怒首領蜂EX

              プロローグ

 死ぬがよい。
 奴はそう言った。
 奴の戦闘力はまさにその言葉を物語るものだった。この最新鋭の機体をもってしても戦いは過酷をきわめた。
 相棒が悲鳴をあげた。
 俺はがんばれと叫んだ。
 相棒は苦しい顔をうかべながらも、なんとか微笑といえる表情をこちらに返してきた。
 俺も頷き返し、そして奴に全力で立ち向かった。

 しばらくすると、奴が後退の動きをみせた。
 明らかに弱っていることがわかった。
 だがこちらもボロボロだった。
 相棒は痛みに苦しんでいた。
 俺はがんばれと叫んだ。
 相棒に返事はない。だが、気配だけは感じた。
 俺は頷いた。

 奴の周囲に、今まで見たこともない火力が集まろうとしていた。
 勝負に出る気だ。
 俺は、
 俺は最後の一撃を放った。

 気づくと奴は炎と共に崩れ落ちていた。
 俺はケガをした痛みを忘れ、歓喜した。
 相棒を呼んだ。
 相棒は俺よりもひどいありさまだったが、俺が近づくと一緒に喜びは分かち合ってくれた。
 俺は相棒をぎゅっと抱きしめた。

 ある日、相棒が廃棄処分されるという話を聞いた。
 俺は必死に抵抗したが、まったく話にならなかった。
 ……あんな恐ろしい兵器を、この世においておくわけにはいかない。
 人類すべてが俺の敵だった。

 なぜだ?
 相棒は、お前たちのために戦ったんだぞ。
 なぜだ!

 ……俺の抵抗は、俺のおわりによって終了した。

 そして相棒は、宇宙へと廃棄された。


              STAGE1 めざめ

 モニターに映るワームホール内の映像はいつもながら真っ白だった。白い線状のものが波のように無数に流れている光景。最初に見てからすでに二時間が経過していた。
「いいかげん、あきたなー、と」
 コンソールを叩き、艦の状態を確認。艦メインシステムは正常。エンジン正常。その他、装甲の損害率もゼロ。ホール内の波の動き、いたって安定。……いたってってなんだ?
「最初の任務だからって、ぼろい船よこすなっての。はい定期確認終了〜」
「最初の任務だからって、適当な作業をするな」
 ブリッジの自動式の扉から現れたのは若い青年だった。ストレートの黒髪を目元あたりまで伸ばし、やや鋭い目つきが人を寄せ付けないイメージを抱かせる。だが彼の手元にはテーブルに乗った二個のコーヒーカップがあった。
「異常は?」
「ないない、あるわけない」
 椅子に全身を預けて、手をひらひらさせる。
 若い青年とは同年代くらいだが、こちらは対照的に髪が長くて金髪だった。座っているためはっきりとはわからないが、かなり高い身長だとわかった。軽い表情をころころ浮かべるわりに、肩幅が広く、締まった筋肉を持っていた。
「女の子たちは?」
「シャワー中だ」
「水は大切に使えっていったか?」
「大丈夫だ。サティにはいってある」
 青年はテーブルを差し出しながらカップを一つ手に取り、口をつける。金髪の青年もサンキューとだけ答え、カップを取った。
「簡単な任務は嫌いか?」
「んー……惑星調査、新たに移住できそうな星を探せ! ってな退屈な任務は普通きらいでしょ。おや、深宮中尉は退屈がお好みで?」
「平和はいいことだ、ヒースロイ少尉」
「やれやれ、名パイロットの考えてることは古いね」
 その時、また自動扉が開いた。
「シャワーあいたよー」
 声とともに現れたのはまだ幼いイメージが残る短い髪の女性だった。その横にはもう一人、隣よりちょっと年上といえる長い髪で眼鏡をかけた女性の姿もあった。
 二人はまさに風呂上りといった姿で、片方は濡れたタオルを頭にのせている。
「はいはい、じゃあ使わせてもらいますよ。サティちゃんや翔子ちゃんたちが使ったあとのお・ふ・ろ・を!」
「はいはい、変態発言はしなくていいから」
「サティ、濡れたままでブリッジに入ってくるな」
「堅いこといわないでよ。水気ごときで壊れる今の機械じゃないでしょうが」
「ここに我々だけしかいないと思って軽い行動はいかん。規則と身だしなみは常に守っておくものだ」
「だってさ、翔子」
「だ、だから言ったのにー。す、すいません中尉、すぐに乾かしてきます」
 翔子は頭を下げて、駆け足で出て行った。
「……まじめだねー」
「いいことだ。彼女はいい軍人になれる」
「はっ、どういう理屈だか」
「あんまり苛めないでよ真一。じゃあ、わたしもいってくるね」
 と言って片手をあげて手を振ろうとした時、
 どん! という音ともに艦が揺れた。
「きゃあ!」
 サティはバランスをくずし尻餅をついた。
「なんだ!」
「待て!」
 ヒースロイはコンソールを叩いた。そして返ってきた答えに目を疑った。
「ホール内に異常な歪みが発生だと? おいおいさっき確認とったばっかりだぞ。ぼろい確認だったが、それでもあと三〇分はこんなことおきるわけ……」
 ヒースロイははっとした。コンソールのボタンを一つ押し、
「翔子少尉! なんでもいい、なにか固定したものに掴まっていろ!」
『い、いまのなんで―――』
 答えを聞く前にヒースロイは後ろを振り返り、
「お前らもだ! 全員どこかに掴まれ!」
『ホール異常につき、本艦は強制アウトします。強い衝撃のおそれがありますので―――』
 コンピュータのアナウンスが終わる前に衝撃はきていた。

