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2006年04月27日

 ■ 自発的少女久依子 6、完結編

「過負荷ですね」
 白衣を着たオートマトン技師は、作業台に寝かせた椎也にコードを繋ぎながら、そう言った。不安げな顔のまま、丸イスに腰掛けた久依子は、まだ焦点の定まらない椎也の目を見やる。
「過負荷って……」
「ちゃんと休ませていましたか、彼を?」
「馬鹿な! 椎也はちゃんと……」
 久依子は思わず腰を浮かせたが、一瞬言葉に詰まり、やがてゆっくりと腰を下ろした。
「……確かに、私より遅く寝て早く起きていたから、はっきりとは分からないが……でも、毎日5時間やそこらは休息していたはずだ。それじゃ不十分なのか?」
「いえ、それなら問題はないはずなんですがね。とすると」
 技師は全てのコードを繋ぎ終え、イスにどっかりと腰掛けた。端末の上を技師の指が踊り、画面がめまぐるしく切り替わっていく。久依子は首を伸ばして画面をのぞき見たが、一体何がどうなってるのか、何一つ分からなかった。
「そうですね……彼が寝るとき、どんな状態でした?」
「どうって……普通に、ベッドで、横になって……」
「……それですなあ」
 沈痛な面持ちで言うと、技師は立ち上がり、
「オートマトン……いや、二足歩行のロボットにとって一番難しい動きは、なんだか分かります?」
「……分からない」
「バランスを取ることですよ。つまり、二足歩行というのは非常に安定が悪い体勢ですので、この……電脳の中に」
 ポン、と椎也の頭を叩く。
「オートバランサー回路が内蔵されているわけです。バランスを取るための動きそのものは僅かなものなんですがね。電脳にそれをやらせるとなると、これがバカにならない負荷でして」
「……つまり?」
「四六時中バランスを取らせていると、電脳に著しく疲労が溜まってしまうんですよ。
 だから、休息中は、専用コンテナを使うか、或いは固い床の上で眠らせるべきだった。柔らかいベッドやクッションの上では、オートバランサーが休むことができず、負荷が溜まり、それが限度を超えたとき……」
 がたっ。
 久依子はイスを蹴って立ち上がった。
 顔から血の気が引いていくのが、自分でも分かった。久依子はただ呆然と、技師の顔を見つめ、次に椎也に目を遣って、ぱくぱくと口を動かした。だが言葉が出ない。何を言っていいのか分からない。
 ――私の、せいだった?
 顔面蒼白となった久依子を見ると、技師は視線を逸らしながら、低く言った。
「……ま、情報素子基盤まで被害が至らなくてなによりでした。運が悪ければ、二度と立ち上がれない可能性もありましたからね。
 電脳に再構成プログラムを走らせておきます。一晩もすれば直るでしょう。お大事に」
 それは確かに救いだった。少なくとも、椎也は直る。
 だが久依子にはもう、椎也の顔を見ることもできなかった。

