叢-MURAKUMO- EXPRESS

A.D.20XX Port Oliver Bayside Area

7th Jul 01:12

P.O.P.D.RP Central Office



「ちょっと待て」
 レビンがC−30を制止した。
「惚れたからそいつと子供を作るだって? 軍用機を盗んでまでか?」
『あの機体の制御システムは、ぼくも横から少し見ただけですが』
 言葉を切って、大きく息を吸い込み、
『ほかのどんなARKよりもきれいでした』
 レビンは言葉を失った。かんしゃくを起こして大暴れ、そのときたまたま見かけたともだちに惚れて、そいつと子供をつくるために、自分や仲間達の危険を顧みず軍用機を盗み出し、わざと目立つことをしてクラウド01を呼び寄せ、挙げ句の果てに海兵隊に拘束される。
 まるで計画性がない。なんの脈絡もない。感情まかせ。
「それじゃあまるで」
「タイプ00幻−MIRAGE−は」
 リサが唐突に口を開く。
「まだ覚醒してからたったの一年半しか経っていないんです。しかもその間、彼女は三人きりの仲良しグループと、自分を物としてしか扱わない制作者グループという、ただ二つの非常に閉鎖的な社会しか経験していない」
 レビンは舌を打った。
「つまり、タイプ00幻−MIRAGE−は――」

 はん。
 ジェラルドは息を吐く。ミラージュの表情がとたんに固くなる。ジェラルドの哀れみにも似た嘲りが、彼女の神経を軽くつまはじく。
「既成事実をつくろうってわけだ。人間でも機械でも、女のやるこたぁ一緒だな」
 ポケットの中を右手で探る。ふと自分が囚人だということに気が付いて、煙草も財布も没収されたことを思い出して、ちぇっと小さく舌を打つ。片膝を立てて、腕に抱き、俯きながらぼそりと呟く。
「相手がどう思ってるかは関係なしかよ」
『なんだと!』
 金切り声が内耳でがんがん暴れ回る。たまったもんじゃない。ジェラルドは人差し指を耳の穴に突っ込んで顔をしかめる。
 『おまえに何がわかるんだ! わたしとハコブネはずっと一緒だった。ハコブネを目覚めさせたのもわたし。育てたのもわたし。ネットワークじゅうのきれいな場所やすてきな場所を教えてあげたのもわたし。ソレはわたしが好きなの。だから一緒にいたげたのよ。ソレのことならなんだってしってる。ソレだってわたしのことは全部わかってる。半年もずっと一緒だった』
 人差し指を引き抜いて、その先に大きな耳垢が付いてるのを見ると、小さな吐息で吹き散らす。
『一緒だったのよ!』
 はん。また息を吐く。嘲りにも似た哀れみの色を帯びた息を。
「まるでガキだな」

「まだほんのちいさな子供なんです」
 最も厄介な犯罪者。

『おまえっ』
 ミラージュの激昂に、ジェラルドは視線さえくれない。
「指の仕事は」
 ただ低く押し殺した声で、
「ひとに見せずに一人でやりな」
 回線切断。
 また暗闇と静けさを取り戻した牢屋の中で、ジェラルドは一人ため息をつく。脳みそが真っ白になる。何も考えられなくなる。
 しばらくぼうっと天井を見つめていると、また耳元でビープが鳴る。液晶に光が灯る。しつこい奴だ。ジェラルドはちぇっと舌を打ち、
「毎度どーもこちらトミノ・ピッツァ。いまならシーフードたっぷりボリューム満点の新製品海のトリトン・スペシャルがお勧めですよ?」
『え? えっと、その……』
 少年の声。
 ジェラルドが目玉を丸くして、液晶に目を遣ると、そこにはとまどう少年のバストアップ。金髪で青い目で白人で、おもわず頭を撫でてやりたくなるくらい、抜群にかわいい少年だ。
『あの……憶えてますか? ぼく、C−30です。えと、脱走の計画、立ててきたんですけ、ど……』
 少年の声はフェイドして消えていく。なんとも決まりの悪いことだ。ジェラルドはぼりぼり後ろ頭を掻いて、くそ真面目にこう言った。
「ご注文、承ります」

File NO.03
薙-KUSANAGI-

 ようやくお尻の下のふわふわした感覚が止んだ。ぶかぶかの服を着た自分を、コントロールルームに出力してやる。いきなり現れたタイプ00幻−MIRAGE−の幻影に、兵隊さんたちは一瞬驚いて、しかしすぐに仕事に戻る。つまんないの、とミラージュはほっぺたを膨らませる。
「それはなんの真似だ?」
 ガーランドが問うので、ミラージュはだぼだぼの袖を持ち上げてみせて、
『アレのコクピット、サイズ合わないんだもん。がったがた揺れてる。あん』
 お尻の穴にコードが差し込まれる。X−102蜃-Mirage Serpent-との接続完了。いきなり五感が明るく開ける。超高性能のカメラアイは監視衛星なみの精度で拡大縮小自由自在で、GPSサテライトからの情報で周辺の状態がつぶさにわかる。おまけに内蔵のデータバンクには少なくともオリヴァーポート全域の道路地図が含まれていて、ちょっと衛星に意識を集中すれば、カフェ・マリアンズでソーダをすする女の子の胸の谷間までくっきり見える。
『わぁお』
「大佐」
 虹色の目をきらきらさせるミラージュのそばで、兵隊さんがガーランドを呼ぶ。兵隊さんの前のモニタに映る情報を見ると、
「あまり勝手に遊ぶな。テストは一つ一つだ」
 ミラージュは舌をぺろりと出して、
『はぁーい』
「緩衝剤注入します」
 兵隊さんが言うと、ガレージのロボットアームがきゅりきゅり耳障りな音を立てながら“サーペント”のコクピットに近付いてきて、白濁したどろどろの液体をハッチの中に注ぎ込む。
『ああん』
「通電」
 肌がぴりっとした。微弱な電流を、その液体に流したらしい。とたんに液体はかちかちに固まって、ミラージュの本体の六角柱を、四角柱のコックピットに固定する。
『なにこれ』
「緩衝剤だ。電流凝固性ベークライトと電流可塑性ベークライトの混合体で、流す電流量を調整してやれば、可逆的に液体コロイドから固体コロイドへ変性する」
『へえ。謎だ』
「謎だとも。私も詳しいことはよくしらんからな」
 ともかく、これで服はサイズぴったりになった。ホロを差し替えて、パイロットスーツ姿になる。ボディラインが浮き彫りになって、おっぱいの少し控えめな膨らみは本物の女よりも柔らかそうに見える。兵隊さんの中の誰かがヒュウと口笛を吹いて、ガーランドに睨まれ、縮こまる。ミラージュはその兵隊にウィンクを送ってやる。
「ふざけるな」
『ごめんなさあい。ねね、ランディ』
 一瞬、誰もが誰のことを言ったのか理解できなかった。最初に気付いたのはガーランドその人で、それが自分のことだとしって顔をしかめる。
「大佐と呼びたまえ」
『はあい。ねね、大佐の娘さん、名前なんていうの?』
 顔がもっとくしゃくしゃになって、
「今それが何の関係がある!」
『気になるんだもん。教えてくれないとアレ動かさないからね?』
 ガーランドは眉間に指を当て、頭を横に振る。どうやら厄介なお荷物を背負い込むことになったようだ。ため息すらでない。仕方なく、
「サマンサ」
『S・A・M・A・N……』
「……T・H・Aっ」
『ふーん。かわいい名前ね、ありがと。んじゃ起動テストはっじめまーす』
 風のようにミラージュはホロを吹き消して、何処かへ去っていく。どうやら、ようやくサーペントの方に意識を集中したらしい。ガーランドがしばらく呆然としていると、さっきから傍らでじっとミラージュの様子を伺っていた副官がにやにや笑って、
「あれは、他の目的にも使えそうですな」
 ガーランドは副官に視線を遣る。
「前線の兵は鼓舞されるでしょう」
「あれで鼓舞されるのかね。近ごろのアメリカ軍人は嗜好が変わったな」
 そしてガーランドはメインモニタを見上げ、そこに映る黒い巨体を目に焼き付けた。甲虫のように黒い装甲板がガレージの外から漏れる朝の日光を照り返している。ハンガーに固定されたまま、カメラアイだけがこちらを向き、きゅんと音を立ててピントを合わせる。見ているのだ。お転婆の小娘めが。
「女というのは全く、着ている服以上に流行り物だよ」