                  *

 ボン! という周囲を揺らすような音とともに、一機の船が宇宙に現れた。
 機体の周辺はびりびりと火花が飛び散っている。
 艦内全体が赤色に染まり、ブリッジ内も然りだった。正面モニターがうるさいくらいにエラーを訴えていた。
「……状況は?」
 真一は頭を抱えながら言った。
「とりあえず無事脱出成功か? ははは……みんなケガはないか?」
「うー最悪。どこが成功なのよ〜」
 サティは仰向けのまま、天井に向かって恨めしい声で言った。
「そっちは元気みたいだな。――翔子ちゃん、そっちは?」
『ちょっとぶつけましたけど、なんとか』
「いったいなにがおきたんだ?」
「俺が聞きたいよ。まあまずはここがどこなのかを―――」
 その時、艦内に警告を知らせるブザーが鳴った。
「確認したいところだがちょっと待て……ん? ……ははははは」
 モニターを見たヒースロイは不気味な笑いを浮かべながら、額に汗を流し、しまいには真っ青になりだした。
「……どうした?」
 その時、エラーを表示していた正面モニターが、ひとつの青い、緑にとても満ちた星を映し出した。
「えーお客様、たいへん申し訳ありません。これより当機はこの星が近くにあるため大気圏突入を行うことになりました。再び起こったデンジャラスなアトラクションを慌ててお楽しみください……」
「……進入角度は?」
 真一が冷静に聞いた。
「簡単にいえばまるで闘牛のような構えで……まあこのままだと船は燃えるね」
「全員シートにつけ! 姿勢を立て直すんだ!」
 真一にいわれるまでもなく、ヒースロイはすでに作業に入り、サティもタオルを放り投げて自分のエリアシートに座った。
「翔子ちゃんはまたどっかつかまってろよ!」
『え、でも……』
「ヒース、燃え尽きるまでの時間は?」
「そういう最悪な聞き方するなよー……一分で耐熱オーバー、持って三分ってところかな。だいたい五、六分ほどで抜けきれるからそれまでにある程度は持ち上げられれば……ちなみに一番先にここが炭になるぞ。翔子ちゃんが二番目」
「くだらないこといってる場合! 間に合うの?」
「間に合わせないでどうする!」
 機体はすでに頭から赤く熱しはじめていた。制御噴射によって徐々に持ち上がりはじめていたが、効果は今ひとつだ。
「間に合わないよ!」
「ありったけの噴射剤を一気に吐き出すんだ!」
「中尉! 考えてること同じだねー、準備OKだ」
「よし! 出せ!」
 真一の合図とともに機体が急激に持ち上がった。だが、同時に機体に衝撃が襲った。だが多少の揺れなど気にせず、真一は叫んだ。
「角度は!」
「……OK上出来だ。とりあえず燃え尽きるのは免れたが……」
「なんかさっき爆発おきなかった?」
「そのまさか、噴射口に無理させすぎたからパンクしちまった。おかげでその周辺の機器がいかれちまった。たとえば……足とか」
「あーつまり動体着陸ね」
「そうそう」
「一難去ってまた一難。二度あることは三度あるか……全員、衝撃に備えよ」
「りょーかい」
 みんなの声にはさっきまでの覇気はなかった。続く災難でもう疲れ果てていたこともあったが、さすがに着陸して止まってしまえば、もう不運はないだろうという安心があったせいもあるのだろう。
 そして機体は森のど真ん中に滑って木々をなぎ倒しながら着地した。

                  *

「ひどいですよ!」
「うわっ、こりゃあひどいな」
 船は見事なまでにボロボロだった。ところどころの装甲が溶解し、爆発した噴射口付近にはこれまた見事な穴ができていた。
 そんな艦を一つ一つ状態チェックしているヒースロイに向かって翔子はめずらしくかわいげに怒っていた。
「そっちのひどいじゃなくて、もうちゃんとこっち向いてください! 動体着陸するならするとちゃんといってください。危うく大怪我するところだったんですよ!」
 ヒースロイは振り向く。
「ごめんごめん、すっかり安心しちゃって忘れてた。でも生きてるからいいじゃん。俺は翔子ちゃんを信頼したんだよ」
 そう言ってまた作業に戻った。
「嘘つかないでください! あ、ああもう!」
「まあいいじゃないか。外の様子を見て咄嗟に室内に用意されている備え付けの固定シートの存在に気づく君の判断はすばらしい。普通ならパニックを起こして忘れているものだが……やはり君はいい軍人になれるよ」
「いや真一。それフォローにも褒め言葉にもなってないから……」
「……だめだな」
 ヒースロイはため息をつきながら立ち上がり、振り返った。
「応急処置だけじゃ一ミリも飛びそうにない。しっかり修理しないと」
「直せないのか」
「時間をかければ。ここは緑も水もあるみたいだし、たぶん材料には困らないだろ。深宮中尉、ちょっとつきあってくれ」
「え? どこいくの?」
「材料探しと惑星調査。艦の故障でここがどこかもわからないからな」
「あ、じゃあ私たちも連れてってよ」
「君たちはお留守番」
「え〜〜ちょっと、こんなところに女の子二人おいていく気?」
「それは……まあ、あれだなー」
「連れて行こう。確かに女性二人を残すのは危険だ」
「わお、さっすが真一!」
 サティはガッツポーズをとり、後ろでぷんぷんしてる翔子を呼びにいった。
 真一がその光景を眺めていると、ヒースロイの顔と右手が左右に現れた。
「いいのかよ」
「当たり前だ。ここは敵だらけの空間だぞ」
 真一を見る。
「……やっぱり中尉はそう思ってるわけか」
「突然に起こったホールの歪み。自然現象じゃありえないんだろ? だったら故意にやっただれか、もしくはなにかがいる。そう思うのが当然だ」
「敵と思うのは?」
「敵というのはおかしかったな。訂正しよう、悪意を持ったなにかだ」
「OK。そういうことなら了解だ」
 にやりと笑みを浮かべ、ヒースロイは真一から離れた。
「中尉、いいにおいするね」
「お前に男の癖があるとはしらなかったよ。これからは気をつけよう」
「冗談だよ。本気で嫌わないでくれ」
「お前しだいだ」
「おまたせー、ん?」
 翔子を連れて戻ってきたサティは、二人を怪訝な表情で眺めた。
「大丈夫だ。俺が好きなのは彼女らのこことこぐぼぁ!」
「どこ指差してどこ触ろうとしてんのよバカ」
「……なるほど、献身的な弁護、理解できたよ」
 真一は頷き、女性たちに指示をだして歩き出した。
 一人ついてきていなかったが、真一はまったく気にしなかった。

