「派手にやられたね〜、兄ちゃん」
 メギドアークのガレージ。
 収容されたラー・ミリオンを見た、メカニックの少年の第1声はそれだった。
 茶のかかった金髪に、ダークブルーの瞳。
 青色のリボンを額に巻いている。
 名前はアレクサンダー・C・ジョニー。アレックスと呼ばれていた。
 「…悪かったな。相手が十三使徒だったんだから仕方ないだろ」
 翔一は憮然として答える。
 「悪いなんて言ってないだろっ。でも、殺されなかっただけよかったと思わなきゃ」
 笑いながらそういうアレックス。
 そしてふと笑いを引っ込めて、翔一に言った。
 「でも…このラー・ミリオンってAC、明らかにかなり高性能だよ。円卓の騎士の専用機に匹敵するくらいにね」
 「何が言いたいんだよ」
 「だから!兄ちゃんはまだまだ、このラー・ミリオンを使いこなせてないって事さ!」
 「よ、余計なお世話だっ!」
 むっとする翔一。まあ、いきなり10歳ほどの子供にそんな事を言われては、誰でも気分を悪くするだろう。
 「まあまあ、そう言うなよ」
 そう言って取り成したのは、黒い髪に茶髪の青年だ。年齢は20代半ばだろうか。
 名前をディック・ローという。アレックスと同じく、メギドアークのメカニックだ。
 「相手が相手だったんだし、なにしろ彼は実戦なんて一回もやった事無かったんだぜ?まあ、よくやったほうだと思うぜ。ま、もし俺がレイヴンだったら、もっと上手くやってたがな」
 ディックはそう言って胸をそらして見せた。
 「よく言うっス…戦いが怖くてレイヴンにならなかった癖に…」
 ぼそりとレイスが呟いた。
 「おいおい、それを言うなよ〜。ギルティブレード、修理してやんないぞ〜」
 「そ、そりゃないっス〜」
 翔一は3人から少し離れたところに行き、溜息をついた。
 希望はというと、やはり心身ともに疲れが出たのだろう。割り当てられた部屋で、すでに眠っているはずである。
 「えっと、君が巫護翔一さん?」
 突然背後から声がかけられた。
 「え?」
 振り向いた所にいたのは、童顔の青年。
 トラウマだ。
 「ああ、そうだけど…」
 「艦長室で、ビリー艦長が待ってるんだけど…呼んできてくれないかって、言われたんだ」
 随分と内気そうな口調だ。どうやら、戦闘時は性格が変わるらしい。
 「ああ、分かった」
 そう言って、歩き出して数秒。
 艦長室・・・・・・どこだ?
 「……ごめん、案内してくれ」
 


 第4話「青い絨毯の上で」



 艦長室にいたのは、艦長であるビリー、そしてガルドの2人だった。
 「艦長…呼んできました」
 扉の外で、トラウマの声がする。
 「通してくれ」
 椅子に腰掛けたまま、ビリーが言った。
 その横にはガルドが立っている。
 やがて、扉が開き翔一が入ってきた。
 「やあ。僕がオーフェンズのリーダーで、この万能潜水艦メギドアークの艦長、ビリー・フェリックスだ」
 「そして俺はここのAC部隊を指揮してるガルドだ」
 「あ、ああ……」
 もとよりハイスクールでも不良だった翔一である。こういう時の礼儀などは知っているわけも無い。
 ずかずかと歩み寄り、手近な椅子に座った。
 「さて、聞きたいことがあるようだから、来てもらったよ。取りあえず、今のうちに疑問を解決しておくといい。さて…何が聞きたい?」
 ビリーは鷹揚にそう尋ねた。
 「……じゃあ、巫女って一体なんなんだ?」
 翔一は少し迷った末、それから聞くことにした。
 希望は巫女であるという。そしてその巫女を護るのが巫護家の使命。
 では巫女とは一体何なのだろうか?
