートのひとつから、一機の4脚ACが飛び込んできた。
「なに……?」
見覚えのある機体だ。グリムゲルデ――アリーナ5位ランカー、パイルホースの駆る、ブレードしか装備していないというふざけたACだ。

それはOBで赤いACに肉薄。突き出された射突型ブレードが、そちらを向いた赤いACの胸部へと直撃。

勢いよく吹き飛ぶそのAC。
が、それでも目立った損傷は見受けられない。
「お、おい!! いったい――」
呼びかけようとして、

『ターゲット確認………………排除、開始』

唐突に聞こえたその声の主が、最初は分からなかった。
しかしやがて、それが目の前のACから聞こえたものだと理解する。
「レイヴン、試作機が暴走した!! こちらからでは制御できない、ただちに破壊してくれ!!」

「な…………に?」

それは飛んだ。
しかし、今までの比ではないスピードで。
ACの旋回性能で捕捉できるレベルではない。
「それ見ろ……やっぱりロクな目見ないじゃないか!!」
こんな依頼を受けたミュイを呪いながらゼロフィニは、目の前の4脚ACめがけて飛ぶそれを、OBで追いかけた。





迫り来る試作機――依頼主は確か“セラフ”と呼んでいたか――に向けて光波を射出。それを受け、“セラフ”は一瞬怯む。


OBで横を通り過ぎていく2脚AC。
確か、アリーナトップランカー、ゼロフィニの機体。インシェント・ロアとかいったか?
「待て、近づくのは危険だ!!」
刹那、インシェント・ロアのコアを、“セラフ”の右腕から伸びたブレードが切り裂く。
「――ッ!! それ見たことか」 

が、インシェント・ロアは左腕から繰り出されたブレードの第二撃を自分のブレードではじき返し、リニアライフルを撃ち込んだ。
「生きてたの?」
驚きから、口調がいつも通りに戻ってしまった。
「悪かったな、生きてて。悪運だけは強いんでね」
再び変形してチェインガンを撃ちながら突っ込んできた“セラフ”をかわし、光波を発射する。
「――とはいえ、くそっ。ダメージが大きすぎる。そう長くは持たないな」
と、その時、入ってきたのとは反対側の扉が開き、数機のMTが現れる。
「何をしている!! 早くゲートを――」
ミサイルとチェインガンの掃射で、瞬く間に全滅するMT。
そしてそこからドームの外へと出て行く“ナインボール・セラフ”。

「追ってください!! あれが放たれれば――」
通信機から依頼主の悲痛な叫びが聞こえる。
「了解」
その声音に並々ならぬものを感じ、自然と、力が入る。
OBを起動させ、全速力で“セラフ”を追う。





『レイヴン、すぐに“セラフ”を追ってくれ!!』
オペレーターは、多分に焦りを含んだ声で叫んだ。
「りょ、了解!!」
セラフ、というのはあの試作機のことなのだろう。
OBを起動させ、全速力で“セラフ”を追う。









地上は、すでに地獄だった。
“セラフ”は対空砲の火線を巧みにすり抜け、次々と飛行型MTや戦闘機を落としていく。
幾つもの残骸の中には、ACだったと思しきものもある。

すでに基地のあちこちに火が回っており、武器庫らしき施設が爆発。付近の倉庫に、次々と誘爆していく。
「これは……」
呆然と立ち尽くすしかなかった。
やがて、“セラフ”はそんな自分たちを嘲笑うかのように飛び去っていく。


後に残ったのは、絶望的な破壊の爪痕だけ――

「任務……失敗、か」
嘆息し、呟く。
「畜生、なんで――こうなるんだよ……ああ?」
どうも、面倒なことになりそうだ。

確証の無い予感が、脳裏を過ぎった。

そして多分、それは当たるのだろう。

昔から、勘はいいのだ。







「えっと……ゼロフィニさんはいらっしゃいますか?」

女の声。
突然の来訪者に、かおをミュイと見合わせる。
「一応念のために言っておくが、今お前が想像しているであろう関係ではないぞ。絶対。間違い無く。断固として」
小声で囁く。
「あら? そうなんですか」
ミュイはそう言いながら肩をすくめ、立ち上がった。
「どこに行くんだ? 話はまだ――」
「だって、お邪魔でしょう?」
それだけ言うと、不気味な笑みを浮かべながらガレージから出て行こうとする。
「いや、ちょっと待て。やっぱりお前――」
追いかけようとした時、
「あの……」
「あ、えーっと……どちら様でしょうか?」
年の頃は10代後半から20代前半といったところか。
白のワンピースを着たブルネットのロングヘアの女。顔だちは整っているが、その青い瞳には、何かが欠けているように見える。それが何かまではわからない。漠然とそう感じただけだ。

間違いなく――自分の記憶力に絶対の信頼を寄せるという前提があってのことだが――知らない顔だ。

「ふふ、やっぱりわかりませんか。ですよねえ」
女は楽しげに笑い、言った。
「でも、パイルホース、って言えばわかるでしょう?」
「なん……だと?」
途端、ゼロフィニの表情が一変した。
「強化人間風情が……何の用だ」
冷たい、冷たい、眼差し。
見下すような、嫌悪するような、複雑な、しかし好意的なものでないことははっきりとわかる、眼差し。
しかしそれでも、女――パイルホースは愉快そうに笑う。
「あら、やっぱり変な人。自分も強化人間だっていうのに、強化人間を嫌ってる。矛盾してないかしら」
「――ッ!!」
ゼロフィニは徐に拳銃――一年ほど前アンティークショップで衝動買いしたリボルバー式のクラシックモデルのレプリカ――を、嘲るように嗤ったパイルホースの眉間に突きつける。
「俺を馬鹿にしてるのか? 死にたくなけりゃ、とっとと失せろ!!」
そのまま引き金を引きかねない勢いでまくし立てるゼロフィニ。
静寂が、一瞬場を包む。
「冗談よ……。ごめんなさい、ここまで怒るなんて思わなかったの。そう……今日は、別に喧嘩を売りに来たわけじゃないわ。だから、そんな物騒なものをこっちに向けるのはやめてくれないかしら?」
「……じゃあ、なんだ?」
押し殺した声で――突きつけた拳銃はまだそのままに――言った。
「挨拶と、それに謝罪」
「…………謝罪?」
多少訝りながらも、ゆっくりと銃を下ろすゼロフィニ。
「あの依頼の後、ちょっと貴方のこと調べさせてもらったわ。なんとなく興味があって、ね。で……愕然としたわ」
パイルホースはそこで一拍置き、
「貴方を強化人間にしたのは、私の一族なの」
言った。
あまりにあっさりと言ってのけられたため、一瞬、全く意味がのみこめなかった。
しかし、その意味に気が付くにつれて、徐々に怒りが込み上げてきた。
が、それをぶつける前に、パイルホースは続けた。
「私の家は、代々レイヴンの家系だった。アリーナ上位ランカーも何人もいたわ。私のレイヴンネームだって、その一人からとったの。でも、その影にはたくさんの犠牲があった――当然なのかも知れないけどね。独自の強化人間技術を確立するために、幾度と無く人体実験を繰り返して……。殆どは失敗だったわ。でも、その中にも幾つかの成功例はあった。そのうちの一人が、あなたってこと」
「……じゃあ、俺はお前らの勝手な都合で、こんな風にされたってのか!?」
怒りを露にし、再び銃を――
「そうね。でも、私だって強化人間の力なんて好きじゃないの。だからあんな機体に乗ってるんだし。――ようするに程度問題。貴方は私より強化人間の存在を忌んでいて、私は貴方ほどにはそれを忌んではいない。それだけでしょう?」
自嘲気味の笑みを浮かべながら、パイルホ−スは言った。






ゼロフィニは正直困惑していた。
その原因が、こんな少女がパイルホースであったという事なのか、それとも――

突然流れる軽快な電子音。

自分の携帯の着信音だ。
ちょっと待ってくれ、とパイルホースに断り、ガレージの隅に移り、コンクリート壁と向かい合ったまま通話ボタンを押す。
「ユーリか? どうしたんだ?」
『あら……久しぶりに電話してきた恋人に、どうしたんだ、なんて酷いじゃない、クリス」 
と、ゼロフィニは少し顔をしかめ、
「名前で呼ぶのはやめてくれ。何度言えばわかるんだ?」
多少ムッとしながら言った。
『いいのよ。私にしてみれば、あなたはいつまでたってもあの時のまま、泣き虫のクリス坊やなんだから』
電話の向こうで、ユーリが可笑しそうに笑う声が聞こえる。
「ッたく……。で? ホントに何の用なんだ?」
『ホラ、今までやってた研究が一段落してね。来週の日曜日に休みがとれそうだから、久しぶりにどこか連れてってくれないかな、ってね」
来週の日曜は確か――
「悪い。依頼でその日は丸一日留守だ」
『今から破棄するとか、できないの?』
「ああ。一応、仕事だからな。そう簡単にはいかない」
『……どうしても?』
「いまさら無理だ。俺にもレイヴンとしての面子があるんだよ」
内心苛立ちながら、それを押し殺して答える。
同時に、ユーリがこんな強引な態度をとることに困惑すらしていたのだが。
『そっか…………。ごめんね、変なこと言っちゃって』
途端に、ユーリの声が沈んだ。
「あ、や、いや、そう……あれだ。再来週。再来週の日曜日なら、多分、いや絶対空いてる。その前日にアリーナで試合があるから……」
一瞬、気まずい沈黙が流れ――
『まあ、いいわ。それで許したげる。……でも、そうね。それならしっかり奢ってくれなきゃね』
その声には先ほどの沈痛さなど微塵も無く、明るい、いつも通りの声が聞こえてくる。
「ったく、なんだよ。はぁ……心配して損したか?」
『あ、何よそれ。ちょっと酷いんじゃない?』
「ああ、ごめんごめん」
憮然とした声で講義してくるユーリをあしらい、笑った。
『――っと、もうこんな時間。そろそろ、仕事戻らないと』
「ん、ああ。じゃあ、また」
言いながら電話を切り、胸ポケットへと突っ込む。
ちらりと後ろに目をやると、パイルホースは所在無げに立っている。
「あ、終わりました? 電話」
パイルホースは目敏くそれに気付き、近寄ってくる。
「ま、まあな。…………で?」
「で……って言われても、ねぇ?」
ねぇ……って言われても、なぁ?
「ああ、もう、帰ってくれないか? そろそろ依頼の時間なんだ」
「……じゃあ、また今度来ますね」
来なくていいよ。
「アリーナでは手加減しませんよ?」
それはこっちの台詞だ。
それだけ言うとこちらに背を向け、ガレージから出て行った。

「ふぅ……」
嘆息し、近くにあった椅子に座る。
……なんだったんだろうなぁ、一体。
「どうして、嘘なんて吐いたんです?」
突然の声。
見ると、ミュイがひょっこりと愛機、インシェント・ロアの影から顔を出す。
「お前、盗み聞きしてたのか……?」
拳を握り締め、ミュイへと問い返す
「質問に答えてください。なんで、嘘を吐いたんですか?」
「面倒になった。それだけ――」
「ちゃんと答えて下さい。それだけだったら、普通に帰ってくれって言えばいいじゃないですか。なんで依頼があるなんて嘘まで吐いたのか、と私は訊いてるんです」
真剣な顔で問い詰めてくるミュイ。
少し驚き、やや迷った挙句正直に答える。
「……辛くなってきたんだよ、あいつと向き合ってるのが。帰れっていうのも、言いにくかったし……。ホント、それだけだ」
「そうですか」
どう思ったのかはわからないが、ミュイは嘆息した。
「ああ、それとあなた、嘘が下手ですよ。嘘を吐くとき必ず――」
「目が少し、左斜め上42度あたりに動く……だろ?」
そう言うと、ミュイは少し驚いたような顔をした。
「あら、知ってたんですか?」
「なぁ、自分の欠点を把握してるってのはいい事なのか?」
なんとなく、尋ねてみる。
嘘が苦手であることが欠点なのかはわからなかったが。
「欠点が無いことが最良でしょう?」
予想通りの答えが返ってきたことに満足すべきなのか、それ以外の答えを得ることができなかったことに落胆すべきなのか。

自分には、わからなかった。





「……ふぅ」
ディスプレイから目を上げ、椅子の背もたれへと体重をあずける。
そして、テーブルの上のカップから、すでに冷え切ったコーヒーを一口啜る。
成すべき事は全て成した。

遠くで聞こえる破壊音。窓の外は赤一色。

「あれで、よかった……。そうでしょう?」
自分に言い聞かせる。
無論、それを信じているわけではないが。

でも警報は聞こえない。窓の外は赤一色。

再びコーヒーを啜り、ディスプレイに目を落とす。
「悪いことをしたと……思わないわけじゃない。でも……」
膝の上に、熱いモノが零れ落ちる。

遠くで聞こえる爆発音。窓の外は赤一色。

それが涙だと認識するのに、驚くほどの時間を要した。
「死なせたくなかった。だから――」
――たとえそれが、自分勝手な望みなのだとしても

迫り来る破壊音。窓の外に、迫り来る死。

カップをテーブルの上に戻し、息をつく。
――信じるしか、できないのだから。


「仕方なかったのよ」







――炎。ゆらゆらと揺れる、炎。

――銃声。低く轟く、銃声。

――悲鳴。絶望に満ちた、悲鳴。

――闇はその地獄を包み隠すにはあまりにも薄く、しかし隣を走っているはずの兄を見えなくするのには、十分すぎた。

――熱風に咽喉を焼かれ、待ってと叫ぶこともできない。

――人々の波に揉まれ、手を伸ばすこともできない。

――おもむろに、ACがこちらを向いた。

――赤く光るモノアイは、確実にこちらを見ている。

――巨大な銃口。そして爆炎。

――何もかもが吹き飛ぶ。

――建物も、人も、何もかもが。

――手足を吹き飛ばされ、悶え苦しむ人のようなモノ。崩れ落ちるMTの下敷きとなり、もがき苦しむ人のようなモノ。

――闇はその地獄を包み隠すにはあまりにも薄く、しかしその地獄に独りでいる事に恐怖を感じるのには、十分すぎた。






「――――ッ!!」

覚醒。
ベッドから跳ね起きる。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

荒い呼吸。

外はまだ薄暗い。

サイドテーブルの上の時計に視線をうつす。

暗くてよく見えないが、多分五時ぐらい。

しかし、もう眠れそうに無い。

それに、びっしょりと汗をかいている。

「何で今更、あんな夢……」

ベッドから降り、軽く頭を振る。
とにかくこのままでは風邪を引くし、それに気持ち悪い。
シャワーを浴びるため、洗濯物籠からタオルと下着を取り、バスルームへと歩いていく。
その後、少し早いが朝食にするか。

今日がゼロフィニとの試合であることは、はっきりと覚えていた。








モニターの向こうには、蒼白い、軽量四脚AC。

――パイルホース

アリーナ5位の実力とは、一体どんなものなのか。

READY

トリガーを握りなおし、目の前のAC、グリムゲルデへと集中する。

GO!!

戦闘開始と同時に急速接近するグリムゲルデ

速い。OBか。

マシンガンとリニアライフルを連射し、弾幕を張る。

が、それでも突っ込んでくるグリムゲルデ

目標が小刻みに左右に揺れているため、FCSの予測照準が狂わされ、あらぬ方向に弾は放たれる。

このままでは止められないと判断し、真横にブーストダッシュ。距離を離して仕切りなおすべく、OBを起動させる。

が――

「チィッ――!!」

グリムゲルデはOBを発動したままエクステンションのTBで強引に急旋回し、こちらに食らいついてきた。

回避は間に合わない!!