                  *

 歩く道はすべて鬱蒼とした密林だった。しかし、蒸し暑いというイメージはない。ときどきに通り過ぎる涼しげなそよ風と、森林のみずみずしさがあるためであろう。ふと頭上を見上げれば、木々の隙間から薄い雲がちらほらある青い空と鳥の姿が確認できた。
「いい星だな」
「ほんと、まるで最適環境ルームの中を歩いてるみたい」
「ああ、まさかと思ったが、ここは大当たりのようだ。俺たちの本星である木星なんかよりよっぽど環境がいい。昔あったっていわれてる地球って星に酷似しているな」
 ヒースロイは手元のコンピュータを睨みながら答えた。
「地球? 確か、人類が最初に生まれたといわれてる星だな」
「そう、ついでに人類の歴史のなかで一番長く住んでた星だな。エネルギーには事欠かないといわれるほど充実してらしいが、人口の増加や戦争での被害でさすがに限界がきて滅んだ星だ。その星とここは設定が酷似している」
「ふむ。しかし、人の気配がないようだが」
「まだ発見されてないんだろうな。……または今発見されようとしているのか」
 真一は歩みをとめて振り返り、ヒースロイを見た。
「ヒースロイ少尉、きみは我々を狙った相手がだれだか検討はつくかね」
「え? わ、私たち狙われてたの?」
 女性二人が驚きの声をあげたが、真一は無視した。
「本星に反旗を翻している輩なんて五万といるぜ。しかもこんな上玉の星、誰だって欲しがるっての」
 ヒースロイはため息をついた。
 真一は頷く。
「なるほど、ならば事態は急を要するな」
「かもな。早急に援軍要請しておいたほうがいいだろう」
「ちょ、ちょっと待って! なんでそこまで大げさになるの?」
「みな欲しがっているからだ」
「え?」
「サティちゃん、考えてみてくれ。一つの大きくておいしそうなケーキがあります。しかし、周りにはそれを狙う奴らがたくさんいました。さあこの先の展開を想像して答えてみてくれ」
「……みんながケーキを狙うとなくなってしまうから、周りをみんな邪魔だと思う……はっ」
 サティは両手を口元に当てた。
 真一が頷く。
「へたをすれば戦争がおきる、それも大規模な、ということだ」

                  *

 その時、真一とヒースロイは殺気を感じた。
 同時に遠くから空気を切り裂くような音が聞こえてきた。
「な、なに」
「二人とも隠れろ!」
 枝の多い木の下に真一は二人を誘導した。ヒースロイだけが、殺気の原因を確認しようと、少し離れた場所で隠れていた。
 しばらくすると、何機かの戦闘機が真上を通り過ぎていった。
「何機だ?」
「六機だ。途中で二手にわかれた。こりゃあまだいるな」
「ねぇ、なんで二手にわかれるの?」
「探してるんだろうな」
「だ、だれをですか?」
「俺たちに決まっている」
 女性二人から力がこもる気配を感じた。
「艦はいちおう隠してきたけど、よく考えたら着地の跡がもろあるんだよな」
「すでに発見されてるだろう。どうする?」
 その時、ヒースロイの横のあたりに、赤くて丸いなにかが点滅するのが見えた。
「戦うにも武器がないしなー。かなりやべーよ」
 点滅した光は最初一つだったのが、二つと増えた。
 ふとヒースロイを見ようとした翔子はその赤い光を発見して、絶叫しそうになった。口から出そうになったバカな声を必死でこらえ、なんとか冷静に伝えようとゆっくりと口を開く。
「……し、しょ、しょうい……」
「ん? どうした翔子ちゃん、そんな人食い蜘蛛でもみたびっくり顔をうかべて」
「ひ、ひ、ひだりを……」
「左?」
 ヒースロイは左を見た。そこには三つの赤い光を正面に灯し、光の真下に立派なガトリング砲を携えた、蜘蛛型の無人戦車がいた。
「……うーん」
 戦車のガトリング砲がういーんと作動確認のための回転を行いガチンと固定。そして照準をヒースロイにまず定めた。
「全員逃げろ!」
 叫びながらヒースロイは駆け出し、他のみんなも一部悲鳴をまぜながら走り出していた。
 ヒースの駆け出しとほぼ同時に、ヒースロイのいた地点に弾幕の嵐がおこった。


