LOVE LETTER FROM MARS


「ミス・イースター?」
 澄んだ茶色の瞳がこちらを見つめる。真っ白な肌と細い体の、いかにもか弱い女性だというのに、彼女がたった一人で前人未到の偉業を成し遂げる……確かに新時代の到来を告げるには抜群の宣伝効果だが、ゲイラーはそれが嫌だった。親元の無い彼女の才能と将来を見越した政府に吐き気がするからだ。
 その守るべき『地球のシンデレラ』がむさ苦しいワインダーズの巣処にやってきた、しかも何故か下着に白いバスローブだけを身につけ、亜麻色の髪を濡らしたままで。さすがにゲイラーも驚いたが、全員が男子寮暮らしをしているワインダーズにとって、これほどの美人のこんな姿は更なるショックだったのだろう。
(奴らのアホ面と中腰の理由はこれだったのか)ゲイラーはコーヒーカップを叩き付けた。
「ミス・イースター、これは一体……最終調整はよろしいのですか? それに、そんな格好で」
 ゲイラーの厳しい表情と、胸元に注がれる不潔な男達の視線に彼女はうつむく。まつ毛が少し傾いたが、それでも決心を固めるようにか細い指を力強く握り、弱気なままのまなざしで彼女は震える唇を開いた。
「あの、わたし訓練の後のシャワーを浴びて、だからあとは食事を……あっ!」
 少し顔を赤くして、どうにか前を向いたリナは思わず顔を背けた。結局耳まで真っ赤になってしまった彼女を見て、不審に思ったゲイラー達が後ろを振り返ると……輝く巨大なモニターにグッタリしたカルロを抱えたモーナが、股に挟んだ酸素ボンベを突き上げているではないか!
「あのバカ! 誰かあいつを何とかしろ」
 すぐさま中腰になっていないタキガワが走り、ゲイラーとシンデレラの二人のギャラリーを紹介する。フラジャイルの反吐臭いコクピットから響く奇跡のカーテンコールに、腰振り男は腰がつって世界がひっくり返ったような顔をした。
「それでミス・イースター、どうしてこんな所へ?」
「その、もしお邪魔じゃなかったら皆さんと一緒に……」
「一緒に何ですか?」
「あの……ご飯を一緒に食べませんか?」
「は?」
 ゲイラーの吊り上げていた眉毛が下がる。言い切った後のそれを見たリナは、馬鹿げた願いに顔を真っ赤にしながら、返事を待って瞳大きく開いた。
「ミス・イースター、一緒にご飯ですか?」
「はい、一緒にご飯です。ワインダーズの皆さんに、私の身の安全を守ってくださる皆さんに何かお礼がしたくって……その、別に独りが寂しいからとかそんなんじゃないんですよ」
 当然彼女と交わることはジオ社からも政府からも禁じられているが、まさか独りが寂しいからとかでワインダーズを訪ねるとは――ゲイラーは不揃いの髪をかきむしった。
「いえ、いや、何ていうか、その件に関してはジオ社から特別ボーナスを頂く予定なので……なあ、お前ら?」
 断ったら自分が悪役になるような気がして、ゲイラーは同意を求めて若者達へ振り返る――ワインダーズはヒヨコのような中腰のまま、飴を取られた子供のようにリナの白い胸元を見つめ続けている。頭が痛くなったゲイラーの隙を突いて、リナは一歩足を踏み込み、19とは思えないほど子供っぽい声を上げた。
「わぁ、(モニターの)星がきれいですね。街の光が全然ない……あの明るい赤い星はさそり座のアンタレスですよね?」
 彼女が指差す赤い光を見て、ゲイラーは務めて冷静に言った。
「ミス・イースター、あれはラプチャーの衝突避けランプです」
「そ、そうですか……でも、こんなに綺麗だと流れ星が見えるかもしれませんよ――あっ、あそこ! お願い事しなきゃ!」
 彼女が指差した流れ星が、点滅しながら間抜けに東へ滑っていく。ゲイラーはつっこむべきか悩みながら務めて冷静に言った。
「ミス・イースター、あれはアイザックシティへの704便です」
「へ、へぇ……ホントですね。ねぇゲイラーさん、私の部屋では星を見ることができなくて……私、一度こんな景色を見ながら食事をしてみたかったんですよ!」
「ミス・イースター、確かビップルームの壁は全面パノラマになると言っておいた気がするのですが?」
「うっ!」
「ミス・イースター、そういうことでしたらお食事はビップルームでどうぞ。あちらの方が数段いい景色が見れますし、何よりもここは精神的に不衛生です」
「そ、そんな。私だってこれくらいの男の人は平気ですよ」
「本当に平気ですか?」
 リナが薄暗い部屋見回すと、情けない中腰と血走った狼のような眼が浮き上がり、むさい鼻息の津波がフンフンと押し寄せてきた。
「も、もちろん平気ですよ。こんなのへっちゃらです!」
 ゲイラーは仕方なくため息をつき、とうとう強引にリナの腕をつかんで連れ出そうとする。
「やだっ、ちょっと、何するんですかゲイラーさん!?」
「ミスイースター、もういい加減にしてください。貴方の身に何かあっては元も子もないのですよ、ですから食事はお一人で、ビップルームで取ってください」
「や、やだっ!! イタッ! 離してっ!
