LOVE LETTER FROM MARS


 ポイント:フォーシンズシティ郊外モーク平原、ジオ社の第22宇宙作業員養成所。

 目標:地球政府の地球火星間飛行士『リナ・イースター(コードネーム:シンデレラ)』

 シンデレラの訓練内容:無重力訓練プールで最終調整をかねた、火星航機の船外作業トライアル。

 戦力:ジオ社の突撃隊『ワインダーズ』とそのAC。ワインダーズは同時に次世代ACのテストも行っているので、攻め込むには絶好のチャンスだ。また、ジオ社の次世代ACを奪取し我が社に提供してくれれば、50万コームのボーナスを払おう。
 もちろんシンデレラの身柄確保という本来の目的を忘れてはならない。信頼こそが、諸君の生命線であるということは重々承知しているはずだ。ワインダーズは屈指の精鋭ぞろいで、君たちレイヴンは苦戦を強いられるだろう。だからこそ、できうる限りの最強装備でこのミッションに挑んでほしい。

 備考:昨日の20時45分、ラプチャー00にスティーブ・ジョンソンが搭乗する我が社の輸送船が無事入港した。
 整備主任であるジェニファー・マッキンシスの報告によれば、軌道上宇宙ゴミ検索も終わり、いつでも地球離脱軌道に乗せられるとのこと。シンデレラの経過も順調で残すところはラプチャーへと向かうのみであり、我々エムロード社には実質戦争終結祭を含む3日間しか猶予がない。未来永劫に続くエムロードの権威のためにも、他の弱小企業を我々より先に火星に向かわせる訳にはいかないのだ。

 ――もう一度言う、エムロードは傭兵として生き抜く諸君の力を借りたい。
 クロームとムラクモ、そしてネストが消失しても、飛ぶことをやめなかった渡り鴉たち。
 レイヴン……諸君の自由の翼で、ジオ社と政府に不吉を運んでほしい。
 この世に争いがある限り、我々のような企業が存在する限り、君たちは不滅だ。
 それではレイヴン、健闘を祈っている!
(この経過報告は絶対極秘とする)



 ――フォーシンズシティ郊外モーク平原、第22宇宙作業員養成所――
 水の底には大掛かりなパズルが転がっている。穴だらけ箱や、導線や端子が詰め込まれた翼のパズル――でもパズルは、解いてしまえばそれでお終い。太陽風が駆けつける前に防射材を組み替え、推進融合炉の磁性制御を保護して……私は生まれた時から教え込まれた知識と、歳を取るごとに与えられた様々な工具で、いち早くパズルを組み立て終えた。
 それは残された時間を水の中で漂い、覗き込む光を瞼で感じたかったからだ。
 プールの底へ差し込む光は、単なる蛍光灯だって分かってるのに……狂おしいほど綺麗で美しい。
 静かに揺らぐ光の網は絹のレースのようにずんぐりとした体を包み込み、ヘルメットをかぶった頭から感覚の鈍った指先までをいたずらっぽくくすぐる。撫で回す光に身を任せ、瞼の裏に感じる眩しさを頼りに揺れる水面を仰いで瞳を開く。
 そこは誰もいない私だけの世界――水のさざめき、優しい蒼。
 金色のバイザーに遮られた私の言葉が、ただ小さな泡となって吸い込まれていく。表情のない蛍光灯が、ポリカーボネイトのヘルメットを通して魂のように揺らぐ。水の優しさが、まるで迷子のような寂しい気持ち包んでくれるのを感じた。

