« 自発的少女久依子 1 | メイン | デザインいじり! »

2006年04月23日

 ■ 自発的少女久依子 2

 土曜の午後というのは、ただでさえ気だるい。おまけに、この気分である。
「まー、あれよ。取りあえず、今日は駅前ぶらつくってことでどうよ!」
 学校帰りの坂道で、恵美が気を利かせて誘ってくれた。久依子はぼうっと空を見上げる。まあ、いつまでも暗い気分を引きずっていたって仕方がないのは確かだ。こういうときは、ぱーっと遊び回るのがいいに決まっている。
 久依子は隣の恵美に微笑むと、大きくこくりと頷いた。
「ああ。でも、着替えてからでいいか?」
「おっけー。んじゃ、後でヒュージマン上に集合ね?」
「りょーかい」
 ちょうどその時、分かれ道にさしかかり、恵美はブンブン手を振りながら、自分の家の方へ駆けていった。
 一人になった途端、妙な寂しさが押し寄せた。
 さっきまでペラペラとマシンガンのように喋りまくっていた恵美がいなくなったせいで、辺りが少々静かになりすぎたのだ。静けさは思考を冴えさせる。逆に言えば、嫌なことも考えさせられる。
 久依子はしばし、とぼとぼと帰路を歩いていたが、やがて頭を振って走り出した。体を動かせば多少は気も紛れる。走ることだけに意識を集中させればいい。体についた余計な物を振り払うように、久依子は遮二無二走った。
 坂道を転がるように駆け下り、額から汗を散らし、脇道には目もくれず――
 気が付けば、脇道から飛び出したトラックが、目の前に迫っていた。
 ――やば!?
 叫びも声にすらならない。なぜか足も動かない。驚きが体を石にする。
 轢かれる、と確信して久依子が目を閉じた……そのとき。
 ふわっ。
 久依子の体を浮遊感が包んだ。瞬間、猛烈な衝撃が久依子を襲う。いや、だが痛みがない。衝撃ではなく加速度。頬に当たる風。
「大丈夫ですか?」
 男が、久依子に言う。
「え……」
 久依子は目を開き、
「ええええええええっ!?」
 思わず絶叫した。
 ようやく自分の置かれている状況に気付いたのである。風がびゅんびゅん吹き抜け、景色がみるみる流れていく。足下を見れば、遥か下の方に豆物のような街並み。久依子を轢きかけていたトラックが、訳も分からずその場に停まる。
 そう。
 久依子はいつのまにか、男の腕に抱きかかえられ、遥か数十メートルの空中を飛んでいたのである。
「な!? う!? えあ!?」
「あのー、マスター、大丈夫ですか?」
「あ!? は、はいっ!?」
 間延びした声で問う男に、反射的に返事してから、久依子はようやく彼の顔を見つめた。年の頃は二十歳ほどだろうか。短い整った黒髪に、平々凡々とした顔つき。道を歩いていれば間違いなく誰からも注目されないであろう、地味な男だった。その男が、両腕で久依子をお姫様だっこして、さも当然のように空を飛んで……
 いや違う。
 跳んでるんだ!
 と思った瞬間、久依子を落下感が襲った。
「ひあああああああっ」
 股間がスースーする! とっさにスカートの裾を押さえる久依子を抱いて、男は涼しい顔。重力加速度に任せて、元の道路目がけて一直線に落下する。地面が目前に迫り、久依子はぎゅっと目を閉じて彼の胸板に抱きついた。
 どんっ!
 鈍い音。
 驚くほど衝撃は小さかった。目を開いた久依子は、自分を抱いた男が、何事もなかったかのように歩道に立っているのを認めた。男はにっこり微笑んで、久依子を立たせる。久依子は男の腕から解放されるなり、一歩、すり足に後ずさった。
「な……ななな何なんだお前!」
 化け物でも見るような目で男を睨み、久依子は震える指を突きつける。男は困ったような顔をして首を捻り、
「はあ。何と言われましても」
「人間……じゃないのか?」
「そりゃもう」
「オート……マトン……」
 惚けたように久依子は呟いた。
 オートマトン。2030年代後半から実用化され始めた、自律ロボットの総称である。小さいものでは手のひらサイズから、大きいものではビルなみの巨大サイズまで、タイプはさまざま。
 中には人間並みの知能を持ったオートマトンもいる。久依子もそういうオートマトンを見たことがないわけではないが、こんな近くで、それも会話をするなんて初めての経験である。その程度には、珍しいものだ。
 そんなものが、どうして? 久依子が戸惑っていると、オートマトンはぺこりと丁寧にお辞儀した。
「あなたをお迎えに行くところだったんです。間が良かったですね。
 僕は六間椎也。今日からあなたにお仕えします。よろしく、マスター!」
 ……………。
 長い沈黙のあと、
「……へ?」
 間の抜けた声を挙げた。

