ARMORED CORE Ver1.95
#02 a victim


−0−

 「OPENFIRE!!」
 号令が叫ばれるのと同時に四機のシティガード専用の青いMTから一斉に銃撃が開始される。幾多の銃弾は残光を残し、放たれた目標に向かって進む。それらは直線上に居るトレーラーに次々に命中する。巨大な爆炎が上がり周囲に爆風と衝撃波が発生した。
 「――やったか!?」
 ガードの男達は勝利を確信するが、一瞬でその確信は打ち砕かれた。爆炎と煙を突き破ってトレーラーがガードの方へ突進してきたのだ。タイヤから白煙を上げ、尻を左右に振りながら恐ろしいスピードで向かってきた。
 彼らは一瞬、訳がわからずじっとしてしまい、それから先を争う様に逃げ出した。トレーラーはバリケードに使用されていた柵やガードの車両を豪快に吹っ飛ばし走り去っていく。金属音が派手に鳴り、吹っ飛ばされた物の破片が辺りに降りしきり、その中を命令や怒号が交錯する。
 MTが突っ走るトレーラーを追従する様にバルカンを撃つがいたずらに市街地を破壊するだけの結果に終る。流れ弾が倉庫や家屋に着弾、穴を開ける。流れ弾が出ないようにバルカンの仰角を絞って撃てばば良いが、そんな事は微塵も感じさせずただ乱射している様にも見える。
 さらにもう一台、混乱するガードをあざ笑うかのごとく繁華街の倉庫からトレーラーが走り出していく。
 「残った車両とMTをバリケードにしてこれ以上進ませるな!」
 命令に合わせ、四機のMTがトレーラーの進行方向上に立ちふさがり、バルカンを発射する。トレーラーはそれに一切構わず直進する。と、同時に助手席側から発射音。円筒形の物が打ち出された。
 それは僅かに進み、四つに分離しそれぞれにMTを目指す、多弾頭ロケットだ。路面上すれすれを進み、尻からは白煙を出しながら迷うことなくガードのMTを目指す。MTはバルカンを乱射し、打ち落とそうとするがそれもコンクリートの路面を削るだけだった。
 巨大な爆発が四つ起こり、ロケットの直撃を受けたMTが崩れ落ちる。その中をトレーラーが悠々と走り抜けていった。
 「G1より、本部へ! トレーラーは包囲網を破って都市部へ逃走中! 繰り返す、トレーラーは二両とも都市部へ向かって逃走中!」

−1−

 ――今日これで何台目だろう。
 微睡む意識の中で彼女はふと思った。時刻的には朝、そろそろ彼女が住む街の住民達の活動が始まろうかという時間帯である。ガードのサイレンなど別に珍しくもないが今日のそれはひと味違っていた。彼女が眠りから覚め、微睡みながら数えただけでも15台。実際はもっと多いだろうが彼女にとってそれはどうでも良い事だ。ただ、ガードのサイレンで眠りから起こされた心境はお世辞にもすがすがしいモノではなかった。
 今日、20台目のサイレンをカウントした時点で彼女は寝る事を諦め、ベッドに上半身を起こした。手を伸ばし、煤けて黒くなったブラインドを開ける。
 軽い金属音と同時に彼女の部屋に人工の朝日が差し込む。ブラインドと同様、変色してしまったフローリングの床。そしてそれに合わせるように室内の調度品も原色にグレーが掛かっている。天井や壁に薄い亀裂が幾つも走っているのが見受けられる。
 光が室内に差し込んだのを確認するように見ていた彼女が今度は外に視線を移す。遠目に工場やタンクといった巨大建造物が群がって建っている。
 現在の社会を支える工業、その象徴とも言うべき施設も彼女に取っては忌むべき存在でしかない。工場から排出される産業廃棄物は正式な処理をされないままスラムや周辺の未開発地域に運ばれ捨てられる。結果として奇形児や謎の奇病がスラムで発生し、発病した者の多くはまともな治療や処置も施されないまま、死を待つしかなかった。
 「お姉ちゃん、おはよ。メール来てたよ」
 その声に彼女が薄汚れた窓から室内を振り向く。
 白地にチェック模様の入ったパジャマを着た少女が目に入る。ブラウンの髪を腰の当たりまで、長く伸ばしている。10台半ばの少女はゆっくり彼女に近寄ってくる。対する彼女は優しく微笑み、少女が自分の側まで来るのを待った。
 「……おはよ、ミッチェ。今日は調子いい?」
 「うん、虫もオバケもいなよ」
 「そう、よかったわね」
 ミッチェと呼ばれた少女は嬉しそうに頷く。彼女はミッチェの笑顔が好きだ。外の景色やテレビの番組なんかよりも、ずっとこの顔を見ていたいと思っている。
 「なんのメールだった?」
 「……お仕事」
 笑顔から一転、顔を曇らせてミッチェが答える。黙って彼女のいるベッドの側まで来てミッチェはベッドサイドに腰掛ける。
 ギシッと安物のスプリングが軋み、嫌な音を立てる。
 「ミッチェ、一人になるのイヤだ……、お姉ちゃんと一緒に居たい……」
 寄り添い、しなだれかかるミッチェの髪を撫でながらも彼女も「私も居たいよ」と答える。紛れもない素直な気持ちだった。
 一緒に居たい……、そう言われるたびに思う。どうして妹が、と。
 彼女が6歳の頃生まれた妹は、誕生の産声を上げる前に死の前触れである血を吐いた。
 グレイコール症だった。死ぬまで喀血し、時間が経つにつれ視力も無くなる。幻覚が見え、免疫力も生まれつき弱い。
 それがグレイコール症の代表的な症例であり、妹の症状だった。
 完全な治療方法は見つかっていない、と言うより見つける気が無いのだろう。グレイコール症はスラムでのみ発生し、感染者もスラムの住民だけだった。飛羅シティーがやった事は、スラムに隣接する区画の間のトンネルに詰め所と称した監視所を造り住人を他の区画へ行かせない事だけだった。
 「もうすぐアリサおばさんが来るから大丈夫。ね、泣かないで」
 彼女の言葉にミッチェが頷く。
 「お姉ちゃん、アリサさんが来るまでこうしてていい?」
 「……うん」
 寄りかかっているミッチェの細い手に一層力が込められ彼女にしがみついた。そんな妹に彼女がしてやれる事はただ髪を撫でてやる事ぐらいだった。
 室内には髪を撫でる音、アナログな時計の秒針の規則的な音が鳴り続けている。
 また、一台、ガードのサイレンが遠くで鳴った。

