メギドアークは順調な航海を続け、やがてオーフェンズの本拠地＜ポイント０００＞に到着した。
ポイント０００。
そこは海中に建設された大型の施設である。巨大潜水艦メギドアークを完全に収容するドック、なおかつ大勢の人々が生活する居住空間、ＡＣを格納するガレージ、新型のＡＣを開発、解析するラボなどが存在しているので、当たり前といえば当たり前の広さである。
ドックは非常に広く、上の方が見えない。ブレンフィールドから出たことの無い翔一と希望には、そんな広い建物があることが驚きだった。
ここだけで、ブレンフィールドの半分くらいの広さがあるのではないか？と思わせるほどだ。
メギドアークはゆっくりとドックに収容されていく。艦内からドックの様子を見ていた翔一は、その広さに思わず声を上げた。
「すっげー…こんな所にこんな施設が隠れてるなんて…」
「まあ、さすがに海上に拠点を作るわけには行きませんからね…すぐにアルマゲイツに見つかってしまいますから…」
翔一の隣にいた、トラウマが言う。
やがて、若干の振動。その後機体が全く揺れなくなった。
どうやら完全に固定されたらしい。
「ふーん……ねえ刃君。せっかくだし、案内してくれない？」
希望が思いついたように言った。
刃は驚いたように希望を見た。全く予想していなかったところから伏兵に襲われたような顔をしている。
「ね、いいでしょ？」
どうやら、希望は結構好奇心が旺盛なようだ。
「そうだな……確かに、いざという時の脱出経路ぐらいは教えておいた方がいいかも知れん」
「いや、そういう意味じゃなくてね…ここにどんな物があるのか、見せてほしいのよ」
下手をすればスパイに間違われそうな言い方である。
「むう……面白いものは何も無いと思うが、了解した。案内しよう」
刃も承諾する。しかし、それを聞いていた翔一がなにやら複雑な表情で２人をじーっと見ると、そのまま何も言わずにむっとして去っていった。
「あれ？巫護君、どうしたのかしら」
不思議そうに去っていく翔一を見つめる希望。何がなんだか分からない、という顔だ。
「ふむ……不可解だな。理解できない行動だ」
刃も同じく、訳の分からないという顔をしている。
これで２人とも分かってやっているのならかなりの嫌味なのだろうが、どうやら２人とも本当に分かっていないらしい。
その場にいるもので分かっているのは傍観者のトラウマだけだった。
「うーん……これは…」
彼は小さくつぶやいた。
第６話 「穏やかな時間」
「あ、あの、ビリーさん……」
メギドアークから降り、居住空間の自室へと向かおうとしていたビリーを、誰かが呼び止めた。
ブラウンの髪と瞳に、痩せた身体の少女。
名前をソーネチィカ・セミョーノヴナという。皆はソーニャと呼んでいた。
４年前に、ユーミルの世話していた孤児院にいた少女の一人である。
「ソーニャか。子供たちの様子はどうだ？」
「は、はい。子供たちはみんな元気です…」
おどおどした話し方は、トラウマとどこか似ている。だがこちらは、まともに相手の顔を見ることもできない。かなり内気な性格のようだ。
「そうか。それは良かった」
オーフェンズでは、現在２００人近い孤児達を世話している。オーフェンズという組織の名は、それが由来なのだ。
なぜ、孤児達の世話をしているのか・・・それは、ビリーの意志によるものだった。
元々はユーミルが世話していた孤児院の子供たちを、まとめて引き取ったのが始まりである。それ以降、どんどん孤児達の数は増えていき、今ではそれだけの人数になっていたのだ。
「それより…彼が戦ったというのは、本当なのですか…？」
ソーニャがそうであってほしくない、という顔でビリーに問い掛ける。このような顔をされては、ビリーも正直に答えるのはためらわれた。
だが、高熱を出して倒れているのが知れれば、すぐに理解してしまうことなので、仕方なく肯定する。
ソーニャは明らかにショックを受けたようだった。
ソーニャの言っている、彼。それはラスコリーニコフのことである。
