闇があった。
 白いACの持つビームマシンガンの銃口が、目の前にある。
 それは確かな、目前に迫る死。
 動けない。
 あの時と同じだった。
 足がすくむ。
 目をそらせない。
 そうだ、彼女を…彼女だけでも逃がさないと。
 辺りを見回す、しかしそれより早く自分が誰かに突き飛ばされた。
 誰だ?
 そうだ、彼女だ。
 彼女が僕を突き飛ばしたんだ。
 僕はビルとビルの隙間に倒れこんだ。
 僕を突き飛ばした姿勢のままで、こちらを見ている。
 その瞳の奥に込められた意思ははっきりと僕にそう言っていた。
 あなただけでも生きて…と。
 それは一瞬なのだ。
 次の瞬間。
 ビームマシンガンの銃口から連射されるエネルギーの奔流が、僕の視界を埋め尽くした。
 それが晴れた所には…何も残っていないのだ。そう、何も…
 まるで最初からいなかったかのように…
 絶叫。それすら、自分の耳にすら届かない。
 全てが、全てが消えてしまった。
 フォルス・キニングは…僕は死んだのだ。
 彼女と一緒に死んでしまったのだ。
 暗い銃口。
 彼女の瞳。
 光の奔流。
 そして……そして……そして。
 「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!」



 第18話「まぶたに残る彼女の瞳、その一瞬」


 
 (確かこの辺りのはず…)
 雑賀は、荒廃した市街地を歩いていた。
 今日は、サングラスをかけていない。
 彼女は普段はサングラスをかけないのだ。
 窓ガラスの壊れていないビルはほとんどない。
 あの無人MTも、白いAC…いや、<ケルブ>も、まるで…市街地を破壊し、人を殺す事が目的のようだった。
 戦闘の巻き添えになって死んだ人々の亡骸をたまに見かける。
 あの、目の前で(恐らく)恋人を殺された少年の事が、頭から離れない。
 自分の世話焼き癖が恨めしかった。
 「確か、この辺りだったね…」
 真新しい、焼け焦げた跡。
 ビームマシンガンの跡だ。
 あれから1日たっている。だが……
 「!!」
 彼は、ビルの隙間に座り込んでいた。
 「あれからずっと…ここにいたっての?」
 いや、無理もないのかもしれない。
 そう……彼は普通の、ごく普通の少年だ。
 あたしらとは違う。自分の血と返り血で汚れきった自分達レイヴンとは…
 彼は、突き飛ばされた格好のままだった。
 まるで時間が止まってしまったかのように。さながら彼は生きた彫像だった。
 「……風邪引くよ」
 ああ。
 我ながらなんと気のきかない台詞だろう…雑賀は心の中で自嘲した。
 彼は、ゆっくりと顔を上げた。
 「………あの…時の?」
 そう、あの時のACのパイロットだ。
 黒いACの…自分達を守ろうとしていた…
 自分達を助けてくれたのは、白の天使ではなく黒い死神だったのだ…
 一瞬で彼はあの瞬間に引き戻される。
 暗い銃口、衝撃、彼女の瞳、そして……!
 がしっ、という音。
 雑賀がフォルスの襟首を掴んだ音だ。
 「……お前…舐めてるのかい?」
 フォルスは無反応だ。
 「お前は生きてるんだろっ!?……彼女は死んだんだよっ!」
 フォルスの目が大きく見開かれる。
 そう。
 それが現実なのだ。
 だが人は受け入れがたい現実を拒否し、非現実の中に逃げ込んでしまう。
 人とはかくも弱きものなのか…
 「……いいのかい?」
 雑賀は言った。気は進まなかったが、これが一番手っ取り早い。
 「あの白い奴に…復讐しなくていいのかい?」
 「復讐……?」
 復讐。
 衰弱した人間が這い上がるのに、もっとも分かり易い目標。
 雑賀はそれを、彼の前に突きつけた。
 「ACの操縦を覚えな。レイヴンになりな。そして…復讐する力を手に入れればいいさ」
 「ACに…僕が…」
 「あたしが教えてやる」
 ああ、自分は何て世話焼きなのだろう…
 いや、これは違うのかもしれない。
 復讐などに意味はない。そんなことをしても死んだものは戻らない。
 だが…生きる意味をもたせなければ、彼は死ぬまでここで座り込んでいるだろう。
 しかし、いいのだろうか?
 もう彼は平凡な人生を送る事は出来なくなる…だが、それはもう今さらなんだと言う事に過ぎない。
 「ついて来な」
 



