宇宙とボクとしらない海

                 プロローグ

フレイアさんが入室しました。
フレイア:「こんばんは」
管理人テル:「こんばんは、はじめまして」
貴公子:「それは明日はなせばいいことだろ。こんばんはですフレイアさん」
ゆかり先生:「直接に? 無理だよ絶対無視とかするし。はじめまして〜」
フレイア:「はじめましてみなさん。友達に教えてもらってきました。いいホームページですね」
管理人テル:「ありがとうございます。友達ってことは、同じ学校? 薬師寺?」
フレイア:「はい」
ゆかり先生:「何年生?」
貴公子:「管理人さん、ここは同学校しかこねーだろ(プッ」
フレイア:「それは……秘密です♪」
管理人テル:「ネットサーファーが来るかもしれないだろ」
ゆかり先生:「おおっ? 秘密主義ですか?」
貴公子:「無駄な期待だぜ。せめてもう少し派手にしないとな、このページ。秘密はいいことだぜフレイアさん」
管理人テル:「お前に言われなくてもリニューアル予定中だ。それと意味わかんねー」
ゆかり先生:「気になるなー。秘密」
フレイア:「すいません、ゆかりさん(汗)それより、ちょっと面白い話あるんです」
貴公子:「リニューアル? まあがんばれ」
貴公子:「面白い話歓迎〜」
ゆかり先生:「なになに?」
管理人テル:「俺もあるぞ。面白いはなし」
ゆかり先生:「おしえて〜」
貴公子:「おまえはダマレ。ガリ勉野郎」
ゆかり先生:「二人ともだまってうるさい」
フレイア:「聞いたことないですか? うちの学校の有名な噂のはずですが」
貴公子:「ひどいなゆかり先生は。でも愛してる」
管理人テル:「キモっ!」
ゆかり先生:「だからだまれ! フレイアさん、そんなのあったっけ?」
管理人テル:「……」
貴公子:「……」
貴公子:「ごめんねゆかりちゃん。フレイアさん、確かあれだろ、学校に何かが隠されてるっていう……なんだったっけ?」
フレイア:「そうです。うちの学校には―――」

「ロボットが隠されている」


                一章 学校には……

 薬師寺中学校・二−Aクラスは、今日も賑やかだった。
 朝の挨拶をかわし、それぞれでグループを作り話題に乗じている。皆楽しそうだ。「昨日ドラマ見た?」「みたみた、もう〜悔しくなかった?」「ああーでも納得したかも私。あのキャラ嫌いだったし」「…………」「ゲームやった? 貸したやつ」「やったよ、つまらなかった」「なにー!」「……うるせぇぞてめーら!」
 ――だがそんな楽しい雰囲気の中、一角だけ周りと違う雰囲気を発していた。
 朝の陽光が差し込む教室の隅、少年が一人席に座っていた。向かいには少女がむっとした表情で少年を睨んでいた。
 少年は背が高かった。中学生のはずだが、一八〇近くはある。背丈に比例して、体は制服ごしからでもがっしりとしている事が判る。黒い髪を首のあたりまで伸ばし、やる気のない視線を少女に向けていた。
 少女の方は至って普通だった。薄く茶色が混ざった長い黒髪をポニーテールに結っており、今は大きな瞳を吊上げギラギラさせている。
「……なんで来なかったの」
 少女は机に右手を強くおいて少年に言った。
「一身上の都合があったからだ」
 対する少年は淡々としていた。面白くなさそうな顔で少女を見て、ため息をついている。
「都合ってなによ? 寝ていたテレビ見ていたなんてのは無しだよ」
「…………」
「図星なわけ? ……ちなみに聞くけど、どっちなの?」
「どっちも」
 少女の眉間に皺が寄った。「……私、二時間も待っていたんだよ。それなのに、それなのに……あんたって奴はあぁぁぁぁ―――!」
 少女の右拳が頭上に輝いた。面白くない顔を浮かべていた少年に初めて生きた、焦りの表情が浮かんだ。少年の椅子がガターっと音を立てた。
 一触即発。ていうかすでに発動している惨事(少年にとって)を救ったのは、
「浩介! 事件だニュースだ大事件だ!」
 周囲の騒がしさをかき消すような大声。クラスメイトがちらっと見るが、皆すぐに日常へ。息を切らして入ってきた少年はそんなクラスメイト達には目もくれず、背の高い少年を確認すると大股で歩き出した。
 メガネが賢しさを表現しているが、落ち着いたイメージはまったく受けない、どちらかといえば活発なイメージが遙かに強かった。短い髪を適当に下ろしており、ファッションを意識したイメージは抱けない。興奮しているのか、疲れているのか、妙に息が荒かった。
 少女は右腕をあげたままメガネ少年を見た。背の高い少年はほっとした顔で少女から離れた位置に座っていた。歩いてきたメガネ少年は彼の前に立ち、
「聞いてくれ浩介! ニュースなんだよ」
「そうかニュースか! ていうかありがとう輝明!」
「ちょっと輝明くん! 邪魔しないでよ、今こいつと大事なはなしを―――」
「あとにしてくれ香。浩介、やっと確信がとれたんだ」
「なにが?」
「コラぁ! 無視するな!」
「あの噂だよ! 学校に隠されたロボットのやつ!」
「へっ?」
 背の高い少年……浩介は疑問の声を上げた。隠されたロボット? 少し考え、あっと思い出した。
 この学校には巨大なロボットが隠されている……。七不思議的にあるそんな噂話を浩介は一応知っていた。傍らの少女……香も、ああ〜と思い出したような声を上げていた。
「それがどうかしたのか?」
「本当にあったんだよ!」
「…………」
 浩介の目が細くなった。まるで可哀想な奴を見るようにメガネ少年……輝明を見た。香も同じだった。
 浩介は香を見る。
「ごめん香。真面目な話、まったく忘れていたんだ。そしてテレビが面白かったんだ」
「ふーん……とりあえず、殴っていい?」
「なんだよ! 話変えるなよ! なんで信じないんだよ!」
 メガネをずり下げて、輝明は叫んだ。浩介と香は両手で耳を塞いだ。
「……信じるもなにも、まず理解不能、意味がわからない。最初っからそんな噂があるこの学校が、俺には論外だ」
「そうね、確かに夢のある話だけど、ロボットなんて……反応に困るよ」
 二人そろってねぇ〜? と苦笑をもらす。
「んあんだよ! 子供のくせに夢がないな! ちゃんと証拠があるんだよ!」
「証拠?」
 キーンコーンカーンコーン……。
「おい、ベルだぞ。早く席につけよ」
「私に言ってるわけ? 逃げるの?」
「どっちにもだよ。逃げるってなんだ? 俺がいつ逃げなきゃ悪いようなことをした?」
「ちっ! 浩介! ホームルームのあとたっぷり聞かせてやる!」
 輝明は自分の席へと大股で歩いていった。
 周りのクラスメイト達も各々の席に戻っている。だが、香だけは動かない。
「……おい香。お前の席はあっち」
「謝罪の言葉は?」
「さっきしただろう」
「誠意がない」
 ふうーとため息をつく。
「……わかったよ。……すいませんでした。もうしません絶対に…………たぶん」
 バキ!

