遥かなるいにしへの時
乃至は、遥かなるゆくすゑの時
こことは異なる何処かに、そのものはおわす
「はっ」
少女は息せき切って、森の底を駆け抜けた。
羊歯や苔の覆い繁る中を、恐怖に乱れた呼吸で進む。少女は逃げていた。逃げながら、ちらりと背後を一瞥する。天鵞絨のごとくそばだつ羊歯が、がさり、がさりと獣のように揺れた。
いるのだ。あの羊歯の下に、獣が。
少女は懸命に地を蹴った。倒木を飛び越え、草むらを薙ぎ、ぬかるみの泥を跳ね飛ばす。やがて深い茂みが途切れ、苔のみが僅かに地を覆うばかりの広場が現れた。
――しまった!
少女は青ざめ、息をのんだ。視界が開けたこの場所では、追っ手の目をくらませて逃げることもできない。
と、背後で茂みがざわめく。雷光の如き弧を描き、虎に似た獣が飛びかかる。少女は悲鳴を挙げながら、苔の上を転がった。虎の牙と爪が少女の服をかすめて過ぎ、飛び散った唾液が少女の髪を汚す。
虎は一撃が避けられたと悟るなり、膝を深く曲げて着地し、再び少女に飛びかかった。
――死ぬ!
少女が死を確信して、瞼を閉じたその時。
寒気が、森に広がった。
恐る恐る目を開くと、虎は森の奥を怯えた目で見つめ、すり足に後ずさっていた。その体を覆う短い毛は総立ちになり、僅かに、震えているようですらある。
「やかましいのう――」
声が、した。
氷のように冷たく、身震いするほど美しい、女の声だった。少女は弾かれたように立ち上がり、声の主を捜した。森の奥、深い深い闇の奥から、そのものは現れた。
白。少女の目に入ったのは、まずその色だった。
闇の中で光を放つかのような、鮮やかな乳白の衣。しなやかな長い黒髪は、河の如く肩と背を流れる。真っ白で、精緻な人形のように冷淡な美しさを見せる顔には、しかし強い生気を放つ、黒真珠の双眸が輝く。
「おちおち寝てもいられぬ。のう、エンレイ」
白の女がそう言うと、傍らを武人のように歩いていた赤い犬が、低く声を挙げた。
『我が君、あの虎はただの獣ではありませぬ。この地に棲まう神の眷属かと』
「ほう……」
目を細め、白の女は歩を進める。少女はあっけにとられ、身動き一つできぬまま、ただ呆然と女を見つめていた。犬が言葉を発したことも、この森の奥底にあって砂一粒ほどの汚れもない女の姿も、なぜか不思議とは思わなかった。女の足取りに合わせるかのように、一歩、また一歩と後ずさる虎の怯えも、当然のことと思えた。
しかし、丁度女が少女の隣までやってきたとき、虎は獰猛な瞳に理性の光を取り戻し、身を低くかがめて、暗闇を劈くかのような唸り声を発し始めた。今にも飛びかからんという様相の虎を、興味もなさそうに眺め、白の女は溜息を吐く。
「娘」
「は、はいっ!?」
少女は突然に呼ばわれて、驚きの余り声を裏返した。
「耳を塞いでおれ」
その美しい声を合図として――
虎が、地を蹴る。
少女はその勢いに押されるように、ぺたりと力なく尻餅を付き、
次の瞬間。
「――オン!」
爆音が森の静寂を吹き飛ばした。
白の女が唱えた短い呪文は、一瞬にして虎を炎に包み、轟音と共にその肉体を破裂させたのである。空中で四散した虎の残り滓を舐めるかのように、炎はしばし辺りを赤々と照らしていた。少女はまだ耳の奥で響き続ける音に意識を奪われ、顔を焦がすかのような熱気を、ただ漠然と感じるのみだった。
「だから耳を塞げと言うたであろうに」
白の女は呆れ半分に言うと、腰の抜けた少女の手を取り、優しく助け起こしたのであった。
ようやく落ち着いた少女は、隣を歩く白の女の顔を、ちらりと見上げた。白の女は視線に気付くと、仮面のような顔に僅かな笑みを浮かべる。少女はどきりとして目をそらした。白の女は、同じ女から見ても美しい。あまりに美しすぎて、まるで見てはならない物のようにすら思える。
それに、白の女から常に一歩後ろに控える赤い犬は、まるでどこぞの姫君を護る騎士のように、鋭い警戒の視線を光らせている。無礼を働けばその喉笛を噛み切るぞ、と言わんばかりに。少女は思わず身震いした。
「あ、あのう……」
「なんじゃ?」
恐る恐る声をかけた少女に、意外にも白の女は気さくに応えた。
「お姉さん……一体だれ? 何でこんな所にいるの? 魔女……なの?」
「そう一辺に問うでない。余はネクロマンサーと呼ばれておる。この者は、我が侍従エンレイじゃ」
ネクロマンサーと名乗った白の女に促され、赤犬は――エンレイは、不承不承頭を下げた。
「旅の途中でこの森を通りかかり、野宿しておった。そなたに叩き起こされたがな」
「ごっ、ごめんなさ……」
慌てて謝ろうとした少女を、ネクロマンサーは豪快に笑い飛ばした。少女をして人形のようと思わせた、その精緻で気品ある姿からは、想像もつかない笑い方だった。しかし少女は、それに命の鼓動のようなものを感じて、ほっとするのであった。
「よいよい。眠りも遊びの一つに過ぎぬ。魔術以てすれば、眠らずして休むなど造作もないことじゃ」
「じゃあ、やっぱり」
「左様、余は魔術を能くするもの。女か否かは保証しかねるがな」
ネクロマンサーは短く息をつき、少女を見下ろしながら言った。
「余は我が事を言うたぞ。次はそのほうの番じゃ」
「あっ、あたしは……ミオ。森に『命の水』を取りに来たの」
命の水という言葉を聞いて、僅かにネクロマンサーは眉を動かした。
ミオは敏感にその気配を察し、矢のように言葉を紡いだ。その語るところはこうであった。
ミオの住む村には、森の泉に湧き出るという『命の水』の伝説があった。命の水は魔力を持つ万病の薬で、一口飲めばあらゆる苦しみから救われ、この世のどんな病もたちどころに癒えるという。しかし伝奇伝承の類の常として、誰一人、命の水の泉を見た者はいなかったのだ。
ある時、ミオのたった一人の姉が、病に倒れた。