射突型ブレードの直撃を受け、左腕のマシンガンが吹き飛ばされる。

「やるッ……さすがに」

咄嗟にAP――機体の外装や内部構造、電子機器などの耐久性能を総合し、擬似的に数値化した物だ。大型の榴弾や高出力のエネルギー兵器などの直撃をコックピットブロックやジェネレーターなどに受ける可能性も考慮すれば、あまりアテにはならないのだが――を確認する。

幸いなことにマシンガンを破壊されただけで、機体への直接的なダメージは皆無。

その時OBが発動し、ブレードによる追撃を寸前で回避。

「不味いな……」

このままでは、“流れ”は向こうに傾いていく。
コンデンサ内のエネルギー残量が少ないのか、さらなる追撃はないのは幸いだ。
戦場を最後に制するのは、“流れ”を掴むことのできた者。
さらにあの猛撃を受け続けては、たとえ致命打を受けることはなくとも“流れ”は完全に奴のものになる。
そうなってしまってはもう取り返しがつかない。

武装をミサイルに変更し、同時に格納していたブレード――グリムゲルデの装備しているそれに比べれば出力もかなり低く、随分心許ないが、レンジの長さを活かせれば最低限の防御ぐらいには役に立つだろう――を取り出す

こちらを捕捉し、今にも動き出そうとしたグリムゲルデをロック、発射。

無論、当たらないだろう。

案の定避けられた。

再びロック、発射。床にぶつかり、爆散。

が、これで攻撃リズムを崩すことはできた。

同時に、傾きかけた“流れ”を元の状態に戻す。

「さあ、今度は……こっちの番だな」






「……どこに居るの?」
このAC、グディリ・ムミの索敵能力では、この広大な領域から一機のACを見つけるというのは非常に困難だった。
恐らく、“ヴァーミリオン”の部隊に任せる他無いだろう。
もとより“ヴァーミリオン”が投入された理由もそのへんにあるのだろうし。

「クオ、そっちはどう?」

通信で、この作戦に参加しているもう一人のレイヴン、クオ・ヴァディスに呼びかける。
かなりの変わり者だが実力は確かだし、親しくしてみれば、思っていたほどの変人でもなかった。
尤も、あくまで『思っていたほど』ではなかった、というだけだが。

『今のところは、何も見つからんよ。だが、索敵は“ヴァーミリオン”に任せるべきではないかな。そこからが我々の出番だ。そうだろう?』
どうやら、クオも自分と同じ事を考えていたらしい。
「そうね。私もそう思ってたわ」
言ってから、なんだか少し言い訳じみて聞こえると思い、苦笑する。

「それにしても“セラフ”……厄介よね、とても」





闇の中――といっても、大都市の灯りのただなかなのでそれほど暗いわけではないが――を編隊を組んで飛ぶ7機の飛行型MT。


フレームこそ旧式の飛行MTと酷似している。が、生産性を度外視した最高級のカスタム機で、その性能たるやACにも匹敵するほど――と製作者、エド・トランスファが言っていたのを思い出し、ファイーナ・は苦笑する。

しかし、彼は死んだ。いや、殺された。
あの忌まわしき“セラフ”に。

彼だけじゃない。あの時リスキア研究所に居た知り合いは、デュオもユーリもアミアも。皆、残らず“セラフ”に殺された。
今すぐ破壊してやりたい、憎い――敵。

だが、それはできそうも無い。この機体では陽動が精一杯だ。

それほどまでに、奴は、強い。
ACさえも錻力細工の玩具の様に引き裂く化け物に、こんな――エドを信用しないわけではないが――所詮MTで、まともに戦えるはずが無い。
『ファイーナ、こっちは問題無い、いつでもいける!!』
「了解。各自この空域で待機。目標を発見しだい、行動に――」
『レーダーに反応!! 間違いないです、この信号は、“セラフ”です!!』
フィーとサリバンの“ヴァーミリオン”には、広域索敵用の大型レーダーが搭載されている。
「何? 早すぎる!! チッ……急ぐぞ、間に合わない!!」
『了解!!』






『レイヴン、ターゲットはすぐ近くまで来ている。直ちに迎撃してくれ!!』
「ふむ、もう来たか……」
ミラージュ専属レイヴン、クオ・ヴァディスは、コックピットの中で呟き、嗤った。
「しかし……ネストも、厄介なものを残したものだな」
ひとりごち、唐突に右腕に装備した高出力レーザーライフルを発射。

迫り来る流弾を捕らえ、中空に爆炎の花が咲く。

「ナインボールが二機……いや、三機か」

OBを起動させ、レーザーライフルを乱射、正面に展開している赤い、三機の同型ACを牽制。
ブーストを噴かしながら、OBでその頭上を飛び越える。
そして背後から迫るパルスライフルとグレネードの火線を回避し、ターゲット――“セラフ”へと飛んだ。





「全機散開、奴の進行を妨害しろ!!」
目の前を飛ぶ飛行形態の“セラフ”
こちらに気がついていないということは無いだろうが、背後から追従してくる機体にも、全く構うことなく飛び続けている。
このカスタムMT、“ヴァーミリオン”には及ばぬものの、かなりの推力だ。
「食らえ!!」
叫び、腕部に装備された大型のレールガン兼プラズマライフル、“ジェイナス”を、プラズマライフルモードで発射。
並ぶジョナサン機、コーダァ機も、プラズマライフルを放っている。
しかし、“セラフ”には当たることなく、周辺のビルに突き刺さる。

その時――
ビル群の横合いから、ちょうど“セラフ”の進路を塞ぐように飛び出した二機の“ヴァーミリオン”――ルーザ機とダグレイ機だ。
放たれる四基のコンテナミサイル。
そこから拡散するマイクロミサイルの群れ。
だが、それさえもろくに命中することなく、ほとんどがターゲットを見失い、これもまた周辺のビルに突っ込み、爆発する。

――今日が土曜なのが、まだ救いか。

戦闘中だというのに、妙に冷静にそんな事を考えながら、遠ざかる“セラフ”の後姿へとレールガンの照準を定め、そして撃った。













シティーの中心付近に建つ、とある高級ホテル。
その一室――最上階付近のスィートルームに、その男は居た。

「こんな……こんな事が……」
その男――ミラージュの元研究員、ウルリッヒ=オルセイは、後悔していた。
あんなものに……旧世代の技術に関わってしまったこと。そして、それに恐れをなしてミラージュを裏切ったこと。

だがしかし、まだ希望もある。
ソファーの上に置かれたジュラルミンケースに視線を向け、心の中で呟いた。

この、“セラフ”襲撃の混乱に乗じて持ち出した旧世代兵器のデータ。
これをキサラギに売れば、今後の生活は完全に保障される。
既にデータの一部は受け渡しも完了しており、キサラギはそれを承諾している。
「話はつけたんだ。もう何も、心配することは無い……」

ひとりごち、グラスの中の水割りを一気に飲み下す。
アルコールが体に染み渡り、脳に心地よい刺激をもたらす。
「そう――そうだ。大丈夫、大丈夫だ。俺は、こんなところでは終わらない」
興奮した脳は、最早それまでのように恐れを感じることも無い。
高揚した気分で何気なく、窓の外に目をやり――

「………………え?」

紅い――光。

高速連射される砲弾に、オルセイの身体は跡形も無く、粉々に散った。









OBでインシェント・ロアの頭上を飛び越え、TBで完全に背後を取る。
ここぞとばかりに射突型ブレードを打ち込むものの、事前に起動させていたOBに回避される。

「流石……やっぱり、そう簡単にはいかせてくれないわね」

乱射されるリニアライフルを小刻みなジャンプで回避、少しずつ、ジグザグに移動しながら近づく。
と、インシェント・ロアの攻撃が唐突に止む。
――ミサイルか?
そう判断し、OBで一気に間合いを詰める。

閃くブレード。

必殺の威力を秘めた突きが、インシェント・ロアの右肩を掠め、装甲を蒸発させる。
と、
連続して、コックピットを衝撃が襲う。

リニアライフルの至近弾を受けたようだ。

「凄いわ、やっぱり。ここまでやれるレイヴンはほんとに――久しぶり……」
パイルホースは、さも楽しそうに唇を歪める。
お互いのブレードがぶつかり合い、閃光と共に弾け飛ぶ。
闘いは、まだまだ続く――







「クソッ、遅かったか!!」
立ち並ぶ高層ビルのひとつに向けてチェインガンを掃射している赤い機体――間違いなく、“セラフ”だ。
恐らく、あそこに“セラフ”関連の資料を奪い、逃走した研究員とやらが居たのだろう。
これで、もう“セラフ”に関するデータは完全に、なにもかも失われてしまったことになる。
任務のひとつ目は、完全に失敗だ。

そして、“セラフ”は突然変形し、シティーの中心部へと飛んでいった。
「何のつもりだ? 一体、どこに……」
『アリーナだ。恐らく奴はアリーナに向かっている』
「なんだと? どうして……」
『今、そこで先日“セラフ”と遭遇した2人のレイヴンが戦闘中だ。今までの奴の行動から考えれば、そこに向かってると見て間違いないだろう』
「では、我々はどうすれば――」
『このまま放置していては、後の処理が面倒だ。専属レイヴン2人を向かわせている。協力して迎撃しろ』
「了解……」
すでに残った“ヴァーミリオン”は自分含め3機。他は全て、“セラフ”一機に落とされた。コーダァ、リー、サリバン、フィー。皆、いいヤツらだった。
「……どのみち、このまま引き下がれるものか!!」

フルスロットル。

夜空を翔る紅い機体。


戦いはまだ、始まったばかり。







「いかにナインボールといえど、所詮旧型。ブースタのみではエルルケーニヒに追いつくことはできまい」
そのAC――エルルケーニヒは、ビル群の間をOBで飛んでいる。
先ほどからずっと、休み無くだ。
既存のACからは考えられないようなエネルギーの使い方。
『クオ、“セラフ”はアリーナに向かっているみたい。私たちも行きましょう』
グリーエンからの通信。
「了解。そちらは、何もアクシデントは無かったかね?」
『特にはね。そっちは? ひょっとして、何かあったの?』
「然様。ナインボールを三機、確認した。撒いてきたはずだが、警戒するに越した事は無いだろう。敵は“セラフ”だけではない。気をつけたまえ」
『……忠告、受け取っておくわ』

それっきりクオは通信を切り、エルルケーニヒは、ビルの谷間を縫い飛び続ける。






大通りを疾走する一機の逆間接AC。
「“セラフ”……やっかいね。とても」
呟きながら、グリーエンはレーダーに目をやる。
青い光点が一つ、正面に。
「でも、決して、勝てない相手ではないじゃない。そうでしょう?」
ひとりごち、視点を上へと移す。
途端、ロックオンサイトが赤くなる。

そして、グディリ・ムミの右腕に装備したレーザーマシンガン――WR21LM-WRAITH、銃身の耐久性などに若干の不安はあるものの火力も高く、その優れた連射性能と弾速から高い命中精度を誇る、ミラージュが一部のレイヴンにのみ支給している特別製の武装。今の所製品化の予定は無いらしく、これを持つレイヴンはかなり限られている貴重なパーツ――のトリガーを引く。

独特の発射音と共に、短いラインレーザーが高速連射される。

それが飛行形態の“セラフ”の装甲表面の防御スクリーンと衝突、夜の闇の中に、閃光を撒き散らす。

と、数発の青いエネルギー弾が前方から飛来、背後から“セラフ”に突き刺さり、炸裂する。
『報告だ。ナインボールはまだ二機居た。こちらは片付けたがね……』

巨大なレーザーライフルを構えたまま、OBでこちらに向かってくる黒い重量2脚AC。
クオ・ヴァディスのAC、エルルケーニヒだ。

「その前に見た3機って事は無いの?」

垂直発射されたミサイルをデコイを散布し、回避。
デュアルレーザーライフルを数発発射。
『それは無い。あれの速力ではこのエルルケーニヒに追いつくことなど、まずできんよ』
そういいながら、通常形態に戻ったセラフへと、ブレードで斬りかかるエルルケーニヒ
「そう……」
グディリ・ムミをブーストで上昇させ、ビルの上に着地、レーザーマシンガンとデュアルレーザーライフルを同時に発射。
“エルルエーニヒ”のブレードを受け止めたことで無防備となった背中へと、光条が吸い込まれていく。
挟撃されることとなった“セラフ”は、すぐさま飛行形態に変形し、再び飛んだ。
「逃がさない!!」

武装をレールガンに変更、ロック、一瞬の間、発射。

が、少し距離が離れすぎていた。
放たれた閃光は“セラフ”に命中することなく、その向こうのビルに着弾。

『さて……どうするか。あの2人ならば、少々我々の到着が遅れたところで、そう簡単に死ぬことはないと思うが……試合で消耗していれば話は別、か』
誰にとも無く漏らすクオ。
「あなたは先に行って。エルルケーニヒなら、アレに追いつくこともできるでしょう?」
『……ふむ、では、そうするか』
そう呟くと、エルルケーニヒはOBを発動、“セラフ”の飛んで行った方角へと飛んだ。



「じゃあ、私はこっちを相手にすればいいのかしら?」
大通りを直進し、接近してくる機影が、三つ。
そして、下方からほぼ同時に迫り来る三発のグレネード弾。
それらをビルの上から跳躍し、回避。爆風に乗り、並列してやって来た3機のナインボールの中心に突っ込む。
ブーストで飛び上がり、機体を小刻みに動かしながら交錯するパルスライフルの火線をかわし、EOを射出。
同時にレーザーマシンガンのトリガーを引く。
幾条ものレーザーが、一機のナインボールの装甲を溶かし、貫く。

が、敵も黙ってはいない。
一機はミサイルを連続して放ち、それの回避に専念している所へと、もう一機が肩のグレネードを構え、発射。

レーザーマシンガンを三連射、飛び込んでくる榴弾を撃墜。

――後ろ?

反射的に跳び退る。

赤い、エネルギーの刃が脚部を掠める。

レールガンを展開、トリガーを引く。

が、ナインボールはこちらの足元をくぐり抜けるようにして背後に回る。

放たれた紫の光芒が虚空を切る。

遠距離から放たれたミサイルに数発、被弾。

重大な損傷は無し。だが、後ろに回りこまれたのは問題だ。

旋回し、ナインボールを視界に捕らえる。

こちらを向いた、巨大な砲口。

不味い。

避けられる距離ではない。

マズルフラッシュ。

直撃。

衝撃。

吹き飛び、ビルへと激突する。

コンクリートの壁が瓦解し、窓ガラスの砕け散る音だけがやけにはっきりと聞こえ、ほぼ同時に、コックピットに二度目の衝撃が走る。
「ウッ――――」

頭を打った。かなり強く。

視界が霞む。

目の前にナインボールが迫っているのはかろうじてわかる。

が、動けない。

体が全く動かない。

フットペダルを踏むことも、トリガーを引くこともできない

全くの、無防備。

再びこちらに向けられる砲身。

駄目だ。

次は、もう――

凄まじい爆音。

衝撃。

そして――







OBをもってしても、セラフに追いつくことは容易ではなかった。
右腕のレーザーライフル、WH04HL-KRSWをパージすべきかと一瞬迷うが、止める。
この後の戦闘を考えると、ここで射撃武器を失うのは得策ではないだろうからだ。

と、数機の戦闘ヘリが前方のビルの陰から現れる。
「シティーガード、か。今さら出てくるとは……」
クオは顔を顰め、誰にとも無く呟き、レーダーを確認する。
――前方にヘリが4機展開している他、確認できる範囲では地上にMTと思わしきものが4機と、後方に戦闘ヘリらしきものが3機。
「厄介ではないが――面倒だ。全く……」
すでに前方のヘリとの距離は100を切った。

機銃弾が周辺に飛び交う。

大半は命中することも無く、よしんば命中したとしても、厚い装甲に阻まれ殆ど損傷を与えることはできなかったが。

「残念だ――」

ヘリと自機とが交錯する瞬間、左腕のブレード――WR-MOONBOW。同社の製品、WR-MOONLIGHTの後継型として開発され、ブレード発振装置の耐久性と冷却効率の向上により、使用可能なエネルギーの絶対量が増加、使用間隔の短縮及びブレードの高出力、長大化を図ったものだ――を振る。
蒼い光の束が、ヘリの一機の下半分を掠め、消し去る。
残った上半分は、近くに展開していたもう1機のヘリと衝突、爆散する。

