LOVE LETTER FROM MARS


 駆け込んだ管制室は警報が荒れ狂い、まるで血の渦の中にいるようだった。エンターキーの一押しで部屋中のモニターに、光と銃声が開きだす。ゲイラーは息を切らしながら無線をつないで制御コンピューターに腰を下ろした。
『隊長、無重力訓練プール付近を制圧。敵は退却、休憩室までの進路を確保しました』
「よくやった、W2からW5までを閉鎖する。そのまま前進しろ」
 すぐにキーボードに指を踊らせると、通路を映す画面のいくつかが鉄のシャッターに閉ざされた。
『遠心室前、タキガワです! 数が多すぎて弾が足りません。早く救援を!』
「いま西側の連中を送ったところだ、弾に余裕がある奴を前に出せ。弾幕を張って後退し、休憩室に続く廊下で合流しろ」
『了解!』
 煙を立てて転がる薬莢、ワインダーズの灰色の制服と薄汚れた人影が、銃声にあわせて見え隠れする。壁にひっこんでは撃ち、突入も退却もしない侵入者。シンデレラがシェルターに避難するまでの時間稼ぎとはいえ、AC戦のスペシャリストのワインダーズにとっては、厄介な相手だった。
 ゲイラーは平静を保ったまま、外を映す巨大なスクリーンを見上げる。数十のマズルフラッシュで、暗闇からくりぬかれた草原と調和のないACたちが浮かび上がった。
『こちらカルロ。モーナ機、龍玉機と警備につきます』
 砲撃の息を継ぐ暗闇で、動力筋のしなやかな躍動音が響く。三体の巨人は施設を中心に完璧な正三角に別れて、寄せては返す威嚇射撃をただ静かに見守る。
『くそ、反撃しないのをいいことに……オラたちを完全に舐めている』
 龍玉が中国訛りの啖呵を切った。
「落ち着け、すぐにバイヤブルーが出る。お前たちはここにいろ」
 これは面倒になりそうだ、とゲイラーは思った。普段なら思いも思いに突っ込んで来るはずのレイヴンが拙い統制を取って攻めて来ている。乗り手の腕はチンピラ並みだが、明らかにその上には絶対的なリーダーがいるはずだ。
「どこにいる?」
 彼は静かにうめいた、いま目の前でぶっ放している連中はどう見てもその器ではない。
 リーダーはここにはいない、もしかしたら安全な場所で座って指示を出しているかもしれない。
 だが、もしもどこかに潜んでいたら――目の前のいびつな軍隊は、頭を隠して尻を振っているだけなのだ。
「モーナ、カルロ、龍玉、気を抜くな」
 本丸を守るワインダーズの三強に釘を刺して、ゲイラーは叫んだ。
「AC隊、反撃開始!」
 施設の横に止めたリグからジェネレーターの息吹が溢れる。フルスロットルの緊急起動、ワインダーズの操るジオ社量産AC『バイヤブルー』の十の瞳が輝き、倒すべき敵を睨みつける。そしてそれらは、まるでひとつの意思を持っているように、一斉に背中から青い炎を噴き出して高速の矢となった。
 迫りくるワインダーズの流星群。だが、普通はあたふたするはずの『今時のレイヴン』たちは冷静に銃を下ろし、一列に並んでミサイルの絨毯を作った。チンピラに教え込まれた対応は、ゲイラーに改めてそのリーダーの力量を示した。
「各自散開、十分に間を空けろ!」
 ワインダーズの流星群が扇のように広がり、煙を吐き出して迫る牙の隙間を潜り抜ける。いびつに曲がりくねったミサイルの爆発を背に、振り上げた水色の左腕から灼熱の剣が生えた。倍の敵にひるみもせず、ワインダーズは一斉にブースターを噴かして10本のプラズマの激流を叩きつける。
 とうとう策が尽きて慌てふためいたレイヴンを一閃。なぎ払われた鉄の体が溶け散り、太刀筋を追うように草が弧を描いて燃え上がる。逃げだす炎に追う炎、ぐちゃぐちゃに崩れた陣形に飛び交う射線。接近戦を経験したことのない素人レイヴンが銃で同士討ちを始まる中、バイヤブルーは素早いステップで剣舞を舞い、レイヴンの塊を後ろへ後ろへと押し返していく。