−2−
 
 「どうだ、神埼?」
 次々と現場からの状況報告とそれに対する指示、命令、伝達が飛び交う飛羅ガード本部で、その老人の発した言葉は不思議と重みを持って神埼と呼ばれた青年の耳に入った。
 飛羅企業連合の長、その老人の言葉に青年は振り返る。
 「……御質問の意味を理解しかねますが」
 「ふざけるなっ! 貴様の申請通り毎年度予算を通して来た結果がこれか? 貴様は予算を何だと思ってる、子供の小遣いでは無いんだぞっ!」
神埼の着ているガードの制服に老人は掴みかかり、一気にまくし立てた。齢70を超える年齢の割に強い力だ。それに対し、彼は細い目を更に細め、眼鏡を人差し指で軽く持ち上げる。
 「ご心配無く、全て順調です。」
 完結にそう述べ老人の方から正面の大型モニタへと視線を戻す。もちろん、掴みかかられて皺のよった襟を正すのは忘れない。
 本部内発令所は入り口の正面に大型モニタが有り、それと平行する形で多くの機器とオペレーター、ナビゲーターが配置されている。それは一見するとロケット等の管制室にも見える。そして一段高い場所に先の青年と老人がいる。それはここの指揮全権を青年が掌握している事を示している。
「防衛線を突破したトレーラーは二台とも都市方面へ逃走中。尚ガードの後続部隊は現場到着まで約五分との事です」
 「解りました。以後追撃部隊をG2、G3と呼称します。トレーラーは先に出発した方をT1、後続をT2とします」
 「了解しました」
 ディスプレイに映る三角の表示が「An Know」から「T1」「T2」へと素早く切り替わる。現場に居るガードの指揮車からDLS(Data Link System)を通じて本部のメインコンピュータに直接情報が流れる用になっている。DLSとは簡単に言えば末端や各種現場からの情報を一度統括し、再度必要な場所へ分配するシステムの事だ。この技術自体は数世紀前から存在している。一度はペドロニクス等という言葉も生んだこのシステムは現在の様に本部と末端の他に第三者が介入する場合にも重宝する。
 「シティより連絡です。これより緊急で契約したレイヴンを投入するとの事です」
 「レイヴン……ですか」
 オペレーターの声に神埼が僅かに眉を潜めた。金次第でどうにでも動くレイヴンと言う存在自体が彼は嫌いだったのだ。だがそれ以上にシティがレイヴンを投入すると言う事は自分たちの無能加減が世間に露呈すると言う事なのだ。しかしシティの治安のためには連中との協力も必要不可欠であり、時には笑顔で接する必要すらある。彼はその事が堪らなく屈辱的に思えた。
 「……レイヴンに連絡、現場の指揮権は全てこちらに帰属すること、指示には必ず従う事。この二点を彼らに伝えてください」
 オペレーターにそう伝えると苦々しくずれてもいない眼鏡を人差し指で上に押し上げた。

−3−

 「レイヴン、これより作戦領域です。ACを起動させてください」
 なにをするでも無くぼぅとしていた彼は突然インカムから聞こえたオペレーターの声にやや慌てながらも了承の返事を返した。
 コクピットの中は僅かな計器が放つ光だけの薄暗い場所だ。だが正面ディスプレイの電源を入れ、ACを起動させると状況は一変する。外部の様々な光がコクピットに飛び込み無機質な小部屋を彩った。その彩りは一見するとカーニバルの様だがこれからは向かう場所で行われるのは楽器の代わりに銃火器が鳴り、街をライトアップするのは爆発やACのブースターだ。
 彼の機体は跪くような形でキャリアーの荷台にむき出しで固定されている。ごく標準的な二足歩行型ACの頭部を巡らせば閑散とした地形を遠くまで見渡す事ができる。今走行中の道路には道全体を覆う様なカバーは存在していない。その事からもかなり古い分類の道路であることがわかる。
 それもその筈だ。工業の中心を担う工場等は地下都市建設開始とほぼ同時に立てられ長い間飛羅シティの工業製品を作り続けている。ここもある意味、都市の生命線である。
 「道路自体やや古い物です。強い衝撃などを与えた場合、崩壊の危険性もあります。十分注意してください」
 「了解」
 重い音と共にキャリアーとACとを接続していたアームが切断される。オペレーターの声に彼は完結に返答し、背面のブースターを点火しキャリアーの荷台から愛機をハイウェイへと踊らせた。彼の機体は極々標準的な構成で武装もマシンガン、小型ミサイル、ロケット、ブレードと無難な物が揃っている。
 路上に完全には着地せず、ブースターの状態を維持したまま前進する。
 都市部からは若干距離があるせいも有り、道路から見える景色は工場や倉庫などが殆どだ。両側に等間隔で設置された外灯が道路をぼんやりと照らし、外部から聞こえる唯一の音である空調機の音と相まってこの場を不気味に演出していた。
 この辺りは工場や倉庫が固まっているため人口密度は限りなくゼロに近い。その事もあり、周囲に点在する建物がゴーストタウンの様に見える。