「おい〜みんな席に着け〜お着いてるな〜。……ん? どうした霧浜。顔腫れてるぞ。物貰いか?」
「……一身上の都合でちょっと」

                  *

 C校舎の二階を登り、右に向かい、理科室が見えてきたらそこから左へ。しばらくすれば何も無い広い空き部屋が見えてくる。そこに入り、奥にまたドアがあるのでそこから出る。そこからしばらく歩けば大きな扉がある。そこに、ロボットはある。

「どうだ!」
 そう言って輝明は、自信満々に拳を握り締めた。
「お前な〜、本気で殴っただろう? 腫れるぐらいの勢いで殴るか普通」
「自業自得よ。だったら私の時間を返して」
 まったく聞いていなかった。
「だあああぁぁぁぁぁ〜! おまえら人の話を聞け! ビックニュースなのにどうして無視するんだ!」
 輝明が叫びだしたので、二人は耳を塞いだ。
 休み時間。輝明はHR前に言っていた『証拠』を早速披露したのだが、浩介と香はまったく聞く耳を持たなかった。なぜなら、
「それのどこが証拠だ」
 C校舎とはすでに使われなくなったボロ校舎のことである。浩介と香がここ薬師寺中学校に入学する頃には、すでにC校舎はボロだった。よって入った事がなく、まったく謎だ。ここまでなら何かがありそうな気配ぷんぷんなのだが……。
「なんで二階にロボットがあるんだよ。普通は地下とかだろ。二階にあるなら外から丸見えだろうが。確か、巨大って設定があったはずだよな? 巨大って、教室一つに入るぐらいが巨大なのか? はいさよなら輝明君、夢は寝てみろ」
 右手をひらひらと輝明に向けて振る。輝明は顔を真っ赤にして唸り声をあげ、
「こ、校舎の中に隠されているんだよ! 扉を開ければバーンと!」
「でもあの建物、確か四階はあったはずだよ。二階にそんなロボット押し込めていたら、あっさり自重で崩れ落ちるんじゃない? ボロ校舎が」
「くっ! と、扉を開ければ、あ、開ければな……別の空間の繋がってるんだよ! そこは広い空間で、そこにはロボットがでーんと……」
「アニメ・映画の見すぎだ。オタク」
「ちきしょうー! なんで信じないんだ! なんでそんな理屈ばっかこねるんだ!」
「信じるほうがおかしい。いったい誰なんだそんな情報をお前に与えたのは」
「他人に趣味が入った話されて、舞い上がったんじゃないの?」
 輝明は石となり固まった。
「……香、直に言いすぎ」
「あ……ごめんなさい。輝明君、大丈夫?」
「……くそぉぉぉ――――――! こうなったら直に確かめに行ってやる!」
「おおそうか。まあがんばって絶望してこい」
「浩介! お前も来いよ!」
 ひらひらさせていた右手が止まった。
「……は? ふざけるなオタク。一人でおばけとでも戦ってろ」
「来ればこの前かした百二十円返さなくていいから。だが、こなければ利子百倍だ!」
「分けわからねぇ事言ってんじゃねぇ! ――っておいどこ行くお前!」
「仲間を探してくる! 三人では心苦しいからな!」
「三人って……私ももしかして入ってる?」
「バカかお前。もう休み時間終わるんだよ」
 キーンコーンカーンコーン……。