オーフェンズの中でも彼に関わりを持つものは少ない。ビリーやガルドを除けば、このソーニャくらいであろう。
なぜ彼女がラスコリーニコフに進んで関わろうとするのかは分からないが、彼女は誰にでも等しく慈愛に満ちた心で接している。ビリーも彼女のそんな所を買って、子供たちの世話を頼んであるのだが・・・
「ああ、やはり…」
ソーニャが天を仰ぐ。
「すまない。あまり彼を戦わせたくはなかったが、状況が許さなかった」
ビリーが目を伏せる。
ラスコリーニコフの戦闘機の操縦技術は確かに一流だ。現に、ＧＴ−ファイターで無人戦闘機１０機近くを一人で落としている。
だが彼は戦闘後、ほぼ確実に訳の分からないことを叫び高熱で倒れるのだ。
その原因はあまり良く分からない。だが彼は屈折した価値観の持ち主であり、ビリーやガルドもその点を警戒していた。
「彼は、今どこに…？」
「艦のメディカルルームか、０００のメディカルルームだろう」
「そうですか…じゃ、じゃあ、失礼します……」
最後までおどおどしながら、彼女は去っていった。別にビリーが相手だからとか、そういう物ではない。ソーニャは誰が相手でもああなのだ。
「……」
ビリーはしばらくその場で考え込んでいたが、やがて向きを変え、自室とは別の方角に歩き出した。
子供たちの顔を見に行くのだ。いや、正確には彼が本当に会いたいのは、子供たちではない。
「よう、艦長さん」
後ろから声がかけられる。
ビリーが振り向くと、そこには灰色の髪と瞳をした女性がいた。いや、実際にはまだ少女といって言いくらいの年齢だろう。だが、彼女の雰囲気が実年齢よりも老け込んで見えるのだ。しかも、髪がかなり短いため、後ろから見ると男性か女性か区別に悩むであろう。
「ヘレンか」
ヘレン。オーフェンズのＡＣパイロットの一人だ。
オーフェンズに参加している理由の一つは、食べていくため。どこか割り切っているところがある。
だがやはり、彼女にも重い宿命があった。
「シスター・ヘレナが出てきた」
ビリーの何気ない台詞に、一瞬顔を強張らせるヘレン。だが次の瞬間にはいつものやる気のなさそうな表情に戻っていた。
「ったく…で、ちゃんと張り倒してきたかい？」
「いや、ガルドが戦ったんだが、痛み分け…いや、ガルドの判定負けだな」
辛辣な評価である。まあ、４年前からビリーはガルドに若干冷たい節があったのも事実だ。
「……やはり姉が敵だとつらいか」
唐突に尋ねるビリー。口を閉ざすヘレン。
そう、ここにいるヘレンは、あのシスター・ヘレナの妹なのだ。
「……なわけ、ないだろ」
若干間があった後、ぽつりと言うヘレン。そのやる気のなさそうな表情からは、楽観も苦悩も読み取ることはできない。
「まあ、いい。だが、シスター・ヘレナは十三使徒の中でも、とりわけ厄介な敵だ。いずれは必ず雌雄を決する時が来る…」
「何が言いたい？」
ヘレンは刺すような視線をビリーに向けた。
「もし戦場でシスター・ヘレナと戦うことになったらどうする？」
「逃げるね。勝ち目の無い勝負はごめんだ」
そう言ってにやりと笑うヘレン。
確かに、シスター・ヘレナと戦えるほどのパイロットなど、そうはいない。
「まあ……一理あるな」
「だろ？」
そう言って、穏やかに笑う二人。
「まあ…逃げられなかったら戦うよ。たとえ結果はどうなろうとね」
「そうか。だが間違っても死に急いだりはしないでくれ。君とアイオロスはオーフェンズに必要だ」
ヘレンは一瞬きょとんとしていたが、再び笑い出し、
「ったく…また面倒な仕事押し付けるつもりだろう？」
と、ビリーにぼやいてみせる。
「当たりだ」
そして、再びひとしきり笑う二人。
「さて、どうせ艦長さんは子供たちのところ行くんだろう？」
「まあな」
「じゃあ、あたしはＡＣの整備があるからこれで。じゃあな」
「ああ」
そう言って、ヘレンと別れると、ビリーは再び子供たちのところに向けて歩き出す。
「ここがＡＣガレージだ。ＡＣが格納されている」
刃がなんの感慨も込めずに、そう言った。
「ふうん…」
あまりＡＣに興味の無い希望の返事は、淡白だ。