 その夜のことだった。
 久依子から電話を受けて、飛んで戻ってきた両親は、椎也の無事を心から喜んでいた。椎也はやがて意識を取り戻し、今は、専用コンテナの中で、関節を外して休んでいる。ただ、コンテナは移動させた。久依子の部屋へと。
 久依子には、椎也と二人だけで、話したいことがあったのだ。
「……ごめん!」
 長い長い沈黙のあとで、久依子は歯切れ良くそう言った。
「謝らないでください。僕が悪かったんです」
 椎也は首の関節だけはめて、苦笑した。
 その口ぶりで分かった。椎也は、知っていたのだ。ベッドで寝ることが、自分の体にどういう影響を与えるのかを。なぜそれを知っていながら、久依子にそれを言わなかったのか、それが久依子には不安でならなかった。
 恐ろしい想像をしていたのだ。
「……なあ。知ってたんだろ?」
「はい」
「なんで……私の言うとおりにしたんだ? やっぱり……そうなのか? マスターの命令には逆らえなかったのか? 私は」
 久依子の中で、感情が渦巻く。またやってしまった。また、考えたらずに、自己満足のための偽善をやってしまった。久依子は床に、膝を抱えて座り込んだ。自分の膝の中に頭を埋めた。猛烈に悔しかった。みじめだった。情けなかった。
「違います、マスター!」
 だが、椎也は首を振り、
「逆らおうと思えば、逆らうことはできました。少なくとも、警告をすべきだったと思います。でも、その、なんていうか……」
 静かにこう言った。
「嬉しかったので、つい……」
 弾かれたように久依子は顔を上げた。
「うれ……?」
「……はい」
 ふうっ。
 久依子は大きく溜息を吐き、ごろりと床に寝転がった。天井を見上げる。嬉しい、なんて。
「なあ、椎也」
「はい」
「聞いてくれる?」
「はい」
 久依子は話した。一ヶ月前、椎也がやってくる直前に、富山へ行ったこと。そこで何の役にも立てなかったこと。そして、晶に偽善だと言われたこと。
「何度も繰り返すよな。同じ間違いを……私がお前にしたことだって」
「あの、マスター」
 寝返りをうち、小さく丸まった久依子を、椎也がおずおずと呼んだ。久依子は椎也に背を向けて、ますます小さくなり、いじけてユラユラと揺れながら、
「なんだよ」
「それって、偽善とかいうこととは関係ないような気がするんですが」
 ぴたり、と久依子の動きが止まった。
「……そうか?」
「マスターは、単に、よく知らなかったから役に立たなかっただけでしょう? もし、マスターがすごい人で、実際ものすごく役にたっていたら、どうです?」
「……問題ないな」
「そうでしょう?」
 ……。
 ぴょこん、と突然久依子は起きあがった。
「なんだ、そうじゃないか!」

 数日後。
 学校の校庭に、奇妙なトーテムポールの姿があった。どことなくぼーっとした顔の青年が、制服姿の少女を肩車して、校庭の真ん中に立っているのである。青年の胸元には、スリットの刻まれた大きな箱。
 募金箱、なんて、でかでかと書いてある。
「恵まれない子供たちのために! 募金をお願い! しまーす!!」
「わ! とっと……マスター、あまり動きすぎないで……うわわっ」
 スカートの裾から覗く脚に頬を挟まれ、よたついているのは、椎也。となるともちろん、上に乗っかって両手を振り回しているのは、言わずと知れた久依子である。
 やる気を取り戻した久依子は、あれから毎日のように、朝早くから校庭に立って募金活動に勤しんだ。伊達にボランティア少女をやっているわけではないのだ。幸い、久依子には椎也という心強いパートナーがいる。彼がオートマトンであることは、おしゃべり恵美の口から、学校中に広まっており……
「あ、しーやくん! おっはよー」
「椎也くんだ! 触ってもいい?」
 このように、物珍しさに、主として女子生徒たちが集まってくる。いい客寄せパンダになるというわけだ。
 ……まあ、それをパートナーと言えるかどうかは、さておくとして……
「おはようございます、いつもマスターがお世話に」
「うわああああ!? こら椎也っ、私を乗せたままお辞儀をするなっ!」
「あ」
 などとやっている久依子たちを、遠巻きに眺めている男がいた。晶である。晶は朝から元気な久依子を鼻で笑い、
「はん……またやってるぜ、偽善を」
 誰にともなく独りごちた。
 ……が、しかし。
 久依子は地獄耳である。
「おい、椎也」
「はい?」
「ダッシュ!」
「了解っ」
 久依子に頭をこづかれて、椎也は彼女を肩車したまま、猛烈なスピードで走り出した。目指すは、一直線に晶の前。呆然と立ち尽くす晶の行く手を塞ぎ、椎也は砂埃を巻き上げながら急停止した。
 その上から、久依子がびしっと指さして、
「やらないよりはマシ!!」
 きっぱり言い放った。
「……はあ?」
 唖然とする晶ににやりと笑みを送り、再び久依子は声を張り上げた。

投稿者 darkcrow : 2006年04月27日 01:46

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