 「巫女とは、インフィニティア回路という特殊な装置を搭載したACを操縦する事ができる、特殊な力を持った女性の事だ」
 「それは知ってる。だから、巫女ってのは一体、何のためにいるんだ?」
 翔一がそう尋ねると、ビリーとガルドは一瞬顔を見合わせた。
 「……巫女というのは……」
 やがて、ビリーが口を開く。その表情には、苦さがあった。
 「インフィニティアを駆り、人類を滅ぼすもの…ナインボールを戦う為に、巫女がいるんだ」
一瞬、翔一は沈黙した。
ナインボール?人類を滅ぼすもの?
それと、希望が戦う?
それを翔一が理解したとき、彼は思わず音を立てて椅子から立ち上がっていた。
「なに言ってるんだ!」
彼は怒っていた。
「わかるよ。君が怒るのも無理はない。僕もガルドからその話を聞かされたとき、怒ったからね」
「……?」
翔一はビリーの言葉に、一時怒りを引っ込める。
「君は、ユーミルというレイヴンを知っているか?」
ユーミル。
翔一もその名前は知っていた。
いや、ACやレイヴンのことを知っている者で、その名前を知らない者はいないだろう。
「知ってる。かなり若いのに、その戦闘力はアリーナのトップに匹敵…いや、軽く上回るって噂だったな…でも、あくまで噂は噂…」
「じゃあ、彼女の相棒の名前も覚えているかい?」
「ユーミルの相棒……確か、ガルド………ガルド!?」
あの時、ACを指揮していた男は確かにガルドと名乗った。
そして今、ビリーの横に立っている男がガルドである。
いったい彼らは何者なのだ?
「ユーミル…彼女も巫女の力を持っている。だが……彼女は4年前から、戦うことができなくなってしまった」
「ユーミル…あの蒼のユーミルが、いるっていうのか!?」
翔一はビリーに詰め寄った。
なにしろ蒼のユーミルといえば今では伝説級のレイヴンである。
 4年前から姿を消しているため、人々の間ではその行方についての噂が飛び交った。死んだ。レイヴンをやめて普通の暮らしを選んだ。実はまだ暗躍している。異世界に消えた。などなど、様々な説が流れた。
その噂の本人に会えるというのは、ACマニアの翔一にはとてつもない機会だった。
「ここにはいねえよ。俺達の本拠地にいる」
ガルドが口を挟んだ。
「つまり、今、巫女はいないんだ。巫女がいなければナインボールから生き延びることはできない。巫女が戦わなければ、俺達は滅ぼされるしかない」
「だからって……委員長が戦わなきゃいけない理由にはならないだろ!」
一度は引っ込んだ怒りが、再び戻ってきた。
人類が生き残れば希望はどうなってもいいというのか?
「もちろん、巫女一人に戦わせるわけじゃない。僕たちで、巫女を護るんだ」
ビリーが、自分自身に言い聞かせるようにそう言った。
「巫女を…護る…」
翔一はビリーの言葉を繰り返した。

「そして巫護家の人間の使命とは、自らの命に代えても巫女を護ること。翔一、お前は華僑君を…巫女を護らなければならない」

今は亡き叔父、洋司の言葉が頭の中に蘇る。
「それが…巫護家の人間の使命って訳か……」
翔一がぼそりともらした言葉に、ビリーとガルドが怪訝そうな表情になる。
「巫護家の使命?」
ビリーが翔一に尋ねた。そんなものはまったく知らないという顔だ。
今度は翔一が怪訝な顔をする番だった。
「なんだよ、あんた達知らないのか?」
「ああ……まあいい。君も疲れただろう。部屋でゆっくりと休んでくれ」
ビリーがそう言った。
それには、もう退室するように、という意味が込められていた。
「………」
翔一は一瞬黙ったが、確かに疲れているのは事実だったため、そのまま部屋を出ていった。もちろん、挨拶などするわけも無い。
だが、ビリーとガルドはそんな事には最早注意を払っていなかった。
「巫女を護る使命を持つのは、円卓の騎士だけだと思ってたが…」
翔一が去ってすぐに、ガルドが口を開く。
円卓の騎士。
巫女を護る使命を帯びた、異世界エルスティアの13人のAC乗り。
その戦闘能力はアリーナのトップ10に軽く匹敵する。
中でも前円卓騎士団長でありユーミルの父でもあるアルマは、ずば抜けた戦闘能力を持っていた。
そして、ガルドもその円卓騎士の一人である。
「ああ。巫護家、か…」
巫護。
文字通り、巫女を護る者達。
「それ以前に、巫女は血筋で引き継がれるもの。巫女は、本来一人だけのはずだ。それがなぜ…」