完璧と思われるこのブレード唯一の欠点である尋常ならざる使用時の消費エネルギー――AC用パーツとして設計されたにもかかわらず既存のあらゆるAC用ジェネレーターのコンデンサ容量では使用不可能という素晴らしいまでの欠陥ぶり――も、エルルケーニヒにとってはさして問題ではない。

レーダーに映った“それ”に気が付き、機体を傾け、中央通から、右側に広がるビル群の中に入る。
飛び交う無数のミサイル。目を凝らせば、地上のMT部隊から放たれた事がわかる。

OBの圧倒的な速力にも振り回されること無く、巧みにビルをすり抜けていくエルルケーニヒ
同時に下方に狙いを定め、再びミサイルを発射しかけたMTめがけてレーザーライフルを4連射。
蒼い光条に貫かれ、爆炎を撒き散らすMT達。
そしてミサイルは、エルルケーニヒの描く軌道に惑わされ、周囲のビルに突っ込み、破壊を撒き散らす。それだけならまだしも、友軍の戦闘ヘリにさえ当たる始末。

とてもではないが、見ていられるものではない。

「シティーガードがこれだけ盛大に街を破壊するというのは――なんとも無様ではないか、ん?」

その時、林立するビルの向こうに、高速で飛行する赤い、何かを発見する。
それは間違いなく、
「セラフ。……ようやく追いついたか」
シティーガードの攻撃が殆ど“セラフ”に向いていないことを訝りながらも、クオは嗤い、そしてトリガーを引いた――









“それ”を見たのは全くの偶然であり、予期せぬアクシデントであった。

3機の赤い同型ACと、ビルに半ば埋もれた逆間接AC。
恐らく、この作戦に参加していたレイヴン、グリーエンのAC、グディリ・ムミだ。

無視してセラフを追跡する。
この状況では、それが最適だろう。


だが、出来なかった。



「………………クソッ!!」
ファイーナは、誰にともなく悪態をつき、通信機のスイッチを入れ、追従する2機の“ヴァーミリオン”に呼びかける
「ルーザ、ジョナサン、私に続け!! あのACを援護する!!」
『だ、だが、“セラフ”の追跡は――』
「もう一人、専属レイヴンが居た。そっちに任せればいいだろう!!」
ルーザの反論に対して、我ながら無茶な言い分だと思い、苦笑する。
AC1機程度では歯が立たないからこそ、これだけの部隊を送り込み、それでもなお難航しているというのに――
「………………」

一度決めたら、何があってもその目標に向かって突っ走る。子供の頃から、いつもそう言われてきた。

「さあ、行くよッ!!」」
ファイーナは自分の、そんな性格を呪いながらも、そんな自分を中隊長に選んだ上の連中の無能さを嘲笑い、機体を急減速、落下に近い勢いで降下させる――
















――距離、500

赤いACの1機が、ゆっくりと“グリディ・ムミ”へと歩み寄る。

――距離、300

そして、“グリディ・ムミ”へと肩のグレネードランチャーの砲身を向ける。

――距離、100

と、やっとこちらの存在に気が付いたのか、2機の赤いACは、こちらを向き、凄まじい連射力でパルスライフルを放ってくる。
が、そう簡単に当るものではない。

――距離、50

“グリディ・ムミ”の前でグレネードを構えたACも、頭だけをやっとこちらに向け始めた。

「食らえ!!」

ウイングの付け根、増設ブースターの下部にマウントされた二基のコンテナミサイル――本来、多数の敵を一挙に殲滅するためのものだが、この距離で撃てば、炸裂前のコンテナ内の大量のミサイルを、直接ぶつける事が出来る――を発射、操縦桿を引き上げ、急上昇。地面との接触を回避する。
視界の隅に、二基のコンテナの直撃を受け、腰より上が完全に吹き飛んだ、赤いACの姿が映る。

それとは別の、爆音。

レーダーの緑の点が、ひとつ、消えている。

左。

中空で弾け飛び、堕ちる炎の塊。

燃え盛る炎の向こうに、紅い装甲が見える。

ヴァーミリオンの名の如く、燃えるような、真紅の、装甲――

「ルーザ!!」

MTとしては異常な性能を誇る“ヴァーミリオン”唯一の弱点が、実弾兵装に対する防御性能の極端な弱さだ。

ACのグレネードなどを受ければ、耐えられるはずが無い。

「この……!!」

怒りに任せ、ルーザを落としたACへと特攻をかける。

2機のACの放つミサイルを、機体を巧みに揺り動かし、回避。プラズマライフルを三連射。

が、赤いACはブースト移動でそれを避け、急接近してくる。

そしてその左腕に、赤い光の刃が形成される。

「しまった……」

慌てて“ジェイナス”の照準をあわせるが、遅い。間に合わない。

その時、黄金色の閃光が赤いACの真横から、凄まじいスピードで頭部に突き刺さり、炸裂する。

すぐさま、それの飛来してきた方向を見やる。もう一機の“ヴァーミリオン”が、レールガンモードの“ジェイナス”を構え、飛行していた。
「……ジョナサン、助かった」
『あまり熱くなるなよ。こいつら、勢いに任せて勝てる相手でもなさそうだ。そうだろう?』
「ああ……そう、そうだな。分かった。すまない」

先のACは、頭部を完全に失っているが、まだ活動できるようだ。
パルスライフルを小刻みに発射してくる。
「そんな物に、この“ヴァーミリオン”が当たると思っているのか?」
赤いACを中心に、円を描くように旋回。けん制に、プラズマライフルを乱射する。
ジョナサン機は、一度急上昇したかと思うと、すぐに反転、降下し、レールガンを発射。構え、今にも発射しようとしていたグレネード砲を消し飛ばした。
ファイーナも、“ジェイナス”をレールガンモードに変更、コアに狙いを定め、トリガーを引く。
が、赤いACはそれをブレードでかき消し、ジョナサン機へとミサイルを2連射。その後すぐさまパルスライフルを放った。
それらを、急加速、急減速、回転運動などを交えたアクロバットまがいの動きで避けるジョナサン機。
蒼い閃光と踊る紅い機体。

ふと、気がつく。
「もう一機は、どこに行った……」
最初は3機居た。コンテナミサイルを使い、一機破壊した。
ルーザが落とされた。今目の前に居る機体に。自分もジョナサンも、ずっとその機体を攻撃している。
では、もう一機はどこに居るのだ?


唐突に、赤い機体が降ってくる。
“ヴァーミリオン”では無い。

紅では無く赤。

もう一機のACの攻撃を回避することに専念しているジョナサン目がけ、降ってくる。
「ジョナサン、危な――」
赤い閃光が、紅い機体を両断する。

赤い爆炎が、紅い機体を包み込む。

「ジョナサァァァァン!!」
そのACはすぐさまグレネードを構え、こちらに照準を合わせる。ロックオンアラートが鳴り響く。
一瞬の迷いが、決定的な隙となった。

――来る。

半ば諦め、ファイーナは黙って最期の時を待った。










ぶつかりあうブレードの閃光。
両者一歩も譲らず、至近距離での混戦を続ける。

近接戦闘ではグリムゲルデのほうが圧倒的に有利かと思われたが、ブレードのレンジで勝るインシェント・ロアがそれらを巧みに捌き、しかし追撃を加えるほどの隙を見出すことはできず、結局戦局は膠着状態に陥っている。

距離を離せばそうはならないのかもしれないが、戦況がそれを許さない。
両者の速力の差から考えてブーストでの離脱は難しく、OBを使うとなると防御が疎かになるのは目に見えている。

即ち、このままでは勝負はつかない。少なくとも、どちらかの集中力及び体力が限界に達し、致命的なミスを犯すまでは。


――そう、思われていた。







「……面白い。実に、面白い」
クオはそう呟き、狭いコックピットの中で嗤った。
現在セラフはAC搬入用の通路を経由し、アリーナ内部に侵入しようとしている。
2人のレイヴン、ゼロフィニとパイルホースを効率よく消すのに、これほど都合の良い機会もそうそうないからだろう。
――しかし、疑問もある。
セラフは本来、守るためにあるモノ。自ら進んで排除に向かうというのは、なんとも奇妙な話だ。
「――どちらにせよ、今やその力はこの世界には不必要なモノ。あってはならないモノなのだ。消えてもらおう、H-1……」
それを見た者全てを凍りつかせるような笑みを貼り付け、クオはひとりごちた。







狭い……

それと、首が痛い……

どうして?

そもそもここは…………

「――ッ」


唐突な覚醒。
自分の体がどこももげていない事に安堵し、直後、まだ戦闘中であることを思い出して、機体のチェックをする。
APは1500程度。若干危険ではあるが、まだ作戦続行に支障が出るほどではない。
――でも、APが0になると緊急停止するっていうこの仕様は、どうにかならないのかしら。搭乗者の安全確保のため、って言ってるけど、状況によっては余計に危険だと思うけど……
そんな事を考えながら、グリーエンはゆっくりと周囲を見回す。
目の前には、上半身の消滅したナインボールが1機。それだけだ。
残りは、どこにいったのだろうか?
レーダーには、何も映っていない。
グディリ・ムミの索敵範囲はやや狭い。
普通に戦闘するには困らないが、こういう状況では少々厄介だ。

と、大通りのずっと向こうに、赤い爆炎が咲いた。
「やっぱり、誰かが戦闘している。……“ヴァーミリオン”?」
目を凝らすと、赤いACと紅いMTが対峙している。
いや、対峙と言うより、すでにMTには動こうという意思が無いようにも見える。
慌てて武装をレールガンに変更。
その場で静止し膝をつき、レールガンの砲身を左腕で支える。強化人間であるためキャノン系兵装でも、構える必然性は全く無いのだが、命中精度を上げるため、こうやって撃つことも稀にある。
そして、グレネードを構えたまま、こちらに背を向けているナインボールへと――撃った。






それは、全く突然だった。
アリーナの四方に設けられたゲートの一つが唐突に開き、そこから飛び込んでくる赤い何か。
見紛う事など無い。それは、まさしく――
『“セラフ”!? どうして――』
パイルホースの叫びが、通信機から聞こえる。
と、そのゲートが閉まるか閉まらないかのうちに、そこからさらに黒い、重量2脚ACがOBで飛び込んでくる。
そして、“セラフ”へ向けて右手に持った巨大なレーザーライフルを2連射。
しかし、それを受けながらも“セラフ”は飛行形態でこちらに突っ込んでくる。
「なんだよ、一体……」

マイクロミサイルを発射。
しかし“セラフ”は急加速、広がるように発射されたミサイルが収束する前にその隙間を抜け、真上を通り過ぎて行く。
ミサイル同士がぶつかりあい、眼前で炸裂する。

背中に、ぞくりと死の気配。

それはしかし、先ほど飛び込んできた黒い重量2脚ACのブレード――はっきりとは見えなかったが、恐らく見たことの無いパーツだ――を受け、大きく後ろに退いた。

そして、“セラフ”がその距離を保ちながら腕部に内蔵されたパルスキャノンを発射してくる頃にはすでにインシェント・ロアはそちらを向いており、回避は容易だった。

『君がゼロフィニ、かね?』

狭いコックピットに、響き渡る声。
それが通信機越しのものである事に、一瞬気がつかなかった。
「ちょ……誰だ、あんたは。いきなりこんな所に……なんのつもりだ!!」

と、グリムゲルデが“セラフ”の背後からOBで特攻、射突型ブレードを突き出す。
“セラフ”は大きくよろめき、振り向きざまに右腕のブレードを振る。

『私はミラージュ専属レイヴン、クオ・ヴァディス。この“セラフ”を追撃して来た。ああ、それと――外では今頃、一騒動起こっているだろうね』
「一騒動……? それも、こいつと関係あるのか?」

マイクロミサイルを発射。五基のミサイルは全て、グリムゲルデと乱戦を繰り広げていた“セラフ”へと命中。
それに反応するように飛行形態に変形する“セラフ”。
再びマイクロミサイルを発射しようとトリガーを引き――弾切れに気付く。
――迂闊だった。
舌打ちし、マイクロミサイルをパージ。

『その通り。ナインボール――このセラフと同じく、旧世代の自律兵器だ――が数機、市内に現れた。目的は恐らく、君たちの排除』
「俺を? なんで……」

すでにサイトはおろか視界からも完全に消えた“セラフ”を追跡すべくレーダーを確認。

『君は、セラフの実戦テストに協力していた。それがどのような意味を持つかなど、知る由も無かっただろうがね。そして彼女は、それを妨害する依頼を受けた。どちらもあれと戦闘している。僅かな時間と言えど、ね。“セラフ”との戦闘データ。残しておくのは不味いと判断したのだろう』

旋回し、サイトに捕らえる。“セラフ”は今度は目標を変更し、先の黒い重量2脚ACをターゲットに選んだようだ。
高度を下げ、黒い重量2脚ACへとチェインガンを掃射しつつ突っ込む“セラフ”。
それをレーザーライフルで迎撃、さらにブレードを発生させる。
そして、すぐ側を通り過ぎた“セラフ”の肩口を、すれ違い様に斬った。
“セラフ”の装甲表面に一瞬、激しいスパークが起こり、大きく吹き飛んだ。
空中で再び変形し、滑るように迫る“セラフ”。
袈裟懸けに振られようとした“セラフ”のブレードを、ブレードレンジの長さを活かして受け止める。そして、反動で硬直した一瞬の隙を突き、リニアライフルを連射。
が、よろめきこそすれ、決定的なダメージを与えられたようには、全く見えない。

「こいつは……こいつは、一体何なんだ」
『旧世代の遺物。世界秩序維持機構、レイヴンズ・ネストの技術の粋を集め、イレギュラー要素排除の最終手段として作られた存在。既存の兵器が性能で勝てるとは思わないほうがいい』
「…………」

リニアライフルの弾も切れた。
即座にパージし、OBを発動させる。
そのまま左に飛んだ。
一瞬遅れ、先ほどまでインシェント・ロアの居た空間を、ブレードから放たれた光波が切り裂く。
武装は既にレーザーブレードのみ。
軽く舌打ちし、デコイを射出。
すぐさま、そこにミサイルの雨が降り注ぐ。
ミサイルの第二派が来る前に、再度OBを発動。
が、今度はミサイルでは無く、セラフが飛行形体で追撃してきた。
背後からチェインガンの掃射を食らい、APの数値が見る見る低下、同時に熱量も上昇していく。
「畜生……!!」
警報が鳴り響き、熱量の表示が赤くなる。
さらにAP低下のスピードが増す

真上を、OBで通過する黒いAC。それはTBを使用と同時にOBを停止。

慣性を利用し、飛行中のセラフの上に、飛び乗った。


鮮やかに。

そして右腕に装備した長大なレーザーライフルの銃口を、その背中に押し付け――撃った。







迫る榴弾。


当たれば“ヴァーミリオン”など、一撃で粉砕される。

だが、回避は間に合いそうも無い。

しかし、怖くは無かった。

MTパイロットになった時点で、覚悟は既にできていた。

むしろ、ずっと一緒に戦ってきた仲間のところに逝くことが出来るのなら、それは本望でさえあった。

が、榴弾は“ヴァーミリオン”に当たる事無く傍を掠め、突然炸裂した。
爆風に煽られ、ビルに突っ込む。
「グッ……!!」

見ると、赤いACの左腕が、肩口から見事に吹き飛んでいる。

そして、赤いACが後ろを向いた頃には、グディリ・ムミは真後ろに回りこみ、レールガンの砲身をコアへと押し付けていた。
紫の光条が、赤いACのコアに風穴を空ける。
赤いACはその場に倒れ伏す。