 なによ!一緒にご飯を食べるぐらいいいじゃない!命を賭けて私を守るとか言っときながらここぞという時は他人行儀!あのワインダーズが女に弱いとか見え透いた嘘の中腰!さっきのモニターの人の腰の動きも半端じゃなかったからきっとテクニシャンに違いないわ!そうやっていっつも、ゲイラーさんだけいつもいつもいつも大人ぶってずるいわ、ずるいずるいずるいあなたずるいわよ!」
 人が変わったようなリナの言葉にゲイラー達の動きが止まる。まるで誰もいないように静まり返った部屋で、リナに濡れた髪が鼻にかかって、小さなくしゃみだけが響いた。
「テクニシャン!?」
 誰か一人がそう呟いた後、彼女は顔を真っ赤にして何も言わなくなった。
「ミ、ミス・イースター?」
「ごめんなさい、本当にごめんなさい。私ったら一体何を言ってるんだろう。お仕事の邪魔をして、こんな……」
「いいえ、お気になさらず。それより早く部屋に戻ってください。そんな格好では風邪をひいてしまいます」
 リナはもう何も言わずに小さな背中を向けて、ゲイラーたちから逃げるように離れてく。
 若者たちは複雑な表情のまま、リナに声をかけようとしなかった。
 しばらくして、彼女の背中を見送ったゲイラーに、タキガワが話しかけた。
「隊長」
「なんだ?」
「まさかあのリナ・イースターが俺たちを訪ねてくるなんて……俺、彼女に会う前は、きっと政府のシンデレラって、機械みたいに冷静で冷たい女の人だと思ってました」
「やれやれ、何かと思えば一目惚れか? カミカゼ特攻しても無駄に決まってる」
「なっ、茶化さないで下さい! 俺は女にうつつを抜かしません!
 彼女は、本当はあんなに人間らしくて暖かいのに、それなのにいつも人から引き離されて一人ぼっちで……何だか可哀ですよ」
 ゲイラーは視線をそらして「まあな」と答えた。
「隊長、俺たちで彼女のために何かしてあげられませんでしょうか? 俺たちは単なるボディガードですけど……彼女にいい思い出を残してあげたいです」
「分をわきまえろ。俺たちにできることは彼女を守ることだ」
「確かにそうですけど、いつもあんな風にたった一人で、そしてこれから一人で誰もいない火星に行って半年は地球に帰れないなんて……だから何か一つくらい、楽しい思い出があってもいいんじゃないでしょうか?」
 タキガワの言葉に誰もが耳を傾けていた、ワインダーズの沈黙が何よりも多くゲイラーに語りかける。そしてそれは、彼自身もシンデレラを警護し始めたときから考えていたことなのである。
 心底お調子者の馬鹿者たちだ。しかし優秀なレイヴンがアリーナに流れた今、ワインダーズの戦力はジオ社には欠かせないはずだ――ちょっとくらい無理しても何とかなるだろうだろう――とゲイラーは思い、大げさに後ろを向いて大声を出した。
「やれやれ、お前らは本当に甘ちゃんだな。そんなことしたらどんな罰を受けるか分からんぞ?」
 ゲイラーは大きく独り言を言った後、踵を返して部屋中を見回す。ワインダーズの誰もがニヤニヤ笑ったり、親指を立てたりしながらゲイラーを見ている――どうやらこれで決まりだ。
「そういえばもうすぐ戦争終結祭だな。もしこのまま無事ならば、パレードの前にシンデレラをお忍びで連れ出してもいいかも知れん。本当は妻や息子と行きたい所だが、世間知らずで美人なお嬢さんには社会見学も必要だな」
「……隊長!!」
「さっすが!」
「よっ! スケベ!!」
 この大げさな独り言に部屋中は拍手喝采、ワインダーズの表情はぱっと明るくなる。
「よぉしお前ら、減俸ぐらいは覚悟しておけよ……さぁ、仕事だ仕事!! さっさと持ち場に着かんか!」
