「ACの搬入は進んでいるか?」
 「ああ。メインガレージのACは全部移した」
 「インフィバスター、ラー・ミリオン、ルミナス・レイはどうした?」
 「心配しなくても、ちゃんとアクアノートのほうに積み込んださ」
 「そうか」
 メギドアークで会話しているのは、ビリーとグリュックだった。
 「だが、インフィニティアがまだだ。あれは最下層に封印してあるからな…時間がかかるぞ」
 「そうだな……」
 その時、電子音がブリッジに響いた。
 「敵か?」
 「敵潜水艦を確認しました。数、2隻。さらに、敵巡洋艦、敵空母を確認。識別信号はアルマゲイツです」
 オペレーターのミリアが冷静に告げる。それを聞いたビリーとグリュックはさすがに顔色を変えた。
 「まずいな…インフィニティアを積み込んでいる時間はないぞ」
 ビリーは勿論、インフィニティアを戦力として使うつもりはなかった。確かにあの機体は強力だ。むしろ、強力すぎる。そう簡単に使っていいものではないのだ。
 「しかし、あれを敵の手に渡すのはまずいぞ」
 グリュックがそう言うのも、もっともな事だった。
 「……インフィニティアを格納してある最下層のガレージは、封印してある。ここが敵の手に落ちても、インフィニティアが奪われる事はないだろう」
 そう言ってビリーは立ち上がった。
 「時間が無い。総員乗船!メギドアークはこれより出港する!」



 第10話 「叫びは波間に消えて」




 「何で俺達だけ別なんだ?」
 翔一はモニターのビリーにそう尋ねた。ここはアクアノートの小さなブリッジである。彼のACラー・ミリオン、希望のインフィバスター、刃のルミナス・レイは小型潜水艦アクアノートの方に積み込まれていたのだ。
 「敵の戦力が多い。メギドアークが敵を引き付ける。その内にアクアノートは別方向からこの海域を脱出するんだ」
 「何言ってんだよ、俺達だけ逃げろってのか?」
 確かに翔一と希望は正式なオーフェンズのメンバーではない。だが、翔一は既に覚悟を決めていたつもりだった。どの道、ブレンフィールドに戻っても叔父はもういないのだ。
 「それに、希望が…巫女がいないと駄目なんじゃなかったのか?」
 「巫女はもう、いる」
 ビリーの言い放った一言で、翔一は思い出した。もう、巫女はいるのだ。ユーミルが戦えるようになった以上、希望をこれ以上戦わせる必要はないのである。
 「そういう、ことだ。これ以上君達を戦わせるわけには行かない。脱出して、どこかで静かに暮らしているんだ」
 「メギドアークはどうするんだ?」
 「僕達はハーネストの本社へ向かう。もっとも、表向きはオーフェンズとハーネスト社の繋がりは無いから、こっそりとだがな」
 確かにアルマゲイツの上の者にすれば、ハーネストとオーフェンズの繋がりは常識だ。しかし、世間一般では違う。アルマゲイツの情報操作により、オーフェンズは無秩序なテロだと世間では噂されているが、そのテロ組織がハーネストと繋がっているという証拠は無いのだ。さすがに何の証拠も無くては人々は完全に納得はしない。だがもし、その証拠を手に入れたら、アルマゲイツは全力でハーネストを潰しにかかるだろう。テロ組織のスポンサーだとして。
 「でも……ハーネスト社はオーフェンズを受け入れてくれるんでしょうか…?」
 翔一の横にいた希望が、心配そうな表情でそう言った。
 ハーネスト社とて企業である。そのような危険材料であるオーフェンズを、いくらスポンサーだからと言ってそう簡単に迎え入れるものだろうか。むしろ、関係無いと切り捨てられてしまうのでは無いだろうか?
 「何、大丈夫さ。僕達の戦力を考えれば、そう簡単に切り捨てる事など出来はしないよ」
 それは嘘だった。
 莫大な費用を投じたポイント000を捨てて逃げ延びてきた子供連れの部隊をハーネスト社が温かく迎えるわけは無い。もし戦力として必要とされても、子供達の面倒までは見てもらえまい。
 となると、ハーネスト社を当てにはできない。だが、いくらメギドアークが万能潜水艦でも全能ではないのだ。補給もせずにいつまでも航行しつづける事など不可能だ。だが、彼らに無駄な心配をさせる必要は無い。黙っていた方がいいというものだ。
 「念の為、刃とリッドを同行させる。……悪いが、もう時間が無い。敵がここに押し寄せてくる前に、君達は出港したまえ」
 その言葉を最後に、ビリーからの通信は切れた。
 「……さーて、じゃあ行こうか」
 重い沈黙が立ち込めたブリッジにリッドの声が響く。刃は黙して何も語らない。
 「俺達だけ、逃げるのか……」
 翔一が拳を握る。ビリーに指南を受けようと決めた途端このざまだ。ここで逃げたら、元の木阿弥という奴である。だが……
 「その方がいいって」
 リットはちらりと希望に視線をやって、そう言った。希望を危険な目に合わせないためには、それが最善なのだ。
 「でも…皆、大丈夫かしら」
 希望も不安そうだ。短い間とは言え、希望は人当たりが良いせいかすぐに見ず知らずの人とでも仲良くなる。ハイスクールでも、希望はクラスだけでなく学校中に友達がいた。
 「大丈夫だって、姉ちゃんが付いてるんだしさ」
 リットの言葉は確かに誇張ではなかった。ビリー、ガルド、刃といった面々も確かに強い。だが、ユーミルの強さは彼らを軽く上回っている感があった。翔一と希望も、ユーミルの先程の戦いを見て彼女の強さは知っている。だが、それでも希望には何か不安を拭い切れないようなものがあった。
 「確かにそうだけど…」
 敵だって、ユーミルの強さは知っているはずだ。それならば、敵もそれに対応できるほどの戦力で攻めてくるのではないだろうか。
 「ま、こっちはこっちで逃げ延びることだけ考えてればいいんだよ」
 そう言ってリットはアクアノートを発進体勢に入らせた。ドッグの隔壁が開き、アクアノートが次の空間に進むと後ろで隔壁が閉まる。次に、海水が流し込まれ、アクアノートは360度周囲を海水に包まれた。そして、外界との隔壁が開き、アクアノートは出港した。