不運にも、たちの悪い不治の病に冒されてしまったのだった。貧しい両親がなけなしの金で呼び寄せた医者もさじを投げ、姉は為す術もなく死を待つばかりだった。姉の体を襲う苦痛は日に日に増していき、ついにある日、ミオは決心して森に入った。
伝説にある『命の水』を求めたのだ。
そして驚いたことに、首尾良く命の水の泉を見つけ出し、姉の元へ水を持ち帰ったのである。
黙って話を聞いていたネクロマンサーは、疑うでもなく、淡々と問いを口にした。
「それで、そなたの姉は癒えたと申すか?」
「……一度は」
ミオは哀しげに顔を伏せた。
「水を飲んだ時は、うそみたいに元気になって、すっかり病気が治ったんだと思ってた。でも、何日かしたらまた再発して……なんだか、前よりもっと苦しんでるみたいで」
「再び命の水を得んとて、虎口に足を踏み入れたか」
無言でうなずき、ミオは明るく顔を上げた。自分のすべきことを確かめたからか。迷いのない視線をネクロマンサーに向け、握りしめた拳を掲げて見せた。
「お姉ちゃんは何もしてないのに、死んじゃうなんて酷すぎる。だからあたし、出来ることを全部やりたいんだ」
ひたり、とネクロマンサーは足を止めた。
僅か、ごく僅かにネクロマンサーは寂しげに眉を動かした。その気配に気付いたのは、傍らに控えるエンレイだけだったろうか。ミオは大きくぺこりと頭を下げると、威勢の良い声で礼を述べた。
「魔女のお姉さん、助けてくれてありがとう! そういうわけだから、あたし、行ってきます!」
森の奥へと駆け込んでいくミオの背を見送りながら、ネクロマンサーは小さく溜息を吐いた。主を気遣い、エンレイが低く声を挙げる。
『……我が君』
「気にしておらぬぞ」
エンレイは思わず苦笑した。
『ならば、そういうことにしておきましょう。それよりも……』
「うむ」
突如、寒気が辺りに広がった。不躾な来客を感じて、ネクロマンサーたちが、己の内にある魔力を隠すことなくさらけ出したのだった。今までその超常の気配を隠していたのは、ミオを気遣ってのこと。ただの人間は、溢れ出る魔力の臭いを嗅いだだけで命を落としかねない。
ネクロマンサーは、ある草むらを見るでもなく見つめ、魔性の声で囁いた。
「出て参れ。影から様子を窺うのは、礼ある態度とは言えぬ」
「うひ……ひひひ……」
草むらを揺らして出てきたのは、異形の者の一団だった。
先頭に立つのは、人間の男ほどもある大きな猿。しかしその腕はやけに細長く、肘が三つあり、それぞれ異様な方向に折れ曲がっている。全身の毛は全て鋼鉄の針でできていて、身じろぎするたびに、じゃらり、じゃらり、と音を立てる。その針が時折自分の体に突き刺さるのだが、猿はその痛み、苦しみに、歓喜の声を挙げるのだった。
ただの獣でないことは、明らかだった。なにがしかの神に違いない。
そして猿の周りを囲むのは、先ほどミオを襲っていた、あの虎たちである。それぞれに低く唸りを挙げていたが、エンレイが炎の視線で一瞥すると、それだけで震え上がって縮こまった。
「女……女だああ。綺麗な女……」
くぐもった声で、下卑た笑みを浮かべながら猿は言う。
「よくも俺様の子分を……仕返しだ。裸にひん剥いて、ぺろぺろ舐めて、可愛らしい穴のなかに我が棒を突き立ててくれる」
『無礼者!』
烈火のごとくエンレイは怒り、寒気を吹き散らす猛烈な熱風を森に撒き散らした。虎どもが恐れをなして逃げ出す中、猿は笑いながら、手にした何かを投げつけてきた。その礫は、魔術によって空中で無数に増殖し、ネクロマンサーの衣や、エンレイの背にぶち当たった。
それは糞便の塊だった。美しい乳白の衣や、雄々しい真紅の毛並みが、汚物に無惨に汚された。さらに悪臭が鼻を衝き、エンレイは顔をしかめて一声吠える。
しかしネクロマンサーが呆れて溜息を一つ吐くと、全ての糞便は色とりどりの花びらへと姿を変えた。悪臭もまた、かぐわしい蜜の香りとなった。
その様子を見て、猿はげらげらと下品な笑いを森に響かせた。
「うひ、うひひひひ!」
『下衆が! 貴様、死にたいか!!』
もはやエンレイの怒りは頂点に達していた。これは己に対する侮辱であり、なにより主に対する侮辱であった。身をかがめ、膝を曲げて、猿に飛びかかろうとするエンレイを、しかしネクロマンサーの冷淡な声が止めた。
「よい、捨て置け」
『しかし、我が君!』
「それよりも、あの娘を追うぞ。はしこい奴じゃ、もう姿が見えぬ」
僅かばかりの興味すらない、と言わんばかりに、ネクロマンサーは猿を一瞥だにせず、森の奥へと歩み去った。エンレイは、猿を八つ裂きに出来なかったことへの未練たっぷりに、最後に一度、身震いするほど残忍な唸り声を猿に浴びせて、主の後を追っていった。
恐ろしい敵が去ったことを感じて、虎たちが茂みから、恐る恐る顔を出した。その内の一頭を、針だらけの手で撫でて苦しませながら、猿はネクロマンサーたちの背を見送っていた。その顔には、相変わらずの下品な笑いを浮かべたまま。
ミオは森の奥で立ち止まり、途方に暮れていた。
ここ数日の雨のせいだろうか。堂々たる森の古木たちが、根こそぎ薙ぎ倒され、道をふさいでいる。互いに寄りかかり、複雑に枝を絡み合わせる倒木の壁を、ミオは呆然と見上げた。
迂回するにも、ミオの背丈よりも高い茂みをくぐらねばならない。この暗い森の中、一度方向を見失えば、それは死を意味する。また倒木を乗り越えて進もうにも、足場となる木々は脆く、いつ崩れるか分からない様子であった。
「どうしよう……」
と、その時であった。ミオの背後から冷ややかな呪文が流れてきたかと思うと、巨大な倒木の壁は、一瞬で粉々に砕け散った。そして、飛び散った大量の木屑は雪のように舞い降りて、ミオの前に白い絨毯敷きの道を造り出したのだった。
――魔法だ!