 硬く鎧われた水中服で、浮かぶことも沈むこともなく漂うたびに、私は昔に見た映画を思い出す。
 海底に眠る宝物を目指して、旅に出た冒険者達の話。辛く厳しい旅の末に二人の男の人と一人の女の人は遂に宝を見つけ、そして男達は女を愛するという単純な話。
 でも男の人達が告白する前に、女の人は宝を狙うギャングに撃ち殺されてしまった。
 悲しみに暮れた男達は、愛した人に潜水服を着せて海の底に沈めた。長い時間音楽もなく、深い深い海へと消えていくあのシーン。底無しの蒼に、泡が光の射す方へ向かっていった。
 余りにやるせないのに、私は何故か憧れを抱いた。
 それは愛され続けて消えることができたから。血の繋がりもないのに気にかけて、時には命も懸けて、そんな不思議な絆を持ったままで……例え一つしかない命でも、それが私には羨ましかった。
 もし私にも私を愛してくれる人達がいて、毎日を生きていたらどうなっているのだろう?
 友達と町を歩いて、レーズンのたっぷり入ったアイスクリームを食べる。小生意気な弟を内緒でぎゃふんと言わせて、お母さんに告げ口されて怒られる。雨上がりの道を、大好きな人と一緒に歩く――素敵よね、あの揺れる光がそんな楽しい景色を見せてくれている気がする。
 私にも、いつかそんな日が来るのかな? 火星から帰ってくれば、火星から無事で帰ってくれば……。

 100年以上も見放された星に、政府の孤児の私がたった一人で向かおうとしている。大規模な移住の事前調査の、リスクと経費をできるだけ少なくして、さらに世界政府の偉業を多くの人々に印象づかせるために。
 私のすることに、どれほど多くの人たちが期待しているか分からない。でも、私が向かう世界には誰もいない。一人で土を調べ、水を口に含み、ヘルメットを取って息をする。酸素が多い火星の北部は、赤茶けた土に色の黒い苔だけがまばらに生え、どこまでもひび割れた砂漠が続いている――それは何か親近感を与える。冷たい砂漠は私の心……そう思うと甘い幻想も忘れられたアイスのように溶けてしまう。
 急に寒くなった私はガラスのような水を掻き分けて、暖かい光を求めた。体を動かす度にこれに似せた宇宙服がいかに重たくて分厚いかを実感できた。薄い金箔を張ったヘルメットとあらゆる素材を組み合わせたシンデレラのドレス。最新技術で仕立てられたドレスは真空や極温に耐えることができても、誰も知らない孤独だけは何十にも縫いこまれた生地に染み込んでくるんだろうな。
 不安を打ち消すいっぱいの光が、もがくたびに強く確かなものになっていく。そしてその魂のような揺らぎが最高潮に達したところで、ただの無表情な蛍光灯になってしまった。
『リナ・イースターEVA(船外作業)タイム、4分23秒。順調な仕上がりです、速やかにプールを上ってシャワーを浴びてください』
 私は密閉されたバイザーを上げて、ぼんやりと宙を見つめた。私が求めすがろうとしていたのは、こんなに冷たい光ではなかったのに……。
 機械の声が響き渡る、まるで冷めたコーヒーが絨毯に広がるように。
 それも変わらないいつものこと、気がついたころから私は灰色の研究所にいたのだから。
 私の名前はリナ・イースター、みんなが私をシンデレラと呼ぶわ。
 新聞が私の言葉を、ニュースが私の姿を流す。だからきっと世界中の誰もが私を知っている。
 でも本当は誰も知らない――私の好きな食べ物、綺麗な景色、大好きな映画、ずっと昔からの願い。
 誰かに私のことを知ってほしい。色々な人とたくさんのことを話せたら、これ以上の幸せはないのに。
 でもそんな望みを持つことは無理なのかもしれない、なぜなら私は19歳の夏に火星に向かうのだから。
 それはもう……すぐ目の前なのだから。



 session1 [WHen You WISH upon A star...]



