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2006年09月10日

 ■ 双竜の翼に抱かれ

 大地のヴォラドより生まれしもの
 光の黒竜、名はギーラ
 闇の白竜、名はシース
 人を滅ぼし、己が半身を滅ぼし、自らも滅びんとする双竜の翼に抱かれ
 人は争い、狂い、無に没した

 大いなる始祖ル=ア=イシリウス
 偉大なる愚者オルラディン
 紅のツェデック、黒き地霊シュドム=リント
 数知れぬ賢者の導きも虚し

 風のハーバインよ
 我が師アレフ・ガルーシャ・レグナスよ、我が第二の父レオン・ショアよ
 そして父王ジャン・アルフレッド・フォレスターよ……
 双竜の翼に抱かれし者たち
 我が非力を呪いたまえ

 双竜滅びてなお、その翼は人を抱く
 我が右手に輝く月光の剣
 我が左手に蠢く暗き屠殺者
 我が背に負う選ばれし者
 その刃の輝きは、今なお我を誘う

 殺せと

 壊せと

 我が弱き心に語り続ける
 双竜の翼の羽ばたきの如く――

    ヴァーダイト国王 ライル・ウォリシス・フォレスター

KING'S FIELD ANTHOLOGY CONTENTS

「神話なんていうのは、そんなものさ。みんな自分の悪さを、ドラゴンだか悪魔だかのせいにしたいだけなのさ」
 男は手にした見事な剛剣を磨きながら、呆れたように言った。
 ぬらり、と月光を照り返すその剣は、まさにその男に相応しい禍々しい気を放っていた。一体この男は、この刃でどれだけの魔物を――時には人間を、葬ってきたのだろう。そう思えば、単なる刃の黒ずみも、いまだ乾かぬ血のように見える。
「まるでその剣は、暗き屠殺者(ダークスレイヤー)のようだな」
 私は恐る恐る声を挙げた。自分でもおかしくなるくらい上擦った声だった。慣れない旅路の間に、緊張もしていたのだろうか。
「はははっ! 何を言い出すかと思えば。ダークスレイヤーと言えば、噂に聞くヴァーダイト聖王の聖剣だろう? こいつはそんな立派なモンじゃない。どこにでもある、ただの剣さ。ま……」
 ふっ、と男は刃の埃を吹き払った。
「どこに出しても恥ずかしくない業物ではあるがね」
 男は堂々としたものだった。
 彼には何の後ろ盾もない。その剣と同じ、「ただの」傭兵だ。だがこの自信はどうだ。自分の得物を「どこに出しても恥ずかしくない」と豪語するのと同じように、この男は自分の腕前を信じている。
 名のある英雄――聖王ジャン・A・フォレスター、伝説の剣士メレル・ウル、剣聖グレイン・アス――彼らのような名声は、この男にはない。名声はないが……ないのは名声だけだ。そして、そんなものはいらぬと、この男は心底から思っている。少なくとも私にはそう見える。
 なんと羨ましいことか。私も――
「私も――」
 ぱちり、と焚き火が爆ぜた。
「私も、あなたのように己を信じられれば――」
「何のことだ?」
 男は剣を鞘に収め、ぱちんと音を立てた。不思議そうに眉をひそめている。
「限界が見えてしまったのだ。この世には、私など及びもつかぬ天才が、きら星の如く……それでも私は精一杯にやってきたつもりだった。少しでも前へ進めればと……立ち止まり続けるよりはと……
 だがいたたまれなくなった。不安が消えない。私の手は、永久にあのきら星に届かないのではないか……?
 だからグラナティキの科学協会から、私は逃げ出した……」
 その逃亡者の護衛を買って出た男は、胸に溜め込んだ息を吐き出しながら、剣の柄を優しく撫でた。
「酒場に護衛を探しに来た時、あんたはトラウジトで新しい研究をすると言ったが、ありゃ嘘か?」
「嘘ではない。トラウジトに伝わる王家の墓……興味深い遺跡だ。だがここまで来て、不安が止まないのだ……私は……」
 ふっ。
 男は、笑った。
 私を笑い飛ばしたのだ。
 そして……語り始めた。熊のような体に似合わぬ、静かな声で。
「英雄っているよな。
 聖剣を携え、山ほどもある邪悪なドラゴンをやっつける、おとぎ話に出てくるような英雄さ。
 だが英雄も最初から英雄だったわけじゃない。最初は武器らしい武器もなく、身一つで荒野に放り出され……海にはまっておぼれてみたり、落とし穴に落ちて痛い目みたり、毒飲まされてゲロ撒き散らしたり、とても敵わねえ大烏賊の魔物に襲われたり……さ」
「大烏賊?」
「あんまり触れんでくれ。思い出すだけで寒気がする」
 男は身震いして、自分の体を両腕でしっかと抱きしめた。
 おかしくなってしまった。笑いが胸の奥から込み上げてきた。この屈強な男が、こうまで恐れている。その大烏賊とはどれほどの魔物だったのだろう。
「笑うなよ。真面目な話だぜ」
「すまない」
「まあいい……とにかく、そういう苦労を重ねて、英雄は英雄になっていく。
 もちろん、苦労ばかりして英雄になれないやつだって、ごまんといる……むしろそっちの方が多いくらいだわな。ままならねえ世の中だ。
 だがね、俺はこう思う」
 ずらっ。
 男は剣を抜き放ち、焚き火の上に真っ直ぐ掲げた。黒々と輝いていた刃の先が、焚き火の炎に真紅に染まり、月光と、血の黒と、夜の闇と混ざり合って、見たこともない美しい模様を描き出す。一時たりとも同じ姿を見せない、脆く……だが吸い込まれるような、模様。
「悪党を一人ぶった斬る。
 すると、その悪党を斬ったのは俺だ。
 他の誰もそいつを斬らなかった。だが、俺は確かにそいつを斬ったのさ」
 ぱちり。
 もう一度、焚き火が爆ぜる。
「……できるだろうか。私にも」
「できるさ。やってきたんだろ、あんたは」
 言うと、男はすっくと立ち上がった。抜き身の剛剣を無造作にぶら下げて。
 何事かと視線を上げた私に、男は無言で警戒を促した。瞬時、私の背を悪寒が駆け抜ける。
 物音。森の奥、何者かがはい回っている。
「もう囲まれてる。逃げる準備をしといてくれ」
 私は気付かれぬよう、そっと手を伸ばし、僅かな荷物の紐を握りしめた。
 死ぬわけにはいかない。
 やってみようと思ったのだ。もう一度。新たな場所で。
「へ……楽しい夜になりそうだぜ。
 来いよ化け物ども! 片っ端から叩ッ斬ってやる!!」

(終)

投稿者 darkcrow : 2006年09月10日 22:04

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