ARMORED CORE Ver1.95 #01


−0−

 「長い間地下都市での生活を余儀なくされていた私たちですが、この生活にピリオドを打つときが迫っています。かねてよりテラフォーミングされた火星で行われている現地開発が一段落し、来月から研究、調査目的とした民間グループ、重機開発のための大手企業などの火星への渡航が開始されます。これを契機に本格的な移住が開始され、地球暦230年を目処に本格的な火星社会を形成していく予定で―――」 FNT 定時ニュース

 「さて、大破壊から今年で丁度100年を契機に大手企業の代表、政府要人等を集めてのサミットがネオ・アイザックシティにて開かれました。午前10時より開始されたサミットは昼食を挟み午後8時まで続けられ、火星テラフォーミング計画を中心として多くの議論が有り、特に近年ライバル関係にあるエムロード社とバージュ社の間では熱い討議が交わされていました。エムロード社代表は、今は企業同士争っている時ではない、人類のより一層の発展のために協力して火星、地上への開発を行うべきだ、とバージュ社に対して協力的な態度を表しました」 FGS 定時ニュース

 「人類は今年で大深度戦争終結20周年を迎えました。そのため各企業間での軍備の縮小が多く見られました。また、旧時代からの遺産、喪失技術の解体にも多くの企業が出資しました。喪失技術には今だ不明な点も多く、その解体を安全に行うには多量の時間と技術と資金が必要です。そう言った意味でも今年は人類が大いなる平和へ大きく躍進した年となりました」 ATV ネットワーク定時配信ニュース

−1−

 海。夜の海に港の電灯が反射し、黒一色の海の色彩を豊かな物にしている。時刻は深夜を過ぎまもなく日付が変わろうかと言う時間だ。辺りには作業用クレーンの駆動音と僅かな波の音、そしてMT(マッスルトレーサー)と呼ばれる大型作業機器の機械音が聞こえるだけだ。それらはドックに停泊している一隻の艦船に荷物を運び込んでいる。単純作業の上、大幅にオートメーション化され、周囲に人影は見あたらない。ただ一カ所、管制室を除いては、だが。
 「今夜中に積み込みを?」
 青い作業服を着た青年が右手に持ったカップを傾けながら訪ねた。
「ああ、向こうさんも急ぎらしいな。積み込みの後、目的地までとばしてギリギリ納期だ」
 応えたのは同じく青の作業服を着た中年男だ。先程から椅子に座って腕を組んだ状態でじっとモニタを見つめている。その答えに青年はやや顔をしかめ、一気にコップを傾け中身を飲み干した。
 「またですか? シティ指定の運送屋だからって調子にのってんですよ。次回もこんなスケジュールだったらガツンと言ってやりましょうよ」
 「おいおい、俺たちは公僕だ。ハナっから仕事選ぶ自由なんか無いんだよ」
 「何言ってんですか、若い頃はそのへんの不良相手に喧嘩の毎日だったんじゃないんですか?」
 「人間、家庭を持つと変わるもんだよ、俺は普通に退職して老後をのんびり暮らすさ」
 更に青年が言うのを遮る様にけたたましい電子音が鳴る。ここで使われているMTは全てが無人機で異常が出ればすぐに管制室に伝えられる。
「ほら、5番機が異常だぞ。行って来い」
 中年男の声を背中に聞きながら青年は管制室のドアを開け、外に出た。上空には無数の星が瞬き、月も出ている。海から吹き付ける冷たい風に思わず身震いし、地上へと向かう階段を下りていく。管制室は港の性格上、施設全域を見渡すため建物の3階程度の高さに位置していたのだ。
 下まで降りた後、施設内移動用のスクーターに飛び乗り、異常が出た五番機の元へと向かう。巨大なコンテナが数多く積まれ、その間を縫うように走っていく。灯りはスクーターの正面ライトと僅かな外接電灯のみである。
 しばらく進み、五番機を見つけた。それは蹴躓いた様にコンテナに倒れかり、無残な姿をスクーターのライトに晒していた。
 「おいおい、前からボロいとは思ってたが、ついに歩けなくなったか」
 冗談めかして言いながら持ってきた大型のライトで影の部分にも光を当てていく。上から下まで移す過程で不自然な物を見つけた。人の頭程もある大きさの穴だ。
 突然背後から轟音と共に何かが彼の頭上を越え眼前に着地した。舗装されたアスファルトの地面が大きく砕け、破片は青年の顔まで降りかかった。倒れているMTよりも大きいそれは着地の際に屈んだ姿勢からゆっくりと立ち上がり彼を見下ろした。
「AC……」
 紅く光る頭部の外部センサと彼の視線が交錯する。
 次の瞬間、恐怖におびえた悲鳴を上げる間も無く彼の体を鋼鉄の足が躊躇無く踏みつぶした。