「なんで気づかなかったの!」
「いやあ、無人兵器なんてはじめてみたから。あれまったく気配ないんだよ」
「俺も気づかなかった。あんなものを持っているとは敵はなかなかの大御所のようだ」
「ていうかあれなんとかしてよ!」
 猛然とした勢いで追いかけてくる蜘蛛型の戦車は、動きはあまり早くはないが、木々を薙倒しながら確実にこちらを追い詰めようとしていた。
「散開!」
 戦車がガトリング砲を放ってきた。そのまえに固まって走っていたみんなは、敵を確認しながら走るヒースロイの言葉でバラバラになって回避する。とりあえず今のところはこの方法で命をつなげてはいるが……。
「時間の問題だな」
「足はあっちがやや速いし、射撃の精度もあがってきているな」
「やだやだやだ〜、こんなところで死にたくないよ〜!」
「叫ぶ暇があったら全力で走れ。酸素の無駄だ」
「真一あいつ倒してよ〜!」
「倒したいのはやまやまだが、有効な手段がこれだけだ」
 そう言って、護身用の小銃を掲げた。対人用の銃なので、戦車の装甲にはまったく無効だ。しかし、うまく唯一むき出しであるガトリングの砲口に弾を叩き込めれば、或いはであるのだが―――。
「悪いが射撃は得意じゃなんだ」
「同じく」
「役立たず!」
「散開!」
 熱を持った無数の弾丸は目の前の木を穿ち、その奥を走るヒースロイの真横を通り過ぎていった。
「おいやばいぞ! 特に俺がやばい! あいつ俺が一番邪魔者だと認識してやがるぞ!」
「……ん?」
 しばらく走っていると、目の前に天にも届きそうな断崖が迫ってきていた。サティが青ざめた表情を浮かべ、
「万事休す!」
「いや待て! 洞窟がある!」
 真一の叫びと指差す方向に、みんな目をこらした。確かによくみると、人が何人か入れそうな暗い洞窟が断崖の真下にあった。
「あそこに入るぞ!」
「大丈夫なのかよ!」
「他に手はなかろう! 女性二人はそのまま直進! 俺とヒースはあいつをしばし引き付けてから中に入る!」
「了解!」
 サティと翔子はそのまま走り続け、真一とヒースロイはそれぞれ左右に離れだす。すると、
「やっぱりきやがった!」
 戦車はヒースロイに視線(というより動体)を向けてきた。
 真一は叫ぶ。
「ヒースロイ少尉! 君との付き合いは短かったが、なかなか面白いやつだったよ!」
「こらふざけんな! 俺はまだしんでねぇ!」
 戦車のガトリング砲が唸る。
「うおおおおおおおおおおおおおおお!」
 渾身の脚力を振り絞り、ヒースロイは直進から真横にかけぬけた。ヒースロイが走り抜けた進路は一瞬にして弾丸が穿ち土ぼこりが爆ぜた。
 戦車の掃射が止まる。なんとか一ターンを乗り越えたヒースロイと同時に、まず女性二人が洞窟に入り、真一は入口前で、
「はやくこい!」
 ヒースロイはまた全速力で駆けた。戦車は真後ろにせまり、今にも次のガトリング砲を撃とうとしているが、ヒースは後ろを確認しない。目の先には真一の姿がある。
 賭けだ。ここで撃たれればヒースロイは死に、最悪真一も死ぬ。だが間に合えばバカを見るのは戦車だ。
 心臓は目覚まし時計のように激しく体を刺激してきた。足もかなりパンパンといっていい。だがそんなことは今問題ではない。一秒分、コンマ一秒分のまえを……。
「間にあえぇ――――――!」
 ガトリング砲が放たれた。
 真一とヒースロイは同時に洞窟の中に入り込んだ。

                  *

 ショーティアは目を開けた。
 数百年ぶりの目覚めであったのだが、ショーティアにそんな感慨などはなかった。
 ノイズが走った。
 それで自分は目覚めたのだと思う。
 あれはなに、と思ったが、同時になにかほっとする感じがした。
 なんだろうか、これは。
 まるでマスターのような感じ……。
 その時、遠くで何かがうめき声をあげる音が聞こえた。