「そのまま遠ざけろ」
 敵が正面からしか攻めてこないのも相い成って、状況は一気に好転したが……。
『こちらカルロ! 交戦領域の反対側から、たった一機のACが接近しています!』
 警備のカルロからの緊急無線が、つかの間の勝利を吹き飛ばした。
『隊長、何ですかあのACは? 正気じゃない!』
「すぐに映像を転送しろ」
 たったの一機のACに、隊員NO.1のカルロがうろたえている。言い知れぬ不気味さの後、ゲイラーはカルロのモニターから送られた映像に立ち上がった。
「あのゲテモノは……奴だ! 奴が指揮をとっていたのか!」
 彼は全てを察知した。裏の格納庫は、シンデレラの逃げ込むシェルターと一本道でつながっている。
 正面からしか攻めない軍団、統率を取らされたチンピラたち。それらはワインダーズをひきつけ、あの忌まわしいゲテモノを格納庫へ侵入させる為の囮だったのだ。
 レイヴンだった彼を何度となく危機に陥れたあの男。昔組んでいた相棒と二人掛りで、やっと戦えたあの男。
 遠い記憶から亡霊のように蘇った最凶最悪のレイヴンに、ゲイラーはただその名を呟くしかなかった。
「……サノバビッチ」



「ピンクの七面鳥が走ってる、オラは夢でも見てるのか?」
「セクシィ、クレイジィ、ターキィ! 一体なんだありゃ、腹痛てぇよ!」
 まだらが入ったピンクの体、むき出しのレンズとトサカの付いた貧相な頭。逆向きに折れ曲がった脚は鎧と筋肉で盛り上がっているのに、腕と胸は羽根をむしられた鳥のように細くて薄っぺらい。そして胸の両側に、黄色のペンキでグラビア雑誌の乳首を隠す『☆』が描かれている。
 千鳥足でヒョコヒョコと草原をかける姿は、子供が描いた落書きのように滑稽でグロテスクだった。
「三対一で、あんな装備で……隊長の言うとおり、サノバビッチ(ろくでなし)としか言いようがない」
 ピンクのACは、操縦者が乗るコアや腕の装甲は丸裸で、無理やり詰め込んだミサイルと戦車並みの砲身を両肩にぶら下げている。その類を見ないアンバランスさは、到底正気の成せる業ではなかった。
『モーナ、カルロ、龍玉! 説明する暇はない。アイツは桁違いだ、絶対に連携を崩すな!』
 ゲイラーの上ずった通信に若者たちは耳を疑う。ゲテモノは右手のマシンガンをだらりと下げたまま、酔っ払いのように右へ左へとフラフラし始めた――その動きは、まるで今日はじめてACを操縦したように危なっかしいものだった。
「あんな七面鳥が? オラにとっては確かに桁違いだけど」
「最近はまともにACに乗れないレイヴンもいるそうだろ、迷い込んでこっちに来たんじゃないのか?」
『バカヤロウ、それがアイツの狙いなんだ! いいからさっさと攻撃しろ!』
 ゲイラーの命令に龍玉とカルロは肩をすくめた。無抵抗の相手を攻撃するなんて、断じてワインダーズらしくない。
「とりあえず、投降を進めてみましょう」
 カルロが拡声器のスイッチを入れようとすると、ここぞとばかりにお調子者のモーナがしゃしゃり出た。
『おいレイヴン、聞こえるか?』
 カルロの代わりに語りかけたモーナは、スゥと息を吸い込む。
『――まいった、降参だ。俺の負けだよ!』
 とうとう我慢できずにギャハハと笑って、調子に乗ったモーナが続ける。
『ほんと、あんたのセンスには敵わない。何だよその乳首の☆は!? 俺の完敗だ、勘弁して、もうだめだよママン。お腹一杯大満足、笑い転げてオシッコちびりそ――』
 ドンッ!!