「よーし、カルロ。準備はいいか?」
 遠い海から風が吹いた。高原のように涼しいモーク平原の草がさざめき、丘の向こうのフォーシンズシティから逃がれた星が、大理石のような巨人の胸を照らしていた。
『いつでもいけますよ、ゲイラー隊長! 自分がこのフラジャイルを乗りこなします』
 草原の巨人は象牙のような腕を下げたまま動かない。血の通わない胸を突き出して、巨人は静かに眠っている。
 白い巨人は上背だけしかなく、そこから下はオルコット海風にそよぐ雑草が広がっているだけだった。ということは巨人には脚がないことになる……そうなると体を切り取られ、そのまま埋もれてしまった様にも見えた。
「その心意気だ。成功の暁にはお前にフラジャイルを預ける」
『了解! テストモード起動!』
 若者の一言が巨人を醒ます呼び水となった。うなだれた胸が真っ直ぐに地平を指し、電気の唸りが英知の結晶ともいえる動力筋肉に行き渡る。そして、吹きあがる風が巨人を埋めていた草を一気になぎ倒した。顔に当てられたバイザーに輝きが現れ、白い顔を不気味に浮かび上がらせながら鉄の巨体が浮かび上がる。
 夏の生命力溢れる青草を激しく躍らせ、ヒトデに似た平たい四つ脚が現れた。それは人の脚とはあまりにかけ離れていて、こうなっては人型と呼べない。空気を吐き出して滑る四脚は、平地の戦場を駆け抜けるためのもの。余りある機動力で敵を突き放し後ろへと回り込むための脚、その鉄の巨人は戦いのために造り上げられたケンタウルスだった。

 アーマード・コアと呼ばれる兵器がある。
 大破壊という最後の国家戦争で地上を失った後、地下へと移り変わった戦場は単なる平地のみならず、複雑に掘り込まれたジオフロント都市でもあった。深く緻密な都市に旧世紀の戦車は通用せず、更に上下に生い茂る高層ビルでは航空兵器も実力を発揮できない。
 圧倒的な踏破力と三次元に対応した瞬発力、一つの兵器が状況に応じる戦略性が問われ、胸部をコアとして身体の各部と装備を自由に組み替えることが出来る汎用兵器が開発された――それがArmored Coreである。
 AC産業は自衛と拡大を繰り返す企業にとっての第一分野と見なされ、瞬く間に疲弊した経済に活力を与えた。皮肉な話であるが、生産を信条とする企業が国家に代わり世界を制した事と人口筋肉による動力革命がなければ大破壊から人類は立ち直れなかったと言う学説もある。
 AC産業は、企業にとっての第一分野と見なされている……それは、地球政府が世界を統一した今でも。

『オーバード・ブースト起動!』
 若者の叫びに白い巨体が震えだし、草がそよぎが波紋にすり替わる。
 乾いた夜空を切り裂く金切り声が、分厚い胸から湧き上がった。真っ白な背中が二つに割れて青白い光が決壊する。磁界の檻に閉じ込められた核融合エネルギーが外へゆっくりと顔を現し、それに比例して振動は激しくなっていく。満たされていく光と咆吼。極限のエネルギーが、針ほどの隙間に押し込まれる!
 ドンッ!!
 割れた背中から放出される磁気プラズマが光と熱とわずかの割合の推力を巨人に与える。わずかとはいえ余りに大きな絶対量、後ろの草を根こそぎ吹き飛ばし、巨人は目を疑うほどの速度で滑走する。青白い炎が夜のしじまを一閃。天の川から舞い降りたほうき星のように一直線に平原を駆け抜けた後、勢いが衰えることなく緩やかなカーブを描く。
「よしっ、いいぞッ!! そのまま無限軌道だ!」
 若者の返事は無かった。想像を絶するGがのど笛に食らいついたが、それでも操縦桿を体で押し倒して草原の中に見事な∞の模様を作り出した……隊長の言葉に応えた男は彼が初めてだった。当然の如く周りから驚きと賛辞のうめき声が上がる。
「そうだ、惚れ惚れするような軌道だぞ! 本当に良くやった!!」
 参ったな、ゲイラー隊長がこれ程誰かを誉めるのも早々あることじゃない――興奮している隊長を見た隊員達が思った。流石はワインダーズ一番の努力家、どうやらあのフラジャイルはカルロのものとなるようだ。
「やったなカルロ!」
「ほおらなぁ! カルロならやると思ってたんだ。賭けは俺の勝ちだな?」
「ちくしょー! まさか乗りこなすとは……カルロ、お前のせいで20セント・コーム損したぜ」
「カルロ?」
「……おい?」
「聞こえているのか?」
「カルロ!?」
「まさか!?」