ミオが驚きに硬直していると、あの冷たく美しい声が、ミオの背にかけられた。
「そなた一人では難儀であろ。手を貸して進ぜよう」
「魔女のお姉さん! どうして……」
ミオは目を白黒させながら、いつの間にか自分の背後に立っていた、ネクロマンサーとエンレイを見やった。ネクロマンサーは艶やかな唇の端を、僅かにつり上げる。
「そなたには、楽しみにしていた遊びを邪魔された。代わりの遊びをそなたに求むるは、妥当なことであろう?」
そう言うと、ネクロマンサーはミオの先に立って、森の奥へと躊躇いもなく踏み込んでいくのだった。その足取りは、これほど粗野な自然の中にあって、優雅そのもの。木屑の白い絨毯に可愛らしい足跡を付けながら、貴婦人のように進んでいく。かと思えば、残った倒木がしつこく行く手を遮っているのを見ると、吐息一つでそれを粉砕するのであった。
ミオはその後をちょこちょことついて回りながら、疑いを一杯に込めた視線で、ネクロマンサーの背中を見つめた。
「あのさ……後で『魂をヨコセー!』とか言わない?」
ネクロマンサーは思わず肩を落とした。
「言わぬ言わぬ」
呆れ顔のネクロマンサーを信頼したものだろうか。ミオは無警戒にエンレイに近寄ると、脚を動かすたびに艶めかしく動くその背中を、優しく撫でさすった。エンレイはと言えば、それを嫌がるでもなく、喜ぶでもなく、無視してただ歩き続けるばかりだった。とはいえ、一度だけ、義理か何かのように尻尾をぱたりと振ったを見るに、まんざらでもない様子である。
ミオはすっかり警戒心の取れた表情で、声高にまくしたてた。
「よかったぁ! ホント言うと一人じゃ怖かったんだー。ホラ、森って暗いし、さっきみたいに獣に襲われたらどうしようとか、この先の川どうやって渡ろうかとか、色々ね? でもこれで平気だね。魔法使いとか魔女ってさ、変な奴ばっかだと思ってたけど……」
ふと、ミオはネクロマンサーを上から下まで、丹念になめ回すように見つめた。全身あますところなく純白に包まれた異様な美を見ると、ミオは少し首を傾げる。
「……うん、まあ、変は変だけど、いい人もいるんだね」
「……さ、左様か」
頬を引きつらせるネクロマンサーを見て、堪えきれなかったのか、エンレイは短く強く息を吐いた。犬流の笑い声である。が、それを聞きつけた主に冷たい目で睨みつけられ、決まり悪そうに平伏するのだった。
かくして深い森の中、二人と一頭の旅は始まった。
魔術の達人を連れての旅である。どのような過酷な試練も、もはやその用をなさなかった。道をふさぐ岩は白い指の愛撫に感極まって砕け散り、危険な獣の類は甘い吐息に恐れをなして身を縮め、少女が心配していた川に至っては、ネクロマンサーの足音を聞くや、自ら流れを真っ二つに断ち切って川底を露呈し、旅人達を丁重に迎え入れた。
もはや心配すべき危険は何もなくなり、ミオは安心して、とりとめもない話に興じた。その口は止まることを知らず、村のとある家庭の家族構成に始まり、友人たちの人物像、昨日の夕食、穏やかならぬ人妻と間男の噂、この年頃の少女にあってしかるべき妄想の類に至るまで、矢継ぎ早に繰り出した。小一時間が経った頃には、ネクロマンサーとエンレイは、会ったこともないミオの村の一人一人を、脳裏に明確に思い描けるまでになっていた。
『我が君……』
さすがに耳が疲れてきたのか、エンレイは、魔術師のみに聞こえる心の声を以て、主にこっそりと訴えかけた。さほど普段と変わらないように聞こえるエンレイの声だが、長年彼と付き合ってきたネクロマンサーには、裏に隠れた疲労の色がありありと感じられる。
『どこかで話にきりを付けられぬものでございましょうか?』
「疲れたか」
『いささか』
ネクロマンサーはカラカラと笑うと、
「試しに音楽と思うて聞いてみよ、なかなかに心地よいぞ?」
『左様にございまするか……』
エンレイは不思議そうだった。
そのやりとりが聞こえぬミオもまた、不思議そうに首を傾げて、突然笑い出したネクロマンサーを見上げた。
「どしたの?」
「いや。楽しげなる村人どもを思い描いて、愉快な気分になったまでじゃ――」
と。
ネクロマンサーは突然、ぴたりと足を止めた。エンレイもぴんと三角の耳を立て、一層鋭くなった眼差しで、森の中を油断なく見回した。辺りの様子は、それまでと大して変わりない。ただ、無数の木々が黒々と茂り、一筋の陽光も漏れ入らぬ密林を形作っているだけである。
「ど、どうしたの?」
ただ一人、状況の分からないミオだけが、目を丸くして二人の異変に戸惑うのだった。
ネクロマンサーは、初めにミオに見せた、あの人形のような無表情に戻っていた。
「魔の気が満ちておる――」
『この結界、ただごとではありませぬな。恐らくは霊位を持つ神の為せる技』
「どういうこと?」
さっぱり話が分からない、といった様子のミオに、ネクロマンサーはなるたけ易しく説明してやった。
「ここから先は、特に力の強い神の、庭のようなものじゃ。強い魔の力が溢れ出ておるわ」
「そうなんだ……泉はこのすぐ先だよ。そのせいかな?」
「やもしれぬ」
――あるいは、そうでないやもしれぬ。
言葉の半分を、ネクロマンサーは喉の奥に飲み込んだ。
とうとう、二人と一頭は泉があるという場所までやってきた。
そこでは、天まで届こうかという古木が、互いに絡まり合い、山ほどもある巨大な塊を形作っていた。丸く、天幕のように広がるその姿は、さながら古木の宮殿。とすれば、ミオが急ぎ足にくぐる、根によってできた輪は、さしずめ荘厳な門か。
ネクロマンサーは古木の宮殿の偉容を見上げ、感嘆の溜息を吐いた。これは神の手によるものではない。木々が、己の生命力によって作り上げた驚異である。
「この中だよ」
ミオは言いながら、宮殿の入り口へ足を踏み入れた。壁のようにびっしりとそびえ立つ古木であったが、一カ所だけ、丁度人一人がくぐれるほどの隙間が空いているのだ。まるで、何者かが宮殿の内に誘い込んでいるかのように。
ネクロマンサーとエンレイは少女の後を追いながら、いや増してくる魔の気配に、神経を尖らせた。これほどの偉容を持つ古木ならば、それなりの魔力を持っていても不思議はない。しかし先ほどから、どうしてもそれ以外の何かの気配が、感じられてならないのであった。
ともあれ、一行は幹の道をくぐり抜け、宮殿の内に入り込んだ。
中は、丸天井で覆われた、大きな広間になっていた。美しい曲面を描き出す天井の幹を眺めつつ、一行は広間の中央へと向かう。そこに煌めく、青白い輝きに引き寄せられるかのように。
「……これだよ」
ミオの指さす先に、泉があった。
小さな泉だった。根の隙間から僅かに湧き出す水は、冷たく澄んでいた。優しい苔の杯に注がれた水は、渇いた喉に心地よさそうでこそあれ、一見して何の変哲もない。
