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2012年05月25日

 ■ ARMORED CORE V -形骸- (2)

      2

 ぼくとベイズは仕事を終えてコンドミニアムに戻ると、自家用のホーヴァに着替えて街に繰り出した。紋章通りクレストの片隅にあるバー《ウエソ》は、名実相応を地でいっている。杭状階ピロティにホーヴァを停めると、上からぶら下がる白骨さながらのケーブルが天井に直結する。
「おつかれさん、くそったれども」
 そのとたん、トリッガァの低音が歌のように聞こえてきた。彼は同時制御は大したもので、作業機械なら同時に2つ、マシンアーム程度なら十以上を容易く扱ってみせる。で、ついたあだ名がダブル。ダブル・トリッガァ。
「どうだった……。稼ぎは良好……。我が店に落とす金は唸ってるかね……」
「変な物を見つけてさ。ACアーマードコアに似てるんだけど」
 とぼくは言い、バーボン構成体ストラクチャをダブルで注文する。酩酊の頭脳に入り込んでくることといったら、倒木の奥深くまで菌糸を伸ばす茸のようだ。ところがぼく以上に素早く酔っぱらったベイズが、またも一人で笑い、
「うねうね」
「黙っててよベイズ、話してるんだから」
「ACなもんかあ。U.S.なんちゃら」
「何の略……」
 と、トリッガァが不思議そうに訊くのも無理はない。
「分からないんだ。ただ、黒くてACに似たものだったんだけど、肩のあたりにエンブレムがあった。大半は削れてたけど、分かったのは、鷲のマークと、それから」
「りんりん」
「黙れったら。下に文字があって、一語目はUnited。次はSから始まる単語で、三語目は最後が小文字のca。丁度その間が装甲ごと抉られてて」
「ACじゃないのかい……」
 と、ちょうどその時、TVのアリーナ・チャネルにACが映った。
「レイヴンだ」
 ベイズが唸る。
 レイヴンはRa:VEN、下層暴徒・即是・各種強奪者群Rabbles id est Various Extortioners' Nest。ミグラントの中でも特にたちが悪い。ACは彼らの武器であり、他の力ない者達にとっては恐るべき搾取者でもある。
 画面の中でACが跳んだ。ビルを蹴った。地上オーヴァグラウンドの美しい建造物が一蹴りで半壊し、代わりにACは反作用を受ける。メク全体を数倍の速度まで引き上げる、恐るべき加速作用だ。それだけの力積を浴びてもびくともしないのが、遺失技術の遺失技術たるところ。
 画面が光った。ぶっ放した。
「銃閃だあ」
 楽しそうにベイズが叫ぶ。ぼくは眼を細めた。撃たれたトラックが、列車が、作業メクが、灰燼に帰していく。見ちゃいられなかった。神経伝達の一つ一つに絡みついていた菌糸が、触手を引っ込めていく。
「消してくれよ」
「壊しろ、壊れるった、はっはあ」
 まだ歓声を挙げているベイズを無視して、トリッガァがチャネルを変えてくれる。毒にも薬にもならない音楽チャネル。あれほど愉快そうだったのに、ベイズは文句一つ言わない。ぼくの予想では、たぶん彼も、本音では楽しんでなんかいなかったんだろう。思ったことを思ったように言えない、そのくせ喋りたがり、寂しがり。
「ミグラントってよ」
 と、ベイズはビアに溺れながら言う。
「壊すだろ。亡骸を金にするだろ。だから火器管制機構FCSがもっぱら特別製なんだと。弾を当ててぶっ壊したとき、いくらになるか教えてくれるんだと」
「へえ」
「音がするとよ。ちゃりぃん、てよ」
 それっきり、ベイズは静かになった。静かに、構成体の残りを取り込んでいくだけだ。ぼくはベイズのそばに居てやった。彼がぼくと出会う前、どうであったのかは知らない。知りたいとも、知るべきだとも思わない。性格も合わない。互いにむかつくことばっかりだ。それでも一緒にいるのは、たぶん、こういうところが一致するんだ。
「掘り出したACのような何かは」
 ぼくは誰にともなく呟いた。
「中に不自然な空間がある。胴体と、腕や脚のところにまで伸びてる。ちょうどACを、そのまま全長2m弱まで縮小スケールダウンしたような何かがすっぽり収まる形。あんなのはACにはないし、そもそも、乗るところがないんだ」
「自律機械……」
「違うと思う」
 首を捻るトリッガァに答えるうち、ぼくの中でわだかまってるだけだった考えが形になっていく。
「あそこには制御機械が入るんだ。メクを暴れさせないための何か。ACにはそれが欠けている」
「中空だっ」
 突如としてベイズがわめきだした。ぼくはもう、これ以上彼を制御したいと思わなかった。好きなだけ大声を挙げていりゃいい。
「中空だっ。からっぽだっ。がらんどうだっ」
 狂ったように。
「詰まってる……。ばあっ。あるはずの物を無くして、テクで埋めた。結果はどうだい……。答えろ。答えろよ、この野郎っ」
 その叫びは誰に向けた物だったのか。ぼくには分からないが、少なくとも、構造体のおかわりを頼んだのは確かだった。

投稿者 darkcrow : 2012年05月25日 22:06

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