 「無事に逃げ延びろよ…」
 出港するアクアノートをメギドアークのモニターで見ながら、ビリーは一人呟いた。インフィニティア以外のACの搬入は完了し、既にいつでも出港できる状態だ。だが、巨大なメギドアークが敵の目を引かないわけが無い。強行突破はやむを得ないだろう。
 ガレージに通信を入れる。
 「ガレージの方はどうだ?」
 モニターに現れたのはディックだった。
 「出撃準備整ってるよ」
 さすがに忙しいらしい。だが、出撃準備は終わったといったのに、何が忙しいのだろうか?
 「そう言えば、ユーミルの機体は?」
 インフィニティアが無いのだ。ユーミルの乗るACが無い。さすがにまたダイスで出撃させようとは思わなかった。
 「ガルドさんのケイオス・マルスに乗るんじゃ?隊長さんはベーセンドルファで出るって言ってたしよ。だから今、色の塗り替えしてるとこ」
 「色の塗り替え?」
 そう言えば、ディックの作業着には所々青い汚れが付いている。
 「やっぱ、青く塗った方がいいだろ?」
 忙しいというのは、どうやらその事のようだ。
 「……まあ、いいが。あと……ヴェルフェラプターの準備もしておいてくれ」
 「……へいへい」
 沈黙があったのは、ビリーが出撃するのが珍しいという事だ。それだけ、今回は危険なのだ。
 特に問題はないようなので、ビリーは通信を終えた。それを待っていたように、声がかかる。
 「ビリー船長…ちょっといいかな?」
 ブリッジの彼の元を訪れたのは、アレックスとシェリーだった。火器統制のシェリーはともかく、メカニックのアレックスがブリッジを訪れるのは珍しいことだ。
 「どうした?」
 「次の戦闘では少しでもACが多い方がいいんだよね。僕達も出撃しようと思ってさ」
 アレックスの言葉にシェリーも頷く。確かに、二人のACであるブラックパールとガーベラも搬入され、いつでも出撃できる状態だった。
 「二人の気持ちは嬉しいが、それは駄目だ」
 だがビリーは首を縦に振らなかった。アレックスとシェリーの二人は、どうしてという顔になる。無理も無かった。現在の状況では、いくらユーミルが戦えるようになったからといって戦力差がありすぎるのだ。
 「メギドアークの火器統制はシェリーだけだ。それに、リットがいなくなった分、メカニックにかかる負担は大きい。アレックスにまでメカニックを止められたら、困るからね」
 それは半分本音、半分建前だった。火器統制のシェリーはともかく、メカニックが一人減るよりも出撃できるACが一機増えた方が状況が好転するからだ。こう見えてもこの二人は、強い。
 だが、やはりビリーは戦況が不利だからといって子供をACで戦わせるのは気が進まなかった。
 そんなビリーの内心を知ってか知らずか、シェリーとアレックスは案外あっさりと引き下がった。
 「どうするの?」
 ブリッジを出たシェリーが、隣を歩くアレックスに尋ねる。
 「決まってる。危なくなったら出撃するよ」
 「でも、勝手に?」
 「メギドアークが沈められたら、元も子もないしね」
 メギドアークが沈んだらという言葉に、シェリーも顔を曇らせる。今のメギドアークには、子供達が乗っているのだ。シェリーも11歳だが、彼女よりも幼い子供も沢山いる。
 「そう…だよね」
 「シェリーはブリッジにいた方がいいけど。メカニックが一人減ったくらい、なんて事ないよ。ディックもいるし」
 戦況が危うくなったら出撃する。二人はそう決めた。
 その時、艦内に警告音が響き渡る。メギドアークが出港するのだ。
 「これより出港する!ブリッジクルーはブリッジに、パイロット及びメカニックはガレージに集合!」
 グリュックの声が響き渡った。



 ブリッジには艦長のビリーを筆頭にグリュック、シェリー、ミリアと、いつものブリッジクルーの面々が集まっていた。
 「これよりこの海域を強行突破、敵を振り切る。目的は敵の撃破ではない。あくまで守りに徹するように。メギドアーク、出港!」
 ビリーの声とともに、巨大な船体がゆっくりと動き出した。敵の艦船は6隻。潜水艦が4隻ということは、多数の水中MTが出てくるに違いない。魚雷ポッドを装備したラー・ミリオンがいないのが痛かった。
 「敵潜水艦確認。2隻がこちらに向かってきます」
 ミリアが矢継ぎ早に状況を報告する。
 「敵潜水艦からマーマンが出撃した模様。数、推定10。さらに敵潜水艦の魚雷発射を確認。αから2発、βから2発、計4発。30秒後に到達します」
 「右舷急速旋回!デコイ射出!」
 「了解、デコイ射出します!」
 ビリーが指示し、シェリーが実行する。その間わずか4秒。
 メギドアークの巨体が右に傾く。
 「デコイ射出されました。魚雷はデコイに向かいます。着弾まで10秒。……5、4、3、2、1、着弾」
 「全艦対衝撃体制!」
 グリュックが叫ぶ。デコイに魚雷が命中し、爆発の衝撃がメギドアークを揺るがした。
 「マーマンが接近しています」
 「弾幕を張れ!」
 「了解!」
 メギドアークに備え付けられた無数の水圧銃が弾幕を張る。マーマンの数体が直撃をくらい海の藻屑と化したが、殆どは弾幕を潜り抜けてくる。
 「敵の回避パターン解析……完了!」
 マーマンは無人機だ。つまり機械である。その回避はパターン化されたものだった。シェリーはそれを解析し、今度は次々とマーマンを撃破していく。既にマーマンの第一波は殲滅したようだ。
 「よし、魚雷発射だ。目標は敵潜水艦α!」
 「了解です」
 シェリーが魚雷を発射しようとした時、ミリアの声が割り込んだ。
 「背後から魚雷反応!」
 「何っ!?」
 ビリーが思わず腰を浮かす。一体何時の間に?
 「バッフルズに隠れていたか!敵の種別は!?」
 グリュックも焦りを隠せない。
 バッフルズとは、潜水艦に必ず出来るソナーの死角の事である。どんなに高性能なソナーを持っていても、自分がスクリューでかき回した場所の事は分からないのだ。
 「照合するデータ、ありません!」
 さすがのミリアの声にも若干緊張が混じっている。
 「急速旋回!回避だ!」
 メギドアークの巨体が再び傾いた。
 「着弾まで5、4……駄目です!」
 「全艦対衝撃体制だ!」
 そして、轟音と衝撃がメギドアークを揺るがした。