「リースで借りたのよ?」
 椎也と名乗ったオートマトンを連れて家に帰るなり、母に詰め寄ってみると……台所にいた母は、いともあっさりこう答えた。
「借りたあ? なんで?」
「えー、そりゃー、んー、ねえ、パパ?」
 ダイニングテーブルでコーヒーを飲んでいた父が、こくりと頷く。
「そうだねえ、ママ」
 何がだ、何が。
 久依子が訝しがっていると、父はすっくとイスから立ち上がった。久依子の後ろで物珍しそうにキョロキョロしていた椎也の肩を、父はポンポンと叩く。
「ママも、そろそろ楽したいって言うからねえ。この子は家事もできるらしいよ?」
「じゃ、なんで私がマスターなんだ? 母さんでいいじゃないか」
「それは、ほら……オートマトンは、マスター登録されている人を最優先で護るから……お前が心配なんだよ、久依子」
 それを聞くなり、母はキャッとか嬌声を上げて、父の胸に抱きついた。
「まあっ! 娘のことをそんなに思ってるなんて、ステキよあなた!」
「そうかい? キミだって!」
「健一さんっ!」
「聡子さーんっ!」
 なんでもいーけど、包丁持ったまま抱きつくな……
 彼氏一人いない娘の前で容赦なく甘ったるいムードを漂わせる二人である。久依子はげっそりした顔で台所を後にした。まあ、別に何でもいい。オートマトン一人をくっけておけば安心するというなら、そのくらい我慢しよう、などと思いながら。
 久依子が二階の自室へ上がっていくのを見ると、椎也もその後を追って階段を上りかけた。が、一段登ったところで、にゅっと伸びてきた手につかまれ、台所に引き戻される。
 椎也を引っ張り込んだのは、突然真剣な目に戻った久依子の父だった。
「ところで椎也くん、分かってるね?」
「はあ、何でしょう?」
「キミの仕事だよっ! 久依子が勝手に遠くへ行かないように、ちゃんと見張っててよ? お願いだよ? 私たちは心配でもー……」
「ええ、そりゃもうバッチリ」
 というのが、両親の本音なのであった。

 久依子はとっておきの服に着替え、駅前ヒュージマンの上に向かった。ヒュージマンは、この界隈では定番の待ち合わせスポットである。酔いそうなほどの人混みを掻き分け、目的の場所にたどり着くと、恵美はもうそこで待っていた。
 こっちに気づき、恵美がブンブカ手を振り回す。あの、半ば空回りがちな元気は、一体どこから湧いてくるんだろう? 不思議に思いながら手を振り返すと、思いがけず、恵美の動きが固まる。
「やっ! ほー……くい……こ……?」
「な、なんだよ」
 恵美は信じられない物でも見るような目をして、恐る恐る久依子の後ろを指さした。
「ま、まさかとは思うんだけど……それ……彼氏?」
「は?」
 ぐるりと久依子は後ろを振り返り、
「は?」
 と久依子そっくりに声を挙げる、椎也の姿をそこに見つけた。
「……なんでついて来てんだ、お前は!」
「だって、ついて来るなって言わなかったじゃないですか」
 椎也は困った顔をして答えた。なるほど、オートマトンとはそういうものらしい。基本的にマスターを全力で護るようにプログラムされているのだから、来るなと命令されなければ、そりゃあ、ついて来る。うかつだった。
「あ、あのー……」
 おずおずと、恵美が二人に割ってはいる。
「ねー、久依子……」
 彼女の言わんとすることを悟り、久依子は全力で両腕を振った。その顔がみるみる赤く染まっていく。
「ち、違うぞ!? 断じて違う! お前が想像するような関係じゃないっ!」
「じゃ何なのよー! 裏切りものー!」
「だからこいつはオート……」
 言いかけた所で、神妙な顔で腕組みした椎也が、首を傾げた。
「いやあ、裏切りはいけませんねえ」
「全くよ!」
 何故か二人並んでうなずき合う、椎也と恵美だった。
「なんで息合ってんだお前らは……」

 興奮する恵美を宥めつつ、ようやく久依子は説明を終えた。オートマトンだと聞いても、まだ信じられない様子で、恵美はそっと椎也の頬に手を触れる。椎也が照れて頬を赤くしているように見えるのは、気のせいだろうか。
「な、なんです?」
「マジで……ほっぺた、柔らかー」
「ええ、人工皮膚ですから。慣れた人でないと、見分けにくいと思いますよ」
「へーえ……」
 ぺたぺたと椎也を撫でていた恵美は、突如びしっと椎也の鼻先に指を突きつけ、
「4932×19346は!?」
「39571089!」
 うおっ、と、あんまり可愛くない歓声を挙げて、恵美が後ずさる。即答した椎也は、自慢げに胸を張った。
「すご! ホントにオートマトンなんだあ!」
「ふっふっふ。任せてください」
「ねえ、久依子! この人も一緒に連れて行こ? いーでしょ?」
 恵美の悪い癖が出た。珍しいものに目がないのである。まあ、恵美が嫌でないのなら、別に連れて行ったところでどうだという訳でもなし。
「いいけど」
「よっしゃあ! んじゃ椎也くん、あたしが街案内したげるね!」
「よろしくお願いしまーす」
「それ行け、突撃ー!」
 恵美は元気よく、ヒュージマン横の階段を駆け下りていく。その背を見送りながら、久依子は腰に手をあてた。椎也の側に寄ると、小声で彼に耳打ちする。
「おい」
「はい?」
「計算、全然違ってたぞ」
 椎也は顔一杯に驚きを浮かべた。こういう人間じみた表情をするあたり、恵美ではないが、本当にロボットなのかと疑いたくなる。久依子自身だって、さっきトラックから助けられたのがなければ、彼がオートマトンだとは信じられなかっただろう。
「えーっ! なんで分かったんです?」
「私はそろばん2級なんだ」
「すごいですね、マスター! 僕、とてもあんな計算、暗算じゃできませんよ」
「感心するなよ! お前、頭はコンピュータなんだろ?」
「無意識下の演算アルゴリズムはともかく、意識下でできる計算は人間の人と同じなんです。でも、ああいう風に答えると、たいてい、ビックリしてくれるんですよねっ」
「……ウケ狙いだったのか!」
「いやあ。はっはっは」
 笑いながら頭を掻く椎也に、久依子は溜息を吐いた。
「……呆れるな」
 本当に、呆れるくらい人間臭い。
 久依子はこの惚けたオートマトンに、妙な親近感を抱き始めていた。

投稿者 darkcrow : 2006年04月23日 01:35

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:

コメント

コメントしてください




保存しますか?