−4−

 どの程時間が経っただろうか、ドアを軽くノックする音が聞こえた。いつの間にかミッチェは彼女に寄りかかるようにして寝入っている。そんな妹に自分のベッドの毛布を掛けそっとそこを抜け出す。
 二部屋しかない彼女の住居は一部屋を彼女とミッチェの寝室兼リビングルーム、もう一つがキッチンとダイニングをかねている。玄関は調理をする為の台の隣にある。人一人がやっと通れる位の広さだ。
 ドアに近寄り小さなのぞき穴から外を見る。スラムではドアを開けたらいきなり刺される、とか撃たれるとかは日常茶飯事だった。数日前も隣の住人が強盗に逢ったらしい。夜中に隣の部屋から銃声が数発聞こえた。それで何が起きたのかを知るには十分すぎたし、彼女自身隣の部屋の住人等どうでも良かった。ただ、ドアを開けるのに一々外を確認し、神経を張りつめなければならない場所に住んでいる事が悲しかった。
 「シルヴィさん、聞こえますか? アリサです」
 ドアの反対側からは柔らかい女性の声が聞こえる。その声に安心したのか彼女――シルヴィはドアをゆっくりと開ける。甲高い、錆び付いた金属音をさせながらドアが開くとシルヴィの目にアリサが入る。
 アリサ・リスティア。シルヴィの前に立っている女性の名前だ。彼女は十数年前からグレイコール症の子供を中心にボランティアをして回っている。彼女もスラムの出身だが、子供達にパンや水を配り、看病しをしている。いわばスラムで暮らす子供達の親の様な存在だ。シルヴィも母親と死に別れた十歳の時からアリサの世話になっている。お世辞にも綺麗とは言えない服装だが不思議と不清潔感や嫌悪感を抱かないのはアリサの人徳の成せる技だろう、ゆったりとしたスカート、セーターにスカーフを巻いた姿はシルヴィが初めてアリサに逢った時から少しも変わっていない。
 玄関をアリサがくぐり、狭いダイニングルームに置かれたテーブルに座る。シルヴィもそれに習うが、テーブルに置かれているノート型パソコンがつけっぱなしになっている事に気づき慌てて電源を消す。気まずそうに席に着く彼女にアリサが微笑みかける。
 「大丈夫ですよ、もう反対はしません」
 「……でも……」
 「今の、お仕事のメールですよね? 自分が受けたからにはその責任は全うしなければ
いけませんよ」
 やんわりと言うアリサにシルヴィは黙って唇を噛む事しかできなかった。彼女がこの職業を始める時に随分アリサと話し合い、最後は自分が怒鳴りつけてしまったのだ。もっともアリサが反対する理由もよく解っている。
 レイヴン――この職業を積極的に子供に進める親は少ないだろう。依頼があれば破壊活動から略奪、殺人とあらゆる事を行い争いの最前線に立つ。シルヴィもアリサの世話になって長い。アリサがどんな考え方でスラムの子供達に接しているのか解っているつもりだ。スラムの子供達を分け隔て無く看病し、世話するアリサにとっては皆、我が子同然なのだ。シルヴィ自身それを知った上でアリサの気持ちを踏みにじる様な事はしたくなかったが、妹の病状がそれを許さなかったのだ。グレイコール症の病状が進み、今までの薬では進行をくい止める事は愚か気休めにもならなくなってしまった。当然、今までより高価な薬を買う事になるがそれまでの収入ではとても、コンスタントに薬を買う事は出来ない。そして彼女の出した結論は至ってシンプルだった。今までより大量の金を素早く獲得する為にレイヴンになった。
 「ミッチェさんは?」
 「……私のベッドで寝ています。今日は発作も無くて調子がいいみたいです」
 気まずさを払拭する意味も込めてシルヴィが努めて明るく答える。発作が起こって苦しむミッチェの姿を見るのは彼女自身辛いし、出来る事なら変わってやりたいくらいだ。今日は発作で苦しむミッチェを見ていないだけ、随分と気が楽だった。
 「そうですか、それはなによりですね。ミッチェさんの面倒は私が見ておきますから貴女は、お仕事に行って来てください。どのくらい時間がかかるか私には解りませんけど、お食事の用意はしておきますから帰ってきたら食べてくださいね」
 「ありがとうございます。もうすぐミッチェも起きると思いますからよろしくお願いします」
 アリサに一礼し、ハンガーに掛かっている黒のジャケットを着込み、ドライビンググローブを嵌める。彼女のACはスラムの外れ、シティの監視所が建っている所に保管されている。スラムの住人が暴動を起こさないようにACや戦闘用MT等はシティが一括して管理しているのだ。
 ブーツを履き、玄関の扉に手を掛けたところでふとシルヴィの動きが止まった。
 「アリサさん……」
 シルヴィの背を向けたままの問いかけにアリサはいつもと同じ調子で返事をする。その返事を聞き、彼女が幾分吹っ切れた様に再び問いかけた。
 「いまさら聞くのも可笑しいんですけど……アリサさんはどうしてスラムの子供の看病や世話をするんですか?」
 自分でも間が抜けていると思うくらい馬鹿馬鹿しい質問だった。だが十年以上アリサの世話になっていて今まで聞こう聞こうと思って結局聞けなかった事でもあった。そしてシルヴィのその質問に対し、ふっとアリサが吐息を吐いた。それは微笑むときのアリサ独特の癖でもあった。そしてアリサはゆっくりと、諭すように語った。
 「スラムでずっと生活していると自分の事しか見えなくなると思うんです。もちろんそれを悪いだなんて思いません。みんな必死で生きて居るんですから……。でも、私がお世話をする事によって他の人を信頼する事を知って欲しいんです。そうやってみんなで信頼できる環境を作りたいから、他人を信頼できる様になって欲しいからなんです。それに――」
 そこで一旦話を区切る。シルヴィにはアリサの視線が背中に届くの黙って感じていた。それには未だに彼女がレイヴンになる事に対する一種の未練も含まれている事もシルヴィは気づいていた。
 「だれも死なずに済みます。いえ、死なせないように努力する事はできます」
 「――!」
 痛烈な一言だった。同時にその言葉を聞いて尚もこれからレイヴンとして出撃しなければならない自分に強烈な嫌悪感を感じた。今、シルヴィに出来る事は「いってきます」といって後ろ手で静かに扉を閉めることだけだった。同時に今まで感じた事の無いような不快感を感じた。それがアリサの気持ちを裏切った自分に対してなのか、アリサ本人に対するものか、それとも何か別の事への不快感なのかシルヴィには全く解らなかった。