                  *

「うおあああああああああああ――――――――――――――――――!」
 真一とヒースロイは滑っていた。それもかなりのスピードで制動もままならない勢いでだ。
 洞窟に入った瞬間、足の下がなにもないことヒースロイは焦った。だがそのおかげで、戦車の難は回避できたのだが……。
「おい! いつまで俺たち滑っているんだ! ケツが熱いぞ!」
「知らん! だが、サティや翔子君たちはきっと無事なはずだ!」
「なんでそんなこと言えるんだよ!」
「この滑り台はどう考えても人工物だ! つまりなんらかの意図で作られたはずなんだ! だからこの下に死に繋がる危険が待っている可能性は低いといえる!」
「もしこれがトラップとかだったらどうするんだ!」
「こんな手の込んだ滑り台などを用いたトラップなど作るわけがない! 費用の無駄だ!」
「お前この下でサティちゃんたちが帰らぬ人になってたらぶっ殺すからな!」
「了解だ! もしそうなっていたら我々も同じ道を歩くだけだ!」
「ちきしょ――――――――――――!」
 ヒースロイは滑りながら十字をきり、神に祈った。別に宗教に属しているわけではないが、今は神に祈りたい気持ちでいっぱいだった。
 そのとき、薄っすらと光が見えた。
「出口か」
「頼む! 俺はまだ生きたい!」
 二人は光の中を突き抜けた。
 視界が広がる。
「なにぃ!」
 だが滑り台は終わってはいなかった。今度は下に滑っていたのが上に上昇しようとしていた。しかしすぐに下りに……。
「うわあぁぁぁぁ、ああぁぁ、あああおおおぉぉ!」
 ……そしてまた上昇。そして下降……それを計三回繰り返して、体はやっと止まってくれた。
「……な、なんだったんだ」
「おつかれ〜」
 ぐったりしているヒースロイの真上に、サティが現れた。その隣には翔子もいる。
「あれ? サティちゃんが三人に見えるよ。もしかして俺がしらない間に分身の術免許皆伝を会得してしまったのか?」
「二人とも、よく無事だった」
 真一はすっといつもの調子で立ち上がった。
「真一はなんともないのに、ヒース君だけだらしないなー」
「……すいませんね。こちとら全力でついさっき四百メートルくらい走ったあとなので」
「ヒースは休んでいろ。サティ、翔子君、ここがなんだか確認したか?」
「えーと、たぶん格納庫だね」
 あたりは薄暗く、とても静かだった。
 真一はざっと見渡してみた。天井、床はすべて無味の鉄で固められ、無骨な人工物を感じさせた。奥を見れば薄暗いが、左右になにか大きなものを格納できそうなボックスが二個ならんでいるのが見えた。
 真一は頷く。
「格納スペースの中にはなにがある?」
「まだ確認してないの、そのまえに真一たち降りてきたから」
「そうか、ならば確認だ。サティは俺と一緒に来い。翔子君、君はここでヒースを見ていてくれ、こいつが元気になれば君たちもくるように」
「了解」
 一人を除いてみな敬礼を返し、行動に移った。
 真一はまずこちらから近い左側の格納スペースに向かった。きりっとした鋭い視線を正面に貫きながら黙々と歩く。
 その時、誰かが自分の右腕を掴んだ。
「し〜んいち」
 サティは両腕で真一の右腕を挟み、笑顔をこちらに向けてくる。
「なんだサティ。歩きにくい離れろ」
「冷たいなー、久々に二人っきりになったのに」
 サティのこんな行動は今に始まったことではない。彼女とはわずか一年ほどの付き合いだが、いつのまにかこういう馴れ馴れしい態度を示し始めた。好意を示してくれてることは真一にも理解できていたが、なぜかはわからなかった。
「……今は作戦中だ。そういうのは終わったあとにしてくれ」
「それじゃあだめだよ!」
 やや怒ったような叫びに、真一は歩みを止めた。
 するするとサティも、真一から両腕を離す。
「……不安なの。私」
「どうしてだ」
「真一、もしかしたら戦争がおきるっていったよね。もしそれがおきたらさ、真一も戦場にいっちゃうんでしょ?」
「だろうな」
「……私も一応軍人だから戦争には参加すると思う。だけど、パイロットじゃないし、前線にはたたない。でも真一はいっちゃうでしょ? それでもし、もしかしたら、しんじゃ―――」
「サティ」
 真一はサティの両肩を掴み、そして彼女の目元を軽くぬぐった。少ない水滴が指に残った。
「それは最悪の結果だ。お前は悪いほうに考えすぎだ。
 人生そんなに捨てたものではない。もうすこし楽観的に、ポジティブに考えろ。お前だけが戦うんじゃないんだぞ」
「だ、だけど! さっきの兵器とか、敵いっぱいいたじゃない! あんなのが他にもたくさんいるんでしょ!」
「確かにさきほど見たやつらは俺たちだけじゃどうにもならなかったよ。だが、本星が本気をだせばあれくらい十秒で倒せる。軍には優秀なだけの俺一人ではどうにもならない、部隊で編成された最強チームが数グループあるんだ。俺みたいな若造が死ぬほどまでに追い詰められることなんか絶対ない」
「……ほんと?」
「本当だ。約束しよう」
 真一は頷き、サティから両手を離した。
 サティは目を軽く拭き、やや赤くなった顔で真一を一度見てえへへと笑みをうかべ、
「うん、信じるよ。ごめんね、迷惑かけた」
「いや、仕方がないことだ。今回の事態を君ぐらいの、しかも女性が正気でいるほうが普通じゃない。実際にあっちも」
「え?」
 真一が指差した先には、翔子とヒースロイがいた。ヒースロイはもう元気になったのか、立ち上がり、なんだか妙にキラキラした笑みを浮かべ翔子を見下ろしていた。翔子はなんだか周りが見えていないようで、すごく女性的雰囲気をだしながらヒースロイをじっと見つめていた。
「あ……あ」
「彼女もすっかり立ち直ったようだな。よかったよかった」
「いや真一。あれ見て立ち直っただけしか感じられないあなたの思考回路っていったい……」
「問題は解決だ。さっさと確認にいくぞ」
「ああっ! 待ってよ!」
 サティは真一をおいかけながら、チラチラと翔子たちを窺った。途中翔子と目があって、逃げるように目的地に向かった。

                  *

 真一たちは格納スペース西側に到着した。
 近くでみると、格納スペースは相当大きかった。戦闘機一機がまるまる入るか入らないかの大きさだった。
 真一は物陰に隠れながら、格納スペース内をそっと覗いた。
 中は暗く、はっきりいって何もみえない。
「真一、あっちになんかスイッチがあるよ。ライトじゃない?」
 見ると確かに、かなり見にくいが入口の反対側にスイッチらしきものを発見した。
「目がいいな」
「私が押してくるよ」
「いや待て、人の気配はないが、用心にこしたことはない。俺がいく」
 サティをその場に止め、真一は小銃を構えながら慎重に反対側に移動した。だが、慎重な真一をバカにしたみたいに、問題はおきなかった。
 真一はスイッチを押した。
 予想したとおり、薄っすらとだが明かりが入口から順に点灯していった。
 中の様子が鮮明になった。
「これは……」
 そこにあったものに真一は驚きの声を思わずあげた。
 それは予想していたものだったのだが、真一にとって少しだけ予想外だったからだ。
 それは、見たこともない戦闘機だったのだ。
 装甲は赤を基調にしたデザインを施されており、鋭角的なフォルム。二つの翼と一つのメインエンジン、二つのサブエンジンからなる実に単純な戦闘機だった。……こんな古臭い戦闘機、真一は今まで見たことがなかった。
「これは、もしかして地上用の戦闘機か」
「え? そんなのあるの?」
「今でこそ戦闘機は地上・宇宙を自由に飛べ、性能のいいやつは単独で大気圏も突破ができる。だが昔の戦闘機は地上のみを飛んでいたらしい」
「技術がなかったから?」
「それが一番の要因だろうが、必要がなかったという線もあるな」
「……これ、ちゃんと飛ぶのかしら?」
「わからん、だが―――」
「おーいお前ら! こっちにすごいもんがあるぞ」
 振り返ると、反対側の格納スペースでヒースロイが手を上げて叫んでいた。
 サティがこちらを見る。真一は頷いた。
「行ってみよう。たぶん同じもののはずだ」