 「なんだ、そいつは?」
 リールが戻ってきた雑賀の連れている少年を見て聞いた。
 「そいつが…例の?」
 グリュックは話を少し聞いていたため、その少年が誰であるかを察する事が出来た。
 「ああ。そういや、名前をまだ聞いてなかったね。あたしは雑賀(さいが)。あんたは?」
 「僕は…フォ…いや…」
 彼は一瞬口ごもった後、言った。
 「トラウマ…です」
 彼はその瞬間名前を捨てた。
 「でもどうする気だ?明日にはミッションだ。北極行きだぞ?」
 リールが2人の顔を交互に見る。
 「ACシュミレーターをやったことはあります…」
 フォルス、いやトラウマは俯きながらそう言うが…
 「シュミレーターと本物では勝手が違うぞ」
 ドルーヴァが無表情のままそう言った。
 威圧感がある。
 ACシュミレーターでも、実際には実物とほとんど大差ない。
 だが、やはり吹っ飛ばされた時のGなどはシュミレーターでは出ないし、何よりシュミレーターはその中だけの世界だ。だが、本物のACに乗れば、敵も銃弾もすべてが本物である。
 「心配しなくても、大丈夫です…僕はもう死んでますから」
 「……ふざけるんじゃないよ!」
 雑賀が、彼を殴った。
 「お、おい…」
 間に入ろうとしたリールをグリュックが止める。
 「お前はまだ生きてるんだろ!?じゃあ何?彼女は何のために死んだってんだい!」
 殴られたトラウマは倒れこんだまま、再びあのシーンを思い出していた。
 いや、思い出そうとしなくても、脳裏に勝手にその映像が映し出されてしまうのである。
 そこへ、秘書が入ってきた。
 「予定が変わりました。これから北極圏ハーネスト社ゲートに向けて出撃します」
 「予定が変わっただと?」
 グリュックがいぶかしげに尋ねる。
 「はい。直ちにガレージに集合してください。大型輸送機で作戦領域までACを輸送します」
 「僕も行きます!」
 トラウマが立ち上がった。
 「何馬鹿な事言ってやがる…足手まといだ」
 グリュックが言った。当たり前の事である。
 寡兵良く敵を制すという目的で少数の部隊なのである。シュミレーターしかやっていない素人同然の、しかも死にぞこないを作戦に参加させるなど、賛成するはずもない。下手をすれば全員の足を引っ張るだろう。
 「ということだから…ほら」
 雑賀がカードキーを取り出した。
 これは?という顔で彼女を見るトラウマ。
 「あたしの家の鍵だよ…あたしが帰ってくるまでそこにいな」
 信じられないといった顔の、周りの者たち。
 




 「よかったのか?」
 グリュックが、雑賀に聞く。
 ここは、既に空の上。輸送機の中である。
 「何がだい?」
 「このご時世に、赤の他人に鍵なんか渡すってことがさ」
 「……さあね…」
 「自分でもわからないってか?」
 「あいつは自分の心を解き放つのにまだまだ時間がかかるだろうさ…もしかしたら取り戻す事なんて出来ないかもしれないけどね」
 「……作戦領域に着くようだな…」
 グリュックが立ち上がった。
 雑賀も、同時に立ち上がる。
 通信が入った。
 『パイロットは各自ACに搭乗!作戦領域に到達次第、順次発進!今回の作戦はハーネスト社が制圧しているゲートの奪取である!エルスティア侵攻部隊は5時間後に到着予定!それまでに敵基地を無力化せよ!ターゲットは司令塔と砲台!その他、障害を発見した場合は各自の判断でこれを排除せよ!』
 『作戦領域到達まで後80秒!AC投下後、本機は作戦領域外にて待機する!』
 『これより状況を開始する!各員の健闘を期待する!』
 輸送機内が慌ただしくなった。
 2人がACに乗り込んだときには、リールとドルーヴァは既にいつでも出撃準備は出来ていた。
 「リール、ハーディ・ハーディ、出る!」
 「ドルーヴァ、マッドドッグ出る」
 2人が先行して飛び出していく。
 「グリュック、グリュックス・ゲッティン出るぞ!」
 「雑賀、哭死出るよっ!」
 遅れて2人も飛び出した。
 