ガルドが腕を組む。思案にふけっている証拠だ。
「どちらにせよ、華僑君が巫女であることに変わりはない。だが、ただ一人の巫女であるユーミルが戦えなくなり、そしてどこからともなく新しい巫女が出現する…出来すぎている事は、事実だな」
ビリーも思案にふけっているようだった。
「ああ、出来すぎだ。嫌な予感がするぜ…」
「嫌な予感?」
「ああ。まるで誰かに踊らされているような、そんな嫌な感じが…」
「それは直感か?」
「まあな。長年の勘だ」
ガルドがはっきりとそう答えると、ビリーは冷たく、
「なら、当てにならないな。ガルドの直感には頼る気がしない」
と言い捨てる。
「ヤ、ヤロオ……」
ガルドのこめかみが引きつった、次の瞬間。
ピー、ピーという電子音が鳴り響く。
「なんだ?」
ガルドを無視して、受話器を取るビリー。
『艦長、敵です。すぐにブリッジまで来てください』
オペレーターのミリアだった。
冷静そのものの声だが、ミリアはいつどんな状況であろうと淡々と話す。まるでコンピューターのようだ。それ故に、彼女の声の調子で状況を判断するのは無謀である。もしメギドアークが100隻の敵艦に囲まれても、彼女の声の調子は変わらないだろう。
「わかった、すぐ行く」
ビリーはそれだけ言って受話器を置いた。
「何があった?」
「敵らしい。僕はブリッジに上がる。ガルドはAC部隊を集めてくれ」
「ああ、わかった。あの2人はどうする?」
あの2人、とは翔一と希望のことだ。
「……海上戦になるかもしれない。ラー・ミリオンには魚雷ポッドが搭載されていたな。念のため、彼の方は呼んでおいてくれ」
「だが、あいつは素人も同然だ。いきなり海上戦なんかやらせて大丈夫か?」
「わかっている。取り合えず、非常時のために待機させておいてくれ」
そう言い残し、ビリーは艦長室を出ていった。



ブリッジには、既にミリア、グリュック、そして火器統制のシェリーがいた。白がかかった金髪に、エメラルドグリーンの瞳の少女。
おとなしそうな少女だ。彼女は、ミリアの妹なのである。
「状況は?」
ビリーが聞くと、すぐに答えが返ってきた。
「後方より、敵巡洋艦接近中」
「前方より敵潜水艦だ」
ミリア、グリュックがそれぞれ状況を告げた。
「挟まれたか……」
「現在の深度は100メートルだ。これ以上は潜れないぞ」
万能潜水艦メギドアークは、通常の潜水艦の2倍近い深度まで潜航することが出来る。だが、この海域では、水深が浅いためこれ以上潜ることは出来ないのだ。
「迂回して敵潜水艦を回避できないか?」
「厳しいな。多少の損傷はやむをえないぞ」
メギドアークは速度も並みの潜水艦の比ではない。だが、それでも接触を避けるのは不可能なようだ。
「しかし、挟み撃ちにされるのは避けたいな…接触までの時間は?」
「このままの速度で行けば、敵潜水艦とはあと3分、敵巡洋艦とはその4分後接触します。敵巡洋艦はACと無人戦闘機、敵潜水艦は水陸両用MTを搭載している可能性があります」
「よし、敵潜水艦を3分以内に撃破する。もし間に合わなかった場合は、一時浮上。ACで敵巡洋艦を沈め、メギドアークで敵潜水艦を撃沈する。総員、第1種戦闘配備!」
ビリーの言葉とともに艦内に戦闘配備を告げる警報が響き渡った。
「シェリー、頼むぞ」
ビリーは、巨大なメギドアークの火器統制を一手に引き受けている11歳の少女に声をかけた。
「……はい、艦長」
シェリーの細い指が物凄いスピードでコンソール上を踊る。
待つこと、2分。
「敵、射程距離に入りました」
ミリアが淡々と、そう告げた。
「よし。攻撃開始!」
「了解……攻撃、開始します」
シェリーがビリーの声に応え、メギドアークに命令を下す。
次の瞬間、敵潜水艦目掛けて8発の魚雷が発射された。1発でも当てれば、敵潜水艦は2度と太陽を拝む事が出来なくなる。
「1号から8号、発射されました。着弾まで20秒」
ミリアの抑揚の無いカウントが始まる。
「19、18、17、16、15、14…」
だが次の瞬間、魚雷の反応が消え失せる。もちろん、着弾したのではない。速すぎる。
「……!魚雷、1号から6号まですべて消失…」
シェリーが驚きの声を上げる。無理も無い、魚雷を同時に8発も放てる潜水艦はメギドアークくらいのものだ。敵が迎撃したとしか考えられないが、どうやって8発同時に?