−5−

 時刻は進み、朝と昼の中間辺りだ。薄暗い地下で空調用の巨大なフィンが奏でる単調な音が響いている。その空間に突如、別の音が混じる。AC輸送用のヘリだ。テイルローターを廃し、代わりに二重反転ローターを採用、地下でも飛行できるように機体を切りつめたそのヘリの胴体にACが一機、ぶら下がっているのが見える。シルヴィの機体だ。
 そのシルエットは一般的な人型では無く、言うなれば昆虫の様な風貌だ。前と後ろにそれぞれ二本ずつ生えている四本の脚、見た目から受ける細身の印象、それらが相まって機体の外見を昆虫に近づけていた。彼女が今飛行しているのは新開発区、延々と新地が続く土地だ。
 「新開発区」と言っても新たに地面を掘り進んだので無い。地下都市とはいえ無秩序に広げたのでは都市の周囲の地盤が緩み大規模な地盤沈下等が起こりかねない。従って都市の規模は飛羅シティーにおいては企業連合、最近では監督局によって厳重に管理されている。新開発区とは地下都市開発の初期段階で造られ、今はスラム化している部分を一度整地し、改めて利用する場所の事だ。比較的、歴史の古い飛羅シティーにおいて土地の有効活用は死活問題だ。元々、亜細亜という旧世界でもトップクラスの人口密集地に出来た最初の地下都市だ。莫大な人工を収容する必要からも土地のリサイクルとも言うべき再開発は、シティ運営では重要な事なのだ。
 「レイヴン、後数分で降下ポイントだ。ACを投下後、本機は作戦領域より離脱する。作戦終了後は指定のチャンネルにて連絡」
 「り、了解っ!」
 耳に当てたインカムから流れるヘリのパイロットの声にシルヴィがが答えた。彼女自身、レイヴンになって日が浅い上に、ヘリからのリペリングは今回が初めてである。だから必要以上に緊張し、先の返答も妙に裏返った声になってしまった。
 家を出てから約一時間、手回しの良い事だ。シルヴィが詰め所の隣にあるガレージに自分のACを取りに入った時だ。いつもはそこに詰めている監督局の局員にたっぷりイヤミを言われてACを出すのだ。まるでこんな窓際の同然の場所に左遷されたのは全てお前のせいだ、とでも言いたげに口汚く罵られる。運の悪い事に彼女が利用している詰め所の管轄内にはAC二体、MTが三体しか無い。さらに利用者の中でシルヴィのみ女性である事が災いして局員の鬱憤を晴らす格好の獲物になっていた。ところが、だ。今日はその局員が無言だった。もっとも眼は相変わらずだったが。
 兎に角そんな末端まで話が付いている程、手回しが良かったのだ。ACに搭乗した後は今のヘリが作戦領域まで運んでくれる。
 そう、運んでくれる筈だった。
 いきなりの轟音、ほぼ同時に機体が大きく揺れた。三点シートベルトをしていたのでシートから投げ出されるような事は無かったが、頭が大きく振られ、シートに叩きつけられる。
 「――っ!」
 叩きつけられた頭が鈍く痛む中インカムにコクピットからの通信が入る。事態は切迫しているらしく、コクピットに鳴り響く緊急事態を知らせる警告音がインカムを通じて聞こえる。
 「レイヴン、現在敵機により攻撃を受けている。残念だが作戦区域まで運ぶのは不可能だ。従ってここでリペリングを行い、その後作戦区域まで移動してくれ」
 「そんなっ! それじゃ作戦開始に間に合わなくなる!」
 「うるさい、我々だってな――」
 再び機体が大きく揺さぶられ、インカムから流れていたパイロットの声は一瞬でノイズ変わる。二度目の攻撃がコクピットを直撃したらしい。操縦者を失った輸送ヘリは激しく回転しながら高度を落としていく。既に電源の入っているACのモニタには回転し、墜落する様子がまざまざと映し出される。しかしヘリとACとをつなぐアームは今だ固定されたままだ。
 咄嗟にACの腕を動かし上に向ける。同時にトリガーを絞り乱射する。
 片方のアームが破壊され、がくっとACが大きく傾く。さらに間髪を入れず、反対側のアームも破壊する。一瞬の判断だ。
 「っ!」
 いきなりがくっと機体が揺れ、一瞬の浮遊感。それを感じる間も無くタッチダウン。撃墜された輸送ヘリは、彼女が着地した所から僅かに離れた場所に墜ち、炎で辺りを赤く染めた。
 四脚型のACが軽い駆動音と共に未舗装の大地の上を滑り始める。シルヴィが今居る辺りは新開発区、従って照明も必要最低限に押さえられ数も少なく薄暗かった。むき出しの地面の上に道路が敷かれている他は特に目に付く物も無い。そしてその暗がりの向こうに僅かにMTやヘリが接近してくるのが見えた。

−6−

 前方から飛来するミサイルを機体の上体を横にする事で回避、更に前に進む。追撃すべき目標を失ったミサイルは迷走し道路を破壊した。夜景は後方へ流れ続け本来は点々としたビルの光も一直線の流れとなっていた。彼の操るACはマシンガンを抱え更に加速していく。踵から火花が散り、時折AC用の大型マシンガンのマズルフラッシュが薄暗い道路を断続的に照らす。それに被さる様に戦闘用ヘリが飛行する爆音やガトリングガンのモーター音、着弾音が広大な地下の空間に木霊している。
 戦闘ヘリはここが地下である事を忘れたかの用に激しい三次元機動で巧みにマシンガンの火線を回避している。
 ACが身体全体を左右に揺らしながら疾走する後をヘリが放つ弾丸のスコールが追従していく。三機飛行している中の一機がACの前方に回り込みホバリングしながらロケットを放つ。まっすぐ飛来するロケットに対し、ACは避ける素振りも見せず直進、ロケットが直撃する。
 瞬間、短い射撃音が響き、戦闘用ヘリの装甲に無数の穴が空き爆発、炎上しながら落下した。ヘリが装備しているのガトリングガンに比べたらACの持つそれは大砲にも匹敵する口径を持つ。僅か数発でもヘリを破壊するには十分だ。
 落下したヘリには目もくれず、ACは走り去っていく。かなりの高速で移動するACにヘリの方も追い縋り、ガトリングガンとミサイルを次々に撃ち込む。大半は路面に当たり、機体に当たる僅かな物も致命傷を与える事はない。しかし、後ろから延々と撃ってこられるのもあまり気持ちの良い物ではないし、ACの装甲が強固でも耐久力が無限にあるわけではない。撃たれればその分削られ、消耗する。
 彼がこの状況に出した答えは簡単な物だった。コクピット横のスイッチ類をいくつか入れ、操縦桿を一気に前方に倒す。力一杯に倒された操縦桿に答え機体の背中に装備されている。
 ブースターの周りに一瞬陽炎が発生、次いで爆発的な炎が噴出する。今までのどこか遠慮した様な炎ではない、持てる最大限の力を発揮している炎だ。
 コクピット内の彼に一瞬にして吹っ飛ばされる様な圧迫感が襲いかかり、モニタに映っていた夜景はもはやビルも工場も倉庫も同化している。速度が建物の判別を許さない。
突然の加速に追跡者のヘリが驚き、必死で追い縋ろうと機体を前に倒し、加速を図るがACの高出力ブースターには追いつくべくもなく、距離は徐々に開いていった。
 ヘリが完全にレーダーのレンジ外に出た事に安堵する間もなく今度は別の反応が索敵範囲内に出現する。本来の目標であるトレーラーだ。

−7−

「ヘリが振り切られたらしい、もうすぐこっちに追いつくぞ」
 運転しながら男が言った。涼しげな相貌はまっすぐ正面を見たまま、右手で軽快にシフトレバーを動かす。一瞬、トレーラー全体が震え、更に加速していく。ディジタルのスピードメーターはすでに100マイルを表示している。速い。
 「給料分も働けん連中とはな……。やれやれだぜ」
 走行するトレーラー内、もう片方、助手席側の男が苛つく様に言った。服装はシャツにジーパンと至ってラフである。
 「どうする?」
 「予定より若干早いがここらで積み荷を降ろすか」
 「まだ完全に市街地に入ってないぞ」
 運転する男に対して浴びせられた言葉はどことなく避難めいていた。当初の予定ではもっと市街地に入ってからの筈だ。助手席の男が語感を荒げるのに対し、運転している男がさらりと答えた。
 「なに、向こうがこっちのケツを追っかけてるんだ。だったらご希望にはお答えしないと悪いだろ。それともお前は自分のケツも拭けねぇのか?」
 「……解ったよ、いきゃぁ良いんだろ。本隊の方には連絡しておけよ」
 「ああ、連絡しとくからさっさと行け」
 助手席側の男はドアを乱暴に開け、素早く車外に身を躍らせた。運転する場所からトレーラーに荷台部分までは僅かな足場があるのみで他は全て高速で後ろに流れていく。男のあまりまとまりが良いとは言えない髪が風に乗って踊った。
 危ない足取りで後ろにある荷台のタラップを上り人間用の入り口にたどり着く。このトレーラー荷台部の後ろに荷物を搬入出するための大型のシャッターが、運転席側に人間用の出入り口が着いている。 扉を蹴り飛ばす様に開け、中に飛び込む。僅かな照明しか着いていない内部にそれはあった。コクピットを解放し、うずくまる様にして待機しているそれは、一応人型をしているが足の部分は膝までしかかなく、背中には巨大なブースターが有る。両手もマニピュレーターではなくそれぞれ別の砲が付いている。そいつを見たとき男は静かに口元を凶悪に歪めた。

