ARMORED CORE EPISODE EPILOGUE

フルカラー・フュージョン

 最も目立つのは巨大なモニターだった。
 そこそこの広さを持つ部屋。明るい上品な作りの部屋だ。その中にはいくつもの椅子が並べられている。丁度、モニターを見るのにいい位置である。その内の一つに、ある女性が腰掛けていた。
 長い赤毛を一つの三つ編みに纏めた北欧美人。高い鼻にかけた丸眼鏡が妙に目を引く。派手なピンクのジャケットとスカート。彼女の名はエリィという。今日はVIP席で優雅に観戦、である。
 がーっ。音がして、部屋のドアが開いた。現れたのは、アジア系の男。飾り気も何もあったものではないネズミ色のスーツ一式。いかにも企業戦士その一といった風貌だが、実はそうではない。彼の名はシロウ=コバヤシ。アリーナ管理委員会という、それなりに影響力のある組織のメンバーである。
「いやぁ、お早いですね」
「ええ。今日を楽しみにしていたんだもの」
 エリィの隣の椅子に、コバヤシは腰掛けた。ずれた眼鏡を人差し指で直す。
「実は今日、委員会に辞表を叩き付けてきました」
「……え? 一体どうして……?」
 コバヤシはふっと、自嘲気味に笑みを浮かべた。自分の持っていたアタッシュケースを神経質にも膝の上に乗せる。これだけ広い場所があるというのに。日系人のこういう気の使い方には、少し付いていけないところがあった。
「大した理由はありませんよ。まあ、刺激がなくて退屈していた、とでも言いましょうか。
 ……その件について、後でお話があります」
「今じゃいけないの?」
「ええ、だめです。みんなが揃ってからでないと」
 その言葉が終わるか終わらないかの内に、再びドアが開いた。今入ってきたのは、一組のカップルだった。背の高い銀髪の男と、彼の腕を必死につかむ金髪の女性。堅い信頼関係が、傍目にも伝わってくる。
「やあ、司くん。それにアヤメさん」
「奴の試合はまだ始まっていないのか?」
 銀髪の男……司の問いに、コバヤシは首を縦に振った。アヤメと並んで、エリィの後ろの席につく。実際に会うのは初めてだが、噂は聞いている。宝条司といえば、最近ノーマルアリーナのトップに立った、一流のレイヴンである。マスターアリーナ入りも遠くないと噂されている。たしか相棒のハッカーがいるという話だが、隣の女性がそうなのだろうか。
 そして、扉が三度開く。だんだんと部屋がにぎやかになってきた。今度は、アラブ系の顔の濃い男と、日系の気弱そうな男である。これはエリィにとっても知った顔だ。マスターランカーのミラージュと、その付き人のカンバービッチである。
「む? あの女はどこに行ったのかね?」
「何言ってんですか……控え室に決まってるでしょう」
「う……そ、そうか。そうだったな」
 きょろきょろと辺りを見回しながら、ミラージュはコバヤシの横に腰掛けた。その後ろにカンバービッチも座る。周囲に自分と同じ日系人が二人もいることに気付いて、彼はコバヤシとアヤメに順番に挨拶をしてまわった。
 もっとも、アヤメに関しては声を掛ける前に司に睨まれ、あえなく断念したのだが。
 さあ、もうすぐ時間だ。しかしその時、部屋に駆け込んできた二人組がいた。よく似た金髪の男女。彼の顔を知らない者などいない。世界最強のレイヴン、ロレンス。そしてその妹のジーナである。
「少し遅れてしまったな」
「ごめんなさいですぅ」
 二人が席につき、ようやく全員がそろった。
 時は満ちた。今から始まるのだ。誰もが待ち望んでいた瞬間が。
 
 黒髪の女は、リフトの駆動音を聞きながらシートに身を預けていた。狭いコックピットの中。しかし、他の何処よりも心地よい空間。彼女の匂いが染みついた、彼女だけの空間である。
 リンファは、自分が浮かれていることに気付いた。おかしな話だ。これから戦いに赴くというのに。このリフトが上のドームにたどり着いた瞬間、命を懸けた戦いが始まるというのに。こんなにわくわくしているなんて。ちょっと不謹慎だろうか。
 ザ……ザア……
 一瞬ノイズを拾ってから、通信機は声を発し始めた。聞き慣れた低い声だ。
『よう』
「あーら、これはヨシュアさん。なんのご用かしら」
 わざと嫌みったらしく言い放つ。リンファが女性語を使う時なんて、嫌みか、でなければ騙そうとしているときくらいしかない。彼も、ヨシュアもその点は心得たものだった。苦笑しつつ、声をかける。
『全く、本当に口の減らない女だ』
「……やめてくんない、その言い方」
 はて。リンファは不思議な既視感にかられた。どこかで聞いたような言い回しだ。自然と次の言葉が口を吐く。
「いちいち『女』って強調しないでよ」
 ここに来て、ようやくヨシュアも気付いた。この言葉は。あの時と同じだ。二人が初めて出会ったとき、戦いの前に交わした言葉と。
『安心しろ。手加減は絶対にしない』
 ふっ。リンファの口から笑いが漏れた。それはヨシュアにも伝染した。少しずつ、二人の笑い声は大きくなっていった。楽しい。二人が二人とも、同じ事を考えていた。自分たちのやりとりが妙に可笑しくて、笑いは止まることを知らなかった。
 やがて、笑い疲れたヨシュアは静かに言った。
「さあ」
 リンファの笑いも止まった。
「決着をつけようぜ!」
「望むところよ!」
 ズン……
 重い音を立て、リフトはドームへとたどり着いた。紅い巨人。青い蜘蛛。ドームの端と端に立ち、互いを見つめ合っている。
[READY]
 モニターに、文字が大映しにされる。リンファとヨシュアは、それぞれの操縦桿を握りしめた。どんな戦いになるだろう。最初の攻め方は? 相手の出方は? 可能性は無限だ。未来なんて誰にも決められはしない。ただ一つ言えるのは、自分の目の前にある今を精一杯生きるってこと。それだけだ。
 緊張が高まっていく。冷たい汗が額を濡らす。そして、その時は来た。
[GO!]

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