第四話「砲台施設奪回」
 
何も感じない、いや、感じようとしないのだろうか?この浅瀬を進んだ果てにどんな凄惨な世界が待っているかを知っていながら僕は戦慄を感じ無い。
狭く暗い子宮のような安心感がある箱の中で電気回路を通してこの目に映る世界は美しく、乾いていた。一瞬の曇りもない鳥の飛ばない空に魚の泳がぬ海、毒々しいほどに恩恵を地上にもたらす大陽。澄み渡る空気、どこまで遠く見渡すことが出来る。何も無く何も必要ない、黄昏の時代を彩る全てが此処にある。人類の犯した罪、完璧に浄化された世界を踏みつけ前進する巨人達、未だ絶えることなく大地を蝕み続ける人の創りし軍神、アーマード・コア。
陽光に照らし出された二体のアーマード・コアが見渡す限りの海と空の織りなす完全なる青の世界をゆっくりと、一歩一歩大地の感触を確かめるかのように歩いていた。
やがてカワサキの乗る一体の青く黒ずんだ ACが歩みを止めた。
『こちらカワサキ、Aポイントに到着した。』
『了解、カワサキはそこでそのまま待機。ウィル、準備は整いましたか?』
停止した青の機体を振り返ることなく彼の操る紅のアマード・コアは前進を続けていた。此処はクロームとムラクモの拠点を分断するリーグル海域である。歩き始めて数十分と言うところか。そろそろ見えるはずだ、これから彼が流星のように飛び交う火線にたった一人で身をさらす舞踏場が、コンクリートで出来た海に浮かぶ舞闘場が。最大望遠のモニターからは四隅をコンクリートで固めた砲台施設が辛うじて見る事が出来た。
「距離にして約20000mか……・。」
青年はこれから始める戦いのことを意識してみたが、いつにもまして命懸けの危険な内容にも関わらず、彼は恐ろしいと感じない。いや、むしろ恐怖という感情が彼から離れどこか知らない場所へおいてきてしまったような気さえする。
今も尚続く遠い過去のあの場所においてきてしまったのだろうか?今、この自分の中に残っているのは削り取られ欠けてしまった脆く鋭い鋼鉄のような心のみであった。
『17500,16000,15700………そこで停止してください。』
歩き続けてしばらくしたところで、無線越しにラズーヒンは指示をした。
『ここまでが敵の適索範囲ぎりぎりです。これ以上進めば戦いは避けられません。いいですか、四分間です。あなたは敵の視線を四分間惹き付けておけばいい。よろしいですね?』
青年は無言で肯いた。
『……これより11機械化特殊部隊の砲台施設奪回作戦を開始します!!』
『こちらカワサキ、了解だ。狙撃体勢に入る。』
『こちらウィル、陽動を開始します!!』
ついに始まった、ウィルは不知火を前進させ砲台施設へと向かせつつ、シートの隣にある無数のボタンを押した。
『自動捕捉機能起動、敵戦力解析装置起動、ジェネレーター・セーフティリミット解除、センサーユニット起動、敵機捕捉レーダー作動開始、システムチェック………オールシステムクリアー。メインシステム、戦闘モードを起動します。』
心臓部分であるジェネレーターが高速で回転を始める。ウォォンという低く身体の内部が振動する音と共に不知火を制御していた全ての鎖が放たれ、戦闘兵器としての全ての性能が解放された。それと共に、青年の中にある何かが弾け、沸々と紅く黒い光を放つ醜いものがわき上がってくる。心臓の鼓動は機械のエンジンと同調し、瞳に映る平面の世界にレンズのように焦点を合わせる。モニター・ディスプレイには円形のレーダー画面に四角形に並ぶ4つの点が映し出され、敵を自動的に捕捉し銃口を追尾させる長方形の線、そして不知火の耐久力を数値化して表現したアーマー・ポイント(装甲値)が表示された。
 