「水陸両用MTか…」
グリュックはその答えに行き当たった。敵は既に、水陸両用MTを出撃させているのだ。
「敵潜水艦の周辺に無数の敵反応。データ照合。アルマゲイツの水陸両用MT、マーマンです」
マーマン。史上初の水陸両用MT。
「数は!」
「確認できません。最低でも10機です」
ブリッジに緊張の空気が漂う。
マーマンを撃破できる、確実な戦力が無いのである。
メギドアークの武装では、海中をすばやく動くマーマンを捕らえるのは難しいだろう。
ACをホバーボードに乗せて水上戦を行うことは出来るが、敵が水上に上がってくるのを待たなくてはならない上に、敵にホバーボードを破壊されれば終わりだ。
「艦長。ラー・ミリオンには魚雷ポッドが搭載されているそうじゃないか。出したらどうだ?」
グリュックが口を開いた。
だが、ビリーはかぶりを振る。
「いや……ラー・ミリオンはまだ完全に修理されていないし、パイロットの経験が足りない。海上戦は危険過ぎる…」
その時、ガレージから通信が入った。ガルドだ。
モニターにガルドの顔が映し出される。
『おいビリー、どうだ?』
「敵にマーマンが最低でも10機いる。有効そうなのはラー・ミリオンの魚雷ポッドだが…ホバーボードを破壊される危険が付きまとうからな」
『俺は行くぞ!』
ガルドの顔を押しのけて、翔一の顔がモニターに映し出された。
「しかし…」
『このままだと、船が沈むんだろ!?だったら行くしかないだろ!』

巫女を護る。それが巫護家の人間の運命(さだめ)。

「君は何のために戦うんだ?」
ビリーが翔一に問い掛ける。
『何のためにも何も、この船が沈んだらみんな死ぬだろ!』
「敵潜水艦の魚雷発射を確認」
ミリアが告げる言葉は、淡々としているが切迫した状況を表していた。
「デコイ射出、急速右舷旋回だ。全艦衝撃に備えろ!」
黙っているビリーの替わりにグリュックが指示を出す。
「了解…デコイ射出」
シェリーの細い指が再びコンソール上を踊り、グリュックが片腕で舵を切る。
それに遅れて、メギドアークの巨体が傾いた。
「敵魚雷1号、2号、デコイに向かいます。着弾まで10秒」
「全艦対衝撃体制だ!その後、浮上しAC部隊を出す!ラー・ミリオンとルミナス・レイはメギドアーク周辺にとどまり、マーマンを殲滅。他は後方の敵巡洋艦に備えろ!」
『任せろ!』
モニターの向こうの翔一がそう言って、ラー・ミリオンに乗り込んでいくのが見えた。
「来るぞ!」
グリュックが言った次の瞬間、衝撃が走った。
メギドアークの巨体が揺さぶられ、視界がぼやける。
デコイに魚雷が命中したのだろう。メギドアークに損傷はないが、衝撃は免れられられなかった。
もっとも、直撃を受ければこんなものでは済まなかっただろうが。
衝撃が収まった後、ビリーが再び口を開いた。
「出れるACの数が少ない。彼にも出てもらった方がいいだろう」
彼、とは誰のことなのか、ブリッジにいる者はみな知っていた。
『ああ…気は進まねえがな…』
ガルドも、本当に気が進まない様子でそう言った。
彼、とはそういう人物なのだ。
ガレージとの通信が切れる。
「ラスコリーニコフを出すのか?」
グリュックがビリーに尋ねる。まるで考え直せといっているかのようだ。
「今は戦闘機パイロットが必要だ。やむを得ないさ」
ビリーはそう答えた。もうこの事について話すつもりはないようだ。
その時、ブリッジの入り口が開き、希望が姿を現した。
「華僑君?」
ビリーが驚いて、声をかける。
「どうしてここに?」
「いえ……休んでたんですけど、なんだかひどく揺れてるから…」
 確かに、艦の近くで魚雷が爆発して、あれだけ揺れているのだ。平気で寝ているほうがおかしい。