「あっ……」

                    *

 今日の授業が終った。三年生なので部活もない(元から帰宅部)霧浜浩介はさっさと下校しようとしていたが、途中で輝明に捕まり、今日の深夜に学校に来る事にうるさく念を押された。
 当然無視し、今は香と同じ帰路についている。
 まだ夕方とは言えない晴れた空。道路脇でくつろぐ猫が鳴いた。
「浩介、ほんとに行かないの?」
 無言が続いていた中、突然香が口を開いた。
「なにが?」
「輝明くんのやつ」
「いかねー。めんどくさい」
「えーどうして? 楽しそうじゃない」
「だったらお前は行けばいいだろ」
「じゃあ浩介はいく?」
「だからいかねーって。なんだよじゃあって」
「どうしてよ。どーせ暇なんでしょ、たまには日常に変化を入れようという男らしい探究心はないの?」
「そんなもんに俺の睡眠時間を削りたくないから、無いってことで」
「……昨日の約束」
 ぼそっと呟く。
「……なんだよ。その話ならこの顔面の腫れで払っただろう」
「まだ足りてない」
 そう言って香は、右拳を頭上に輝かせた。
「卑怯だぞお前!」
「さあ選択ですよ霧浜浩介君。ここでまた一発鉄拳をお見舞いされるか、学校いくか……」
 ふふふと笑みを浮かべながら、香は拳に力を込めた。
 浩介は一歩たじろぎ、
「な、なんでそんなに執着する。俺に怨みでもあるのか……」
「たまには反省してもらわないと、こっちも困るわけよ」
「ぬー……」
 額に汗が流れた。不気味な笑顔。敵はマジである。
「どうなの?」
「……わ、わかった」
「それでよろしい」
 上げた拳を下げてにこりと微笑む香。
「最初っからそう言っていればいいのよ。素直になれ」
「暴力ふられてまで素直になりたくねぇ」
「じゃあ、今日向かえに来るね」
「へえへえ」
 はぁーとため息をつきながら、浩介はうな垂れた。まったく、嫌な幼馴染を持ったものである。三十センチ近くある身長差なのに、どうしてこいつはこんなに態度がでかいのだ? ……あー関係ないからか、そんなの。
 ―――まったく、まるで姉ちゃんみたいなやつだ。
「……なにやってるんだろ、あれ」
「ん? どした」
 香の疑問の声に浩介はうな垂れた顔を正面に向けると、数人の小さな少年がこれまた小さな少女を囲んでいる光景が見えた。少年達は笑みを浮かべ、少女は道路に座り込んで困った表情を浮かべている。今にも、泣きそうな感じだ。
 嫌な感じを浩介は敏感に感じ取った。
「ちっ」
「あ、浩介!」
 舌打ち一つして少年達に歩みよる。少年達の笑い声が聞こえてきた。浩介はちょうど、一人の少年の真後ろで立ち止まった。
 黒い影が少年達の目に入る。疑問に思った少年達は後ろを振り返り、大きな浩介と目が合う。
「おまえら、何やってんだ」
 浩介が冷めた調子でそう言うと、少年達は一斉に睨み返してきた。まったく純粋に素直な反応である。楽しい事を邪魔されてさぞご立腹ってか。まあ、子供だから当然か。
 浩介はそんな事を思いながらこちらも目だけは逸らさない。流石に浩介が睨んでしまうと、この年の子は迫力に泣き出してしまうかもしれないので止めた。
「なにって、遊んでるだけだけど」
 浩介は少女を見た。遠くからは表情だけで判らなかったが、すでに少女には涙が浮かんでいた。
「……その子、泣いてるみたいだが、それでも遊んでるのか?」
「そうだよ。こいつどんくさいから、みんなで注意してたんだ。シツケは大事だからさ」
 よく喋る。どうやらこの少年がリーダーみたいだな。小学校低学年ぐらいの体格しているわりにずいぶんと大人びている。悪いグループには必ず頭のいい奴がいるとよく聞くが、皮肉としか思えない。
 浩介はふーんといった表情でリーダーを見た。
「そうか、確かにシツケは大事だよな。……なら、俺もまぜてくれよ。どうやるんだ?」
「え?」
「シツケっていうぐらいだから、それはご立派な遊びなんだろ? あとでためになるように研究とかしてるのか? メモ取ってるのか? やったことに対し、みんなで反省会とかしてるのか? 一応聞いておくが、叩いて蹴ってだけがシツケとか思ってないよな?」
「う……」
 リーダーは何も言えず、悔しそうな表情を浮かべた。
 所詮は子供。最近の子供は生意気で悪知恵ばかり働いて手を焼くというが、少しつついてやればごらんの通りだ。賢かろうがガキはガキ、詰めの甘さはぬぐえないのだ。
「……いこうぜ」
 リーダーは浩介から踵を返し、仲間達を先導して走っていった。
「やれやれ」
 浩介は残された小さな少女を見た。両手を目元に押さえ、小さく啜り泣いている。
 浩介はしゃがみ込み「大丈夫か? もう泣くな、敵は去ったぞ」と言ってあげたが、少女は泣き止まなかった。
「浩介!」
 今頃になって香が駆け寄ってきた。浩介は立ち上がり、ポケットを探った。だが求めているものは見つからなかった。
 しかし、ちょうどよく何か言いたそうな顔を浮かべた香が来たので、
「おい、香。ハンカチ貸してくれ」
「え? あ、う、うん。……はい」
 香からハンカチを受取り、それを少女の目元に優しく当てる。少女はびっくりしたように顔をあげ、浩介をまじまじと見つめてきた。
「泣きやんだか?」
「あ……」
 少女は顔を真っ赤にさせながら、こくりと頷く。
 浩介はハンカチを香に放り投げ、少女を立ち上がらせた。後ろから抗議の叫びが聞こえてくるが無視。少女は服を少し汚した程度で、ケガなどはないようだ。少年達からの被害はちょっと突き飛ばされた程度で済んでいたようだ。まあ、女の子にケガまで負わせるような行為に走っていたら、いくらガキでも浩介はぶん殴るつもりだった。
「家にはちゃんと帰れるか?」
 こくりと頷く。
 ゆっくりとした動きで踵を返し、少女はとぼとぼと歩き出した。
「じゃあな。もうあいつらに絡まれるんじゃねーぞ」
 少女は一端立ち止まり、ぎこちない笑顔を浮かべながら手を振ってきた。
 ありがとう……。
 集中してないと聞こえないような声でそう言い、少女は行ってしまった。
「……元気なかったね、あの子」
「苛められて元気がいいやつがいるわけねーだろ。バカかお前は」
 毒の強い言い方だった。普通ならむかっとなる理不尽な反応だったのだが、香は表情を少し顰めただけで何も言い返さなかった。
「浩介、まだ、気にしてるの? お姉さんの……」
「関係ない」
 浩介は歩き出した。まるで何かに反論するような強い一歩がそこにあった。香はそれを感じ取ったのか、表情を消沈させた。
 ――やっぱり、まだあの時のことを……。
 今さらながら、香は今日誘った事を後悔した。そうだった、彼はこういった理解不能なロボットや、怪談や、理不尽な苛めや、暴力に対し恐ろしく敏感で嫌っていたのだ。……もう五年も前の話で、すっかり頭の隅に忘れられていた。
 最低だ、私……。
 香は浩介の横に駆け寄り、今日はやっぱり止めようと言い出すタイミングを計った。ちらちらと横目で確認しながら、頭で組み上げた言葉を反芻する。
 ふと目が合った。
 今だ! と思った時、先に口を開いたのは彼だった。
「ほんとに関係ないからな」
「え?」
「だから、今日はちゃんと行ってやるよ」
 気を遣われた。そう気づいた瞬間、かーっと香は体が熱くなるのを感じた。心配するはずの自分が逆に心配されてしまった。私、そんなに深刻な顔してたの? やだ、今変な顔になってるよ絶対。香は顔を浩介から見られないように俯かせた。
 そのまま香は、終始無言で何かにドキドキしたまま家まで歩いた。浩介が何も言ってこなかったのが、その時は幸運であった。