−2−

 明け方近くの独特の静寂をヘリのローター音が破る。海からの湿気で発生した朝霧の中を迷うことなく飛行している。元々四角いそのシルエットに胴体部のペイロードがそれに輪を掛けて全体を鋭角的に見せていた。ヘリのペイロード内部にはAC、アーマードコアと呼ばれる戦闘兵器を搭載しているのだ。
 「目標地点まで残り30秒。レイヴン、降下用意宜しいか?」
 「OKだ」
 リペリングのサインを出す作業員からの通信にACに搭乗しているパイロットは簡単に答えた。戦闘兵器を搭載している以上、このヘリが向かう先は戦場であり、そこには敵がいる。つまりは強襲を仕掛ける形になるため、積み込みの時に様にACを悠長にペイロードから運び出すわけには行かない。従って、ACを強制的に降下させる為に開発されているのが専用の輸送機、輸送ヘリの類だった。このヘリはペイロードの扉を開放後、両膝を曲げ、しゃがみ込んでいる状態のACをカタパルトで後方に射出するタイプだ。
 油圧式のダンパーが重い金属の扉を持ち上げ、ペイロードの中にまで外部の光が差し込むようになる。
 「本機はACを投下後離脱する。作戦終了後は指定の周波数で連絡を」
 インカムを通してやや雑音が入った作業員の声を彼は頷き一つで肯定し、大きく息を吐き出した。戦闘前独特の高揚感が彼の体を駆けめぐっている。気を引き締め、残弾、エネルギー、機体状態を確認する。全てグリーン、問題は無い。
 「リペリング5秒前……4……3……2……1……GOODLUCK!」
 カタパルト沿いのランプが一気に点灯して行き、作業員が持っていた緑のパイロンが大きく振られた瞬間、凄まじい速度でカタパルトが動く。
 三点シートベルトが僅かに体に食い込むのを感じながら後ろへの慣性をやり過ごすと今度は上へ引っ張り上げられる感覚が彼を襲う。地面が近づくにつれ徐々に背面に装備されたブースターの出力を上げ慣性を殺していく。
 数秒の後にはACの姿態は地面上に降り立っていた。頭部のカメラ・アイを巡らせ周囲を見渡す。すでに戦闘区域、どこから襲撃されてもおかしくはない。
 「Open'Combat」
 抑揚の無いマシンヴォイス機械声が戦闘の開始を静かに告げた。

−3−

 簡単な仕事だった。
 使用する武器も、弾薬も、何もかも依頼主から支払われ自分たちはそれを駆り、指定区域で破壊活動を行う。
 それだけだ。湾岸施設を破壊するだけで少々物足りない気もするがMTまで用意されていて活動終了後には報酬までもらえるのなら文句を言う筋合いではなかった。事実、ここにくるまでに何機かACが居たがそれも全て同行したレイヴンが片づけてくれた。全く美味しい話だ。
 「リーダー、あらかた破壊し終わりました。後は船と残ったコンテナだけです」
 安物のスピーカーから割れた男の声が彼の耳に届いた。同行したのは彼を含め全部で20。殆どはその辺のごろつき共だ。さっきからロクに的に当てもせず遊び半分に弾をばらまくのを楽しんでいる様だった。実際、彼に通信を入れた者も形式的に「リーダー」と読んでいるだけでその言葉に尊敬などは微塵も含まれていない。彼もこんな連中に尊敬してもらうつもりは無く、頭は報酬の使い道を考えていた。
 久しぶりにまとまった金が入る。今日は酒場で派手にやっるか……。
 彼の思考を停止させたのはまたも安物のスピーカーから流れた音声だった。
 「ACだ! レイヴンが来たぞ!」
 「……っ!」
 自分でも声に鳴らないうめき声を上げたのが解った。レイヴン、ACを駆り戦闘を行いその報酬で日々の糧を得るハゲタカかハイエナの様な連中だ。この中で唯一の元傭兵である彼だけにその恐怖は解った。ACとMTでは戦力に差がありすぎる、数では勝っていてもこちらは素人集団だ。勝算は限りなく低い。だが、彼の元傭兵としてのプライドと目前の報酬が一気に戦意を高揚させた。
 「攻撃だ、攻撃しろ!」
 全機に呼びかけたその怒鳴り声に僅かに動揺していた全てのMTが動き出した。ある者は二人一組となり、ある者は破壊を免れたコンテナの影に隠れ、一斉に散っていった。