………この気持ちは何だろう、体の中からわき上がるこれは。恨みでもなく、悲しみでもない。ましてや悦びなどでは……もっと、もっと原始的で根本的な何か、これを押さえる事なんて出来ない。僕は僕自身を解き放ったのか………?
青年の操る深紅の鉄は歩みを少しずつ速め、やがて目的地へと二足の脚で全力で疾走して、全てを焼き払う劫火の風と化した。四門の砲台が望遠なしで確認できるところまで来たところで平べったく均等な円に機銃を取り付けたような物体が数機、虫の羽音のような唸りを立てながら空中に浮かび上がりこちらに滑るように接近してきた。
『敵無人機確認、機数七。機種はファイアー・ブランドです。』
砂塵の持つ高性能スキャン装置からの情報がウィルに伝えられた。
『武装は固定式機関銃が一門ずつ、この程度なら不知火の装甲は大丈夫のはずです。数の多さと機動力に注意して戦ってください………』
『……・どうやら砲台の方向転換が始まったようです、いいですか四分ですよ!!それ以上長くいると持ちこたえられません。』
『了解!!』
ウィルはこちらへ向かってくる無人機をロックオンサイトに捉えトリガーを引くと、不知火の右腕に装備されているサブマシンガンが規則正しく鳴り響き、騒音と共に無数の弾丸を発射した。立ち上る白煙が一瞬視界を塞ぎ、排出された薬莢が水面に飛沫を上げる。このアーマード・コアの放った劣化ウランに一機の無人機が空中に留まるため軽量化された装甲を貫かれ炎を吹き上げた後、一瞬の閃光となり消滅した。彼は今まさに戦っている、四分間の舞台へと投げ出された炎をまとった心なき戦士の死の舞踏を。機体を左右に切り返しながら射軸をずらし一つ一つ長方形の枠の中に敵を囲み、弾丸をまき散らす。すると一つの敵意が炎上し、音と光と熱へと変わるのだった。無人機の予測射撃を回避するために動きに緩急を付け、的を一機に絞り訓練通り旋回しつつの射撃を繰り返すという基本的な戦闘方法。ウィルの操る不知火は一機、また一機と確実に撃破していった。数の上では圧倒的に勝る浮遊する機銃が赤の軍神を取り囲み、上空の死角から機銃の雨を浴びせても貧弱な武装から発せられる弾では不知火のリアクティブ・アーマーに傷をつけることなど出来ず、臙脂色に塗り分けられた鎧をうち砕き彼の破壊を止めることなど出来なかった。
無人機が無駄な抵抗を続ければ続けるほど、彼の中に在る炎はよりいっそう激しく燃え上がり闇を切り裂く光を発するのだった。
たった一機で七機の兵器をものともせず相手にする圧倒的な戦力、これこそがアーマード・コアである。戦車並みの装甲と攻撃力、そして戦闘機にも勝る機動力となによりコア・システムとターレット・ポイントの採用によりパーツの交換を容易くすることで柔軟に任務に対応する無限大の戦術が不可能を可能にし、今もなお進化し続ける人類最強の兵器へと仕立て上げた。
 
……高まる心臓が高まる、のどが渇き指が痺れる。体は熱いのに頭だけははっきりとしている………。
この感覚は何なのだろう?見えないものが見え、聞こえないものが聞こえる。
…ロックオン……ショット……一機撃墜……。
……方向転換…回避運動開始……ロックオン………そら、もう一機………。
止められない、止められない。もっと撃ってこい。僕を止めて見ろ。
……無駄だ無駄だ、お前達にはこの不知火を倒すことなど出来ない。
僕は戦う………戦って……その向こうには何があるんだ………?
戦いの末に何を勝ち取る?誰のために?
自分のために?父さんと母さんの為に?
…………この先に見えるのは…………?
………人類の未来……。
………灰色の空、立ち並ぶビル、父さんと母さんが解体されていく……。
………あれは、ナイン・ボール…。
…僕の敵・僕の仇・僕の恐怖……ナイン・ボール………ッ!!
 