突然、ビルの陰から飛び出した最後の赤いACが、ミサイルとパルスライフルを乱射し、グディリ・ムミへと迫る。
が、グディリ・ムミはそれにも怯むことなく接近、レールガンを、両者の中間地点辺りの地面に向け、発射した。
炸裂した閃光が、ナインボールの視界を遮り、一瞬の間を生む。
その隙に飛び上がり、EO、レーザーマシンガン、デュアルレーザーライフル、全てを一斉に発射した。
無数の鮮やかな光の矢が突き刺さり、その度に少しずつ後退りしていった。
グディリ・ムミはなおも滞空し、赤いACへと攻撃を続けている。
飛び散る閃光、砕け散る装甲。
それでもグディリ・ムミは、作業的に攻撃を続ける。
そして、発条仕掛けの錻力人形のように不恰好に左腕を振り上げ、それっきり活動を停止した。
グディリ・ムミはゆっくりと地上に降り、こちらを見た。



「レイヴン、何で今更……!!」
堪えようの無い、理不尽な怒りがこみ上げて来る。
もう少し早ければジョナサンは死ななかった。もう少し遅ければ自分も死ねた。

いや、そもそも、自分があのレイヴンを助けなければ、ルーザもジョナサンも死ななかったはずだ。

「……畜生!!」
狭いコックピットに、ファイーナの絶叫が木霊する。






結局、あの後“セラフ”は再び何処かに飛び去った。この前と同じ、まんまと逃がしてしまった。――いや、この前は勝てるような見込みは無かったのだから、逃がしたというのはおかしいか。
今回だって、あの男――クオ・ヴァディスとか言ったか?――がいなければ殺られていた。きっと。

「――それで、結局あいつは何なんだ? 何のために、俺達を?」
『先ほども言っただろう。旧世代の機動兵器だ。先日ミラージュが発掘し、調整、修繕を行った。が、制御プログラムに不具合があったようでね。暴走した。ただ、それだけだ」
「……ちょっと待て。さっきは、俺らを排除しに、とか言ってなかったか?」
『ふむ、そんな事を言った覚えは無いが? 気のせいだろう』
「気のせい……ねぇ」
腑に落ちないのは確かだが、あの戦闘中だ。聞き間違いの可能性は十二分にあった。
『とにかく……私達は、どうすればいいの?』
割り込んできた、パイルホースの声。
『じき、ミラージュから依頼が来るだろう。ナインボール殲滅のね。それで全て終わるはずだ。一切問題無く、事態は動いている』
しばしの沈黙。
『さて……他に何も無いのであれば、私はそろそろ行かねばならないのだが?』
ブーストを吹かし、飛び去ろうとする黒いAC。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
それを慌てて呼び止める。
『ん? 何かね』
「どうして……俺達を助けた? そんな必要、無かったんじゃないのか?」
と、クオはさも愉快そうに嗤うと、言った。


『君達を気に入ったから、では駄目かね?』

ぞくりと、背筋を走る何か。

『そうそう、ユーリ=アイマンの件に関しては、残念だ。本当に、惜しい人材だった』
そして今度こそ、OBを使い、半壊したゲートから出て行った。

……何だと? 

どういう…………意味だ?






眩しい。     


カーテンの隙間から差し込んでくる朝日に、思考が活性化していく

ベットからのろのろと起き上がり、キッチンへと歩き出す。

鈍い頭痛と眩暈。

――二日酔いだ。

「クソッ……」
さしてアルコールに強いわけでも無いのに、あれだけ飲めば当然か?
ポットの中に残っていた湯で、コーヒ−を淹れる。
角砂糖を4つとミルクを入れ、ゆっくりと啜る。
ほんの少しの酸味を含んだ甘い液体が咽喉の奥に流し込まれていく。
あれだけの事があったというのに、喪失感こそあれ悲しみは殆ど無い。
それがアルコールの働きによるものか人間の脳髄のそれによるものなのかはわからないが、楽であるのは確かだ。

――酷薄なのかもしれないが。


そして、昨日――いや、一昨日か?――の事を思い出す。







彼女、ユーリ=アイマンは天才だった。
あの孤児院で最初に出会ったときも、彼女は際立っていた。
これを言うと彼女は怒るし、あまりにも平易で安っぽい表現なので使いたくないのだが――オーラのようなものが出ていた。
これ以外に、初めて彼女から受けた印象を表現する言葉は残念ながら自分の貧困な語彙の中には無い。

そんなわけだから、彼女は孤児院の中でも孤立していた。
当然、虐めの類も受けていた。
それも、無垢で無邪気な子供にありがちな、とびっきり残酷で醜い手法で。
だが、その時の自分はあまりにも弱く、彼女を救うことができなかった。

いや……できなかったのではない。やらなかったのだ。
臆病だった。でも彼女は強かった。
どれだけ悲惨な目にあおうとも、決して泣きはしなかった。慰めの言葉をかけても、ただにっこりと微笑んで、ありがとうとだけ言った。
それがとても悲しくて、いつも自分は泣いていた。
彼女にとって自分は全く必要ないのでは、と思えたから。

――実際、そうだったのだろうけれど。

結局、8歳の時引き取られるまでの4年間で、一度も彼女の涙を見ることは無かった。



彼女、ユーリ=アイマンは明るかった。
だがそれが、いつも独りでいることの寂しさの裏返しであると、誰が気づいていただろうか。多分、彼女自身も理解していなかったと思う。
――その明るさが、虐めを増長させる原因であるという事はわかっていても。
だが、自分は多分彼女のそんな所に惹かれていたのだと思う。
鋭敏にして指向性の強く、それでいて茫洋としている、矛盾した思考。
その揺らぎが、彼女の人格を形成していた。

しかしそれは、彼女の人格が非常に不安定な基盤の上に成立しているということでもあった。
だから、そのあまりにも不安定で、ちぐはぐで、ジグザグで、いつ壊れてもおかしくないような脆い心を如何にして守るか、ずっと考えていた。

――考えるだけだったのだろうけれど。

結局、8歳の時引き取られるまでの4年間で、一度も彼女を救えたことなど無かった。



そして運命は皮肉な邂逅を用意した。

ミラージュの研究施設の護衛。
そこでユーリ=アイマンと再開を果たそうとは、思いもしなかった。

彼女はやはり天才だった。
あの後しばらくしてから、彼女もまた引き取られた。
そしてその4年後某名門工科大学を卒業し、その才能を買われ、17歳でミラージュ系研究所の職員となり、20歳という異例の若さでプログラミング主任となっていた。

でも彼女の本質は全く変わっていなかった。良くも悪くも。

強く、優しく、高潔で、脆く、儚く、臆病で。

嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった。

その原因が、彼女があまりにも変わっていなかったことにあったのか、自分があまりにも変わり果てていたことにあったのかは、今ではもう知る術は無いが。

それでも自分は、確かにユーリ=アイマンに好意を抱いていた。

だがそれは、間違いだったのだろうか。


自分には、わからない。










アリーナの外に出ると、いつの間にか、雨が降っていた。

ちょうどいい具合にタクシーがやってきた。

とりあえず手を上げる。

停止。

開いたドアに滑り込み、赤ら顔の中年ドライバーに住所を告げる。

窓ガラスを叩く雨音と、タイヤが跳ね飛ばす水音だけが、はっきりと聞こえる。

窓の外の風景は、全くいつも通りのものだった。

とても――只中で戦闘が行われたとは思えないほどに。

結局、“慣れ”の問題なのだ。

この狂った世界では、市街地での戦闘など当たり前。

“それ”が現在進行形の間こそ慌てふためき、逃げ惑えど、終わってしまえば何のことは無いのだ。

自分が生きていることに安堵し、ある者は知人友人の死を悼み、しかしすぐにいつも通りの生活に戻る。

――それが日常だから。

「狂ってる。何もかも…………」

「はい? 何かいいましたか?」

「いや、別に……」
ドライバーの問いかけを適当にあしらい、再び窓の外へと目を向ける。

どこか遠くで、雷が光った。





アリーナを出たときは小降りだった雨も、今や嵐に近くなっていた。
横殴りの雨を受けながら、ユーリの家へと向かって歩く。
――ビニル傘でも買ってくればよかったな。
そんな事を考えながら、黙々と歩く。
ユーリの家に近づき、屋根の影に入っても、吹き付ける雨は、体を濡らす。
そっと、チャイムを、押す。

……………………………

反応が無い

再び押しても、やはり反応が無い。

何故だ? 約束は明日だった。なら、もう家に居るはずだが……

仕方なく、鞄のポケットから合鍵――あまり使う機会は無かったが――を取り出す。
そして、それを鍵穴へと挿し込もうとする。が、上手くいかない。
何度かそれを繰り返し、やっと鍵穴の奥まで入る。
ゆっくりとそれを左に回す。

カシャン

開錠の音が、いやに大きく聞こえる。

そっと、扉を押す。

暗い。人のいる気配はしない。全く。

急速に広がる不安。

足元に気をつけながら、廊下の奥のリビングルームへと、ゆっくりと歩みを進める。

ドアを開け、手探りで電気のスイッチを探す。

標準よりやや広いその部屋を隅々まで照らし出す。

何もない。何もいない。

生活感の殆ど無い、空虚な部屋。

まぁ、実際ここにユーリがいる事など殆ど無かったのだから、当然とは言えるが。

とりあえず、時間を確認するために――この部屋には時計と言うものが、というよりワークステーションとパソコンが2台、それとソファーぐらいしか無い――携帯を取り出す。
そして新着メールがある事に気が付いた。
時間は9時ちょうど。
アリーナでセラフと戦っていた頃か。
メールボックスを開くと、メールが一通
送信者は…………ユーリだ。

――なにかアクシデントでもあったのか?

安堵の息を吐きながらメールを読み――

--------------------------------------------------------
送信者/
ユーリ=アイマン

本文/
クリス、貴方がこれを読んでるとき、私はとっくに死んでい
るでしょう。あなたには、とても申し訳ないと思ってる。
でも、これでいいの。私はあなたに死んで欲しく無い。
だから私はこのメールを書いている。
遺書、もしくは告白。どちらでも、本質的な意味は同じ。
自分を満足させるためだけの、他人に伝えることを前提としな
い言葉。
でも――これは警告でもあるの。
私が目覚めさせた旧世代の遺物。
私は見誤った。“それ”の本質を理解せずに、好奇心と探究心
を満たすため――つまりは、純粋に自分のため――だけに
それを解析し、復旧させた。それがどんな結果を招くかなんて
、想像もしてなかった。
挙句が、この様。
“セラフ”は、関係施設を次々に襲撃しながら、このルグリス
研究所に近づいてきている。
プログラムのどこにミスがあったのか、それはわからない。
もしかしたら、最初からそういうものだったのかもしれない。
でも、私がそれを目覚めさせるのに大きな役割を担っていた、
というのは否定できない事実。
私がやらなくても誰かがやっていた。そう考えることは、私に
は出来ない。だから、私は死を受け入れる。

それは明確な、逃げだけど。

だって私は、所詮唯の弱い人間。そんな、責任の重圧には耐え
られない。だから私は死を選ぶ。“セラフ”から逃げないとい
う、ただそれだけの事だけど。

もしも“セラフ”に遭遇するようなことがあれば、絶対に逃げ
て。
これは遺書で告白で警告で、最後のお願い。

そして、謝罪でもあるの。



さよなら、私の愛したクリス。
----------------------------------------------------------



「そんな……。じゃ、じゃあ…………あ、あの時……あの時」
ユーリは、知っていたのだ。己の運命を。
だから、あの電話のとき、あんなに――

後悔。悔恨。

どっちでもいい。
いや、一番正しい表現は絶望か?

そんな事を冷静に考えられる自分は壊れている?

何を今更。

自分が、そして世界が狂っていることを再認識する必要は今のところ無い。

これはただの逃避。

黒白の告白の酷薄さ。


まったく、忌まわしい世界だこと。






アリーナに設けられたバー、“イゾルデ”。
一般の人間も利用するが、場所柄から、客の殆どはレイヴンだ。
いつもは深夜でも賑わいを見せているのだが、その日は珍しく、客はほとんど居なかった
手前の席で、一人で安いブランデーを飲んでいる中年の男。
真ん中辺りで愚痴をこぼしあっている2人組み。
それとあと一人、一番奥の席でずぶ濡れのまま、グラスを傾けている若い男。
――と、それが見覚えのある顔であることに気がつき、ジンは近寄った。





「どうしたんだい。そんな格好で?」
「……ジンさん」
そこに居たのは、一人の男。顔見知りだ。
レイヴンネームはジン。知らぬ者などほとんどいない。
14年前、サイレントラインを巡る争いを終わらせ、その後26歳の若さでアリーナの王者となり、未だその座を明け渡したことの無い、伝説的レイヴン。幾度と無くイレギュラーとして企業から抹殺されかけ、しかしそれらを尽く返り討ちにしてきたため、今や黙認に近い形になっている。
知っている限りでは、この人と一番親しいのは恐らく自分だろう。
あの日――野垂れ死にかけていた自分を拾ってくれた、恩人。
「何か、あったのかい?」
「……死んだんです。ユーリが。いや、殺された、かな。今日――違いますね。もう昨日ですか。アリーナに乱入してきた、あの紅い機体にです。あれに、殺されたんです。俺は何もできなかったんですよ。知らなかったんだ。ぜんぜん、そんな素振りは無かった。俺は、気付いてやれなかったんです。駄目だったんですよ」
言ってることが支離滅裂だ。
自分でも理解できた。
精神のほうはともかく、思考だけは冷えきっている。
「ユーリ君、“セラフ”に? まさか……」
ジンは、驚いたように声をあげた。
「本当ですよ。こんな悪趣味な冗談、俺は言いませんよ」
「…………私には君に、何も言ってやることが出来ない。君の気持ちなど私には分からないし、分かってほしくも無いだろうからね。ただ……残念だ。とても」
言いながら、隣の椅子に座った。
「スティンガーを……」
それがカクテルの名称だと思い出すのに、若干の時間を要した。
「……で、君はどうしたいんだね?」
「どう、って……どういうことです?」
言ってから、馬鹿みたいな事を言ったと後悔した。
「ああ、だから、君はそのACに復讐しようとか、そういう事を考えているのか、って事だよ」
そう言って、差し出されたカクテルグラスの中の茶色い液体を口に運ぶジン。
「わかりません。でも……もし機会があれば、その時は、多分……」
「成る程……」

それっきり、始終無言だった。
















――無機質な電子音が、静寂と思考を打ち砕いた。
「ん……メールか」
端末のメールボックスを開く。

と、もう一つ、2時間ほど前に届いたメールがある事に気がつく。
さっき届いたのは……ミュイからだ。

もう一つは……ミラージュだと?

