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2013年04月17日

 ■ 「ひとりではできないこと」

ひとりではできないこと


 彼は生まれてこのかた、一度も喋ったことがなかった。
 理由はごくシンプルだ。彼は一人でなんでもできた。能力者、だ。それも世界にあまたいる調整人類のような、中途半端な能力者ではない。使える能力に制限はなく、およそ考え得るありとあらゆることを実現してしまう、真の超能力の持ち主。
 彼が最初に能力を示したのは、受精から三ヶ月後のこと。彼の母親が交通事故で死んだ。遺体は司法解剖に回され、そこで初めて、死亡した女性が妊娠していたことが判明した。むろん通常なら、三ヶ月の胎児が生き残れるはずもなかったが――彼は超能力によって自己の周囲に防壁を張り、貧弱な肉体の代謝を超能力で補い、栄養分すらもどこかから空間を跳躍して呼び寄せ、母親の子宮の中で生き続けていた。この事実に気付いた医師は、すぐさま彼を母胎から取り出し、しかるべき保護措置を取った。だがそれらは全て無駄だった。保護するまでもなく、彼は独力で生き延び、すくすくと成長していったからである。
 その後も彼は順調に成長を続けた。なんとか彼の力を解明せんと……あるいはその力を支配下に置かんと、「保護」という名の「監視」を試みる大人たちは後を絶たなかった。だが、彼は一人でなんでもできた。考え得るありとあらゆることが。なぜ、自分一人の面倒さえろくに見られない大人などの「保護」を必要とすることがあろう?
 結果、彼が14歳になるまでの間、彼はずっと好きなように生きてきたし、誰の助けも借りることはなかったのである。
 だから彼には言葉が必要なかった。
 言葉は他者と繋がる術。情報を伝え、技術を伝えるための道具。
 一人で生きていける者に、言葉など必要ない。

 彼はある時、一人の少女と出会った。
 別にどうというところのない少女であっただろう。彼女は彼と同い年で、もちろん学校に通っていた。彼はいつものように、昼間からてきとうにぶらぶらと歩いていたところだった。かつては周囲に様々な興味を示した――特に、機械類や生物の構造については多大な興味を抱いた――彼であった。だが最近は、目に付くほとんどのものを解析し終えてしまって、道ばたにしゃがみ込んで何かをじっと観察するようなこともなくなっていた。知っている。あれもこれも。つまらない世界。
 そんな時に、彼は彼女と出会った。というより、単に道ですれ違っただけだ。
 だがそれは――彼の、これまでの全てをひっくり返してしまった。
 翌日から、彼の執拗な追跡がはじまった。少女の行く先行く先に彼は現れた。そして、数メートルの距離を置いて、じっと少女を観察するのだった。少女はすぐに、この異常事態に気が付いた。そして逃げた。少女にとって、どこへ行ってもどこからともなく現れる(空間跳躍しているのだから逃げられはしない)、同年代の、目も虚ろな少年は、不気味な怪物以外の何物でもなかったのだ。
 なにしろ、彼は寝室の中にも、トイレの中にも、着替えの最中でも、おかまいなしに出現したのだ……
 少女は恐怖に震え、周囲の人間に助けを求めた。少女は匿われた。大人たちが少女の周りに遮蔽物を作り、彼の目線から守った。だがそんなもの、彼を止めるにはあまりにも稚拙すぎた。彼の超能力は、遮蔽物をあっさりとどこか遠くの空間に放逐し、彼の観察は途切れることなく続いた。
 次第次第に、彼は大胆になっていった。
 少女との間の距離が、次第に詰まってきていることに、少女ははっきりと気付いていた。最初は3メートル。現れる頻度は日に数度。それが、頻度が倍に、4倍に、指数関数的に増えるのと同時に、距離は反比例して縮まっていったのだ。

 あるときついに、彼は、少女に手を触れた。
 少女は悲鳴を挙げた。
 少女を蝕んでいた恐怖は限界に達していた。彼女は半狂乱で彼に攻撃をしかけた。その場にあった、あるいは準備していた包丁で斬り掛かった。無論無駄に終わった。だが。
 少年に衝撃を与えるには、充分だった。

 少年はそれ以来、二度と現れることはなかった。
 彼はあれから、言葉を身につけたのだろうか。

THE END.

お題:初めての天才 必須要素:セリフ無し 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年04月17日 00:09

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