メギドアークに搭載されていたＡＣも、今はこちらに収容されていた。当然、刃のルミナス・レイや希望のインフィバスターなどもある。
メギドアークに搭載されていたもの以外にも、何機かのＡＣが収容されている。
刃はルミナス・レイの前に立っている一人の少年を目に留めると、そのままその少年の方に歩いていく。希望もその後に続いた。
少年も二人に気づき、被っていた帽子を指でまわしながら声をかけてきた。
「お、刃。その子が、巫女なんだって？」
「ああ」
その少年は、希望や刃とあまり年は変わらないように見える。彼の来ている作業服が、この少年がメカニックであることを示していた。
「彼は、オーフェンズのメカニックチーフ、リットだ」
刃が説明した。
リット。
かつてユーミルやガルドのメカニックを勤めていた少年である。ユーミルと同じ孤児院出身で、ユーミルとは一番付き合いが長い人間かもしれない。
「メカニックチーフ？でも、私達と同じくらいの…」
メカニックチーフという言葉に、希望は驚いた。なにしろこれだけの組織である。そこのメカニックを指揮する人間が、自分達と同年代だとは。
「彼の腕は一流だ。問題ない」
「こいつ、お世辞は言わないやつだからな。まあ、これでも腕は確かなつもりだぜ？」
希望の言葉に気を悪くすることもなく、そう言うリット。
確かに、刃がお世辞を言う人間ではないことは希望にも分かっていたので、彼女にもリットの腕のほどは窺えた。
「そして彼女は…」
「あ、自己紹介は自分でするわ。私は華僑希望。よろしくね、リット君」
刃が希望のことを説明しようとしたのを遮り、自分で言う。
「ああ、よろしくな！」
しばらくの間取り止めの無い話をした後、二人はリットと別れ、別の場所に向かった。リットはルミナス・レイやラー・ミリオン、インフィバスターを解析するための作業があるそうだ。
次に刃が希望を連れていったのは、シュミレータールームだった。
ＡＣに乗らずに訓練ができる、最早おなじみのシュミレーションシステム。
「ここはシュミレーションルームだ。ＡＣの訓練やテストに使用する。新型のシュミレーターのおかげで、極めて実戦に近いテストが可能だ」
相変わらずの調子の刃である。はっきり言って女の子を案内している口調ではない。
「極めて実戦に近い、って？」
希望が尋ねると、刃は厳しい顔になり、
「撃墜されても死なない、ということ以外全て実戦と同じだ。衝撃、身体にかかるＧ、全て実戦とほとんど変わらない再現度を誇っている」
と、２つのシュミレーターを指差した。どうやら誰かが対戦しているようだ。実際、素人の希望が見ても、シュミレーターはかなり激しく揺れており、内部の激しい様子が窺い知れた。
中央のモニターに、対戦の様子が映し出されている。そこに映し出されている２機のＡＣは、一機はトラウマの駆る哭死。そしてもう一機の見覚えのある黄金の機体は、なんと翔一のラー・ミリオンであった。
「って、巫護君じゃない！」
「そのようだな」
驚く希望に、呑気な刃。
恐らくあの後、トラウマを引きずって翔一があちこち見ていたのだろう。
「どっちが勝ってるの？」
希望が振り返って、身体一つ分後ろにいた刃に尋ねる。希望の目には、どちらが勝っているかははっきりと分からない、そういう勝負だ。
だが刃の目から見ると、勝敗は明らかに見えていた。
モニターには、ＡＣの耐久力を数値として現したＡＰ、そして武器の段数が表示されている。現在のＡＰは、ほぼ互角。
「哭死が勝つな」
刃は断定した。
確かにＡＰはほぼ互角だが、武器の残弾数が違う。命中率が違うのだ。
「ラー・ミリオンはロックしてすぐに撃っている。哭死はロックしても確実に当てられると思った時しか撃っていない。今は互角だが、もう少しでラー・ミリオンが弾切れになる」
事実その通りだった。
機動性ではラー・ミリオンの方が上だが、ラー・ミリオンの攻撃は２回に１回くらいしか当たっていない。一方哭死は、ラー・ミリオンの僅かな隙を逃すこと無く、ライフルやミサイルを確実に命中させている。
やがて、ラー・ミリオンの武器が尽きた。魚雷はもちろん残っているが、水中の敵にしか効果の無いものだ。あっても仕方が無い。