とりあえず、まずはミュイから届いたメールを開く。

-----------------------------------------------------
送信者/
ミュイ=シーゲル

本文/
昨夜グローバル・コーテックス本社で開かれた、正体不明機のアリーナ乱入事件の対策会議を何者かが襲撃。これにより幹部54人中40人が死亡、9人が行方不明、4人が重傷。
これによって、グローバル・コーテックスという組織は事実上完全に消滅しました。
尤も、じきに運営グループだけが入れ替わって別の組織として再編されるでしょうけれど。当分は貴方も私も仕事が無さそうですが、現在の、新興企業ナービスとミラージュの対立の様相を見る限り、すぐにまた忙しくなるでしょう。
まぁ、私が貴方の担当にあたるかどうかは分かりませんが、ね。
ちなみに、目撃証言によるとコーテックスを襲撃した機体は、アリーナに乱入してきたあの可変機と、同時に市街地で戦闘を行っていた赤いACのようです。
それでは。
-----------------------------------------------------

馬鹿げたジョーク。最初はそう思った。

が、ミュイはこういう冗談を好まないという事を思い出し、愕然とする。

グローバル・コーテックスの消滅。

それでも、とても…………信じられる話ではない。

自分の周りで何かが壊れていく。急速にそれを意識した。

「クソッ……なんなんだよ、一体!!」



61,3

短いですよ。驚くべきことに7KBあるかないかぐらい(滅
とまぁ、ご機嫌麗しゅう。うそつき柚子奇です。
というか、あんまり長くなったんでつい、新しくスレ立てちまいましたよ。剣呑剣呑。

大丈夫(?)、今回はちゃんとした理由があります。
即ち左親指骨折という予想外のアクシデント。

まぁ、タイピングし辛いって言うのよりもむしろ、やる気が失せたってのが最たる要因なのですg(ry

けふんこふん。まぁ、7月中には全部終わるでしょう。

さあ、バイト数稼ぎもこの辺で終わりです(ナニ
ではせいぜい、本編をお楽しみください。







-----------------------------------------------------

件名/――

送信者/
ミラージュ

本文/
レイヴン、君の力を見込んで、依頼したい件がある
非常に重大なものだ。

それ故、ここで詳細を明かすことはできない。
君にその気があるのならば、後日依頼を送信しよう。

しかし君も、概要がまったく掴めないのでは判断の仕様がないだろう。


先日、君にテストに協力してもらった“セラフ”についてだ。

報酬は十二分に用意する。
いい返事を待っている。

-----------------------------------------------------


ミュイのメールの後に読んだこのメールに、知らず気分が高揚する。
無論、返事は決まっている。

NO……なワケがない。


すぐに受諾の旨のメールを送った。

これが最後のチャンスだと確信しながら。







しばらくして、パイルホースからメールが来た。

例のミラージュの依頼の件についてだ。

文面では受けるか否か迷っているというようなことをのたまっているが、俺が思うにあいつも、とうに決断しているはずだ。

ただ、その覚悟がまだないだけ。

ただ、優しい言葉をかけてほしいだけ。

だが残念。相手が悪かったな。

俺はトマトピューレと強化人間が何よりキライなんだ。

だから返事は簡単だ。


――自分で考えろ







インシェント・ロアの機体構成を若干変えた。

まぁ、言うほど大した変更点はないのだが……

とりあえず腕がなまらないように、演習用シュミレーターで新生――くどいようだが、そんな大仰な言い方をするほどの変更点はない。なんとなく使ってみたかっただけだ――インシェント・ロアを動かしてみる。

案の定というかなんというか、やはり動作感覚は殆ど変化無い。重量増加に伴って、少し動作が重くなったようだが、気になるほどのものでもない。


結局、何をしたいのかよくわからないまま、いたずらに時が過ぎていく。







いい加減暇を持て余すようになってきた。

もう一ヶ月近く経とうというのに、ミラージュからの依頼はまだ来ない。

あいつら、いつまで待たせる気なのか……



コーテックスが無くなって、すっかりやることが無くなった。

ユーリがいれば、その限りではなかったんだろうが。

ああ……わかってる。

感傷だ。

クソッ……

感傷はトマトピューレと強化人間に続いてキライなものだっていうのに。


…………まったく、冗談じゃない。






ついに来た。

ミラージュからのメール。

これを見れば、もう後戻りはできない。


――いや、

違うな。

あの日ミュイが、“セラフ”の実践テストの依頼を受け、俺がそれに出向いた時点で、もう後戻りできないところに足を踏み込んでいた。

ああそうだ。全部あのプッツンオペレーターの責任だ。

いや、そもそもはあんなクソアマをオペレーターとして採用したコーテックスの責任だ。

ああ……クソッ。

もう潰れた組織に責任取れってのは無茶か。

……畜生が。



件名「依頼」……そのまんまじゃないか






依頼者:ミラージュ

成功報酬:650000C


暴走した、我が社開発の新兵器システム<FONT COLOR=RED>“セラフ”</FONT>の破壊を依頼する。

目標は現在、アーカイブエリアの最北端に建設された我が社の研究施設に潜伏していると見られる。

そこに侵入し、中枢のメインコンピュータ、及び“セラフ”を破壊してほしい。

なお、“セラフ”もしくはメインコンピュータを破壊すれば、端末である<FONT COLOR=RED>ナインボール</FONT>はその機能を停止する。そのため、障害となるものだけ排除してくれればそれで構わない。

なお、この依頼は複数のレイヴンに同時に行ってもらう。そのつもりで。

失敗は許されない。では、よろしく頼む。

作戦領域:<FONT COLOR=RED>研究施設</FONT>  敵勢力:ナインボール(機数不明)“セラフ”×1  成功条件:最深部のメインコンピュータ、及び“セラフ”の破壊





どうもあの男――クオ=ヴァディスの言葉と食い違う部分があるのが少々気になるが、つまらない好奇心で身を滅ぼしたレイヴンを、片手じゃ数え切れない程度には知っている。

そんな間抜けどもと、あの世で慰めあう気はさらさら無い。

それに、“セラフ”が今や世界を揺るがしかねない脅威となりつつあるという事実に、変わりは無いのだから。

そうだ……

どのような結末になるにせよ、これで全てが終わるはずだ。

そんな確証の無い希望は、多分すぐに打ち砕かれるのだろう。

世界はいつも俺を、皮肉に嗤いながら弄んでいるのだから。



まったく、忌まわしい世界だこと。






その輸送機に乗っていたレイヴンは、自分を除いて他に4人。かなりの人数だ。それだけ、ミラージュも必死ということか。
「ジンさん……」
ゼロフィニはその中に見知った顔を見つけ、声を上げる。
「おや、君もこの依頼を?」
ジンは一瞬驚いたような顔をして見せた。

「ん……知り合いか? せいぜい、足元をすくわれないようにすることだな」
と、窓際の席にいた男――20代半ばぐらいか――が冷たく言い放った。

「勝手だろう。違うか?」
ゼロフィニが不機嫌さのにじみ出た声で言い返すと、その男はさも愉快そうな笑みを浮かべ、それっきり黙ってしまった。

微妙な沈黙。

それを破ったのはジンだ。
「ま、まあ、これから共に厄介な任務に当たる事だし。ひとつ、簡単に自己紹介でもしておこうじゃないか」
「一人、まだ足りないようだが?」
一番奥に座っていた、黒い長髪に丸眼鏡、黒いスーツに黒いコートという凄まじく怪しげな井出達の男が口を開いた。

なんとなく聞き覚えのある声。しばらく記憶を探り、あの一ヶ月前の時現れ、共に“セラフ”と戦ったレイヴン――クオ=ヴァディス……とかいったか?――だ。

多分。


ジンさんは困ったような表情を浮かべ、助けを求めるようにこちらに視線を送ってきた。

それがあんまりおかしかったので、笑いを堪えながら目線を逸らす。


「あの……」
突然聞こえた女の声に、皆が一斉に入り口のほうを向く。

するとその少女――パイルホースは一歩下がり、引き攣れた笑みを浮かべた。
「あ、その……すいません。遅れちゃいましたか?」
誰も答えない。
実際はまだ少々早いぐらいなのだが。
パイルホースは呻き、空いている椅子に腰掛けた。

………妙に重たい沈黙

しばらくして、ぐらりと輸送機が一瞬揺れた。
どうやら離陸したようだ。


もう、後には退けない。





『レイヴン、あと数分で目的地に到達する。ACで待機していてくれ』

どれ程の時間が経ったのだろうか。
到着まで30分程度と言っていたのだから、やはりそれぐらいしか経っていないのだろうが、それにしてもあの重たい沈黙の中では悠久の長さに感じる。

――あんなに重たい空気は、ユーリに浮気の現行犯が見つかった時以来だな。

ああ、そうだ。

下らない、そして甘い……記憶だ。今はもう無い……過去の残滓だ。


皆、カーゴルームへと歩みを進める。無言で。

プシュー、という気の抜けるような音とともにドアが開き、6機の鋼鉄の巨人が視界に入る。


射突型ブレードとレーザーブレードだけの軽量4脚AC、パイルホースのグリムゲルデ

リニアライフル、マシンガン、マイクロミサイル装備の中量2脚AC、愛機インシェント・ロア

2丁のライフルとグレネードランチャー、小型ミサイルを装備した重量2脚AC、ジンさんのロー・エリミネイター

武器腕のレーザーキャノンと、2門のグレネードランチャーの重逆間接AC、ドミネーター――ということは、あの男、もしくは始終無言だった女が元ランキング3位のペインライダーってことか。

高出力レーザーライフルとブレード装備の重量2脚AC、クオの機体。

そして、携行型のグレネードとチェインガン、そして見た事の無い武器腕の軽量2脚AC。


皆、自分のACへと近づいていく。無言で。

結局、男のほうがドミネーターに近づいていった。

あの男がペインライダーだったようだ。


まぁ、どうでもいい事だが。













『レイヴン、目標地点に到達した。これよりハッチを開放する』
輸送機に搭乗している通信士の声と同時に、カーゴ後方の巨大なハッチがゆっくりと開く。

フットペダルを軽く踏み込むと、我が愛機、鋼の巨人インシェント・ロアはカーゴの金属製の床の上を、無駄に大きな金属音をたてながら歩く。

まずグリムゲルデが。そしてそれに続くようにこちらも、一拍おいて跳躍する。

落下時の独特の浮遊感。何時もの如くやってくる微妙な嘔吐感。

着地の衝撃を緩和するため、軽くブーストを噴かす。

僅かな振動。


目の前には要塞にも近い、大小あわせて数十基の砲台で完全武装された威容の施設。

が、それらは今のところまったく動き出す様子は無い。

周囲には何基ものシールド・ジェネレーターがあるが、それらも一切稼動していない

どう贔屓目に見ても、一研究所としては異常すぎる防備だ。

続いてロー・エリミネイター、そしてドミネーターと降下してくる。

グリムゲルデは入り口へと慎重に近づいていく。

音も無く開くゲート。

そして、グリムゲルデはその奥へと進む。

それを追い、インシェント・ロアも内部に入っていく。





入り口からつきあたってすぐの通路を下ると、やや大きめの立方体の部屋があり、先ほど入ってきたものを別とすれば、3方向にゲートがあった。

『どうする? ここは2人ずつで、3組に分かれたほうが効率が良いと思うのだが?』
トップランカー、ジンの提案はまったく理に適ったものだった。

……それでも、何故こんなに、嫌な予感がするのだろう。

『なら俺はパイルホース、君と組もうか』
ペインライダーのAC、ドミネーターが近づいてくる。
反射的に断ろうとしたが、その理由が見つからず諦める。

『ゼロフィニ君。私と来るかい?』

と、なると……
残りは黒い機体の怪しい二人組みとなるわけだ。
『よし……では、行こうか』
ジンはそれだけ言うと、右側のゲートを開き、奥へと進む。
それをインシェント・ロアがブーストで追った。

そしてエルルケーニヒと、もう一機の黒いACは左のゲートから出て行く。

『ん…………どうした?』
正面のゲートを開き、先に進みかけたドミネーターが振り向き、尋ねてくる。
その問いに、いえなんでもと答え、慌ててフットペダルを踏み込んだ。








2機のACは通路を進み、その先のエレベーターに入る。

ゆっくりと降下していくエレベーター。音は殆ど無い。

「どうだね? 最近は」

どうって……とゼロフィニは、ジンの問いに内心苦笑する。
「コーテックスが無くなってから依頼も来なくなって、ずっと暇を持て余してましたよ」
「だろうね。ああ。全く、当然だ」
それっきり会話がとまる。

重い――沈黙。

かなり降下したところでやがてエレベーターは停止、ドアが開き――

おもむろにロー・エリミネイターは背部のグレネードランチャーを展開、発射。

が、それは間も無く部屋の奥から放たれた榴弾と交錯。近接信管が作動したのか炸裂。
ロー・エリミネイターはOBを発動、広がる爆炎を突き破り、その部屋へと突入する。

そこには2機の赤いAC、ナインボール

インシェント・ロアもブーストでその中へ。
武装をマイクロミサイルに変更、ロック、エクステンションの連動マイクロミサイルと共に発射。

ロー・エリミネイターはナインボールへと急接近し、両腕のアサルトライフルを連射する。

その攻撃に足止めされていたナインボールに、十一基のマイクロミサイルすべてが直撃。

背部のミサイルポッドを破壊、誘爆。

至近距離での爆発に、そのナインボールは糸の切れた傀儡の如く不恰好に踊り、猛烈にスピンしながら転倒する。

ロー・エリミネイターは、その隙を逃すことなくグレネードの砲口を正確にコアへと向け――撃った。









暗く伸びるその通路を、2機のACが駆ける。
先頭の夜色の重量二脚ACが近づくと、音もなくゲートが開く。

やや広く、天井が異様に高いその部屋。

中心には巨大な柱。おそらく、施設上層のシールド・ジェネレーターの機関部。


そして、5機のナインボール

それらが一斉に2機のACへと右腕に持つパルスライフルを向け、撃った。

現在流通しているパーツではありえない速射性で放たれる無数のパルスレーザー。

が、2機のACはそれぞれ左右に跳ぶことでその火線を難なく躱すと、重量2脚ACは右腕の高出力レーザーライフルを、軽量2脚ACはチェインガンを、それぞれ放った。

そして同時にOBを発動、急接近。

そして軽量2脚ACは左翼に展開していた2機へと肉薄、

軽量2脚ACはその奇妙な形状の武器腕の先端に、二対のエネルギーの刃が形成され、手前のナインボールへと振るう。


    弾ける閃光。


ナインボールも左腕から紅いエネルギーの刃を発生させ、斬撃を受け止める。

が、間髪入れずに右腕が跳ね上がり、ナインボールのコアに、深く二本の傷跡を刻み込む。

大きく仰け反るナインボール。が、まだ動いている。パルスライフルの銃身を軽量2脚ACへと向け――崩れ落ちる。

軽量2脚ACの左腕からは、今や光の刃ではなく巨大な金属製の杭が伸びていた。

そしてそれが、ナインボールのコアに深々と突き刺さっている。

キサラギ製デュアルブレード、YUKIHIME――レーザーブレードと射突型ブレードのモードチェンジが可能な、最新型武器腕の試作品。機構の脆弱さと汎用性の低さから、実用性は薄いと早々に見限られ、生産中止となった貴重なものだ。


突き刺さった射突型ブレードを引き抜き、ナインボールを跳び越える。

その後ろにいたもう一機のナインボールが、軽量2脚ACへとグレネード・ランチャーの砲身を向け、迫る。

軽量2脚AC肩の携行型グレネード砲を2連射。

初弾はナインボールの放った榴弾の近接信管を作動させ、爆炎を撒き散らす。

そしてもう一発はそれを突き抜けナインボールに突き刺さり、炸裂。

反動で硬直したナインボールの脇をすり抜け、TBにより急旋回し、背後をとる。

そして、無防備な背中へと射突型ブレードを叩き込んだ。








連続発射されたミサイルの下をドミネーターは潜り抜け、接敵。そして跳躍、頭上をとる。

武器腕のレーザーキャノンを威力重視の収束モードに変更、発射。

赤い閃光がナインボールの両肩の付け根付近を貫き、両腕をもぎ取る。

そしてそのまま上昇、右肩のグレネード・ランチャーを展開。

ナインボールの放った榴弾をブーストで切り返し、回避。近接信管が作動し爆風を受けるが、中心から外れていたため、大した損傷は無い。

そしてグレネードのロックが完了、トリガーを引く。

大型の榴弾の直撃を受け、吹き飛ぶナインボール

既に動かないが、念のためにもう一度トリガーを引き、ナインボールのコアが完全に粉砕されたのを確認。先へ進むべく、ゲートに近づく。

「見事なものね……流石だわ」
パイルホースが賞賛の言葉を送る。
「いや……君には敵わないね。そんな機体でアリーナ5位――いや。元、と付けるべきか――だろう? とても信じられないね」
冗談めかしてペインライダーは答えた。
「そんな事無いですよ。実際、スペードアーチャーには勝てなかった。だから5位どまりだったんですし……」
「しかし、そのスペードアーチャーは“セラフ”にやられた。なら、生き残った君のほうが強い。そうだろう? それに、その機体は“フライシュッツ”のような高機動かつ遠距離戦タイプの機体とは相性が悪すぎる。中堅ランカー程度ならともかく、仮にもトップクラスの実力は持ち合わせていたんだ。無理も無いだろう?」