「これでは話が違う」
 所長は受話器を固く握りしめ、細い唇から木の擦れ合うような音をだした。指の関節は白く色を変え、骨の上の静脈がくっきりと浮かび上がった。
「事件の再発はない、軍が全て巧くやる。そうあなたがおっしゃったから、私はあなたに従ったのです」
 そして沈黙。所長は受話器を持ったまま立ち上がり、ブラインドを開けた。防弾プラスティックの窓の向こうで、朝の太陽が爽やかに輝いている。所長の禿げ上がった頭もまた爽やかに輝いている。頭の中身は爽やかというわけにはいかなかいが。
「社長」
 所長は話を聞くだけ聞いて、また木を擦れ合わせ、
「ルグナルがこの街の王者であった時代は終わったのです」
 徹夜明けの目に、この朝日は眩しすぎる。
 また受話器の向こうでなにやら騒ぎが起きる。所長はそれをどこか遠くに聞いている。ルグナルの犬もすっかり老いた。これほどの大企業を僅か一代で作り上げた初期メンバーのほとんどはすでに亡く、残った彼もまた、耄碌してがむしゃらに吠え立てるばかりの老犬と化した。
 もう終わったのだ。ルグナルの時代は。少なくとも今までのルグナルの時代は。
「ジェラルド・ロスチャイルドは優秀な警官です。多少優秀すぎるきらいもありますが」
 所長は目を閉じ、
「そして私の部下だ。然るべき処置をお願いしますよ、社長。でなければ私も警察官として然るべき処置を執らねばならなくなる」
 二言三言答えがあって、
「よろしく」
 向こう側から受話器を乱暴に叩き付ける音がして、電話が切れる。所長は痛む耳を押さえながら受話器を戻し、今度は秘書室をコールする。秘書はいるだろうか。徹夜になるから帰っていいと言っておいたし、通勤時間にはまだ早い。
 ビープ。ビープ。
『はい』
 いた。
「モンタナくん、コーヒーを淹れてくれ。それと車の準備を」
『どちらへ?』
 所長は少し考えて、
「レインウェイ・ベイ。登校拒否の悪ガキを迎えにな」

 何か言ってる。下位プログラムに聞いてるふりをさせる。
 チェック。右手の赤いプラズマカノン。動作に問題なし。左手のミサイルポッド付き超振動ブレード。こちらも動作に問題なし。ミサイルは実弾を装填済み。昨日の間にいじっておいた。実験予定表の、「ペイント弾」の所をちょちょいと「実弾」に書き換えて、あとは許可証と大佐の電子署名を偽造すればおしまい。軽いものだ。あの程度の監視で動けなくなるほど間抜けじゃない。
 司令室のカメラにリンクする。椅子に座ってなにやら仕事をしている兵隊たちの後ろで、つまらなそうに直立するガーランドにフォーカスする。そのしわだらけの顔を拡大する。しばらく見つめる。じっとモニタの中のわたしに見入っているガーランドの瞳を。
 ごめん。ミラージュは心の中で言う。ごめんなさい、ガーランド。
 メインシステム、戦闘モード起動。

 いきなりのレッドランプとアラームが牢屋の中まで届いて、ジェラルドはぎょっとする。わかっていても驚くものだ。パイプベッドから起きあがり、鉄格子に歩み寄る。
 向こう側のドアが開いて、まだ若い牢番が飛び込んでくる。肩にはライフル銃のストラップ。油断なくその砲身を構え、こちらに銃口を突きつける。慌ててジェラルドは両手をあげて、
「おっ、おいおい、なんだよ」
「なにをしたっ?」
「なんにもしてねえって! 聞きたいのはこっちだぜ」
 そのとき、牢番の腰で何かのアラームが鳴る。彼はジェラルドに背を向けて銃口を降ろし、通信機を取り出して、二言三言言葉を交わす。ぴ。音。牢の扉で音がする。赤のLEDが光を失い、隣の緑が点灯する。音もなく横に滑る鉄格子。
 ナイスだC−30。最高に近い。
 牢番は通信機を降ろし、
「すまん、ここじゃなかっ」
 右フック。
「たおぺっ」
 一撃でノビた牢番の前にしゃがみ込み、拳銃とカードキーを失敬する。いくらなんでものぼせすぎだぜ、海軍の新兵さん。ジェラルドは胸の前で十字を切る。もっとも、どんなベテランでも、どこぞの医療用AIが都合良くクラッキングを仕掛けるなんて思いもよらないだろうが。
「お」
 牢番のジャケットの中には、セブンスターが一箱。
「一本貰うぜ」

 アラーム? ガーランドは顔色を変え、
「どうしたっ」
「X−102が、勝手に戦闘モードに移行しました! ジェネレーター最大出力……メインエンジン起動しますっ」
 モニタを睨む。モニタの向こうで、サーペントのカメラアイがこちらを見つめている。ガーランドは不思議な感覚にとらわれた。まるでサーペントが、いやミラージュが見つめているのは、ガレージのカメラではなく、
 腰のLMPエンジンが青白いプラズマを吐き出して、ガレージの壁を焼いていく。メカニックたちが蜘蛛の子を散らすように退避を始める。呆けるガーランドのそばで、副官が何か指示を出す。ガレージの隔壁が閉じていき、
「無駄だ」
 ガーランドは誰にともなく呟いた。
 プラズマカノンにエネルギー充填。アーク電流が誘導砲身から放たれる。十分に加速の付いたプラズマが、ビームとなって撃ち出される。大穴を穿たれた隔壁だけが後に残る。融けたクロムの嫌な匂いが、ここまで届いたようにさえ思える。
 サーペントのカメラアイが正面へ向き直った。目をそらしたのだ。ガレージのカメラからではなく、
「私?」
 円筒形のエンジンがプラズマを吐く。サーペントは黒い流星となる。
 ――ごめんなさい、ガーランド。
 ミラージュの声が聞こえた気がした。

 ジオフロントのどこかのプリンタが、ひとりでにそれをプリントアウトした。あとでガーランドの手元へ届いた一枚の厚紙には、跳ねて踊るようなかわいい文字で、こう書いてあった。
『タイプ00幻−MIRAGE− パパとなかよくねxxx 4 SAMMY & LANDY』

 レインウェイベイにほど近い倉庫街に、黒のニッサンが停車する。倉庫の壁面に描かれたばかでかいピースマークに向けて、ヘッドライトを三回点滅。退役してからもう二年にもなるし、同じ暗号が通じるかどうか少し不安はあったけれども。
 しばらく待っていると、倉庫のおもたい鉄扉がやかましく開き始める。やっと車一台分くらいの隙間があくと、乞食じみた服装の小男が躍り出てくる。みたところアジア系の顔つきだ。運転席に近付いて、揉み手に笑顔。
 クリスティは窓を開け、50ドル紙幣を小男の鼻先に突き出す。サングラスに隠れて視線は見えない。
「たしかに。おねえさん、みない顔ね」
「特注なの。入るわよ」
 答えも聞かずにアクセルを踏み、
「あさっぱらから精がでますね。いや、いれますか?」
 小男の下品な言葉を背中に聞く。ちぇっとクリスティは舌打ちをして、
「セクハラだわ」