 「浮上するか……まあ、片方のタンクをやられたのなら当然だな」
 メギドアークの背後から攻撃を仕掛けた謎の機体。そのコクピットにいたのは、20歳ほどの白髪の青年だった。彼も、アルマゲイツの傭兵の一人である。
 そして、レイヴンアリーナのトップに君臨するレイヴン、シュウその人であった。
 彼の搭乗している機体は、アルマゲイツの最新型水陸両用MT、マーメイドだった。マーマンよりも機動力、火力、装甲全てに優れた試作機だ。その性能は地上であってもACに匹敵する。ましてや海上戦では無敵といっていいほどの力を持っていた。
 「どうやら、ACを出撃させたようだな……丁度いい。マーメイドのテストをさせてもらおうか!」
 そう言うや否や、シュウはマーメイドを海上目指して泳がせた。




 「予想はしてたけど結局こうなるんスね…」
 ギルティブレードのコクピットで、レイスがぼやく。
 「ぼやいていても、仕方ないですよ…メギドアークを沈めるわけには行かないじゃないですか」
 シュメッターリングのエナは黒いパイロットスーツに身を包み、いつでも出撃できる状態だった。
 「僕も……まだ、死ぬわけには行きませんから」
 トラウマも哭死のコクピットだ。
 (そう……師匠を見つけて……それに、あの白いACを…)
 それが彼の目的だ。
 「いいか、俺達の仕事はメギドアークを守る事だ!無理はするな!行くぞ!」
 ガルドのベーゼンドルファが真っ先に出撃していった。
 「ガルド、ベーゼンドルファ、出るぞ!」
 鈍い銀色に塗装された機体が、戦場へと飛び出す。それを追うように、三人も出撃する。
 「レイス、ギルティブレード出るっス!」
 「エナ、シュメッターリング、出ます!」
 「トラウマ、哭死出ますっ!」
 格闘戦、射撃戦、オールラウンドの3機のACが陣形を組み、飛び出した。
 続いて、出撃するのはラスコリーニコフのGT−ファイターだ。浮上したメギドアークを攻撃するために、空母から多数の艦載機が発進したからだ。
 「ラスコリーニコフさん…」
 モニターに、不安そうなソーニャの顔が映し出される。彼が死ぬかもしれないという不安もある。しかし、それ以上の不安。
 「出撃する」
 それだけを言い、ラスコリーニコフは出撃した。
 「偵察機でこんな戦闘に出る事になるとはね…」
 次はヘレンのアイオロスだ。海上戦ではフロートタイプが有利とは言え、パルスライフルしか武装が無いアイオロスでの出撃はある意味無謀とも言える。だが、今は出るしかない。それにメギドアークのFCSとアイオロスのFCSはリンクしている。うまく行けば、敵の艦船を沈める事も出来るだろう。
 「済んだら奢ってくれるんだろうね?」
 「約束しよう」
 「じゃ、行きますか…ったく…」
 ビリーの真面目な返答に肩をすくめるヘレンだが、次の瞬間には既に真剣な表情になっていた。
 「ヘレン、アイオロス出るよ!」
 残るは、ユーミルだ。
 「うわ、かなり久しぶりな気が……」
 青く塗装されたケイオス・マルスのコクピットで、出撃前とは思えないだらけたユーミルがぼそりと呟いた。
 「ユーミル、無理はするなよ」
 「わかってるって」
 ビリーに軽く手を振って答える。
 「えっと………ケイオス・マルスって機体名好きじゃないから変更ね。んーと……じゃあ、ブルースター!」
 ユーミルに、あまりネーミングセンスはないようだ。
 「じゃ、ユーミル、ブルースター、行くよ〜!」
 かくして、ケイオス・マルス改めブルースターも出撃した。
 敵巡洋艦、空母からACが出撃している。さらに、輸送機もいたらしく、空中からもACが投下されていた。敵戦力はリールのハーディ・ハーディ、ドルーヴァのマッドドック、デコードのダウナー。そして、フロートタイプの量産型ACサハギンが20体、無人戦闘機がおよそ30。さらに潜水艦からマーマンが10体ほど出撃したらしい。
 「……よし、メギドアークはマーマンを叩く!それと、先程の識別不明機にも警戒しろ!」
 ビリーの言葉とともに、メギドアークも迎撃を開始。ここに、激戦が始まった。



 「銀色!?例の奴か!?うわあっ!」
 サハギンの1体が、ガルドのベーゼンドルファのグレネードライフルの直撃を受け、爆発した。
 「こいつ強いぞ!」
 「エスタフィールドの奴か!?」
 「武器が違う!違う奴だ!」
 サハギンのパイロット達が引き気味になる。
 「ガルド、もらった!」
 だが、そんなサハギン達を尻目にガルドに横からバズーカを放つ機体があった。リールのハーディ・ハーディである。
 「ちっ、なめるな!」
 ガルドはとっさの動きでそれを回避。だが、よけ切れずに装甲をバズーカの砲弾がかすめていった。さすがに、強い。
 「何をしている、援護しろ!」
 ガルドから遠ざかるように移動するサハギンを見て、リールは彼らに命じる。その声に答え、サハギン2機がミドルミサイルを発射した。さすがにガルドも不利と見たか、OBでハーディ・ハーディに肉薄する。これで迂闊に攻撃は出来ないだろう。
 だが、軽量級のハーディ・ハーディの方がスピードは上だ。ガルドの意図に気付いてか、巧みにバズーカを撃ちながらベーゼンドルファとの距離を取る。無理に近付こうとすれば、サハギンからの攻撃をかわし切れない。状況は悪い。
 「冗談じゃねえ!」
 ベーゼンドルファは装甲は高めだ。ガルドはリールのハーディ・ハーディを無視し、サハギンに一気に肉薄。ブレードでサハギンの1機を切り裂いた。これで、サハギン達の士気が下がる。ガルドのベーゼンドルファから距離をとるように、後退する他のサハギン。
 だが、リールはガルドがサハギンを狙ったと見るや、即座にOBで急接近し、ブレードとバズーカの連続攻撃をベーゼンドルファの背後に叩き込んだ。
 「こっちを無視とはいい度胸だな!」
 ガルドは舌を巻いた。思ったよりも損傷が大きい。僅かなら無視できると思ったが、そう簡単には行かないようだ。
 「ちっ……」
 まだ終わるわけには行かなかった。ガルドは、神経を研ぎ澄ませて行った。