「そんなものですかね……」
若干の間の後パイルホースは呟き、嘆息した。






凄まじい連射力で放たれるパルスレーザーによる苛烈な火線をブーストで横へ跳び、回避。

そして右翼の3機のナインボールへと、レーザーライフルを掃射。OBを起動。

数発の蒼い光芒が動き出そうとしたナインボールたちの周囲で炸裂し、高エネルギーの奔流がそれらを足止めする。

そして、エルルケーニヒの左腕から発生した、長大な光の白刃。

それがまず、先頭のナインボールを捉える。

通常の数倍の出力を持つそれは、ナインボールのコアの装甲を飴細工のように融かし、引き裂く。

そしてエルルケーニヒは次のナインボールの振り下ろしたブレードをブレードで受け止め、反動で硬直した機体を強引にブースターで動かし、ナインボールの後ろにまわる。

TBによる急旋回、そして至近距離で、レーザーライフルを3連射。

そして背後のもう一機のナインボールを振り向きもせず、ブースターで跳躍。OBを発動。

足元を榴弾が通り過ぎ、背後からレーザーライフルを受けてよろめくナインボールに直撃、爆散。

再びTBを発動し、グレネードの砲身を構えたナインボールを捕捉。OBが発動。

ナインボールの上半身へと、OBの加速に乗せた蹴りを叩き込む。

そして、吹き飛びながらもパルスライフルを向けるナインボールのコアへと光の刃を差し込む。

ナインボールを蹴り、ブースタを噴かすとともに跳躍。

ジェネレーターを刺し貫かれたナインボールは金属製の床を滑り、壁に当たり停止。爆発。

ちらりと左を見ると、黒い軽量2脚ACがナインボールを射突型ブレードで貫いたところだった。

「お見事……」
そのレイヴン――レイヴンネームは確か、シャッテン――へと声をかける。
が、返事は返ってこない。

クオはやれやれとばかりに肩をすくめると周囲を見回し、入り口以外のゲートが無いことに気がつく。

そして上方向に視線をめぐらせ、不自然な窪みを発見する。
それなりの高さはあるが、ブーストを使えば容易に届く。

跳躍。ブースタを噴かし、上昇する。

着地。ゲートが無音で開く。

そしてブーストダッシュで通路に滑り込む。

「シャッテンは、やはり行ったか……」

エルルケーニヒから離れていくレーダーの光点を見て、ひとりごちた。

自分一人でも、決してナインボール如きに遅れをとりはしない。
「問題なかろう。いや、むしろこちらのほうが都合がいい……か?」

狭いコックピットの中で、嗤った。






グレネードの照準を合わせ、発射。
コアを狙ったはずの榴弾はしかし、ナインボールの右肩に命中、炸裂。
「クッ……!!」
武装をライフルに変更するが、FCSの最適化中のためセーフティーがかかり、しばらくメインの銃器の発射は不可能となる。
ナインボールはミサイルを乱射し、ブーストダッシュで接近してくる。

ライフル一丁ではミサイルの撃墜がやっとで、ナインボールを退けることはできない。
ナインボールは左腕からレーザーブレードを発生させ、肉薄。

最適化はまだ終わらない。

そして――

側面から殺到したマイクロミサイルの直撃を受け、ナインボールの上半身が吹き飛ぶ。

『大丈夫ですか?』
ゼロフィニの焦燥交じりの声。

機体を旋回させそちらを向くと、エクステンションと肩のマイクロミサイルポッドを開いたインシェント・ロアが居た。

「ふふ、私を誰だと思ってるんだい? 対処の使用はいくらでもあった」
『あ、すいません……』
「いや、かまわんよ。だが――」

右腕のライフルを真正面へと突き出し、トリガーを引く

4連射された銃弾は正確に股関節の装甲の隙間に滑り込み、破壊。転倒する。


『な…………』
呆然としたようなゼロフィニの声。

「完全に機能が停止していない敵へと背を見せるのは愚かだ。他人の命よりも、まず自分の命を大切にすることだね」

グレネードの砲口を、インシェント・ロアを後ろから、今まさにブレードで攻撃しようとしていたナインボールへと向け、トリガーを引いた。






「しかし、君は本当に変わってるね」
『え? 何がです?』
本気でわからないというように訊いてくるパイルホースに、内心苦笑しながらも答える。

「アリーナでの君の戦いぶりはよく耳にするし、今も実際にこの目で見た。
……まったく、鬼神のようだ。
だが、実際に君を目の前にしてみると、とてもそんな印象は受けない。
性格が変わるとか、そういうレベルじゃない。
戦闘中と今とでは、受ける雰囲気そのものが、まさに別人だ。
で、なにが君にそんな二面性をつくらせたのか――ちょっと気になってね」
『屈折してません? その考え方』
パイルホースの答えに苦笑する。
「だろうね。確かに屈折してる。昔からよく言われるよ。
まあ、気に障ったなら謝ろう。すまなかったね」


沈黙が流れる。


…………駄目だ。なんと切り出せばいいのか分からない。

今更何をやっているんだ……俺は。知らせる必要は無いんだ。むしろ、知られない方がいいに決まっている。

何もかもそっとしておくべきなんだ。もう……遅すぎた。諦めるべきだ。

頭を振り、再び周囲に意識を集中させる。

またもゲート。近づくだけで無音で開く。が――


紅い。紅い、機体。ナインボールではない。これは、確か……

『“セラフ”!!』






唐突な遭遇に一瞬思考が空白となるが、しかしすぐに回復。

変形し、飛行する“セラフ”

数発のミサイルが降り注ぐ。

それらをOBで回避、同時に“セラフ”へと接近する。
『これが……“セラフ”?』
若干の驚きを含んだペインライダーの声。
「今までのとは格が違うわ。気をつけて」
それだけ言い、変形を解除し、パルスキャノンを乱射してくる“セラフ”へと構わずブーストで接近。

頭上を大型の榴弾が通り過ぎ、セラフに着弾。

炸裂、爆炎が“セラフ”を包み込み、その動きが一瞬止まる。

『だがまあ、排除すべき“敵”であることにかわりはない。だろう?』
「ええ……」

肉迫し“セラフ”へと射突型ブレードを叩き込み、すぐさま振るわれるブレードを後ろへの跳躍でかろうじて回避。

ドミネーターがそこへさらにレーザーキャノンを撃ち込む。

“セラフ”は変形し、飛翔。

大きく振ったレーザーブレードは見事に空を切る。

ドミネーターは着地、レーザーキャノンを2連射。

降り注ぐミサイルの群れを破壊し、さらに“セラフ”を掠める。

大きく弧を描くように旋回し、チェインガンを掃射しつつ降下、急速接近する“セラフ”。

ドミネーターはそこにグレネードを発射。

“セラフ”はそれをチェインガンで迎撃、爆炎の中を突き進み、ドミネーターに肉迫。

人型形態に変形し、滑るようにドミネーターの背後を取ると、その左腕を振り上げ――







パルスライフルの射線から逃れるべく、OBで空を翔る。

OBを停止、自由落下。

数基のミサイルが頭上を通り過ぎる。

ブースタを噴かし、エルルケーニヒの巨体を強引に上昇させる。そしてOBを起動。

足元を掠める数発の榴弾。

OBが発動、パルスライフルを発射しながらブーストで接近してくるナインボールを、左腕から伸びた光の白刃が一薙ぎ、両断する。

ブースタを噴かしながらゆっくりと着地、レーダーを確認し、上を向く。

滞空しながらグレネードの砲身を構えたナインボールが一機。

レーザーライフルを連射。

一発が放たれた榴弾に命中、撃ち落とす。

残りはすべてナインボールに直撃。

ジェネレーターに被弾したのか、その場でコアを中心として爆散する。

銃口を下げ、TBを発動しながら連射、接近しつつあった2機のナインボールを牽制する。

そしてブレードから光波を射出。

一機のナインボールを腰のあたりで真っ二つに切り裂く。

そして再びTBを使用、ブレードを振る。

ブーストで飛び掛ってきたナインボールのブレードの刀身を弾き、その体勢を崩す。

そして銃口を無防備なコアへと向け、撃った。



「これだけの数が居るとなると……どうやら、情報に誤りは無かったようだな。そうだな……後で、グリーエンには礼のメールでも送っておこうか」

――尤も、フェイクという可能性も、無いわけではないがね。

「まあ、いいだろう。どちらにせよ、じき見つかるはずだ」
マップで他のレイヴンの動向を確認する。
やはりシャッテンはパイルホースたちに近づいている。
間もなく接触する頃合か。

「今のところ、“物語”は滞り無く動いている。全て……ね」








動くものの何も無い通路。

そこに一機のAC。

そのレイヴン、シャッテンを動かしているのは、憎悪や怨恨など、悪意の類ではない。

徹底して無関心な、任務に忠実なだけの意志。

ある意味最もレイヴンらしく、ある意味最も人間らしくない、確固としているように見えて、しかしその実曖昧模糊な、意志と呼ぶことさえ憚られるような意志。

それは危険な刃。意志なき意志。

ただ漠然と、そこにあるというだけの意志。

それは危険な刃。意志なき意志。


何も無い、そこにあるというだけの、意志。








“セラフ”は完全にドミネーターの背後を取った。

この機体、グリムゲルデには一切射撃兵装が存在しない。
つまり、この距離からの援護は不可能。
――まあ、あったところでライフルやマシンガン程度でどうにかできるわけでもないが。
そしてドミネーターはそれなりに重量のある逆間接AC。機動性はそれほど高いとはいえない。
つまり回避は不可能。向き直って迎撃なんてもってのほか。

即ちペインライダーの命も、あと2秒といったところか。

まったく、どうしようもないぐらいに情けない。

ペインライダーが、ではない。

自分が、だ。


右腕を掲げる“セラフ”。

蒼い光の刃。

振り下ろされる。

そして、真っ二つに切り裂く。







直前にドミネーターがパージした、榴弾の満載されたグレネード・ランチャーの弾倉を。


桁違いの大爆発。


吹き飛ばされる両機。

いや、ドミネーターは寸前で跳躍の体勢をとっていた為、跳んだと形容するほうが近いか。

ともかく、両機の距離は大きく離れた。

そして、大きなチャンスだ。

ドミネーターはそのまま滞空し、もう一門のグレネードを展開、発射。

飛び立とうとした“セラフ”の頭を抑えた。

そして、OBで肉迫、すれ違い様に飛行体勢に入った“セラフ”の胸部へと斬撃を叩き込む。

確かな手ごたえ。

が、“セラフ”はこちらに反撃しようとはせず、ドームの天井付近へと上昇。

ドミネーターが再度グレネードを放つが、容易に回避。

そして、天井付近に開いたゲートから飛び出していった。


『…………なんだ? あれは……』
左肩のグレネードをパージしながらドミネーターは着地し、こちらに近づいてくる。

何もいえない。
今回の撤退は、今までで一番不自然なものだった。
まず、そうする必要性が無いはずなのだ。
『とにかく、先に進むべきかな? と言っても、もう残弾が心許ないんだが――』

その時、

ドームの両端にあるゲートのうち、入ってきたほうのゲートが開き、黒い軽量2脚ACがOBで飛び込んでくる。
確か、クオと一緒に行ったはずじゃあ……

しかしそれは、こちらに接近し、右腕を大きく振りかぶった。
「……え?」



その一瞬の判断の遅れは、どうしようもないぐらいに――



致命的だった。






『君は、今のこの世界をどう思う?』
「え……?」
ジンの突然の問いかけに、間抜けな声を上げる。
「あの……どういう意味です?」
しかしその問いには答えず、ジンは続ける。
『国家という支配体系は既に失われ、それに代わって台頭した企業たちは、己の利益と権力の拡大を中心に全てを考えている。これでいいのだろうか? はたしてこれが、本当にあるべき世界の姿だというのか? だとすれば、あまりにも…………救いが無さ過ぎる』

淡々と、しかし熱っぽく、語るジン。
『すでに世界は、その方向性をどうしようもないぐらいに見誤っている。これ以上の発展は、もうありえない。残されているのは、緩慢な衰退と、破滅だけだ。違うかな?』

何も答えられない。
ただ、今まで漠然と抱いていた不安が、急速に形を成していくのだけが、はっきりと理解できる。

『今求められているのは、力だ。圧倒的な力で、全てを滅却するのだ。旧世代技術――それを手に入れることが出来たならば、それは容易なことだ。夢物語ではなくなる』

…………そんな

………………まさか

……………………嘘だろ?

『新しい何かを手に入れるためには、今あるものを一度壊さなければならない。全てを擲つ覚悟が無ければ、新たな何かを手に入れることなどできはしない。そうだろう?』
「……わかりません。そんな事、考えたことも無かったんですから。でも……でも、俺は――」

OBを起動。

「ユーリを殺したあなたを、許せはしないんですよ」






「…………なんだ? あれは……」
左肩のグレネードをパージしながらブーストを噴かしてゆっくりと着地し、グリムゲルデへと近づく。

何もわからない。
さっきは咄嗟にグレネード・ランチャーを身代わりにしたが、それももうできない。
あのまま続けていたなら、“セラフ”のほうに分があるというのは歴然だったというのに。
「とにかく、先に進むべきかな? と言っても、もう残弾が心許ないんだが――」

その時、

ドームの両端にあるゲートのうち、入ってきたほうのゲートが開き、黒い軽量2脚ACがOBで飛び込んでくる。
確か、あの得体の知れない男と行動していたはずだと思ったが……

しかしそれはグリムゲルデに急接近し、右腕を大きく振りかぶった。
「――ッ!!」

考えるよりも先に体が動いた。
――だがまあ、正常な思考ができたところで、やる事は変らなかっただろう。

自分の愚かさと甘さから、こんな道を歩むことになった(少なくとも自分はそう思っている。あの“家”の責任にする気は毛頭無い)妹だ。

それが眼前で殺されるのを黙って見ているなんていう考えが、浮かぶはずも無かった。

だから、グリムゲルデの前に立ちはだかった。

迫る、死。

「すまなかったね、フィオナ」


もしも人違いだったなら、随分と馬鹿げた死に方だな――

そんな戯言めいたことを考え、そして――終わった。







頭の中で、ペインライダーの最期の言葉が、幾度と無く幾度と無くリフレインされる。

「あ…………あぁ……ぁぁあ」
押し寄せるのは絶望。
そして後悔。

死んだと思っていた兄様が実は生きていて、でも結局死んで、何も変っていないはずなのに。

しかしそれを知覚するということは。それを認識するということは――

「あぁぁぁぁぁ………………ああ」

阿呆のように開いた口から、慟哭が漏れる。

剥がれ落ちていく虚構――即ち、今現在の自分という人格の殆どをを構成する要素。

これで何度目になるだろうか……


そして

目の前に黒い影が迫り

その左腕を振り上げ――








跳躍。OBが発動。轟音。

足元を掠め、榴弾がゲートに突き刺さり、爆炎を撒き散らす。

「ああ、殺したっていうのは不適切かもしれませんね。でも、俺の語彙にはそれ以上の表現はないんですよ」

旋回し、リニアライフルを構える。

『――いつ気がついたのか…………教えてくれないかな?』

背部のグレネード・ランチャーを展開したロー・エリミネイターを補足、リニアライフルを2連射する。

が、その時にはロー・エリミネイターもOBを発動しており、金属製の床に起爆剤と磁力により加速された高速特殊弾頭が炸裂。

「最初に、おかしいと思ったのはこの前、“イゾルデ”で会った時です。
あなたはアレを……“セラフ”と呼んだ。俺は何も言っていないのに。
……でも、その時は、あなたもミラージュから“セラフ”関係の依頼を受けたことがあるんだと、そうやって自分を誤魔化していた。
そんなことを考える余裕がなかったってのもありますけど、何より――あなたがユーリを殺したというのを、信じたくなかった」

ロー・エリミネイターの2丁のアサルトライフルによる的確な射撃を受け、インシェント・ロアの装甲が少しずつ、だが確実に削られていく。

『それは……迂闊だったな。本当に……。正直、私も動揺していたんだ。
まさかユーリが、“セラフ”の復旧に携わっていただなんて、思いもしなかった。
知らなかったんだよ。本当に――知らなかった』

マイクロミサイルをロック、発射。

「知らなかったことが免罪符になるだなんて、そんな甘い考えを持ってるわけではないでしょう?」

収束する11基のミサイル。

ロー・エリミネイターは即座に機体を切り返し、マイクロミサイルはその横を通り過ぎていく。

『……当然だ。むしろそれ自体が罪でもある。それに、“セラフ”を使った間接的なものとはいえ、私がユーリを殺したという事実は揺るぎようの無いもの。罪は二重だ』

そしてそこを狙い、ブーストで肉薄、リニアライフルとマシンガンを連射する。

『もう、今更だとは思うが――私とともに来てくれる気は、やはり無いかな?』

直撃し、ロー・エリミネイターがバランスを崩す。

さらに追い討ちをかけようとして、不吉な予感に飛び退く。

一瞬前までインシェント・ロアの居た空間に、榴弾が炸裂。

「その冗談は…………笑えませんよ」

爆風に吹き飛ばされるが、機体構造へのダメージは殆ど無い。

ブーストで勢いを殺しつつ着地、レーダーを見る。

……真上!!

