「結局、この機体から…ヴェルフから、逃れる事は出来ないらしいな…」
 アルマゲイツ支社、秘密地下格納庫。
 そこには一機のACが収容されていた。
 漆黒の刺客として世間を震撼させた暗殺者ヴェルフのAC、ヴェルフェラプター。
 「今さら悔やんでも、仕方がないか…」
 ビリー、いやヴェルフはゆっくりとヴェルフェラプターを発進させた。


 第12話「心の闇、晴れるとき」
 


 「何だ!?ACが出てきたぞ!?」
 支社の前を固めていたダイスのパイロットが驚きの声を上げる。
 情報では、支社には一機もACはいなかったはずだ。
 「まあいい、たった一機だ!応戦しろ!」
 「待て、あの黒いAC…データ確認、ACヴェルフェラプターだ!」
 「な…何だと!?」
 「構うな、こっちはこれだけの数なんだ!やっちまえ!」
 ダイス3体がいっせいにマシンガンを放つ。
 ヴェルフェラプターはその攻撃をいともあっさりかわすと、ダイス達に急接近した。
 「何っ!」
 ブレードが閃く。
 ダイスの一体が一撃で両断され、爆炎とともに消え去った。
 『まずは一体…』
 ヴェルフの声が響く。
 「く・・・なめるなっ!」
 仲間を一撃で倒され、恐怖と焦りに刈られた残りのダイスはマシンガンを乱射した。
 その攻撃はかすりもせず、ヴェルフェラプターは軽くジャンプすると再びブレードを振るった。
 ダイスの頭部が消し飛ぶ。
 頭を失ったそのダイスはそのまま後ろ向きに倒れこんだ。
 残った一体は慌てて仲間に助けを求める。
 「こ、こちら支社前!漆黒の刺客だ!助けてくれっ!」
 その通信が、彼の最後の言葉になった。
 ヴェルフェラプターのブレードがコアを刺し貫いている。
 一瞬後に、そのダイスも爆発した。
 爆炎が晴れたそこには、既にヴェルフェラプターはいない。
 やがて無人MT10機と、ダイス6機が姿をあらわす。
 「な、何だ!?敵の反応があちこちに…」
 レーダーの敵の反応は一つではなかった。
 彼らは既に周りを囲まれている。
 「おかしい!もっと増援をよこせ!」
 「だめだ!既に謎の蒼いACにかなりの戦力が当てられている!」
 次の瞬間、まばゆい光が炸裂した。
 ダイス1体と無人MT3機が、まとめて消滅する。
 ヴェルフェラプターのツインレーザーキャノンだ。
 「くそっ、どうなってるんだ!」
 どこからともなくレーザーライフルが放たれ、無人MTは次々とやられていく。




