第一話「クロームとムラクモ」





………ウィ……ル………。

………ウィ…………・・ル、ウィル……?ウィル……!!

微睡みの中からウィルは誰かが自分を呼ぶ声を聞いていた。あの時に聞いていた父さんや母さんの声とは違い、その声は少々掠れており、心を許すことができない緊張感があった。その声はやがてはっきりと、少しずつ強くなっていく。

「ウィル!!ウィル・フィーゲル!!聞いているのかこのヒヨッコが!!!」

耳を塞ぐほどにその声が大きくなったところで、青年はやっとの事で意識を取り戻し、深く閉ざしていた瞳を開いた。すると其処には、中年の薄い無精髭を生やした男が自分に向かって叫んでいるのが見える。浅黒い肌と低い鼻、短く切った髪、整っているとは言えない顔立ちに、申し訳程度に縁無しの小さな眼鏡をのせている。その歳のせいか少し下の腹が出かかっていたが、その内側のほとんどが強靱な筋肉であることは誰の目でも明らかであり、中年の身体付きは紛れも無く戦い抜くための戦士の肉体であった。

「ウィル!!今は作戦会議中だぞ!!!何をぼさっとしているのだ!!!」



窓もない、飾り一つない灰色の狭い部屋に中年の二人の男と、未だ少年の面影を残している一人の青年という少々奇異な組み合わせの男達がいた。

その部屋には椅子とテーブルだけしかなく、嫌でもそちらの方へ目をやってしまう造りとなっている。気が着いた、いや、意識があるべき場所に戻ってきた青年はその場所を見知らぬ世界へ迷い込んだかのように見回し、やがてそこが本来の自分が居る世界であることに気付いた。

だが、この青年にとってあの悪夢の世界とこちらの世界のどちらが本物の世界だと言えるのだろうか……?

……それ程までにあの映像は長い歳月を過ぎても色褪せることなく未だに強い

現実感を醸し出していた………。



あの惨劇から10年、もはや10年が経つ。

幼い子供だったウィルは見事な青年へと成長していた。



「おい、ウィル!!返事をしろ!!!」

無精髭の中年がより大きな声を張り上げた。

「は、はい。大丈夫ですよ……カワサキさん。」

………それが毎日の決まった文句であるかのようにウィルは生返事をした……。無精髭の男は乾き疲れ切った様子で微かな溜め息をついて青年の反対側の椅子へと戻り、強い勢いで腰を下ろした。「よろしいですか、ウィル?作戦の説明を続けます。」右側に座っているもう一人の背が高く色の白い、華奢で鳥のような目をした男が、その恐ろしく大きな目でこちらを見て、感情がないのではないかと疑うくらい無機質かつ抑揚の無い声で説明を再開した。「現在クロームの本拠地があるアイザックシティと、ムラクモ本社があるアヴァロンバレーとの間に位置するリーグル海域にある、砲台施設の奪回が今回の作戦内容となっています。この砲台施設は、元はムラクモの所有物となっていましたが、クロームの自衛権保持の名目により占拠されました………。しかしながら、この行動は将来のクロームのムラクモ領域への軍事侵攻のためであることは明らかです。よって我々が所属する『ストラグル第24支部』による砲台施設の占拠、及び奪回の命令がムラクモ本社から通達されました。私達三人、『11機械化特殊部隊』は、全部で二十一ある砲台施設の五番目を占拠する予定となっています。作戦の展開については…。」

………一切の無駄のない道筋で肌の白い男が説明を続けた。



『ストラグル第24支部』

……現在のウィルは、「ムラクモ・ミレミアム」という大企業が援助・管理する過激派武装組織「ストラグル(抗争)」に所属していた。クロームとムラクモ、彼の記憶の映像に入っていたキーワード。断片的に蘇る光と輪郭の連続から記憶を手繰り寄せ、彼は10年の全ての歳月を費やし、調べ上げて、過去に自分が置かれていた状況を理解した。そう、自分の父と母が何に所属し、どうして「あれ」が起こったのかを…………。