しかし、波紋の一つ一つ、目に見えぬほどの僅かな蒸気の一粒一粒、それらの放つ強烈な魔力が、ただの水でないことを物語っていた。その魔の力は、魔術を知らないミオをして、これが命の水であると確信させるほどである。
ミオは泉の側に跪いて、懐から取り出した革の水筒一杯に、水を汲み取った。水筒を揺すってミオが満足そうに笑うのを見ると、ネクロマンサーは白い腕をそっと伸ばし、平静を装った声で言った。
「余にも見せてみよ」
特に疑うこともなく、ミオは水筒をネクロマンサーに手渡した。ネクロマンサーは細い水筒の口に鼻を近づけ、そこから溢れ出す蒸気の臭いを嗅ぎ――
一瞬、ミオが気付かないほど僅かな一時、眉をひそめた。
そして次には唇を艶めかしく震わせ、低い呪文を詠唱する。
「――オン」
その呼び声に答え、水筒の口からまばゆい白の閃光が迸った。辺りを昼のように照らし出すその光に驚いて、ミオは水筒をひったくる。
「な、なにしたの!?」
「案ずるな。魔力を量る術を用いたまでじゃ」
と、ネクロマンサーは少女に微笑んで見せた。
「大きな魔力を持つ物ほど、強く明るく輝くという術じゃ。見よ、これほどの光を放つところを見れば、その水の力は本物であろ」
「ホントに?」
「嘘は言わぬ」
ミオは、水筒からの光が収まったことに気付くと、身長にその口に栓をした。儚い命そのものを抱くかのように、水筒を優しく胸に抱き、ミオは期待の笑みをその顔に浮かべた。すがるような声で、ネクロマンサーに問いかけた。
「じゃあ……これで助かるかな? お姉ちゃん、今度こそ治るかな?」
「それは分からぬ」
しかしネクロマンサーの答えは冷淡だった。
「何事にも限界はあるものじゃ。そなたらには万能に見える魔術にもな」
それを聞きながら、ミオは顔を俯かせていた。
ネクロマンサーの魔術を目の当たりにして、ある意味では、過度の期待を抱いていたミオであった。魔術ならなんでもかなう。漠然と、そう考えていたのだった。そう信じたかったのかもしれない。命の水さえ飲ませれば、姉は必ず助かると。
だがネクロマンサーが語る事は、明白な道理。ミオも、それを弁えるだけの知性を持っていた。
「――されど」
と、ネクロマンサーは優しく微笑んだ。
「避けられぬ運命の刻が至るまで、そなたの姉の苦しみを取り除く程度の事は……屹度、能うであろうぞ」
ミオは――
固く、水筒の縁を握りしめた。
――そうだ。それだけでもできるなら、この水を届ける意味がある。
決心と覚悟の色を湛えて、ミオの鋭い瞳は、今や命の泉も斯くはあらずというほど、きらきらと輝いていた。ネクロマンサーを見上げて力強くうなずく様は、この壮大な古木の宮殿よりなお強い生命力を放っている。
と。
『我が君!』
主君に代わって辺りに注意を向けていたエンレイが、突如警告の声を発した。ネクロマンサーとミオは、弾かれたように顔を上げ、エンレイの睨みつける先に視線を送る。
森が、悲鳴を挙げていた。
古木の宮殿が――幹が作った美しい丸天井が、あちこちで引き裂かれ、開いた隙間から無数の獣たちが広間に飛び込んでくるのであった。虎のような獣。あの、猿神の眷属どもである。
百を数えようかという大虎が次々と蛆のように湧いて出るのを見て、ミオは恐怖に震えながら、ネクロマンサーの腰にすがりつく。
そのミオの頭を、ネクロマンサーは柔らかな指で、優しく撫でさすった。
「案ずるでない。獣どもは、我らがこの場に食い止める」
「そんな、無茶だよ!? あんなに一杯いるんだよ……一緒に逃げよう!」
予想外の反応に、ネクロマンサーは困ったように眉をひそめた。
「大丈夫じゃと言うに」
「さっき言ったじゃない! 魔法にも限界はあるって……できないことはあるって!」
ふと、ネクロマンサーは眉を跳ね上げた。
――この娘、余の身を案じておるのか。
ネクロマンサーは、胸の奥に暖かい気持ちを感じて、ミオの前に跪いた。
「心優しき者よ。今その優しさを受けるべきは、余ではない。そなたの姉御じゃ。
一刻も早く、その水を姉御に届けてやるがよい。そなたの想い以て、苦しみから救うてやるがよい」
そして、ネクロマンサーはそっと、ミオの唇に自らのそれを重ね合わせた。ミオは面食らって、ネクロマンサーに抱かれたまま硬直していた。女と口づけを交わすのも初めてならば、口づけを交わすことそのものも初めてだった。やがて、短いとも長いとも思える口づけが終わると、ネクロマンサーは小さく囁いた。
「魔術師の口づけは最上の護り。森は喜んでそなたに道を拓くであろう。
さ……行くがよい」
白い手に背中を押され、ミオは数歩たたらを踏んだ。自信に満ちたネクロマンサーの眼と、自分の腕に抱かれた水筒を交互に見つめ――
「絶対……無事でいてね? 絶対だよ? 後でお礼言うからね!?」
「よかろう。そなたの礼を聞くまでは死なぬ」
ミオは意を決して、踵を返した。持ち前の素早さであっというまに広間を駆け抜け、元来た方向へと逃げていく。その背を見送ってから、ゆっくりとネクロマンサーは立ち上がった。
その顔はいつになく緩み、上機嫌であった。
「氷の心が融けるようじゃ」
『殊の外、あの娘がお気に入りのようでございますな』
エンレイは、無数の虎どもとただ一頭のみで相対し、かつその睨みで虎どもを釘付けにしていた。主君と客人の別れを邪魔する者は許さぬ。動いた者から八つに引き裂く。そう物語る炎の視線を以て。
「ならぬか?」
『いいえ。民を愛し給うは皇たる者の資質。臣は嬉しいのでございます』
「そうか。では、その愛する民がため、一肌脱ぐとしようかの」
ネクロマンサーは、右腕を胸の前に掲げ、
「剣よ、参れ」
氷の声で呼ばわった。
その瞬間、掲げだ腕の前に青白い光の粒子が生まれ、まばゆい輝きを放ちながら天へと昇った。光は複雑に絡まり合いながら一筋の刃を作り出し、一際明るく閃いたかと思うと、銀の片手半剣が姿を現す。
怪しく輝く真っ直ぐな等身。鋭く研ぎ澄まされた両の刃。柄にも鍔にも装飾はなく、ただ無機質な、それでいて美麗な銀の光のみを放つ。ネクロマンサーの愛剣、月魄の剣(ツキシロノツルギ)である。
「いざ」
ネクロマンサーは剣を大きく振り下ろし、
「死の宴じゃ」
残忍な笑みを、口の端に浮かべた。
ミオは走った。遮二無二走った。
森は険しく、本来なら無造作に駆け抜けられるような場所ではない。しかし、今だけは違った。ネクロマンサーの言った通りだった。森の木々が、茨の茂みが、川が、岩が、みな自ら喜んで、ミオのために道を譲る。
それは果たして、ネクロマンサーの口づけの魔力によってだろうか? ミオにはそうではないように思えて、
――ありがとう!