思考と自問自答を繰り返しながら機械的に戦う青年に突如として振動が訪れた。「くっ!!!」
固い殻に包まれている彼の居場所が地鳴りのような音と共に上下に激しく揺さぶられ、モニターディスプレイにDAMAGED!!と文字の振られた赤色の帯が点滅した。
『ウィル!!何をしているんですか!!何度も言っていたのに………もう4分過ぎているんですよ!!』
聞き取れなかった、戦いに夢中で彼は時が経つのを忘れていた。砲台の一つはこちらに向け不知火に強烈な一撃を加え、それに続き残りの三門の砲台が緩やかに転回している。ウィルは攻撃を受けた不知火のことが気にかかった。
「ラズーヒンさん被害状況は!?」
『アーマーポイント735減少、関節故障率1.32%、機動性能3%低下、旋回速度5%低下、制御システム異常なし。……まだ大丈夫です。』
『早く離脱してください!四つの砲撃を同時に受ければ不知火といえども危険です!!』
だがその忠告は遅かった。ウィルの戦っている無人機の群の後ろから四門の砲台がこちら側に人の頭くらいはある銃口を向けていた。今までの形勢を逆転するかのようにその四つの口はウィルを貫き、飲み込もうとしていた。
 
動けない、動いたらやられる。ボクは此処で死ぬのか?もうこれで終わりなのか?
 
ほんの刹那自分に掛けた切実な問の答えのように一門の砲台が突如、突如として炉に入れた鉄のように真っ赤な光を放ち。数秒経ってから緩やかに膨張し爆発した。
「なっ!!?」
何が起きたか理解する暇すらなく、遙か水平線の彼方から一条の光の線が破壊された物の隣の砲台に射した。砲台は音を立てずに赤熱化しこちらに向けられていた砲身がぐにゃりと垂れ下がった後、忘れていたかのように火を吹き上げ、熔けた鉄塊と化した。おそらくクローム側の人間には何が起こったか全く見当がつかないだろう。だが、ウィルとラズーヒンは其れが何であったかを知っていた。
カワサキである。カワサキの狭霧のスナイパー・レーザーライフルの超遠距離射撃に違いなかった。敵のレーダーの範囲から遙かに離れた場所から外すことなく一撃ずつで二門の砲台を仕留めたのであった。僅か数秒の間に、である。
「カワサキさん……。」
ウィルはまた生きながらえることが出来た。
『ウィル!!撤退してください。』
一瞬の砲台に乗っている人間のひるみを感じ取り、ラズーヒンは指示をした。
だが不知火が動くことはなく、残りの二問の砲台と数機の無人機が見えざる敵の恐怖を振り払うように不動の朱のアーマード・コアにあらん限りの砲撃を浴びせ始めた。吹き荒れる霙のような光を放つ弾丸が飛び交い一斉に一つの死の予感となって青年にのしかかってくる。砲台に関してはもはやろくに狙いなど付けていないようだ。ただ見えない恐怖を振り払うため目の前にある形ある物へと敵意を向けていた。
 
撤退?また逃げるのか、自分の中へ。何もせず何も感じずに。
………………・・いやだ…………。
あの砲台には人が乗っている。カワサキさんの攻撃に恐れおののき、僕へとその恐怖を伝えているのだろう?まるで高いところから低いところへと流れる水のように。
………………………いやだ………………。
人を殺したくはない、だけど殺すしかない。忘れろ、今は忘れるんだ。
 
ウィルはコクピットシートの手前にあるレバーを引いた。すると不知火の背中から青々とした炎が爆発的に吹き上がった。瞬時にして全ての敵から放たれた弾幕を回避する。アーマード・コアの標準装備のブースターユニットを起動させたのだった。
「うあぁぁぁ!!!!!」
亜音速の世界で放たれる死と死の間をすり抜け無人機を狙いつつ砲台に接近する。機体を激しく左右に切り返し内臓は捻れ手足がバラバラになるような負荷に襲われる中、青年は絶叫ともつかぬ雄叫びを上げたのだった。
 
「あの馬鹿野郎が……」
ウィルが死に物狂いで戦っている場所から遙か遠く離れた、争いなど全く無縁のきらめく浅瀬の中でカワサキは呟いた。強化型望遠モニターの画面からは炎を吹き上げ高速で移動しながら戦っている不知火が見えた。あまりに距離が在りすぎる故に音は聞き取れなかったが、不知火に向けられる圧倒的な火線。無人機に向けた銃撃の光。飛び散る飛沫。爆発のオレンジ。バーニアの炎の青。不知火の朱。その全てがウィルの持っている魂がぶつかり、まき散らされた彼の生命力のように見えた。だが、新兵や敵には勇敢に見えるかもしれないこの行動も数多の戦場を乗り越えたカワサキにとっては単なる「無謀」としか映らなかった。
 
