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2013年04月17日

 ■ 「鏡を覗き込むように」

鏡を覗き込むように


 小説家が一山いくらの使い捨てになったのはここ十数年のことだが、それでも書きたいっていう馬鹿は掃いて捨てるほどいる。文字通り、使い捨てるほどいる、というべきか。
 だがその中でも実力がある奴、才能がある奴は生き残る。評価されるべくして評価される。少なくとも私はそう信じて、中学でも、高校でも、ずっと書き続けた。学校の成績がどうとか、手に職脚に職がどうとか、大人たちは口やかましい。だがそれがなんだというのだ? 何をもって口に糊するかは、私が決めること。
 誰にも文句は言わせない。
 言わせない――はずだったのに。

 私の背筋に落雷のような衝撃が走ったのは、その噂を聞いたときだった。
「あいつ、新人賞送ったって」
 友人がそう囁いた。乾いた唇を震わせて。
「それが何? 私も送ったよ」
 渾身の力を籠めた自信作をだ。一次選考で落ちたけど。
「賞は取れなかった。大賞は該当作なし、副大賞1作、佳作が3作……」
 知ってるよ。雑誌みたもの。
「それらに比較して完成度では圧倒的に劣る。ただ読者を引き込む勢いは評価できる、と……」
「何?」
 不穏な気配をようやく感じ取り、私は眉をひそめた。友人から半歩身を引いたのは、恐るべき言葉が彼女から放たれることを予感していたからだろうか。それとも何か、他の、言葉に出来ないぐずぐずした気持ちに負けていたのだろうか。
「選外だけど担当がつくって。デビューだよ、あいつ、やったの」

 うちの学校には、ほとんど漫画同好会と区別の付かない文芸部があって、そこには将来は作家になりたいなー、なんて甘っちょろい考えを持った馬鹿が集まっている。もちろん私もそんな馬鹿の中の一人。ま、つまり掃きだめだ。学校中で一番ぼろい、エアコンさえない部室をあてがわれてるのがいい証拠。誰一人私たちに期待なんかしちゃいない。
 そんな中でも私は書き続けてきた。いつか見返してやる。いつかプロになってやる。そう思って頑張り続けてきた。
 高校生がそう容易く足を踏み入れられるような世界じゃないことは分かっている。だから私は腕を磨くことに専念した。した……つもりだった。
 なのに。
 なのに、あいつは。
 その男は腹の立つ奴だった。ろくに部室にも顔を出さない。不真面目な奴だ。それが、遊び半分にちょろちょろっと小説を書いて、出版社に送った。それが、とんとん拍子できれいに作家デビューだ。
 私は部室に駆け込んだ。あいつはいつものように窓縁に座って、ラップトップには触りもせず、ぼんやりと空を眺めていた。私は口を開きかけた。なにか言ってやりたかった。
 なのに、こんなときなのに、何も言葉が出てこない。
 奴が、私に気付いた。気さくに手を振る。いつものように。
「よお、おつかれ」
 私は反射的に拳を振り上げ、

 ……………。

 降ろした。
 しん、と部屋は静寂に塗り込められた。
 遥か遠くで、田舎道を走るトラックのエンジンが咆えていた。
 私は息を吸い、そして、吐いた。
「な」
「おめでとう」
 私はそう吐き捨てると、つかつかと軍隊の行進みたいにドアに向かい、そのまま部屋の外へ出た。後ろ手に戸をぴしゃりと閉め、スチールの冷たい板に、寄りかかるように背中を沿わせる。
 私は、逃げたのだ。

 家に帰り、部屋に閉じこもる。ラップトップを立ち上げる気も、スマホでメモを取る気も、インプットと言い訳して娯楽作品にどっぷり浸る気も、全く起きなかった。ただベッドに身を投げ、呻きながら身じろぎをしていただけだ。
 まるで体中が炎に灼かれているみたい。
 そしてその炎はきっと、私の内臓の奥から湧きだしてきたものなのだ――

 私はそれから数日、病気と称して学校をサボった。
 親は最初、金切り声で怒り狂った。だが私が本当に体調を崩しているのだと知ると――腹を下し、青ざめ、体中の皮膚がぱりぱりに乾いて剥げてきていた――うってかわって、飼い猫にするように優しくなった。優しさというより、腫れ物に触れたくないという自己防衛だったのか。まあ、どちらでもよかった。私を一人にしていてくれるなら、それで。
 一週間。
 私は何も出来ず、ただ、呻くだけの一週間を過ごした。
 過ごせば過ごすほど、休めば休むほど、どうにもならないほど内臓の炎は大きく広がっていった。
 八日目の朝。
 私はやっと起きあがり、鏡を見た。
 死人みたいな顔をした自分が、そこにいた。私は迷わず、卓上鏡を伏せた。

 あの時と同じように部室は静まりかえっていて。
 トラックのエンジンのかわりに、犬の遠吠えがどこかで聞こえて。
 そして彼は、あの時と同じように私を待っていた。
「よお。体、大丈夫かよ」
 その一言で。
 私は、
「ふざ……けるな……」
 限界を迎えた。
「なんでお前が! 何でお前が!! 努力もしない、書きもしない、お前みたいな奴がなんで!! なんで!!」
 彼が立ち上がり、不意に私の口を塞いだ。そして首を横に振る。
「書けよ」
 私はその時、ようやく気付いたのだ。

 私に足りなかった物は、ずっと、そこにあったのだと。

THE END.


お題:綺麗な作家デビュー 必須要素:高校 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年04月17日 01:38

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