 なんの前触れもなく、ピンクの肩から12発ものミサイルが打ち出される。ワインダーズがゲテモノに気を引かれてるうちにフルロックオン、絶妙なタイミングの不意打ち。煙を引くミサイルは、何の躊躇もなくシンデレラの城を背負った水色の衛兵たちに迫る。
「い、いきなり撃った! 施設もろともふっ飛ばすつもりか!?」
『油断するからだ! 三機とも散ってミサイルを引き付けろ。一人4発、避けられない数ではない!』
 ゲイラーの指示どおりに、三機が同時にブースターを吹かして散り散りになる。
 迫りくるミサイルに対処するため、モーナは舌打ちしながらバイヤブルーの体をひねった。
「くそっ、あのフニャチン野郎! 冗談は格好だけにしろってんだ。包茎ミサイルの四発ぐらい余裕で避け――って嘘だろぉ!!?」
 振り向いたモーナに、12発すべてのミサイルが津波のように押し寄せていた。カルロと龍玉には目もくれず、ミサイルはモーナの尻へめがけて一直線。ゲテモノは始めからロックオンを一機に絞り込んでいた。不意打ちと集中攻撃、裏の裏をかかれたモーナは立ち尽くす。
「ちょ、ちょっと待て! こ、こんな、あっという間に……もっと出番よこせゴラァァァァァァァ!!」
 切実な願いも虚しく、モーナ機は爆発に飲み込まれる。目を覆う爆光とあたり一面に土ぼこりが飛び散った後、真っ黒焦げでボロボロになったバイヤブルーが倒れこんだ。
『モーナ、無事か!?』
「う、あ……た、隊長?」
 ゲイラーの通信にモーナは呻き声を上げた。幸いバイヤブルーは原形を留めているから、どうやら全弾直撃は免れたらしい。
「隊長……オシッコちびっちゃった」
『さっさと脱出しろ』
 モーナは股間を押さえながら戦線を離脱した。

「モーナがやられた!? あのゲテモノは一体――うわっ!?」
 カルロ達の驚きが収まらないうちに、ピンクのACから銃撃の嵐が起こる。打ち震える細腕と草原に散らばる薬莢、運悪く狙われた龍玉のバイヤブルーに22mmの鉛の雨が降る。龍玉機は上下左右に激しく飛び回ってゲテモノの視界から逃れようとしたが、ゲテモノは断続的にブースターを吹かしてバイヤブルーを離さない――前の酔っ払ったような動きは、完全に演技だったのだ。
「こいつ、オラだけを狙ってる……カルロ、ぼさっとしてないで援護射撃を!」
「無理だ、射線上にお前が重なっている!」
『落ち着け! カルロは今のうちにミサイルをロックしろ、奴の隙をうかがえ!』
 巧みに龍玉を盾にして、ピンクのゲテモノは決して引き金を緩めない。狙いは各個撃破、奇抜な見た目とは裏腹の冷静な戦術。つきまとわれた龍玉は、銃弾に少しずつ身を削られ、ずるずると敗北へ向かっていく。
「このままじゃ、オラまでモーナの二の舞だ――こうなったら、界王拳十倍だぁ!」
 著作権に引っかかりそうなセリフと共に、龍玉はライフルを投げ捨てて身軽になり、必殺のプラズマ・ブレードを唸らせた(これが界王拳十倍らしい)。
『龍玉、早まるな!』
 ゲイラーの制止を無視して、龍玉機は絶対の自信を持つ剣に身を任せて神風アタック。迫りくる銃弾に真正面から立ち向かい、ゲテモノの乳首を隠す『☆』へ向けて超高温のプラズマを突き出す。
「みんな、オラに元気を分けてくれぇ!!」
 色んな意味でやばいセリフと、突き出された剣が全てを切り裂こうとした瞬間、ピンクのACはまるで予測していたように身をかがめた。そして左腕からゆっくりとプラズマ・ブレードを噴き出して、逆にがら空きになった龍玉機の胴に突き刺した。
 溶けた装甲を血のように滴り落としながら、バイヤブルーの目の輝きが消え失せる。
「こ、このオラがブレード戦で負けた?」
 腹部のラジエーターを貫かれたバイヤブルーは強制停止。電力供給のストップと共に、龍玉のバイヤブルーは体を支える動力筋が弛緩して崩れていく。
「なんて強ぇ奴なんだ、オラわくわくしてきたぞ!」
『負けてからそのセリフを吐くな』
 ゲイラーのうんざりとした通信が響いた。

「こんなことが」
 龍玉機が糸が切れた操り人形のようにずり落ちる。
 二機のバイヤブルーがほんのつかの間に倒された、見た目とは全く逆の的確な戦術と技術によって。カルロの目の前に立ちはだかるのは、もはや胡散臭いゲテモノなどではなく、したたかで抜け目のない怪物だった。油断していたとはいえ、もしかすると怪物の実力はゲイラー隊長をも凌ぐかもしれない。
 お前たちは本物のレイヴンを知らない――カルロはゲイラーが言っていた言葉を不意に思い出した。
「これが、レイヴン……本物のレイヴン」
 いままでレイヴンだと思っていたのは、ただのチンピラだったのだ。本物の鴉とは、どこまれも冷徹で、狂いや情けのない狩人。激動の地下都市時代は、こんな人種が凌ぎを削っていたのだろうか?
 きっと勝てるチャンスは万に一つ――ワインダーズ隊員で最も実力があり、一番多く戦いを経験したカルロにはそれが分かった。
「それでも、やるしかない」
 龍玉機が完全に地に倒れ伏せ、毒々しいピンクの巨体があらわになる。ゲテモノから豹変した怪物にこみ上げる恐怖を抑えて、カルロは真っ直ぐに走り出す。
 ミサイルのロックオンは完了している、怪物を覆う盾もなくなった。カルロにとって、万に一つのチャンス!