 最初に見たのとは少し違い、こちらは緑を基調にしたデザインで全体のフォルムがやや丸みをおびている。だが翼やエンジンなどは赤い戦闘機とまったく同じだった。
「向こうにもあったのか?」
「ああ、少しデザインが違うが、同じ地上用戦闘機がある」
「なんだろうなー。こんな骨董品、いったいなんでこんなところにあるんだ?」
「さあな。……だが、これで外の連中を一掃できるかもしれない」
 真一の言葉に、みなが固まった。
「……お前まじでいってるの?」
「他に手立てがなかろう。艦がなければ応援もよべないし、ぐずぐずしているとその艦が破壊か回収されかねない。こいつで奴らを追っ払わないかぎり、この危機は乗り越えられないだろう」
「だ、だがよ! こいつ飛ぶかどうかもわからないんだぜ! おそらく数百年前のしろものだぞ! 上で飛んでるやつらの機体とこいつじゃあ性能は段違いに決まっている!」
「ならばどうするヒースロイ少尉! ここで指をくわえて、さきほど追い掛け回された戦車に蜂の巣にでもされるのか!」
 めずらしく感情的な真一に思わず怯むヒースロイ。
 真一は一つ咳きをして言う。
「俺はこう考えている」
 戦闘機の前に立ち、皆に振り返る。
「こいつがただの骨董品という説と、隠された脅威の兵器という説だ」
「おいおい、それは―――」
「考えてもみてくれ。こんな星にこんな立派な隠し格納庫。いったい誰がこんなものを作った? そしてなぜこれらを隠している? 残念ながらその答えを言ってくれるここの製作者は留守のようだが……。
 骨董品をこんなところに隠しても意味はない。骨董品は集めるものではない、見せるものだ。ならば、とつきつめるとどうだろうか」
「た、確かに」
「そう考えると、深宮中尉の説もあながち冗談とはいえませんね」
 女性二人は深く頷いた。
「だ、だがしかし!」
「ならば見ていろヒースロイ少尉。俺は命令しない、戦うのは俺一人だけでも問題ない」
「な!」
 真一は戦闘機に向き直った。みんないろいろ文句をいうだろうと思うが、関係ない。戦えるものは戦う、それは当然のことだ。そこに兵器があるのだ、迷う必要などまったくない。
 真一は戦闘機の翼の部分に足をかけ、コックピットのキャノピーを開こうとした。
 ガン!
 だがいきなりそのキャノピーが勝手に開いた。
「真一!?」
 突然の不意打ちがもろに顎に入ってしまい、真一はバランスを崩しふらっとなり、戦闘機から落ちた。慌てて後ろからサティが支えてくる。
「……なんだいったい」
「そのはなし〜〜〜のった!」
 開いたコックピットの中から現れたのは、小さな少女だった。


「やっほー!」
 黒い髪をオールバックにして後ろで結った髪型で、頭の左右にはポンポンみたいなものを装着している。目鼻立ちは整っており、いずれは美人になる素養を感じさせる。身体には紅色のチャイナドレス……のような衣装を着込んでいた。
 皆が目の前の少女を見て思ったことは、コスプレ少女がなぜここに? だった。
 その時、少女はビシっと音がでそうな勢いでなにかを指さした。
「あなたがあたしのマスターになるお方?」
「は? 俺?」
 指を指されたヒースロイは、戸惑いながら自分で自分を指差す。
「あなたね。うん、さっきのあなたの言葉、あたし感動したよ。その度胸としぶい声、あたしのマスターにぴったりだわ! ねぇ、そう思うでしょ?」
「は、は? なにいってるんだお前。あなたの言葉って、俺なんか言ったか?」
 ヒースロイの反応を見て、少女の笑顔の塊みたいな表情が途端に歪んだ。
「……ん? 声紋パターンが一致しない……。あなたじゃない、さっきの声の人はあなたじゃないよ! 誰よあなた!」
「わけわかんねーよ。おい翔子ちゃん助けてくれよ」
「助けてって……とりあえずこの子誰なの?」
「おおそうだ! あまりにもエクストリームな初登場だったからすっかり忘れていた。おいお前! まずは名を名乗れ!」
「うるさいな嘘つきのマスター。レイニャンだよ!」
「レイニャンか。まずは君の素性を聞かせてもらえないだろうか」
 顎の調子を確かめながら真一は立ち上がり、そう真摯に訊ねた。
 レイニャンが真一を見た。
「あ……あなた! あなたがあたしのマスター! もうどこにいってたのー!」
「君の登場の際の攻撃に遭い、しばらく足が動かずそこで蹲っていた。そんなことはどうでもいいから君が何者なのかを早急に答えろ」
「真一、微妙に怒ってない……?」
 真一はサティのつっこみは無視した。じっとレイニャンを睨みつける。
 レイニャンはうんうんと笑顔で頷き、コックピットから跳び降りた。
「新しいマスター。あたしなんでも言うこと聞くよ! なんでも聞いて!」
「そうか。だったら早く最初の質問に答えたまえ」
「うんわかった! あーでも、こういう説明はショーティアの方が得意だから、ショーティアに聞いたほうがいいよ!」
「ショーティア? ……それはなんおい待て!」
 レイニャンは突然走り出した。真一の言葉に耳を貸さず、跳ねるように反対側の格納スペースに走っていった。
 真一は皆に指示を出し、慌てて追いかける。
 反対側の格納スペースに到着すると、レイニャンは戦闘機に乗っかかり、キャノピーの前に座っていた。
 キャノピーはすでに開いていた。
 そして中にはまた、レイニャンとは違う別の少女がいた。