−4−

 ブースターを使い、コンテナの間を縫って移動するACを追いかけるように地面が抉れ、砂煙を上げる。
 MTの腕に装備されたマシンガンの弾は本来の目標を捉えることなく、虚しく地面を削るばかりだ。一斉に奏でられ、連続する射撃音が戦闘区域となっている港から他の音を消し去っていた。それはMTの腕からでる黄色い破線が、ACを追っている様にも見える。
 対するACは迫る火線を振り切り加速、最後にブースターの出力を一気に上げ機体を空に上げる。一瞬で足下から大地が遠のき、眼下にMTの群れが映るようになる。そこに迷わず右手に持ったマシンガンを撃ち込む。
 射撃の反動でACの腕が小刻みに揺れ、薬室から空になった薬莢が次々に空に舞う様にはき出された。MTの集中している所に数十発ずつ、バーストさせる。
 先ほどACに向かって放たれたマシンガンなどとは比べ物にならない弾丸の雨が地上をめがけて降り注ぎ、MTの装甲に容赦無く穴を空け破壊していく。
 上空からの攻撃で満足に回避行動すら取れないまま、上から叩きつけられる様に飛来する弾丸に撃破されていく。仲間が次々に破壊されていくのを見て上空に弾幕を巡らせるがそれをACは苦も無く回避、地面に着地した。着地の衝撃で身体各部のサスペンションが伸縮し、それがACの硬直へと繋がった。
 「……ちぃっ!」
 パイロットの舌打ちと同時に残ったMTが一斉にマシンガンを発射する。一瞬の間の後に直ぐにブースターを点火させ、その場から移動する。肩部を火線が掠ったが、そのまま腰ダメにマシンガンを構え、MTに向かって発射していく。移動と射撃を繰り返していくがMT側はACの動きに翻弄され、なかなか致命傷を与える事ができないでいた。
 また一つ爆発音が港の空気を震わせた。

−5−

 悪い夢の様だった。あれだけいた連中も今は半分以下に減っている。現に今も、威嚇射撃や牽制にも成らないような射撃をしているだけだ。通信が繋がっている為、スピーカーから、うめき声や悲鳴が聞こえる。レイヴンの作戦は解っている。一体ずつ、各個撃破していくつもりだ。また、向こうはコンテナ等の障害物を利用して巧みに姿を隠している。上半身の僅かな部分とマシンガンのみをコンテナ上部から出して射撃を行っている。銃身自体をACの頭部まで持ち上げ、目線越しに発射している。自分の隣にいるMTに無数の穴が空き、崩れる様に倒れる。
 爆発音。
 気が付けばもはや味方は1機しか残っていない。彼の頭には先程の覇気は存在せず、ただ生き延びることだけを考えていた。首筋や額を嫌な汗が伝っていき、動悸も荒くなっていく。必死でトリガーを引き続けるが、意に反して全くと言って良いほど発射される弾丸はACに当たる事はない。
 「くそっ! くそっ!」
 何も考えずにトリガーを引き続けた。スピーカーからは何か叫び声が聞こえているが、それすら彼の耳には入らなかった。死にたくない。ただ、その一点のみである。
 ガキッと言う嫌な金属音と共にマシンガンが沈黙する。何度もトリガーを引いてみるが結果は同じだった。
 「弾切れ……っ!」
 今まで唯一、「銃を撃つ」と言う事で生を確保してきた彼にとっては死の宣告にも等しかった。
 「苦戦しているようだな」
 ぞの声にはっとなる。それは彼の死への恐怖を払拭するに足る言葉だったからだ。いや、正確には声の持ち主が、である。この港を襲撃する際に同行し、途中に出現したACを悉く撃破してきた腕の持ち主だ。
 やがて、彼のMTのモニタに一機のACが映った。ブースターを全開にし、こちらに向かってくる。白に統一されたそのACの肢体が朝日を受け、光を反射し、まるでAC自体が光りを放っているようにも見えた。
 「アンタか、助かった。早くあのレイヴンを何とかしてくれ!」
 「誰が助けに来た、と言った?」
 耳を疑うような言葉に彼は次の言葉を失った。
 「何を……」
 馬鹿な、とは言えなかった。ACは自分たちの方へ突撃しながら肩部に装備されていたグレネードキャノンを発射したのだ。スピーカーからは悲鳴と共に一瞬爆発音が聞こえ沈黙した。最後の僚機が破壊されたのだ。
 「ひっ……」
 あまりの無慈悲さにコクピットの中にも関わらず、腰が引けていた。逃げよう、その考えとは対象に手は振るえ、思う様には動かない。
 次の瞬間、彼の乗ったMTに紅蓮の火球が直撃した。