−8−

 大きな爆音と共にコクピットが大きく揺れた。彼女がロケットの直撃を受けた事を知ったときはさらに大きな揺れが機体全体を襲っていた。連続して叩きつける様な揺れを必死で耐え、ディスプレイに映る敵機に集中する。四脚の特徴である高い機動性を生かしガトリングガンやロケット、重装備MTの発射するミサイルの波状攻撃を回避していく。いや、正確には「耐えている」と言った方が正確かもしれない。攻撃の七割は発射される度に彼女のACを叩き、装甲を削っていった。反撃として放ったライフルの弾もヘリには回避され、MTに至っては厚い装甲に弾かれていた。
もともと四脚はクセが有り、完璧に使いこなすには若干の経験を必要とする脚部である。この時点で彼女のアセンブリングミスだったが、仮にそうだったとしてもこのまま死ぬわけには行かなかった。
 家にはミッチェが待っている。レイヴンとしての初めての出撃の時泣きながら見送ってくれたミッチェ、そして初めての出撃を終えて、帰ってきた時も泣きながら迎えてくれたミッチェ。今、自分が死んだら……。
 死ねない、負けるわけには行かない! 彼女の中で何かが爆発した――。
今まで背中を見せて走行していたACを180°反転、出会い頭に接近してくるミサイルを回避する。ブースターを細かく操作し、ホッピングを行い飛行しているヘリとの距離を詰めていく。浮遊感と着地の衝撃が小刻みに繰り返すが彼女は言い介さず更に進む。
 高速でヘリとすれ違いざまに頭上に向けてライフルを発射、スライドが素早く前後に動き、同時に薬莢がはき出される。三機居るヘリの内、二機がキャノピーに直撃を受け墜落する。残った一機はヘリの特徴である小回りの良さを生かしてすれ違い直後に素早く反転し、彼女のACの背中にロケットを撃ち込む。数発撃ち込まれた中の一発が運悪くブースターを直撃するが彼女はそれすら無視して振り向きざまに高く跳躍する。4つの脚全てのサスペンションを一斉に伸縮させ、跳ぶ。同時に左腕から発生させたブレードが光り輝いている。
 ヘリのパイロットから見れば一瞬前までは眼下に居たはずのACが目の前の突如として現れた事になる。パイロットがそれはACの跳躍だと気づく前にブレードがヘリを叩き切っていた。
 着地し、大きくバランスを崩した所へミサイルが連続して飛来する。
 「――っ!」
 咄嗟に左腕でコアを庇い、突撃する。ロケットの直撃を受けたブースターが悲鳴を上げ軋み不安定な炎を吐き出す。放たれたミサイルの直撃を受け機体が大きく揺さぶられるが彼女はそれすら意に介さず更に加速していく。コアを守るために出した左腕にミサイルが次々と当たり腕自体が吹っ飛ぶ。
 残った右手が握っているライフルを付きだしMTに向かう。
「あああああああっ!」
コクピットに先とは比べ物にならないほどの衝撃が走り、MTにライフルを突き刺す。ACの巨体とフルブーストの加速で突き出されたライフルの銃身は重層なMTの装甲を突き破り、内部機関にまで達した。
 「まだっ――!!」
 強く、叫び、同時に引き金を引く。
 凄まじい勢いで弾丸が発射され、MTを内部から破壊していく。各部で爆発を起こしMTが崩れ落ちても彼女は引き金を引き続けた。

―9―

 追撃のヘリを振り切り、目標のトレーラーが見えたときだった。後部ハッチを突き破って何かが飛び出した。飛び出した物は僅かに機体を僅かに逸れ、後方に飛んでいく。
それを確認する間もなくぽっかりと丸い穴の開いたトレーラーのハッチが爆発する様に吹っ飛び、中からMTが一機現れる。
異様、と言う言葉が当てはまる様なMTだ。右手は腕自体がガトリングガンの砲身になっているが対する左手はMT自体の大きさからすると不釣り合いな程大きい。赤を基色として塗装されたそいつはトレーラーの荷台から空中に滑り出す様に飛び立ち、彼のACより僅かに高い場所で停止した。あたかも取るに足らない相手を見下す様である。
 「上等だ――」
 彼が自嘲気味に呟いたのを合図に双方が一気に動き出す。
ACが前方への加速を早めるのに対し、MTは上空を滑り左へ回り込む。牽制に上空へマシンガンを乱射し、間合いを取る。
 MTの右手に装備された6連マズルが高速で回転し、一瞬の後にはヴォンと重低音を響かせ凄まじい速度で弾丸を吐き出し始める。路上に次々と刻まれる弾痕がACに迫り、直撃する。マシンガンと違い複数の砲身から発射される弾丸は一発一発が重い。
ブースターを使い素早く反転、叩きつけられる様に揺れるコクピットを左手で庇いつつ上空のMTをモニタ内のサイトに捉える。ブースターを使いながら後方へ小刻みに飛びつつ慎重にロック、発射する。だが放たれた火線をMTは事も無げに僅かな空中機動のみで回避し、代わりに左手をまっすぐACに向けた。
 濁った、低い音が聞こえるのと同時に機体に殴りつけられた様な衝撃を彼は感じた。そのまま後ろに仰け反り、路上に仰向けで倒れ込む。被害状況を知らせるディスプレイにはコア、正確には脇腹の辺りに喰らった事を知らせている。被害程度は、赤。甚大なダメージだ。彼はそれに構わず追い打ちを掛けるガトリングガンの火線が迫るのを認めると、ブースターを作動させる。
 仰向けの状態で使用されたブースターが路面のアスファルトを溶かし、ACの頭を前方に、強制的に前進させる。仰向けのままでマシンガンを再び牽制にバラ撒きMTが回避した瞬間にブースターをフルスロットルにし、機体を持ち上げ強引に立たせる。
 ACが降り立つと同時にMTもゆっくりと高度を下る。お互いが一直線上に位置し、機体のモニタ越しに互いの手の内を読み合う。MTのゴーグルの様な「目」とACのカメラ、アイの「目」を通して両パイロットの視線が交錯している。
 両者間に存在した奇妙な間はACが上空へ飛翔する事で破られた。マシンガンを横に構えトリガーを引く。放たれた弾は、舞い上がったACを追撃すべく飛んだMTに当たるが、MTはそれを気にせず上昇を続けACと同高度に達する。地下の薄汚れた天上近くまで上った直後、彼のACは急降下を開始、同高度だったMTが一瞬で遠のく。同時にMT下部に脚の代わりに装備された滞空用のブースター群が見える。彼が迷わずそこに向けマシンガンを撃ち込む、連続した弾は炎を吹いているブースターに殺到し、次々と本来の目的を達していく。
 下部にダメージを受けながらもMTが落下するMTに左手を向けた。
不味い――、そう彼が感じた瞬間再び先の衝撃が機体を揺さぶり地面に叩きつけられた。反射的にディスプレイを見ると右手がごっそり無くなっている。彼は内心舌打ちしつつも機体を立ち上がらせる。
 目前には赤いMT。もはや飛び道具を持たないAC等余裕で片づけられると判断した様だ。ゆっくりとした動作で高度を下げACの前に降り立つ。脚代わりのブースターをやられ、空中での滞空不可能になった、と言うのも理由の一つかもしれないがそれ以上にMTのパイロットはこの状況を楽しんでいる様に感じられた。そのためか目前の赤いMTが遅々としたスピードで左手を持ち上げる。
 衝撃。
 右足に被弾した。前のめりに倒れるのを何とか踏ん張るが再び襲った衝撃にその甲斐も虚しく俯せに倒れ始める。
 ACの上体が傾いた瞬間だった。彼がコクピットの床を踏み抜きそうな力でスロットルを踏む。それに背面のブースターが答え、ACをはねとばされた様に加速させると同時に唯一正常に作動する左手にブレードの刃を発生させる。
その突進に慌てたMTが左手を構え直し、発射――。一瞬でモニタがノイズに変わる。頭部を吹っ飛ばされたらしいが構わない。機体を更に加速させる
「図に乗るなぁっ!!」
強く、強く吠え、渾身の力を込めブレードを振った。