心の中で、自分を取り囲む大自然に礼を言った。森は無言で応えた気がした。
胸元に抱きしめた水筒が、ちゃぷり、ちゃぷりと音を立てる。息切れと足音とざわめく風が、一つの旋律を紡ぎ出す。ミオは、小さい頃に村の古老に聞かされた話を、思い出した。
この世の全てには神が宿っているという。
木にも、茨にも、川にも、岩にも、森にも、大地にも、自分の吐息にも、苦しみにも、悲しみにも、喜びにも、人間にも、生きることにも死ぬことにも、みな神が宿っているという。神とは人を取り巻く大自然全ての象徴であり、それぞれの象徴であると。
神はいつも人を見守っていて、神は時折人を苦しめて、そして時折、神は人に手をさしのべるのだと。
優しい心を持って、精一杯に生きていれば、必ずいいことがある。神様は見ているよ。
古老はいつもそう言って笑う。
今がその時だとミオは思う。
――ありがとう。
と、もう一度。
この機会を逃したくなかった。ミオは駆け抜けた。姉を救う大切な魔力を、その胸に抱いて。
一頭。
最初に怯えを振り切った一頭を皮切りに、虎どもが一斉に地を蹴った。津波の如く押し寄せる虎を見据え、ネクロマンサーは低く剣を構える。口をすぼめて細く長く息を吸い込み、
「参れ、エンレイ!」
『応!』
エンレイの体は呪文に応え、炎の塊へと姿を変えた。真の姿を見せた《炎の霊》たるエンレイは、そのまま主の剣にまとわりついて、その刀身を炎に包み込む。火の剣を携え、ネクロマンサーは疾走した。
虎どもは思い思いに跳び上がり、ネクロマンサーの喉を、腕を、脚を狙って牙を剥き出す。疾風のごとき身のこなしも、しかしネクロマンサーにそれに比べれば稚技に等しい。四方から飛びかかる虎どもの隙間を縫うようにくぐり抜け、ネクロマンサーは無造作に剣を振るった。
瞬間、無数の虎の首が斬り飛ばされて弧を描く。炎に包まれた銀の剣は、刃の間合いの外の首まで、一降りで断ち切ったのだった。真っ先に飛びかかった第一陣が為す術もなく殺されたのを目の当たりにして、臆病な虎たちが一瞬身をすくめる。
ネクロマンサーはその隙を見逃さない。
「――オン!」
手短な呪と共に、白い指が足下の根に触れる。
と、根の下で眠っていた大地が、木々の根を突き破って地上へ躍り出た。土砂の津波と化した大地がネクロマンサーの前に姿を現し、怯える虎どもを一気に飲み込んで押しつぶす。
冷たい土の刃に骨を砕かれ、肉を裂かれ、悲鳴を挙げる虎の群れ。ネクロマンサーは徐に立ち上がり、残り少なくなった虎どもに氷の視線を送る。仲間たちの阿鼻叫喚と、死そのものを想起させる一瞥によって、虎はその身の芯まで怯えきり、踵を返して逃げ出した。
が、しかし。
ネクロマンサーが溜息と共に剣を降ろした、その時。
『我が君!』
剣を取り巻く炎、エンレイが警告の声を発する。ネクロマンサーは即座に飛び退いて、頭上から降り注いだ銀色の雨から身をかわした。地面に突き刺さった銀色の雨は、長く鋭い無数の針。
――彼奴か。
思う間もなく針は再び襲い来る。ネクロマンサーは素早く跳躍を繰り返し、針の全てを避け、あるいは剣で払いのけた。やがて針の攻撃が収まると共に、醜い猿が飛び降りて、ネクロマンサーの前に姿を現す。
「うひ……うひひ……」
猿の姿をした神、先ほどネクロマンサーに無礼を働いた神だった。猿は全身を包む針の毛を鳴らしながら、楽しそうに身をよじる。そして手ほども器用な足の裏で、土の下に埋もれた虎を愛撫した。
死にかけの虎が、針の愛撫を受けて、さらなる苦しみに呻いた。その呻きをさも甘美と言わんばかりに味わって、猿は再び哄笑する。
「うひひひ……酷い奴だあ、俺様の子分をみんな殺しちまいおった」
「降りかかった火の粉を払うたまで。そも、いましに余を咎められた筋合いではなかろう? 死ぬと承知で眷属どもをけしかけたのは、いましじゃ」
「うひ、うひひひ!」
冷淡に言うネクロマンサーに、猿は腹を抱えて笑い出した。その姿を見てエンレイが何事かに気付き、剣を包む己が体を僅かに震わせる。
『貴様、眷属の苦しみを喰ろうておるな? さては《苦しみ》か』
「いかにも! 俺様は《苦しみの霊》クァンダス・マンダス。そして貴殿らは、俺様にご馳走してくれる者というわけよ」
『なんだと?』
物言わぬネクロマンサーに代わり、エンレイは声を荒げた。クァンダスは醜く笑い、
「ヘボ魔術師もいたもんだ。そこな泉に湧くは命の水などではない、俺様が作った毒水よ!」
僅かにネクロマンサーが眉を動かし、エンレイは一際赤く燃えさかった。
「飲めば一度は苦しみが薄れる。しかしすぐさま、前以上の苦しみが襲ってくるという寸法だ。
旨かったなァ、あの女の子の苦しみも……それを見ているしかないおチビちゃんの苦しみも! 二回も飲ませたらどうなるかなァ? 最初よりもっと苦しいのよりもっと苦しいんだから、狂い死んじゃうかなァ? た、た、たまらんなああああ!」
『下衆が!』
怒り狂ったエンレイの炎は、今やネクロマンサーを包み込むほどに大きく膨れあがっていた。癇に障る笑い声を立て続けるクァンダスに、ネクロマンサーは炎の剣の切っ先を向ける。しかしその眼は飽くまで冷たく、飽くまでも静か。激情ではなく理性、怒気ではなく裁きを以て、クァンダスの身を劈く。
「《苦しみの霊》とやら」
声が、森を殺した。
「そのほうに死を賜る。受けるがよい」
クァンダスは眼を細めて口の端をつり上げ、
「やぁなこった!」
その一声を合図に、二つの影が宙を交差した。
轟音。
夜を引き裂く森の悲鳴に、鳥どもは慌てて逃げ始める。古木の丸天井は内から弾け、砂礫はもうもうと舞い上がった。その白い幕を貫いて、影が二つ、夜空へ飛び出す。矢か星かと思われた二つの影は、弧を描き、交わり、弾け、白銀に閃いた。
剣と針の一合。鋼のぶつかる乾いた音が、夜の森に響き渡る。ネクロマンサーは魔術で固めた空を蹴りつけ、身軽に月の下を跳ね回った。しかし、不気味に光るクァンダスの針は、鞭の如くしなりながら追いすがる。
『我が君、避けきれませぬぞ』
「分かっておる」
僅かばかりの焦りを孕み、ネクロマンサーは淡々と言った。一際強く空を蹴り、大きく跳んで距離を取ると、振り返りざまに剣を一振り。瞬間、エンレイが剣を離れて大きく燃え上がり、炎の壁となって針の群れを吹き散らす。
が、その時。
「甘いねえ!」
頭上で響く醜い声。
驚きネクロマンサーは上を見上げた。何時の間に回り込んだのか、クァンダスが月を背負いながら、ネクロマンサーめがけて拳を振り下ろす。舌打ちしつつネクロマンサーは剣の腹で拳を受け止めるが、並はずれた膂力を受けきれず、空気の足場を突き破って森の中へと墜落した。
『我が君!』
エンレイが悲鳴にすら似た声を挙げ、墜落する主を追った。ネクロマンサーは墜ちながら苦しげに呻き、衝撃に砕けんばかりの意識をつなぎ止める。やがてエンレイの炎が優しく己が体を受け止めるのを感じると、その炎を再び剣に吸い込みつつ、手近な大木に刃を突き立てる。太い幹を縦に引き裂きながら勢いを殺し、すぐさま幹を蹴ってその場から飛び退いた。
一瞬遅れて頭上から針の雨が降り注ぐ。ネクロマンサーは軽やかに着地し、地面を蹴って飛び退いた。ネクロマンサーが巨木の影に隠れると、針は巨木に突き刺さり、天を支える柱のごときそれに、いとも容易く大穴を穿つ。一瞬の後には巨木は力を失い、呻きながら倒れた。
