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2013年02月21日

 ■ 「エプロンは私をはだかにする」

「オーザックが晩ごはんんん!?」
 と、私が声を張り上げたのは、夕暮れ時、下校間際の下駄箱でのことだった。最終下校を告げる校内放送が他人事みたいに流れる中、妙に静かな世界は朱色に染まっていく。私と彼は、部誌の――文芸部、小説とかポエムとか書いて本つくる部活ね――編集会議で盛り上がり、タイムリミットギリギリで、正門の下駄箱まで降りてきたのだ。
 夕日が斜めに差し込む、温んだすのこに裸足を乗せて、彼はいつもみたいに何もかも分かり切ったふうで言う。
「計算したんだ。1円あたりのカロリーがいちばん多い食物。データぐぐって、エクセル放り込んだら」
 彼は頷いて、自分一人で納得している。
「ディオで買うオーザックがいちばんだった」
「炭水化物と脂質と塩化ナトリウムだけで生きてくつもりかあんたは!」
「親が旅行の一週間だけだよ。もらったメシ代、なるべく浮かせたくてさあ」
 もうすっかり外履きのスニーカーに履き替えてしまった彼。だが私は、もたもたと、ようやく右脚だけパンプスにつっこんだところ。いつもみたいにカカトを踏んづけて、もう片方の靴を冷たいタイルに放って、私は片足立ちのまま、下駄箱に手を掛け、それを支えに、ふと、動きを止める。
「……ゃぁ……」
「え、なに?」
「そんじゃあ!!」
 私はパンプスを踏み潰す。左足から走る衝撃が、床を、壁を、下駄箱を、校舎じゅうを震わせて、爆発のようにぶっとんでいく。へたすりゃ地球がかち割れてたくらいの激しさで。
「私が晩メシ作ったろーって言ってんだ―――――ッ!!」
 夕暮れの下駄箱は、嘘みたいに静まりかえる。
「ほんと? じゃあ、よろしく」
 嘘みたいにあっさりと、彼は私に微笑んだ。

 で。
 さっきからずっとリヴィングの椅子にあぐらをかき、めちゃイケも見ないで料理本の読み込みに没頭している私を、後ろを通りかかった姉がからかう。
「泥棒捕らえて縄をなう」
「るっせーな! あっち行ってろよ!」
 姉は今年で25になる。私より背が高くて、美人で、料理も出来る。最近はじゅっこも年上の上司とこっそり付き合ってるんだそうだ。まさか不倫じゃねーだろーな、と一度訊いたことがある。返答は、「結婚してなきゃ不倫じゃないよね」だとさ。まったく。
 しかしまあ、腹が立つくらいスペックの高い女ではあった。
 それに引き替え、高2の私は――背も低い、顔もぶちゃいく、料理? 好きだよ。食べるのとか……食べるのとかね。
 姉は、そんな私ににやりと笑顔を向け、
「あ、そんなこと言っていーんだ? ねーちゃんのアドバイス要らんの?」
 私は料理本をぱたりと閉じ、周囲に油断無く視線を配り、それから、ふてぶてしくもこう言った。
「……ま、聞こうか?」
「かーんたんだって、発想を変えんのよ。うまい料理を作らなきゃっていう幻想を捨てる」
「……というと?」
「まず、彼の家にエプロン持っていくでしょ」
「うん」
「それを身につけるに先駆け――おもむろに脱ぐ」
「くたばれ色情魔!!」
「うひゃひゃひゃひゃ! いやーん、若い子はからかいがいがあるわあ」
 手元の本やら座布団やらを投げつけまくり、姉をリヴィングから追い出して、私は改めて溜息をつく。つい放り投げてしまった料理本を再び拾う。
 一体どうしたらいいんだろう。料理なんか、したことないくせに。

 結局、私の作戦はシンプルだった。
 なるべく簡単そうなのを、練習を重ねた末に、がんばって作る。
 無策とも言う。
 翌日の日曜日、私は彼の家のチャイムを鳴らした。彼は嬉しそうに迎えてくれた。私はつい、緊張と、気恥ずかしさから、むっつり顔で応えてしまう。憐れな男子に天の恵みを与えてやろう、なんて不届きなことを言いながら。
 そして、私の料理は、大失敗した。
 まあ、そりゃそうだ。
 私はつい、涙ぐんでしまって。
 でも彼は、台所にくるなり、苦笑してこう言ったのだ。
「いいよ、別に」
 いつも通りの微笑みで。
「一緒に作ってみようよ。面白そうだね」

THE END.

お題:馬鹿な食事 必須要素:下駄箱 制限時間:30分

※書き上げてから気付きましたが、「ディオ」は岡山では有名なディスカウントショップです。全国の方には通じませんね……うっかり。

投稿者 darkcrow : 2013年02月21日 00:01

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