 
 一方、ハーネスト社研究施設…
 「敵襲!敵襲!」
 「敵はアルマゲイツの部隊と推測されます!数、AC4体!」
 「4体?みくびりおって…防衛部隊出撃させろ!」
 「了解!無人戦闘機、並びにMT出撃させます!」
 「敵AC2機は砲台を破壊しています!もう2機、こちらに向かってきます!」
 画面上の光点が次々と消えていく。
 「無人戦闘機、及びMT損耗率40%!砲台はほぼ全て破壊されました!」
 司令室は、すでに修羅場と化していた。
 「奴らめ…ゲートが目的だな!何としても阻止しろ!あれを使ってもかまわん!」
 その部屋の責任者らしい男の一声で、室内に緊張が走る。
 「あれを…使うんですか?」
 「今使わずにいつ使う!そう伝えておけ!」
 


 リールは軽量級のスピードを生かし、砲台を翻弄する。攻撃を回避するすべを持たない砲台は、次々とバズーカの餌食となった。
 ドルーヴァのマッドドッグも、シールドを展開しながら砲台の攻撃をものともせずに突き進む。ハンドロケットが砲台を一つ、また一つと沈黙させていった。戦闘機やMTが2機に襲い掛かるが、戦闘機はマッドドッグのガトリングの前に次々と爆炎を上げ、MTもハーディ・ハーディのバズーカとブレードの前に瞬く間に鉄屑に帰されていった。
 敵の防衛網があっさり沈黙し、残る2機は司令室のある建物へ向かっていた。
 「ゲートを守っている割には、やけにあっさりしているな…何かあるかもしれないぜ」
 グリュックの言葉に、雑賀も同意した。
 「出てきたのは戦闘機やMTばかり…何か切り札があるかもしれないねえ」
 やがて、2人の推測が間違いではなかったことを裏付けるように、突如として2機の周辺で爆炎が上がる。
 「おいでなすったか!」
 グリュックが若干機体を後退させた。
 スナイパーライフルにチェーンガン、シールドという機体構成では、接近戦は不利だ。
 「前はあたしに任せなっ!」
 哭死の雑賀が前進する。
 現れた機体は、巨大なMTだった。
 見た目は4脚ACに似ているが、大きさが違う。
 さらに、本来腕がある場所にあるのは、ACなど軽く弾き飛ばしてしまうであろう、触手のようなものだった。
 さらに両肩には巨大なキャノン砲が備え付けられている。
 「何だい、こいつはっ!?」
 雑賀に答えるかのように、通信が入った。
 『ハーネスト社の巨大MT、ベヒーモスだ!装甲、火力は並みのACを遥かに上回る!注意しろ!』
 現に、グリュックス・ゲッティンがスナイパーライフルで狙撃しても、何の効果も見られなかった。通常のACなら最高クラスの装甲だろう。
 哭死が空中に舞い上がる。
 「機動力は、こっちのほうが上っ!」
 そしてそのまま、空中斬りを叩き込んだ。
 だがそれすらも、わずかばかり敵の装甲を削ったに過ぎなかった。
 ベヒーモスも反撃とばかりに、両肩のキャノン砲でグリュックス・ゲッティンを狙った。
 「っ!あぶねえな…」
 幸い弾速が遅く、回避することができたが、直撃すればシールドを展開していても危ないだろう。
 今度は触手を振りまわし哭死を攻撃する。
 意外に動きが速いが、何とかそれを回避する雑賀。
 もちろん2人も黙っていない。
 グリュックは小型ミサイルをフルロックし、一気に放った。同時に哭死も12連小型ミサイルを一気にたたき込む。
 20発近い小型ミサイルがベヒーモスに集中する。だが、ベヒーモスはそのほとんどを触手でなぎ払ってしまった。
 「ちいっ!」
 グリュックがさすがに驚く。
 「苦戦しているようだな」
 「これより援護する…行くぞ」
 そこに、リールとドルーヴァが援護にやって来た。他の防衛戦力を片付けたのだろう。
 高い攻撃力を持つ2機の参戦で、状況は好転するかに思われた…だが。
 マッドドッグがロケットで攻撃するが、それでもベヒーモスに致命傷は与えられていない。