 「邪魔しないでっ!」
 インフィニティアの強力なビームライフルが行く手を阻むダイスを一撃の下に葬った。
 ガルドも後を追いかけているが、彼の辿り着く所は既に敵はほとんど撃破されている。
 「さすが、インフィニティアだな…通常モードでもあれだけの力を発揮するのか」
 ガルドのケイオス・マルスは、いまだにほとんど敵と交戦していないのだ。
 「待ちな、そこのAC!」
 ひたすら突き進むユーミルの前に、一機のACが立ちはだかった。
 アリーナ5位、ディスターの駆る重装2脚AC、グランドホーンだ。
 「お前が蒼のユーミルか…悪いがこれも仕事なんでな、死んでもらうぜ!」
 「どいてよっ!じゃないと、倒さなきゃならないんだから!」
 「面白え!やってみな!」
 グランドホーンがコンテナを射出する。
 一瞬後にはコンテナから大量のミサイルが放出され、インフィニティアに襲い掛かるのだ。しかし。
 「こんなものでっ!」
 コンテナはビームライフルの直撃を受け、ミサイルを放つ間もなく爆散した。
 「なっ…んだと!?」
 ディスターが驚愕の声を上げる。
 コンテナが射出されてからのほんの一瞬だった。ほとんど条件反射といっていい。
 「噂だけじゃないってか…!」
 油断できない相手だと悟ったディスターが機体を後退させながらエネルギースナイパーライフルを放つ。
 この武器は非常に弾速が早く、高速の機体でもよけるのはほぼ不可能に近い。
だが。
 「ば…馬鹿な!?」
 当たらなかった。
 高速のレーザーは、インフィニティアの脇をかすめて彼方に消える。
 「冗談じゃねえ…化け物か!?」
 もう一発撃つ。しかし、それでも当たらなかった。
 しかしさすがに彼も歴戦のレイヴンだった。当たらない理由に気付く。
 「そうか…こいつ、ロックされた瞬間にもうよけてやがる…なんて反射神経してやがるんだ…!」
 撃たれてからよけるのはほとんど不可能だ。しかし、ユーミルは敵にロックされた瞬間、既に回避運動に移っているので回避が間に合うのである。
 「なら…」
 ロックした後、タイミングをずらして撃てばいいだけのことだ。
 「さあ…来やがれ!」
 じっとりと彼の手が汗ばむのが分かる。
 インフィニティアをロック、一瞬待ってから撃つ―――
 「……!」
 再び驚愕するディスター。
 もうインフィニティアはサイトの外だった。
 そう、一瞬。
 歴戦の彼でさえ、一瞬サイトに捉えるのが精一杯なのである。
 次の瞬間には、完全に敵に間合いに飛び込まれていた。
 ビームライフルの連続射撃がグランドホーンを襲う。
 装甲が削られ、片腕が吹っ飛び、肩のコンテナを直撃した。
 「うおおおっ!」
 爆散。
 コンテナに誘爆し、グランドホーンは跡形も無く消え去ってしまった。
 その直後、わらわらと40機近い無人MTが姿を現す。
 「もうっ、しつこいっ!」
 「待てユーミル!お前は先に行け、こいつらは俺に任せろ!」
 ガルドがそう言ってMTの一体を切り裂いた。
 「え?でも…」
 「この程度の奴らにやられねえよ、いいから行け!」
 そう言いながらも、グレネードを放つ。
 MTが3機、爆発した。
 「…わかった、先に行ってるね!」
 ガルドならこの程度の敵、大丈夫だろう。
 ユーミルは再びOBを起動させた。
 一瞬でその姿が見えなくなる―――
 「……さて、こっちはこっちの仕事をするか!」
 MTは既に20機くらいに減っていた。だが―――
 「まだネズミがいたのか…」
 1体のACが現れる。
 アリーナ6位、マルコスの駆る軽量逆間接機体スティルスだ。
 「嬉しいねえ、思いも寄らない所でアリーナの順位を上げられそうだぜ」
 ガルドがニヤニヤしながら言う。
 自分より上位のレイヴンがいなくなれば、必然的に彼の順位は上がる。
 「ふむ…こちらには何のメリットも無いな…まあいい、これも仕事だ…」
 マルコスはそう言って、空中に舞い上がった。



 支社前に辿り着いたユーミルが見たのは、ダイスと無人MTの残骸だった。
 「これ…やっぱり…」
 悲しそうな声で呟くユーミル。
 残骸の中心に、漆黒のACが佇んでいた。
 漆黒の刺客ヴェルフの駆る、ACヴェルフェラプター。
 「ビリー…なんでしょ?」
 『気付いていたのか…』
 「なんていうか…同じような"感じ"がしたから…」
 『もう遅い…僕はもう、ビリーじゃない。漆黒の刺客、ヴェルフなんだ…』
 「え?」
 『僕は…ユーミルなら、僕を救ってくれるんじゃないか…そう思った…最初はこう いった時のために雇った…けど、君なら僕の心の闇を晴らしてくれそうな気がしたんだ…でも、やっぱりこれ以上君を巻き込むことは出来ないと思って』
 「バカっ!何その巻き込むことはできないとかっ!わたしは、蚊帳の外ってすっごい嫌いなのっ!」
 『……すまない。でも、やっぱり君なら…くっ!』
 ヴェルフェラプターがゆっくりとレーザーライフルを構える。
 「ビリー!?」
 『…やはり貴様は俺の存在を脅かす…貴様がいては俺は消えるしかない…お前を…お前を、殺す!』
 ヴェルフェラプターは両肩のレーザーキャノンを放った。
 不意を突かれた形になったが―――ユーミルは、すんでのところでかわしていた。
 『くっ…出てくるな、ヴェルフ!もう貴様は要らないんだ!』
 『黙れ!嫌な事は人に押し付けて、いらなくなったら消えろと言うのか!』
 衝撃が走る。
 インフィニティアが、ヴェルフェラプターに体当たりしたのだ。
 『な、何を…!』
 「ビリー、それじゃダメ!それじゃ、ダメなの!」
 次の瞬間、蒼い光が辺りを包んだ。