 スケベと叫んだ隊員に拳骨を食らわせた後、ゲイラーは密かに微笑んだ。愛する家族と気持ちのいい部下たち。あの忌まわしい大深度戦争期、彼がレイヴンをしていた頃には考えられない幸福だった。
 彼は暗い地下都市で企業に縛られるのを嫌い、自由を求めてレイヴンをしていた。だが皮肉にも彼は、突然のレイヴンズ・ネストの消失と共にレイヴンを止めて、企業の一部として生きることで、初めて心からの安堵と自由を手に入れたのだった。



『そんな、これが私の町だと言うのか? クリスマスを祝う歌声は、夕げの匂いはどこへ行ってしまったのだ!』
 灰色のネオンと耳を塞ぐほどのカジノの轟音に、モノクロの男がこもった声を震わせる。彼の大好きだった、貧しいながらも清潔な町並みは姿を消していた。確か彼は、真冬の川に飛び込んだ偏屈な老人を救って彼の町に向かったはずだが、ひょっとすると二人とも川底からさらに地獄へと落ちたのかもしれない。
『君が君の父の後を継いで、欲得抜きの不動産を続けたからこそ、君の町は家を持つ人々の笑い声で溢れていた……分かるかい、ジョージ? これは君が生まれなかった世界だ、君が存在しなかった世界。私は特別に御許しを得て、君をこの世界に招待した』
『ふざけるな! 分かりきったことを言って……あんた一体何者なんだ!?』
『言ったはずだろ、私は君のような者を死なせないための守護天使だ――最も翼の無い2級天使だが、君を助けることで私もようやく翼がもらえるのだよ』
 偏屈な老人の偏屈な答えに、男は怒る気も失せてしまった。
『俺は、どうやら借金にまみれて頭がいかれたらしい、家だ……家に帰る!』
 男はそう叫ぶと、天使と名乗る老人を振り払い、一路家への道を辿った。
 だが、彼を迎えたのは家と家族ではなく、一面の雪に漂う墓標だった。
『俺の家が……メアリーは、息子は、娘は!?』
『君が出会わなかったのだからいる訳ないだろう、ここは君がいない世界なのだから』
『馬鹿な! そんなことが……そうだ、弟がいたはずだ。この前の大戦で撃墜王になった……弟はどこだ!』
 老人は静かに雪原の墓標の一つを指差した。
 男は狂ったように墓地の中を突き進み、十字に被さった雪を振り払う――そこには、彼の弟がわずか三歳でこの世を去っていることが記されていた。
『嘘だ! うそだっ!』
『ジョージ、これは真実だよ。君は五歳のとき、凍った湖に落ちた弟を助けたね……おかげで君は高熱を出して、左耳の聴力を失った……ここは君が生まれなかった世界だ。君がいなかった、だから君の弟を助けるものもいなかった』
 老人の言葉が聞こえないはずの左耳に響く、彼は自分の積み上げた人生が音を立てて崩れるのを感じた。
『人と人との人生は、それぞれが絡み合っていているのだよ。無駄な人生なんてどこにも無いんだ。
 ジョージ、そして君は誰よりも立派で素晴らしい人生を送った。ほんの少しつまずいて借金を抱えたくらいで、君は自分の命を絶ってはいけないんだ』
 男に、やまない雪のような絶望が募った。ずっと人に尽くして損ばかりだと思っていた人生。しかし、自分のいない世界を目の当たりにして、彼は借金を背負い死まで覚悟した、彼がいた世界へと帰りたくなったのである――それほどまでに、彼のいた世界は素晴らしかったのだ。
 粉雪が降るクリスマスに、男は涙を流しながら天へ向かって叫んだ。
『神さま、お願いです! 私を私のいた世界へ帰してください、私はもう一度息子たちに、メアリーに、弟に、そして私を慕ってくれる全ての人たちに会いたい! そのためならば、どんな困難でも乗り越えて見せます……どうか私に、もう一度生きるチャンスを下さい、お願いです』