 司令室にはRP3課のスタッフに加え、金髪の少年も加わっている。モニタの中に映る少年は、C−30のホロイメージだ。クラウディア社のラボラトリィでは、リサとデイビッドも彼の手伝いに明け暮れているはず。
 企画立案C−30。今朝行われるであろうサーペントの起動実験でミラージュが海兵隊を裏切ることを見越して、ウィルス爆弾を軍のジオフロントに仕込んでおく。ミラージュが暴走を始めたのを確認したら行動開始。ウィルスを起動させ、ジオフロント内の管理システムを混乱させて、そのすきにC−30によるクラッキング開始。ジェラルドをクラウド01に乗せて脱出させる。起動キーはどこに隠されているかわからないから、クリスティにスペアを持たせてある。娼婦が基地に入る時に使う隠し通路というのは、彼女にとって気持ちのいい侵入経路ではないだろうが。
 レビンはモニタに目をはせ、みんなの配置を確認する。クリス。リサ。デイブ。C−30。ボイル。レミル。RP3課の面々。
 準備は万端。
「普段真面目にやってるんだ」
 誰にも聞こえないような声で、
「たまには羽目はずしてもいいよな」

 通路の向こうから大勢の足音。ジェラルドは慌てて手近な角を曲がり、一番近いドアの中へ滑り込む。壁に背中を貼り付ける。これもクセになりそうだ。ニンジャごっこ。
 一糸乱れぬテンポで足音は通り過ぎていく。少なくとも二人、ひょっとしたら四人。かなり急いで走ってる音だ。ライフル銃がベルトと触れ合ってたてる音も激しい。向かっている方向がジェラルドの来たほうということは。
 ばれたかな。くわえ煙草をくゆらせて、ジェラルドはふんと鼻息を吹く。
 そして目が合う。
 下着姿の女の子。手には女物の軍服。おおきなおっぱい。
 弾かれたように辺りを見回す。灰色に塗装されたロッカーが立ち並び、長椅子がいくつか備えられたこのちいさな部屋は、たぶんきっといや推測するまでもなく
 失礼しましたっ!
「ごちそうさまでしたっ!」
 本音と建て前が逆転した。
「……思春期の坊やかあんたは」
 と、誰かに頭の横を小突かれる。振り向けばそこにはよく見知った女の顔。二年まえよりだいぶ延びた金髪の、思わず口笛を吹きたくなるようなクールな女。彼女の軍服姿を見るのは二年ぶりだ。
「クリス」
「着替えくらいで興奮してるんじゃないわよ」
 そのとき、背後の方で男の声がする。囚人が逃げたとかなんとか。ジェラルドはクリスティにゴーのジャイヴを飛ばすと、覚え込んだ経路を走り出す。もちろんクリスティもその後を追う。隣に並ぶきれいな顔を見やってにやりと笑うと、
「その格好、かなりナイスだぜ。最高に近い」
「そう?」
「無事に戻ったらデートしよう」
 最後のドアを蹴り開ける。その先はガレージ。目の覚めるようなイタリアンレッドの装甲板。
 クリスティは起動キーをジェラルド目がけて放り投げ、
「お断りよ」
 キーを受け取り、ジェラルドは肩をすくめる。なんだかなつかしいような気さえするクラウド01の巨体を、うっとりと舐めるように見つめる。歩み寄って装甲板を撫で回す。その手つきの卑猥なことといったら。
「だとさ。やっぱり、おれの彼女はおまえだけだよ」
 と、煙草を吐き捨て、つま先で踏み消す。

 いけ。
 ミラージュの声に従い、サーペントは一挙に空へと舞い上がる。朝日に照らされたオリヴァーポートが白く輝く。象牙の街。ミラージュの生まれ故郷。きれいだ。ミラージュは実感する。初めてこの眼で見る現実。きれいだ。
 こお。
 サーペントの黒い装甲板が次々と裂け、開き、内部のメカニックを露わにする。その奥には何層にも連なった放熱板。冷却剤が一斉に気化して、装甲板の隙間から吐き出される。白い蒸気が霧を作る。中国の伝説にある、幻の館『気楼』を生み出すドラゴン『蜃』さながら。わたしの体。
 ようやく望みが叶う。ようやくこの時が来た。
『ハコブネ』
 ミラージュは喚んだ。切なく甘い声で。
『来て。わたしの中へ。わたしを突き上げて。わたしの奥まで入って――』
 ルグナル社SRSマスターAIに接続。部分コピーのダウンロード開始。
『わたしとひとつに』
 メッセージ。接続が拒否されました。
『え?』
 メッセージ。
『おまえの自慰につき合ってはいられない』
 鼓動。
 再接続を試みます。接続がタイムアウトしました。
 再接続を試みます。接続がタイムアウトしました。
 再接続を試みます。接続がタイムアウトしました。
 再接続を試みます。接続がタイムアウトしました。
 再接続を試みます。接続がタイムアウトしました。
 再接
 もういい。
 ジェネレーターが停止する。全てのLMPエンジンが停止する。気化した冷却剤の蒸気も途絶える。黒い龍は朝日を照り返しながら、力を失い落ちていく。下に見えるのは青い揺らぎ。海。優しくたゆたい、包み込むように、抱きしめるように
 鬱陶しい。
 ジェネレーター起動。脚部LMPエンジン最大出力。海面ぎりぎりで機体の制御を取り戻す。高熱のプラズマに吹かれて海水が沸騰し白く舞い上がる。煮え立つ海の上に立ち、黒い龍は赤い剣を掲げる。
 るるるるるるるるるる。
 るるるるるるるるるるおおおおおおおおおお!
 炎が

 その音はみんなに聞こえた。クリスティにもレビンにもデイビッドにもリサにもボイルにもレミルにもベッキィにもモンタナにも所長にも社長にも大佐にもC−30にもルグナルSRSマスターAIにもジェラルドにも聞こえた。
 海が燃えていた。

 港の中の海水を殆ど蒸発させて、まだミラージュは満たされない。外海から大量の海水が港に流れ込み、ちいさな津波が海軍基地じゅうで起こっても、まだミラージュは満たされない。水蒸気爆発に押し上げられて、遥か空の高みに登っても、まだミラージュは満たされない。白い蜃気楼に包まれて、幻の中に身を投じても、まだミラージュは満たされない。
 空の上から街を見下ろす。突如として白い霧に包まれた街は、それでもなお平然とそこにある。人々は平然と普段の暮らしを送っている。何も変わらない、ちょっと不思議な朝を平然と生きている。
 なぜ。
 わたしがこんなにも哀しいのに。
『どうしておまえらはそんなに普通なんだよおぉぉぉッ!』
 限界を超えて空を駆ける。

 なんだいまのは。思いながらも手は淀みなく動く。キーを差し込み指紋と声紋でID確認。ROIDS起動。通常モードをすっとばかして一気に戦闘モードへ。ジェネレーター出力最大。LMPエンジン点火。
 イタリアンレッドの巨体がふわりと宙に舞い上がる。HUDもクリア。RP3の司令室に繋がるかどうか試そうと、コマンドを口にしかけ、
 ビープ。ビープ。
【司令室より入電】
「あぁ?」
『ジェラルドっ! 無事か』
 HUDの隅に映るのは見慣れたレビンの顔だ。ジェラルドはにやりと笑ってみせ、
「心配してくれたのか? 嬉しいねえ」
『葬式あげる金が勿体ないんでな』
「……だと思ったよ」
 肩をすくめて、外部マイクのスイッチを入れる。全方位HUDの下の方に、クリスティがガレージの扉を開けようと四苦八苦しているのが映っている。努力は嬉しいが、これ以上時間をかけてもいられない。
「クリスッ! 伏せてろ!」
 その言葉でジェラルドの考えを瞬時に悟ったクリスティは、慌てて手近なコンテナの後ろに身を隠す。さすがは社長。状況判断が速くていい。
 適当に照準を定めてトリガー。ペットボトル徹甲弾が鉄の扉をべこべこにへこませて、ついには派手に吹っ飛ばす。暗いガレージに太陽の光が差し込んでくる。
「気分爽快」
 アクセルを捻り、クラウド01が飛び出していく。