それにしてもさすがに委員長、目上の人にははっきり敬語を使う。翔一とは大違いだ。
「ああ、すまない。こんな状況ではゆっくり休んでいられないか。敵がしつこくてね。僕達の本拠地につくまでは、辛抱してもらうしかないだろう」
ビリーが優しく声をかける。
「はい…それで、巫護君は?」
唯一の見知った顔がないせいか、希望は随分と不安そうだった。
 ビリーは、答えようとしない。翔一が出撃するなどと知れば、彼女の不安を募らせるだけだ。
「よし、これより浮上させる!」
グリュックがメギドアークの深度を上げていった。
敵の魚雷の追撃はない。
「マーマンがこちらに向かってきます」
その代わりに、もっと厄介なものが近付いてきていた。
機械仕掛けの魚人達は、鰭ではなくスクリューを使い、猛スピードで獲物・・・メギドアークに迫っている。
「AC部隊を出撃させるまでは耐えてくれ。シェリー!」
「わかりました…やってみます」
シェリーの命によって、メギドアークが一斉にポンプガンを発射する。
水圧によって銃弾を打ち出すのだ。用途としては対空機銃に近い。
メギドアークが海水面にその姿を見せたときには、既にマーマンはその周囲に群がっていた。
その様はまるで、獲物に群がるピラニアを想像させる。
「よし、AC部隊出撃だ!」
再びガレージと通信がつながった。
グリュックがガレージのパイロット達に警告する。
「いいか、ホバーボードから落ちたら海の底だ。気をつけろ!」
その言葉は恐らく、彼の教え子であるエナに向けられたものだろう。
『は、はいっ!』
エナの声を聞いて、グリュックは満足げに、
「よし、行ってこい!」
と、送り出す。
『お任せっス!』
そう言ってガッツポーズをしてみせたのはレイスだ。恐らく緊張気味のエナの気を和らげようとしたのだろう。
『ホバーボードの準備はOKだ!』
ディックが同じくガッツポーズをしてみせた。
ホバーボードとは、ACが海上戦を行う時に使用される支援兵器だ。上にACを載せ、水上での高速起動を可能にするものである。これにより、フロートタイプのACでなくても水上戦が可能になったのだ。
「あの……」
希望がビリーにおずおずと声をかける。
「どうした?」
「彼も…巫護君も、出撃するんですか?」
ビリーは一瞬答えに詰まった。
だが、タイミングが良いのか悪いのか、次の瞬間モニターには翔一の顔が映し出されていた。
『準備できたぜ!いつでも出撃はOK……って、委員長?』
モニターの向こうの翔一も、希望がブリッジにいるのに気がついたようだ。
「巫護君!正気なの!?戦いなのよ!あなたがいつもやってるシュミレーションじゃないのよ!死んじゃうのよ!?」
翔一の顔を見るなり、そうまくしたてる希望。どうやら、翔一が出撃すると知り、不安を抑え切れなくなったのだろう。
『……わかってるよ』
翔一は、さっきまでの威勢もどこへやら、神妙な表情になった。
「じゃあ、どうして!死んでもいいの!?」
『死にたくないさ。死にたくないから、戦うんじゃないか!』
翔一が叫んだ。
ブリッジに、叫び声が響く。
「………」
希望も翔一の真剣な表情に気圧され、押し黙る。
『問題ない』
モニターに新しい顔が割り込んできた。刃である。
『先程、俺は巫女護衛の任務を艦長より受けた。つまり委員長、君の護衛だ。これからは身の安全を心配しなくてもいい』
「え?」
希望がきょとんとして、ビリーを見る。
「ああ。彼には君の護衛を担当してもらうことにしたんだ。巫女というのは、色々と狙われる立場にあるからな」
はっきり言って、ビリーは翔一だけでは不安に思っているのだ。
その点刃は任務を失敗したことはない。
 彼は、完全な兵士だ。
『こちらガルド!AC部隊、全機発進準備完了だ!』
「よし、発進を許可する」