くそ!!あのヒヨッコが!!命令無視してまた一人で突っ走りやがったな。
そんなんだからお前はいつまで経っても半人前なんだよ!!
………あいつと同じだジェームスの弟と………いや、もうあいつのことを考えるのはよそうと決めたじゃないか…………。
『ラズーヒン!!照準がおかしいぞ!!もう一度計算してくれ。』
『分かりました。しばらく待ってください。』
「これだから光学兵器は信用ならん……やはり狙撃は実弾に限るな……。」
閃光の中、最後の無人機を撃墜した不知火を見つつカワサキは呟いた。
狭霧に装備されている遠距離用狙撃銃は集光し多大な冷却を必要とするレーザー兵器の特性上のため極端に弾数が少ない上、リロードに時間がかかり、さらにちょとした天候や温度、湿度や磁場の影響を考慮しなければならないので照準には複雑な計算が必要であった。
だが光を使うという特性上、真空中ならばどこまでも直進し、距離によって威力が薄れることもなく、理論上の飛距離は無限大であった。だからこそ、これ程までに離れたレンジからの攻撃を可能にしたのである。
『………出ました。外気温21.2℃。湿度45.21%。電磁波による影響はありません。右に0.03、上に0.012ですね。』
ラズーヒンの言った数値を火制管理システムに入力しつつカワサキはモニターに映る不知火の戦いぶりをぼんやりと眺めた。
まるで素人の猪突猛進だな。そろそろ次が装填されているはずだ。小僧。お前はまだ死ぬには早い。お前は本当の戦闘の恐怖という物を知らないからな。カワサキはウィルに向けて尚、砲撃を続けている砲台に照準を合わせ静かに引き金を引いた。緑色の光の筋が放たれ、遙か遠く水平線の彼方へと消えたのだった。
 
高速で移動し弾丸を回避するウィルは、水平線からまた同じ光を見た。カワサキの撃った三発目のレーザー射撃である。命中した砲台の砲身が歪み水飴のように熔けてゆく。それに気付いたもう一門の砲手はまた見えない攻撃に恐怖し、一瞬、攻撃を緩めた。人であるせいの一瞬の躊躇と困惑。彼は其れを見落とさなかった。バーニアを全開にし、砲台へと一直線に飛び込む。急激な加速による体が押しつぶされこみ上げる胃酸を耐えて、地上を離れ空中に舞い、不知火は砲台に肉薄し取り付いた。
「うぉおおおおおお!!!」
連続的な騒音と共に薬莢か飛び跳ねるように排出され、銃口が激しく点滅する。零距離射程からのマシンガンの掃射であった。手の届く距離から発せられる銃撃に砲台はその身を削り取られ変形した。弾が切れるまで撃ち尽くし、ふと我に返ると、硝煙で薄れた彼の視界に溶けた鉄ときらめく海の静寂の光景が突きつけられた。
音が無く風もない、10年前のあの風景にどこか似ていた。
『………残存勢力0。砲台施設奪回完了。』
ラズーヒンが独り言のように呟いた。
終わった。全ての砲台と無人機を破壊し作戦を完了させたのだった。
しかし達成感を感じることもなく唯々呆然と乾いた感情だけがこみ上げてきた。人を殺した。だが何も感じない、其れがこの世界だった。そうしなければ彼はとっくに狂っていただろう。奴を倒すためには強くなるしかない。
 
でもこれが強さなのか?父さんと母さんの笑顔はこんな事のために僕に与えられたのか?
彼の自問自答に答えられる者などいなく、彼は少しずつ10年前の殺戮の巨人へと近づいていた。
 
 
 
 
〜作者から〜
今日は、これの作者のTO-RUです。
今回初めて戦闘の描写に挑戦したのですが………。最悪でした。特に最後の方が。まさかここまで自分が書けないとは、情けないですね。すいません。
どうも緊張感が無くテンポが悪い、もっと練習せねば。
次こそはいい出来になるように頑張ります。
 
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