『――ヴッ!!
 オヴゥエエエエエエエエェェェェ〜!!』

 スピーカーから響く地獄のディストーション。即座に送られる緊急停止命令に、草と土塊を吹き飛ばしながら駆けるACは沈黙した。
 激しく波打っていた草原は一瞬のうちに静まり、通信無反応の静寂に隊員たちが騒ぎ出す。
 その瞬間に誰もが考えを改めていた――やはりあのカルロでもゲロッてしまうのか、と。



 ゲイラー・ゲイツは不揃いの髪をいじりながら、手前のレーダーを睨みつける。液晶の切り株にぼんやり光る染みが、間抜けに東へと流れていく。
「アイザック・シティへの704便か……侵入者ではないな」
 灯ろうのように浮かぶモニターの海で、彼は疲れた目を揉み解す。貧相な22施設の官制室は、見張り続ける男達のむさ苦しさで溢れていた。用心のために照明はできる限り外へ漏れないようにしている為、平原を映したスクリーンには、ホーイックロックスに掛かる三日月や、あずき色の夜空にこぼれた天の川、小高い丘を越えて空に架かるラプチャーの灯火、そして中心に鎮座する大理石像のようなACが見えた。
 だがゲイラー・ゲイツに、そんな絶景に目をくれるような余裕はなかった。
 結局彼が凝視していたレーダーは航空機用であって、地面を走る機械を映し出すことはないのである。そしてたった一人の重要人物を狙うのに、どこに大げさに空から降って来る刺客がいるのか。
「――次世代ACテストで吐いたのは、これで10人目ですね、ゲイラー隊長」
 青年が運んでくるコーヒーに、彼は更に顔をしかめた。ゲイラーは必ずコーヒーに砂糖とミルクを入れるのに、ワインダーズ最年少隊員のヨウヘイ・タキガワはいつも濃すぎるブラックを差し入れるからだ。タキガワは髪も瞳もブラックで、苦労を知らなそうな面構えのジャパニーズだった。ジオ社の切り札である精鋭突撃隊『ワインダーズ』の隊長ゲイラー・ゲイツに憧れて入隊したタキガワは、ヒーローとは常にブラックコーヒーを飲むものだと思い込んでいた。
「タキガワか、うちの隊員の情けなさにはガッカリする」
「フラジャイル――超加速装置『オーバード・ブースト』を搭載した次世代AC――でしたよね?」
「そうだ、だが誰も彼もが反吐を吐くのでとうとう俺たちにもお鉢が回ってきた。
 ところが屈指のワインダーズさえも反吐を吐く有様だ。シンデレラの警護が忙しいから、お前たちに預けてやってるのに!」
 タキガワは、笑いながらどす黒いコーヒーをすすった。
「あんなGに耐えられるのは隊長ぐらいですよ。やっぱり俺たちなんかじゃ、元凄腕のレイヴンだった隊長には――」
「昔の話は止めてくれ」
 彼はコールタールみたいな闇にため息をついた。見晴らしの効くモーク平原という地勢、格納庫の近くにある避難シェルター、シンデレラが泊まるビップルーム……全てに付け入る隙がある。通気口も赤外線が通ってないし、どう考えてもここは厳重なバルバスシティとは違うというのに。この隙を甘んじる若者たちが、昔ではとても考えられなかった――やはり時代が変わったのだろう。
 とにかく戦争終結祭2日目のラプチャーへのパレードまで、裸の城でシンデレラを守り抜く覚悟を決めてコーヒーを一口。タキガワ・ブレンドの苦味に鳥肌を立てながら、彼は不揃いの髪を撫でた。そしてタキガワはようやく不恰好な髪の意味に気づき、ゲイラーの苦い過去に触れた失言を取り繕うために言った。
「……その髪は、奥さんに切ってもらったのですか?」
 ゲイラーは静かに笑って胸ポケットから写真を取り出し、モニターに照らす。愛する妻と可愛くて仕方が無い一人息子の前では、彼はたちまち上機嫌になることをワインダーズは知っていた。家族三人が写ったこの写真があるからこそ、ゲイラーはどんなにつらい任務にも耐えられたのである。
「家族はいいぞ、タキガワ。婚約指輪、新しい家具、揺りかご――初めはガランとしていた部屋が、少しずつ素晴らしい物で埋められていく。お前はまだ若いから理解できないかも知れんが、人を愛するときはそういうことを真剣に考えろよ」
「俺は、結婚や子供を作ることだけが愛の到達点とは思いません」
 タキガワはコーヒーカップを鈍く青ざめた金属の台に置いて、背をモニターに映る夜景へ向けた。ゲイラーはそのまま髪をいじりながら、苦いコーヒーをすする。
 ご機嫌を取るかと思ったら反発したタキガワ、ゲイラーにとってヨウヘイ・タキガワは不可解な男だった。
「どうしてだ、それは自然なことだろう?」
「俺は、俺はどんな形にでも愛はあると思っています。例え理解し合えなくても、片思いでも……」
「隊長! お、俺の、俺の愛の到達点は――」