すぐに翔一のラー・ミリオンは哭死の集中攻撃を受けることになった。ラー・ミリオンはやけになったのか、ブレード攻撃を敢行すべく突撃していく。
「あ、突っ込んだ…巫護君らしいわね。でも、大丈夫かしら？」
ラー・ミリオンのＡＰはどんどん減っていく。最早、完全に哭死が優勢であった。
「駄目だな。余程の腕の差があるならともかく、突撃して倒せるわけが無い。一時障害物に隠れながら逃げ、敵が注意を怠ってきたところで始めて攻撃に転ずるべきだ」
刃が淡々と解説する。
そして、すぐに刃の言葉の正しさが実証される。ラー・ミリオンのＡＰはどんどん減り、しかも熱暴走を起こしてしまった。哭死の猛攻撃に、機体の冷却が追いつかなくなってしまったのである。
すると、翔一の入っている方のシュミレーターが、なにやら赤くなり始めた。
「……ねえ刃君……なんか赤くなってるけど、あれってもしかして…」
「ああ。このシュミレーターは極めて実戦に近く作られているからな。あのシュミレーターの中はかなりの高温になっているはずだ」
「やっぱり！ちょっと、大丈夫なの！？」
思わず刃に詰め寄る希望。彼はその剣幕に思わず後ずさりながら説明した。
「問題ない。生命の危険を感知すれば、自動的にシュミレーションは終了されるようになっている」
「そういう問題じゃないでしょ！？」
そう言っている間に、熱暴走によりラー・ミリオンのＡＰが０になった。かなり情けない負け方である。
すると、赤くなっていた翔一の方のシュミレーターも冷却され、すぐに元の黒に戻った。
「巫護君！」
すぐに駆け寄る希望。だが、開け方が分からずにおろおろするばかりだ。
刃がその横のパネルを操作し、シュミレーターを開ける。
中では翔一が恐らく熱さのせいだろう、憔悴してシートによしかかっていた。
「ちょっと、巫護君、大丈夫！？」
希望が揺さぶる。
「落ち着け、希望。これを飲ませろ」
刃は部屋に備え付けられていたスポーツドリンクを持ってきて、希望に手渡した。希望はそれを引ったくるように受け取ると、翔一の口にストローをくわえさせる。
「あのー、彼、大丈夫ですか…？」
彼女の背後から声をかけてきたのは、翔一と対戦していたトラウマだ。
「問題はない」
そう答えたのは刃。だが希望はきっと刃を睨むと、
「何が問題ないのよ！」
と、僅かな怒りを込めて叫んだ。
刃は彼女が何を怒っているのか分からずに、ただ、立ち尽くしてしまう。
トラウマはあたふたとしながら、
「あ、じゃあ僕はドクターを呼んできますので…」
と言い残し、走っていった。
やがてゆっくりと目を開ける翔一。
「委員長？」
「気がついたみたいね。大丈夫？」
翔一の顔を覗き込む希望。
どうやら、かなり情けないところを見られたらしい。翔一はなぜだか分からないが、絶望的な気分になっていた。本当に、何故かはわからないが。
「俺はもう大丈夫だよ」
頭を振って立ち上がる翔一。
今は、希望とあまり顔を合わせていたくなかった。
自分が情けない。
こんなんで、「委員長を守る」だなんて言えるわけが無い。
翔一はそのまま走り去った。
「あ、ちょっと巫護君！？」
希望は手を伸ばすが、もちろん届かない。まるで、彼の背中が「一人にしてくれ」と言っているかのようだ。そんな気配を感じ、希望は追うことができなかった。
何故だか沈んだ気分になり、押し黙る。ふと刃を見れば、彼も同じような表情をしていた。
「……ごめんなさい。刃君が悪いんじゃないのに…」
それを見た希望は自分がとても悪いことをしたのではないか、という気分になり、素直に謝る。
「ね、次の場所、案内してくれる？」
刃は一瞬の沈黙のあと、
「了解だ」
とうなづき、歩き出した。
ビリーは公園に着ていた。驚くべきことに、この施設内には公園まで存在しているのだ。屋内にも関わらずそこには草花が生い茂り、緑が訪れる人々の心を和ませている。
そこでは数十人の子供達が、ブランコや滑り台などを囲んで元気に遊んでいた。
