小説の書き方

「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
 さわやかな朝の挨拶が、澄みきった青空にこだまする。
 挨拶こそこの青い地球に匹敵する価値を持った文化である、とスットン共和国の作曲家プリキュア・アハツェンは言う。正確には言ったらしい。わしは知らない。
 さて、前回大好評を博した講義「赤いきつねと緑のたぬき」の興奮も冷めやらぬまま、今日の講義に入るとしよう。
 その名もずばり、小説の書き方である。
 小説というのは、英語で言うノベルだ。日本語で言えば小説だ。まずはそこがわかっていればいいだろう。
 では、最初に何をすればいいのか?
 取り敢えず書く人間自身がいないと話にならない。用意はできているな? できていない奴はデカルトを神棚に祭って土下座して来い。
 そして次に用意するものはパーソナルコンピューター一式だ。いらないチラシといらない黒鉛の塊でもいいが、やはり気軽に発表するにはインターネットのウェブ上に限る。
 これで準備は出来たわけだ。
 では最初に「この作品はフィクションです」と打ち込む事から始めよう。題名より先にこれだ。考えてもみろ、例えば「幼女と私」などという題の小説を発表したら、その題名自体に感銘を受けた輩が近所のスーパーで幼女ホイホイを買い求めてしまうという可能性が無いと言い切れるだろうか?
 かの有名な暗殺者ゴルゴ13は、ホテルに宿泊する際に必ず非常口に一番近い部屋を取るのだと言う。悪事を働こうとする者は必ず事前に逃げ道や身代わりを用意しておくものなのだ。
 断っておくがわしは決して「幼女と私」という題名の小説を執筆する事が悪事と言っているわけではない。この講義を聞いている皆の身を心から心配しての発言だ。そこの所、勘違いしないように。いいな、お前たちのためなのだ。
 話を戻そう。この「フィクション」というレーティングは逃走経路としては実に便利であり、その事自体については一切異論は無いのだが……それとは違う視点からひとつ異論を差し挟みたい。
 何を以って、作中の出来事がフィクションであると言えるのか?
 例えばここに「現世の蜂」と言う誰かが書いた小説がある。内容は現代に蘇った蜂須賀小六が、実は読んでないので知らないが何やらやらかすらしい。無論フィクションだ。
 だがおかしいと思わないだろうか? この作者は、現代に蜂須賀小六が蘇った事だけを理由にこの作品をフィクションとしている。
 つまり蜂須賀小六が死んだと言っているのだ。
 これがおかしい。誰が蜂須賀小六の死体を見たと言うのだ。見た奴が嘘をついたとしたらどうなるのだ。史実を記した奴が嘘に騙されていたらどうなると思っているのだ。
 現に、明日にも日本の富士山に封印されていた、メカ・ベートーベンが全世界に侵攻を開始して全世界の音楽を自分が作曲したもので埋め尽くすべく活動し始めるかも知れないではないか。これがないと何故言い切れる? ベートーベンが死んだという奴は、その死に様をしかと見届けたのか?
 反論があるならいくらでもするがよかろう、だが、メカ・ベートーベン率いる恐怖のゲッコー軍団の脅威に晒されてから反省したのでは遅いのだぞ。
 奴はもしかしたら信号機の青と赤を同時に点灯させてしまうマシーンを既に開発しているかも知れない。そうなったら日本の交通は大パニックとなり、ゆりかもめは止まり、コミケは中止となる。オタク大国日本のオタクどもがそんな事に耐え切れる筈もなく、ひとり、またひとりとゲッコー軍団に屈従し、二十四時間部屋にクラシックを流しておくよう強要されるだろう。
 そうなったらどうなってしまう。何の取り柄もない主人公の元にある日突然個性的な三千の女の子が! などという企画者は天国で割腹してこいとでも言わんばかりのエロゲーの主題歌でさえも、荘厳なクラシックに染められてしまい、エンディングにはメカ・ベートーベンの名前が入れられてしまうであろう。
 恐ろしい、恐ろしすぎる。恐ろしすぎると言えば近所の床屋だ。
 近所の床屋に、それはまた若い娘さんがいる。わしが子供の頃は制服を着て高校で勉学に励んでいた子なのだが、最近その子がハサミを手に取り客につくようになったのである。
 少し年上の若い娘に髪を切ってもらったり頭を洗ってもらったりするだけで麻薬のような快感を覚えてしまうのだが、最も恐ろしいのは剃刀で顔をあたる時である。
 無論切れたら怖いなどという理由ではない。もし切れたら大声で怒鳴りつけた上に舌で舐めて傷を癒してもらおうと画策しているので、それはむしろ望むところだ。
 だが、その子は未だに失敗などしていない。一生懸命やるからだ。真剣な目つきで、上から覗き込むようにして剃刀を扱う。
 察しのいい奴ならわかるだろう、そう、おっぱいがモロに顔に当たるのである。
 その上、わざとやってんのかと疑いたくなるほどに、腕を動かす度に乳が動く。圧迫された頬を擦る柔らかな双丘。擬音にすればぐにゅぐにゅ、と言ったところか。
 そんなんだから床屋に行く頻度が増える。増えてしまう。恐ろしい事に、これでは髪が伸ばせない! ヒゲも伸ばせない! 人のファッションに干渉して神経にまで影響を及ぼす罠だ。
 そうだ、罠なのだ。彼女は、いやあの床屋自体が巨大な組織……地下秘密帝国ハッサミーの先行偵察隊で、まずわしのような一般市民の財布から搾取するに始まり、ゆくゆくは全世界の経済を裏から操り地盤を固めたところで一気に地球征服に乗り出すつもりなのだ。
 しかしそれでも、おっぱいという悪夢の兵器があるせいで、わしは床屋通いをやめる事ができない。人間の思考さえも自在に操るおっぱい洗脳……何という恐るべき戦略兵器なのだ!
 わしはもう駄目だ。しかし勇気ある人間達よ、願わくば剣を手に取り力をあわせ、悪の組織の陰謀からこの地球を救い出して欲しい。そして二度とこのような凄惨たる悲劇が起こることのないように、地球の平和を守り続けてくれん事を祈る。
 そう言えばお腹がすいたな、お昼はまだだろうか。
 さて、今日の講義はここまで。黒板に書いた事はしっかりノートを取っておくように。
「この作品はフィクションです」