「あはははっ、見ろよあいつ! 頭がどうかしてるぜ!?」

 突然起こった大爆笑。何事かと人影がたかるスクリーンへと振り返ると、ワインダーズの制服を着た男が、やたらと腰をくねらせながら緊急停止したフラジャイルへと近づいていくではないか。
「モーナの奴、賭けに負けた分をネタで返すとか言ってたが、こりゃいいや!」
 モニターの男は酸素ボンベを股に挟み、クネクネとACの平たい四足を這っていった。確かにゲイラーはワインダーズ隊員モーナ・シィーにカルロ・ヴィットーリオの救助を命じたが、断じて腰を振れなどとは一言も言っていない。
 これが精鋭中の精鋭と呼ばれるワインダーズの正体である。ゲイラーがレイヴンとして培った眼力で志望者を選出した才能溢れる若者達。全ての生活をジオマトリクス社の寮で管理し、酒と世間と女から突き放して完璧に鍛え上げた(出撃しか世間に姿を出さないので、ワインダーズの私生活に妄想を膨らます女性のファンが結構いる)。
 しかし。
「スゴイ、モーナの腰の動きがどんどん熱くなっていく!」
「頑張れモーナ! 股に挟んだ太くて硬いのでカルロの息を吹き返せ!」
 野郎ばかりの世界がかえって仇となったのか、ワインダーズの精神年齢は中学生と同様で、下ネタばかりが異常発達したのだった。
「お前らぁ!!」
 ゲイラーの一声にその場の全員が静まり返る。そしてモニターの男だけが、腰を振りながら装甲に隠されたレバーを引っ張っていた。しかしワインダーズ全隊員が驚愕の表情を浮かべゲイラーの方へと振り返っていたので、反吐臭いコアの開放風に髪を逆立てながら必死で腰を振る男の姿は、もはやゲイラーしか見ていなかった。
「俺の苦労も知らずに、お前たちは楽でいいな……ああやって腰を振っていればいいんだからなぁ!」
 だが、ゲイラーのたっぷりの皮肉に隊員たちはまるで反応せず、相変わらずゲイラーを向いていた――そしてモニターの男は、額に汗を浮かべ腰を振っていた。
 差し込む光に照らされた彼らは口を半開きのまま鼻の穴を広げ、視線はゲイラーを越えてその向こうを見ている。真っ暗な部屋の入り口から差し込む明かりに映える、ろくに剃っていない無精ひげ、寝不足で腐った魚みたいな瞳、情けない中腰……もはや完全に阿呆に見えた。
(いや待てよ、入り口から差し込む明かり?)
 やっと冷静な判断を戻しゲイラーも後ろを振り返と、彼のちょうど後ろ側の、開け放たれたドアから光が差し込んでいた。そして目を突き刺すような廊下の明かりの中で、一人の女性が控えめにこちらを見つめていた。