−10−

 息が荒い。どれだけ深呼吸しても肺は限りなく酸素を欲していた。コクピットの空調はそれなりに整えられているはずだが体中がじっとりと汗ばみ、彼女の細い顎からは汗が玉となって幾つも落ちている。狭いコクピット内は彼女の息づかいと破壊されたヘリやMTが炎上する音が重なって聞こえる。
 ゆっくりと頭部を巡らせ周囲の状況を見ていく。拉げたMT、墜落して原型を留めていない戦闘ヘリ、そして炎に包まれているシルヴィを輸送してきたヘリ……。先程まであれほど鳴っていた銃声も、ローター音も、爆音も、全て鳴り止んでいた。
 「だれも死なずに済みます」
 アリサに言葉だ。
 「死なせないように努力する事はできます」
 全くその通りだと思う。
 「……私はただ……ただ守りたいから……死なせたくないから、ミッチェを苦しませたくないから……」
 誰にとも無く呟く。自分は妹を病魔から救うために戦っている。自分がミッチェを死なせないように努力すればするほど人が死ぬのだ。シルヴィ自身、レイヴンになってこれほどの戦闘は始めてだった。
 レイヴン試験では無人機を二機、撃破した。その日は嬉しくて家まで走って帰ってミッチェと一緒に喜んだ。二人でささやかなお祝いをした。
 初めての出撃。スラムを新開発区に指定する事に反対する住民の掃討作戦ではシルヴィのACを見て殆どの住民は逃げていった。僅かに抵抗する者もライフルを数発、天井に向けて撃つだけで降伏した。次の日、収入が彼女の口座に振り込まれるとミッチェを医者に連れて行った。その帰りに残ったお金で買い物をした。その時に買ったチェック模様のパジャマをミッチェはとても気に入っていた。
 二回目の出撃。飛羅シティーでは中規模の企業の幹部護衛。そこでは彼女は終始、幹部が乗る車の側に居るだけで襲撃部隊は全て警備部隊が片づけた。次の日に入った収入で先日医者に言われた薬を買った。最初は不安そうにしていたミッチェだが薬を飲むと直ぐに眠った。その顔はとても安らかだった。そしてしばらくして医者に見せると以前より病状が良くなっていると言われた。それはとても小さな変化だったがシルヴィには解っていた。日に発作の起きる回数が減り、ごく希にだが発作の起きない日も有った。
 そしてこれからも自分がレイヴンを続ければミッチェを医者に見せ、薬を買うことができる。
 妹を死なせない様に、苦しませないように努力すると人が死ぬ。しかしシルヴィがレイヴンを止めたところで人は死ぬだろう。そう、自分はレイヴンなのだ。不吉の前触れとされる鳥の名を冠しているのだ。
 「レイヴン、目標のトレーラーが間もなくそちらを通ります。護衛戦力は居ません、確実に撃破してください。……レイヴン?」
 ミッション前にブリーフィングを行ったオペレーターの女性からの通信だ。返事が返らないのを不審に思ってか怪訝な声だ。
 「レイヴン、聞いていますか?」
 再度問いかける声に半ば絞り出す様にして彼女は返事を返し、通信を切った。
もうすぐ攻撃目標が来る、それさえ破壊すればミッションは終了となり報酬がもらえる。それよりも今の彼女は一刻も早くこの場から離れたかった。ミッチェと一緒に居たい。
 逃げ出したい気持ちを理性で抑え込み、計器類をチェックしていく。機体の外部に比べて内部は比較的破壊されておらず、機動性にも特に問題は無い。武器は左腕が吹っ飛びブレードが使えないのと右手のライフルが先の戦闘で拉げているが背中にはエネルギーキャノンが残っている。輸送トラックを一両破壊するには十分な戦力だ。輸送トラック一両なら……。
Confirm is AC. A figure is one.
 安物のコンピューターが抑揚の無い声で告げ、それが終る前にレーダーにブリッツが現れる。現在機体が向いている反対側だ。まずい、そう思うのと同時に彼女の機体にグレネードが直撃した。
「きゃああっ!」
 必死に操縦桿を握り、衝撃に耐える。コクピット全体が地震に遭った様に激しく揺れ、彼女の身体を揺さぶる。激しい揺れの中でも歯を食いしばって操縦桿を握る。咄嗟に機体をバックさせ、ジャンプさせる。
 一瞬の間を置き、再びグレネードが着弾した。足下で紅蓮の火球が咲くのを見ながら、彼女は改めて「レイヴン」という言葉の意味、そして力を知った。
 そいつは地下世界特有の暗がりをはねのける様に純白の機体を空中に踊らせ、彼女の前に降り立った。着時の対ショック姿勢からゆっくりと立ち上がり、頭部を彼女の機体へと向けた。
各種センサと外部カメラの集合体でしか無いはずの頭部だが彼女はモニタ越しに見る、そのACに全てを見透かされている様な、そんな感覚を覚えた。心の焦り、今の心境、自分自身、とにかくそういった全てを。自分と言う存在が丸裸にされる、そんな感覚だ。
 どちらが動く事も無く、時間だけが流れた時だった。彼女の声が外部スピーカーから流れ始めた。
 「……わ、私はフェイローシティーの正式な依頼に基づいてここに居ます。従ってここは今、シティーの管理下にあります。即刻退去してください、従わない場合は実力で……」
 相手の白い機体は微動だにしない。それはある種、余裕のようにも伺えた。
「実力で……排除します……」
 ――自分はレイヴンっ!
 純白の機体が発動させたブースターの咆吼が戦闘の開始を告げた。

