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2013年03月12日

 ■ 「Across the nightmare」

「Across the nightmare」

 公共交通機関でどこへでもいけるのは、東京・大阪みたいな大都市の特権で、田舎の高校生がゲーセンに行くとなれば自転車で片道30分をかけるしかない。だがそれが障壁らしい障壁と言えただろうか? 7月に稼働したばかりの「ドラム偏執狂」っていう音ゲーは、夏休みじゅう俺を待っていたし、つきあい始めて半年になるひとつ後輩の女の子も、毎日のように俺を待っていてくれたのだ。
 二人で並んで川沿いの土手道を飛ばす。夏の陽射しはまるでWG-1-KARASAWAレーザーガンの連射のようだったけど、俺らは気にも留めなかった。汗も、暑さも、時々吹く風も、何もかもが笑いに変わった。ただ一緒にいるだけで良かったし、なんてったって夏休みだったのだ。
 たっぷりとサイクリングを愉しんで、俺らはゲーセンに着いた。自動ドアを潜ったとたんに吹き付けてくる冷房が、悲鳴を挙げるほど心地よい。
「ドラム偏執狂」は1プレイ200円のぼったくり価格で、それでも客が絶えない人気の新作。ゲーム内容はいたってシンプル、曲に合わせてデジタルドラムみたいな筐体を叩くだけだ。叩くだけと言ったって、とにかく難しい。特に「悪夢のむこう」っていう、サムライが刀抜いてる映像のかっこいい曲が、俺にとっては、あまりにも高い壁だった。連日のゲーセン通いで、俺は挑戦を続けた。やくたいもないゲームのスキルばかりが上がっていったんだ。
「だいぶコツが掴めてきた気がするんだ」
 俺が嬉しそうに言うと、彼女は遠慮がちに俺の二の腕に手のひらを沿わせて、にこりと笑う。
「今日はいけるよ! がんばってっ」
 ま、単純な男って事なんだろう。そう言われると、そんな気がしてくるのだった。

 くだらない遊びに興じながら、一方で頭を埋めるのは暗い未来への不安。
 俺は高3で、彼女は高2で。順調にいけば、来年の今ごろ、俺は東京にいる。悪くとも大阪にはいるはずだ。滅多に実家には帰らないだろうし、あまり帰る気も起きないだろう。都会に出れば、たぶんそこの生活が楽しくなる。地元に残してきた可愛い後輩の事なんて、忘れてしまうかもしれない。
 俺はよく知っていた。俺がそういう、薄情な男なんだということを――
 余計なことばかり考えていて、手元に集中できるわけがない。ミスは連発し、ゲージはみるみる減少し、くだんのサムライがゆっくりと刀を抜いていく場面でとうとうゼロになった。画面が重苦しいシャッター音とともに暗転した。
 悪夢のむこうには、今日も行けない。
 後ろで観戦していた彼女が、慰めるように俺の背中に手を触れる。
 今すぐ抱きしめてキスしたいのを必死に堪えて、俺は彼女の手のひらに自分の手のひらを重ねたのだった。

 この夏休みが永遠に続けばいいのに――
 二学期なんか、センターなんか、受験なんか来なければいいのに――
 さながら亀を追うアキレスのように、nが無限大に近づくときの底の絶対値が1より小さい指数関数のように、あるいは比例グラフに漸近する双曲線のように、どこまでもどこまでも卒業の日に近づきながら、それでも永久に辿り着かなければいいのに――
 願えば願うほど、時間は一日、また一日と過ぎていく。
 なのに願いもしないのに、悪夢のむこうへ通じるドアは、事象の水平線そのものに俺の前に横たわり、俺は永久にそこへ辿り着けない。
 俺は、どうするべきなんだろう。

 ある時、二人並んで学校帰り。
 俺はぼそぼそと切り出した。
「別れよう」
 後にあるのは、ただ沈黙、それだけで。
 彼女を家まで送って、彼女が泣いてたことに気付いて、俺はただ、一人になって。
 その日、やけくそで向かってゲーセンで、俺は初めて「悪夢のむこう」をクリアした。

THE END.

お題:永遠の夏休み 必須要素:刀 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年03月12日 02:00

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