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2013年02月14日

 ■ 「ぼくらは誰も殺せない」

 ぼくらには太宰治が理解できない。自ら命を絶つってことが。というよりも――死ぬってことそのものがだ。
 ぼくらは死に憧れる。それはぼくらから最も遠い。あの孤独な変人作家みたいに、ぼくたちだって自分で自分を殺せたらどんなにいいか。ぼくらはあらゆる痛みから遠ざけられた。子供は守るべきものだった。その結果、ぼくらは極みへと到達したのだ。
 毎年恒例、8月戦争の始まりだ。

「状況は良くないんだ」
 と、ぼやくのは書記だった。正面玄関の下駄箱に身を隠し、彼はおおぶりの三又槍を抱えている。長船で鍛えられた業物で、他の生徒たちが持っている安物とは一味違う。彼の家に江戸時代から代々伝わるものなんだという。よくもまあ、廃刀令やらGHQによる没収やらをかいくぐれたものだ。
「なにしろウチは金がないからなあ。聞いてくれよ、古新田高校(フルコー)の連中、全員AK-12とか装備してんだぜ! あれ反則だろ、どっから金でてんだ!」
「古城池さんだろ。お金持ちの生徒会長」
 と、貧乏生徒会長たるぼくは言う。ぼくらの藤戸高校(フジコー)には金がない。当然ぼく個人にだってありはしない。だからぼくらの武装は基本的に自己責任での持ち寄りだ。刀や槍を持ってるやつはまだいいほう。中には包丁やら、野球部のバットやら、中には何を勘違いしたのか、フライパン一枚だけ抱えてる女子もいる。
 こんな戦力で、はたして古新田の猛攻に耐えられるものだろうか……もしこの攻撃に耐えられなければ、我が校は予算の大部分をやつらに持って行かれることになる。8月戦争は日本国憲法に認められた正しい戦争とはいえ、これではあんまりだ。どこの部活も、もうろくにボールさえ買えない状況なのだ。
 なんとか、なんとかしなければ、とぼくは自分を奮い立たせる。でも奮い立たせたところで、こんな貧弱なぼく一人に、一体何ができる? ロシアの最新式アサルトライフルで武装した、300名の高校生を相手に?
 と。
 突如、女子の悲鳴が巻き起こった。
 正面玄関に詰めていたぼくたちは、予想外の事態に浮き足立った。ぼくは声を張り上げる。
「報告ーっ! 何があった!」
「校舎西側の裏山方面から敵侵入っ!! 観測隊全滅の模様! 死者、概算30名!」
 ぼくは愕然として立ち上がる。その瞬間だった。正面玄関を蹴り開けて、無数のブレザー姿が雪崩れ込んできたのは。彼らは手にした突撃銃から、弾丸の雨を垂れ流しつつ、左から右へと薙ぎ払う。
「伏せろ!」
 ぼくは慌てて指示をして、反射的に身を伏せたけど。
 他の連中はそうはいかない。
 凶悪な殺傷力を秘めたライフル弾が、ぼくの側にいた十数名の仲間達を――学生服の男子を、かわいい赤リボンの女子を、容赦なく蜂の巣にしていった。血と、硝煙。そして脳漿。むせ返るような死の臭い。ぼくは体中を脂ぎった粘つく血に濡らしながら、悔しさに奥歯を噛みしめていた――
 ちくしょう、また今年も負けちまう、と。

 ナノメク・ヴァイタルガードが技術的に確立されたのは30年ほど前のこと。さまざまな危険から守るため、この画期的な生命維持措置は子供に優先して施された。すなわち、分子レベルの大きさしかない微小機械を体中に循環させて、肉体になんらかの損傷が発生した場合、これを即座に修復するしくみなわけだ。すごい技術だ。すばらしい。これでもう、親は何も気にしなくていい。赤ん坊が転んだひょうしに机の角で頭を打つことも。道に飛び出した子供が車に轢かれることも。夏の海での溺死、不良グループの喧嘩がエスカレートしての殺人、そして一時的な気の弱りにともなう自殺もだ。
 なにしろ、世界中の子供達から、死が消えたのだから。
 どれほどの傷を負っても関係ない。
 たとえばカラシニコフで脳天を撃ち抜かれ、頭蓋を砕かれ脳をぶちまけたとしても――数分もあれば元通り。
 子供達が完璧に保護された社会。
 これでこそ、現代社会というものだ。
 ヴァイタルガードは、法律にも重大な影響を及ぼした。なにしろ、殺したって死なないのだから、殺人や過失致死なんて罪状は意味が無くなった。刑法と刑事訴訟法の改正によって、それらを取り締まる条文は消滅した。
 結果。
 高校生ははじめたのだ。
 高校同士の予算の奪い合い。本物の武器を用いての、8月戦争を。

 ぼくは蘇り、血まみれになって立ち上がる。他の奴らと同じように。
「死ななくたって大して変わらない」
 ぼくは呪った。
「弱い奴は、こんなもんだよな」

THE END.


※この作品は、「即興小説トレーニング」http://webken.info/live_writing/にて書いたものです。
お題:8月の戦争 必須要素:太宰治 制限時間:30分

投稿者 darkcrow : 2013年02月14日 00:19

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