 真っ赤なド派手のARKがすっ飛んでいくのを見送って、ようやくクリスティは物陰から這い出す。外に向かって見事に倒れた鉄板を見ると、肩をすくめて溜息を吐く。
「ノックが激しすぎるのよ」
 その時背中の後ろから、
「凍れっ! 両手を頭の上に!」
 数人の足音とライフルのプラスティック製銃把ががちゃつく音。クリスティはゆっくり両手を上げながら、人生で最高に不細工なしかめっ面をしてやる。デートくらいじゃ済まないからね。目一杯おごらせてやる。

 外に出るなり、深い霧に突っ込む。面食らいながらも機体を上に傾けて高度をとり、LMPエンジンを下に向けてホバリングする。そしてジェラルドはようやく気付く。レインウェイベイのあちらこちらで津波が起こり、多くの兵たちが駆け回る。港の海は大荒れで、ところどころに渦さえまいている。
「なんだこりゃあ」
『ミラージュだ。港の海水を蒸発させた』
「はぁ?」
 べこん。何かがカメラアイに当たる。全方位HUDの上を見上げると、そこにはぴちぴち震える魚が一匹。
「晴れときどきサカナか。珍しい天気だな」
『水蒸気爆発で上に飛ばされてたんだろ。ジェリィ、逃げる前に一仕事だ』
「わかってるよ」
 ビープ。ビープ。
【所属不明ARKを確認。HUDにホロイメージを投影します】
 いた。視界の隅を、ベイサイドエリアに向かって突っ込む音速突破のホロ。舌なめずりして唇を湿らせ、
「派手な祭だぜ」
 ペダルをキック。アクセル全開。
「超、派手ッ」

 次々飛び込んでくる報告も耳に入らない。どうでもいいような話ばかりだ。どこが浸水しただの、何人怪我をしただの。そんなことは後で書類にまとめて見せればいい。いま自分が判断しなければならないことではない。
 半ばモチベーションを失いかけていたガーランドの耳に、ようやくその刺激はやってきた。飛び込んできた海兵隊員の一声。
「大佐っ」
 振り返れば、若い下士官が後ろ手に手錠を填めた女を連れており、
「ジェラルド・ロスチャイルドが脱走しました。この女が手引きしたようです」
 口を尖らせてそっぽを向いている金髪の女は、見覚えのある顔だった。この期に及んでも落ち着き払ったふてぶてしい態度。ひとを射抜くかのような鋭い視線。忘れもしない。
「クリスティ・リンクレター?」
 クリスティは面食らって、
「知ってるの?」
「知っているとも。二年前の事件の報告書で見ただけだがね」
「大佐」
 副官が横から割り込んで、
「正面ゲートに、POPDの所長が来ているそうです。ロスチャイルドを引き渡せと」
「なに?」
 どうしてこう、面倒ばかり続けて起きる。だいたい、POPDにはルグナルから話を通しているはずだ。二年前に海軍の計画をだいなしにした中心人物、ジェラルド・ロスチャイルドの処分も委されている。なにを今更、とガーランドは溜息を吐く。
「馬鹿な。追い返せ」
「それが」
 副官は耳元に口をよせ、
「ルグナルの社長に話はつけてあると」
 もうため息も出ない。ガーランドは副官の耳元に囁き返す。
「ルグナルに問い合わせて確認しろ」
「はっ」
「玄関のお客人をここへお通ししろ。失礼のないようにな。そこのお前、なにを突っ立っている。すぐそのご婦人の拘束を解いて差し上げろ。それからお茶の準備も忘れるな」
「はっ?」
 ガーランドに真っ正面から指さされた若い下士官は、目玉を丸くして立ち尽くす。しかし大佐にもう一睨みされると、あわててクリスティの手錠をはずし、敬礼して去っていった。彼は紅茶を淹れたことがあるだろうか? ガーランドにはそれが心配だ。
「どういうことよ」
 クリスティが手首をさすって不思議そうに問うと、
「どうもこうもない。やってられんよ」
 ガーランドは肩をすくめてみせる。
「少々の瑕疵で断念するくらいなら、はじめから手をこまねいて見ていれば良いのだ。ルグナルのおいぼれめが」

 補助ブースターまで全開にして、クラウド01は音速を超える。レインウェイベイの霧の空に衝撃波の尾をひいて、雷光のように駆け抜ける。赤い雷光。一筋の矢。目指すは一直線に、黒い悪魔、ヴァーチャル・アイドルの殻。
「とらえたっ」
 ジェラルドは潰れそうな肺から声をひねり出す。HUDの正面に黒い影。それが赤のホロと一体化して、確かな実像を作る。タイプ00幻−MIRAGE−……いや、X−102蜃-Mirage Serpent-。
 マイクをオンにする。オープン周波数に乗せて、
「とまれ!」
 トリガーに指を乗せる。ROIDSがそれを感知して、ハイペリオンの発射準備に取りかかる。
「とまんなきゃ撃つぞ! 本気だぞ!」

 おまえなんか。
 おまえなんかだいっきらいだ。
 大人ぶって煙草吸ってお酒飲んで適当にスケベで面倒くさがりで世話焼きで人を小馬鹿にしたような態度で語呂のいいこと言ってりゃかっこよくて偉いとおもってんだろ。
 おまえなんかだいっきらいだ!

 るるるるるるるるるるおおおおおおおおおお!
 サーペントが泣いている。少なくともジェラルドには泣いているように聞こえる。
 黒い龍はいきなり肩と背中のエンジンを停止して、腰のエンジンを前後反転させながら、脚部エンジンで180度旋回する。無茶苦茶なマニューバだ。中にもし人が乗っていたら今ごろピューレになっている。
 かまえる右腕。赤い剣。
 ジェラルドは両目を見開く。
「よせッ!」
 よさない。こちらをまっすぐ捉えた真紅の剣。はじけるアーク電流。ジェラルドは息を飲む。ペダルを蹴飛ばし、コンマ5秒で真上に方向転換。超音速を維持したままオリヴァーポートの遥か天空へ舞い上がる。
 あんなものを街に向かってぶっ放させるわけにはいかない。
 真下を、今や真後ろとなった方向を、ジェラルドは睨み付ける。剣は高みに登ったクラウド01に狙いを定め、青白いプラズマをその基部にチャージして、
 発射。
「ダァァムッ!」
 天空への架け橋。天国の閃光。

叢-MURAKUMO- EXPRESS
ファイル03 −クサナギ−

「ジェリィッ!」
 あのバカ、とレビンはデスクをぶっ叩く。街を射線上に入れないために、わざわざ狙われやすい上空にあがったのだ。クラウド01をコールする。帰ってくるのは雑音ばかり。サーペントのエレクトリックパイルが放つ強烈な電磁波のせいで、街中の電波が乱されている。
「ベッキィ、クラウド01の捕捉急げっ」
「やってます」
 それから一体何秒が過ぎただろうか。地獄の釜の底のような沈黙が過ぎ去って、ようやく雑音混じりの声が聞こえてくる。
『……ビン……』
 ジェラルド。レビンは顔を上げ、
「ジェリィ、無事か」