 そして今日の深夜前。浩介の家に訪れた香は、彼の風呂上り姿を見て再度ドキドキするのであった。

                 *

 時刻は深夜前。
 空には大きな三日月が輝き、灯りが消えかかる町を薄く照らしていた。暑さが始まったこの時期だが、夜はまだ少し寒かった。しーんとした学校周辺、遠くで犬が吠える声が聞こえてきた。
「おい、なんでこんなにいるんだ……」
 薬師寺中学校、校門前。浩介は集まったロボット探索メンバーを見て呆れた。自分を入れて、真美坂香、佐藤輝明、井上和真、泉奈々子、木埜山恵美、真美坂彩香と計七名。
「何がお前らを動かしたんだ……」
「もちろん決まっているだろ! 心の底に溜め込む熱い探究心が働いたからだ!」
「それはお前だけだ」
「俺はどちらかといえば、好奇心だけどな」
 和真はそう真面目に意見を述べた。
 和真を見てまず目に付くのは顔。はっきり言って美形だ。サラサラの短めの黒髪、身長は浩介と違って標準より高めぐらいだが、そのぶん体のバランスが整っているので、美男子という感じで余計にかっこいい。運動神経も抜群で、サッカー部。まさに絵に描いたような学生男子アイドルが和真だ。
「面白そうだし、浩介も来るって聞いたからな」
「……はぁーお前はそれで納得できるが、なんで泉や木埜山まで来るんだ?」
「え、え!」
「…………」
 なぜか慌てた声をあげる奈々子。それとは正反対できりっとした無言の視線を返してくる恵美。
 奈々子は美人というより、かわいいといった部類に入る女の子だ。頭のツインテールと、大きな目がそれを誇張させているのだと浩介は思う。
 しかし、彼女の特徴はこれだけではない。
「いつもながらリアクションが大きいな泉。胸揺れてるぞぉぐごをぉ!」
 水平にとんできた香の蹴りが背中にヒット。腰の入った一撃に叫び声をあげずにはいられなかった。
 ……つまりこういうことである。奈々子は胸がでかい。おまけに他人の言葉にやたら敏感で、何かとリアクションが大きい。おかげで学校では、男子の目の保養になっている事は言うまでもない。ちなみに香とは親友の関係らしい。
「霧浜君って、そういうこと言う人だったっけ……?」
 恵美はいつもクールだ。目がきりっとしてて、眼鏡がそれを誇張していてよく似合っている。長いストレートの髪、わりと整った顔立ちとで美人といえるが、あまり人といる事は少ない。たまに香達と話しているのを見かけるくらいだ。
「てて、まあさすがに泉のあれにはな。それよりも、木埜山ってこういうの興味あったのか?」
「別に。香が、行かないって言うから……」
「ってことは、泉を誘ったのもお前か?」
「だって、男ばかりで私一人じゃ寂しいし、危ないじゃないか」
「ああそう。だけどさ……なんで彩香ちゃんまで連れてくる?」
 浩介は香の隣に立つ少女を見て言った。少女はびくっと反応し、慌てた動作で頭を下げてきた。
「ど、どうもこんばんはです浩介先輩! 今日はよろしくお願いします!」
 彩香は香の二つ年下の妹だ。サラサラの少し茶の入ったショートカット。姉妹だけあって外見は香とかなり似ているが、性格はまったく逆だ。喋りがいつも敬語で、他人に優しくてとっても気が利く元気な女の子。姉と似ているのは元気だけだ。
「俺によろしくされてもな。主催者は輝明だ」
「いえでも、浩介先輩のおかげで、私ここに誘われましたから」
「どういう意味?」
「だってお姉ちゃんが―――」
「わー! 彩香いわなくていいから!」
 いきなりとびこんだ香は彩香の口を塞いだ。彩香は体をじたばた、口をもごもごさせながら抵抗しているが、香の手はがっしりと固定されて動かない。あれでは呼吸を出来ないのではないかと浩介が思っていれば案の定、彩香の目が回りだした。
 叫び声をあげている香を無視して、浩介は輝明に視線をやり、
「とりあえずさっさと行こうぜ。俺はさっさとすませて寝たい」
「そうだな。よし、みんな行くぞ! 目的地はC校舎だ!」
 近所に人家があれば迷惑極まりない声をあげながら、輝明は先頭に立った。

                  *

 一向は早速C校舎に向かったのだが、いきなり壁にぶつかった。
 ガチャ……。
 ガチャ……。
 いくら取っ手を引いても、金属が引っかかる音が響くだけだった。
「……あのさ、輝明君。質問していいか?」
「言いたい事はわかるから言わなくていい」
「いやお前反省しないから言わせてくれ。……あのな、下調べぐらいしとけバカオタク!」
「まあ、普通カギぐらいかかってるよね。使われないからって……」
 冷静に恵美がつっこむ。
 ……そう、C校舎に入るための入口。そこには立派にカギがかかっていたのだ。
 輝明はうっと唸り、周囲をキョロキョロと見渡し、
「だ、大丈夫だ。たぶんどこか窓が開いてるはずだろう。いざとなれば割ればいい。こんな事もあろうかと、ガムテープを用意してきた」
「そんなの用意する周到さがあるなら、下調べしろボケ」
「む、とにかく探してくる。仕方ないからお前らはここで待ってろ」
 そう言って輝明は壁沿いに校舎を走っていった。

「見つかったぞ」
 しばらくして、輝明が戻ってきた。どうやら無用心な入口があったらしい。
 正面入口から西の端っこに、開け放たれた窓があった。……というより、完膚なきまでに破壊されていた。窓の周辺には、ちらほらと破片が散らばっていた。
「結局割ったのかよ」
「違う。元から割れていたんだ。おそらく、この学校の不良あたりがエネルギー余っての行動だろう。僕がやれば、こんな無造作な行為はしないぞ」
 浩介は窓を見た。窓の奥は都合よく二階への階段があった。
「……嘘くせぇ」
「なんだと!」
「はいはい、そこケンカしてないでさっさと行くよ」
 いつのまにか、香は校舎の中に入っていた。すでに和真も中に入っており、次に入ろうとしている真っ赤になった奈々子を急かしている。後ろで順番待ちの恵美がアホどもを見る目でこちらを見ていた。
「…………」
 浩介と輝明は無言で睨み合い、しぶしぶ窓へと足をかけた。