 最後にメギドアークを飛び出したユーミルのブルースターは、すぐに2機のサハギンに囲まれた。前後からの攻撃―――片方はミドルミサイルを発射し、もう片方はブレードで突撃してくる。
 対するユーミルは、前方のミサイルを発射してきた方に向かってグレネードランチャーを展開―――する途中、砲身が後ろを向いている段階で発射した!当然、グレネードの砲弾は後ろからブレードを構えて突撃してくるサハギンに放たれる。背後から攻撃するつもりが不意を突かれた形になったそのサハギンは、よける事も出来ず灼熱の砲弾に突撃し、爆散した。
 「ひとーつ!」
 だが当然そんな不自然な状態で発射すれば反動で前につんのめることになる。しかもここは海上で、ブルースターはホバーボードで滑りやすくなっているのだ。だがユーミルはそのままOBを起動し突撃した。ミサイルは前のめりになり体勢を低くしたブルースターの頭上をすり抜け、虚しく水しぶきを上げる。ブルースターはOBの勢いを付けたブレード攻撃をサハギンに叩き込む。コアを貫かれ、そのサハギンも沈黙した。
 「ふたーつ!」
 どこかの誰かのように倒した敵の数を数えるユーミル。しかし、それは決して無意味な行為ではなかった。あっという間に2機の仲間が倒されてしまったのを見て、周りのサハギンが怖気づくようにブルースターから遠ざかる。しかも、そのACの色は深い青である。目の前にとてつもなく強い、青いACがいる。サハギンのパイロット達がそれを伝説のレイヴンに結びつける事はたやすかった。それほどユーミルは有名なのだ。
 「この青い奴、まさか……」
 「蒼のユーミル、か!?」
 誰かがその名前を口にした途端、ユーミルの周りのサハギンが一斉に逃げ出した。機体の色を塗り替えた事は、意外にも効果的だったようだ。
 「みーっつ!」
 ガトリングガンが逃げようとしたサハギンのブースターに直撃、爆発。
 「誰かあいつを何とかしてくれ!」
 逃げ惑うサハギン。最早敵の集団は完全に戦意を喪失していた。
 「アリーナトップはどうした!?」
 誰かがそう言った次の瞬間、ブルースターの前方に海面下から浮かび上がる機体があった。言うまでもない、シュウのマーメイドだ。
 「蒼のユーミルの腕前……見せてもらおうか!」
 不意討ちをしなかったのは自信の表れではない。不意討ちなど通用しないだろうと考えただけだ。
 マーメイドは海上を泳ぐ事も可能だ。武装は魚雷とビームキャノン、そして両腕のクロー。
 「他のと違う…?」
 ユーミルは一瞬で敵の力量を悟った。アリーナで1位という事は、一般のレイヴンで最強という事である。その強さは、並大抵ではない。
 シュウのマーメイドは機体を半分潜航させながらユーミルのブルースターに向かっていった。魚雷が発射され、白い尾を引きながら海中を進む。
 ユーミルはブルースターを空中に飛び上がらせた。海上にいなければ魚雷は届かない。だがそれこそがシュウの狙い。空中では海上ほど素早く方向転換が出来ないからだ。
 「そこだ!」
 マーメイドのビームキャノンが光を放つ。空中で切り返しの遅いブルースターに、回避は不可能に見えた。だが、ブルースターは次の瞬間急激に右に加速し、破壊の光は虚しく虚空を通り過ぎる。オーバーブーストによる緊急回避だ。だが、オーバーブーストは稼動までに若干時間がかかる。恐らく、敵がそう攻撃してくると見越して空中に上がった時点で稼動していたのだろう。
 「あまいあまい〜」
 ユーミルはオーバーブーストの高速機動中にマルチミサイルを放った。マーメイドの直前でミサイルは4つに分裂し、シュウに襲い掛かる。だが、マーメイドは元から海で戦う事を前提に開発された機体である。無論水中、水上の機動力はACの比ではない。マルチミサイルはあっさりと回避されてしまった。
 「ちっ、さすがにやる!」
 シュウは驚愕を隠せなかった。今まで彼の前に立って、一瞬で倒されなかった者などいなかった。アリーナでも彼の強さは有名である。パーフェクト・チャンピオンのシュウといえば、関係者でなくても知らない者は殆どいなかった。
 だが、目の前の敵はただのACで自分と互角に戦っている。シュウも蒼のユーミルの噂は知っていたが、あくまで噂半分にしか捉えていなかった。
 一方、ユーミルの顔にも真剣な表情が浮かんでいた。
 「何か、強いし……もうっ!こいつ、誰?」
だがユーミルは、アリーナトップのシュウを知らなかったのだった。




 ドルーヴァのマッドドッグは後方で待機していた。彼我の戦力差が圧倒的だからである。ただでさえ強き敵と戦うのを生きがいとする武人である。彼には、この状況は面白くなかった。だから、手出しを控えているのである。しかし、デコードは違った。
 「あの白いACはどこだ…」
 デコードは自らのプライドを傷つけた白いAC―――ルミナス・レイを探していた。奴のコアにブレードを突き立て、命を断つ事だけを考えてきたのだ。だが、ぱっと見たところ、どうやらあの白いACは居ない様だ。デコードは若干の失望を覚えた。そして、矛先を3機で隊形を組んで戦っているトラウマ、エナ、レイスに向けた。青のユーミルはシュウが戦っているし、ガルドはリールが戦っている。さし当っては楽に仕留められそうなのはあの3機だ。
 「敵ACが来ます!」
 いち早くそれに気づいたのはエナだった。
 レイスがサハギンの1機を刺し貫き、トラウマがミサイルで同じくサハギンを1機撃破した瞬間だ。デコードのダウナーは既にOBでショートレンジにまで肉薄している。一番ダウナーに近いのはエナのシュメッターリングだった。ダウナーのブレードが突き出される。エナはとっさにシールドを展開し、何とかダウナーのブレードを受けとめようとした。しかし、敵はランカーレイヴンである。シールドの範囲外である、ハンドガンを装備した右腕が丸ごと持って行かれた。
 「エナ!下がって援護を!」
 替わりにトラウマの哭死がデコードの前に踊り出る。元々シュメッターリングは接近戦に不向きだ。
 だが、ライフルでは当てる事は出来ても、とてもデコードを倒す事はできない。
 「レイス、こっちを頼める!?」
 「任せるっス!」
 格闘戦の得意なレイスのギルティブレードがダウナーに挑む。哭死は周りのサハギンを片付ける事に専念する事にした。幸い、サハギンはユーミルやガルドの活躍によって既に逃げ腰である。
 「エナ、レイスを援護してあげてくれ!」
 「はいっ!」
 エナはシールドを展開したまま片膝を突き、ガトリングガンでギルティブレードを援護する。
 連続発射される弾丸がダウナーに襲い掛かる。デコードはレイスの突きをブレードで受け止めると、邪魔なシュメッターリングを先に片付けようと判断したのか、再びOBを起動した。エナは慌てて逃げようとするが、片膝を突いた体勢ではとっさに動く事は出来ない。エナは即座にOBを起動するが、発動までに若干のタイムラグがある。ダウナーは既にブレードの間合いだ。エナはエネルギーシールドでダウナーの攻撃に耐えようとした。だが、シールドの光は明滅を繰り返したと思うと、不意に消滅してしまった。
 「!?左腕のエネルギー供給が……」
 次の瞬間OBが発動し、シュメッターリングが高速で右に滑り出す。だが既にダウナーのブレードはシュメッターリングのコア目掛け無慈悲に突き出されていた。シュメッターリングのコアが大きく抉られ、今はただのアクセサリーと化したシールド発生器を装備した左腕が宙を舞う。
 「こいつ!」
 トラウマの哭死から放たれた12連小型ミサイルが白い尾を引いてダウナーに殺到する。舌打ちしてそれを回避するダウナー。だがさすがにすべてはよけ切れず、2、3発は命中し、何とかデコードをエナから引き離す事に成功した。だが次の瞬間、サハギンが哭死の背後からミドルミサイルを放つ。レーダーのミサイル表示を見て即座に回避行動をとるトラウマだが、1発が背面のブースターに直撃した。
 「ブースターがやられた……!?このっ!」
 直ちに12連小型ミサイルをロックオン。一気に放つ。サハギンはよけ切れずに殆どを受け、爆発した。だがデコードはその隙を見逃さない。一気に間合いを詰め、再びブレードを突き出す。あわや哭死のコアが刺し貫かれるかと思われたその時、横合いからの一閃がダウナーの左腕を斬り飛ばした。
 「む!?」
 突然の事に驚くデコード。
 「これ以上はやらせないっスよ!」
 ダウナーの腕を切り落としたのはレイスのギルティブレードの一撃だった。
 格闘戦が主体のダウナーは、ブレードを失えば一気に戦闘力が低下する。残った武装はパルスライフルだけだった。最早殆ど戦闘できないといってもいいだろう。
 「くっ……」
 デコードもそれは分かっていた。だから、退いた。屈辱に、体を震わせながら。