−11−

 全システムがダウンしたので仕方なくコクピットの緊急脱出装置を作動させ、外に出てから数十分、彼はひたすら紫煙を吐きながら眼下で行われている作業を見ていた。足下に吸い殻が溜まるのと同調し、彼のイライラも徐々に溜まっていく。緊急脱出装置などと大層な名前が付いているが、実際はコクピットの搭乗ハッチを爆薬で吹っ飛ばすだけのシロモノだ。しかも少し湿っていたらしく、ハッチは完全には吹き飛ばず、結局彼がハッチを蹴りとばす結果になった。
 「……………」
 外に出た彼が自分の機体の上でひたすら煙草を吸い続けている理由は簡単だった。今し方這い出してきた愛機の惨状を見たからだ。頭部はもぎ取られた様に無くなり、更に右腕も無い。両足にはそれぞれ穴が開き、コアもかなり変形している。
 従って彼はAC輸送用のヘリ到着までここでの足止めを余儀なくされたのだ。更に、輸送用のヘリよりもシティガードが先に到着したため、彼も現場検証に付き合わねばならなかった。しかも、いきなり彼にお呼びが掛かるわけでは無く最初は破壊したMTの辺りで何かやって居る様だ。
 仕方なく彼は仰向けに倒れている愛機の上で何をするわけでも無くただ作業の行方を傍観していた。胡座をかいて座る彼の股座には既にかなりの吸い殻が散乱している。
 「貴方がこのACのパイロットですか?」
 その声に目線を下に移すとガードの制服を着た男性がこちらを見上げていた。
 「他に誰がいるんだよ」
 悪態を付きながら座っていた所から一気に飛び降り、ガードの男の前に着地する。黒い髪を肩口で切りそろえ、細い目に眼鏡を掛けている。眼鏡のフレームは丸い物だが、その男の瞳は鋭かった。
 「私が今回の全指揮を任せられている神埼です。」
 「レイヴン名はバレットだ」
 「まぁ、職業柄本名は明かさない方がいいでしょう。こちらも無理に聞き出したりはしません」
 そう言って神埼が差し出した手をバレットが握る。儀礼的に挨拶の握手だ。神埼は年齢的にはバレットと対して変わらないか、少し上と言った程度だろう。ただ、その鋭い目はとても自分の年代と同一には見えない。それは言い換えるなら策士の目つきだろう。物事の全てを知り、外周を固め狙った物は全て入手し、その行動すら計算尽く、と言った所か。紳士的な対応や口調だが目だけは隠せないらしい。目は口ほどにモノを言う、だ。
 「随分やられた様ですね」
 神埼が仰向けで倒れている彼のACを見上げて言った。さらに全体を見渡した後に「修理代もバカにならないでしょう」と続けた。
 「キャリアーから出てきたMTにやられてな。左腕の変な弾を2、3発喰らった。ところでアンタ、指揮官なんだろ? いいのか、こんな所でさぼっても」
 「現場の指揮官なんて大方の指示さえ出してしまえばヒマな物ですよ」
 神埼はACから視線を戻しバレットを見据えた。同時に胸ポケットから煙草を取り出し着火する。深く息を吸い込み、紫煙を吐き出す。煙は地下都市特有の澱んだ空気と混ざり、ゆっくりと虚空に消えた。バレットが改めて周りに目をやると随分と街の中心に近い事に気が付く。道路の両側にビルが群立する中でACやガードの車両、さらには大型の輸送ヘリが群れている光景は相当不自然だろう。
 と、彼らの脇をAC輸送用のトレーラーが走り抜けていく。赤い色のACが荷台部分にしがみつく様に乗っているのが見えた。おそらくバレットの代わりに逃げたキャリアーを追撃する為の物だろう。
 「ところで――」
 神埼が話しを切り出し始めた。その手にはいつの間にか書類が有り、彼はそれに目線を落としている。時折、銜えたままの煙草の灰を落とすのを忘れないが。
 「先程貴方が変な弾、と仰ったモノの正体がわかりましたよ」
 神埼は元々細い目をスッと細めた。「どうです? 興味があるでしょう」、そう言いたい様な目だ。ライナは軽く肩をすくませ肯定、のサインを送る。
 「未だ詳しい事は解っていませんが、レールガンである可能性が高いですね。いえ、私が見る限りACの装甲を簡単に貫ける飛び道具などはレールガン以外考えられないですがね」
 「レールガン?」
 「はい。詳しい事は私も知りませんが、危険な兵器である事に間違い無い様です」
 「恐いねぇ……。恐いから俺、帰って寝る」
 「眠いなら奢りますよ、ガードの指揮車にコーヒーメーカーがあります。不味くて直ぐ目が覚めますよ」
 踵を返し、数歩歩いたところで神埼に呼び止められたバレットはその問いかけに苦笑しながら振り返る。
 「いいねぇ、奢らせてやるよ」