 深夜の学校。薄汚れ、使われなくなった校舎。
 何人かの者はここに来るまではこの言葉を気にも留めていなかっただろう。
 だがいざ来てみて、それを体験して思い知る。そういえばそうだったと。
 歩くたびに何かが軋む音を立てる廊下。シーンとした空気。
「こ、こわい……」
 いつも気丈な香が、この雰囲気にはさすがに弱気の声を漏らした。香だけではない、奈々子、彩香も同じように「こわい」の一言を連呼している。恵美だけが無言のまま歩いていた。
「おい、くっつくな」
「あ、ご、ごめん」
 無意識のうちに香は、浩介の二の腕のあたりを握っていた。慌てて手を離し、少し距離をおく。
「…………」
 コツ……コツ……コツ……。
 靴が廊下を滑る音が、妙に頭に残る。
「…………」
 コツ……コツ……コツ……。
「おい」
「…………」
 浩介から注意を受けるが、香は無視した。今度は二の腕どころか腕に両手をまわし、ぎゅっと離さない。正直、自分がここまで恐がりだとは思わなかった。
 浩介から呆れたようなため息が聞こえてきた。しかし、浩介は振りほどいたりはしなかった。
「……ごめん、ありがと」
「らしくないぞ。たく、なんで来たんだお前?」
「だって、こんなに恐いとは思わなかっただもん……」
「まあいいや。これは貸しだぞ」
「……うん」

「ほら、ああやってしまえば成功なんだよ」
「香ちゃんすごい……」
 香たちから少し離れて歩いていた奈々子は、素直に感嘆した。そんな奈々子を見て恵美は口を開く。
「奈々子もあれくらいやればいいのに」
「え、ええ! む、無理だよ私じゃぁ……」
 いつもおどおどしていて積極性がない、こんな性格の自分を奈々子は、はっきり言って好きじゃなかった。少しだけ、少しだけでいいから香のような大胆さが欲しかった。
「わ、私がそんな事したら、井上君きっと私のこと嫌いになっちゃうし……」
 中学最後の年に同じクラスになったと判ったときは、まさに天にも昇る思いだった。授業中でも見ていられるし(おかげでぼけっとするなと先生に叩かれたことが複数)、体育の時間も遠くからだがかっこいい姿が拝められる。まさに至れり尽くせり。そう、奈々子はそれだけで十分だった。
 だけど恵美は言う。そこまで好きなら、思いっきり行動しろと。片思いから出世しろと。
「ほら、これとか武器にすればいい」
 そう言って恵美は奈々子の胸を触った。
「腕に体にでも押し付ければ、あんなのでも鼻の下のばすさ」
「そ、そんな井上君みたくないな……」
「だったら話ぐらいはしてみなよ。せっかく輝明がこんな機会を用意してくれて一緒にいるんだから」
「それが出来たら苦労しないよぉ」
 はぁとため息をつく。ふと、後ろで歩く和真を見た。
 瞬間、奈々子は目を見開いた。
「こ、こわいです……」
「埃がたまってるみたいだから足元に注意したほうがいい」
「は、はい」
 和真の横を歩きなおかつ無意識なのか、彩香は和真の腕を握っていた。和真はそれに対してはまったく気にした様子は見せていない。それよりも、よたよたと不安定に歩く彩香のことを心配している感じだった。
「姉妹そろって男の扱いに慣れてるね」
「う〜〜〜〜」
 奈々子は唸り声をあげて泣きそうな顔になった。
 つくづく不憫な子だと恵美は深く思い、クールな顔に苦笑を浮かべた。


 二階の道を歩くこと二分。目の前に大きめのスライディングドアが見えてきた。
 空き部屋と輝明から聞いていたが、元は図書室だったらしい。また鍵がかかってるかと思ったが、ドアは運よく開いていた。少し錆びついたドアを力まかせに開け、メンバーはぞろぞろと中に入った。
「うわぁー、ほんとに何にもない」
 図書室だけあって、奥のほうは灯りを当ててもよく見えないほど広かった。中は多少ゴミが積み上げられているだけで、それ以外は何もないに等しかった。
「ああ、ほんとになんか出そう……」
 香はあたりをキョロキョロと見渡しながら体を丸めた。
「お前そんなに恐がりだったのか。知らなかった」
「遊園地に一回も連れていってもらってないからね。誰かさんに」
「大丈夫だ香! 何かが出れば用心棒がなんとかしてくれる!」
 急に横から沸いて出た輝明を、浩介はうざったげに見た。
「だれだよ、用心棒って」
 浩介の言葉に輝明はは? という顔になり、決まっていると言って浩介と和真を指さした。
 浩介はあきらかに不機嫌な表情を浮かべ、和真の方はそうなのかと微妙に納得していた。
「中学生とは思えない長身! スポーツはほどよく万能で、なぜか憎たらしいことに勉強優秀でNO.ワン! 顔は普通だがおかげでもてる! 用心棒だ!」
「顔は余計だ」
「薬師寺中学校はじまって以来といっていいほど美形! スポーツは万能で腹割れてる! 頭も十番以内とまさにオールマイティー! 用心棒だ!」
「美形は余計だ」
『余計なのかよ!』
 皆から一斉に抗議の声が上がった。
「え? ……あ」
 多数からのつっこみをうけた和真は目を白黒させ、戸惑いの表情を浮かべていた。
「こういうやつほど、自分の事が分かってないというが……」
「まじみたいだな」
「思い悩むことがないのだから仕方ない……」
 言いたい放題みんなから言われているが、和真はなにも言い返さなかった。というより、何に対して罵られてるのかが、彼は理解できていなかったのだ。
「ここまで分かっていないと、逆にうらめないね」
 和真以外が深く頷いた。
 浩介が言う。
「まあいいや、それよりもうすぐなんだろ輝明?」
「ああ」輝明は電灯を部屋の奥に当てながら言う。「あそこのドアを抜ければすぐだ」
「なんであんな所にドアがあるんだ?」
「そんなもん知るか。増改築をした影響かなにかじゃないのか、たぶん」
「ふーん。にしても、お前ほんとに情報がスカスカだな。猪突猛進というか、少しは準備やら目的の整理ぐらいしとけよ」
「仕方ないだろう。フレイアさんはすぐにおやすみしてしまったのだから。まあ、入口のカギに関しては何も言わないけどな」
「フレイア? なにそれ外人?」
「……ネットのチャットだ。フレイアはハンドルネームだ……もしかしたら本名かもしれないが。で、その人が昨日初めて僕のホームページに来た時に言ったんだ、ここにロボットがあるってな」
「それを信じたのか?」
「だからここにいる」
 沈黙。
「……まあいいや。さっさとすませて帰ろう。あそこ出てすぐなんだっけ」
「おいちょっと待て。なんだ今の沈黙は? まさかお前まだ信じてないのか?」
「信じてないから早く終わらせたいんだ。香、恐がりなら早く来いよ」
 浩介は電灯を前に向け、さっさと歩き出した。香が怒鳴りながらも慌ててそのあとを追っていた。
「あ、おい―――」
「あなたが何を言っても、浩介君には無駄よ」
 突然、恵美が横に立ち口を挟んできた。
 滅多に自分に話しかけてこない恵美に輝明はびっくりして思わず一歩引いてしまった。その反応に、恵美はくすっと薄く笑った。
「あなたみたいに根拠もなく行動に移すやつは、彼にとっては不可解でしかない。分からないことを押し付けられても、困るだけでしょ? あなたが浩介君を苛めたいのなら、話は別だけど」
「は? なんでそんな事がわかるんだよ」
「あなたと会話している浩介君を見ていればすぐに分かる。なに言ってるんだこいつ、うざったい……言葉で表せば、こんな感じに私は抱いた」
 輝明は絶句した。そんな輝明を無視して、恵美はすたすたと歩き出す。
「彼、怒らせないほうがいいよ。なんか、妙なトラウマ持ってるみたいだから」
 いつのまにか、周りには自分しかいなかった。前を見れば、悠然と歩く恵美の姿があった。
 あんな饒舌な恵美は初めてみた。しかも凄い迫力だ。思わずびびって、言い返すことができなかった。今のははっきり言って、普通の中学生の威厳ではなかった。これは……。
「あ」
 ――恵美の家って、もしかしたらやくざ関係か?
 たぶんそれは違うであろう答えに、半ば納得したように輝明は頷いた。
 ま、絶対なにかがあることは確かだな……。そう、根拠のない確信を得ながら、輝明は歩き出した。