 それどころか、
 「むっ!」
 動きの遅いタンクではキャノン砲を回避することが出来ず、追い込まれている。シールドを展開したタンク系でも、決して軽傷とは行かないようだ。
 ハーディ・ハーディも空中からバズーカで攻撃し、そして敵に肉薄し空中斬りをお見舞いする。だがその直後、触手がハーディ・ハーディを捕獲した。
 「なにっ!」
 そしてベヒーモスはハーディ・ハーディを振りまわし、地面に叩きつける。当たり所が悪かったのか、そのまま動かなくなってしまった。
 ベヒーモスは恐れるに足らずと判断したのか、ゆっくりと残る3機の方に前進してくる。
 グリュックは機体を後退させ、片膝をついた。
 そしてチェーンガンを構える。
 「雑賀、ドルーヴァ!両肩のキャノン砲の銃口を狙え!」
 グリュックがそう言った次の瞬間、ガトリングの銃身が回り高速で弾丸が吐き出され始めた。
 それがキャノン砲の銃口に到達する直前、触手がそれを遮る。こちらの作戦に気づいたようだ。
 「そうはいかないよっ!」
 雑賀の哭死が、ブレードでその触手を切り裂いた。
 片方の触手を失ったベヒーモスが、怒ったようにキャノン砲を連発する。
 その狙いはグリュックス・ゲッティンだ。
 ガトリングを構えているため、回避することは出来ない。だが、ドルーヴァのマッドドッグがその攻撃の盾になった。
 シールドを展開しているとはいえ、すでにダメージも大きいマッドドッグは、その攻撃で完全に大破してしまった。
 だがその甲斐あって、ガトリングの連射がベヒーモスの片方のキャノン砲の銃口を捕らえた。
 次の瞬間、爆発が起こる。
 キャノン砲が内部から弾け飛び、衝撃で巨大なベヒーモスの全身が傾いた。
 すかさず雑賀の哭死がキャノン砲と触手を失った側に回り込み、連続して斬撃を浴びせる。
 ベヒーモスの重装甲もこれには音を上げた。
 またしても爆発が起こり、ベヒーモスの動きが完全に止まる。
 「やったか…」
 グリュックス・ゲッティンが立ち上がる。
 「何とかね…」
 哭死も構えを解いた。
 ハーディ・ハーディとマッドドッグは、大破してしまった。
 が、2人はどうやら生きているようである。
 「こちら制圧部隊、敵勢力の沈黙を確認した」
 グリュックが通信を入れる。
 『御苦労。これよりACを回収する…むっ?高エネルギー反応!?』
 「何っ!?」
 グリュックが振り向く。
 何と、倒したはずのベヒーモスが起き上がり、しかも胴体の前面が展開し、巨大なビーム砲が姿を見せていた。
 「まだ生きてるぞ!」
 その言葉に、雑賀も気付いた。
 「なっ…化け物かい!」
 即座にライフルを構える哭死。だが…
 彼方から放たれた光がベヒーモスのビーム砲を直撃し、その巨体を貫いた。
 体に大穴を開けられたベヒーモスは断末魔のような機械音を上げ…爆発、炎上したのだった。
 グリュックと哭死は、ビームが放たれたほうを見る。
 そこにいたのは1機のACだった。
 エルディバイラス。アルマだった。
 構えていたプラズマライフルを降ろす。
 「……一撃でやりやがったか…」
 グリュックがそれを見て、つぶやくように言葉を漏らした。
 「本当の化け物は…どっちだか知れたもんじゃないね…」
 雑賀も、エルディバイラスから目を離すことが出来なかった。
 「御苦労。間もなく本隊が到着する。それまでに機体の応急処置を行っておきたまえ」
 アルマがそう言ったが、動き出すものはいなかった。





 後書き 第18話「まぶたに残る彼女の瞳、その一瞬」
 今回もユーミル達が出なかった…
 まあそれはいいとして、問題なのはエルディバイラスの性能…げふんげふん
 まあ、雑賀やグリュックが活躍してたし、まあいいか…
 しっかし、次から次へと新兵器を出しちゃって…