 だから――。
「やるしかないんだ!」
 バイヤブルーのブースターが爆発し、肩から勢いよくミサイルが飛び出す。疾走しながらブレードをかざしてミサイルの影を追うカルロ。ミサイルを避けてもブレードが襲い掛かる二段構えの戦術に全てを賭ける。
 だがピンクの怪物はカルロの予想を裏切り、一歩も動かずにその場に腰を下ろした。お前なんか相手にする価値もないとでも言うように、むき出しの瞳を紅く光らせて。
「いくぞぉぉぉぉ!!」
 カルロの雄叫びにあくびするように、怪物の左肩に折りたたまれた巨大な砲身がゆっくりと展開する。震える砲身が微かに霞んで、砲口から白い光が溢れる。紫電をまとい、まるで計測するようににじり寄る怪物。その直線に並ぶのは、ミサイル、カルロのバイヤブルー、そして格納庫のシャッター。
『加速粒子砲……カルロ、逃げろ!』
 だがカルロは決して止まらない。もし逃げ出したら怪物の思惑通り、格納庫のシャッターに穴を開けてしまう。怪物が早いかカルロが早いか、ためらったら千載一遇の機を逃がす。
 カルロの前を進んでいたミサイルが、四つに分かれて怪物に牙をむく。上下左右から食らいつく多弾頭ミサイルの中心を、剣を振り上げた水色の風が駆け抜けた。
「いけぇぇぇ!!」
 四発のミサイルが着弾しようとした瞬間、草原に雷鳴が轟いた。どっしりとした怪物の腰が後ろにずり下がり、弱々しい胸が大きく仰け反って、砲身から巨大な光の塊が吐き出される。空気にぶつかって火花を散らせる高エネルギー粒子の洪水が、寸前のミサイルを飲み込み、風となったバイヤブルーをも押し流した。



「カルロ!」
 必死の呼びかけも、異常な磁場の乱れのノイズにかき消される。ゲイラーは顔に手をかざしながら、モニターに食い入った。正視できない光の洪水は、AC一機を飲み込んでも留まることを知らず、さらに先の格納庫を覆うシャッターへと突き進む。
「くっ!」
 部屋中の窓から白い光が差し込み、雷が落ちたような轟音が耳をつんざく。突然の揺れにゲイラーは倒れこんだ。格納庫に命中して施設全体を揺さぶったその衝撃は、怪物が背負った加速粒子砲の威力を物語っていた。
 揺れがおさまると、無線のノイズがなくなった事に気づき、すぐ立ち上がってモニターを見た。
 えぐれて剥き出しになった土と、溶けた滑走路のアスファルト、鉄くずになった格納庫のシャッターが一直線に続いている。そして、少し離れたところに頭と右肩が消滅したバイヤブルーが転がっていた。
「カルロ、無事なのか!?」
『……た、隊長』
 カルロの返事にゲイラーは胸をなでおろした。どうやら加速粒子砲の余りの威力にバイヤブルーは弾き飛ばされたらしい、そのお陰でコクピットのあるコアは、直撃を避けられたのだ。
「大丈夫か?」
『いえ、も、もう我慢できません。次世代ACテストのG衝撃、化け物砲のセカンド・インパクト……だいたいフラジャイルで吐いて、医務室で寝ていたのを隊長がむりやり――うっぷ! オヴェべエ――』
『――あらあら、粗相しちゃって……うふふ』
 ゲイラーの体が硬直する。カルロが二度目の反吐を吐いたとたん、急に通信が途絶え、男とも女とも分からない薄笑いが飛び込んだのだ。ゲイラーは管制室に響き渡る不気味な笑い声の主に、固唾を呑んで呟いた。
「……サノバビッチ」
『久しぶりね、ゲイラーちゃん』
 ねちゃりと唾液の音を立てる、上ずったかすれ声。昔と変わらない気持ち悪い口調に思わず鳥肌が立つ。ワインダーズの無線に割り込んだその男は、きっとピンクの棺おけの中で恍惚の表情を浮かべているに違いない。
「貴様、よくも俺の部下たちを」
『油断するのが悪いのよ、アタシの可愛いテナー・マッドネスを舐めるからああなるの。世間で有名なワインダーズが、あんなお人好しのお馬鹿さんだったなんて――がっかりしちゃう。ほんとにつまんない時代になったと思わない、ゲイラーちゃん?』
「まだ廃れた傭兵を続けているとはな。多くの奴らのようにアリーナに流れたと思っていた」