−12−

 高エネルギーの塊である青白い弾が連続して放たれ、着弾。
 「――っ!」
 今のでレーザーキャノンを半分撃った事になる。40発撃って一つも当たらないどころかかすりもしない。対照的に純白のACが放つマシンガンやミサイルは殆ど命中し、容赦なく彼女の愛機の装甲を削り取っていった。時折レーザーキャノンへのカウンターとして返されるグレネードも的確にシルヴィの機体を揺らし、破壊していく。実際、敵の操縦は見事な物だ、ブースターで高速移動しながらも正確な射撃をし、彼女が距離を離せばすかさずミサイルを放つ。
 満身創痍。
 その言葉が今の彼女には当てはまる。ACは脚部のレスポンスがかなり悪くなり、機動力は半分以下に落ちている。両手も引きちぎれて、今は肩部のレーザーキャノンを撃つ事しか出来ない。
 モニタの正面に敵のACが映り、マシンガンが撃ち込まれる。弾は一切見えず、弾丸が空気を切り裂き、飛来する音のみが聞こえる。飛来音は連続して響き、彼女の恐怖心を容赦なく煽り、おびえさせた。
 突如、衝撃と共に、前につんのめる様な衝撃が彼女を襲う。モニタは脚部に致命的なダメージを受けた事示している。
 「ま、待ってくださいっ! 降伏します、だから撃たないでくださいっ!!」
 無論、そんな事が通じる相手とは思っていなかったし、そもそも自分から実力で排除する等といっておいて、だ。しかしそれでも彼女は言わずには居られなかった。せめて、せめて少しでも可能性があるならと……。
 だがそれに反し、マシンガンの弾が彼女のACの頭部をつぶした。モニタが一瞬でノイズに変わり、やがて黒く、沈黙した。
 「お願い、お願いですから……撃たないでくださいっ!!」
 それでも公共回線で必死に訴えかける彼女に純白のACのパイロットから返答が来たのはモニタが沈黙した直後だった。
 「自分が今、何をしているか言って見ろ」
 押し殺した、女性の声だ。彼女はその事を内心嬉しく思った。同姓なら話も通じやすいだろう、と。
 「し、仕事です。レイヴンとして……依頼を遂行していました」
 一瞬、とぎまぎし声がうわずる。いつしか彼女自身、泣いている事すら気づいていなかった。
 「私も――レイヴンだ」
 何を、と聞こうとした瞬間だった。モニタがコアに備え付けられた補助カメラに切り替わる。それを通して彼女が見たのは、やや離れたところでグレネードランチャーを展開し、肩にマウントしたばかりの純白のACだった。
 グレネードの黒い砲口を直視、同時に敵のパイロットの声を聞いた時彼女は本当の意味でレイヴンを理解した。甘かったのだ、そしてなにより舐めていたのだ。
 「レイヴン――っ!」
 彼女の口から漏れた言葉を合図にグレネードの砲口が光った。
 
−13−

 「……そう、ですか」
 「うん、だからお姉ちゃんをいじめないで」
 アリサのため息にも似た言葉にミッチェはこくりと頷いて言った。狭いダイニングキッチン、そこのテーブルにアリサとミッチェが向かい合って座っている。ミッチェはアリサ特製のココアが入ったマグカップを両手で持ったままさらに続ける。
 「お姉ちゃんがやってることは悪い事だっていうのはわかってるの……。だけどお姉ちゃんだって好きでやってるんじゃないと思う。それに……それに悪いのはお姉ちゃんじゃなくてミッチェだよ。ミッチェが病気だからお姉ちゃんお仕事に行かないといけないの」
 「……………」
 アリサは正面から真っ直ぐ自分に注がれる視線に耐えていた。純粋。そんな言葉が似合うような、そんな瞳だった。シルヴィと先刻話して居た会話を聞かれたのだ。それほど口調が荒かったわけでは無いが、何となく、雰囲気で悟ったのだろう。アリサがシルヴィを攻めている、と。シルヴィも彼女なりの方法でミッチェを救おうとしていたのだ。それに対しシルヴィに自分の主張を押しつけるような事をした自分が恥ずかしかった。
 「ミッチェちゃんの……お姉さんは強いんですね……」
 そっとミッチェの頭に手を乗せて微笑む。それはひどく自虐的な笑みだったかもしれないし、ミッチェに対しそれが本来の微笑みとは違った物に見えたかもしれない。頭を撫でられてじっとしていたミッチェがゆっくりとマグカップを置き、かぶりを振る。
 「ううん、アリサおばさんだって強いし頑張ってるよ。お姉ちゃんが言ってるもん。アリサさんはすっごく強くて優しくて人の何倍も頑張ってる人だって」
 「……そう、そんな事を……」
 自然と笑みがこぼれる。何故だか解らない、解らないが満たされた気持ちだった。笑みがこぼれるにはそれで十分だ。
 「さぁ、ミッチェちゃん。お姉さんが帰ってくるまでにスープ、作ってしまいましょう。お姉さん、お腹空かせて帰ってくるからね」
 「うん!!」
 ミッチェは満面の笑みと同時に元気よく返事を返した。アリサにはそれが天使の様に見えた。
 
−14−

 「お姉ちゃん、レイヴンって悪いお仕事なの?」
 唐突な質問にシルヴィは多少戸惑いながらも違う、と答えた。
 「じゃあ、良いお仕事なんだ」
 嬉しそうなミッチェを見てシルヴィは胸が痛むのを感じた。確かに良い仕事だろう、自分にとって、都合の良い仕事だ。学力も、家柄も、財力も何も関係無い。頼れるものは自分の実力のみ。別にミッチェをだましているつもりは無いがそれが詭弁だと言う事は十分解っている。ただ、ミッチェの為なら自分がどんなに泥をかぶっても構わないと思っている。
 「でも、あんまり危ない事したらダメだよ」
 少し目を潤ませながら言う妹をシルヴィはそっと抱き寄せた。自分はずっとミッチェと居たい、ミッチェを、護りたい、と。
 そう、あれは確か初めての出撃が終わってから――
 ゆっくりとシルヴィは記憶を辿ろうとする。だが、そこから先が思い出せない。もう少し、あと少し。
 そこでシルヴィは初めて外からの声に気づく。そう、自分は不審なトレーラーを迎撃するためにACに乗ってそして……
 「――い!――聞こ――なら、返事を――」
 周りが酷く騒がしい。甲高い金属音にシルヴィがうっすらと目を開けた。
 辺りは暗いが、数カ所から僅かな光が漏れている。
 「行くぞ、3、2、1――!」
 金属の拉げる音と共に今までの暗い闇が一掃される。そこから人の頭が幾つか覗いた。逆光で僅かに見えないがその顔は一様に顰めっ面だった。
 「こいつは……」
 その一言の後何事か囁くような、そんな声がしばらく聞こえた。そしてそれは短い命令の後には聞こえなくなった。
 「生存者無し。テロリスト、輸送ヘリのパイロット、レイヴン全員死亡。これより撤収作業に入る」
 「――あ……」
 待って、と言いたかった。が、喉から出たのは掠れた僅かな音だけだ。それだけなのにひどく咳き込み、ごぼっと嫌な音を立て、口から熱いものが溢れる。
 全身が痛い。いや、痛いと言うより熱い、の方が的確かもしれない。コクピットのハッチがどかされ外部からの光が入る事によってシルヴィはようやく自分の姿を見る事が出来た。コクピットが拉げ、彼女の下半身に噛みついていた。金属片が腹の辺りから食い込み、そこからは臓器がはみ出していた。足下にはそこから流れた鮮血が堪っている。左手は肩から無くなり骨を見る事が出来た。
 「……なんだか、疲れちゃったな」
 ため息。
 ゆっくりと辺りを見回す。同時に疲労感と睡魔が彼女を襲う。それが大量出血からくる睡魔だとシルヴィ自身ぼんやりと解っていた。さらに睡魔が強くなる。シルヴィは殆ど自分が起きているのかそうでないのかすら解らなくなっていた。
 「お腹、すいたな……」
 家に帰ったらアリサさんの手料理、ミッチェと一緒に食べたいな……

End