 そこで白黒の男の顔はぷつりと消える。残ったのは、冷めてしまったディナーと脱ぎっぱなしのバスローブ、放り投げたドライヤー。大きすぎるベットに倒れこんで顔を埋めると、亜麻色の髪がさらりとこぼれた。
 本当ならあの後、白黒の男は彼がいるべき世界に戻り、彼は神に感謝しながら街を走るのだ。
 メリークリスマス、映画館! メリークリスマス、私の町! 男はまるで子供みたいにはしゃぎながら叫ぶ――それは何千何百回と彼女の心を躍らせたシーン。
 そしてジョージが家に帰ると、それ以上の奇跡が待っていた。
 彼の借金を聞きつけた、海外へ行っていた弟、成功した友人、遠い昔の恩師、町中の人々……全員が駆けつけて、彼のために惜しみなくお金を寄付した。人のために損ばかりをしていたジョージが、最後には彼が助けた多くの人たちによって救われる。
 集まった大金にみんなが口をそろえて言った、『町一番の金持ちに乾杯!』――クリスマスに奇跡が起こったのである。
 そして飾り付けられたモミの木に、あの老天使の手紙が添えてあった。

「友あるものに敗残者はいない、翼をありがとう」

 誰もいない部屋でリナ・イースターは呟き、清潔なシーツの匂いを嗅いだ。何度も元気付けてくれ、嬉しくて涙が止まらない映画の、一番大好きな台詞だった。それでも、今の彼女にはそのクライマックスを見ることができなかった。それは夏にクリスマス映画を見るのが無粋だからというわけではない。
「友あるもの、それじゃあ私は敗残者かしら? 誰もリナって呼んでくれない。ミス・イースター、ミス・イースター……まるで独身のオバさんみたい」
 ため息混じりに笑って、枕に顔を押し付ける。一人ぼっちの食事は、湯気が立っていても冷たくて、噛んでも噛んでも不味くて、これ以上食べたくなかった。だから最後のチャンスにかけて、いつも騒いでいるワインダーズに思い切って話しかけてみたのに、ついカッとなってあんな言葉を叫んだ――顔から火が出るほど恥ずかしい。
「外の景色を見せて」
 と言うと部屋の四隅が消え去り、一面に草原と天の川が広がった。味気ないビップルームでリナが唯一気に入ってる機能、その部屋は天井と壁が巨大なプラズマ・スクリーンになっていたのである。
 リナは夜空に浮かぶベットで仰向けになって、満天の星空を眺めた。人の明かりが届かないモーク平原には尽きることの無い闇と、それに絡む星がどこまでも広がる。東は白鳥座・こと座・わし座の、デネブ・ベガ・アルタイルの大三角。その水路を真っ白いミルクがこぼれて流れる。てっぺんではヘラクレスと龍が冠を追いかけて踊りだし、西ではひしゃくを背負った大熊が、山猫やキリンを睨みつけていた。そして南の地平に赤い心臓を持つサソリが忍び寄るなか、規則正しく伸びた連なりが、ひときわ彼女の目を引いた。
 起動エレベーター、人が作り出した一直線の星座。長い年月をかけて人類が遠い空へかけたハシゴである。
 もうすぐ自分がそこへ向かう。結局何かしたくても、自分から動くこともできないままで地球を離れてしまうのだろうか? 遠いどこかの誰かになった夢を見て、映画を見ては今日は希望が来るかもしれないと考えて……それはまるで、来るはずもない流れ星を待っているようなものだ――彼女は仲良く回る星座たちを眺めて、ぼそりと呟いた。
「流れ星が、来たらいいのに」
 すると、彼女の上を一滴の火の玉が流れた。空気を切り裂く音を立てながら、星空にひっかき傷をつけて地面に吸い寄せられる。
 そして……。
「きゃっ!」
 すさまじい揺れが彼女をベットから叩き落す。轟と獣のような音を立て、真っ赤な彼岸花が咲き乱れる。静か過ぎるくらいだった部屋にサイレンが鳴り響き、彼女は飛び起きてモニターの草原を見回した。
「あれは?」