 「………!」
 エナのシュメッターリングが大破するのを見たグリュックは焦った。コアが大きく抉られるほどの損傷だ。しかも、シュメッターリングはそれきり動かなくなってしまった。
 「どこへ行く、グリュック!」
 ブリッジから出て行こうとしたグリュックを、ビリーが呼び止める。
 「……彼女を回収する」
 「ACもないのにか?」
 それに、片腕も。
 「俺の責任だ」
 「何故そう言う?」
 ブリッジ内の他の誰も、口を挟む余裕はない。シェリーはメギドアーク周辺の敵を必死に迎撃していたし、ミリアもヘレンと連絡を取り合い、敵の艦船をメギドアークで撃破するため動いていた。
 「彼女が言っていた、左腕の調子が悪いから見てくれ……とな。あの時、見てやっていれば……」
 「そんな話をしていても仕方が無い!」
 そう言ってビリーは立ち上がった。
 「僕が出てくる。グリュックはここの指揮を引き継いでくれ」
 そう言ってブリッジを出て行くビリーに、グリュックは何も言えなかった。それが最善の方法なのが分かっているからだ。
 「すまんな…」
 「気にするな」
 そう言い残しビリーはブリッジを後にした。次の瞬間、ミリアが報告する。
 「ヘレンさんのアイオロスが敵空母と敵巡洋艦まで辿り着きました。FCSリンク、ロックオン」
 ヘレンのアイオロスが、敵の中枢まで辿り着いていたのだ。
 「よし、攻撃!」
 ビリーの代わりにグリュックが指示する。
 「了解、攻撃します……対艦魚雷、発射!」
 シェリーの命を受け、メギドアークが魚雷を吐き出した。




 
 主立った敵は皆、仲間にかかりきりだ。その間にヘレンは敵の主力艦船を撃破すべく、一人で突出していたのである。アイオロスはかなりの機動力を持つ機体だが、武装はパルスライフルしかない。かなり無謀な行動であった。
 無人戦闘機がアイオロスに襲い掛かる。この程度の敵なら、パルスライフルでも撃破する事が出来た。しかしさすがに数が多い。いくら機動力が高くても、周囲一面に弾幕が張られている状態である。アイオロスの損傷は刻一刻と大きくなっていた。そこに、ようやく助け船が出される。
 ラスコリーニコフのGT−ファイターだ。ビームキャノンとミサイルで、次々と無人戦闘機を撃破していく。しかもまだ目立った損傷が無い。彼の腕前はかなりのものだろう。
 そして、メギドアークの魚雷により、敵空母がその艦体を大きく傾ける。体勢を立て直す事など出来るわけも無い。空母はそのまま沈没した。
 だが、次の瞬間アイオロスの前面に降り立つACがあった。ドルーヴァのマッドドッグである。
 「単機で突出してくるとはな…」
 彼は後方で様子を見ていたが、さすがに巡洋艦まで沈められるわけには行かなかった。もし巡洋艦まで沈められてしまったら、帰還する事が出来なくなってしまう。
 「見たところ戦闘タイプでは無いようだな。相手にして面白いとも思えんが、巡洋艦も沈める気なら相手をせざるをえまい」
 ドルーヴァは悠然とそう言った。ヘレンとて、勝てない勝負をするつもりなど無い。しかし……
 「敵の新手……?」
 ヘレンはレーダーに映った新たな反応に気付いた。小型の輸送機が1機、何時の間にか飛来しているではないか。白く塗装された、見慣れない輸送機。そして両翼の紋章は……
 「司教府!?」
 まさか、司教府も乗り出してくるとは。
 輸送機から3機のACが舞い下りてくる。1機はヘレンの目の前に降り立ち、もう2機はメギドアークの方に向かっていった。ヘレンの目の前に現れたのはラジエル。シスター・ヘレナのACだ。
 「困った人ですね……」
 ヘレナはいつものように、穏やかにそう言った。子供のいたずらを窘めるかのように。
 1対1。勝ち目は……ゼロだ。