『こちらレイス、ギルティブレード行くっス!』
『トラウマ、哭死出ます!』
『エナ、シュメッターリング行きます!』
『ガルド・ケイオス・マルス出るぞ!』
先行して、4機がホバーボードに乗って飛び出していく。そのままメギドアークの後方へ・・・そう、敵巡洋艦の方へと向かっていく。
次にモニターに映し出されたのは、ウェーブのかかった金髪に青い瞳の男だ。無精髭はぼうぼうに延び、瞳は淀み、顔色は悪い。まるで麻薬中毒者かなにかだ。
あまり近付きたくない人物である。
「ラスコリーニコフ、頼む」
ビリーがモニターの向こうの不信人物に言った。彼が例のラスコリーニコフらしい。
『では、出撃させてもらうよ……』
ラスコリーニコフはそう言い、GT−ファイターで出撃していった。
「何ですか…?今の人…まるで、麻薬中毒者みたい…」
希望が少々引いたような表情でビリーに尋ねた。まあ正常の反応である。
「彼は…いや、今は彼のことを話している暇はないな」
現にマーマンの攻撃を凌ぎ切れずに、メギドアークの船体に衝撃が走っていた。
『よし、ラー・ミリオン!巫護翔一、出るぞっ!』
「巫護君っ!」
希望が呼び止めるように叫んだ。
『何だよ、まだ止めるのか?』
「ううん、もう止めない。けど……気をつけなさいよ!」
いつもの委員長に戻って、希望が翔一をどつく動作をした。
『ったく、委員長は口うるさいよな!』
そう言いながらもあまり悪くは思っていないのか、にやっと笑い翔一も出撃した。
最後は刃である。
だが、ルミナス・レイのホバーボードは何故か用意されていない。
「おい、ホバーボードはどうした?」
グリュックが怪訝そうに尋ねる。
モニターの向こうで答えたのは、メカニックのアレックスだった。
『ああ、ルミナス・レイ(あいつ)すげえよ!ホバーボードが要らないんだ!』
「……何だって?」
ビリーも怪訝そうな表情になる。
『フロート形態に変形するんだ!』
アレックスの言葉に、ビリーとグリュックが同時に「何っ!?」と叫んだのも無理はない。
可変ACなど今まで見たことはなかった。
2人は、ラー・ミリオンのデータは聞いていたが、ルミナス・レイの方は聞いていなかったのだ。
 「可変AC……ノアの日があったからこそ誕生した新たなACの形か…」
 ビリーが呟いた。
 ノアの日。4年前この世界を襲った大災害。
 海が台地を飲み込み、町も人も覆い尽くしたあの日。
 だが人は強い。
 ノアの日がなければ、水陸両用MTも海上都市も、そして可変ACも生まれる事は無かっただろう。人は逆境をばねにして、たくましく、しぶとく生き続けている。
 『ルミナス・レイ、トランスフォーム』
 刃のその言葉と同時に、変形が始まった。
 ルミナス・レイの両足がスマートな上半身に比べ異様に無骨だったのは、変形するからだったのである。
 背中のハイパーフレキシブルブースターに、トランスフォームシステム。
 「ルミナス・レイ……今までのACとは全く異なるコンセプトのACだな…」
 「まったくだ。インフィニティアだって変形なんかしないぞ」
 グリュックの言葉にビリーが同意する。
 『ルミナス・レイ、刃、出撃する』
 「あ、刃君も気をつけて!」
 希望が刃に声をかける。
 刃は敬礼し、
 『問題ない、委員長』
 と言い残し、機体を出撃させた。
 どうやら刃はいまだに”委員長”を、何かの階級と勘違いしているようである。
 純白のフロート機体が、メギドアークから飛び出していく。
 「なるほど…背面のハイパーフレキシブルブースターも、この変形を考えての事か…」
 グリュックの言っていることは、つまりこういうことだった。