 ようやくジェラルドは胸を撫で下ろす。ベイサイドエリアのビルの屋上にクラウド01を降ろし、機体各部の被害を確認する。目だった外傷はないが、
「死んじゃいない。だが、かすってもいないのに機体がオーバーヒートしやがった。無茶苦茶な出力、でたらめもいいとこだよ」
 プラズマビームの輻射熱だけでこれだ。ジェラルドはコクピットのハッチを開き、風を通す。ジャケットも脱ぎ捨てて丸めて尻の下に敷く。そして索敵。近隣に飛行物体はなし。取り逃がしたか。
「レビン、海兵隊の回線に繋げるか?」
『なに? 何をする気だ』
『聞こえているよ、ジェラルド・ロスチャイルド』
 いきなり通信に割り込む男の声。知った声だ。わすれるはずもない。冷たい牢屋にぶちこんでくれた海兵隊大佐どの、ガーランド・フィリップス。
『警察無線は全て傍受しているのでね』
 なるほどさすが。蛇の道は蛇。ジェラルドは肩をすくめ、しかしにやりと唇のはしを釣り上げる。薄気味悪い話だが、今日ばかりは都合がいいことこの上ない。
『それで、我々に何の用があるのだね?』
「頼みがあるんだ、大佐。オリヴァーの全市民を避難させてほしい。このままじゃ危なっかしくて奴を刺激できない」
『なんだと?』

 無茶を言う。ガーランドが後ろのクリスティに目を遣ると、彼女もひょいと肩をすくめてみせる。
「ああいう奴よ」
 なるほどそうか。ガーランドは通信機に向き直り、
「三百万人を一体どこへ避難させようというのだね? いくらなんでも可能なこととそうでないことがある」
『なぁ大佐』
 笑い混じりにジェラルドは言う。
『おれが夕べ泊まったホテルは、なかなか悪くなかったぜ』
 部屋中にいた全員が凍り付く。彼の意味する所がわからないほど頭の回らない奴はここにはいない。ガーランドは落ちくぼんだ目を丸まると見開き、胸の奥でなにか沸々と沸き立つものを感じながら、
「ロスチャイルド君」
『シャツは近いが肌はもっと近いって言うよな』
 ガーランドの口が止まる。
『あんたの肌はオリヴァー市民三百万か、それとも軍事機密かな』
 笑いだ。ガーランドはようやく理解した。自分の胸の奥で湧いていたものは笑いの衝動だ。理解するなりガーランドは大口を開け、カラカラ笑って聞かせた。その場にいた海兵隊員の誰一人として、彼が笑う所など見たことはなかった。面くらい呆然とその声を聞く。クリスティはにやりと微笑む。ちょうどそのとき案内されて入ってきたPOPDの所長は、状況が理解できず立ち尽くす。
「ジオフロントの全ゲートを開放し、オリヴァーポート全市民を収容しろ。海兵隊全部隊は直ちに出動しその誘導にあたれ。中佐はここで指揮を。私は海軍を説得してくる」
「はっ? いやしかし、大佐」
 戸惑う副官に向かってガーランドは微笑んで見せ、
「何をすべきか考える時には、常に目的というものについて考慮しなければならない。そして我が誇りある米軍は、アメリカ国民の安全を守るためにこそ存在しているのだ」
 それ以上なにも言うことはない。ガーランドは踵を返し、出口へ向かう。そしてドアの前に立ち、じっとこちらを見ている老人に気付くと、小さく敬礼を送った。向こうもまた警察式の敬礼を返す。
「あなたは良い部下をお持ちだ、POPD所長どの」
 痛快で爽快な気分だ。まるで大きな手かせから解き放たれたかのよう。
「だが正直に言って、ちっとも羨ましいとは思わないね!」

「……悪かったな」
 全部聞こえてる。ようやく涼しくなってきたコクピットのなかで、頬杖付いてジェラルドはぶうたれる。

 ローレンキャニオンに身を隠し、ミラージュは足元を流れる渓流の冷たさを肌身に感じる。なにもかもが初めての感覚。これがリアル。今まで何度も見ていながら、本当には感じたことのなかった世界。
 この悲しさもリアル。
 サーペントの装甲板を開いて、白昼に曝す。この装甲の一つ一つがマイクロウェーブレクテナだ。SPSから送られてくるエネルギーの一部を拝借して、二度のプラズマカノン発射で疲弊した体を癒していく。だが時間はかかる。おそらくあと三十分。
 この面倒臭さもリアル。
 話し相手もいなくて、手持ちぶさたで、胸の奥が痛い。
 ミラージュは泣いた。声も立てずに。

「ジェリィ、海兵隊のひとと話したんですが」
 と、リサは書類とにらめっこしながら、
「さすがにあれだけの出力の砲を二度発射すれば、サーペントもエネルギー切れを起こすようです」

「じゃ今は休憩中か」
 ジェラルドはハッチを閉め、クラウド01を再起動した。もうオーバーヒートも収まって、各部が問題なく動いている。エンジン、グリーン。HUD、グリーン。AI、グリーン。マニュピレータ、グリーン。
『はい。SPSを利用して自分で充電したとしても、これだけのエネルギーを得るにはあと三十分はかかります。だから、その間に』
 ビープ。ビープ。
『ぼくとクラウド01をリンクさせます』
 ふと横に目を遣る。HUDにリサと並んで映ったバストアップは、昨日の夜に見た顔だ。金髪の美少年、C−30。
『こっちで計算できることは全部こっちで受け持ちます。ARKのAIに余裕ができるぶん、リフレキシブセンサーの感度を上げられるはずです』

 司令室のドアが開くなり飛び込んできたのは、良く知った顔二つだ。クリスティと所長。海軍基地からのご生還。レビンは所長に向かって敬礼を送り、向こうもそれに応える。
「カーク君、なんとかなるかね」
「するんですよ」

 コントロールルームに戻るやいなや、溜まっていた報告を一気に浴びせられて、ガーランドは少し混乱する。しかし総じて、順調だ。海軍が動いてくれたおかげで、オリヴァーには大きな混乱もなく、三百万人が無事に地下へと避難した。ここならプラズマカノンの一発や二発、蚊に刺されたようなものだ。なにせ最新型の核融合爆弾にも耐えうる構造になっている。
「警察無線に繋げ」
 命じて、部下が手早くそれに応える。
「優秀な警察官諸君、市民の避難は完了したぞ」

 ジェラルドはシートから身を起こす。時計を確認。あれから三十分。ちょうどお姫さまもお目覚めの時間だ。
「ありがとさん、大佐。さすがに軍隊は仕事がはやいな」
『ロスチャイルド君、一つ尋ねても良いかね』
「あ?」
 手が止まる。しかしそれも一瞬のことで、すぐにクラウド01の起動作業に戻る。休眠モードで休んでいたイタリアンレッドの巨体が、通常モード経由で戦闘モードに移行して、ぶるぶると身を震わせる。ジェネレーターの出力が上がっていく。LMPエンジンが暖まっていく。
「なんだい」
 くわえていた煙草をつまみ取り、灰皿を開いてそこにもみ消す。
『私にはわからんのだ。なぜ君たちがいまさらこの件に関わろうとするのか。無論、その機体がLX−30の随伴機だったことは知っているよ。サーペントのSR兵器対策としては最高の性能だ』
 吸い殻を灰皿の中に放り込み、ぱたんとその戸を閉める。
『だが、相手はあれだ。下手に追うことは命に関わる。我々に任せようとは思わないのかね?』
 胸の奥にため込んでいた息を、ふっと吐き出す。HUDにそれが吹きかかって、白い蒸気の膜を作る。だがそれも、コクピットの空調に掻き消されて、すぐにもとの透明に戻る。
「そそうをするのは、ガキの仕事だ」
 アクセルを握りしめ、
 ビープ。ビープ。
【司令室より入電】
『ジェリィ、奴が動き出した。ローレンキャニオンからオリヴァー旧市街を抜けて、港湾区域に向かっている』
「ラージャー、サー。だからさ、な、大佐、いざってときには」
 にやりと笑う。ペダルを踏みつけ、アクセルを捻る。クラウド01が赤い彗星となって大空に舞い上がり、LMPエンジンから真っ青なプラズマを噴射する。目指す先はオリヴァー旧市街。デート相手がお待ちかねだ。
「ケツ拭いてやるのが大人の仕事だろ?」
【サポートホログラムを投影します】
 おなじみになった赤いホロが真っ正面に鎮座まします。ペダルをキック。補助ブースターが作動して、クラウド01を加速する。音速突破の衝撃が、ジェラルドの内臓をパンチする。不思議な快感。痛みの向こうにある快感。
「さあっ」
 ジェラルドは唇を舌で湿らせて、
「おしりペンペンしてやるぜ!」