その子供達の中に、一人だけやや大きな人影が混じっている。もっとも、子供達に比べて、だが。ビリーと比べるならば、だいぶ小柄なその人物は、非常に珍しい青い髪をしていた。恐らく２０になっているであろうがその笑顔は童女のようで、子供達の中でも全く違和感を感じない。
「あ〜っ、ビリーだあ！」
その青い髪の娘がビリーに気付き、ばたばたと駆け寄ってくる。
「ただいま、ユーミル」
その娘に、優しく声を掛けるビリー。
ユーミル。
かつて「蒼のユーミル」として世界にその名を轟かせた、特Ａ級のレイヴンである。いや、元レイヴン、というべきだろうか。
４年前の事件によって、彼女は心を閉ざしてしまった。今ではこうして、子供達と一緒に暮らしている。
「ビリー、見て見て！」
そう言うなり、ユーミルはビリーの手を引き、強引に花壇の前に連れて行く。そこには、赤いチューリップが花を咲かせていた。
「ちゃんと咲いたんだよ！ね、すごいでしょ？」
自慢気に言うユーミル。
「ユーミルが世話したのかい？」
「うん！ちゃんとお水やって、えっと…とにかくたくさんお世話したんだから！」
「そうか。偉いな」
そう言ってユーミルの頭を撫でてやるビリー。だがその顔には、複雑な表情が浮かんでいる。４年前までも確かに彼女は性格面に幼い部分もあったが（むしろ幼い部分のほうが大きかったかもしれない）、今の彼女は完全に幼児化していた。
ユーミルは頭を撫でられて童女のような笑顔を浮かべていたが、不意に顔を上げ、公園の入り口のほうを見た。
ビリーもそれにつられてそちらに目をやる。
「ここが公園だ。オーフェンズでは孤児の世話をしているが、ここはその孤児達の遊び場になっている」
「こんな海の中なのに公園があるの？すごいわね…」
そこには、刃に案内されて希望がやって来ていた。
ユーミルは、希望を見ていた。
笑いもせず、目をそらすこともなく。ただ、希望を見ていた。
「ユーミル？」
ユーミルの異変に気付き、声を掛けるビリー。だが、反応は無い。
（彼女が自分と同じ巫女だと気付いたのか…?）
ビリーはユーミルの突然の異変の理由に思い当たった。
一方希望も、突如目の前に現れた青い髪の娘から目を離せなくなっていた。
「希望。どうした？」
刃が声を掛けても上の空だ。ただ、ユーミルを見つめ返すのみである。
「……あなたは誰？」
いつしか世界からは周りの人間が全て消えうせ、２人の巫女だけになっていた。
暗く暗転した世界に立ち尽くす、青い髪の娘と銀の髪の娘。
「あなたは誰なんですか？」
もう一度、希望はユーミルに問いかけた。
ユーミルは静かに口を開く。
「……あなたこそ……誰？」
２人の巫女はただ、立ち尽くすのみ。
２人の間に、走馬灯のように一瞬、一瞬の映像が流れる。
円卓の騎士、十三使徒、エルスティア、ディソーダー、ナインボール、そして…
「ユーミル！」
「希望、どうした？」
二つの声が、二人を現実に引き戻した。
いつしか世界には光が戻り、希望の横には刃が、ユーミルの間にはビリーと子供達がいる。
「何……今の……」
希望は頭を押さえ、うめいた。
「大丈夫か、希望？」
刃が聞いてくる。希望は軽く頭を振って、
「大丈夫よ」
と答えた。
嘘ではない。
現に今はもう、何も感じない。
だが…未だに残っていた。目の前の青い髪の娘が、自分と同じ能力（ちから）の持ち主だと言うことは。いや、ただ単にそれだけではなかった。
それ以上の、何か…何かは分からないが…を、感じるのだ。
一方ユーミルの方は、もう希望のことなど眼中に無いかのように、再び花壇の周りで子供達と遊び出している。
ビリーはそんな希望を見ると、
「詳しい話をする必要があるな」
と、ユーミルのほうを一瞬名残惜しそうに見てから、歩き出そうとした。
その時、ぴー、ぴーとビリーの懐で電子音がした。
懐から携帯電話を取り出す。どうやら相手はガルドのようだ。
「わかった、すぐ行く」
ビリーはそれだけ告げると携帯電話を懐に戻し、希望に告げる。
「すまない、ちょっとした用事ができてしまった。話は後にしてくれ」
「それは別に構いませんけど…何かあったんですか？」