                  *

「ここが……?」
「ロボットがある場所?」
 図書室からのドアを抜けて暗い廊下をちょっと歩いたところにそれはあった。
 浩介達の目の前には、校舎の中だというのに、まるで体育館の大扉みたいなものがあったのだ。
 皆が息をのんでいた。扉から『何かがあるオーラ』がぷんぷん出ていたのだ。まるで、RPGのボスへと続く入口の雰囲気のようなものがそこからは出ていたのだ。
「ふふふ」
 突然、輝明が不気味な笑いを浮かべた。
「見ろ! これはどう考えてもロボットへと続く扉だ! 浩介! やはり僕は正しかったぞ!」
「まだロボット出てきてないだろーが」
 いつもどおりの輝明である。まったく恵美の忠告を無視した発言だが、恵美はなんの感慨も顔に出してはいなかった。それよりも目の前の扉に集中していて、輝明など下界の存在といった感じである。
「しかし、これは本物っぽいな……」
「っぽいじゃない、本物だ」
「またカギでもかかってるんじゃないのか」
「はっはっはっは。まさか―――そんなわけ―――」
 ガチャリ。
 輝明が引いた扉は、硬い金属が引っ掛かる音をたてた。
「…………」
 輝明は扉を押した。また扉はガチャリと音を鳴らした。
「……あれ?」
 皆がその場で固まった。
 虫も鳴くのを止めた暗い夜に、静寂が流れた。
 しばらくすると、輝明はガチャガチャと扉を押したり引いたりしだした。
「ああああ〜ふざけるな! ここまできてなんだこれは? おい! 誰かカギ持ってこい!」
「誰が持ってるんだそんなもん。諦めろ。それと騒がしいから止めろ」
「あ・き・ら・められるか!」
 カギがかかった扉を一般の人一人が腕力だけで開けられるわけがない。だが意地でも開けたいらしく、輝明は歯を食いしばりながら渾身の力を扉に注いでいた。
 そんな輝明に、メンバーは苦笑浮かべていた。輝明以外はすでに、よい思い出としてしまい、諦めに入っていた。元々そんなに期待もしていなかった、退屈な日常に刺激を入れたかったがために参加したイベントなのだ。当然の反応といっていいだろう。
 浩介は輝明を止めようと扉に歩みよった。
「ほら、いい加減あきらめろ。見苦しいぞ」
「う・る・さ・い!」
「カギがかかってるんだから無駄だっての。だいたい、もし開いたとしても何にも無いに決まっている。実は生徒会室だったなんてオチで終りだって。
 こんな扉が……」
 浩介は扉に触れた。
 その時、
 ――来ましたね。
「あ?」
 一瞬、女性の声が聞こえた気がした。
 カチャ。
 突然、輝明がいくら押しても引いてもぴくりともしなかった扉が、浩介が少し触れただけで押し込まれた。浩介はびっくりして、熱いものを触ったみたいに手を引っ込めた。
 扉を見れば、やはり微かだが暗い奥を覗かせていた。横に立つ輝明は、目を大きく見開いて浩介を見ていた。
「おい、開いてるぞ」
「ああ、開いてるな」
 二人がそんな間抜けな会話をした瞬間、
 バガン!
 薄らなかを覗かせていた扉が、大砲が発射されたような轟音とともに開いた。
「う、うわっ!」
 開いた扉の中は完全な暗黒だった。その中にふわっと浮き上がった輝明がものすごい勢いで吸い込まれていった。
「な!」
「きゃあ!」
「!」
「にゃあぁ!」
 それに続くような形で、和真、香、恵美、彩香が一瞬にして吸い込まれていった。
「がああぁぁ〜なんだっていうん―――」
 一人果敢に扉の縁を掴んで耐えていた浩介も、その吸引力に負けて闇に沈んでいった。
 誰もいなくなった廊下の中を扉は吸引し続けたが、しかししばらくして扉が勢いよく閉じた。
 静寂に満ちた扉前。誰かが落としたと思われる電灯が、物々しい扉を橙に照らしていた。

                  *

 浩介は夢を見ていた。
 夢の中には、死んでしまったはずの姉の姿があった。浩介を見て、小さく微笑んでいた。
 浩介はそんな姉の表情を見て笑った。きれいな姉を見ているだけで、浩介は嫌な事をすべて癒された気分になった。
 幸せな時。だが、それはある事に気づいて崩壊する。姉は死んだ。そして浩介は、死んだ姉に聞きたいことがたくさんあった。それを言いたくて、聞きたくて、いつも、毎日、常に、浩介は考えていた。悩んでいた。
「なんで死んだんだ姉さん!」