ネクロマンサーは舌打ちしつつ、倒れる巨木の側へと跳んだ。巨木が起こした砂埃が、ネクロマンサーの体を隠してくれる。埃を吸い込むまいと袖で口元を塞ぎつつ、ネクロマンサーは感嘆の声を挙げた。
「……彼奴め、やりおるわ!」
『如何なさいます、我が君』
「急かすな。今考えておる」
一方、クァンダスは空から舞い降りて、手近な木の幹にしがみついた。
「どォこだぁ?」
そこから倒れる大木と、白い埃の暗幕を見下ろして、すうと眼を細める。薄れゆく埃の中に、揺らめく人の影。クァンダスは口の端に笑みを浮かべると、幹を蹴って宙を踊った。
「見つけたあー!」
クァンダスの全身から、幾万の針が飛び出して、空中に大きく広がった。と、針は一斉に向きを変え、埃の中の人影めがけて嵐の如く降り注ぐ。
膨大な数の針に追い立てられて、ネクロマンサーは砂埃の中から飛び出した。森の木々を蹴って巧みに跳び回り、あるいは剣を振るって叩き落とし、なんとか針を避け続けるも、やがて銀の閃きがネクロマンサーの腕を捕らえる。
「くっ!?」
悲鳴と共に、ネクロマンサーの左腕が千切れ飛んだ。赤い血しぶきが森を染め、白の女は力なく苔の上へ倒れ伏した。クァンダスはその姿を見るなり奇声を上げて宙を舞い、倒れたネクロマンサーの側へ降り立ち、
「人間にしちゃ楽しかったよ。お礼に殺してあげましょお!」
その拳が、ネクロマンサーの腹に振り下ろされる。
大槌の如き拳は、柔らかな腹を貫き、地面までもをえぐり取った。
……と。
ネクロマンサーの体が無数の光の粒子へと姿を変え、風に流れて吹き飛んだ。クァンダスは初めて顔に焦りの色を浮かべ、
「幻かっ!?」
次の瞬間、上から舞い降りた銀の煌めきが、クァンダスの体を切り裂いた。
「ぎゃあああああああああっ!?」
「――愚か者」
クァンダスは身の毛もよだつ絶叫を上げる。その肩から腹まで食い込んだ炎の剣を握り、ネクロマンサーはほくそ笑んだ。砂埃に隠れている間に、魔術で自分の幻を作り出し、自らは木の上に身を潜めていたのである。
「どうしたのじゃ? 余を殺してくれるのではなかったのかえ?」
残忍な笑みを浮かべるネクロマンサーに、クァンダスは――
笑みを返した。
「イ・エ・ス!」
「何!?」
驚愕に目を見開くネクロマンサーの前で、炎の剣に裂かれたクァンダスの体が、みるみる再生していく。肉が盛り上がり、皮が広がり、傷がすっかり元通りになると、クァンダスは渾身の力で拳を振るう。ネクロマンサーは慌てて剣を引き抜いて、その腹で拳を受ける。が、力及ばず吹き飛ばされて、遠くの幹に強かに叩きつけられた。
「な、なんたること……!」
『我が君、お立ちください!』
ネクロマンサーは呻きながら顔を上げる。クァンダスが放った針の雨が、止めを刺そうと降り注ぐ。しかし衝撃に痺れた体は動かない。
『我が――』
エンレイの悲鳴は。
針が森に穴を穿つ、爆発にすら似た轟音に、無惨にも掻き消された。
「うひ! うひ! うっひひひひひひ!」
自らの針が巻き上げた砂塵を見ながら、クァンダスは哄笑を森に響かせた。木が、鳥が、獣どもが、あらゆる森の生き物が、不安げにその様子を見守っていた。しかしどうやら決着がついたと知れると、勝者の機嫌を損ねぬよう、じっと身を潜めるのであった。
「俺様は誰だ? 《苦しみの霊》よ! 神に魔力を与えるのは、生物どもの畏れの力。やくたいもないカスどもが、この俺様を畏れること、どれほどだろうかねえ? その畏れがある限り、俺様は負けねえのよ。死なねえのよ!
あんたさんも人間にしちゃ強い力を持ってたろうが……どうやら相手が悪かったなぁ? うひひひひひひひ!!」
しばらくそうして好き勝手に笑っていると、やがて笑い疲れたのか、息を吐きながら呟いた。
「そういや、そろそろあのチビが村に着いた頃ですかねえ……愛しのお姉さんが狂い死ぬさまを、見届けてあげましょうかねえ! うひひひっ」
そしてクァンダスは目を閉じて、低く呪文を唱えた。遠く離れた地の光景を視る魔術を以て、村の様子を窺うのであった。
ミオは村に駆け込むなり、真っ直ぐに我が家へと向かった。もはや夜の闇など問題にならなかった。今まで十数年も歩き続けた村の中、迷うことも、つまづくこともない。飛ぶように走り、みすぼらしい平屋に駆けつけると、戸口の前で村人達が人垣を作っていた。みんな、ミオの姉を心配して、夜中だというのに集まっていたのだった。あるいは、姿を消したミオを心配していたのかもしれないが。
胸の奥が強く締め付けられるのを感じると、ミオは水筒を抱く腕に一層力を込め、
「ごめん、みんな通してっ!」
叫びながら人垣を掻き分けた。押し出されるように我が家の中に入ると、奥の寝室では、姉が苦しみに呻いているところだった。ミオの姿を見た両親は、病床の側に並べた椅子から、腰を浮かせる。
「ミオ、今までどこに!」
「森っ! 父ちゃん、取ってきたんだよ! 命の水だよ!」
「なに!」
両親の、半信半疑の視線を浴びながら、ミオは姉の病床に駆けよった。姉は額に脂汗を浮かべ、全身を襲う苦痛に、地獄の怨嗟のごとき呻き声を上げていた。その声の一欠片が、ミオの体を内側から引き裂くかのよう。
ミオは手のひらでその汗を拭ってやると、すぐに水筒の口を開け、静かに姉に呼びかけた。
「姉ちゃん! お薬だよ、森の命の水を汲んできたよ。さあ、飲んで……これできっと……!」
姉は、おそらくおぼろげな意識の内であったろうが、僅かに目を開いた。妹の声が聞こえたか、聞こえたとしても理解できたか否かは分からない。それほどに憔悴していたのだった。しかし妹の暖かな手に抱き起こされ、口元に、香しい露を近づけられ、半ば本能的に、命の水を口に含んだ。
と。
どくん。
空が鼓動した。
ミオは確かにそれを感じた。両親も、不思議そうな顔をしたところを見るに、同じ物を感じているようだった。村人たちも。村の家畜どもも。森の木々も。驚いて飛び立った鳥たちも。
その優しい鼓動を感じたのである。
瞬間、ミオは姉の背に添えた手のひらを通じて、姉の胸が力強く脈打つのを感じた。ミオの見つめる前で、姉の脂汗は嘘のように引き、青ざめた唇に桃色の輝きが戻り、土気色の肌が生気を帯びた。苦しげな呻きは、安らいだ吐息となった。
「……ミオ……?」
やがて、姉は確かに、ミオの名を呼んだ。
「お姉……ちゃん」
ミオは嬉しいやら安堵したやら、崩れて融けそうな顔を、姉の胸の中に埋めた。姉の腕がゆっくりと動き、その頭を優しく撫でる。
「ありがとう……とっても、楽になったよ……」
「姉ちゃん……姉ちゃんっ……!」
ミオは姉の胸の中で泣きじゃくり、母はぼろぼろと涙をこぼしながら夫にしがみつき、父は妻の肩を抱きながら、目に涙をためて、何度も何度もうなずいた。やがて家の様子を恐る恐るうかがった村人によって、一報が外へと伝えられ――
小さな農村は、この月夜、にわかに沸き立ったのだった。
「な……?」
遠く離れた、森の奥。
クァンダスは驚愕に目を見開いた。
「なんで……?」
あれは命の水などではない。クァンダスが作り出した毒水。そのはずだ。そのはずだった。なのになぜ? なぜ少女は苦しまない? 百回狂って死んでいかない? 苦しみなど一欠片もない、安らいだ表情で、家族に微笑みかけている?