 「……ここは…どこだ?」
 ビリーは暗い部屋にいた。
 目の前には小さな子供がいる。
 (こ、これは!)
 それは自分だった。
 暗い部屋に1人きり。
 「な、何故こんな所に・・・!」
 ビリーが後退ると、何かにぶつかった。
 慌てて振り返る。青い色が、視界に飛び込んでくる。
 そこにいたのはユーミルだった。
 「ユーミル…?これは、一体…」
 「心の闇…ビリーの、心の闇だよ…」
 「僕の心の闇?」
 すると次の瞬間、辺りに闇が広がった。
 真っ暗になった。
 目の前には手を血でぬらした少年と、倒れている男。
 「僕が…僕が殺した…?父さんを…?」
 「違う、僕じゃない…殺したのは僕じゃない…!」
 「僕じゃない…これは僕じゃない…こんなの僕じゃない…!」
 その瞬間、完全な闇が広がった。



 「お前が、俺を呼んだんだろう。俺に全てをなすりつけたんだろう。自分が傷つかないように…違うのか?ビリー…」
 目の前には一人の少年がいた。
 口元にはぞっとする笑みを浮かべている。
 「うるさい!もう出てくるな!」
 ビリーは思わず叫ぶ。
 「ふざけるな…俺は…俺は消えない!あいつのせいで俺が消えるのなら、その前に俺はやつを殺す!ユーミルを…殺してやる!」
 「彼女に手を出すなあっ!消えろっ!!」
 ビリーが絶叫した。
 「うっ…くそおおっ!!」
 ヴェルフが頭を抱えてうずくまる。
 この体の本来の人格は、やはりビリー。
 ヴェルフのほうが分が悪かった。
 「だめっ!」
 その声を聞いて、ビリーとヴェルフが顔を上げた。
 「…ユーミル?」
 ふと気付くと、ビリーの後ろにユーミルが立っている。
 「それじゃダメ…ヴェルフを、受け入れてあげて…」
 ヴェルフが驚いたようにユーミルを見る。
 「何…!?き、貴様…?」
 「ユーミル…どういうことだ?こいつは君を…」
 ビリーも驚いていた。
 「それは…ビリーがヴェルフを消そうとしたからだよ…ヴェルフだって生きていたかったんだよ…ヴェルフだって、誰かに認めてもらいたかったんだよ…」
 「俺に情けを…かけるつもりか…?」
 ゆっくりと立ち上がり、恐る恐る、ユーミルのほうに一歩踏み出すヴェルフ。
 「情けなんかじゃない。……わたしは、ビリーもヴェルフも否定したりしないから…」
 ユーミルはそう言うと、そっとヴェルフの片方の手を取り、もう片方の手でビリーの手を取った。
 「さあ、ビリーも…ヴェルフを認めてあげて。心の闇を、受け入れて」
 「………」
 「大丈夫、大丈夫だから…どっちも消えたりしないよ…1つに戻るの…本当の姿に…」
 「…わかった」
 ビリーも、ヴェルフの手を取った。
 その瞬間―――辺りの闇が、晴れた。



 ビリーはコクピットの中にいた。
 ヴェルフの記憶も、思いも、全てが感じ取れた。
 人格が一つに統合されたのだ。
 本来あるべき姿に。
 『ビリー?大丈夫?』
 目の前の蒼い機体から、通信が入る。
 「ああ…君のおかげだ。ありがとう、ユーミル…」
 『わたしなんか、たいした事してないよー』
 「いや…僕1人じゃ駄目だった。君がいたから、奴と…ヴェルフと、向かい合う事が出来たんだ…」
 『まあ、何にせよ良かったね、めでたしめでたし!』
 「……いや…お客だぞ…」
 ビリーが上空を見上げて言う。
 『え?うわ…大きなお客さんが来ちゃった…』
 それは報告にあった識別不明の巨大飛行MTだった―――
 



 後書き第12話「心の闇、晴れる時」
 さて、第1部前編も後1話で完結というだけあって戦闘シーンあり、会話ありと言うわけで…(どういうわけだ!?)
 今になって思えば、ビリー=ヴェルフっていうの、もっと派手にばらせばよかったと後悔してます(笑)