 フロートタイプは確かに海上でもホバーボード無しで戦闘可能なのだが、フロートタイプのACには他のACにない欠点がある。地面に接触していない為、慣性が他のタイプのACよりも余計に働き、急な方向転換が出来ないのだ。
 だが、ルミナス・レイのように背面に360度回転可能なブースターを装備していれば、話は別だ。高い機動力と速度を併せ持つ事ができる。
 しかし、それでも新たな問題が発生する。
 確かにルミナス・レイは急激な方向転換も可能だが、その際にかかるGは普通のACの比ではないだろう。
 つまりそれを扱う刃は、その強烈なGに耐えているということなのだ。
 「よし、メギドアーク再潜航!敵潜水艦を撃沈する!」
 


 先行して出撃したガルド、トラウマ、エナ、レイス、そしてラスコリーニコフは編隊を組んで敵巡洋艦へと向かっていた。
 「来たぞ、敵だ!」
 トップのガルドが敵を発見した。
 敵巡洋艦から発進してきた無人戦闘機だ。数はおよそ20。
 「ここは、任せてもらおう」
 迎撃しようとガトリングを構えたガルドを制止して、ラスコリーニコフが言った。
 そのままGT−ファイターで無人戦闘機の群れの中に突っ込む。
 1機、2機。
 無人戦闘機は次々と空中で炎を上げ、青い絨毯の底に没していった。
 「わかった、任せる。行くぞ!」
 ガルドはあっさりと言い、構えたガトリングを下ろした。
 他の3人も、特に何も言わない。ラスコリーニコフは危険人物なのだ。
 無人戦闘機をラスコリーニコフに任せ、残る4機は敵巡洋艦へと疾走した。まるで波に乗っているかのような爽快感。
 「前方よりAC……アリーナ7位、リールのハーディ・ハーディです!」
 エナが驚愕の声を上げた。
 「何!奴か…!」
 ガルドもさすがに驚きを隠せなかった。まさか、リールまで来ているとは。
 「あと、ACが4機!アルマゲイツの量産型AC、サハギンです!」
 サハギン。
 海上戦を目的として開発されたアルマゲイツの量産型ACだ。
 脚部は当然フロート。武装はライフル、ミドルミサイル、ブレード。
 「俺がリールをやる。お前らはサハギンを抑えろ!」
 ガルドはそう言って、先頭を切って向かってくる白と黒のカラーリングの軽量2脚ACに向かっていった。
 リールは、4年前は一時ともに戦った事もある、一流のレイヴンだ。現在はアリーナの平均レベルが上がった為、4年前より若干ランクは落ちているものの、その腕前はガルドもよく知っていた。
 その後は、リールはアルマゲイツの専属レイヴンになっていたのだ。
 「リール、敵に回ったからには容赦しねえぜ!」
 「面白い、やれるものならやってみろ!」
 ケイオス・マルスとハーディ・ハーディが激突した。



 
 後書き 第4話「青い絨毯の上で」
 やってしまった……
 今までは一応戦闘が一区切りしたところでその話を終わっていたのですが、今回は戦闘中……というか、ACの戦闘はこれから、というところで途切れてしまいました。まだまだ戦闘シーンが続きそうなので…
 アレックス、シェリー原案のレイさん、ラスコリーニコフ原案のTO−RUさん、ディック原案の水心さん、ありがとうございました〜(礼)
 送ったのにまだ出てないぞ〜、という方もそのうち出てきますので、気長に待っていてください。
 戦術とか、そういうのは私はあまり詳しいわけでもないので、詳しい人からなんであんな作戦なんだと突っ込みが来るかもしれません(苦笑)
 さて、次回はいよいよ本格的なACの海上戦です。
 上手く書けるか分かりませんが、生暖かい目で見守ってやってください〜
 感想とかも聞かせてもらえると、励みになります。
 どこがよかったとか、どこが悪かったとか。
 当面の目標は文章力の向上なので……
 それでは、また次の話でお会いしましょう〜