「一体どうなっ……」
癇癪を起こしかけたクァンダスは、ふと、誰かが毒水を本物の薬へと作り替えた可能性に思い当たった。
誰か。
己の力を凌駕するほどの、誰か。
目を見開いたクァンダスを、
「ぎ……」
黒。
「ぎいいいいやあああああああああああ!?」
黒が、貫いた。
魂の震えを、絶叫を挙げるクァンダスの腕が、黒く蠢く。闇の中から飛来した黒い何かが、刃のような鋭い何かが、炎のような激しい何かが、土のように冷たい何かが、クァンダスの腕を切り落としたのである。
クァンダスは自身を苛む苦しみに、のたうち回りながら叫び続けた。痛い。苦しい。治せ。再生しろ。何度命じても、どれほど強く祈っても、いかなる魔術を用いても、斬られた腕が再生しない。この世に苦しみある限り不死のはずの体が。
死んでいく!
「――無駄じゃ」
声は、闇の中から響いた。
「汝を斬ったは、死そのものの刃。現世で唯一絶対なる死の口づけ」
氷のごとき声。
「何人たりとも、我が寵愛だけは逃れ得ぬ」
ネクロマンサー。
砂塵を切り裂き現れる姿は、もはや白ではなかった。乳白の衣は黒に染まり、白銀の剣は闇色と化す。ただ、燃えさかるエンレイの炎が、青白い幽玄の美を晒すを除いては、闇そのものから切り出したかの如き黒。
「まさ……か……」
クァンダスはようやく悟った。
「あ……ああああ貴女様はああああああ!?」
己が、決して逆らってはならぬ相手に拳をあげてしまったことに。
「八千万(やちよろず)の神を統べる《皇》の一族、《死の皇》ドゥルム陛下がご息女っ……」
黒の女は嗤うでもなく嗤った。死は嗤わぬ。
黒の女は語るでもなく語った。死は語らぬ。
黒の女は怒るでもなく怒った。死は怒らぬ。
ただ、そこにあるのみ。
「《死の皇女》……ドゥザニア殿下ぁあああ!?」
悲鳴混じりに絶叫するクァンダスに、ネクロマンサーは笑みを送った。死そのものの笑み。絶対の空虚を孕む笑み。この世のあらゆる生ある者ども、全てに等しく死を与える清めの笑みを。
「汝が苦しみへの畏れある限り死なぬ如く、余は死への畏れある限り絶対。命ある者どもの、死を畏れること、いかほどならんや?
成る程、汝もただの神にしては強い力を持っておろうが」
そしてネクロマンサーは切っ先を向ける。
「どうやら相手が悪かったな!」
死の刃の切っ先を。
「ひいっ!?」
クァンダスは飛び起きるなり、踵を返して逃げ出した。絶対の死から逃れんと、住み慣れた森の中を、脇目もふらず疾走する。死に蝕まれ続ける腕の痛みすら忘れて。しかしこの世の何者が、死の運命から逃れられようか? たといそれが神といえども?
音もなく。
気付かぬうちに背後に迫っていた死の刃が、クァンダスの脚を切り落とした。
「ひぎゃああぁぁぁあぁっ!」
クァンダスはその衝撃で、地面にもんどり打って倒れ伏した。醜い体をますます醜く歪め、脚を失ってもなお、這い蹲って逃れようとする。その行く手を遮って、静かに降り立つ漆黒の衣。
恐る恐るクァンダスは顔を上げ、そして――
「――死を賜る。受けよ」
黒の女は、静かに告げた。
クァンダスは震えた。恐怖に。畏怖に。憤怒に。憤怒は内でも最も大きく、すぐさまクァンダスの魂を塗りつぶした。死なない。死にたくない。このまま殺されるくらいなら、死そのものさえ殺して殺して
「殺してやるら!!」
クァンダスは残る力の全てを振り絞り、絶叫しながらネクロマンサーに飛びかかる。
その一瞬、闇が閃き、
両断されたクァンダスの体は、無数の塵へと身をやつし、夜風に吹かれて融け、消えた。
つかの間の喧噪を経て、森に静寂が蘇る。
ネクロマンサーは溜息一つ。その身を覆っていた黒の衣は、みるみる優しい乳白の色を取り戻し、剣は白銀の輝きを放ちながら、役目を終えて虚空へ消えた。青白く燃えさかっていたエンレイはと言えば、赤々とした毛を逆立てた堂々たる犬の姿で、何食わぬ顔をして主の側に侍っている。
『お見事でございました』
「――うむ」
《死の皇女》たるネクロマンサーは、元の美しい瞳で、クァンダスの霧散した夜空を見上げ、
「現世で穢れたそなたの魂、死を以て禊ぎ、清く生まれ変わるがよいぞ」
優しい声で呟いたのだった。
それから、数日が過ぎた。
人々が気付かぬ間に一柱の神が雲隠れして、現世はつかの間、苦しみを忘れた。しかしそれは、瞬きするほど短い間のことに過ぎない。死したる神は、死の川に身を浸して穢れた魂を禊ぎ、別の形となって蘇る。神は概念の化身であるから。人の想いが肉体を得たものであるから。
人がその存在を忘れぬ限り、神は不滅。
そして現世に存在するあらゆるものは、神である。
ただ、誰もその真実に気付かないだけなのだ。
とはいえ、真実をかいま見る者はある。時折。
村のはずれに小高い丘があった。夏草に覆われ、獣の背のように身じろぎする丘に、幾つもの墓石が立てられている。そのほとんどは朽ち果て汚れていたが、墓地の端にただ一つだけある真新しい墓石は、太陽を浴びて、命あるものの如く輝くのだった。
暖かい陽射し。爽やかな風。ミオは、髪がなびくのを感じながら、跪き、一輪の花を供えた。少女の顔に、悲しみはない。あるのはただ決意のようなもののみ。覚悟とも言えるだろうか。ただ、前を見据える力強い双眸が輝くのである。
「――そこに、そなたの姉御が眠っておるのか」
声は、いつものように後ろから聞こえた。
ミオは立ち上がると、慣れた様子で振り返った。そこに予想通りの人物が立っているのを見ると、幼い顔に笑みを浮かべる。
「うん……よかった、無事だったんだね。魔女のお姉さん」
「あの程度の獣ども、物の数ではないわ」
微笑みを返すのはネクロマンサーであった。
ネクロマンサーは夏草を踏み分けながら、ミオと並んで墓石の前に立った。エンレイは行儀良く墓の前に座り、恭しく頭を垂れている。垂れ下がった耳と尾は、犬流の礼儀作法。瞼を閉じて鼻をひくつかせているのは、あるいは霊と対話しているのやもしれない。
しばらく二人はそうして、立ち尽くしていた。陽射しが肌を焼き、ちりちりと音を立てる気がした。その肌のひりつきが、なぜか心地よく感じられる。
