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2006年04月10日

 ■ 書けない

 俺は頭を抱えて、ガリガリと掻きむしった。
 書けない。何を書いていいか分からない。一つ大きなシリーズを書き終えて、また元の、短編を一日一本という状況に戻ると、途端に書くことが浮かばなくなった。渦巻くのは頭の中の、無意味な言葉だけ。高まるのは、心の中の焦りだけ。
 考えろ! 俺は念じて、再びモニタに向き合った。思い出せ。今日、何を感じた? 何を書くことができる……?

 蒜山の道の駅で、俺は愕然とした。祖父に振り払われた手が、痛くもないのに痛んでいた。
 祖父は今年、米寿を迎えた。88歳。八十八の文字を、縦に縮めて書くと、米という字になるわけだ。
 戦時中は大陸を駆けめぐり、シベリアの地獄をその目で見つめ、帰国すれば一代で会社を築き、老いてもなお現役で働き続けた男。その彼が、もう、杖無しでは立つことすらできない。杖があっても、歩くことがおぼつかない。
 孫の手に体を支えられることが、彼にとってどれほどの屈辱だったろうか?
 俺は怯えた小動物のように、思わず手を引っ込めた。祖父の自尊心の中に、俺は踏み込むことができない。長年連れ添った祖母のようには……自然とそういうことをやってのける母のようには。
 そんな、腰の引けたエスコートを、祖父が受け入れるはずもなかったのだ……

 祖父がトイレに入っている間、俺は祖父の半生を想像した。祖父から伝え聞いた、僅かな武勇伝を元にして。戦争中の活躍。シベリアでの暮らし。そんな何気ないものの中に、祖父の自尊心に踏み入れるヒントが……

 そこまで書いて、俺は舌を打った。バカか、俺は。途中から嘘が入っている。誰が祖父の半生なんか想像した? その時は、単に戸惑っていただけじゃないか。トイレから出た後、祖父は俺の腕を頼りにしてくれたけど、何がそうさせたのかはまるで分からなかった。それが真実。
 その通りに書けなくなっている。冷静じゃないんだ。
 もし他の事を書くとしたら? たとえば……

 陽射しはぬるい。黄砂でかすんだ空から、車の中へそっと入ってくる。膝がゆであがりそう。助手席の窓を開け、俺は外へ頭を出す。
 くねる山道にそって、流れる川、さやさや……
 山の上から滑り降りて、鳥、ちゅいーっちちちっちちちちち……
 俺はとろけて、外へしたたる。ぬるい。そぅっと……
 さやさや……ぬゃる……

 なめるな。
 うたた寝の眠気、気持ちよさを書いてみたい。それはいいだろう。でも、お前頭の中で、一瞬思わなかったか? 文章に眠気を出すために、濁音を一切使わず書いてみよう、と。でも、「かすんだ」と書く辺りで、どうしても助詞に濁音が入ってしまうと考えた。そこで諦めて、後はグダグダだ。鳥の鳴き声の辺りから、言い訳がましくその手法をやっているけど……
 諦めが早すぎる! それじゃダメなんだ。考えろ。書くのは本当の気持ちだ。俺自身が、一番強く感じた気持ち。それをそのまま書けばいい。時間ばかりが無為に過ぎていく。いらつき、舌打ちや貧乏揺すりが多くなる。
 何を書けばいい?
 俺はどうすればいい?
 何を書けば……

投稿者 darkcrow : 2006年04月10日 00:20

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コメント

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投稿者 威北 : 2006年04月10日 01:11

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