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2012年06月01日

 ■ ARMORED CORE V -形骸- (5、6)

      5

 世界は死に腐り、二度戻らない。ぼくらは生きる。地を這い、地を掘り、地に潜り。暖かな揺籠クレイドルはもはや無く、築き上げた蜂巣ビーハイブは砕け散り、ぼくらはここに立つしかない。
 なのに、そいつは襲来した。
 爆発。
「現実だあっ」
 遠くで喚く穴掘りの声。
「現実が襲ってきたぁっ」
 白光。轟音。夕闇の空、切り裂き奔る曳光弾。発掘に窪んだ谷間を黒い巨体が駆け抜ける。掘削メクを、掘削刃を、とどのつまりは穴掘りを、塵屑のように蹴散らし飛んでくる。
 Ra:VEN。
「CQ、CQ、こちらピンチベック。発掘作業員諸君おつとめご苦労。ずいぶん調子良さそうだねぇ」
 ぼくが辛うじて掘削孔から外を覗き見ると、黒いACは発掘品満載のトレイラァを見つめてうっとりしている。
「何の用……」
 震える声で訊ねた穴掘りが2ミリ秒ほど間を開けて吹っ飛んだ。
「この野郎っ」
 別の穴掘りが掘削刃ドーザァで殴りかかる。横手から突っこんだのに、気が付けばACは背後。悲鳴は挙がらない。挙げる暇もない。静かなもんだ。砕け、ばらばらになり、もう直らない。
 それが調子者のゴサクなのは死んでから気づいた。
「やめてくれぇっ。何が欲しい、発掘品か……。場所ショバか……」
「うん、あと、それから」
 Ra:VENは言って、命乞いする穴掘りを商品スクラップに変えた。
「お前ら全員」
 ちゃりぃん。

 発掘孔を地下で結ぶ横穴は、忙しく働き回った穴掘りたちに踏み固められて、一日でおあつらえ向きの通路になる。ぼくは走る。狭苦しい穴が、岩壁が、さっきまでぼくを支えていた猫走りキャットウォークが、背後に凋んで消えていく。
「何してる……」
 ベイズの声は変信抑制短波デリンジャァ・キャンセルド・ショートに乗っている。穴掘りはよく使うが、間違ってもACに短波無線機なんて積んではいまい。ひそひそ話。
「ほっとけないよ」
「何する気……」
「誰かの掘り当てたACがある」
 自分がなんでこんなこと言ってるのか分からない。分からないが、よく分かる。ぼくは本気だ。
「ばあっ。いいか、お前には2つの選択肢がある。一つ、逃げ出して我が家行き。二つ、分解されて食品売り場行き」
「三つ、こいつで戦うんだ」
 と言うからには、ぼくは既に横穴を抜けて、別の縦穴の底に辿り着いている。ACは足首まで掘り起こされ、丹念に土を除かれて、充電までされている。状態のいい発掘品は鶴首クレインで吊り上げたりせず、その場で充電して自力で外に出させるものだ。
「くそったれっ」
 ベイズが叫んだ。
「くそったれの、唐変木の、向こう見ずっ」
「ベイズ、あんた、自分のこと言ってるみたいだよ」
「分かってらぁ」
 ぼくはACに近づき、乗り移った。古い型の四層投影操作盤クアトロ・コンソール。起動準備は手間取って遅々として進まない。振動が伝わる。上でRa:VENが暴れている。ここも見つかるかもしれない。
「やい小僧。一つ訊かせろ。お前、なぜ、そうしたい……」
「赦せない。ぼくらは塵屑みたいなものだけど、塵屑なりに自分の生き場を作ってる。それをあんな暴れるしか知らない奴に」
『ぶちこわしにされてたまるかっ』
 ぼくの声に重ねるようにベイズは言い、一人でケラケラ笑う。ぼくはちっとも面白くない――いや。そうでもない。ちょっと面白い。
「ヘイ、ヘイ、ヘイ坊主。そんなんじゃだめだ。一度副回路サブシステム上でコア動力ジェネ駆動系フレームを同期してから主回路メインシステム戦闘コンバットモード、起動エンゲージだ」
「何……」
「いいからやれやい」
 言われたとおりした。一発で動力ジェネに火が点いた。慌てて冷却器ラジを動作させる。
「すごいや」
「いいぜや、小僧。筋がいい。認めるぜ、お前の力を。今、この瞬間から」
 ぼくの制御が操作盤コンソールを奔る。
「お前はAC使いレイヴンだっ」