 目を覚ました瞬間、浩介は息苦しさを覚えた。
 起き上がろうとしたが、上に何か重いものが乗っていてうまく動けなかった。それよりもなんでこんなに苦しんだ? 顔だけをもごもご動かすが、暗闇しか見えない。
「ん……」
 突然、目の前がぴくりと動いた。そして聞き覚えのある声が聞こえた。
 なんだ……?
 浩介は腕を動かしてみた。左腕は何かに引っ掛かっていてだめだった。だが右腕は動いた。わさわさと周囲を確かめるように前の方に持ってくると、何かにぶつかった。なんだ、と思い、それを手で掴んでみた。
 むに。
 なんとも柔らかい感触がした。
 瞬間、
「いやああああああぁぁ――――――――――変態!」
 ガン!
 右手に激痛が走った。


「私のおしりに触ったのは、誰?」
 香は横一列に並んだ男どもを睨付けながら言った。言いながら少し顔を赤くした。
「俺は香の叫び声で起きたから」
「僕もそうだ」
「俺は起きていたが、そんなもん触った記憶はないな」
 そう言って浩介は右手を押さえた。
「……確か、どこかを攻撃したのよね、これで」
 香は電灯を掲げた。
「浩介、さっき右手が妙に赤くなかった?」
「赤くはなってるが、お前に攻撃された痣ではないぞ。おそらくここに来た時にぶつけたんだと俺は思う。……痣の跡が、似てなくもないけどな」
 最後の部分だけぼそりと言うが、まったく無駄だった。
 香は浩介を睥睨した。
「……つい最近、感じたものを音で表すとしたら?」
「……むに、だな」
 香の電灯が、浩介のでこを直撃した。
「そこまでわかってて嘘つくんじゃない!」
「……お前なら騙せるかと」
「幼児でも騙されないわよ! もう最低!」
 香はぷいっとそっぽを向いた。
 浩介は頭を抱えた。かなりクラクラする。たく、普通ケツ触っただけで電灯を投げるかおい、不可抗力なのに……。かなり痛い、血が出ていないのが不思議である。
「あの〜」
 申し訳なさそうに奈々子が小さく声をあげた。香がなに? とちょっとまだ怒りが入った顔を向けると、奈々子は顔を赤らめもじもじして、
「……あ、やっぱりいいです。なんでもない」
 そのまま口を閉じる。香がせかすが、なぜか言いたくないらしく、首を横にふった。
 そして浩介は思い出した。あの時、息苦しかったことを。言おうと思うが言い出せない、顔を赤らめる、言うのが恥ずかしい、となると……。
 ……そうか、あれは泉の……だったのか、どうりであれだったな。
 というかまずい……。このままだとまたばれてしまい、香からの天罰を食らってしまう。さすがに次のを食らえば、自分は死んでしまうかもしれない。浩介は身の危険を敏感に悟り、瞬時に最善策を考えた。
 そして浩介は奈々子にジェスチャーを送ろうとした。奈々子は香から自分にだけ言ってみろと説得されている。香は背中をこちらに向けている、今がチャンスだ。
 浩介は奈々子に向けて手招きをした。ふとこちらを見た奈々子が疑問の表情を浮かべる。ジェスチャー開始。ごめん、俺が犯人だ、でも不可抗力だったんだ、たまたま顔がお前の胸の上にあったんだ、あとでなんでも言うことを聞くから、頼む、香にはだま―――。
 ふと香と目があった。
「……何やってるの?」
「……別に」
 俺は目を逸らさず、平静を装った。背中は冷たい汗でびっしりだった。
「……奈々子、あいつになにか」
「え! ええ、ち、違うよ! なにをない!」
「? なに慌ててるの? 口まわってないし」
 どうやら浩介のジェスチャーは通じたみたいだ。……しかし、これはまずい。このままでは香に全てを吐かされかねない。ここは何かフォローを……。
「おい、そんな事より、状況を考えろよ」
「え?」
 浩介は右腕を大きく広げてみせた。
 床は真っ白な鋼鉄で敷き詰められ、天井はどれくらい高いのか、真っ暗でなにも見えない。いったいどこから明かりが生まれているのか、天井以外は明るく見渡せる空間。
「……ここは、どこだ?」
「……そ、そういえばそうだね、うん」
 香はこくりと頷いた。
 浩介は心の中でにやりと笑った。香が周囲を見渡している隙に、奈々子にジェスチャー再開。黙っててくれてありがとう、あとでなにか詫びるよ。……奈々子は苦笑を返してくれた。浩介も笑みを返す。そして、改めて周囲を確認した。
 とにかく広かった。あまりの広さに、肌寒さを覚えるくらいだ。やはり明かりはどこからきているのか分からない。そして何もなかった。ただ奥に、黒色に点々と浮かぶ星のような光が描かれた巨大な絵があるだけである。
 ……ここ、学校だよな?
「俺たち、たしか……」
 突然扉が開き、そこに吸い込まれて……。
 ばっと後ろを見れば鋼鉄の扉があった。SF映画で出てくる感じの扉だった。浩介たちが入ってきた扉とは材質がだいぶ異なるし、綺麗な扉である。
「おい、向こうになにかあるぞ」
 輝明が奥を指差した。見るとこの空間の端あたりに、他とは違う金属の塊のようなものが見えた。
「行ってみようぜ」