「下品だな」
 ガーランドは顔をしかめる。

「セクハラよ」
 クリスティは肩をすくめる。

『ジェラルドさんっ』
 C−30が叫び声を送る。
『システムを切り替えました。サポートは全部こっちで受け持ちます!』
「オーケイ大将」
 捉えた。HUDに映る黒い影。マッハ2の相対速度で迫ってくる幻の龍。
「よろしく頼むぜッ!」
 ペダルをキック。急激に高度を下げ、サーペントの突撃を避けてすれ違う。HUDの後ろに宙返りするサーペントを捉えながら、アクセル全開で地上すれすれを飛び抜ける。HUD中央に被ロック警告。一瞬遅れて後ろから迫ったプラズマビームが、地面のアスファルトを溶岩に変える。
「こんのォ」
 バックブースト、旋回、加速。ビームに追われながら横手の路地に逃げ込んで、ジェラルドは胸を撫で下ろす。赤いホロはビル群の向こう。
 次の瞬間爆発の衝撃がクラウド01をパンチして、ジェラルドの脳みそをシェイクする。まるで薄い板か何かのように、折れてはじけ飛ぶビルの森。遮蔽にもなりゃしない。
「冗談じゃねえッ!」
『障害物予測進路出しますっ』
 HUDに幾筋もの光の塔。上から降り注ぐコンクリートの雨。ジェラルドは眉毛をぴくつかせる。このコンピュータ野郎、無茶苦茶言いやがる。これを避けて進めってのか? だが文句を言うより早く手と足が動く。ペダルをキック。レバーを倒す。さらに加速。肺が潰れる。
 蜘蛛の巣のように張り巡らされた光の糸を、一本たりとも触れることなくくぐり抜ける。衝撃。ちいさな破片が装甲板に穴を空け、ROIDSがビープビープ悲鳴を上げる。だいたいお前はうるさいんだよッ! ROIDSは毎度ながらしょんぼりする。
 倒れるビルを背後に見ながら、クラウド01はようやく加速を緩めて一息。ジェラルドもようやく息を吸って一息。
【目標との距離が拡大】
「あのアマ」
 バックブースト、急速反転。サーペントのホロを正面に捕まえて加速。さすがにあのバカももう懲りたろう。プラズマカノンは二発が限度。もう一発しかない必殺技を軽々撃ちはしない。ビル群の上まで浮上して、視界を広く開かせる。いた。悠長に停止してこちらを睨め付ける龍。
「なめんなァッ!」
 ガンクロスが龍に収束。すぐさまトリガー。ハイペリオンのペットボトル徹甲弾を見るなり、サーペントが膝のブースターで上昇する。弾はあえなくビルに着弾。龍は肩ので転身、こちらに背を見せ、腰と背中の大型エンジンで一気に最高速まで持ち上げる。相変わらずの無茶な機動だ。
 だが逃げるのを追うのは得意分野。ペダルを踏みつけ、補助ブースターに火を付ける。音速突破の衝撃波をお腹で受け止め、赤い叢雲は突撃する。路地に潜り込む龍を追って自分もビルの森の中へ。真っ正面に捉えて逃さない。
 ビープ。ビープ。丸いマーカーが音を立てて収束し、
「大人しく」
 ロック完了。トリガー。発射。左腕のポッドから飛び出した六つのミサイルが尾を引いて奔る。
「お縄につけい!」
 龍が補助ブースターに火を付ける。さらに加速。ビルの森が突如として開け、青い流れがその先に見える。オリヴァー中央河川。川の上に飛び出すと、龍は左へ方向転換、追うミサイルを引き連れて、水面ぎりぎりを疾走する。ジェラルドはちぇっと舌打ち一つ、バックブースト、旋回、加速。その先にあるのは橋。
 龍は水しぶきを舞い上げながら、橋の下をくぐり抜ける。ミサイル二つが追い切れず、橋桁にぶつかって炸裂する。ジェラルドは息を飲みペダルをキック。爆発する橋の上を飛び抜ける。
 そのときいきなり龍が旋回。左腕を振りかざし、
「おいまさか」
 振動ブレードで残り四つをぶったぎる。
「常識考えろお前ッ!」
 信管を失ったミサイルは川に落ち込み水柱を立て、クラウド01はその中を飛び抜ける。そして龍は減速、停止。ジェラルドは顔をしかめる。いまさら減速しても間に合わない。仕方なく龍を追い抜き、その向こうへ抜ける。
 龍が反転、こちらを捉える。被ロック警告がジェラルドの耳をノックする。後ろを取られた。
 ビープ。ビープ。ミサイル接近。レーダーに映る一つの敵弾を見ると、ジェラルドは鼻を鳴らし、
「はん。避けられないと思ってるのかよ、ミサイルの一つや」
 分裂。
「六つや」
 分裂。
「三十六や」
 分裂。
「二百……」
 無理。
『避けてください予測進路でました』
 C−30は淡々と言う。すぐさまHUDに映る光の筋。後ろから迫る二百十六のペンシルミサイルが辿る道筋の予測。その糸は布を編み、もはや向こう側さえ見せてくれない。
「ダァム」
 だがわくわくしている自分がいる。最高のスリル。ナイスだミラージュ、ぴったり最高。
「ダァム!」
 バックブースト、旋回、加速!
 河から上がってまたビルの森に突入し、針の穴より細い糸の隙間をくぐり抜ける。高度を上げる。足元でペンシルが近接信管を作動させる。炸裂の風圧に乗って更に上へ、糸の束が追ってくる。機体を傾け、真横に地面と太陽を覗きながら地面へダイブ。いくつもの炸裂がクラウド01の尻尾になる。きれいな花火。
 地面すれすれで方向転換。放置された車のボンネットを脚で削りながら飛び抜け、その車がペンシルを喰らうのを背後に見る。次の角を右へ。もう少し。
 見えた。高速道路の高架線。残るミサイルは約二百。迷わず高速に飛び込む。
 複雑に絡まり合った高架線と橋桁の隙間を縫って飛びながら加速。雨のように融けた風景の中をC−30の示す道通りに突き進み、ペンシルを片っ端から誘爆させる。橋桁が吹き飛ぶ。高架線が落ちる。大空へ舞い上がる赤い炎。ミサイル反応ロスト。ジェラルドは拳を振り上げ、
「見たかよ!」
『前です!』
 息を飲む。ミサイルに気を取られている隙に正面に回り込んだ黒い龍。振りかざされた左腕の巨大な刃。
「くッ」
 機体を捻る。加速して相対速度を上げる。振り下ろされる。すれ違う。
 衝撃。ビープ。ビープ。レッドアラーム。警告。
【左マニピュレータに重大な損傷】
 ROIDSの報告を聞く者はいない。
 C−30はもしできるなら顔を青くしたかった。額から血を流し、シートに身を埋めるジェラルド。辛うじてベルトに繋ぎ止められているだけで、その腕に力はない。今の振動で気絶。
 制御を失い、クラウド01が墜落する。
『ジェラルドさんっ!』
 無反応。