 レイニャンとは違い、少女は落ち着いた動作でふわりとコックピットから降りてきた。
 長いストレートの金髪を伸ばし、その頭にはふんわりした赤い帽子を載せている。物静か、というより、表情が無いぶん冷たいイメージのほうが強かった。おかげで彼女が着ているメイド服のような可愛らしい赤いドレスがあまり栄えて見えない。
 少女はぺこりと頭を下げ、
「お初にお目にかかります、マスター。あなたが来るのをずっと待っておりました」
「君がショーティアか?」
「はい。私が当機のエレメントドールを務めております、ショーティアです」
「エレメントドール? そのあたりや、君たちの素性などを詳しく教えてくれないか」
「わかりました」
 こくりと頷く。
「まず、エレメントドールとは私たちショーティア、レイニャンのことを指します。すでに気づいているかもしれませんが、私たちはアンドロイド、機械人形です」
 ショーティアの発言に真一は頷く。傍らのサティがえ? という声をあげていた。
「そしてエレメントドールの存在目的は、戦闘機器の性能を大幅にあげる役割を担っています」
「能力アップ? それは君たちがAIの役割を担うことでおきる問題のことか?」
「詳しいことは私たち自身もわかりませんが、マスターが言うとおり私たちは人口知能コンピュータとしての役割も持っています。しかしそれ以上に、私たちの体の中にあるエレメントリアクターの作用が、戦闘機器の性能の向上を大きく促しています」
 ふむ、と真一は唸った。
「マスター早く戦おう!」
「なに?」
 戦闘機から跳び下り、レイニャンはぴょんぴょんと跳ねるように真一に近づき、いきなり真一の腕を両手で掴んだ。傍らのサティがちょっとむっとした顔になる。
「あたしは聞いてたよ! マスターはこれから私たちを使って外にいる敵と戦うんでしょ? 時間もないんだよね? だったら早く戦おう!」
「えらく自信があるようだが、君たちは今の近代兵器を舐めていないか?」
「あれ? マスター戦わないの? さっきは俺一人でもいくーとかかっこいいこといってたのに、ねえいかないの?」
「もちろんいく。だが、その前に最後の質問に答えてくれ」
 真一はショーティアの方を向く。
「こいつは、使えるのか?」
 ショーティアから戦闘機に視線をかえながら言った。
 微かにショーティアが頷いたのがわかった。
「あなたこそ、私たちを舐めないでください」
「そうかわかった」
 真一はショーティアに近づき、すっと右手を差し出した。
「君たちを信じよう。今我々は謎の敵の攻撃に対し完全に追い詰められた状態だ。力を貸してくれることを望む」
 ショーティアは右手を掴んで、こちらを見た。表情は無表情のままである。
「了解しました」

                  *

「真一!」
 戦闘機に乗り込もうとしていた真一に対し、サティは叫んだ。
「本気でそれで戦う気なの?」
 真一は座席に座り、計器類を操作しながら言う。
「ああもちろんだ」
 あらかたのシステムは従来道理らしく、真一は問題なく起動準備に入れた。それにわからないところは目の前で多くのコードに類に接続されながら座るショーティアが説明を加えてくれた。
「元々は彼女たちの存在知らずのままこれで戦うつもりだった。彼女たちの話をきいて、我々が勝てる確率が大幅にあがり俄然やる気になったといえる。なにか問題があるか?」
「おおありよ! どうしてあれだけの説明だけでこの子たちを信用できるの!」
「おばさんうるさーい。だまっててよ」
「だ、だれがおばさんだって! 人形のくせにさっきはよくも……」
「俺は最善を尽くしているだけだ」
 起動準備がおわり、真一はサティを見た。
「俺は元々戦うことしか能のない人間だった、今でも大半がそうだ。ここに兵器がある。可能性があるならば、どんな危険なことだろうと俺はそれを手にとり武器にする。
 それが俺の、戦う者の生きがいだからだ」
 機体はゆっくりと前へと動き出した。
「! 待っ―――」
「待てよ!」
 サティの声を遮る大声で、ヒースロイは叫んだ。
 真一は進行を止め、ヒースロイを見る。
「……俺も行く」
 サティと翔子が驚きの声をあげた。
 真一だけは無表情のまま、じっとヒースロイを見つめた。ヒースロイは目をそらさない、だが……。
「ヒース、無理しなくていいぞ」
「無理なら、ついさっきばてるほどしたさ」
 ふう、とため息を一度ついて、軽い笑顔を浮かべながら、
「俺も、戦う者だ」
 真一は頷いた。
「ならば、協力を頼もう」
「では、レイニャンの機体へ」
 ショーティアの指示にヒースロイは頷く。
「嘘つきマスターがかー」
「悪かったな、頼むからその理由で手抜きとかやめてくれよ」
「レイニャン、嘘つき嫌いだけどそんなことはしないよ」
「ならいい」
 ヒースロイは振り返り、翔子をみた。
「死なないように戦ってくるさ」
「がんばってね」
 ヒースロイが頷き返すと、翔子は目を細めて笑った。
「それから、サティちゃん」
「なに」
「俺がいくからには中尉は絶対に死なせない。中尉もあんなだ、そう簡単に死んだりケガしたりしない。心配するばかりじゃなく、少しは信用してやれ」
「……わかった」
「よし」
 レイニャンを探すと、すでに反対側の機体に乗り込んでおり、真一はすでに格納庫の中央に位置し、発進準備を完了していた。
「早くしろ!」
「了解!」
 ヒースロイは敬礼をしながら走り出した。