………ウィルはおろか、ウィルの父と母すら生まれていなかったほどの昔に、「企業連合」という世界の理想を掲げ、人類を正しい方向へと導くはずであった理想共同体が「公正なる経済競争」のために解散してから50年が経ち、世界の全ては「クローム」という一つの企業に握られていた。その多大な資本力で「ビーバイブ計画都市」の先駆けである「アイザックシティ」を買収し、そこに本社を構え、産業/経済/政治/人民の生活………に渡る全てのことを一括して管理し、運営していた。やがてアイザックシティとその世界一の大都市に生きる多くの人々は、クロームの「生活の保証」という明日への約束がある安堵感と、甘い誘惑に満ちた鎖に縛られ、この超企業に生活の全てを依存することとなった。これによりアイザックシティーに、クロームによる事実上の独裁体制が確立したのである。初めにクロームが掲げた豊かな生活の保証とは裏腹に、クロームの管理と独裁は年月と共に過酷さを増し、人民を肉体的・精神的に苦しめていった。本来「企業」が「国家」の代わりとなった時代に、これは許されない行為であったが、他に住むべき当てのない人々はもちろんとして、それらに対抗すべきはずの他の企業でさえもこの一人走りを始めたクロームを抑止する力を持ち合わせてはいなかったのである。資源/市場/流通/食料/治安/居住区……その全てがクロームの手中にあったからだ。もはや他の企業がクロームをうち倒し、罪に伴う罰を与える隙など皆無であり、「公正なる経済競争」は完全に停滞していた……。



やがて30年もの月日が経ち、人々が待ち望んでいた救世主が、人民を救うべく神によってもたらされた企業がついに誕生した。それはアイザックシティの北方に位置する「アヴァロンバレー」という渓谷に本社を構えた「ムラクモ・ミレミアム」という企業であった。アヴァロンバレーはアイザックシティーから遠浅の海を隔てており交通にも不便で、資源も乏しいという理由から、産業への有効活用性がないと判断され、クロームに放置されていたが、その大深度地層から工業産業には欠かせない多数の重工業用鉱石と集積回路製造の基盤となるレア・メタルとが同時に発見されたのである。本来、高い技術力と優秀な人材の揃っていたムラクモに、この奇跡によってもたらされた、膨大な資源とが結びついたのだ。ムラクモは最先端のAC産業にその高度な技術力と、斬新な発想により、瞬く間にシェアを拡大していった。



そう、長かったクロームの独裁に対抗できるほどに………。



ムラクモ・ミレミアムは人々に「全ての人間に自由と空が見える社会を。」と言うスローガンを掲げた。これは人々をクロームの支配から解放し、そして人類を、暗い地の底ではなく人間が本来生活していた母なる大地での生活を取り戻す、

という内容だった。この新たなる理想とも呼べる発言により、疲れ切り、全てをクロームに奪い取られていた人々は、狂喜乱舞し、ムラクモへの強い希望と大きな支持を抱くようになったのである。ムラクモは、「自由」の為にクロームと過酷な市場競争をし、「空の見える社会」の為に壊滅的に汚染された地球の環境を元へと戻すための組織「地球環境再生委員会」を設立した。

そのシンボルマークは、略式化された地球を、人間の両腕が優しく包んでいると言う美しくも理想に満ちた世界を表現していた。



……このマークは、父さんと母さんの白衣に付いていたピンバッチと同じだ……。



「地球環境再生委員会」は、多くの優秀な科学者で構成されており、各地の環境汚染度や、その改善法を日夜研究するという人類と地球にとって、とても大きな意義のある組織であった。ウィルの父と母はこの組織に所属していたのだった…。



急激に勢力を伸ばすムラクモと、長い間世界の全てを握っていたクロームとの、「支配と解放」との戦いはやがて明白となっていった。人類の救済のために全力を尽くすムラクモと言えど、やはりは一企業である。敵対する企業は容赦なく排除しなければならない。それが「公正なる経済競争」なのだから……。