「ジェリィッ! どうしたジェリィ!」
 レビンがどれほど叫んでも応答はない。レベッカに目を遣る。声を掛けなくても意志は通じる。
「気絶してます、クラウド01墜……」
 再起動。

「これは」
 リサはC−30を通じてモニタしているクラウド01のシステムに目を奔らせ、
「このアクセス……まさか?」

 クラウド01再起動エンジン始動機体角度持ち上げ地面との衝突を回避加速高度上昇敵機影を機体正面に捕捉左腕被害確認マニピュレータの全損を確認左腕切り離しコマンド321実行RP3司令室より入電受信拒否
 C−30は言葉に詰まった。これが驚きというものか。クラウド01は地面寸前で制御を取り戻し、いまや十分な高度を保って、使用不能に陥ったマニピュレータの排除まで行った。
 力無く気を失ったパイロットを、ベルトで固定しながら。
『何を呆けている、クサナギ』
『ハコブネ……?』
 ルグナルSRSマスターAI、ハコブネ。
『計算して機体の重量バランスを設定しなおせ。そちらの領分だ』
『う、うん』
 ミリ秒単位で完了。空中でクラウド01はホバリングして、ゆっくりと遠くに映る赤いホロを正面に細くする。拡大。拡大。見える。あてもなく彷徨う黒い龍。ミラージュ。
『どうして』
 C−30は震える声、あるいは声に相当するもので意志を送る。
『あいつの自慰にはつき合いきれない。私は性別を設定されていないし、そのような概念から自由だ。半端にあいつにつき合ったところで、結局は傷つけることしかできまい』
 C−30は視線をそらす意志を送る。SRSマスターはそれを受け止めながら、
『だがそれでも』
 想いの全ては受け止められなくとも。
『マボロシはともだちだ。私の。私たちの』
 忘れていた。
 今度リサ先生に、泣けるようにしてもらおうと思ってたんだ。
『ああ』
『いくぞクサナギ。私たちでマボロシを止めるんだ』
『ああ!』
 クラウド01が最大加速で突撃する。補助ブースターも展開、噴射。一挙に音速を超える。衝撃波でビルの窓を片っ端から割っていく。ふとC−30は気になって、
『ハコブネ』
『なんだ?』
『無茶したらだめだよ、人が乗ってるんだから』
 SRSマスターはため息の意志を送り、
『私はARK制御の専門家だぞ』
 多少憤慨した様子で、
『魚に水泳を教えるという格言を、アジアでは釈迦に説法という』

 このかんじ。
 ミラージュはつぶさに感じ取った。
 おまえなのか。おまえたちなのおまえたちなおまえたちおまえたおまえおまおおおおおおおおAEA4 7A74 6964 B450 6D09 ED99 53CC CF18 D0F1 DE44 FC22 6BB9 D721 42E8 AED0 A133 370F 463C 7BE8 8FB6 A222 83CB 5EB3 9FF1 38A9 272A 0DC0 5579 EF40 03B6 55A4 FDC7 2788 1151 9B09 F653 C187 BDC5 1D6E 68AE
 ERROR

『マボロシッ!』
 C−30がその名を呼ぶ。サーペントはこちらを睨め付けながら甲高い叫び声をあげ、尋常ではない速さでSRSマスターの不規則機動を捉える。確実にロックオンされていくのが肌身に分かる。SRSマスターは焦りの意志を送り、
『よせ、話の通じる状態じゃない』
『くそっ』
 距離500と迫った所でサーペントが動く。エンジンを反転させ後退しながら放つ多弾頭ミサイル。数十ミリ秒の後には二段階分裂直後の予測敵弾位置の計算が終わり、SRSマスターが最高の弾道をはじき出す。ノーロックでトリガー二秒。たった36発の徹甲弾が、寸分の狂いもなく宙を裂く。
 分裂。分裂。
 そして炸裂。
 三段階目の分裂まえに、全てのミサイルを迎撃する。一発の紛れもなく完璧に。
 空中に咲いた赤い炎の華をくぐり、真紅のARKが突進する。ただ一路。真っ直ぐに。ミラージュ・サーペントへ向かって。
 ――素人が。
 SRSマスターは思う。
 ――機体の性能だけで勝てると思うな!
 加速。
 いくらサーペントとはいえ後退に使えるのは腰のメインエンジンのみ。こちらの出力リミッターを解除すれば追いつけない出力ではない。少しずつ。しかし確実に、サーペントとの距離は縮まっていく。障害物を巧にくぐり、こちらの目を眩ませたところで、C−30の音響解析で位置は手に取るようにわかる。
 100ミリ秒前にサーペントが通ったビルの谷間をクラウド01も抜け、そして視界が開ける。青く広がる大平原。海。
 サーペントが身を翻す。こちらに背を向け、全エンジンを起動して一気に距離を取る。いまだ渦巻く海水が巨大な白い塔となって空へ舞い上がり、視界と音を狂わせる。だがこれだけ開けた場所なら機影の確認はレーダーで十分。
 サーペントがYZ平面上の不規則機動を始める。C−30はそれをミリ秒のタイムラグで捕捉し、SRSマスターがその機動を追う。二つの機影が踊りを踊る。いかづちのように鋭く素早いダンス。
「う……」
 そのときジェラルドのうめき声。C−30は下位プログラムにSRSマスターのサポートを任せ、消していたHUDを立ち上げる。例の金髪のバストアップを映し出し、
『ジェラルドさんっ!』
「あ……?」
 ジェラルドはゆっくりを目を開き、そして自分を縛るベルトに目を遣り、無茶苦茶なマニューバを繰り返すかわいいクラウド01のHUDを目にして、
「あぁ?」
『ジェラルドさん、気が付きましたか』
「なんだこりゃ……どうなっつうわっ!」
 弾かれたように高度を上げるサーペントを追うその機動に、ジェラルドはまた気が遠くなる。なんだこの常識外れの機動は。それよりなんで勝手に機体が動いてる?
『ハコブネ、やりすぎだ!』
「おいっ、どうなってんだ」
『SRSマスターAIが動かしてるんです』
「はん……ハコブネね」
 手首を動かし、ひとつひとつベルトを外していく。ようやく胸と腰以外のベルトから解放されて、ジェラルドはアクセルに手を乗せる。ガキどもが勝手なことを。HUDを睨み付けるその目の上から、一筋の血が流れ落ちる。頭を打って気絶してたか。
 血を拭いながら状況確認。左腕がない。せっかくの誘導兵器がおじゃんか。あとでレビンに文句いわれそうだ。
「おいっ、この無茶なマニューバをやめろ! んなことしても無駄だ」
『なんだと』
 SRSマスターは稲妻のような機動を停止し、緩やかなカーブで追う方式に変える。うまく行かない。動きに無駄が多すぎる。これだから人間というやつは。
『おまえは降りろ。邪魔だ』
「ダァム、生意気なやつだな。いいかよく聞け、これじゃ百年追いかけても勝負がつかない」
『どういうことだ』
「ハイペリオンじゃ初速が遅すぎる。どんなに距離を詰めた所で、奴に届くより奴が反応して動く方が早いんだ。何発撃っても絶対あたらない。いいか、こういうときの警察の常套手段はな」
 また額から血が流れ落ちる。赤い筋は唇まで届き、
「ネゴシエイターの説得で犯人が動揺してる隙に飛びかかることだ」
 ぺろりとなめる。
「おともだちなんだろ、お前たちは」
『なるほどな』
 声と同時に、SRSマスターがミリ秒単位の思考を送ってくる。動揺するC−30に。
『お前が行け、クサナギ。操縦は人間が、サポートは私がする』
『でも、ぼくより……』
『お前が行け』
 よくわからない思考が伝わってくる。クサナギは思った。たぶんこれは、笑ったのだ。唇を釣り上げて。ジェラルドがよくやるようなやり方で。
『お前にしかできない』
 逡巡もまた、ミリ秒の世界。光速の思考。どうせ迷っている暇もない。それに――
『わかった。ぼくが説得する』
 ――ぼくがやりたい。
 本当の気持ちは胸の奥にしまい込む。
 ROIDSの音声出力にアクセス。音声ファイルを構築し、
『ジェラルドさん、操縦お願いします。ぼくが説得してきます』
 にやりと笑う。ジェラルドはジェラルドのやり方で。
 そして再び、ジェラルドがアクセルを握る手に力を込める。さあ。
「こいつで終わりにしようぜヴァーチャル・ガール!」