頭上から降り注ぐライフル弾、頭部に直撃。

メーンカメラこそ無事だが、頭部のサブカメラとレーダーがやられた。

レーダーの表示が消え、モニターの画像がやや揺らぐ。

軽く舌打ちし、ブーストダッシュで距離を離しつつ照準を上に動かす。

武器をミサイルに変更してロー・エリミネイターを捕捉。

『そうか……君なら、相応しいと思ったんだがね』

着地と同時にロー・エリミネイターはグレネードを発射。

紙一重で回避し、OBで急速接近。

そしてマイクロミサイルを発射。

FCSの照準最適化中のため、右腕のライフルは発射不可能。

「傲慢ですよ、それは。俺の器を勝手に決め付けないでください。それに――過大評価です」

もう一丁のライフルにより数発落とされるが、殆どはロー・エリミネイターに直撃。そしてインシェント・ロアも一気に肉薄する。

弾の殆ど残っていないマシンガンを投げ捨て、レーザーブレードを取り出す。そして一閃。

左側のライフルの銃身を半ばほどで切断。

返す刃でロー・エリミネイターのコアを狙う。

が、ブーストで退かれ、先端が掠っただけに止まる。

出力の低いこのブレードでは、刀身に触れた程度ではダメージは殆ど無い。

そしてロー・エリミネイターは格納していたレーザーブレードを装着、橙色の光が迸る。


   閃光、そして弾ける2機のAC。


お互いもつれ合うように近接戦闘に入り、赤と橙の閃光が交差する。

おもむろにロー・エリミネイターはOBを発動、ブレードの軌跡の外側をすり抜けるように視界から消える。
「――ッ!!」

ブーストでロー・エリミネイターから距離をとるように後退しながら、旋回。


 至近距離。
      コアを捉えた砲口。
               マズルフラッシュ。
                        放たれる榴弾。
                               そして数瞬先にやってくるであろう死。


この距離で食らえば、まず助かるまい。
冷静にそんなことを考えながらも、意識は全く回避へとはたらかない。

しかし無意識下でも、思考のプロセスの一切をすっ飛ばし、体は動いた。
――それは、脳髄に刷り込まれた戦場での生存のプログラム。パイルホースを縛るものとはまさにこれなのだが、パイルホース本人はそれに気づいてはいない。

右腕に持ったリニアライフル。

それを、放たれたばかりの榴弾へと、一気に叩きつける。

凄まじい光と……音。


赤く……赤く、視界が染まる。











覚醒。


「――ッ!!」

振り下ろされる紫の刃を認識し、咄嗟に後退。先端が掠めるが、大したダメージは無い。
そしてその腕部の形状からデュアルブレードと判断、振り下ろされた左腕の側へと回り込む。

予想通り、黒い軽量2脚ACはその右腕からブレードを発生させ、振るった。
そしてOBで距離を離し、右肩のチェインガンから無数の砲弾をばら撒いてくる。

ブースタを噴かして左右に機体を振りながら後退する。

敵の機体は、エクステンションのTBとデュアルブレードを見る限り、接近戦重視型のようだが、肩の携行型チェインガンとグレネードにより、中距離戦もある程度はこなせる、か……。

まあ、どちらも近接戦闘で最も威力を発揮する武器であることから、やはり得意レンジは近距離だろう。
近距離戦主体で射撃武器搭載となると、このグリムゲルデでは少々、分が悪い。
となると、相手が仕掛けてくるのを待つのが得策か。


――しかし、なかなか攻勢に出ようとしない。

中距離を保ち、散発的にチェインガンを撃ってくるだけ。
恐らく焦り、もしくは苛立ちによるミスを誘っているのだろうが――

無駄だ。

今の自分に、その手は効かない。

虚無に焦りは無い。

絶無に苛立ちは無い。

それが自分の強さであり、また弱さでもある。

詭弁ではない。逆説でもない。

自分の強さは知っているし、それが弱さの裏返しであることも理解している。

自分の弱さは知っているし、それが強さの裏返しであることも認識している。

だから、今だけは弱さを強さに、強さを強さにすることもできる。

詭弁ではない。逆接でもない。

それが私を今まで生かしてきた(それが自分の望んでいたものかどうかは別として)モノ。

今の私なら、兄様の死も、戦闘に影響を及ぼすことは無い。

「うふ……」

黒いACは、まだ中距離を保持したままチェインガンを乱射している。

「アハ……アハハハ…………」

突然黒いACはOBを発動し肉薄、携行型グレネードを2連射する。

「さあ――」

それを跳躍し回避、TBで振り向きつつOBを発動し――

「何秒、持つのかしらね?」


黒いACの、そして己の間合いへと――這い入った。










エルルケーニヒがゲートを開けるなり、殺到するミサイル。
それをレーザーライフルを二連射し、撃墜

同時にOBを発動し、一気に部屋の中央まで飛び込む。ロックサイトを上に向け、飛行中の“セラフ”を捕捉、トリガーを引く。

“セラフ”はそれを巧みにくぐり抜け、チェインガンを掃射しながら接近してくる。

ブーストで左右移動しながら後退し、回避。レーザーライフルを乱射。

しかし“セラフ”はさらに接近し、眼前で変形、交差させるように両腕のブレードを振った。

それらを左腕のブレードで同時に受け止める。

間近で見ると、“セラフ”が結構なダメージを受けていることに気がつく。

「――ペインライダーとパイルホース、か? まぁ、流石といったところかな」

ブレードを受け止めたまま、至近距離でレーザーライフルを2連射、直撃、“セラフ”はパルスキャノンを乱射しながら後退する。

「実に……面白いじゃないか」

変形、飛行し頭上を通り過ぎる“セラフ”をTBで捕捉、OBで距離をつめる。

ミサイルの雨。OBの加速を維持したまますり抜ける。

数発被弾するが、戦闘続行に支障はない。

“セラフ”へとレーザーライフルを向け――

突然“セラフ”は空中で変形、慣性で若干移動するが、推力を失い、抵抗の大きくなった機体は減速。OBを発動したままの“エルルケーニヒ”はその横を通り過ぎる。

「小癪な……」

すぐさまOBを停止し、TBで強引に機体を旋回させる。

光の刃がぶつかりあい、エルルケーニヒはブーストで後退。“セラフ”は再び変形、弧を描くように空中で旋回しながら、ミサイルを放つ。

牽制にレーザーライフルを3連射、すぐに重量級とは思えぬ敏捷さで飛び退く。

先ほどまでエルルケーニヒの居た場所に、ミサイルの雨が着弾、同時にチェインガンを乱射しながら変形し、“セラフ”がら落下してくる。

その周囲に数発の光芒が突き刺さり、“セラフ”を足止めする。

即座にエルルケーニヒはOBで、パルスキャノンを乱射する“セラフ”に急接近。

ブレードを発生させ、振られかけた右腕をブレードで弾く。

そして振り上げられかけた左腕を、レーザーライフルの銃身で打ち据える。


      閃く白刃


コアを深々と切り裂かれ、大きくよろめいた“セラフ”へと、エルルケーニヒは至近距離からレーザーライフルを連射する。

“セラフ”はその直撃を受けながらも変形し、離脱しようとする。

が、エルルケーニヒはそれを逃すことなくTBで機体を強引に旋回させ、ブレードを振る。

それは吸い込まれるように左翼の付け根を捉え、容易く切断する。

ブースタを一基失い、バランスを崩した“セラフ”は失速、墜落。

そして、動かなくなった。


それを見届け、エルルケーニヒはさらに奥へと進んでいく。







デュアルブレードによる一撃をブレードで捌き、続く右の斬撃を、その反動で後ろに跳び回避。
間髪入れずOBが発動、黒いACの頭上を飛び越え、さらなる斬撃を回避する。

黒いACはすぐにTBで振り向きチェインガンを発射するが、グリムゲルデはすでにOBを停止。ブーストで強引に機体を切り返し、迫りくる無数の砲弾を回避する。

そしてチェインガンの火線をブーストですり抜け肉薄、ブレードを振るう。
僅かな手ごたえ。チェインガンの砲身を、半ばで切断する。

黒いACの左腕が跳ね上がり、その先端の巨大な杭が、グリムゲルデの右側のエクステンションを貫く。
そして黒いACは即座に背部のグレネードを展開、その砲口が二連続で光を放つ。

本来回避不可能な間合いでの攻撃。

が、グリムゲルデはその初弾を振るったブレードで切断、返す刀で2発目の流弾を刺し貫く。
至近距離での爆発に煽られ、2機の距離は大きく離れる。


黒いACはOBで再びグリムゲルデに接近。デュアルブレードによる巧みな連撃を繰り出す。
グリムゲルデは、少しずつ後退しながらその猛撃を防ぐ。

不意にグリムゲルデはOBを起動、黒いACを飛び越えるように正面へと跳躍。
しかしその瞬間黒いACの右腕が跳ね上がり、グリムゲルデの左前脚を切断する。

OBが発動、またも距離を離し、ブースタを噴かして三本脚となった機体のバランスを取りながら着地。黒いACに向き合う。

黒いACは即座にOBを発動、それを追う。

グリムゲルデはその場に静止、黒いACが接近しても、微動だにしない。

黒いACは上半身を捻り、右腕を引く。

そしてその先端の杭を、動かないグリムゲルデのコア目掛け、突き出した。

が、グリムゲルデはおもむろに左腕を盾のように構え、それをレーザーブレードユニットで受け止める。

その一撃で、左腕はその機能を完全に失った。

黒いACはすぐさま右腕を引き、代わりに左腕からレーザーブレードを発生させ、グリムゲルデのコア目掛け突き出す。


だがその直前にグリムゲルデはブーストを軽く噴かし、右前脚に重心を移動させる。


そしてTBを発動。左側しか残っていないそれは、グリムゲルデの右前脚を軸として、その巨体を大きく回転させる。


その横をブレードが掠め、左肩の装甲を焦がす。


そして、グリムゲルデはちょうど黒いACの無防備な背中につく形になり――



容赦無い射突型ブレードの一撃を叩き込んだ。








『なッ――!!』
ミサイルを発射。11基のマイクロミサイルが爆炎を突き抜け、ロー・エリミネイターへと突き刺さる。

直撃し、一瞬硬直する。

そこへ、さらにミサイルを発射。

ロー・エリミネイターの頭部とミサイルポッドが吹き飛ぶ。

これで、ロー・エリミネイターの武装はブレードのみとなった。グレネード・ランチャーはもちろん、ライフルも、先の爆発で銃口が歪んでいる。使い物になるまい。

が、こちらもリニアライフルを失い、マイクロミサイルの弾も切れた。
だから、決して有利というわけではない。

お互いのブレードがぶつかり合い、からみ合い、はじけ合う。

『もう一度言うよ。君は、本当に私と来るつもりは無いのかな』
「くどいですよ……さっきも言ったでしょう?」

幾合も幾合も斬りあいながらも、しかし決着はつかない。

こちらのブレードは、掠める事こそ何度かあれ、致命打を与えることはできず、しかし相手のブレードも、こちらをまともに捉えることはできていない。

しだいに焦りが生まれる。

最強のレイヴン、ジンと相対しているというプレッシャーが、ついに破裂した。

『……いいだろう』

そして、救いようの無い愚かな行動――肉を切らせて骨を絶つ――に出る。

ロー・エリミネイターのブレードに構わず肉薄。直撃を受け、頭部が消滅。コアのサブカメラに移行するまでの間、視界がブラックアウトする。

しかし、もう目が必要な距離ではない。

この間合いでブレードを振れば、確実にコアに直撃させることができる。

勝利を確信し、ブレードを一閃。そして――

シュゥゥゥゥ……

え?

『だとすれば――“あんなもの”と関わってしまったのが、君の不幸だ』

視界が回復。

ロー・エリミネイターは、完全にブレードの有効レンジ外に、居た。


何故だ。


直前のあの位置では、いくら武装をパージしたとはいえ――


ああ、なんだ。バックブースタか。


すっかり……忘れてた。


ロー・エリミネイターの左腕から、橙色の光の刃が生まれる。


そして、ロー・エリミネイターは迫る。


そして、死は迫る。


世界がゆっくりになる。


 ゆっくり  ゆっくり   ゆっくり    ゆっくり     ゆっくり
  


             死が手招きする


その流れに身を委ねかけ――


ブレードの刀身を、左腕で受け止める


なにがそうさせたかはわからない。


溶解するブレード、そして装甲板。


しかし理由が必要とも思えない。


長くは持たないが、長く持つ必要も無い。この一撃を受け流せればいいのだ。


行動にいちいち理由なんてものが必要なら、このクソみたいな世界に、いよいよ価値を見出せなくなるのだから。


奥の手の格納武器、WH03M−FINGER。その銃口をロー・エリミネイターの無防備なコアへと押し付け、そして――トリガーを引いた。


小気味よい連射音。


無数の銃弾が、コックピットハッチを砕き引き裂き吹き飛ばし、その中身を抉り貫き掻き回し、


やがて、弾の切れたガトリング機構の空回りする音だけが響く。




「……俺の不幸は、今に始まった事じゃないですよ」

インシェント・ロアはしばしその場に立ち尽くし、しかしやがて、


ゆっくりと先へ進んだ。







その、ドーム状の部屋の中の光景は、ゼロフィニを困惑させるのには十分すぎた。
「なんだ……いったい何が…………?」

その部屋の中にあるモノ。

紅い装甲板の破片。

コアブロックに風穴を開けられたドミネーター

僚機のはずの黒い軽量2脚AC。

そして、そのコアを背後から射突型ブレードで串刺しにしているグリムゲルデ

どれも、動き出す様子は無い。


完全な、


停滞



が、しかし。ぼんやりと見ているわけにもいかない。

とにかく、ここで何か武装を手に入れないことにはどうしようもない。

今のインシェント・ロアは完全な丸腰。
なんのつもりで先に進んだのか――自分のことの癖に、まったく理解できない。

もしも、別ルートに進んだはずの3機の残骸がここに無ければ、このままずっと先に進んだのだろうか?