『ノンノン、あんな作られた戦いじゃ感じないわ。やっぱりナマじゃないとね、でも最近は貧相なのばっかり……今思えば、あなたとマックスちゃんの黄金コンビは最高だったわ。二人掛りでか弱いアタシをヒィヒィ言わせて……あのスリル、あの駆け引き、今でも最高のオナペットよ!』
『……でも、いまや片割れのマックスちゃんは行方知れず。当のゲイラーちゃんは企業に収まって、坊やたちのお尻の世話……残されたあたしの気持ちを考えたことある!? お尻が寂しくて眠れなかった!』
 二度とすることのないと思っていたレイヴンズ・トークを、サノバビッチはワインダーズの無線で畳み掛けてきた。ワインダーズの通信をずっと盗み聞き、策にはまったゲイラーたちををせせら笑う姿を想像すると、やりきれない怒りがこみ上げて来る。
「俺が、その尻に鉛玉をぶち込んでやる」
 ゲイラーの切り返しに喜びの声を上げて、ピンク色の怪物が堂々と格納庫へ入っていった。
『あ〜ら、格納庫の中に白くて綺麗なACがあるわ』
『これが次世代ACフラジャイル。エクステンションにステルス装置をつけているからレーダーに映らなかったのね?』
 その言葉にゲイラーは絶句する。ジオ社が次世代ACを開発したことは企業間では周知の事実だが、一介のレイヴンであるサノバビッチはさらにその先の情報まで握っていた。ワインダーズの無線周波数、フラジャイルのエクステンション機構……まるで千里眼のような情報収集力。サノバビッチのレイヴンとしての最大の武器は、衰えていなかった。
「貴様の地獄耳と、減らず口は相変わらずだな」
『地獄耳も減らず口も、遊びでやってるわけじゃないのよ。こうやって喋っているうちに……ほ〜らね!』
 サノバビッチの言葉と共に、ゲイラーが座っていた制御コンピューターの画面が真っ暗になった。いくらキーボードを叩いても全く反応せず、やがて黒い画面が[Son of a Bitch]の文字に埋め尽くされていく。
「貴様、何をした!?」
『シャッターのMT用制御端子からそっちまで辿ってみたの。これはアタシのプレゼント、特製手作りウィルスよ』
 格納庫からシェルターまでの隔壁は、もはや閉ざすことは出来ない。サノバビッチの高笑いが空しく管制室に響き渡る。あの男の口車に乗ってしまった自分自身に、ゲイラーは身を震わせた。
『さぁ、ゲームの始まりよ! アタシとあなた、どっちが先にシンデレラに辿り着けるか……一応シンデレラは無傷で捕らえろってクライアントには言われてるけど――』
『――アタシが勝ったら彼女を食べちゃうかもね』
 その一言に、ゲイラーは激昂した。純心で孤独なシンデレラを、こんな男にいたぶらせる訳にはいかない。
「ミス・イースターに手を出してみろ、八つ裂きにしてやる!」
『アハッ、その調子よ! この高ぶり……懐かしいわ、楽しくてしょうがない!
 アタシね、ゲイラーちゃんがいるからこの依頼を引き受けたのよ。また昔みたいに、生きるか死ぬかの戦いがしたくて……』
『アタシを捕まえてごらんなさい、ゲイラーちゃん! 昔はマックスちゃんの二人掛りだったから負けてたけど、あなた一人であたしを止められるかしら?』
 ハッチの開く音と共にサノバビッチの通信は途絶えてしまった。おそらく、あのピンクのACから外に出て走り出したのだろう。
 ゲイラーと違い、戦場の狂気を愛して捨てられないサノバビッチ。人を殺すことに悦びを見出す彼にゲイラーは怒り、そして恐怖した。
 ゲイラーは黙って胸ポケットから家族の写真を取り出す。妻と息子と自分、三人が寄り添い会って笑っている。昔の彼は、自分のために戦っていたが、今は家族のために戦っている。
 戦う目的が変わった自分に、あの男を倒せるのだろうか?
 なにより、生きて帰れるのだろうか?
 ゲイラーは不揃いの髪を撫でた。彼の妻が、長い単身赴任になるかといって、短めに切って不恰好になった髪である。
「スゥジィー。俺は帰ったら、お前に髪をきちんとそろえてもらう。マービィ、俺が帰るまで母さんの言うことをよく聞くんだぞ」
「俺は必ずお前たちの待っている家に帰る、絶対無事で帰るんだ!」
 ゲイラーは写真をしまい、拳銃を引き抜いて駆け出した。