      6

「はい、もう一匹――」
 黒いACが次の穴掘りを撃つ直前、ぼくは孔から飛び出した。地を蹴る。加速。見様見真似。そのまま矢のように突進する。制御、防御、何にもなし。ぼくは敵を蹴り倒す。
 敵がぶっ飛び、火花が飛んだ。
「小僧っ。いけるぞぉっ」
「なんだあっ」
 ベイズの歓声にRa:VENの絶叫。敵は絶叫しながら撃ちまくった。輝くパルスが放物線を描いて乱射され、そのほとんどが夜空に消えていく。ぼくはぼくで跳び蹴りの勢いを殺しきれず、つんのめって体勢を立て直すのに難儀していたが、その胸に流れ弾の一つが炸裂した。
 爆発。熱。まるで魂が焼け付くよう。
「あ、やっぱいけねえや」
「他に言うこと、ないの……」
「山ほどあらぁ。足を止めんな。動け動けっ」
 アドバイスを受けてぼくは必死に体を動かす。凸凹だらけの地面を蹴って、右へ左へ切り返す。ぼくの脳みそはGに揺れ、たまらぬ吐き気が込み上げてくる。それでも目だけは動かさない。敵は次々撃ってくる。憎しみを込めて。パルスに乗せて。
「ひとまずそれでいい。動いてりゃ滅多に当たらんのがAC戦だ」
「それで……」
「そりゃあ、そろそろ誘導弾ミサが来らあ」
 来た。直線に飛んでくるだけのパルスとは違う。明確な意志を持って絡め取りに来る無数の蜘蛛糸。ぼくは慌てて加速を試みるが、ベイズは静かに落ち着けと言う。
「避け方は、左に動く。慣性を付けすぎんな。引きつけて、引きつけて――過加速ハイブーストっ」
 ぼくは光になった。
 さっきまでの居場所にぼくはなく、ぼくのいない場所にぼくはいる。誘導弾ミサは惑って落ちる。敵が驚く。それが分かる。次はこっちだ。地面を蹴って跳び上がり、手近な岩壁に近寄って、
 思い切り壁蹴りドライヴ
 ぼくは3ミリ秒で敵に肉薄。二度目のキックを、今度は敵のコアのど真ん中に狙い定めて叩き込んだ。
 敵が倒れる。ぼくは着地する。倒れながらパルス曳光弾が撃たれ、ぼくは避けるためにまた距離を取る。
「まあまあだ。接近と離脱ヒット・アンド・アウェイ。分かってるな」
「ねえ、なんか、武器ないの……」
「こまけえこたぁいいんだよ」
「こまかくないよっ」
「いいか、AC使いレイヴンはACについちゃあ色んな文句を言うもんだ。熱が籠もって良くないだの、二丁銃が駄目だの、動作が遅いだのな。中にゃあ、見た目が綺麗すぎて良くねえ、なんて贅沢もんもいる。だがそいつはみんな歴史の変遷ってもんだ。いつか言ったろ、層状レイヤード教訓――」
 言うまでもないことだが、ベイズが高説を垂れている間も、ぼくは必死に敵の攻撃を避けている。
「時代時代に、AC使いレイヴンはそれぞれの戦術テク戦略アセンを磨いてきた。だからお前も自分の戦術テクで戦え。体当たりしか武器がないなら、ないなりにるのがAC使いレイヴンってもんだ」
 そうか。
 ぼくの心が、すっと静かになっていく。
 切り返しのGにも慣れて、ぼくの意識は戦場に染み渡っているようだ。ACの装甲はぼくの肌。ACの腕はぼくの腕。武装した核アーマードコアはぼくのコア
「ちくしょおっ」
 敵が焦りの言葉を口にする。
「どうなってんだ。話が違うっ」
 敵の攻撃をひたすら避けながら、ぼくは好機を待つ。静観スキャンモード。
 右手には突き出した岩山が二つ三つ。あれは壁の代わりになる。左手には組み上げられた作業用足場。これも同様。中央には何もないが、たぶん過加速ブーストで代用できる。
「そうだ。それでいいんだ。こまけぇことは後でいいから――」
 風が抜ける。
 音が潰える。
 宵闇に、微かな煌めきが一つ、二つ――
 三つ。
 誘導弾ミサ乱射。ぼくは動く。右へ。岩山。すぐさま壁蹴りドライヴ。白い蜘蛛糸の中を突っ切るように駆け抜けて過加速ブースト二つ、稲妻になる。壁蹴りドライヴ、足場を、岩山を、大地を、そして過加速ブースト
「ぶっとばせっ。小僧ぉっ」
 そのまま突撃チャージ
「主任、ちゃんと援護しろよおっ」
 それがRa:VENの最期の言葉。
 ぼくの一撃が、黒いACを粉砕した。

 戦いを終えたぼくが、敵の残骸のそばでぐったりしていると、ベイズの掘削メクが無限軌道キャタピラを鳴らして近づいてくる。
「ベイズ、あんた、嘘吐いてたな……」
「何が……」
「市庁舎の組立をしてたなんて嘘っぱちだ。本当は、ACに乗ってたんだろう」
 詰め寄られて、ベイズは決まり悪そうに、
「ACに乗って、組立をしてたのよ」
「馬っ鹿言えぇ」
 ベイズは、いつものようにケラケラと笑った。
 今度ばかりは、ぼくも一緒になって、同じように笑った。

投稿者 darkcrow : 2012年06月01日 20:38

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