 トラウマの哭死、レイスのギルティブレードが、大破したシュメッターリングをメギドアークまで牽引した。
 メカニック達の手によって、コクピットハッチがこじ開けられる。
 「思ったよりコアの傷が深いな…」
 お調子者のディックも深刻な表情だ。居並ぶ人々も、皆不安げな面持ちでシュメッターリングのコクピットを見つめている。やがて、コクピットの中からゆっくりとエナの身体が運び出される。
 一目見ただけで分かるほど、重態だった。
 「すぐにメディカルルームに運んで!早く!あと、グリュックにも知らせて!」
 アレックスが叫ぶ。グリュックはこの場に来ていない。ビリーがいない今、彼はブリッジにいなければならないからだ。
 「哭死のブースター、予備のに取り替え!急いで!」
 言うより早く、アレックスは走り出す。自分のACである、ガーベラのもとに。
 「!?おいアレックス、出撃する気かよ!」
 それに気付いたディックが慌てて止めようとする。ただでさえリットがいないのに、アレックスまで出撃してしまってはメカニックが足りなくなってしまう。
 「いいから!後は頼んだよ、ディック!アレックス、ガーベラ、行くよ!」
 そう言い残し、アレックスも出撃してしまった。それを見たレイスも、再び出撃する。
 「レイス、ギルティブレード出るっス!」




 「エナが重傷……だと!?」
 連絡を受けたグリュックは、最悪の事態に顔をしかめた。
 彼女をレイヴンの道に引き摺り込んだのは自分だ。それが肝心な時に面倒も見れず、こんな事になろうとは―――グリュックは自分を責めた。
 だが、彼はメディカルルームへ行く事は出来ない。ビリーにこの船を任された以上は、ブリッジを離れるわけには行かない。メギドアークを沈める事は出来ないのだ。
 シェリーも、暗い表情をしている。アレックスは、出撃していった。戦力差が大きすぎるからだ。彼のガーベラが出撃すれば少しは状況は好転するだろう。その事自体は問題ではない。だが―――
 彼一人で行かせてしまった。
 シェリーも、本当ならば一緒に出撃したかった。自分も皆のために戦いたかった。だが、彼女はメギドアークの火器統制だ。出撃する事は、出来ない。
 「接近する新たな機影を確認。数、3。識別信号は司教府。恐らく、十三使徒です」
 ミリアが、さらに悪くなった状況を知らせる。
 「ヘレンさんがラジエルと交戦中。残る2機がメギドアークに向かっています」
 十三使徒が3人。状況はますますもって最悪だった。シェリーの顔が曇る。
 ブリッジを沈黙が包み込んだ。
 「行きなさい、シェリー」
 最初に口を開いたのはミリアだった。
 「え?」
 シェリーが、驚いて姉を見る。だが、火器統制がいなくなって大丈夫なのか?
 「火器統制は私がします。あなたは、出撃しなさい」
 メギドアークは最新鋭艦だ。僅かの人数で艦を制御する事が出来る。だからと言って、火器統制とオペレーターを同時にこなす事など不可能に近い。
 「早くしないと、間に合いませんよ」
 ミリアがシェリーを後押しするように、優しく言う。淡々とした物言いが多いミリアには珍しい事だった。
 「うん」
 シェリーが火器統制の席を立ち、ガレージの方に走っていく。
 その後ろ姿を見送りながら、ミリアは思案に暮れていた。さすがに、火器統制とオペレーターを同時にこなすのは厳しいものがあった。
 その時、背後から声がかかる。
 「あの……」
 何時の間にかブリッジの入り口に、ソーニャが立っていた。
 「何か手伝える事、ありませんか……?」




 ビリーはエナの回収を見届けると、まずは若干不利に見えるガルドに加勢した。周りのサハギンを片付け、リールと2対1の構図にしてしまうのだ。ユーミルの方は、まだ持ちこたえるだろう。
 「ガルド、苦戦しているな」
 ビリーのヴェルフェラプターが、サハギンの1機を切り捨てた。さすがにビリーは強い。
 「ちっ、やっと来やがったか」
 いつもなら憎まれ口を叩くガルドだが、さすがに今日は援護が欲しかったようだ。ベーゼンドルファの銀色の装甲はかなり損傷が目立っている。
 「ビリーか!」
 もちろんリールはビリーを知っている。ビリーも然りだ。
 「これまでだな…撤退する!」
 リールは一瞬でそう判断し、後退した。2人は追わない。敵は軽量級、どうせ追いつかないだろう。 それに、十三使徒が2人も接近してきているのだ。
 一方、ユーミル。
 「右……左……そこっ!」
 ユーミルのグレネードランチャーが、遂にシュウのマーメイドを捕らえた。
 「ちいっ……」
 デコード、リールの撤退を見て、ユーミルと戦っていたシュウも引き際と悟ったらしい。海中に潜航し、そのまま撤退していく。残っていたサハギンも撤退を開始した。
 ひとまず敵を退けた一行は、一度メギドアークの周辺に集まった。ユーミル、ビリー、ガルド、レイス、アレックス、シェリー。ヘレンとラスコリーニコフは、まだ前方だ。
 「二手に分かれよう。片方は先行して前進し、ヘレンとラスコリーニコフを救出する。もう片方はメギドアークを守りながら進む。どちらも十三使徒が相手になる、気を引き締めてくれ」
 ビリーがそう言っている間に、もう2機のACが肉眼で確認できる範囲にまで接近していた。
 「よし、僕とユーミルで2人を救出に向かう!残ったメンバーは、メギドアークを守ってくれ!」
 ビリーはそう告げて、OBを起動させた。
 「りょうかいっ!任せといて!」
 ユーミルのブルースターもOBを起動する。黒と蒼の2機のACは、そのままメギドアークから遠ざかっていった。十三使徒の2機はその2人を無視して、メギドアークに向かってくる。
 片方は、黒い中量2脚AC。もう片方は、オレンジ色の重量2脚ACだ。普通のACよりも二周り近く大きい。しかも、右腕には巨大なハンマーを装備している。その両肩には、闘牛のエンブレムがあった。
 「闘牛のエンブレム……」
 それを確認した途端、レイスのギルティブレードがOBで重量2脚に突撃する!
 「レイス!?何してやがる!」
 ガルドはレイスの突然の行動に驚愕した。敵は世界最強クラスのAC乗り、十三使徒である。いきなりOBで突撃など、正気の沙汰とは思えなかった。
 神速の突きを繰り出すギルティブレード。確かに、並みのレイヴンなら一瞬でコアを貫かれていただろう。だが、相手が悪かった。
 重量2脚とは思えない速さで、その突きは軽くいなされる。
 「どうした!?レイス!」
 普段は気さくな彼の突然の豹変を目の当たりにしたガルドは、何らかの理由があると感づいた。恐らく、何かあのACに因縁があるのだ。
 「お前が皆を殺した!!」
 再び、ブレードを振るうレイス。レイスの格闘戦の腕前はかなりのものだった(格闘戦以外は下手なのだが)が、今のレイスはいつも以上の高い技量を見せている。
 だが、やはりその攻撃は命中する事はなかった。今度は敵ACはブレードで受け止めている。
 「な、何なんですか!?」
 重量2脚のパイロットもさすがに意外だったのか、うろたえた声を上げる。しかも、声の主はまだ若い娘の声だった。
 「………は?」
 意表を突かれ、ギルティブレードの動きが止まる。その隙を見逃す十三使徒ではなかった。
 「私だって十三使徒なんです!このガブリエルの力、甘く見ないで下さい!」
 次の瞬間、ACガブリエルの右腕が動いた。装備されていたハンマーが振るわれ、ギルティブレードが吹っ飛ぶ。
 レイスは衝撃で軽い脳震盪を起こした。とっさに後退したから良かったものの、直撃すれば一撃でコアを砕かれていたかもしれない。
 「ってえ……」
 頭を押さえてうめくレイス。
 だが……それにしても、どういうことだ?
 「私、あなたに仇呼ばわりされる覚えなんてありません!変な言いがかりは、止めてくださいっ!」
 「カティア、どうでもいい事だよ。いちいち反応するんじゃない」
 もう一人の、黒い中量2脚ACのパイロットも女だった。
 「………?」
 ガルドが眉を上げる。黒い中量2脚ACのパイロットの声が、聞いた事があるような気がしたのだ。
 その時、ブースターの交換が終わったトラウマの哭死が出撃してくる。それを見た黒い中量2脚ACのパイロットが、再び口を開いた。
 「トラウマ、久しぶりだねえ」
 それを聞いたトラウマが驚愕する。
 「そんな……雑賀(さいが)……師匠」
 「何い!?」
 ガルドもそれを聞いて驚きを隠せなかった。もしかしてとは思ったが、ありえない事だったのだ。
 雑賀は恋人を謎のACに殺されたトラウマを拾い、復讐の為にACの操縦を教え込んだ彼の恩師である。勿論本当の目的は復讐そのものではなく、彼に生きる目的を与えるためだった。その時の彼は、生きる気力を無くしていたからだ。だが、ある日突然雑賀は失踪してしまった。AC哭死を残して。トラウマのAC哭死は、元々は雑賀のACだったのだ。
 「早速、哭死を壊したみたいだね……少しは腕は上がったのかい?」
 「どうして…師匠が司教府に!?」
 「さあねえ」
 雑賀の答えは当を得なかった。
 「まあいいさ。どれだけ腕が上がったのか見せてもらおうじゃないか。もっとも、このガンマレイの前には敵じゃないだろうけどねえ」
 「待ってください!僕はあなたとは戦えません!」
 「無駄だ、トラウマ!あいつは本気だ、戦わないと死ぬぞ!」
 ガルドはトラウマに怒鳴った。カティアという娘にせよ、雑賀にせよ、十三使徒だというのは紛れも無い事実だった。となれば―――全力で戦わないと、死ぬ。
 「行くぞ!」
 ベーゼンドルファが駆けた。