「うおおおおぉぉぉ――――――! すげぇっ!」
 輝明は興奮の声をあげた。怪獣のように両腕を構えながら目の前のものに心を奪われている。
 真っ白な鋼鉄の中に、さまざまなボタン、大きなディスプレイの数々。それがざっと十人が集まって操作出来るくらいに横に並んでいた。
 巨大なコンピュータである。
「なんだよこれ……」
「すごいね……なんか、映画みたい」
 皆が驚嘆の声をあげた。まさに映画に出てくるような機械がそこにあるのだ。驚かないほうがおかしい。輝明がうるさい声をあげるのは、この時ばかりは自然だった。
「これ、動かないのかな?」
 ふと危なげな手つきで輝明が機械に手を伸ばそうとしていた。
「やめとけって。爆発とかしたらどうする」
「爆発? 爆発かぁ……このボタンとか、しそうじゃないか?」
 コンピュータの中央のあたりにある、一際赤いボタンを指差した。
 その時、
 ――爆発しませんよ。
 耳元で誰かが囁く声。
「!」
 輝明は傍からはっきりと分かるほどびくりと反応した。
 ポチ。
『あ』
 輝明が赤いボタンを押した瞬間、皆が声を揃えて言った。
 そして変化はすぐにおきた。
「どうわぁ!」
 突然、浩介の足元から巨大な椅子が現れ、すごい勢いで浩介は椅子に拘束された。座ったまま鉄のベルトのようなもので五体が固定され、浩介はまったく身動きがとれなかった。
「浩介!」
 香が叫ぶが、椅子は更なる行動に移るのか、モーターのような唸り声をあげた。――案の定、動き出した。高速で後ろへとさがり、適当なところで急ストップ。そのままロケットのごとく天井へと浮き上がったのだ。
 一瞬にして浩介は星となった。
 皆がしばしの間、唖然と天上を見上げていた。
「……は! ちょっと! あんた何やったのよ!」
「落ち着け香! おお、く、首は絞めるな! こ、このボタンを押しただけだ!」
「だけじゃなく、それが最大要因でしょうが!」
「ぐぐぐ、ギブ! ギブだ! 死ぬ……ろーぷ……」
「香、そろそろやめろ、輝明が死ぬ」
「だって! 浩介に、浩介にもし何かあったら……」
『おーい、誰か助けてくれぇ』
 まぬけな声とともにコンピュータのディスプレイの一つに、ぱっと浩介の顔がぼんやりと映し出された。
 輝明をその辺に捨て、香はディスプレイにがっついた。
「浩介! 大丈夫なの! 今どこにいるの!」
 浩介は一度周囲をキョロキョロと見渡し、
『……わからない。なんか暗いし狭いし、目の前にボタンがいっぱいあるし』
「降りて、これないの?」
 無事とわかり、少し冷静になる香。
『さっきからいろいろ弄ってるんだが、何の反応もない』
「輝明君! なんとかしてよ!」
「なんとか、なんとかと言われてもな……」
 コンピュータを目の前にして、うーんと唸り声をあげる輝明。もう一度赤いボタンを押したが、反応がない。ということは別のボタンでなんとかなるはずなのだが……いかんせん、選択の数が多すぎた。
「……わからん」
「適当に押してみれば?」
 ぼそりと恵美が呟いた。
「そうしたら、今度は全員隔離されてしまうかもしれないぞ」
「人生、行き当たりばったり……」
「この状況で行き当たりばったりはやめたほうがいいと思う」
 皆が首を傾げて唸った。
「くそ! コンピュータのくせにヘルプ機能はないのか?」
 その時、
 ――赤から少し離れた、小さな青のボタンを押してみてください。
 女性の声が聞こえた――今度は輝明だけでなく、はっきりとみんなに――すると、皆の後ろのあたりに小さな光の粒子が現れた。粒子は徐々に量を増していき、最後には一個の光の塊……人のような形となった。
 光の正体は、綺麗な女性だった。
 長い銀色の髪をストレートに伸ばし、聖母を感じさせる柔和な顔立ち。ローブのような白い服だけを身に纏っている。そして、彼女は宙を飛んでいた。
 皆が唖然とした表情で、光の女性を見た。
「へ……ヘルプ機能?」
 バカなことを言うやつが一人。
 しかしそんなバカなことに、女性は優しく答えた。
「そうとってもらってけっこうです。……どうしたのですか? 彼を助けてあげないのですか?」
 女性に言われて輝明はあっと声をあげ、さっとコンピュータに目を向けて言われたボタンを探し、それを押した。
『お……』
 ディスプレイから浩介の姿が消え、しばらくして天井からゆっくりと降りてきた。床に到着し、椅子からの拘束が解かれ、浩介はやっと自由を手に入れた。
「ふう、一時はどうなるかと思った……」
 浩介は体をぐりぐりと回し、少し緊張した体をほぐした。
「浩介、なんともないの?」
「ああ、輝明に対して殺意が生まれた以外、なんともない」
「そう、よかった……」
「よくない! なぜ僕が殺意を持たれないといけないんだ! 僕は助けたんだぞ浩介!」
「が、事の発端はお前だろ。あとで半殺し三二回な」
「な!」
「霧浜浩介」
 いきなりフルネームを読まれ、浩介は少し驚きながら宙に浮かぶ彼女を見た。彼女もこちらを正面から見据えていた。
 画面ごしに見ていたので、浩介は彼女の不自然さには大して驚かなかった。それよりも、名指しで呼ばれたことに眉を顰めた。名乗った覚えは、まったくない。
 浩介は警戒して当たった。
「……あんただれだ?」
「私の名はフレイア。この護神のメインコンピュータを勤めるAIです」
 横に立つ輝明が首をかしげた。「フレイア……?」
「わけわかんねえな。……で、そのフレイアさんが俺になんの用?」
「待っていました」
 フレイアは両手を大きく広げた。白く長いローブが優雅に靡く。その姿勢のまま、ゆっくりと浩介に近づいてきた。
 浩介は身構えた。脇に立つ香の盾になるように立ち、フレイアを睨み付けた。まさに、敵を見る目で。それに気づいたのか、フレイアは中途のところで止まり、少し残念な表情を浮かべたがしかし、次に言った言葉には悲しみはなく、むしろ歓喜に満ちていた。
「待っていましたよ。救世主……」


 壁に埋め込まれた絵。
 黒い色の中、星々が描かれた絵。
 七人の若者が皆そう頭に浮かべたが、正確には絵ではない。黒い色は宇宙、星々は太陽系に浮かぶ星たちだった。
 そう、彼らは宇宙の、太陽系の端の端にいたのだ。
 そして広大な宇宙の中にぽつんと浮かぶなにか。彼らはそのなにかの中にいた。
 宇宙に溶け込んだ色で、目を凝らさないと見えない。大きな鉄の塊。所々に突起が出た姿はなんとも奇怪ではある。しかし、よく見てみればその姿は、人が膝を抱えて丸くなった状態にも見えた。
 巨大なロボットが膝を抱えて丸くなっている……。

 ――つまり、
 学校の中には、ロボットはあったのだ。