−6−

 構えていたグレネードを肩へマウントし、純白のACはこちらの方を向いた。二足歩行型にも関わらず、どっしりとした機体からはある種の気迫さえ感じられた。
 腕を持ち上げ、マシンガンを構える。それに反して相手のACは全く何もしない。回避する意志さえ、無いかの様に見える。マシンガンのサイトをそのACにあわせ、照準を合わせていく。
 「交戦するつもりは無い、銃を降ろせ」
 聞こえてきたのは意外にも女性の声だ。マシンガンのサイト越しにメイン・カメラがゆっくりと照準とピントを合わせ、今まではぼやけていた画像が鮮明に写ると同時に火気管制システムFSCがそのACをロックする。モニタに映る白い機体に緑色のロックオンマーカーが重なりロックしている事を告げる。
 「もう一度だけ言う。交戦するつもりは無い、銃を降ろせ」
 その言葉に即されマシンガンを下げるがFCSは未だにそのACをロックしている。
 辺りには破壊されたMTやコンテナの残骸が散らばり、至る所から黒煙と火の手が上がっている。地面にはマシンガンの弾痕が連続して付き、幾つも交差していた。海からは朝 霧がACの足下まで流れ込んでいる。
 「賢明な判断だ」
 そう言い残し、白いACは彼に背を向け、ブースターを発動させ、去っていた。後ろから撃てたかもしれないが彼自身、そこまで卑劣では無く、無駄な破壊をするほど愚劣でもなかった。それ以上に、不意打ちなどがあのACのパイロットに通用するかどうか怪しいものだった。
 そっと手の甲で額の汗を拭い、手元のコンソロールに先ほど作業員に指示された周波数を入力し、呼びかける。
 「レイヴンより、コマンダー。作戦終了、回収を頼む」
 「コマンダー了解。これより回収に向かう。その場で待機されたし」
 短い通信の後、コクピットに静寂が訪れる。同時に、今まで張りつめていた神経が一気に解けていくの感じた。僅かに炎と波の音が聞こえるがそれは戦闘ですり減った彼の神経に心地よく聞こえた。頭部のカメラを海側に向けると、朝日が完全に姿を現した所だった。 海が太陽光を反射し、キラキラと輝いている。ヘドロが厚く積もり、汚染されていようともその光景は美しかった。彼は輸送ヘリが来るまでの間、そうしようと思った。

−7−

 「とんでも無い、それは心外です。あくまで彼らの独断で現場に居残った挙げ句の事です。その責任は先の司令室に帰するものであり、こちらの関知する所ではありません」
 暗い部屋だ。闇、と言う程では無いが薄暗い。窓であろう位置にはブラインドが降ろされ、室内の照明も明度が落とされている。窓際には机が一つ、安っぽい、業務用の机などでは無く、今となっては珍しい全てが木でできて机である。電話やパソコンが置かれ、部屋の隅には観葉植物なども置かれている。
 男が一人、そこに座り、電話をしている。手を机の上で組み、まるで何処かに語りかけるように話している。
 「作戦の第一目標は完遂され、被害もこちらの予想範疇内あり、これも偏に先に提案された作戦案が優秀であったためになされた事実は……」
 しばし沈黙。
 「わかりました」
 その声と共に、窓に落とされていたブラインドが上がり、続いて窓を覆っていたシャッターが横にスライドして行くのに同調し、室内に明るさが戻っていく。この部屋を外部と完全に隔離し、一切の盗聴、盗撮を無効にする為の措置だ。
 元々、連中を参加させたのは殆ど体面上の為であり、実質的な作戦の大部分はこちらで用意した部隊が完璧にやってのけた。今はまだ、「共同戦線」を装わなければならない。これはあくまで第一歩であり、これからやらなければならない事が山の様にある。全てが首尾良く進むために彼らの協力は必要不可欠である。
 目線を硝子の方へと向ける。眼下に都市が一望できる。ビルの上から下を見下ろす光景はおそらく昔も変わらなかったのだろう。だが、視線を上に向けるとどうだろう? 巨大なファンが回り、無数のパイプが走り、むき出しの岩盤がある。かつて誰もが見た青い空はそこには無い。