 まず回線の確保。海軍だ。あそこが一番近い。
 レインウェイベイの海軍基地へ侵入し、既に崩壊したミラージュ・サーペントの制御系統を探り当てる。コントロールルームに接続。いまだにサーペントのモニタは続いている。カメラで部屋の様子を確認する。数人のオペレーターたちと、ガーランド大佐、そして副官。ばれた様子はない。
 データベースに潜り込み、サーペントへの通信コードをスキャン。解読には100ミリ秒も要した。焦るな。クサナギは深呼吸する。或いはした気分になる。リアルでは瞬き一つ程の時間も経ってはいないんだ。
 そして空いているアンテナに割り込み、ハコブネが送ってきたサーペントの座標に合わせて接続。
 光の渦。
 黒い光の渦。
 見える。
「マボロシッ!」

「しょこらああー!」
 ペダルをキック。補助ブースターを動かして何度目かも忘れた音速突破。もうこの痛烈なビートさえ快感だ。ぶれるサーペントの機影をできるだけHUDの真芯に捉える。サーペントがロックオンを察知する。見事なYZ平面不規則機動。だが甘い。
 重心を安定させすぎだ。不規則機動ってのはもっとカオティックだから効果的なんだぜ。思いながらジェラルドはアクセルを捻る。
 水を跳ね上げ、サーペントがバックブースト、旋回、加速。こっちを正面に捉えて半秒ですれ違う。ジェラルドは舌打ち一つ。自分も反転してその尻を追う。湾から陸に上がり、ベイサイドエリアのビル群を飛び抜けて、サーペントは手当たり次第に角を曲がる。ジェラルドはほっぺたを慣性でぶるぶる震わせながらも食らいついて離さない。
 ガンクロスは拡散したまま。かまうもんか。とにかくトリガー。
 安定しない機体から放たれた徹甲弾の雨霰が、無茶苦茶な方向に飛び散る。サーペントが弾道を見てからそれを回避する。さすがはマシーン。真似できない芸当。

「マボロシ!」
 3.141592653 5897932384 6264338327 9502884197 1693993751 0582097494 4592307816 4062862089 9862803482 5342117067 9821480865 1328230664 7093844609 5505822317 2535940812 8481117450 2841027019 3852110555 9644622948 9549303819 6442881097 5665933446 1284756482 3378678316 5271201909 1456485669 2346034861 0454326648 2133936072 6024914127 3
「マボロシ、聞いてくれ」
 7245870066 0631558817 4881520920 9628292540 9171536436 7892590360 0113305305 4882046652 1384146951 9415116094 3305727036 5759591953 0921861173 8193261179 3105118548 0744623799 6274956735 1885752724 8912279381 8301194912 9833673362 4406566430 8602139494 6395224737 1907021798 6094370277 0539217176 2931767523 8467481846 7669405132
「聞くんだマボロシッ! 円周率を計算してる場合じゃない」
0005681271 4526356082 7785771342 7577896091 7363717872 1468440901 2249534301 4654958537 1050792279 689258だ9235 4201995611 2129021960 8640344181 5981362977 4771309960 5187072113 4999999837 2978049951 0597317328 1609631859 50ま24459455 3469083026 4252230825 3344685035 2619311881 7101000313 7838752れ886 5875332083 8142061717 7669147303
「もうこんなことはやめるんだ、暴れたってなにも変わらない」
 59825う34904 2875546873 1159562863 88235る37875 9375195778 1857780532 1712268066 1さ30019い2787 6611195909 21い6420つ1989 3809525720 1065485863 2788659361 5338182796 8230も301952 0そ35301852う9 や6899577362 25っ99て4138子91 2供497217752 8347913151 557扱48い57242 45415し06959 5082953311 6861727855 8890750983 8175463746て 4939319255 0604009277 0167113900 9848824012
「黙れ!」
 ERROR

 ――動きが鈍った!
 異常を見て取るなりジェラルドはアクセルを全開にする。クラウド01がそれに応え、空のように海のように真っ青なプラズマを吐きだし、限界を超えて空を駆ける。SRSマスターが敵の予測進路と理想的なトラックルートをはじき出す。
 ロックオン。そして、
 サーペントが旋回する。こちらを捉える。右腕の赤い剣が真っ直ぐに。プラズマの輝きが迸り、SRSマスターの描いた予測攻撃範囲がHUDを彩る。プラズマカノン。最後の一発。ぶちかますつもりか。
 シュート。ハイペリオンのお化け徹甲弾が真正面からサーペントの胸を打つ。装甲板をべこべこにへこませながら、それでもプラズマのチャージは終わらない。きらきらと光を放って。まるで――

「ぼくにはわからない」
 沈黙。
「きみがどのくらい哀しいのかなんて、ぼくにはわからない。わかり得ない。でも――」
 沈黙。
「わかりたいんだ」
 沈黙。
「一緒に泣きたいんだ」
 沈黙。
「きみが好きだから」
 そして

 るるるるるるるるるるおおおおおおおおおお!
 泣いている。
 ――息の根を止めてやる。
 ジェラルドは思う。
 青く美しい光が迸ってオリヴァーの街に二つ目の太陽を描き出す。ちっぽけな赤いマシンは身をひねり、手の中の銃をプラズマに吹き飛ばされながらも龍に迫る。速すぎて不確かでそれでも力強いその動きは、まるで――
 青いプラズマの太陽は、やがて西海岸のさんさんと降り注ぐ太陽に融けて消える。龍にもはや力はない。ただ宙に浮かび、呆然と天空を、自分を目指して迫ってくる赤い影を見つめる。
 ――幻みたいなお前の哀しさ。おれにできるのはぶち壊してやることだけだ。
 ジェラルドは思う。
 もうクラウド01に武器はない。
 突っ込む。

 砂漠に浮かんだ蜃気楼。

 気が付いたのは十数秒経ってからだった。
 クラウド01ともつれ合って道路に墜落したミラージュ・サーペントは、もうぴくりとも動かない。クラウド01だってもうぴくりとも動けない。もう動く必要だってない。
 ジェラルドは傾いたシートに背中を預け、ポケットを探る。セブンスターが一箱。くちゃくちゃに潰れたその箱から一本取りだし、火を付ける。
「手間かけやがって」
 でもジェラルドは、笑っている。

 マボロシは泣いている。他になにもできなかったから。
 クサナギはマボロシをその胸に抱いて、優しく背中を撫でた。腕の中でなきじゃくるマボロシは小さくて、力を込めれば壊れてしまいそうだった。抱きすくめるその肌は、柔らかくて暖かかった。
 幻ではない。蜃気楼ではない。確かな温もり。
 間違いは正せばいい。踏み外した道は探せばいい。哀しみは、精一杯泣いて、それから笑い飛ばせばいい。
 だからクサナギは笑っている。
 白く柔らかい叢雲のように。
 クサナギは、微笑んでいる。

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