「アルマゲイツ社の施設で、不穏な動きが見られるとその近隣のハーネスト社の研究施設から連絡が入った。どうやらハーネストの施設を制圧するらしい。それを防いでくれ、と言うことだろう」
「出撃するんですか？」
希望が尋ねた。その顔には不安そうな表情が浮かんでいる。
「ああ。本来ならハーネストの為に動く必要は無いのだが、いかんせんスポンサーとして資金援助を受けている身だからな。この位はしなければハーネストの上層部も納得しまい」
「でも……巫護君も出撃するんですか？」
どうやら不安そうな表情の原因はその事だったようだ。
「詳しい状況を聞かないことには何とも言えないが…彼のラー・ミリオンは海上戦では重要な戦力だ。恐らく、出撃してもらうことになるだろう」
「でも、巫護君は戦いに出たくなんかないはずです」
きっぱりと、希望は言い切った。
「かもしれないが…ラー・ミリオンは彼にしか動かせない」
「どういうことですか？」
「ラー・ミリオンには、搭乗者識別装置が搭載されていた。その装置のせいで、ラー・ミリオンを起動させることができるのは彼だけになってしまったのだ。ルミナス・レイも同様だ」
つまり、ラー・ミリオンとルミナス・レイはそれぞれ翔一と刃しか動かせなくなってしまった、という事である。
「ある程度の時間があれば、識別装置を解析することも可能なのだが、今はそんな時間はない。もちろん、必要に迫られなければ実際に敵と交戦はさせないつもりだ」
「そうですか…」
「君はここに残っていてくれ。いざという時のために刃も残していく」
「私も行きます！」
希望は食い下がった。翔一と別れ別れになるのは心細いのだ。確かに皆気の良い人物ばかりなのは分かるが、やはりまだ会ったばかりである。今一番心を許せるのは、やはり翔一だった。
「いや。今回は戦いに行くんだ。君を連れて行くわけには行かない。それに、君にはここで子供達を見ていてもらいたい」
だが、ビリーは首を縦には振らなかった。
ビリーの瞳に込められた強い意志を感じた希望は、これ以上食い下がっても無駄だと感じたのか、おとなしく引き下がる。
「……わかりました」
「すまないな。じゃあ、色々と準備があるから、僕はこれで。刃、頼む」
「了解です」
ビリーはそう言い残し、足早に歩き出した。やはり、ユーミルのほうを一瞬名残惜しそうに見る。それを見た希望は、多分この人にとってこの青い髪の娘はとても大切な存在なのだな、と思った。
そう言えば、翔一は何故あんな顔をしていたのだろうか。
走り去る翔一の後姿を思い出し、沈んだ表情になる希望。
「希望。どうした？」
刃が希望が沈んでいるのに気付き、声をかける。
彼を知っている者が見れば、彼が他人を心配するような言動をしている事に驚きを隠せなかっただろう。彼は基本的に他人には無関心だからだ。
「ううん、何でもないの」
希望は軽く首を振った。
すぐに、いつもの翔一に戻ってくれる。すぐに、いつもの…
…「いつも」の？
「ねえ、刃君……私達、どうなるのかしら…」
希望は、どうしようもない不安に駆られて、傍らの戦いの中で生きてきた少年に尋ねた。
刃は希望が何を聞きたいのか、一瞬分からなかったようだった。しかし、すぐに理解したかは知らないが、希望を見据えて言った。
「俺の任務は希望、君の護衛だ。命に替えても君を護る」
任務。
命に替えても護るのは、任務だから。
だがそんな事はどうでも良かった。
その一言で、希望の不安は取り去られていた。
なぜかは分からない。だが、それでかなり救われたのは事実だったのだ。
「ありがとう…刃君」
希望のその言葉は、本心からの思いだった。
後書き 第６話「穏やかな時間」
珍しく戦闘シーンがない今回。如何だったでしょうか？
はっきし言ってまだまだですね。何がって、あれですよ。
まだまだ書き切れてませんね。要修行。
さて、投稿キャラについて。
ソーニャはTO-RUさん、ヘレンはジンさんの投稿キャラです。感謝感謝です。
では後書きこれにて終了〜
書くたびに上手くなっていると信じたいのう…（切実）