−8−

 時刻は午前10時、丁度朝から昼へと世間が移行する時間帯である。大破壊の後、人類が地下にその生活の地を移してから今年でちょうど100年になる。100年前には亜細亜と呼ばれ、世界中でも有数の人口密集地帯だったが、それも今では地下複合都市「フェイロー飛羅」と言う一つの都市にほぼ収まっていた。周辺に他の巨大都市が無いため飛羅では経済以外の全てが、都市内で完結していた。食料、製造、娯楽、とにかく全てが、である。
 この都市に住む人の中にはここを出ることなく死んでいく者もいる。巨大企業の本社が無い事なども幸いして治安も良い方であったからだ。その事もあってか14年前に本格的に地上への移住が始まってもこの都市の人々はそれを何処か他人事、と見ていたのかもしれない。今だこの都市の地上部分には発電の為のレクテナ施設、エアクリーナーの末端、地上・天体観測用の施設、湾港、空港などいくつかの施設が点在するのみでわざわざ住み慣れた地下都市を離れ地上で生活しよう等と言う者は皆無である。
 さて、場所は地上部にある空港である。いくつか滑走路が有り、その横に格納庫が並んでいる。滑走路の一番奥に管制塔があり、そこから空港の全てを見渡す事ができる。折しも、一機の航空機が翼の下にあるジェットエンジンから出る陽炎で辺りの風景を歪め、加速して行く最中だ。遅々としたスピードで管制塔前のコーナーを曲がり、直線路に出ていく。そこから僅かに進み、瞬間。一気に加速し、機首を上げていく。爆発的なスピードで流れる空気が揚力を生み出し、重い鉄の胴体を持ち上げた。入れ違いに一機のヘリが空港に着陸する。先程の戦闘区域からACを運んできたヘリだ。ローター音を響かせ、大きく「H」と書かれたヘリポートに着陸した。ペイロードの扉が開かれ、内部からACが運び出される。誘導員の指示によって的確に、素早く格納庫の方へと運ばれていく。レイヴンの性質上、航空機を使う事も多く、空港にACの整備施設があるのは必然とも言える事だった。
 輸送ヘリからはACに続いてパイロット、オペレーター、メカニックなどが惻々と降りてくる。いくらコア規格によって整備が単純化されていても人の何倍もの大きさのACをベストコンディションにするにはそれなりの人手が必要だし、ヘリもワンマン飛行と言うわけには行かない。
 彼らに続いて出てくるのがレイヴン、ACに搭乗し、戦場に身を投ずる者だ。外に降り、ヘルメットを取るとそれに納められていた髪が外に溢れる。首の辺りで縛ってあるがその茶色の髪は腰まで有り、かなり長い。ややきつめの顔立ちから鋭角的な印象を受ける。その顔には憮然とした、どこか納得のいかないような表情を浮かべていた。

−9−

 断続的に水が落ちる音がしている。本来は断続的だがそれが数多く集まり、連なるとそれは一つの音を奏でる。シャワーが良い例だろう。
 彼女は自分の体を暖かい水か伝っていくの心地よく感じながら物思いに耽っていた。頭上から降り注ぐ水が彼女の銀髪を一層光らせ、首筋から体へ流れていく。
 彼女の首には本来あり得ない物、いくつかの小さな穴の空いたデヴァイス端子が埋め込まれていた。彼女が人ならざる者、プラスPlasである証拠である。Plasとは体の諸器官及び骨髄を人工物に置き換え、超人的な能力を手にした者達の通称だ。だがメリットがある反面、デメリットも多く自ら好んでPlasになる人間には慎重な選択が要求される。
 ショートの銀髪にシャワーの水を浴びながら彼女は首筋に手を伸ばし端子に軽く触れる。 一瞬、それまで無表情だった彼女の顔に怒りの様な、それでいて悲しげな表情が浮かんだ。しかし直ぐに表情を戻し、端子に触れていた手でシャワーを止める。水が完全に止まるのを待たずにバスローブを掴み、そこを後にした。
 「セレ、今どこに居る?」
 突然彼女の耳に男性の声が聞こえる。強化人間手術に際に埋め込んだちょうかく聴覚デヴァイス素子が直に彼の声を受信したのだ。完結に、要点だけを述べた言葉は彼女を直接指揮する立場にある人間からだった。
「自室です」
「メンテナンス定期点検だ、直ぐ来い」
「了解しました」
 短い遣り取りだがそれで十分だ。羽織ったばかりのバスローブを脱ぎ、直ぐに定期点検専用の服に着替え自室を出る。セレが部屋を出た後はシャワーから垂れる水滴のみが無機質な部屋に音を発していた。