クロームとムラクモの対立は次第に激化し、やがてその闘争は経済のレベルだけでは収まらなくなった。

−武力行使による競争−

それはまさに「戦争」であった………。

クロームとムラクモは自社の戦力による衝突だけではなく、同じ企業を敵と見なすテロリスト、すなわちここで言うストラグルへの援助や、「レイヴン」と呼ばれる傭兵の投入と言う形で、合法、非合法を問わない戦いが日夜繰り広げられるようになった

……20年以上が経つ今でもである……。

クロームにとってはムラクモの理想論とも言える地球環境再生委員会の活動は、クロームが続けていく地下都市での人民の支配にはまさに目障りであったのだろう。しかし、地球環境再生委員会を自らの手で壊滅させることは、人々の支持を落とすことにもつながり、「クロームの絶対支配」をも崩れさせかねない。それでクロームは、レイヴンによる暗殺と言う手段を取ったのだ………10年前に……。



………長かった………。

ここまで調べ上げるのにウィルはどれほどの時間を費やしたのだろうか?



……そしてそれにより実行されたクロームがレイヴンに対して行った依頼こそ、10年前の「あれ」であった………。クロームはレイヴンを雇い、父と母を殺させたに違い無い。おそらく父と母はそのことに気付いていて、あんな廃墟に引きこもっていたのだろう。



……だけどなぜ父さんと母さんは僕の体を調べる必要があったのだろうか……?

……なぜ「奴」は父さんと母さんの……脳を持ち去ったのか……?



………それについては未だ謎のままであった………。



………「レイヴン」………。

不吉を運んでくる渡り鴉という意味のそれは、この社会の一切の合法・非合法の歪みを依頼という形で解決する傭兵組織である。レイヴンは社会の拘束を一切受けず、独立した一つの組織を作り上げている。

「レイヴンズ・ネスト」というレイヴン達の宿り木から、ネット上で依頼が送信されるという形で運営しているのだ。

レイヴンズ・ネストは任務達成率・戦闘での戦果等から独自のポイント制を持ちポイントが高い者ほど危険だが報酬の高い依頼が提供される仕組みとなっている。その中でも、特にポイントの高い者は「ランカー・レイヴン」という絶大な信頼と圧倒的な恐怖の称号を手に入れることができるのだ………。

………そしてそのランクの頂点にあの怪物はいた………。

………「ナイン・ボール」………。

邪悪な黒と汚れた赤に塗り分けられた体に、Hのマークが目を奪う。

何十年も全てのレイヴンの頂点に君臨し続ける不死身の死神。

絶大な信頼、100パーセントの達成率、逃れられない死………。奴は10年も前にクロームから受けた依頼を達成しウィルの人生を狂わせたのだった………。



………父さんと母さんは優しかった……。

………それなのに僕たちが生まれる前から続いているクロームの立場のために

生け贄の血を流したというのか………?



……許せない……地球と全ての人々のために、働いていた父さんと母さんを突然に殺したクロームを………そして僕の絶対的な恐怖、ナイン・ボールを……。



……こうして僕は力という光に吸い寄せられる蛾のようにクロームと対立する

テロ組織「ストラグル」へと其の身を落としていったのである………。











〜作者から〜

……長い、長すぎる…。こんなに長くして読んでくれる人がいるのだろうか?今これを読んでいるあなたはすごい!!早く戦わせたいのですが、また世界観説明をやってしまった。ACというゲームが持つ世界観が好きでこの小説を書き始めたので、どうしてもだらだらと長ったらしくなってしまいます。出来うる限り緻密な設定でやるつもりですが……退屈かも知れませんね……。

ともあれ感想、ご意見があればmoyato-7@fc4.so-net.ne.jpまでお願いします。

そして最後にこの小説を載せていただいた管理人さんに感謝します、

ありがとうございます。