 22施設の正面のほうがチカチカと光ったと思ったら、あの火の雫が何十と一列に並んで目を掠めた。そしてさっきと比べ物にならない揺れと光の後、部屋中がえぐれた草原を映し出す。リナは小高い丘の向こうからたくさんの人魂が、規則正しく上下に揺れて浮き上がってくるのを見た。10メートル位の高さに浮かぶ人魂、しかし二回目の閃光が出た瞬間、図太い金属の腕に握られた巨大な銃身と、目を光らせてゆっくりと歩いてくる数十体の鉄の化け物が浮かんだのだ。
「ミス・イースター!」
 けたたましいサイレンの中でゲイラーがドアを蹴破った。
「ゲイラーさん!」
 部屋に入ったゲイラーは一瞬外にいるような錯覚にたじろいだが、それなら話は早いとばかりに気を取り直す。
「ご覧のとおりACの襲撃を受けてます! 武装にばらつきがあるので恐らく相手はレイヴン、すぐに我々が迎撃に向かいますが――」
 そういいかけたところで、今度はドアの向こうの通路から銃声がこだまする。銃撃戦が繰り広げられると、すぐさまにゲイラーの周りにいたワインダーズが走り、足音が発砲音に吸い込まれていった。
「同時に内部からの襲撃を受けてます。ACの第一弾の後、武装した人間が正面ゲートから侵入しました。幸い背後には敵が回ってません、我々が食い止めますので早く非難シェルターへ!!」
『隊長、敵のACはおよそ20機。武装は様々ですが全機がミサイルを積んでて厄介です!』
 ゲイラーの無線機から通信が流れた。AC、武装、ミサイル……リナは聞き慣れない単語に現実感が遠のいた。
「バイヤブルー10機を出撃させろ。連中は弾を当ててこない、シンデレラを殺すつもりはないようだ。施設に近づかれる前にこちらから突撃、プラズマ・ブレードで接近戦に持ち込め。乱戦で時間を稼ぐだけでいい」
『了解! レイヴンなんてチンピラが、俺たちに刃向えないことを見せてやります』
「侮るな! お前らは本当のレイヴンを知らな過ぎる」
「モーナと龍玉は万一に備えて施設周辺の警護に当たれ……それとカルロ、カルロ! 聞こえるか!?」
『ウップ、気持ち悪い……なんですか隊長?』
「いつまで医務室で寝ているつもりだ? お前はバイヤブルーでモーナと龍玉を援護しろ」
『じ、自分はさっきフラジャイルで吐いたばかりです!』
「そんな屁理屈が敵に通じるか!? お前が一番ACの操縦が上手い、ゲロ吐いて戦え!」
『おえっ! りょ、りょうかい』
「隊長!」
 ゲイラーにタキガワが駆け寄る。
「俺も、ACで戦わせてください」
 そういうとゲイラーは今まで見せたことのない形相でいった。
「新入りのお前には無理だ! 遠心室付近へ行け」
 聞くな否や、タキガワは遠心室へ向かって走り出した。入隊して間もないタキガワにさえ、今のゲイラーは懇願も口論も全く受け付けないとすぐに分かったのだった。
 一通りの指示を終えた後、ゲイラーはリナへ振り返った。
「私は管制室で状況を把握して、指示を出さねばなりません。ミス・イースター、この通路をまっすぐ行って右に曲がればすぐにシェルターです。お一人で行けますね?」
 リナは黙ってうなずいた、まるで日常とは違うワインダーズとゲイラー。そのはず今は死ぬかもしれない状況、決して日常ではないのだから。
「あなたの命は、私たちが必ず守ります」
 最後にゲイラーは言うとほんの少し微笑んだ。バルバスシティにいた頃は起こりもしなかった非常事態に、リナは初めて他人から上辺だけではない本当の笑顔を受けた。ゲイラーたちになら、命を預けてもいいような気がした。
「ありがとう、ゲイラーさん」
 彼女は振り返らずに走り出す。孤独も不安も押し隠して、ただワインダーズ全員の無事を祈りながら。