「――あのあと、ね」
やがて、ミオが口を開いた。
「命の水、すごい効き目だったよ。姉ちゃん、すっかり元気になって……村中お祭り騒ぎでさ。大人たちは宴会はじめるし、姉ちゃんは今までの分取り戻すみたいに、はしゃいじゃって。子供みたいだよね。あたしより年上のくせに!」
ネクロマンサーは何も言わない。
「でも……すごく楽しかった。
あたしが今まで楽しいと思ったことを全部合わせたくらい、楽しかった。
姉ちゃんも、笑ってた。
きらきら笑ってたんだ」
風が吹き抜ける。ミオの鎧を剥ぎ取るかのように。
「夜は、姉ちゃんの手を握って、一緒に寝て――起きたら、姉ちゃんはもう――」
静かに。
ネクロマンサーは手を伸ばし、ミオの肩を抱き寄せた。ミオは体をすり寄せて、小さく震えた。小さな体で、震えを押しとどめようと、必死にがんばりながら。
「優しき娘よ」
震えるミオの体を撫でながら、ネクロマンサーは言った。
「最期の時をそなたと安楽に過ごして、姉御は屹度幸せであったろうよ」
「そう……だといいなあ……!」
嗚咽が風に乗って流れた。川の流れに乗って流れた。流れるものは全て、魂を禊ぐ力を持つ。風も、涙も。
ミオはやがて、小さな体に力を込め――
ネクロマンサーから身を離し、自分の力で大地に立った。
「あたし……決めたんだ。あたしは、姉ちゃんの分まで生きてやるんだ。普通の人の倍生きて、その分色んなものを見て、それで、あの世に行ったら全部姉ちゃんに話してやるの。
絶対……絶対、そうするんだ」
「そうするがよい。姉御は、喜ぶであろう――」
ネクロマンサーは最後に微笑むと、踵を返して歩き出した。驚いたミオが振り返り、魔女と、その従者の背を見つめる。
「行っちゃうの?」
「長居はできぬ身の上なのじゃ。しかし、いずれ必ず、そなたにまた会いに来る。手みやげを持ってな。
その運命の刻が至るまで、さらばじゃ」
振り返りもせず言って、ネクロマンサーたちは去っていく。ミオはしばらくその背を見送っていたが、やがて力強く手を振って、腹の底から声を張り上げた。
「ありがとう、魔女のお姉さんっ!」
僅かに、ネクロマンサーの肩が震える。
「またねーっ!」
嬉しそうに。
ネクロマンサーは肩越しに手を振り、そして、遠ざかっていった。
ミオは胸に手のひらを当てて、己の鼓動を感じながら、ネクロマンサーの背を見ていた。生きている。この胸は、力強く脈打っている。そのなんでもない事実が持つ意味、自分の命に託された大切な想いを、手のひらで感じていた。
ふと。
すっかり小さくなったネクロマンサーの隣に、見覚えのある姿が並んでいるような気がして――
「えっ!?」
ミオは慌てて目を擦った。
見たと思ったはずの姿は、もう何処にも見えなかった。
ただ、白の女と、赤の犬が、草原の向こうへ遠ざかっていくだけ。
だが、確かにミオには見えたのだ。
姉が――最後に一度、自分に向けて手を振ったのが。
「姉ちゃん……」
小さく、ぽつりと呟く。
その背を、風が吹き抜けた。
さて。
草原はどこまでも続く。ネクロマンサー一行は、草原の中をどこまでも伸びる街道の上、暖かな陽射しの下を、上機嫌に行軍していた。その機嫌の良いことと言ったら、普段は物静かなネクロマンサーが、珍しく鼻歌などに興じるほどである。
『……ときに、我が君』
ふいに、主の傍らを歩くエンレイが、不機嫌そうな声を挙げた。
「なんじゃ?」
『恐れながら、一つ申し上げたき儀がございます』
「申してみよ」
『……死皇陛下は、死の宮殿を護るに相応しい、屈強なる戦士の魂を集めよと仰せられました。然るに……』
くわっ、とエンレイは目を見開いた。
『なにゆえ、やくたいもない小娘の魂など拾い遊ばしましたか!』
ネクロマンサーは片方の眉を跳ね上げ、人差し指を耳の穴に突っ込んだ。その隣に並んで歩く三人目の人物……ミオの姉たる少女、ミラはと言えば、エンレイの剣幕におののいて、ただおろおろと、ネクロマンサーとエンレイの顔を交互に見つめるばかりである。
「あ、あのう……」
ミラは恐る恐る、エンレイに言った。
「すいません、私きっと、上手く働きますから……戦いはできませんけど、お料理とかは得意ですから、その、あの……」
すがるような眼に浮かぶ涙を見て、エンレイは僅かにたじろぐ。
『そっ、そのような顔をするな! そなたを責めておる訳ではない!』
思いの外慌てるエンレイを見下ろしながら、ネクロマンサーはふんと楽しそうに鼻を鳴らした。意外や、万物を焼き尽くす炎の霊は、女の涙に弱いと見える。これからしばらく、この頭の固い従者をからかう術ができた、と思いながら。
「そう堅っ苦しいことを申すでないわ。ててさまは、侍女を雇うてはならぬ、とは言わなんだぞ」
『しかし、斯様にたびたび魂を拾うておられては、我が君がご即位遊ばす頃には、死の宮殿は人間どもで溢れ、乱痴気騒ぎとなっておりましょう!』
それを聞いて、もっともなことだと思いつつ、ネクロマンサーはその光景を思い描いた。陰気で暗い死の宮殿。あそこが、無数の陽気な人間で溢れんばかりとなり、日夜酒宴でも催しているさまを。地獄の亡者はといえば、騒ぎの輪にうまく入れず、ただ呆然と、遠巻きにそれを見守るのである。
ネクロマンサーは豪快に笑った。
「はっはははは! それはよい。祭りの如く賑やかな死の宮殿というのは、なかなかに面白い光景じゃ。となると、次は芸人あたりの魂を拾わねばならぬのう。
うむ。よい知恵を授けてくれた。褒めて遣わすぞ、エンレイ」
それを聞くと、エンレイは唖然として、口をぽかんと開け放った。ミラがくすくす笑いながら、そっとエンレイの頭を撫でる。
「やぶ蛇でしたね、エンレイさま」
『なんたること……』
呆然と呟いて、エンレイはうなだれた。だがどうにも、頭を撫でるミラの手の心地よさは、否定できぬようである。
その姿を見て、ネクロマンサーは小さく微笑む。
「さて。エンレイ、ミラ、死に長居は無用じゃ。
――参るぞ!」
かくして、死の皇女とその従者たちの旅は、
つづく。