 もう、無人戦闘機はほとんど残っていない。ラスコリーニコフとヘレンが殆ど撃墜したのだ。だが、今は2人とも回避行動に専念していた。一瞬でも隙を作ったら最後、ヘレナはその隙を見逃さないだろう。
 「ちょこまかと…」
 ヘレナの言葉に苛立ちの色が窺える。何しろ、GT−ファイターと高速フロートタイプのアイオロスが回避に専念しているのである。ラジエルの武装はグレネードライフルとツインレーザーキャノン。機動力が高ければ、回避に専念していれば相手がヘレナでも何とかかわす事が出来ていた。
 だが、今のところは、である。ヘレナも無駄弾を撃つ事を警戒して、殆ど攻撃を仕掛けてこない。しかし、一見膠着状態に見えるがやはりヘレンとラスコリーニコフが圧倒的に不利だった。
 だが、その状態も崩れる時がきた。2人にとってはまさに地獄に仏である。
 ユーミルのブルースターと、ビリーのヴェルフェラプターが追いついてきたのだ。
 「敵、見っけ!」
 ユーミルのブルースターは真っ正面からラジエルに突進した。無謀―――普通ならそうだろうが、果たしてそうだろうか。青い機体を見て一瞬で敵の正体に気付いたヘレナは、そう判断した。
 下手に動けばこちらがやられるかもしれない。回避できない間合いまで接近させてから、撃つ。
 「蒼のユーミル……貰いました」
 内容とは裏腹に穏やかな口調で、ヘレナが言う。この距離では最早、回避不能。
 ラジエルの両肩の銀色の筒がまばゆい光を放った次の瞬間、絶大な破壊力を持つ光弾がブルースター目掛け一直線に突き進む。確かに回避できる間合いではないが、ユーミルは慌てなかった。
 「ば〜りあ〜っ!」
 ブルースターの右腕のガトリングガンが火を吹き、ブルースターの直前の海面を凪いだ。たちまち水飛沫が上がり、ブルースターを護る盾となる。水飛沫によって拡散し威力を減じた光弾は、ブルースターの足を止めるには至らなかった。
 次の瞬間には、ブルースターはラジエルの懐だ。ユーミルはすかさず、ブレードをコアに突き立てる―――が、ラジエルを包む光の膜が、そのブレードを弾き返していた。ラジエルのエクステンションである、全方位エネルギーシールドである。一瞬しか持続しないが、防御能力は抜群だった。
 ブレードを突き出したブルースターに、隙が生まれる。勿論ヘレナがその隙を逃すわけが無い。
 「終りです」
 慈愛に満ちた笑みを浮かべ、ヘレナはラジエルのブレードを突き出した。ユーミルも当然ながら、みすみす反撃を受けることは無い。常人とは反応速度が桁外れに違うのだ。だが、ブルースターの方が操作についてきてくれなかった。完全にはかわしきれず、ブレードを装備した左腕がもぎ取られる。
 「せっかく色塗り直したのに……よくも!」
 ユーミルの怒りが爆発した―――ようだ。
 ホバーボードに接続されているパーツを強制排除。非常に不安定な状態になる。だが、ユーミルにはその制御は大した事ではなかった。彼女は、足を使えるようにしたかったのだ。なぜなら。
 ブルースターは宙に舞い上がったかと思うと、いきなり体重を乗せた飛び蹴りをラジエルに叩き込んだ。突然のその行動に、ヘレナだけでなくビリー達も驚愕する。
 ACでの格闘戦といえば、基本的にはレーザーブレードによる斬り合いである。パンチかキックによる文字通りの格闘戦は、本来ならACでは不可能だ。そもそもACの手や足は殴り合いを意図して作られていないのである。そんなことをすれば、腕部のマニュピレーターはあっさりひしゃげてしまう。キックを行うにしても、実際に行使するにはかなりの技量が必要だった。
 キック攻撃後、ユーミルはホバーボードの上に戻った。今の攻撃で、ラジエルの頭部は完全に潰れてしまっている。ブルースターの右足も若干ひしゃげている。
 だが次の瞬間、轟音が響いた。ビリーのヴェルフェラプターが、敵巡洋艦を撃沈したのである。ヘレナがユーミルに気を取られている間の出来事だった。
 こうなっては、撤退したほうがいいかもしれない。
 ヘレナはそう判断し、OBを発動させた。