……多分、そうだったのだろう。


辺りを見回し、傍目には不具合はなさそうな武器は、グレネード・ランチャーが通常のものと携行型、それぞれ一個ずつあったが、近づき、どちらも弾切れであることに気づく。

とすれば残るは――

「おいおい、マジかよ?」

グリムゲルデへと近づき、黒いACに突き刺さったままの射突型ブレードに目をやる。

……まだ射出用の炸薬も残っているようだ。

「よりによって、これかよ……え?」

苦笑し、その刀身を黒いACのコアから引き抜く。

――まぁ、あまり気持ちのいい作業ではない。

そして、奇跡的にもなんとか稼動する左腕を用いてグリムゲルデの右腕部からそれを取り外し、自機の右腕部に装着する。

もう、今更退くというわけにもいかない。

とうに引き際は逃している。いや――

「そもそも引き際なんて、あったか?」

ひとりごち、フットペダルを踏み込んだ。






「君の役割はもう、終わったのだよ」

ひとりごちるように、クオは言った。

「君の守るべき使命も、秩序も、何もかも無くなった。君の手足となったハスラーワンも、レイヴンズネストも、遠い、過去の存在なのだよ。誰も覚えているものは――いや、知る者はいない。とうの昔に過ぎ去った、遠い、過去の存在なのだよ」

詠うようなクオの言葉にも、目の前の巨大なコンピューターは答えない。

否――答えられない。

それはもう、まともには機能していない。

というよりも、今だ機能していることがおかしいのだ。

そこにあるのはただの残滓。

過ぎ去りし、過去の、残滓。

故にこれは、ただの独白。

誰に聞かせるでもない。強いて言うなれば、この出来損ないの舞台を退屈気に観ている観客たちへの、独白。

「機械仕掛けの神として、この悲劇に、この喜劇に、相応しい終幕を与える為に。私はここに居る」

しかしあの日、確かに終わりを告げた筈だ。

この馬鹿げた世界から、物語から外れた筈だ。

故にこれは、非常に私的な破壊。

物語の中に残した柵を取り除き、完全に物語の外に在り続けるための、破壊。

「全く……。やはり私には、この世界というものが未だに理解できんよ」

クオは、疲れたように呟く。

「君は、斯様にくだらないものを――斯様に馬鹿げたものを、守るために生み出されたのか……」

レーザーライフルの銃口を、それへと向ける。

「だとすれば、君があまりにも、哀れに思えてくるね。…………おや、私にまだ憐憫などというものが残っていたとはね。これは驚きだ」

愉快そうに嗤いながら、大仰に声をあげる。


そして  トリガーを    そっと      引いた。


蒼い光条が中枢を貫き、その機能を、完全に破壊した。










その部屋の中央に、“それ”は居た。

満身創痍――という表現を機械に対して用いるのは間違っている気もするが、それの状態を表すのには、その言葉が最も適しているようにも思えた。

「けじめは付けとけ――そういうことか?」

“それ”を真正面に見据え、ひとりごちた。

――紅い、“セラフ”

今やその羽根ももがれ、地に落ちた、“セラフ”

だが、それでもなお守るために、戦おうとする“セラフ”

全く――理解できない

まあ、したくもないが。

『メインコンピュータの破壊を確認。機密保持のため、自爆プログラム作動します。施設内の研究員は直ちに脱出してください』

誰が……って、あの男、クオ=ヴァディスしか居ないか。

さっさと終わらせないと、こいつと心中するハメになる、ってか。

そいつは願い下げだな。

――まぁ、長引くような性質の戦闘ではないか。

「さあ、来いよ……」


OBを起動。


一瞬の溜め、そして圧倒的な加速。


“セラフ”も、右腕からブレードを発生させ、滑るように迫ってくる。


こちらの武器は、右腕に装備した射突型ブレードのみ。


そしてどちらも、動くのが不思議なほどの損傷具合。


間違いなく――次の一撃で全て決まる。


覚悟は、とうにできている。


煌くブレード。


擦れ違う、紅と蒼。


確かな手応え。


慣性でお互い数メートルほど滑り――




全てが、






止まった。







切り裂かれた右腕が、音を立てて落ちる。

……一切の武装が無くなった。

これで“セラフ”が生きていれば、終わりだ。

ゆっくりと、後ろを向く。


歩み寄ってくる“セラフ”

「畜生…………」

振り上げられた右腕に、蒼い光の刃が形成される

終わりを覚悟したその時――


紅い閃光が、咲いた。

炎だ。

燃える……炎。

赤い、紅い、赫い、炎。

その目にすでに光は無い。

炎をあげながら身を捩じらせ、膝をつく“セラフ”

糸の切れた傀儡の如く、だらりと下げられる両腕。


体がピクリとも動かない。その光景を、ただぼんやりと見ることしかできない。


そして、その目に再び赤い、紅い、赫い光が宿る。

緩慢に顔を上げ、こちらを見据える様は、天使というよりもむしろ、悪魔。

赤い、紅い、赫い、炎。

それに絡みつかれながらも、ゆっくりと立ち上がる。

数本のコードと折れかけたシャフトで胴体と繋がっていた左腕が、火花を散らしながらその下に広がる炎の中に落ちる。

痙攣するように持ち上げられた右腕。

袖口からゆっくりと伸びる二連装の砲身。

その先端に、白い光が収束し、そして――


しかしその右腕も、関節の辺りで千切れ、炎の海に沈む。

そして、身悶えしながらついに炎の中に崩れ落ちる“セラフ”



もう、それっきり動くことはない。




終わった。


全てが――終わった。







『メインコンピュータの破壊を確認。機密保持のため、自爆プログラム作動します。施設内の研究員は直ちに脱出してください』
ぼんやりとした目覚め。
全てが終わったと気がつくのに、数秒を要した。

誰がやったのだろうか、と考えかけ止める。

それはあまりにも無意味で、無価値な疑問だ。

無意味である事は悪い事では無いと思うし、行動にいちいち意味を求めるのはいいことではないと思う。というより、人類の大半の人生は等しく無価値だ。間違いなく。

だが、無価値であるという事はどうなのだろうか。
出来損ないの欠陥製品たる私にとって、その言葉はちょうどピクニックの前夜に空に浮かぶ灰色の雲ぐらい暗鬱としたものなのだ。


行ったことなんて無いけれど。

いけない。思考がどんどんズレていく。

精神を病んでます。
心が壊れてます。

なんで……?

それも馬鹿げた、無意味で無価値な戯言だ。
原因など知ったところで結果は変わらない。それが過去であろうが未来であろうが同じだ。
今は無い。
今、という時を定義した次の瞬間には、今は過去となる。今はもう無い。
でも未来は今ではない。だから今は無い。

でも、だとすれば私は、何時に生きているというのか。
全ての物質は過去にも未来にも存在することはできない。
過去にあるのは記憶でしかなく、未来にあるのは願望でしかない。

では、私は何処に生きているのだろうか。
記憶でも願望でもない私には、今以外に存在する事は不可能。


――いや、そもそも過去や未来というもの自体が、今を基点として在るものだ。

即ち今が無いというのは、決定的で致命的な矛盾となるわけだ。

って、違う違う。

こんな無価値な思考をする時間は無い。

私でない誰かが私の脳髄を使って思考している。
でもそれを考えているのは私じゃないナニかだ。
だったら、今思考しているのは私?
そう、矛盾など、何一つ無いじゃないか。

それでも、今の私は私であって私じゃない。

さっきまでの私は壊れた。いまの私はただの器。

人格を再構築する必要がある。
もう、これで3度目。
いい加減終わりたいところだが、どうも――終われない。
理由は、あるようでないけど、やはりあるのではないだろうか。

何が私を縛る?

それを探さない限り、私は多分終われない。
そのためにも、今は人格の再構築が必要だ。

この空っぽの心に、たっぷりと虚構を注ぎこみ、塗りこみ……

劣化が進行していることに気がつきながらも、不器用にコピーを続けることしかできない。

なんと――無様なのだろうか。

今の私は、偽りでできている。

もう元には戻れないし、新しく作り直す方法を私は知らない。誰も知らない。

劣化コピーを続けるしか能の無い、人形。

そう、人形。

私は人形だ。

繰り糸の無い傀儡。

自分では動けない。誰にも動かせない。できそこない。欠陥製品。

なんで――なんで私はここに居る?

私はもう、10年前のあの日――死んだのだ。

いや、死んではいないか。

ただ――生きていないだけ。

どう違うのかと問われると困るが、はっきりと違うものだ。

死んでいるのと、生きていないの。

死は解放、生は束縛。

束縛されてもいないが解放されてもいない。

その中途半端さが、今の私の無様さの最たる原因。

しかし、それがわかったところでどうにもならない。

終わるためには私を縛るモノを探さなければならないのに、今の私を縛るものは、何一つ無いのだから。

この絶対矛盾の檻の中に、私は居る。

抜け出すことは今のところできない。

どうしようもないことだとわかっていながらも、どうにかしたいと願っている。

でも、それはもう、どうにもならないことだ。

兄様なら、どうにかしてくれたかもしれない。

でも多分、無理だっただろうし、その兄様ももう居ない。

今更何を言ったって遅い。

何も――変わりはしない。

だから――

『聞こえているかな?』

この声…………クオ?

『さて……どうも君に、脱出する様子が見られないのでね。故に、わざわざこのような形をとらせてもらうが――』

何を……言っている?

『君に、この施設からの脱出を依頼したい』

………どういうこと?

『報酬は、そうだな――100000Cもあれば十分かな? どうだろう。私が望んでいるのは君の生存、それだけだ』

………………

『この依頼が実に奇妙なものであることは十二分に承知している。しかし、どうだろう? 受けてくれるかな? もしも拒否するのであれば、まあ残念ながら君のことについては諦めざるを得ないね。まあ、これは私としては避けたいのだが』

…………………………

『脱出ルートはそちらのコンピュータに送信する。頭部のマッピング機能は生きてるかね?』

「ええ……」

『ふむ。それは受諾と取ってもいいね? では、宜しく』







インシェント・ロアは駆ける。

狭く、暗い通路を、

そんな余力が残っていたのかと驚くほどに速く、速く。

そこにあるのは生への執着というよりも、むしろ歪んだ義務感、ないし使命感。

それが何に起因するものなのか、正直ゼロフィニは理解できなかった。

ひょっとしたらそんなものは、端から無いのかもしれない。

いや――

違う。確かにある。

ジンさんの成そうとした事が正しかったのか否か、それが成就したとき、何がどう変わっていたのか。

自分はそれを、確かめなければならない。

それまでは少なくとも、死ぬわけにはいかないのだ。

だから……


インシェント・ロアは駆けた。

狭く、暗い通路を、

そんな余力が残っていたのかと驚くほどに速く、速く。









パイルホースは無感動に無感覚に無表情に無気力に、フットペダルを踏み続けた。

残された時間はそう多くは無い。

しかし、それは今のペイルホースにとってはどうでもいいことだった。

ここから脱出するのも、依頼という形をとられたから。

そこまでの価値が自分にあるとは、どうしても思えないのだが。

その理由を確かめたいという好奇心もあるが、そんなものが自分に残されていたというのは、驚き以外の何物でもない。


――とにかく、パイルホースは死を微塵にも恐れてはいない。

死は開放であり、苦痛ではない。そう信じているから。

しかし、自らそれを選ぶことは無い。

というよりできない。

だから、突発的な死というのは、喜ぶべきものでこそあれ忌むべきものではない。決して。

どうにもできないし、どうする必要もない、ただの、戯言だ。



あたかも人間のような人形の――戯言。












              そして

                      閃光が

                          全てを

            包み

    何も

               かもが

                           虚空に消え

この

                 一連の

    事件は

                     歴史に

                               刻まれる

          事も

      世に

             知られる事

                       もなく

  ひそやかに

                         その

         終焉を

                 迎えた






                    





                           



                                多分。








爆発――というよむしろ真っ白な閃光に包まれ、それは跡形もなく消滅した。

「終わった……のか?」

半ば呆然としながら、ゼロフィニはその光景を眺め、ひとりごちた。

それは――己の世界をズタズタにした事件の、あまりにも呆気無い幕切れに対する、失望と安堵と怒り。

嘆息し、シートに体重を預ける。

閃光が消えた後には、巨大なクレーターだけがぽつんと残されている。

何もかもが、消えた。

クオは、たぶん――いや、間違いなく脱出しただろう。

できればもう、これっきりといきたいもんだ。

再び嘆息、ぼんやりと、虚空に視線を彷徨わせる。

『ゼロフィニ、大丈夫ですか?』
「ッ!! ミュイ……。どうやって――」
『回線番号ぐらい暗記してますからね。簡単ですよ』
ああ――成る程な。
確かに、通信機器があり回線番号がわかっているなら、容易なことだ。
「あー……じゃあ、なんで今更?」
『ほら、アーカイブエリアが近いじゃないですか。だから普通の通信機ではまともに繋がらなかったんですよ。それでその用意に手間取って……。でも、その様子ではもう終わったみたいですね』
「……ああ。全部、終わった。終わったんだ。元トップランカー、ジンが全ての黒幕。それももう、死んで――それでオシマイ。ただそれだけの、話だ」
『ジン――あのトップランカーの? まさか、そんな……」
それには、流石にミュイも驚いたようだ。
「本当だよ。俺が………………倒した」
『凄いじゃないですか。……強かったんですね』

感心したようにつぶやくミュイ。

でも、

そんなことはない。俺は弱かった。笑ってしまうほどに。

だから、ジンさんを殺した。

ジンさんの目的が、手段が、正しいものだったのか。それとも間違ったものだったのか。

そんなことはちっとも考えようとせず、ただ、ユーリを殺したというだけで(間接的に、しかも過失だ)ジンさんを否定した。

馬鹿げていたとはわかっている。

間違っていたとはわかっている。

だが、そんな弱さが人であるということ。

そんな格好悪さが生きるということ。

ならば、それでいいじゃないか。


――分かってる。欺瞞だ。

自己を正当化するための、あからさますぎる方便。

それが理解できる程度には自覚的だが、裏を返せば、それを理解しながらも自分を欺いている救いようも無い奴。

狂ってるのか腐ってるのか、それともその両方なのか……。

『あ、そうそう、ほんの数十分ほど前に決定したことなんですがね――』

ミュイが、さも今思い出したかのように切り出した。
しかし、こいつに限ってそんなことは無いだろう。

『グローバル=コーテックスに代わる新たなレイヴンへの依頼斡旋組織として、レイヴンズ・アークが設立されました。
この前のメールで言った通り、やはり運営メンバー以外の殆どは、コーテックスの時と何も変わりません』
「へぇ、そりゃよかった」
『なんだか、嬉しそうじゃありません?』
嬉しいよ。これで、お前みたいなプッツンオペレーターともオサラバできるんだしな――とは言わなかった。言えるはずも無い。
だからいや、と短く答えるだけに止まった。

ああそれと、とミュイは続ける。
『これは、本当ならメールで伝えるべきことなんでしょうが……』
「なんだよ。早く言ってくれ」
『実は私、あなたのこど――』
「ちょっと待てオイ!!」
『はい?』
「……嘘だよな?」」
『ええ、嘘ですが?』

……相も変わらずいい性格してやがる。流石元コーテックス最強のプッツンオペレーター。
「――で、実際の用件は?」

『では、手短にいきましょう。
私、この度新しくあなたの担当となりましたミュイ=シーゲルと申します。おつきあいが長くなるか短くなるかは、全てあなたの腕次第ですが』



一瞬の空白。



無論意識が。



「こ――」
『こ?』
「こんなの……こんなの、アリかよ!!」
叫んだ。というより叫ぶしかなかった。






だがこれで、あの事件は終わった。
明日からは、どこにでもあるようなありふれた――あくまでレイヴンから見ての、だ――日常が、だらだらと緩慢に、惰性で続いていくのだろう。
しかしそれは、不幸なことではない。
劇的な変化の先に希望が待っているとは限らない。
むしろ、不変を壊すリスクはあまりにも大きく、得られるものはあまりにも少ないかもしれない――そのうえ、それすら得られる確証など微塵も存在しない――のだから。

だから、これでいい。これで――いいのだ。


たとえそれが、どうしようもないほどの誤りなのだとしても……それを信じないわけにはいかない。

そうしなくては、潰れてしまう。

世に満ちた欺瞞を享受し続けることだけが、人が生きていく術なのだから。

真実は決して、拠り所とはならない。真実のような揺らぎやすいものを拠り所としていては、すぐに潰れてしまう。



――そうとでも思わなければ、やっていけない。
なあ、そうだろ?