                  *

 外にでるための入口は、真一達がおりてきた滑り台とは反対側に位置する、巨大な門だけだ。
 すでにヒースロイも発進準備を整え、真一の後ろに待機している。
「門はあかないのか?」
「機械系で作動するものでしたが、時のおかげで故障しています」
「ならばどうするのだ」
「思いっきり壊してください」
「なかなか荒っぽい性格だな。……了解した」
 サティ達に物陰に隠れてもらうよう指示し、真一はミサイルを一発発射した。
 衝突。
 張りのある轟音とともに、無風だった空間に熱風が踊った。
 しばらくするとまたしーんとした空間に戻り、まわりが見えなくなるほどに埃が舞った。しかし時間とともに視界がはっきりとし、老朽化した無残な門がひしゃげて使い物にならなくなってる光景が見えてきた。
 そして、入口は開いた。
「いくぞ」
 コックピット中からでもエンジンが大きな唸りをあげるのが聞こえた。
 三つのエンジンは赤く照り、だんだんと力を溜めていく。
 機体が動き出す。まずはゆっくりと前進し、だんだんと足をはやめながら格納庫から出た。ここは直進らしく、このままつっきれば外に出られるとショーティアは言っていた。
 そして、
「!」
 急加速が襲い、機体は空を飛んでいた。
 視界が急に明るくなり、水面が見え、そこで真一は眩暈を覚えた。
「上昇してください」
 言われるままにスロットルを下にさげて上昇させた。
 視界はやや赤みがさした空。
 そこまで来てやっと真一は冷静さを取り戻した。ある程度まで上昇して、ゆっくりと機体を水平にした。
 ふうとため息をつく。
「大した暴れ馬だな」
「こちらの機体はスピードと機動性を重視して作られています。扱いは慣れるまで困難かもしれません」
「いや、問題ない。大した性能だ」
「そうですか」
 しばらくすると、ヒースロイとレイニャンが乗る機体がレーダーに映った。
「通信です」
『中尉』
「ヒース、調子はどうだ。俺は眩暈を覚えたぞ」
『なんなんだこの機体は』
「ヒースロイ機の機体はこちらとは違い、広範囲の攻撃と耐久性に優れています。機動性ではこちらより落ちるはずです」
「だそうだが、お前の感想は?」
『試験用の機体に乗った気分だ。最新鋭のな』
 確かに、加速といい機体の立ち直りの早さと安定性といい、外見からは想像もつかない高性能ぶりだ。これなら……。
「いけるかもしれないな」
 その時、乾いた音が鳴った。
「敵機確認。数十二」
「早速おでましか」
『数が多いぞ、どうするんだ中尉』
「このままいけばあっさり併走され囲まれてしまうが―――」
「大丈夫です」
『だいじょうぶだよー!』
『なにがだいじょってこら! 前がみえん!』
 ぶつ……。
「通信が切れました」
「なにがいったい大丈夫なんだ?」
「このまま二機を敵機に突っ込ませても大丈夫ということです」
 ショーティアはちらっとこちらに顔を覗かせた。表情に変化はないが、心なしか口調には誇らしげな感じがした。
「敵機のスペックを確認しました。あの程度の敵なら、何機こようとこちらの敵ではありません」

                  *

 鋭角的なフォルムで明らかに機動性を重視した形の黒い十二機の敵機は、目の前からくる謎の飛行物体をレーダーに捉えた。
「迎撃」

「ロックオンされました」
「おい、いったいどんな策があるっていうんだ?」
「戦闘モード起動。エレメント・オービットを射出」
 彼女の言葉をうけ、機体に変化が起きた。
 突然左右からボール状の物体が出現したのだ。物体はある程度の位置で停止し、くるくるとでたらめにその場でゆっくり回転を繰り返している。
「なんだこれは?」
「フィールド展開」
 薄っすらとだが、目の前の景色が変わった気がする。赤かった空にややオレンジが混ざり、陽炎がさした感じだ。
 それと同時に警報がなった。
「ミサイル、レーザー群が接近」
「! 回避するぞ!」
「不要です」
 真一がいくら動かしても機体は動かなかった。AIであるショーティアが手動操作を切ったのだ。真一は慌てて叫んだが、すでに目の前には無数の攻撃の雨が迫っていた。
「!」
 直撃。
 だが、衝撃らしい衝撃が少しもこなかった。
「……なに」
 正面を見る。みると、確かにミサイルなどがこちらに衝突し爆発している光景は見えるのだが、こちらは撃沈するどころか微かな振動すらも感じない。
「敵機攻撃の防御に成功」
「……いったいなにをしたんだ」
「エレメント・オービットにより、一時的に機体前方に局所斥力場を展開しました。あまり強力ではなく、効果時間も短いですが、あの程度の攻撃ならば無効化は容易です」
「こんな兵器見たことがない……」
 さすがの真一も戸惑いを隠せなかった。額には少し汗が滲み、手も震えていた。
「通信です」
『中尉』
「ヒース……」
 ヒースロイの機体もこちらと併走して飛んでいたので、さきほどの攻撃はうけているはずだ。彼も無事ということは、似たような防御を行ったのだろう。
『中尉のいったとおりだったな』
「なに?」
『この兵器は、隠された脅威の兵器ってやつさ。大当たりだ』
「……」
『今の気持ちは?』
「正直ここまで期待はしてなかった。予想外の連続で頭がいきそうだ」
『俺もだ。そっちの彼女がいった言葉が、まったく戯言じゃないとはっきりわかったよ』
「ああ」
 ぶつ……。
「ん? おいヒース」
「強制的に通信を切らせていただきました。今は戦闘中ですマスター」
「いきなり切るな。しかし、まだ前がみえないが……」
 ミサイルなどの爆発により、その破片や煙などで視界はゼロに近い。敵はこちらがコナゴナに吹き飛んだと思っているはずだ。だからぎりぎりまで敵を引き寄せて、奇襲をかけることを真一は考えていたのだが……。
「視界は悪いですが、ロックオンはすでに完了しています。問題なく発射してもらってかまいません」
 まさか! と思ってコンソールを見ると、確かにレーダーに捉えた敵十二機すべてにロックオンがなされていた。
「使用武装はホーミングミサイル、レーザー、ニュークリアレーザーとどれでもお好みでかまいません。コストとしてはレーザーが最適だと提案します」
「……」
 もうなにがなんだかわからない。あまりにも一方的な展開で、あまりにも一方的な指示を出すこのパートナーに真一はついていけなかった。
 頭が逝ってしまったと思う。
「れ、レーザーで頼む……」
「了解。レイニャンとの連携放射を行います。お疲れ様でしたマスター。これでこの戦闘は終わりです」
 ショーティアの宣言どおり、左右のエレメント・オービットが移動し、正面に重なった瞬間、戦闘機の質量では考えられない巨大なレーザーが、目の前の視界をきれいに晴らす勢いで放たれた。
 気づいた時には、敵は全滅していた。


 隠された脅威の兵器……。
 これはそんな言葉で片付けられる代物ではない。
 これはただの、化け物だ。