 一方、メギドアーク周辺。カティアと雑賀の2人も、ラジエルが撤退していくのを知るや、OBで即座に戦闘海域を離脱していった。
 「師匠……」
 それを見送りながら、トラウマが呟く。雑賀が敵になったことは、トラウマにはいまだに信じられなかった。しかも、アルマゲイツでは無く、よりによって司教府に。
 レイスも複雑な思いで、撤退していくカティアのガブリエルを見つめていた。
 (本当に彼女が……?でも、あの機体に間違いは無い……)
 「どうやら、片はついたみてえだな。全員メギドアークに戻るぞ!」
 ガルドのベーゼンドルファも、満身創痍の状態である。
 無傷でない機体はいない。だが、死人が居なかったのが幸いだった。
 だが一人―――重傷を負った者がいた。



 メディカルルーム。
 既にACは全機回収された。現在は、敵の新たな集団が接近中の為、全力でこの海域を離れているところである。
 全身に包帯を巻かれたエナが、ベッドに横たわっていた。ぴっ、ぴっという心電図の音が、彼女がまだ命の灯を絶やしていないことを示している。ドクターの必死の治療により、エナは何とか一命を取り留めていた。
 だがまだ、意識は戻っていない。
 今この部屋に居るのは、グリュックのみ。
 唯一残っている左腕で、エナのレモン色の髪を掻き分け額の汗を拭いてやる。
 「……すまんな……」
 そもそも、エナの機体であるシュメッターリングは、グリュックのかつての機体であるグリュックス・ゲッティンをモデルにしたACである。中量2脚にシールド、ガトリングガンという扱いにくい武装をエナが使っているのは、グリュックがそのような戦法を得意としたからだ。だが、やはり扱いにくい機体であることは事実である。そのせいでエナを余計な危険にさらすことは、さすがにできない。
 シュメッターリングを組み直したほうがいいかもしれない。
 いや、むしろ、エナをACから降ろした方がいいのではないだろうか。
 自分は彼女をACに乗せてどうしようというのだろう?
 これは、彼女のためなのだろうか。
 違うのかもしれない。
 本当は自分のため―――ACに乗れなくなった自分の志を、エナに押し付けているのではないのだろうか。
 悩むグリュックとは関係無く、メディカルルームにはぴっ、ぴっという心電図の音が規則正しく響いていた。




 一方、小型潜水艇アクアノートはポイント000を離れ、順調に航海を続けていた。あれから役半日が経つが、敵の追っ手はいないようである。
 「さて……これからどうすんの?」
 操縦していたリットが、不意に翔一と希望に尋ねた。
 「これから?」
 翔一は何をいまさら、という顔になる。今は、逃げている途中じゃなかったのか?
 「………」
 だが希望は、ゆっくりと首を横に振る。
 「私達も、ハーネストの本社に行きましょ?」
 「え?」
 翔一は驚いた表情で希望を見る。それでは間違い無く、再び戦いに巻き込まれることになるからだ。
 「やっぱり、あれから考えてたんだけど……いまさら逃げ出すなんて、出来ないんじゃないかって思うのよ。だって……みんないい人達だったし、それに……」
 「それに?」
 リットが促す。
 「ここで逃げても、何の解決にもならない…何だか、そんな気がするの。漠然と、だけどね」
 希望は巫女だ。
 そして翔一は巫女を護る存在、巫護家の人間。
 確かに運命という言葉は希望は嫌いだった。だが、その運命が無ければ、オーフェンズの人達とは会えなかったかもしれないのだ。
 「君の好きなようにするがいい」
 そう言ったのは、刃だった。
 「俺は君の護衛を命じられている。君がハーネストに行くというなら、俺も同行しよう。このまま別の場所に行くなら、そこに行く」
 希望は一瞬、驚いた表情をする。無理も無い。まるでプロポーズでもしているような言葉だ。
 「あ、ありがとう…」
 勿論―――任務だから、ということは分かっていた。だが、それでも希望は嬉しかった。何だかんだいっても不安なのには変わりは無いのだ。今の希望には、支えとなる人が必要なのである。
 「なんだ………?」
 リットが呟いたのは、その時だった。
 「どうしたんだよ?」
 翔一がモニターを見る。レーダーには異常は無い。
 「前方に謎の空間の乱れがある!まさか……<ゲート>!?」
 リットの口にした言葉は、他の3人の全く予想外の言葉だった。
 <ゲート>とは、異空間エルスティアに通じるといわれる時空の乱れである。元々はユーミルはエルスティアの出身で、インフィニティア等も全てエルスティアからもたらされたものなのだ。
 「まずい、引き込まれる!でもなんでこんな所に!」
 アクアノートはあっという間に、ゲートに引きずり込まれていった。
 「ゲートって、異空間に通じてるって言う噂の!?でも、噂じゃなかったのかよ!」
 翔一が叫ぶのも無理は無い。ゲートなど、さすがに噂話だと思っていた。
 「だけど、最近いろんな事が立て続けに起きたから……あっさり信じちゃうわよ……ゲートだろうと何だろうと…」
 意外にも希望は落ち着いていた。いや、心なしか目が据わっている気がする。
 「駄目だ、逃げられない!」
 小型潜水艇のパワーでは、とても逃げ切ることは出来なかった。4人を乗せたアクアノートは、そのままゲートに飲み込まれていってしまったのである。






 第10話「叫びは波間に消えて」 後書き

 遂にテキストの容量をオーバーしました。初の前後編です。しかも殆どが戦闘シーン。中ダレしていないことを祈ります。てか祈っても無理っぽい?
 一応、オーフェンズ編はこれで一区切りです。次の舞台はエルスティア!ということで円卓の騎士数名募集します。要綱はいつも通り。
 若干諸事情により別方面に専念しなければならず、EACは4月始めの頃まで休止する可能性が高いです。多分待ってる人はいないと思いますが(笑)
 では懺悔タイム。雑賀、勝手に敵にしてしまいました。すいませんZさん。後、エナが重傷です。YuK氏すまぬ。このまま引退はしないんで安心してたもれ。
 それではこれにて。